第65話 二学期の始まり
コの字型に並べられた机には緑のリボンをつけた生徒達、つまり三年生が多数座っている。ここは、若ノ芽女学院にある第一会議室。議長を務める生徒会長の若葉を中心に、物々しい雰囲気が会議室に立ち込めていた。
そんな中、上級生の並びに混ざり、美烏はその一席に座っている。
この部長会議、という催しに美烏が参加するのは2回目であったが前回に比べて、なにやら緊迫した面立ちを見せていた。
「それでは文化祭のステージの使用については、例年通り、くじ引きで決めさせてもらう」
今回の議題は他ならぬ2学期の大イベントである文化祭についてであり、若葉の説明いわく、体育館のステージを使える部活は数が限られているが故に、その使用権をくじ引きで決めるらしい。
吹奏楽部や演劇部。ブラスバンド部やダンス部。他にも外部で活動するバンドであったり、ステージを使用したいと考えている団体は多々あった。
そして、美烏率いるスクールアイドル部も、例に漏れずステージの使用を望んでいる。
各部の代表に、若葉の指示のもと生徒会がクジの入った箱を回していた。巡って、箱は美烏の元へとやってくる。
他の生徒に比べ、異常に緊迫した表情で美烏は箱に手を入れた。ジワリ、と手の中で汗をかき、揺れる動悸を深い呼吸で落ち着かせる。
箱から手を出して、美烏が紙の中を確認すると、そこには赤字で『①』、と書かれていた。つまり、ステージの使用権を得ると共にトップバッターを引き当てたのだ。
「お、美烏ちゃんやったねぇ。私はダメだったよ……。演劇部は、残念だけど別で頑張らないと」
美烏の隣に座っていた演劇部の部長である陽夏が、クジの中身を盗み見て、そんな風に話しかけてくる。
「……美烏ちゃん?」
陽夏の声が聞こえていないのか美烏は、目を瞑り下を向いて黙っていた。そして、表情は依然、重くて暗い。
全ての部がクジを引き終わり、若葉が結果のまとめを始める。
「1番は――」
「はい!」
若葉に聞かれ、美烏は勢いよく返事をした。そして席を立ち、その場の注目を一身に受ける。
「あの! 皆さんに、お願いいしたいことがあるのですが……! よろしいでしょうか!」
少しかかり気味に美烏は声を張り、そんなことを言い出した。ただでさえ目立っているスクールアイドル部の代表が、また大きな動きを見せ、一同はそれぞれ感情豊かな表情を見せる。
あるものは楽しいげに、あるものは興味深そうに、そしてあるものは不審気に……。様々な表情に当てられながら美烏は続けて口を開いた。
「今年のラブライブ地区予選はライブ配信による投票勝負です。期間内なら、どこでライブをしてもいい、というルールで、我々スクールアイドル部はステージの場所を探していました!そこで、今回の文化祭のステージをラブライブ地区予選の会場として利用させてはいただけないでしょうか!」
そう声を張った美烏は、勢いよく頭を下げる。頭を下げた美烏の目は瞑っており、帰ってくる反応の前にすでに萎縮しかけているようだった。
美烏の申し出を受けて各々が考える様子を見せる。結局のところ最終判決をくだすのは若葉ではあるが、その過程で口を挟めば結果がどう揺れるかは分からない。
チア部の部長が極めて険しい顔で、何かを言おうと口を開けると、それよりも早くに一つの声があがる。
「イイんじゃない? ラブライブ、ってスクールアイドルの全国大会でしょ? だったらやれる事はやれるだけやったれ!」
演劇部の部長である白鳥陽夏が軽い口調で、そう挟み、それに賛同する形でソフトボール部の部長と手芸部の部長も首を縦に振った。
それを見て、何かを言おうとしていたチア部の部長は分が悪いと踏んだのか、喉にまで出ていた言葉を飲み込み、口を閉じる。その様子を見て、陽夏は薄く笑って、静かに目を閉じた。
そして、口を挟むものがいなくなり判決は生徒会長の若葉へと委ねられるのだった。
※
美烏が部長会議に参加した日から数日が経った。2時間目が終わった休み時間に、結花凛はクラスの友達と輪になって、お菓子をつまみながら談笑をしていた。
「それで文化祭ステージでの出場は検討になってるんだね」
1人の女子生徒が、結花凛の顔を見ながら、そんな確認をとる。常々、スクールアイドル部のことを応援し、結花凛にサインを求めたこともあるクラスの女子で、名前は
「うん。前向きには考えてくれているみたいだけどね。生徒会長の若葉先輩、って人が先生たちに確認をとってくれてるよ」
手に持ったポッキーの箱から一本それを取り出してポキ、っと口に含みながら結花凛は状況を説明した。
「ラブライブか〜、スクールアイドルの晴れ舞台だよね〜 ぶっちゃけどうなの? 決勝まで行けちゃったりする?」
「この辺のスクールアイドル部もみんな人気だからね。でも、香代ちゃん達が応援してくれる分、精一杯頑張るつもりだよ!」
向けられる期待に頬を緩ませながら結花凛は冷静に受け応える。
「もし、決勝にまで行くことになったら凄くない⁉︎ 若ノ芽の名前が全国に刻まれるんだよ! 一気に有名校だよぉ」
両手を胸の前でガッシ、っと組み合わせ恍惚な表情で天を仰ぎながら、香代は言った。それを対面で見つめながら、結花凛はニコリと笑う。
結花凛たちが未確定な未来を想像して笑い合っている脇で教室の扉が開かれた。扉の向こうから中へと入ってきたのは、キツイ吊り目が特徴的な、ちょっと癖毛の素朴な少女。
入学当初に結花凛たちスクールアイドル部の発足に苦言をていした浅野愛紗である。
愛紗は横目で結花凛たちを一瞥しムスっ、とした顔で自分の席へと歩いて行った。
それを見ていた香代は眉を寄せて睨み返す。それから周りの子たちに近づいて口を開き、小さく絞った声で話し始めた。
「浅野さん、相変わらず感じ悪いよね。今、絶対こっち睨んでたよ」
香代がそう言い出すと、周りの友達も賛同するように話が広がっていく。それを聞きながら結花凛は如何にもこうにも罰が悪そうに苦笑していた。
香代たちが陰口を呟くのを横目に、結花凛は独りで座っている愛紗の方を見つめている。
愛紗は普段クラス内では浮いていた。他クラスや部活生には友達がいるらしいが、教室で愛紗が誰かと話している姿を結花凛は見たことがない。
スン、とした態度を貫く愛紗。休み時間は大抵、机に突っ伏している。寝不足なのか否か、他にやることがないのは事実だろう。
愛紗を見る結花凛の瞳が静かに揺れる。
「結花凛ちゃん、また浅野さんのこと見てる。やめときなよ。あの子と絡んでもいいことないよ?」
「え? うん……でも」
香代の言葉が引っかかったのか、結花凛は不満げに眉を歪ませていた。
「この間も、結花凛ちゃんが気を使って話しかけてくれたのに、あの子、睨んでどっか行っちゃったよね。これ以上、結花凛ちゃんが嫌な気持ちになる必要ないよ!」
結花凛に食い下がる香代は、自分の気持ちを熱弁した。
確かに愛紗は、結花凛が声をかけても良い顔はしない。むしろ、敵意剥き出しの目を向けて居心地が悪そうに、その場から消える。
結花凛も、それを知っていたからこそ2度目の突撃を渋っていたのだ。
「ありがとう香代ちゃん。でも、私は全然、平気だよ? できれば愛紗ちゃんとも、仲良くなりたいな……」
「も〜、ほんっと結花凛ちゃんは良い子なんだから! ウチの推し神すぎない?」
気を遣っている結花凛に比べて、香代は軽薄に盛り上がる。
周りに合わせて笑いながらも、結花凛の視線は静かに愛紗の背中を追っていた。
「そういえば夕輝ちゃんは?」
目をパチリとさせて、香代がそんなことを聞いてくる。その声で結花凛はハっ、として香代の方を見た。
「あ、えっと生徒会室に呼び出されたみたいで、そっちに行ってるよ」
「また? 最近多いよねー。青峰先輩と仲良いのかな? それで言うと一学期は良く結花凛ちゃんと話してたよね、青峰先輩」
数ヶ月前を振り返りながら、香代はそんなことを口にする。香代の言葉に首を傾げながら結花凛は不思議そうな顔を見せた。
「私が? おかしいな。若葉先輩とは、まだそんなに話した覚えはないんだけど」
「あれ? そうなの? 話してた気がしたんだけどなぁ。ウチの見間違えかな? 結花凛ちゃんが、仲良い人のこと忘れるはずないもんね」
そう言われて、結花凛は遠くを見つめながら何か考えごとをしているのか、黙って硬直してしまう。香代の言葉にひっかかりを感じ、言葉を失っている。そんな表情。
「結花凛ちゃん? どうしたの、大丈夫?」
「え、ああ。うん! 大丈夫だよ‼︎」
香代に心配されて、すぐにいつもの結花凛をとり戻す。普段と変わらない満面の笑みを見せ、少しでも香代たちを安心させようとしているようだ。
「そっか、それならいいんだけど」
結花凛の笑顔を見て、香代は素直に引き下がった。
休み時間の終了を告げるチャイムが校内に鳴り響く。
それを聴き、結花凛たちは慌てて自分の席へと戻っていった。気が付くと、生徒会室に行っていたという夕輝も帰ってきており無表情にも近いムス、っとした顔で自身の席に座っている。教室の外で、自身のファンたちと交流していた美烏や葉月も帰ってきており、結花凛は彼女らの顔を見て小さく笑った。
そして、次の授業の教科書を鞄から出す。机の上のそれをボー、っと見つめている結花凛は何かを考えているのだろうか。
年頃故に自己と見つめ合うことが多いのか、それとも他に気がかりなことがあるのか、真意は分からない。しかし、結花凛のなかに今までになかった何かが、芽生え始めているのは確かだった。