宮東ガンジュの悲喜こもごも   作:みのやき

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VS風紀委員会の最後です。
ちなみに前回のラストは《Unwelcome School》を、今回の冒頭は《おんどりのように》をかけながら執筆しました。
なお、最近のマイブームは《LEGEND OF KAIZER》です。

何とか年内に投稿できました。
皆さま、よいお年をお迎えください。
また来年も拙作をよろしくお願いいたします。


アビドス編6 風紀を乱す委員会3 (三人称)

戦いが始まってから、どれほどの時間が経過したのか。

ガンジュには実感が沸かなかった。

もちろん、頭の中ではキチンと計測していた。

非公式かつ研修中ではあるものの、エージェントなどという高尚な部活動に勤しむ身である。

時間に対しては誠実であるように躾けられている。

何分何秒、コンマ何秒以下まで、訊かれれば正確に答えることができる。

 

ただ、自信はあるけれど自信は無い。

理解しているのに理解できない。

言葉では説明しづらい、奇妙な感覚を抱えていた。

それはキヴォトスで生徒をやっている自分自身を認識してから、現在に至るまで、片時も離れること無く付きまとっている。

 

まだ1分も経っていない気がする。

同じ日を延々と繰り返しているようにも感じる。

何か月も何年もここで過ごしているかもしれない。

今日は小春日和だ。

いや、台風のシーズンかもしれない。

 

現実であるとは認識している。

ただ現実の見え方が“前”とは違う。

キヴォトスでは時間の流れも曖昧だった。

創作物の世界でしばしば起きる《サザエさん時空》と呼ばれる現象を体験していると言えばよいのだろうか。

彼女はそれを、今となっては受け入れていた。

 

キヴォトスではこれが普通なのだ。

これでいい。

これがいい。

壮大な背景と闇を抱えつつも、どこか呑気で、いい加減なキヴォトス。

その在り方を、ガンジュは心底から嫌ってはいなかった。

 

嫌いではない。

嫌いではないのだ。

だから、好意に免じてうっかり敵の数を減らしてはくれまいか。

ガンダムもどきを何時の間にか20機くらい製造していたことにしてくれないか。

いっそ100機でも構わない。

原作だって、後付け設定が盛られてデビルガンダムのごとく増殖してしまったのだから構いはしない――。

 

そんな益体も無いことを、今のガンジュは考えずにはおれなかった。

何が言いたいのかと言えばピンチだった。

 

アビドス廃校対策委員会は、総勢1000人を超えるゲヘナ学園風紀委員会の波状攻撃を受け続け、原作通りに追い詰められていた。

少数精鋭が物量に圧倒されるという法則は、神秘の力に満ち溢れたキヴォトスでも適用された。

 

 

◇

 

 

アビドス本町3番街は喧騒に包まれていた。

キヴォトスにおいては《喧騒》の範疇に含まれる程度の出来事だった。

 

炸裂する砲弾が路面を砕き、不愉快な轟音が大地を揺らす。

銃声に伴う耳をつんざくような風切り音が、辺り一面で飛び交う。

先を争うように炸裂した爆弾が、人工物を片っ端から粉々に砕く。

まき散らされた破片が凶器と化して荒れ狂う中を、強靭な肉体を誇る生徒たちが平然と疾走している。

銃弾か爆弾か、あるいは生徒の怪力から繰り出される鉄拳か。

何らかの理由で吹き飛ばされた者が宙を舞い、瓦礫にぶつかり気を失う。

怒声に悲鳴。

不協和音の合奏が、閑静な街並みを別世界のように賑わせていた。

苛烈でありながら悲壮感も死臭も無い奇妙な戦火は、未だ終わる気配を見せなかった。

 

「お仕置きの時間ですよーーーー☆」

 

十六夜ノノミが場違いに呑気な声を響かせる。

包み込むような柔らかさを持つ声とは真逆の凶器がうなりを上げる。

《リトルマシンガンⅤ》

本体重量だけでも18キログラムに達するM134モデルのミニガン。

私たちの常識で言えば、そもそも個人が携行できるものではない。

毎分4,000発の7.62ミリメートルNATO弾を発射して、人体など容易く引き裂いてしまう代物。

ソレが葬祭の女神ネフティスの神秘と、先生の加護をもって強化された上で、戦場に放たれた。

 

鉛弾で形成された暴風が、指向性を以て一帯を蹂躙した。

射程圏内に存在する物体は例外なく薙ぎ払われた。

盾も、バリケードも、鉄筋コンクリートも。

一切合切が打ち砕かれ、飛び散った。

逃げ遅れた風紀委員たちは、圧倒的な暴力に全身を打ち据えられ、弾き飛ばされ、悲鳴を上げる間もなく昏倒していった。

 

「うーん……」

 

小さな災害を引き起こした張本人の顔色は冴えない。

自らが引き起こした惨状を憂えているわけではなく、成果の少なさを嘆いていた。

精々が1ダースか。

開戦当初は、一掃射で50名近くの委員たちを強制的に眠らせることができていたが、向こうも学習してきた。

キヴォトス有数のフィジカルを誇る彼女であっても、弾薬や砲身駆動用のバッテリーを含めて100キログラム近い得物を振り回す際には、多少なりとも挙動が大きくなり、察知されやすい。

ノノミの危険性を理解した風紀委員会は、彼女が薙ぎ払う構えを見せるたびに、陣形を保ちつつ散開するという器用な対応策を打ち出してきた。

おかげで収穫量は激減していた。

 

とはいえ、想定の範囲内でもあった。

ある程度は敵を減らして、弾幕を弱めることには成功している。

悲観するものではない。

視線の先では、ミニガンの斉射に合わせて突撃したシロコたちが、敵陣への乱入に成功している。

奮戦する彼女たちの前で、辛気臭い顔を見せるわけにはいかない。

 

ノノミは頭を切り替え、瓦礫の陰に入った。

そこには先生の下から弾薬を輸送してきたオートマタが控えていた。

額に備えたV字型のアンテナと、睨みつけるようなツインカメラが印象的な機械人形。

先生の護衛を務めるミレニアム生が、チンピラから鹵獲したパーツを寄せ集めて作り上げた機体だった。

急造品であるにも関わらず、それは奇妙なまでの強靭さを発揮して、ゲヘナ生徒による猛攻を凌ぐ一助となっていた。

製作者が《ガンダム》と呼ぶソレが背中に懸架しているコンテナを開けて、ミニガン用の予備弾倉を取り出す。

ランドセル大の弾倉を取り出し、引き出した弾帯をミニガンに噛ませる。

バッテリーの残量が十分であることを確認。

銃身の冷却を済ませる。

 

オートマタは再び瓦礫から飛び出し、ガシャガシャと戦場を駆けていく。

パキンガキンと頑固に攻撃を弾きながら、アヤネのドローンと手分けして次の“出前先”へ向かっていった。

ノノミもミニガンのグリップを握りしめ、遮蔽物から出た。

銃口と視線の先では、友人たちが敵陣をひっかきまわしていた。

 

 

◇

 

 

アビドスと便利屋の連合部隊は、まずは先生の守りを固めていた。

その上でランダムに選出した3人から6人の生徒を前進させて、敵戦力を削っていく。

併せて防衛設備の整っている学校まで移動。

籠城しながら、ゲヘナ生徒による暴挙について連邦生徒会へ抗議する。

 

――穴だらけの作戦であることは、皆が承知していた。

 

意地を張るためだけに戦っているようなものだったから、もとより取れる手段は少なかった。

先生が来てくれたことだけで一つの奇跡なのだ。

これ以上、連邦生徒会が反応を示してくれる可能性は薄い。

 

物量差については、いまさら論じるまでもない。

どれほど優秀な兵士と指揮官が揃っていても、戦力比が1:100 を越える状況に晒されてはどうしようもない。

倫理的にも物理的にも殺人が容易ではない以上、敵の数を恒久的に減らすこともできない。

時間をかければかけるほど、目を覚ました敵が戦線に復帰してくる。

気絶させた敵兵を拘束することで、戦力を削ぎたいところではあったが、次々と投入される増援への対応に忙殺されて、捕虜の手足を縛っている余裕は無かった。

 

幾度か包囲網を破って戦術的撤退も試みたが、その都度、こちらの動きを敏感に察知したアコの采配で阻まれている。

八方塞がりだった。

そんな現状を理解しつつも、彼女たちは果敢に戦闘を継続していた。

 

今度の編成はシロコにセリカ、最後にガンジュだった。

敵陣に正面から突入するという頭のおかしな作戦を、交代しながら幾度となく敢行していた。

トレイン状態のフォーメーションは、フィジカル順に決まっていた。

後輩よりも頭一つ抜けたスピードを誇るシロコが、スカートがめくれるのも構わずに跳ね回る。

稲妻のように不規則な軌道でゲヘナ生による捕捉を許さず、弾幕をすり抜ける。

死を司るアヌビスの力が、鍛えぬいた二本の足に更なる加速を与えていた。

音を置き去りにする勢いでバリケードを軽々と飛び越えて、敵兵の背後を取る。

 

「えっ!?」

 

風紀委員たちには、一瞬、シロコの姿が消えたように見えた。

それが錯覚であることを理解する頃には、無防備な背中に向けて照準が絞られていた。

 

シロコの愛銃《WHITE FANG 465》が火を噴いた。

激しいマズルフラッシュと共に、SG550モデルのアサルトライフルから5.56ミリメートルNATO弾が放たれた。

脚力と同じく、確かな技術と強大な神秘の力を纏って飛翔する銃弾は、命中した委員たちの肉体と意識を一撃で吹き飛ばした。

ごく僅かに撃ち漏らした敵や、取り巻きに過ぎないドローンの類は、後詰の一年生たちの手によって沈黙させられた。

風紀委員会の1部隊が、瞬きの合間に溶けて消えていた。

 

20人近くを流れ作業的に沈黙させた3人は、次の標的を求めて視線を巡らせる。

戦闘の余波で半壊した《モモフレンズ》のカフェテリア。

その店頭に立つバリスタ意匠のペロロ人形に身を隠しながら、獣のように収縮する白と黒の瞳孔が戦場を観察する。

三人分のバリケードになる程のサイズを誇るソレは、ひっきりなしに発生する銃撃戦に対する備えなのか、全身を頑丈なチタン合金で形成されていた。

砲火に晒されたことで腐乱死体を思わせる姿になり果てながらも、奇跡的に原形を保っていた。

飛び出た目玉が恨めし気にねめつけるその姿は、悍ましくも痛ましい。

《ファウスト》には見せられない光景だと、ガンジュは“彼女”がこの場に居ない事実に心の中で感謝していた。

 

「また一丁上がり! 流石ね、先輩!」

「ん、雑魚ばっか。これを束ねる人なんて、たかが知れてる。やっぱり今はホシノ先輩が最強」

「言ったな……!」

「テメー覚悟しろよ!」

「※荒ぶる鷹のごときゲヘナスラング※」

「※殺意の波動に目覚めしゲヘナスラング※」

「ちくわ大明神」

「「「誰だよ、さっきから!?」」」

 

倒れ伏しながらも意識を保つゲヘナ生徒たちからシュプレヒコールが上がるものの、シロコは意に介さない。

「ん、負け犬の遠吠え」と切り捨てる彼女の耳に、先生とアヤネからの連絡が届いた。

 

『お疲れのところ済まないが、敵の増援だ』

 

言いながら《シッテムの箱》が収集した最新情報を生徒たちのタブレットに転送する。

計測不能の演算能力を有するオーパーツが観測した情報を、一般的な情報端末へ丸ごと流し込むことは出来ない。

《箱》のメインOSである《アロナ》が、随時データを簡略化させた上で送信していた。

 

「相変わらず、とんでもない正確さね」

 

セリカが呻く。

彼女の言う通り、その“大まかな内容”だけでも、生徒たちにしてみれば驚くべき情報の質と量だった。

 

――小銃手 数は40 主兵装はStG44モデル自動小銃  7.92×33Kurz弾――

――機関銃手 数30 主兵装はMG3モデル汎用機関銃  7.62NATO弾――

――擲弾兵 数は30 主兵装はH&K HK69モデル擲弾発射機 発煙弾を含む榴弾――

――狙撃兵 数は20 主兵装はKar98Kモデル狙撃銃 尚、うち数名は小銃手と共に突入の構え――

 

敵勢力の懐事情が筒抜けと言っても過言ではないほど詳細に記されている。

更に言えば、これまで一度たりとも外れたことが無い。

どのような観測機器を用いているのか?

先生からの回答は無い。

ただ事実として、本来は把握しきれないはずの情報が当然のように手に入った。

兵科、人数、装備、弾数、銃種、損耗具合、練度、配置、進攻方向、距離……それらの記載がリアルタイムで更新され、潤沢に提供されていた。

 

相手の通信網を把握でもしているのか? 

仮にそこまでやれるのであれば、ジャミングや欺瞞情報を流して攪乱させることはできないか?

そのような提案がなされたこともあるが、先生は拒否した。

それを実行すれば、相手側の生徒たちを疑心暗鬼に陥らせてしまうかもしれない。

例え敵対していても、ごく僅かな可能性であっても、生徒たちの人間関係に亀裂を入れるような行為は避けたかった。

アビドスの子供たちに負担を強いる点については謝罪するが、ここは譲れないというのが彼の言い分だった。

シロコたちは先生の意思を尊重した。

既に破格の援助を受けている身である以上、文句など出る訳も無かった。

 

『感心するのは後です。イオリさんが復帰してきます』

「また!? 懲りないわね、アイツ……」

「ん、問題ない。何度でもマンホールに落としてあげる」

「うるさい、馬鹿! 今度はお前らを落としてやる!」

 

噂の銀髪少女が、精鋭たちを引き連れて三度、シロコたちの前に立ちはだかっていた。

彼女以外にもリベンジに燃えるメンバーが含まれていた。

二度あることは三度あるのか、三度目の正直か。

後者を現実のものとするべく、悪魔的な角や尻尾を生やした少女たちが気炎を上げていた。

 

「どんだけ出てくるのよ! 羨ましいわね!」

「地獄耳。ゲヘナだけに」

 

シロコはそれ以上の挑発行為を中断して遮蔽物から飛び出した。

後輩たちも続いた。

直後に迫撃砲とロケットランチャーが着弾。

ダース単位で射出された榴弾と成形炸薬弾の嵐が、三人の居た場所を蹂躙した。

ペロロ人形が今度こそ爆風と業火の中に消え去った。

 

一同は小銃装着式のグレネードランチャーで煙幕弾をばら撒きながら、ひた走る。

手近なセダンタイプの乗用車の影に飛び込むと、いったん呼吸を整えた。

 

「ドジっ子イオリンは私がやる。セリカとガンジュは他の連中をお願い」

「了解!」

「わん」

 

ざっくりとした役割分担を確認した後、行動を開始した。

 

「このっ」

 

バキリと、セリカがセダンタイプの乗用車からドアを力ずくで引き剥がした。

射線上に出ないよう注意しながら、砲丸投げの要領で加速を付ける。

投擲した。

約15キログラムの質量を持つ物体が、野球ボールのように空を舞う。

それは見え透いた行動ではあったが、多少なりとも煙幕でゲヘナ生徒らの視界を塞いでいたことで、アビドスに有利な結果をもたらした。

 

ズガン

 

今日の運勢と反応速度で劣る生徒が、直撃を受けた。

鉄塊と共に地面へ叩きつけられ、叫ぶ間もなく気絶する。

イオリたちは同胞の救護を諦めて、目の前の敵に意識を集中させる。

 

イオリとシロコ。

二つの意思を持つ暴風が、再び戦場を荒れ狂う。

それ以外の生徒も同様に、人の形から発しているとは思えないエネルギーをまき散らしながら周辺一帯を沸騰させ続けた。

 

 

◇

 

 

「また増援!?」

 

先生からは続々と新手の報せが届く。

復帰勢を交えた風紀委員たちが、相も変わらず四方八方から押し寄せる。

肉眼でも理解できる光景に、皆が疲労の色を濃くしていた。

傍に立つシロコやセリカも、時折無線でやり取りする先生も便利屋の生徒たちも。

粗筋を知るガンジュもまた、こうして現実に尽きることの無い兵力に延々と追い立てられれば、原作知識などという理由ひとつで、呑気に構えることはできなくなる。

 

うへっ うへっ うへっ――

 

「あっ」

 

ふと、焦燥感を覚えていたガンジュの耳に、闇を抱えた呑気な声が聞こえてきた。

彼女は気持ち表情を明るくして、明後日の方を見やる。

フラフラと身体を揺らして弾を避け、ノールックで銃弾を当て続けながら耳を澄ます。

 

ピィ ピィ ピィ

 

「おっ」

 

鳥の雛のような鳴き声もした。

可愛らしい音色とは裏腹に、恒星のように大きな存在が二つ。

市街地で巻き起こる大乱闘を感知して近づいてくる。

 

(ホシノさんとヒナ委員長だ)

 

ガンジュは2人の気配に光を見た。

身勝手なのは承知の上で、この不毛な戦いを早く終わらせてほしいと願っていた。

当然のように断定する自分に対して、疑問を抱くことはない。

 

「あと10分くらい」

 

本人としては論理的に予想時間を導き出したつもりだった。

激しい応酬の最中、偶に落ち合う二人も励ますように、その旨を伝えた。

 

「ん、そのくらいだね。後1回、イオリをホールインワンできる」

「もうひと踏ん張りね、やるわよ!」

 

二人はガンジュのことを笑わなかった。

「聞こえるはずがない」と怒ることもしない。

 

元より動物的な直感に優れるシロコにとって、傍目には根拠の無い確信に満ちているガンジュの物言いは、むしろ受け入れやすいものだった。

スパイ云々の話も、アコの語り口に誠実さが感じられないという一刀のもとに切り捨てていた。

科学的な思考回路を養っている筈の少女と親交を深めることで、彼女は逆に非科学的な感性に磨きをかけていた。

「アオーン」「ワオーん」と、しばしば本当に遠吠えでコミュニケーションを取るアビドススナオオカミとミレニアムマジョオオカミ。

そんな二人を見かける度に、入学以前から彼女の世話を焼いているホシノやノノミは、シロコが再び“野生化”してしまう不安に駆られていた。

 

そんな美女で野獣な先輩を持つが故に、セリカもガンジュの不可思議な物言いに対する耐性を有していた。

正直、彼女が未来予知めいたセンスを持っていようがいまいが興味はない。

ミレニアムのエージェントであるかどうかも、些末な問題だった。

アコの言う通りに工作員であったとしても、三大校のお眼鏡にかなう物品など、アビドスにはない。

せいぜい個人的に大切な、先輩や同期の友人、後は顔なじみの住人たちだ。

先生についても、今の今まで拉致するチャンスは幾らでもあった。

何かあれば、ああ見えて確かな観察眼を持つホシノやシロコが反応を示す。

それが無いということは、そういうことだ。

それ以上、自分が言うことは無い。

 

――虫も殺さないような顔で、アビドス生による《おさわりパブ》を提案してきた時には、流石にお気持ちを表明させてもらったが――

 

思考放棄とも言えてしまうが、セリカの竹を割ったような精神構造は、利点でもあった。

更にはアビドス生の共通認識でもあった。

図らずもアビドスの要であるホシノに事情を明かしておいたことが、ガンジュを幸せにしていた。

 

セリカにとっては、そんなミレニアムの“不思議ちゃん”よりも、ゲヘナの行政官が漏らした情報の方が大問題だった。

 

『この土地一帯を所有するカイザーコンストラクションには、話を付けてある』

 

事実であれば、とんでもないことだ。

借金だけではなく、自分たちの住まう土地そのものが奪われているだなんて。

これは是が非でも詳しいお話を聞かせていただかなければならない。

何としてでも、あの痴女の胸倉を――掴むと何かがバルンと飛び出してしまいそうなので両肩を――掴んで問い詰めてやる。

出来るかどうかではない。

やるのだ。

セリカは風紀員会に対する反骨精神を燃やすことで、動揺したメンタルを制御していた。

 

「来るわよ!」

 

だから、便利屋ともども他校生に背中や隣を任せる行為にも抵抗はない。

立っている者は親でも使う。

「親が居るのか?」という危険な問いかけは無視する。

それ以上いけない。

 

セリカはわらわらと迫りくる敵軍へ《シンシアリティ》を向け、一心不乱に引き金を引いた。

AR70/223モデルのアサルトライフル。

猫の神バステト、或いはセクメトの神秘を纏った5.56mmNATO弾が、元気いっぱいに空を舞う。

 

セリカの声に励まされ、ガンジュも飛び出した。

「やられる」から、前に出る。

早く敵を減らして弾幕を薄める必要がある。

最短距離で懐に飛び込んでしまえば、相手は同士討ちを恐れる。

照準を下方に修正して、引き金を重くする。

避けやすくなり、むしろ安全になる。

 

何時ものように、頭のネジが外れた理論に基づいて突撃する。

1、2、3、と、蝗のように群がってくる射線をリズムよくかわし、盾兵に接近。

リスのような身軽さで正面からシールドに飛び乗る。

ガンジュの行動を予測できなかったゲヘナ生の驚愕する顔を見つめながら、右側にいた生徒の顔面に鉛玉をヒットさせる。

更に跳躍。

銃撃と盾兵の警棒をかわす。

猫を思わせる柔らかさでクルリと身体を捻り、集団の中に飛び込んで駆け回る。

風紀委員たちはガンジュを捕捉しきれない。

銃口を向ければ、必ず敵の後ろに味方もいる。

我武者羅に発砲すれば、ほぼ確実にフレンドリーファイアが発生した。

彼女は常に、そのように身を置く形で立ち回っていた。

 

ガンジュに攪乱される委員たちを、負けじと前進するセリカが次々と撃ち抜いていく。

その周囲では銀髪の狼と悪魔が縦横無尽に駆け回り、ドッグファイトとブルファイトを繰り返している。

互いに疲労を蓄積させてはいるものの、まだ動きに精彩を欠くほどではない。

 

大丈夫。

まだいける。

もう少しだ。

2人が来てくれれば、この場は収まる。

 

(アコちゃんさんが、ヒナ委員長の存在に気が付いて発狂しない限りは問題ない)

 

ガンジュは張り切ってフラグを建てながら戦い続けていた。

過ちは繰り返される。

 

 

◇

 

 

『行政官、不味いです! ヒナ委員長です! 砂漠方面より戦闘区域に接近中! 接触までの予想時間は600セコンド!』

 

哨戒中の委員から一報を受けたアコは、管制室の中で顔面蒼白となっていた。

 

如何なるバタフライエフェクトなのか。

それは要領の悪い神ですら知らない。

ただ事実として、この世界線における彼女は、正史よりも少しだけ慎重だった。

より多くの部下を、広範囲の偵察任務に充てていたのだ。

全員が信頼のおける人柄であり、ヒナ委員長を想う同士でもあった。

 

本日の強硬策についても、予め真相を伝えてある。

連邦生徒会を敵に回しかねない事案に対しては揃って難色を示したが、貴重なヒナ委員長の居眠りシーンを激写した生写真を報酬に黙らせた。

万が一、ヒナが出現した場合には、最優先で一報を入れるよう指示を下しておいたのだ。

まさか役に立ってしまうとは!

 

「どうしてこんなところに!?」

 

アコはヒナの予定を概ね把握している。

公私問わず、彼女が開示を拒む領域を除いて、24時間365日1分1秒コンマ以下に至るまでリアルタイムで更新している。

 

今日の予定は「出張」だった。

訳ありだった。

具体的な内容は、委員長の頭の中にしか記されていない。

何かにつけて突っかかる万魔殿 (パンデモニウム・ソサエティー) の羽沼マコト議長も、今日は嫌に静かだった。

「さっさと行ってこい」と言わんばかりの平坦な態度。

それは彼女の為人を知るものからすれば、重度の精神疾患を疑う光景だった。

 

どちらの態度も気にはなったが、本人らが口を割らない以上はやむを得なかった。

詰まるところはアビドス砂漠へ調査に赴いていたということか。

もしかしたら《雷帝の遺産》に関連する事案なのかもしれない。

……否、そこは、今は置いておこう。

彼女の秘密を共有できない口惜しさを胸にしまう。

 

重要なのは、自分がもう、どうしようもないということだ。

にっちもさっちもいかない。

報告通りの距離に居るのであれば、彼女は既に、市街地での戦闘行為を察知している。

砲声などから、使用されている兵器がゲヘナ風紀委員会の装備であるという事実まで辿り着いているだろう。

 

『アコ』

 

考えあぐねている間に、幹部専用回線から惚れ惚れするような美声が聞こえてきた。

 

『アビドス自治区で風紀委員会が予定外の行動を取っている。そちらでは把握していないの?』

『哨戒中の委員を捕まえて話を聞いたわ。指揮官は貴方のようだけれど』

 

バレてしまった。

自分が大乱闘スマッシュシスターズを繰り広げていることに。

ここで逃げようとも続けようとも、予定外の行動を取っている理由を追及される。

通信越しとはいえ、現場に堂々と姿を晒してしまった以上、イオリやチナツに責任を押し付けることもできない。

 

アコは絶望した。

しかし一瞬で持ち直した。

指揮を執る者に絶望している暇は無い。

 

「やむを得ません」

『アコ?』

「お叱りは、後ほど必ず。私は逃げも隠れも致しません」

 

これは風紀を取り締まるために必要な行動なのだ。

ご無礼を仕る。

通信を一方的に切る。

それだけでもアコは胸が張り裂けそうだった。

 

どの道、処罰は免れない。

ならば、せめて獲るものは獲ってしまおう。

ここまでやらかしたのだ。

やった者勝ちの精神を押し通そう。

我ながら頭の悪い作戦だが、背に横乳は代えられない。

……焦りからか、可笑しな表現が混ざってしまった。

落ち着け、まだ慌てる時間じゃない。

 

アコは一人で勝手に悲壮な決意を固める。

マイクを手にして、たっぷりと息を吸う。

そして、腹の底から響く声で、本日の最後となる命令を下した。

 

「総員、突撃! 損害に構わず前進せよ! Los! Los! Los!」

 

突撃行軍歌 (ガンパレード・マーチ) 。

マコトが戯れに制定させた馬鹿馬鹿しい号令。

実戦で使う機会は無いと誰もが信じていた。

学園きっての才媛にして激情家が、風紀委員会の設立以来、初めて使用していた。

 

意外なことに、委員たちは割とノリノリで従った。

ゲヘナ生徒らしい血の気の多さと、10人にも満たない敵を攻めあぐねている現状に対する苛立ちを募らせていたが故だった。

 

 

◇

 

 

風紀委員会が陣形を変えた。

戦場を俯瞰していた先生とアヤネが自ずと真っ先に気が付いた。

 

「これは!?」

『様子が変です!』

『ん、はじめから変』

 

統制のレベルが急激に低下した。

包囲網を維持しつつ、フレンドリーファイアが発生しない程度に崩される。

救護班が負傷者をほっぽり出した。

全てを諦めた能面顔で銃を抜くチナツも混じっていた。

手が足りずにそちらへ駆り出されていたのだ。

医療品を詰め込んだバッグを手放さないのは意地だった。

砲兵も、通信兵も、工兵までもが持ち場を離れ、前線部隊に合流する。

 

ダカダカという足音が幾重にも積み上がり、やがてドドドドという地響きと化す。

生徒たちの神秘が寄り合わさり、現実が改変される。

1,000人を超える大所帯に、巨大な津波にも似た迫力と物理的なエネルギーが付与される。

 

黒い塊が、四方八方からワラワラと迫って来る。

一直線に、先生を目がけて。

それが風紀委員会の全員が突撃してくる光景なのだと、理解した全員が戦慄した。

 

「アコちゃんさんの馬鹿」

 

ガンジュは思わず呟いた。

 

「え――?」

『皆さん、気を付けてください!』

「気を付けろって言われても!」

 

戦場は恐慌状態に陥った。

アビドス便利屋連合は、組織だった抵抗が困難になった。

迫りくる天災的な暴力の塊を前にして、フォーメーションも何もあったものではない。

先生を守る。

それだけを共有して、後は個々に対応するしかなくなった。

 

「これは、ちょっと……っ!」

「うわぁーーーーーーー!!!!」

『先生の所へ、早く!』

「無理無理! 動けない!」

「迎えに行く! もう少し耐えて!」

「駄目! 先生を守って! 来ないで!」

 

キャアキャアと姦しく騒ぐうちに、通話が途切れた。

ネットワークが遮断されたわけではない。

各員が応答する余裕を失っていた。

本来であれば、ヒナの接近に気が付かないアコの落ち着いた采配により、じっくりと追い詰められるだけで終わるはずだった。

そうならなかったのは、きっと、無責任な神か悪魔が気まぐれを起こしたのだろう。

この世界線においては、風紀委員会がラストスパートをかけたことで、正史以上の大混戦に発展してしまった。

 

 

◇

 

 

まるで夏場の蝉みたいだ。

ガンジュはそのような感想を持っていた。

 

モップモップ モップモップ モップモップ――

 

聞いているだけで、体力と気力を消耗しそうな大合唱。

風紀委員たちが巻き起こす大波に呑まれて藻掻き続ける。

嵐のような弾幕と共に、自らの肉体をも砲弾と化して迫り来る風紀委員たちを、かわして、いなして、踏み台にして飛び越える作業を繰り返す。

 

周囲ではキヴォトスだけに生息する希少生物たちの鳴き声が飛び交っている。

 

ンッ ンッ ンッ

マーオ マーオ

ナンデスッテー

クフフ クフフ

シンデクダサイ シンデクダサイ

ハア……

ヨイショ~~

カクゴシロ ヒトクイ ハンシャドモ メ

 

今のところは敵味方問わず全員が健在のようだった。

恥ずかしながら、今の自分の実力では合流する余裕がない。

残り時間は5分か、6分か。

 

一刻も早く終わってほしい。

自分の余分な一言が戦闘を激化させている可能性を、ガンジュは恐れていた。

 

「ヒナ委員長は142センチだ!」

「ホシノ先輩は145です!」

「――勝ったな!」

「――勝ちました!」

「ど、どっちが……?」

 

今も尚、本人不在のまま熱いパトスをぶつけ合う姿を散見する。

無邪気な理由で対立する神々は、心なしか、本来の流れよりもヒートアップしているように見受けられる。

アビドスとゲヘナの中が拗れたらどうしよう?

気合が横滑りして、誰かが大きな怪我を負ってしまわないか?

自意識過剰で片づけられるのであれば、ガンジュにとってはこの上ない喜びだった。

 

『先生を!』

 

混乱の最中、途切れ途切れの通信網から聞こえてきた誰かの声が、彼女の停滞した思考を吹き飛ばした。

あの声は砂狼の姉御か。

アル社長だったか。

それとも誰でもない、ガンジュの頭の中だけに届いた全員の統一された意識だったのか。

 

『早く!』

 

詳細も訊かないまま、ガンジュは弾かれたように動き出した。

碌に居場所も確認しないまま、風紀委員たちをかき分けて進む。

多少の被弾はやむを得ずに耐え忍ぶ。

出来ないと言った自分自身の矛盾した行動に気付かないまま、合流を目指した。

 

路地裏でゲヘナ生徒たちに囲まれている先生を発見するのに、1分も要さなかった。

彼女たちはモップモップと鳴きながら、彼を胴上げするように運んでいた。

ガンジュは彼女たちに向けて、最後の煙幕手榴弾を投擲した。

自分でも驚くほどにあっさりと、視界を塞がれたモブたちの混乱に乗じて先生を回収した。

 

お米様抱っこの状態で、ひた走る。

飛び込む先をアビドス校から、小鳥遊ホシノの分厚い胸板へ変更する。

ヒナの一声で風紀委員会の神々は鎮まるだろう。

ただ、万が一そうならなかった場合に、自分一人では先生を守り切れない。

一人寂しく学校へ飛び込んで防衛システムをフル稼働させたところで、ゲヘナモップの大群を捌ききるのは難しい。

捌ききれる可能性の高いアビドスケサランパサランに事情を説明した上で協力してもらうことにした。

先生は生徒を置いて逃げる選択に抵抗したが「先生が居るから誰も逃げられない」と、説得した。

 

風紀委員会が戦車の類を持ち込んでいないのは救いだった。

このような状況でも、先生の居る地点には砲撃が飛んでこない。

相手があくまでも理性的に行動を取っている証拠だった。

 

従って理性を保っている以上、追撃のためにドローンを放つ程度の行動は選択してきた。

一般的な軍用オートマタでは生徒の全力疾走に追いつけない。

人手は――驚くべきことに――ガンジュ以外の戦闘要員を抑え込むために全員が費やされていた。

 

逃走する2人に追いすがるのは、キヴォトスでは一般的なシングルコプターだった。

中央のローターを囲むようにカメラや武装を取り付けてある、ロボット掃除機を二回りほどサイズアップしたような無人機械が、ブゥーンとプロペラを唸らせながら迫り来る。

それに対してガンジュは、

 

「なんと」

 

呟きながら軌道を変えた。

その瞬間、奇妙な現象が巻き起こった。

ヘイローから溢れ出したエメラルドの色に輝く粒子は、少女の身体をほのかに包み込んでいたが、それが人の輪郭そのままの形を保ちながら、あらぬ方向にフワリと流れ出したのだ。

 

ガンジュは幾度か「なんと」と繰り返した。

一回だけ「ちかづか」と言った。

言葉の数だけ、同様の奇跡が起きた。

どのようなメカニズムで、どうして出来るのか、説明することはできない。

ただ出来ると思ったから実行していた。

それで生徒の目を誤魔化すことは出来なかったが、機械の“目”には深刻な影響を及ぼした。

 

ドローンのセンサーは、虚空を漂う不思議な人形を敵戦力と認識した。

僅かに質量を持つと観測される人形は、二つ三つと増えていく。

最終的に機械たちは、どれを追いかければよいのか分からなくなった。

 

『そこだ』

『そこか』

『何処だ』

 

人間であれば、きっとそのような声を上げていたことだろう。

追跡対象の再指定を打診したが、要請を受けたオペレーターも困惑した。

画像を見る限りでは、間違えようが無かったからだ。

大人を抱えて走り去るミレニアムサイエンススクールの制服が、はっきりと映っている。

その周囲には、少女から生み出されたように見える光の残像が漂っている。

未知の欺瞞装置か?

機械たちがサイバー攻撃を受けたのか?

奇妙な残像を無視して命令を下すが、異常は終わらない。

 

ドローン群は残像を追いかけ始める。

手当たり次第に、我武者羅に、点々バラバラに。

中には衝突して墜落する機体も出てきた。

マニュアル操縦に切り替えるが、全ての機体を同時に操れるわけではなく、暴走する機械たちの狂騒に巻き込まれる。

蠅のように滅茶苦茶な機動を引き起こすドローンたちで、市街地の一角は溢れかえることになった。

 

風紀委員会の追撃が止んだ。

ガンジュは安堵した。

しかし、未だ気を抜いてはいけないという事実を、直ぐに感じた。

 

「どうしたの?」

「イオリさんが来る」

 

先生もガンジュの感覚を疑ってはいなかった。

アロナからも同じ情報を耳打ち――どの道《アロナの声は先生にしか聞こえない》という設定がある以上は、意味の無い行動ではあったが――されていた。

 

混乱の渦から飛び出した一筋の敵意が、急速に距離を縮めてくる。

裏表のない真っ直ぐな闘志は、間違えようもない。

ガンジュは先生を行かせて、殿を務める判断を下す。

進行方向に他の風紀委員が居ない保証は無かったが、人間を担いだ状態では、イオリからは逃げることも戦うこともできない。

相変わらず援護も期待できない。

ガンジュは手持ちの、或いは道中で拾った小道具を使って待ち伏せることにした。

 

 

◇

 

 

今日は厄日だ。

今日も厄日だ。

 

イオリは自身の憤懣に“はけ口”を与えるために走り続けていた。

 

三日三晩の超過勤務を終え、ようやく迎えた非番の日だったのだ。

それを当然の如く解除されて、他所の校区へ駆り出された。

便利屋と田舎の生徒たちによる返り討ちに遭って、上司に責任を押し付けられそうになって、訳を知ってしまえば何ということはない。

“アコちゃん”の疑心暗鬼と過保護が巻き起こした騒動だった。

 

おまけに突然、時間を区切られた。

10分以内に先生を捕まえなければ、ヒノム山で行軍訓練だ、と。

脅し文句を最後に、通信は一方的に切断された。

 

「ああ、もうっ!!」

 

怒髪天を衝く形相で、アスファルトを力強く蹴りつける。

感情の昂ぶりがヘイローを活性化させ、身体能力を限界まで引き上げる。

行き場を失った恨みつらみを、全て戦いに注ぎ込んでいた。

 

阿鼻叫喚の渦中を抜けてきたイオリの姿は痛々しいものだった。

衣服は所々が裂け、褐色の肌が覗いている。

左の髪留めが千切れたことで、滑らかな銀糸の束が無造作に垂れ下がる。

全身に刻まれた殴打と銃撃の跡。

顔にはアビドスツンデレヒメネコによる引っかき傷が、手足にはアビドススナオオカミの歯形が、くっきりと残されている。

 

幾らヘイローの恩恵を受けたところで、度重なる戦闘による消耗が全て無かったことになるわけではない。

 

頭痛が酷い。

それ以外も。

余裕はない。

もう数発の被弾で、ヘイローが再び消灯してしまうだろう。

それでも生来の負けん気の強さを発揮して、動きを鈍らせることなく追跡を続ける。

 

“ミレニアムの魔女”が、先生を連れて逃げている。

その情報を聞き付けたイオリは単独で追撃していた。

チナツと部下たちには、他の連中を全力で妨害させている。

アビドス便利屋連合は粒ぞろいであり、一般の委員が追いかけたところで目的を達成することは出来ない見込みが高かった。

今のところ、新たな敵戦力の存在も認めない。

現状においては、自身が最高戦力であるという自負をもって決断を下していた。

偶には仲間たちにいいところを見せたいという思いは隠して、イオリは身体を動かし続ける。

 

(追いついた!)

 

戦闘区域の境界に迫る、オフィス街だったエリア。

道路の中央に陣取った黒髪のミレニアム生徒が、人形じみた冷徹さで待ち構えている。

プライマリーは混乱の中で喪失したのだろう。

風紀委員会の誰かが落としたアサルトライフルを構えていた。

背中にはオートマタ用のバズーカを担いでいる。

少女の体格にはやや不釣り合いな84ミリメートル無反動砲。

あのやたらと頑丈なロボットが担いでいたものだ。

発射方式を電気信号による発火と手動とで切り替え可能であり、人間が運用することもできる。

こちらも同様に、大破した機体の装備を回収したものに違いない。

 

ありあわせの装備で、風紀委員会の幹部に正面から刃向かおうとは!

 

(アビドスの腰巾着が舐めやがって!)

 

イオリは自身の戦意を鈍らせぬよう、意図して傲慢な物言いをした。

狙撃手らしからぬ豪胆さで正面に立ち、威圧する。

彼女を無視して目標を追うことはしない。

先生を先行させたのか、隠れさせたのか、判断をつけかねたからだ。

魔女を締め上げて確認する必要があった。

 

……一騎討ちという燃えるシチュエーションだから、という理由も少しだけ、少しだけ含まれていた。

 

「道を開けろ、魔女」

 

ガンジュに動揺の色は無い。

無表情で首を傾げて、何事か思案する様子を見せた。

徐にしゃがみ込み、傍にあったマンホールの蓋に手をかける。

キヴォトス人らしい怪力で、アビドス校の生徒よりは時間をかけて、バキボキと固定具のボルトを破壊しながら引き上げた。

そしてイオリを手招きした。

 

「そっちじゃない!」

 

挑発行為に対して律義に反応を示すイオリの銃弾が、鋳鉄製の金属板に突き立てられた。

爆発が起きた。

怒りと神秘が、旧式の弾頭に榴弾砲に類する暴力性を与え、炸裂していた。

 

「もう絶対に落ちないからな!」

 

美しいムーンサルトをキメながらスッポリと下水道へ飛び込んでしまった記憶を思い出してしまい、蹴飛ばして抹消する。

爆風に飲み込まれて魔女の姿は見えなくなった。

イオリは警戒を解かない。

手ごたえが無かった。

五感を研ぎ澄ませて周辺を索敵。

視界の端に異変を捉えた。

10時方向。

街路樹の根元。

僅かながらに風景の一部が人の形に盛り上がり、こちらの隙を窺っている。

 

「そこか!」

 

言うより早く照準を定め、発砲。

銀杏の木が根元から弾け飛び、倒れ伏す。

外した。

だがもう“慣れた”。

ミレニアム製の光学迷彩だろうが、知ったことか。

これ以上、魔女のかくれんぼには付き合わない。

 

断言した通り、イオリの目はそそくさと逃げ出すガンジュの姿を、正確に追尾する。

限界まで引き絞られた強弓から放たれるように、獲物へ向けて褐色の矢が飛翔した。

駆けながら愛銃を構えて照準、発砲。

回避。

発砲。

回避。

発砲。

回避。

 

「ふんっ……」

 

やはり、当たらない。

どれほど狙いを研ぎ澄ませても、フェイントを重ねても、魔女は攻撃の意思が炸裂する瞬間を正確に読み取り、射線をズラす。

常に手元を覗かれているような感覚。

観測用のドローンなど、何かしらのガジェットを活用している様子は無い。

単純に“そういう”能力の持ち主なのかもしれない。

だとしても、オカルトまみれのキヴォトスで暮らすイオリにとっては、特に驚くことではない。

常日頃より、奇想天外な能力を誇る規則違反者を山ほど相手にしている。

理屈では説明できない現象に対する免疫は、嫌でも身に付けていた。

 

(だったら、直接ブチ当ててやる!)

 

だから不貞腐れることも怯えることもなく、彼女らしい対抗策を早々に捻り出す。

このまま遠距離で撃ち合ったところで、時間内に魔女の澄ました顔を歪ませることは難しい。

時間を掛ければ、先生が未知の戦力と合流する恐れもある。

強硬手段に出る。

自分の回避運動が、相手のそれを助けることになるのであれば、それを排除することで敵の逃げ道も封じる。

スナイパーとしては忸怩たる思いだが、ここは任務の達成を優先する。

こちらの耐久値が限界を迎えるより先に、フィジカル差で押し切る。

 

イオリの意図を理解したのだろう。

ステルス装置をOFFにした魔女が、全力で距離を置こうとする。

 

「遅い!」

 

イオリは跳躍した。

下着が丸見えになるのも厭わずドロップキックを披露する――と見せかけ、溌溂とした大腿部でガンジュの頭を強引に挟んだ。

 

「捕まえた!」

 

そのまま魔女の首を捻じ切る勢いで体を捻り、アスファルトの大地に脳天を叩きつけようとする。

ガンジュは迅速な対応に迫られた。

大胆な黒のTバックを鑑賞する暇は無い。

どれほど先を読んだところで、取りつかれてしまえば意味が無い。

咄嗟に手に触れた尻尾を掴んだ。

“銀鏡イオリは敏感肌である”という事前情報に望みを託した行動だった。

 

「ひゃん!」

 

思いのほか覿面な効果をもたらした。

可愛らしい声と共に拘束が緩む。

その隙を逃さずに脱出した。

 

「なにすんだ変態魔女!」

「魔女って言うな」

「いい加減、落ちろ!」

 

褐色の頬をそうと分かるほどに紅潮させたイオリが、銃床による打突を見舞う。

羞恥心に苛まれていても隙は無い。

拳や健脚を交えつつ振るわれる凶器を、肉体の性能差からかわしきることは困難とガンジュは判断する。

諦めて両腕を交差させると共に硬化させる。

加えて、インパクトの瞬間に合わせて後方に跳躍することで衝撃を殺す。

装備を破損させないよう気を配りながら、激突した。

 

ゴンッ

 

鈍い音と共に、ガンジュの身体が宙を舞う。

10メートルほどの距離を飛び、手近な廃墟に叩き込まれた。

5階建てのテナントビル。

朽ち果てつつも形を保っていた鉄筋コンクリート製の人工物は、しかし、《生徒》の剛腕から繰り出される一撃に耐えられるようにはできていない。

同じく強靭な少女の肉体が直撃したことで、呆気なく不法侵入を許すことになった。

再びの轟音。

岩が砕け、金属が引きちぎれる不快なノイズを響かせながら、ガンジュはフロアタイルの床に転がった。

 

ガンジュは動きを止めない。

想定よりも長い距離を飛んでしまったが、目立った外傷は無い。

作戦を継続する。

痺れる体に鞭を打ち、ガラス片を散らしながら跳ね起きる。

直後、自分の頭があった場所にボルトアクションライフルの銃床が付き立てられた。

また転がるように駆け出した。

 

廃墟の中には、意外なほど多くのインテリアが放置されていた。

経年劣化により、とても触る気にはならない有様ではあったものの、デスクや書類棚にソファーまでもが、乱雑に積み上げられていた。

処分する費用すらなく、夜逃げ同然に店を仕舞ったのか。

キヴォトスで山のように発生する廃材が処分場を埋め尽くしていた所為で、受け入れ先が見つからなかったのか。

理由は定かではない。

ただ彼女たちとしては、そこに在るもの物体を活用させてもらうのみだった。

 

間髪入れずに飛び込んできたイオリは、このまま追撃を加えて、魔女の寝顔を拝ませてもらう意志を固めていた。

魔女は散発的に銃弾をばら撒きながら、店の奥、スタッフエリアを通り抜けて外へ出ようとしている。

若干の被害を受けるが、小銃弾のダメージであれば僅かばかり耐えられる。

 

魔女にアビドス生ほどの攻撃力は無い。

問題は無い。

今度こそ決着をつける。

障害となりうる物体は存在しない。

偶然、押し入った家屋に何があろうものか。

後は推し通すだけだった。

その筈だった。

 

再びガンジュに飛びかかろうとしたイオリに、横合いから予想外の衝撃が加えられた。

 

「!?」

 

アサルトライフルとは比較にならない規模のダメージに、一瞬だけ意識が途絶えた。

榴弾の爆炎と噴煙に巻かれながら、視界の端で、自身を捉えた獲物の正体を知る。

魔女が抱えているものとは別の、同型の無反動砲。

場所は店内の片隅。

積み重なった粗大ごみの隙間から、即席の砲台が微かに顔を覗かせていた。

 

誘い込まれた。

遠隔操作。

アレにそんな機能は無かったはず。

魔女が手を加えたのだろう。

一連の行動が誘導されたものであった事実を理解して、イオリは歯噛みする。

 

「まだだっ!!」

 

消え失せそうなラベンダーグレーの光輪を奮い立たせる。

自分が追いつくまでに、それほどの時間は要していない。

罠を複数個所に仕掛ける余裕は、相手にも無かったはず。

今度こそ打ち止めだ。

 

「このおっ!」

 

気迫を乗せてモーゼル弾が放たれる。

異様なまでの暴力性を発揮するそれが廃屋の壁を貫き、爆発を起こす。

オフィス内に存在した物体の一切を粉砕した末、反対側の端まで貫き、見晴らしと風通しをよくした。

 

瓦礫と粉塵の先へ飛び出したイオリは、同じように店から転げ出たガンジュが体勢を立て直しながら、こちらに銃口を向けようとする姿を見た。

 

遅い。

こちらが先に撃てる。

魔女は姿勢を崩している。

今だ。

やれる。

確信したイオリは、予測通りに引き金を引いた。

 

――そこから先は、本当に刹那の出来事だった。

 

先手を打たれたガンジュは、咄嗟にアサルトライフルを盾にした。

StG44モデルの自動小銃が、中央から二つに裂かれて飛び散る。

殺しきれなかった衝撃が魔女を吹き飛ばし、電気の通っていない街灯に叩きつける。

背中の火砲が外れて宙を舞う。

10キログラム近い金属の塊が空を飛ぶ光景は《生徒》の力の凄まじさを物語る。

フワリと滞空する砲口が、吸い寄せられるように視線をイオリへと向ける。

イオリは、直前に経験したトラップの件もあり、発射の兆候が無いことを確認しなければならなかった。

同じ轍を踏むわけにはいかない。

幸いにして、照準装置は起動していたが、砲弾が吐き出される様子は無い。

無線式ではなかった。

先ほどの罠は通信ケーブルを介して起動していたのだろう。

安堵するも、気を抜かずに本来の標的に視線を戻す。

 

油断していたわけではなかった。

どんなに優秀でも、戦う人が反射的に選択する行動。

激高しつつも冷静な判断を下す頭脳と、優れた視力がなせる技。

その砂粒のような時間が、明暗を分けた。

 

イオリは見た。

生徒が激突したことで湾曲した街灯。

その裏側に置かれていたステアーAUGモデルの自動小銃を、流れるような動作で構える魔女の姿を。

壊れていなかった本来の愛銃を両手で持ち、ありったけの神秘 (ちから) を込めてトリガーを引き絞る光景を。

ヘイローから零れるエメラルドグリーンの暖かな輝きが、一瞬、凶暴なルビーレッドに変色するのを。

こちらの反応が間に合わない現実を。

 

(何だ、それ)

 

全て読まれていた。

こちらの一挙手一投足に至るまで。

如何にもミレニアムらしい。

《百鬼夜行連合学院》にある《詰将棋》のような戦い方。

悪ガキどもや、アビドス校の生徒に力負けする場合とは違う。

相手の掌の上で転がされる驚きと屈辱。

それら感情の渦を断ち切る銃弾の感触を最後に、イオリの意識は途絶えた。

 

 

◇

 

 

ガンジュは気絶したイオリを介抱してから先生の後を追った。

 

「やっと倒れてくれた」

 

走りながら独り言ちる。

彼女としては望外の結果だった。

原作における、いわゆる「強キャラ」の代表格である銀鏡イオリに勝利することができた。

相手が疲弊していたことと、ストレートに誘いに乗ってくれた点が大きい。

最高に上手くいって相打ちだと見込んでいた。

実際、それに近い状態ではある。

M78星雲から定期的にやってくる光の巨人に例えると、カラータイマーがそろそろ消えそうな具合だった。

イオリが万全の状態であれば危なかっただろう。

 

「こんなのでいいのかな」

 

別に、一人で先生を守る、などと自惚れてはいない。

こうして他校生とも協力すればよいだけの話だ。

言われなくても、先生が身を挺して守る生徒に困る事態は無いだろう。

ただ、一人で守らなければならなくなった場合は……どうしようか?

 

今のように相手の感情と行動パターンを読み取って立ち回る。

罠を仕掛ける。

足止めする。

少しだけおちょくる。

――そして、しばしば肉体の性能差で押し切られる。

 

少年ジャ〇プの主人公なら、追い詰められるたびに都合よくパワーアップして格上の相手にも勝利を収めるが、自分はそのような性質を持ち合わせていない。

ガンジュは決めつける。

駄目になったら、駄目になるしかない。

ただ、

 

「先生が死ぬかもしれない」

 

相手が残虐性の強い大人であったり“トリカス”のように知恵の足りない物体だった場合、うっかり先生を殺してしまうかもしれない。

そのような事態だけは避けなければならない。

しかし、どうしようもなければどうしようもない。

 

ナイナイ ナイナイ ナイチンゲール と下らない言葉を呟いている間に、先生の顔が見えた。

どういうつもりか、来た道を戻ってくる。

2つの人影が傍にいる。

 

「あ、ガっちゃんだ。おーーい」

 

空崎ヒナと小鳥遊ホシノ。

小さな巨星が“ちょこん”と付き添っていた。

 

「丁度そこで鉢合わせたんだよーー」

 

ヘラヘラと締まりのない笑顔を作りながら、ホシノが説明してくれた。

 

まずはアビドスケサランパサランとゲヘナシロモップが鉢合わせたらしい。

自己紹介と、この状況に対する認識のすり合わせを済ませていたところに、逃走中のセンセイオンナタラシが合流。

話し合いをつけて、関係各所に戦闘の中止と集合を指示。

これから集合場所へ向かう、と。

つまり、

 

「お疲れ様。今日はもう、お仕舞いだよ」

 

ホシノの言葉に、ガンジュは肩の荷が下りる思いだった。

やっと終わった。

一時はどうなることかと思った。

三人の剣呑さを孕まない様子から、収拾がついた事実を理解して安堵する。

銃を下ろして、腰は未だ下ろさないように気を保つ。

「行きましょう」と澄まし顔のヒナに促されて、4人で“閉会式”の会場へ向けて歩き出した。

 

◇

 

道中、今度こそ何事も無かった。

静けさを取り戻した市街地を4人で歩いた。

 

先生は他愛のない世間話を生徒たちに持ち掛けてきた。

鬼の風紀委員長は表情を動かさずに淡々と答える。

ホシノは《黒服》との会談を済ませた後で気が立っていたのだろう。

揚げたての天ぷらのように“サクサク”とする気持ちを表に出さないように、努めて呑気な声を出している。

ガンジュも会話の輪にひっそりと加わりながら、ホシノに初めて出会った時のように、ヒナの姿を鑑賞する。

 

ソロモン72柱が第一位《バアル》

もしくは《バエル》。

急に馬鹿になったチョコレートの人の愛機とは違う。

誰に対してか注釈を付け加える。

紫電の瞳に、陽光を反射して煌めくシルバーブロンド。

白磁の肌に、小柄で控えめながらも均整の取れた肢体。

比喩ではなく事実として、ゲヘナを支えるスーパースター。

白くて綺麗な毛玉。

ゲヘナシロケダマ。

 

あからさまに見ていたので「何か用?」と訊かれてしまった。

「綺麗だから」と正直に答えると、ヒナは「そう」とガンジュを一瞥だけした。

興味が無さそうに装いながら照れていた。

そんな姿もまた可愛らしい。

一人で感動に打ち震えながら、意外と際どいスカートから伸びる御足まで視線をやったところで、

 

(美脚と言えばイオリさん)

 

忘れるところだった。

道すがら彼女を回収して差し上げよう。

その旨を申し出ると、事態を理解したヒナは少し驚いた様子を見せた。

 

「イオリを倒したのね。一年生なのに大したものだわ」

 

条件が良かったからだと、ガンジュは自分の中の事実を伝えるが、ヒナは淡々と返す。

 

「勝利は勝利よ、誇りなさい。そうでなければ、自分にも相手にも失礼だわ」

「うへっ、委員長ちゃんの言う通りだよ。ガっちゃんは、もう少し自信を持ったほうがいい」

 

ホシノも割と真剣に同調してきた。

キヴォトスでもトップクラスの戦闘能力を誇る2人からご意見を頂いてしまった。

実は割とあることだったが、何度経験しても慣れなかった。

動揺するあまり、ガンジュは頭の中で宇沢ステップを踏む。

 

「自信よりも、もしかしたらガンジュは『勝とう』とする気持ちが薄いのかもしれないね」

 

先生も口を開いた。

脳内ステップがキレを増した。

彼は生徒が武器を持つ行為そのものを嫌悪するきらいがある。

戦い方に関して具体的に口を挟むイメージが無かったので、余計に驚いた。

 

「引き受けた仕事をきちんとこなす。目の前の勝ち負けよりも、目標の達成を考える。今回で言えば、何よりも私を守ることを優先してくれた」

「それは大切な心掛けではあるけれど、それ以上の感情を持っていない。どこか機械的に取り組んでいるから、勝っても負けても感動は無いし、自信もわかない」

 

責めているわけじゃないよ、と先生は付け加えた。

その言葉に嘘が無いことをガンジュは理解する。

 

「『勝つ必要は無い』という意識が、君の力を鈍らせているのかもしれない。私が見た感じ、キヴォトスの生徒たちは、感情の波がダイレクトに現実へ反映されるようだ」

「君自身が勝利にかける意志を持てば、そのような相手が表れた時に、何かが変わるかもしれない。……まあ、そもそも生徒に戦ってほしくは無いんだけど」

「先生!」

 

セリカの声で会話が中断された。

もう式場が目の前だった。

 

 

◇

 

 

その後は、何事もなかったかのように原作通りに進行した。

泥まみれの生徒たちが崩壊した市街地の大通りに集まり、2人の生徒と大人の言葉に耳を傾けた。

 

ヒナはアビドス自治区への不法侵入について謝罪した。

二度とこのような事態が起きないよう、対策を講じると宣言した。

彼女もカイザー・グループがアビドス自治区の大半を所有している事実を把握しているはずだったが、そんな素振りは一切見せなかった。

 

ホシノはヒナの意思を了解した。

「不幸な行き違いだった」として、この場に居る全ての生徒を労った。

 

アコがミレニアムの生徒を諜報員扱いした件についても、ヒナは律義に頭を下げてくれた。

ガンジュも異論はなく、むしろ苦労人と聞き及んでいる委員長に謝らせてしまうことに後ろめたさすら感じていた。

珍獣に威嚇された程度でイチイチ訴えていたら、キヴォトスでは生きていけない。

実際に見習いのエージェントではある。

それもヒナであれば承知していそうなものだったが、言わないでくれるのであれば有難いので触れずにおいた。

 

「2人とも凄く強いし、可愛いよ。どちらかなんて選べないな」

 

ホシヒナ論争については、先生がタラシの一声であっさりと収めてしまった。

結果的に些末なトラブルではあったものの、余計な仕事を増やしたガンジュは先生にも頭を下げた。

 

それから皆で仲良く撤収作業に入った。

 

瓦礫の山については放置されることになった。

活気の無いアビドス自治区では、復興作業に従事する機械たちの動きは鈍い。

現在の土地所有者であるカイザー・グループも腰は重い。

もともと一帯を更地にするつもりでいる彼らが急ぐ理由は、一つも無かった。

ゲヘナ学園の手を借りる案も検討されたが、却下された。

結局のところ他人の土地を、他校に借りを作ってまで無償で直すことになってしまうからだ。

既に住人の大半が退去している事実もあった。

 

負傷者の救護と搬送だけを行うことになった。

これについては、ゲヘナ学園から救急医学部も駆けつけた。

衛生兵の大半が負傷していたために、手が回らなかったのだ。

応援要請を受けた氷室セナが陣頭指揮を執り、怪我人を運んだ。

……ガンジュが紙芝居で見聞きしていた通りの、ゴミ収集車に詰め込む要領だった。

 

「貴方も負傷していますね?」

 

セナは他校生にも見境なくにじり寄って来た。

ガンジュは咄嗟にシロモップ委員長の後ろへ隠れた。

巨大な蝙蝠のような羽を使って優しくはたき出された。

 

作業を進めながら、ガンジュはアビドス校の生徒たちと労いの言葉を掛け合った。

便利屋68とも同じように交わりたかったが、残念ながら何時の間にか撤収していた。

アヤネによれば「次はノーカットで頼むわよ!」と、よく分からない言葉を残していったそうだ。

 

アコは通信を切っていた。

この日はそれ以上、姿を現すことが無かった。

きっと牢獄じみた反省部屋へ閉じこもり、反省文をしたためているのだろう。

尻尾と横乳を丸めて (?) 項垂れる姿が目に浮かぶようだった。

 

目を覚ましたイオリは釈然としない様子で整列していた。

ガンジュが対戦してくれたことに対する感謝を述べると、しかめっ面で手を振った。

ド近眼のチナツが予備の眼鏡まで破損しており、彷徨う彼女を誘導するのに忙しそうだった。

チナツは呼ばれる度に凄まじい目つきで相手を睨みつけていた。

 

ヒナは先生だけに何かしら情報を伝えていた。

その姿を横目に見やりながら、ガンジュは記憶を掘り返す。

確か、カイザーが砂の海で発掘作業に勤しんでいる件を伝えているのだったか。

何故このタイミングで、ヒナが無償で情報を提供してくれたのかは分からない。

初対面にも関わらず、彼女はセンセイオンナタラシのことを随分と高く評価している様子だった。

原作ではそこまで言及された記憶が、ガンジュには無い。

ただ悪い大人たちの動向に注意を促しただけかもしれないし、マジョオオカミが見ることのかなわなかった物語で語られたのかもしれない。

兎にも角にも、次の目的地は砂漠の更に奥地で間違いなさそうだった。

 

事態が穏やかに収束していく様を見て、ガンジュは胸をなでおろした。

全ては概ね彼女が知る流れに戻っていく。

ゲヘナとアビドスの関係が冷え込むことも、温まることもなかった。

うっかり先生が天に召されてしまうような事態も起きなかった。

ただ、柴犬の大将は怪我をせずに済んだことだけが、正史との違いだった。

 

今日のところは、他人のことを気にかける必要は無くなった。

だから後は、彼女自身が抱える疑問について思いを巡らせることにした。

 

勝利を目指す心。

闘争心。

自分にもそのようなものがあるのだろうか。

多少はあると、本人は認識していた。

 

言われなくても、戦いで手を抜いたことは一度も無い。

死の概念が遠いキヴォトスにおいても、銃を撃つのは恐ろしいことだ。

撃たれることも、殴りつけるのも殴られるのも、痛くて怖い。

それでも、やらなければならないからやっている。

 

だからといって、渋々と動いているつもりもない。

 

だから、そう、勝利への執着は弱いのかもしれない。

兎にも角にも、お仕事の目的を達成したいと思う。

 

イオリとの一騎打ちでいえば、先生がホシノと合流するまでの時間を稼ぐだけで十分だと考えていた。

自分は勝利条件をクリアしていた。

問題は無いはずだ。

それでは駄目なのだろうか?

 

「駄目なんだろうな」

『ふざけてんのか!』

 

チビロリメイド先輩が激昂する光景が目に浮かぶようだ。

彼女たちはきっと「勝利をおさめろ」と言う。

中途半端なことを抜かせば、部室から締め出されてしまう。

そんな空しい結末は迎えたくない。

未だC&Cの部室に入ったことは無いけれど、備品のピアノを特定の順番で弾くと起動するらしい秘密のエレベーターには是非とも乗ってみたい。

 

「困ったな」

 

何とかして闘争本能なるものを漲らせたいところではあるが、頭の中のマウンテンサイクルを幾ら掘り進めても出てこない。

 

Κιβωτός

MYSTERIOUS

神秘

未知の概念

解析中

処理中

 

よく分からない言葉が溢れてくるだけだった。

 

機能拡張

#$%#%#&&‘%破損 ♪ЭΜΞΨΠρИ作動不良 ×Θまで〇〇〇〇Δ

Κιβωτός

±ΣЖφζΩー÷ξに類する側面

cjkぁjく-VωQが/oするΓ°Λ〈λーを伎邇ЁにБйа‰

○〇A◎еπфδ

цШ

ЮЫХΚ

ηξТЬΕЩθ

βнО¶

検証中

随時、Γ○×Дを蛙εнО´÷ψ

ヘイローによる加護についてはе¨Ω、魏ΝΛИ、БΠЁΥβЭф等のイメージ・フィードバック機能を有するΓ°Λ〈λーとの類似点がΞΓ箇所……

 

これ、なんだ?

コレ、ナンダ?

コレン、ナンダ。

コレン・ナンダー。

 

「ガンジュ」

 

先生の声で我に返った。

 

「終わったよ。帰ろう」

 

相変わらず人を垂らし込む笑顔を浮かべている。

もう全員がゾロゾロと帰り出していた。

思いのほか考え込んでいたらしい事実を認識して、ガンジュは「わん」と鳴きながら後を追う。

 

偶然、足元に転がっていた08小隊もどきの頭を拾う。

流石に生徒同士の“くんずほぐれつ”には耐え切れず、スクラップと化した哀れな機械人形。

イオリのブーツの形にひしゃげた顔を何とはなしに見つめる。

 

自分は今、何を考えていたのだろう?

もう少しだけ好戦的になるための手段について考えたら、何故か《機動戦士ガンダム》に関する情報が溢れてきた。

闘争心という言葉から、御大将や焼け野原ヒロシを連想したのか。

 

いけない。

アビドス編はここから佳境に入る。

次は悪い大人たちとの戦いになる。

カイザー・グループの戦力には生徒も含まれていた。

原作での描写が無かっただけで、名も無きエースは山ほどいることだろう。

気を引き締めなければ。

 

まずは陸戦型ガンダムもどきを修理しようと、ガンジュは気持ちを切り替える。

中枢神経を除いてボディを丸ごと交換することになるだろう。

しばらく出番は無い。

次は砂漠に行って、カイザーに虐められるイベントだ。

本格的な衝突にはならないだろうから、手数を増やす意味は薄い。

学校の警備に回ってもらうことにする。

 

先生が居てくれる以上は、水と食料、更に武器弾薬の補充については問題ない。

心配なのは虚弱体質 (キヴォトス基準) に分類される先生自身だ。

そして、アビドス陣営の中で最も戦闘能力の低い自分だ。

どうしたものか。

 

「困ったな」

 

ガンジュはまた、ナイナイと頭の中で呟き続けた。

 

ヘイローがまた微かに真紅の輝きを放っていた。

光の奥で何か記号のようなものが舞っていた。

自らを作り変えるように、グルグルと回り続けていた。

 




何とか年内に風紀委員会編を終わらせることができました。
次回からはまた日記調に戻ります。

ちなみにオリ主の設定について、コメント内であれこれと漏らしておりますが、ぶっちゃけ嘘を付いてしまうかもしれません。
具体的に何処?と言ってしまうとそれだけでネタバレになりうるため、控えさせていただきます。
コメントしてくださった方々、これまた申し訳ございません。
せめてものお詫びにベアトリーチェが裸踊りをしてくださるそうです。

それはそれとして一年間、誠にありがとうございました。
皆さま良いお年をお迎えください。
また来年も拙作をよろしくお願いいたします。
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