ただ、アリスの是非をめぐる一件については「リオだけが間違っていた」という共通認識で確定して進むようで、それだけが個人的には残念でした。
既に会長が救済される二次創作は山ほど生み出されておりますが、自分なりに描いてみたいと改めて感じました。
これからも何とか遅い筆を動かして拙作を投稿し続けます。
お付き合いいただければ幸いです。
ちなみに今回の難所は理事視点の描写でした。
なんで私はどうでもいい悪役を詳細に描こうとしてるんだろう……?
「君が中途半端にオリジナリティを出そうとするからではないかね?」
あの子は誰?
Vantas vanitatum et omnia vanitas
あなたは誰?
VaXtas vanitXatum et oXmnia vanXitas
どうしてそこに居るの?
XaXXas vaXitXXtuX eX oXXnia vXnXXtXs
まあ、いいや。
壊さないと。
今度こそ。
XXXXXX XXXXXXXXXX XX XXXXXX XXXXXXXX
◇
キヴォトスの朝は銃声から始まり、銃声に終わる。
始まりの物語であるアビドス編、そのひと区切りとなる日も例外ではなく、ある意味で代わり映えのしない時間が続いていた。
アビドス高等学校の屋上。
中古ながら清掃用ドローンの配備が進んだことで、年季の入った校舎のコンクリートは清潔に保たれている。
本来の常連客が、仮眠室と監視塔を兼ねて愛用していた場所。
今はお昼寝用の古ぼけた体育用マットと、丸めたソレに隠された双眼鏡だけが寂しく残されているそこを、ガンジュは無断で拝借していた。
監視というよりは、ただ周囲一帯を見渡すためだった。
ホシノは退部届とお詫びの書状を残して姿を消した。
《ゲマトリア》の《黒服》へ身を差し出すことで後輩たちを救おう、と悲壮な決意を固めてしまった。
砂漠でのひと悶着から大して日も空けずに、せっかちなことだと溜息をつく。
何なら彼女は身一つでも戦い続けることができるだろう。
学校を失った時点で敗北となる以上、無意味な例えではあったが。
残された先生たちは、沈痛な面持ちで廃校対策しようがな委員会を開催している。
今日は嫌な感じがすることを伝えてはいたものの、反応の悪さを責めることは出来ない。
自分に人を鼓舞する力は無い、とガンジュは信じていた。
また、未だ言葉をかけるタイミングでもない。
テンションが落ち切った時に「肝心な時にしか役に立たない女」が発破をかける必要がある。
実際にはそれ以外でも有能らしいが。
お通夜ムードの部室から逃げ出すように、ガンジュは青空の下に出ていた。
せいぜい警戒を密にしておこうと思ったのだ。
晴れた空の下に広がる、見慣れた砂塗れの世界。
ジメジメと湿気る生徒とは裏腹に、健やかに昇る太陽はさんさんとアビドスの大地を照らしていた。
太陽神ラーは、母校がどれほど荒廃しようとも、見捨てること無く見守っている。
あれはユメさんなのだろうかと、お得意の空想を頭の中で繰り広げる。
彼女のヘイローは太陽を象ったものだった。
由来としては冥府の神オシリスが有力だったらしいけれど、いずれにしても、梔子ユメが正しく神がかり的な母性と慈愛に満ちた人物であったことは間違いないのだろう。
統治者としては論外だったようだが。
しかしながら、そうやって故人を偲ぶ由も余裕も、生きている自分たちには無い。
また戦いに明け暮れることになるのだろう。
間もなくカイザーPMCによる侵攻が始まる。
風に乗って漂う大人たちの悪意は刻々と濃度を増して、今にも炸裂しそうだった。
ドォン
言った矢先に、市街地で爆発を確認する。
黒煙と方角より砂尾町2丁目と判定。
防衛施設でも食糧庫でもないポイントを破壊する行為に、戦略的および戦術的な意味は無い。
まるで「ただ相手を怖がらせたいから」暴れているように見える。
実際、そうなのだろう。
こうも無邪気な敵意をまき散らされては疑いようもない。
サラサラ キリキリ カラカラ
空を舞う砂の波に乗って歯車の音が聞こえてくる。
規則正しく回る舞台装置。
理不尽で乾いた欲望。
大昔の漫画に登場するガキ大将のような行動原理。
“前”のような陰湿さを含まない、見た目通りのマシン的に発揮される残虐性。
――それらに交じる甲高い、キィンともギィンともつかない金属音。
それがガンジュの耳を酷く刺激していた。
電子音の混ざった、鐘に近いプラスチックの音色。
距離は未だ遠い。
可笑しな夢を見てからずっと聞こえている。
あの知らない音を、自分はよく知っている。
ガンジュは矛盾に満ちた確信を得る。
今の今まで気がつかなかった事実が不思議でならない。
あの耳障りな音の発信源を突き止めなければならない。
シロコたちの窮状をそっちのけにしてしまいそうな自分に困惑しつつも、訳の分からない衝動に駆られていた。
『敵襲です! 裏門のセキュリティに反応多数! カイザーです!』
『ガンジュ、出撃だよ!』
先生たちがいなければ飛び出していたかもしれない。
勝手に明後日の方角へ走り出そうとする身体を制御して、ガンジュは歩くような気軽さで3階建ての校舎から飛び降りた。
自らの行いに対して、彼女が違和感を覚える時期はとうに過ぎていた。
涼しい顔と心でステアーAUGモデルを構えて照準。
僅かに身体を捻ることで、バレットM82モデルの12.7ミリメートルNATO弾を流しながら、発砲。
放たれた5.56ミリメートル高速徹甲弾が、射手であるオートマタの首を捻じ切った。
(また少し動きやすくなった)
シロコたちが悪戦苦闘するのを他所に、自分だけが気楽に暴れ回っているように思えて、ガンジュは奇妙な申し訳なさを感じる。
次から次へと登場人物に出会えたことで浮かれているのかもしれない。
ストンという軽やかな音を立てて着地、走行。
彼女が“単調”と認識する域を越えない程度に濃密な弾幕をいなしつつ迎撃を開始した。
◇
アビドス高等学校の周辺では“実演”を交えた小さな軍事展覧会が開催されていた。
昆虫を思わせる多脚戦車が、6本脚をガションガションと唸らせて闊歩していた。
キヴォトス全土に普及しているクルセイダーモデルの巡行戦車が、無限軌道でキュラキュラとアスファルトを痛めつけながら走行していた。
ややトップヘビーな形状をしたパワーローダーが、過積載一歩手前の重装備を担いでノシノシと行軍していた。
それ以上に前のめりな構造を持つ《ゴリアテ》と呼称される二足歩行兵器が、馬鹿馬鹿しい口径の大砲を頭に載せて、馬鹿馬鹿しい運動性能で跳ね回っていた。
他にも自走砲や装甲兵員輸送車 (APC) など100両前後の軍用車両が軒を連ね、それと一桁は違う数の兵士たちが随伴していた。
完全に戦争をする勢いで、1人の大人と5人のうら若き少女たちを取り囲んでいた。
それはキヴォトスにおいても幾分か奇妙な光景であったかもしれない。
「ごきげんよう、アビドスの諸君。出迎えご苦労」
並み居る機動兵器に守られながら、1体の機械人形が陽気に騒いでいた。
白を基調としたカラーリングの大柄な躯体。
黒塗りのスーツに真っ赤なストールを垂らしたその姿は、典型的なイタリアン・マフィアそのものだった。
「今日は実に良い天気なのでね……この辺りを“掃除”させてもらう。ストリートチルドレンは邪魔だ、どいてくれたまえ」
「誰がホームレスよ!」
「事実だろう、アビドス高等学校の生徒『だった』黒見セリカくん?」
彼は得意げに子どもたちを挑発する。
実際、部下たちが呆れるほどに上機嫌だった。
浮かれすぎてうっかり陣頭指揮にあたってしまうほどだった。
ここ最近、彼にとって不愉快なイベントが続いていたことによる反動だった。
カイザーコーポレーション、カイザーローンおよびカイザーコンストラクションの理事であり、カイザーPMCの代表取締役まで兼任する彼は、ようやっと憎たらしい子供たちの根城を崩壊させることができる今日を歓迎していた。
「訳の分からないことを……!」
「やれやれ、無知とは恐ろしいな――小鳥遊ホシノが退学しただろう?」
「それがどうしたっていうのよ!?」
聞き分けの無い子供を窘めるために経緯を説明してやる。
最後のアビドス生徒会役員であるホシノが除籍した――理事の認識では――ことで、アビドス校区は正式に生徒会を失い、無政府状態に陥った。
廃校対策委員会は連邦生徒会による公認が為されていない集団であるため、生徒会を引き継ぐ資格を持たない。
そこで混乱を避けるという大義名分に基づき、カイザーコーポレーションが暫定的かつ大々的に校区を治めて差し上げるのだ。
みるみるうちに生徒たちの表情が曇ってゆくのが心地よかった。
どうしてそんなに快感が走るのかは自分でも分からなかったし、どうでもよかった。
薬物の魅力に取りつかれた中毒者のように酔いしれていた。
「ちなみにやたらと肩書きが多いのは私が有能であるが故だ。決してブラックが過ぎて人手不足に陥っているわけではない。凡人諸兄は勘違いしないように」
「…理事?」
「気にするな。ほんの戯れだ」
「はっ」
実を言うと、アビドスについてはもののついでだった。
本命は《ウトナピシュティムの本船》の発掘作業。
それこそがカイザーコーポレーションの一大プロジェクトだった。
超古代文明が《名もなき神》に対抗するために建造したオーパーツ。
全長約135メートル×23メートル×13メートルの“戦艦”と目される構造体。
砂漠に眠るソレを復活させて、そのオーバーテクノロジーがもたらす圧倒的な暴力性を以てキヴォトスを征服するという壮大な計画。
にわかに信じがたい話ではある。
彼自身、ごく一部の情報を把握しているに過ぎない。
しかし現実に、キヴォトスでもトップクラスのシェアを誇る複合企業がヒト・モノ・カネを湯水のごとく注ぎ込み、なおかつ“現物”を掘り当てる目途も付いていた。
今さらプレジデントの正気を疑う余地は無い。
CEOの勅命を受け、彼は半世紀近い時間をこの計画に費やしていた。
グループの資金力をもってすれば、砂嵐に蝕まれて困窮するアビドス校区を買い叩くのは容易い。
クライアントである黒服から候補地の情報をもらい、順繰りに掘り返していく労力も、気長に構える覚悟さえしておけば問題ない。
法律も金も、より大きな力を持つ者を罰することはできない。
カイザーの行く手を阻めるのは、気味の悪いクライアントか、発掘現場を荒らしまわる機械仕掛けの“蛇”だけだった。
それも我が社の軍事力をもってすれば対処できるレベルの脅威に過ぎなかった。
故にプロジェクトの成功は約束されていた。
後は黙っていても全てが上手くいくはずだった。
死亡せずとも二階級特進は間違いない。
自分はプレジデントに近しい権力を得ることができる!
古き良き立身出世の志が歓喜に打ち震えていた。
――だというのに、ここへ来て細かなトラブルが続出した。
はじまりは先生の来訪だった。
失踪した連邦生徒会長と入れ替わるようにキヴォトスへ来訪した冴えない男。
アレがアビドス高等学校の生徒へ接触した時から歯車が狂いだした。
クライアントが興味を示す物好きな大人は、誰も彼もが見向きもしない子供たちへ快く物資を提供し始めたのだ。
支援を受けたアビドス校は、これまでの鬱憤を晴らすかのような勢いでチンピラ狩りを開始した。
一週間も経たないうちに、主だったチームが駆逐された。
今しばらくの間は砂漠から目を逸らさせておきたいがために、嫌がらせを続ける必要があった。
そのためにはアビドスから搾り取った“はした金”だけでは足りない。
やむを得ず、大切な企業の金にも手を付けて“おかわり”を用意した。
しかし結果は同じだった。
もうアビドス校が息切れする様子は無い。
それどころか狩りを楽しんですらいた。
あまり稼がれても面白くない。
買収していた《ヴァルキューレ警察学校》に命じて懸賞金の額を下げさせたが、奴らの勢いは止まらなかった。
減った分を数で補うとばかりに、より多くの不良を捕縛して警察に押し付けてきた。
突如として大量の生ゴミを押し付けられたヴァルキューレが、収容限界を超えたために泣き付いてきた。
放逐させて、そこいらをうろつかれても邪魔になる。
ブラックマーケットへ運んで使い潰すことにした所為で、人員の輸送費が余分にかかった。
実力「は」確からしい《便利屋68》を雇っても大差ない結果に終わった。
市街地で暴れるだけ暴れた末に雲隠れしてくれた。
後で必ず落とし前は付けさせてもらう。
具体的には社名の「8」を「9」に変えさせて年齢制限的な意味で社会から放逐してやろう。
(書類を奪ったのも奴らか?)
カイザーローンの闇銀行で保管していた集金記録。
証拠は無いが、銀行強盗を装って仕掛けてきたのはアビドス校に間違いない。
そんな腕利きを雇う資金があるとも思えない以上、廃校対策委員会が自ら手を汚したのだろう。
ブラックマーケットでも最高クラスのセキュリティを破られてしまったのは屈辱だが、実際にやってのけた点は評価せざるを得ない。
アビドスから絞りとった利息を、そのまま不良集団へ流している事実を知られてしまった。
それは、ただそれだけの話ではある。
天下のカイザーコーポレーションが書類の1枚や10枚でどうにかなるものではない。
仮に訴えられても、下っ端に責任を押し付ければよいだけの話だ。
ただ次々と舞い込む小さなトラブルの所為で、喜びに水を差されていた。
計画が順調に進んでいただけに、僅かな汚れも酷く気に障った。
グループの財政が傾くには程遠いものの、無視ができない程度にはランニングコストも嵩んできた。
「勝ち確で気が緩みましたか?」と、会計担当の知己からは冗談交じりに苦言を呈された。
しかし、幸いなことに連中の抵抗もそこまでだった。
どこから聞きつけたのかは知らないが、連中は《本船》の発掘現場に乗り込んできた。
何の対策もせずに、正面から、警備部隊を破壊しながら。
おかげで不法侵入とテロ行為を口実に、公然と処罰することができた。
連中は自分で自分の首を絞めた。
子どもたちの凶行を傍観する先生の思考は読めないが、何もしないのであればそれでよい。
敵が馬鹿なのは素晴らしいことだ。
共に消えてもらう。
ただ、その前に必要な情報は吐いてもらう。
(誰の手引きだ?)
買収した連邦生徒会の幹部に探らせても、先生が持ち出した物資の出所は不明だった。
まさか聖杯の如く虚空から生み出したわけではあるまい。
従って、カイザーの情報網を完璧に欺いてみせるスポンサーが居ることになる。
キヴォトスへ身一つで来訪した先生に過剰なまでの権力を与えた連邦生徒会長が、極秘裏に補給ルートまで用意したのか?
いきなり砂漠へ突入してきたのも彼女の“置き土産”なのか?
それにしては稚拙が過ぎる。
別の勢力にそそのかされたか。
まずは、流石にそこいらのチンピラごときに探られるような愚は犯していない。
明確に先生らと接触した組織といえばゲヘナ学園の生徒たちだが、便利屋がそれほど情報収集に長けているという話は聞いたことが無い。
風紀委員会についても、アビドスへ情報を提供する義理があるようには見えない。
トリニティの生徒とも接触した形跡があるものの、同じ理由からその線は薄いだろう。
廃校寸前の校区が、マンモス校に相応の見返りを用意できるとも……。
『発掘戦艦ヱクセリヲン』
ふと思い出した台詞に導かれて横目に見たのは、戦意を喪失しつつあるアビドス生徒に気を配りながら、重装兵の動力パイプを引き千切るミレニアムサイエンススクールの制服だった。
先生に付いてアビドスへ来訪した“魔女”。
ビッグシスターの差し金と目される生徒。
(ミレニアムであれば可能か)
まず金の心配は無用だ。
高度な諜報活動についても言わずもがな。
忌々しい“メイド”の姿は目撃されなかったが、そんなものは着替えればいいだけの話だ。
結託しているのは千年問題に取り組む科学者集団なのか。
ただ、やはり、今さらになってアビドスを支援する意図が読めない。
《本船》の情報を掴んだ上でカマをかけてきた?
否、それにしてはやり口がお粗末だ。
ヱクセリヲンが何かしらの符丁かと思いきや、調べても全く関わりの無い大昔の文学作家に行きつくだけだった。
これまた判断に迷う事案だった。
(だからガキは嫌いなんだ)
理性よりも感情を尊ぶ。
形のある成果よりも形の無い利益を優先する。
戦略よりも戦術的な勝利を望む。
自分自身が感情的な理由で行動している現実を直視せずに理事は一人で勝手に興奮を高めていく。
(だから壊してやるんだ)
プレジデントに報告はしていない。
ここまで来て最重要機密が露呈していたなどと、口が裂けても言えるものか。
迅速かつ内密に処理する必要に迫られる。
(どさくさ紛れに魔女を捕らえて話を聞こう)
彼女の母校に向けては知らぬ存ぜぬを貫き通せばよい。
噂のエージェント集団が来たらば返り討ちにするまでだ。
丁度、開発中の新型オートマタを試験的に導入していた。
“災厄の狐”をはじめとした脅威となり得る生徒に備えて強化した機械人形の性能を試してやる。
(絶対に泣かせてやる)
どうしようもなく腹が立つ。
どれほど嫌がらせをしても、ニコニコと笑って毎日を楽しそうに生きている子供たちを見ていると、まるで自分たちの努力を嘲笑されているようで。
私という偉大な存在を無視するなんて許せない。
そうだ。
これは正当な怒りなんだ。
何も間違ってはいない。
私は勝つ。
「連邦生徒会に訴えたところで意味が無い事は承知しているな? 他の学園も然り。君たちにそれだけの価値が無いからだ。まあ、銀行強盗の腕前だけは大したものだ。そちらの出方次第では雇ってやらないこともない」
一つ一つ事実を伝えるに従ってアビドス生たちは動きを鈍化させ、遂には口を噤んで抵抗を諦めていった。
先生も相変わらず腑抜けた様子で縮こまっている。
そうなると、孤軍奮闘しても意味の無い魔女も大人しくなる。
うなだれる子供たちを見て、どうしようもなく気持ちが高ぶった。
理事は立場を忘れて恍惚とした感覚に身をゆだねていた。
だから気が付かなかった。
気付けと言うのも酷な話だった。
すっかり忘れていた。
先生たちによる抵抗は許容範囲であり、新たな一手を打つまでもなかった。
そもそも「これ以上は何もする必要が無かった」という事実を。
元よりアビドス校の返済能力は限界を迎えていて、毎月の利子を支払うだけで精一杯だった。
不良集団をけしかけて欺くまでもなく、資源も何もないとされる砂漠へ注意を払う者は少ない。
むしろチンピラへ物資を提供したがために、書類云々のリスクが生まれてしまった。
子どもたちの小さな砦など放っておけばよかった。
《本船》の発掘候補地については、全て現在のアビドス高校から遠く離れた砂漠にあったのだから、完全に奪い取る必要は無かった。
そうしなかったのは、キヴォトス最高峰の神秘である小鳥遊ホシノの身柄を確保するという、クライアントである《黒服》の意向があったからだ。
アビドスを困窮させることでホシノを追い詰め、自分の意志で“契約”を結ばせるためだ。
直接的な暴力ではなく、間接的な理不尽で子供たちを食い物にするのがソレの行動原理だった。
そして昨晩、彼は目的を達成した。
だからこそ理事は此度の侵攻に及んだわけであり、それ故に経営者としては無意味な行動となり果てていた。
余計なことをしなければ「超古代文明の遺産を掘り出して世界を征服する」という子供じみた計画は成功していたのに、彼自身が壊していた。
どうして侵攻した?
子どもたちを虐めるためだ。
何をそんなに憎んでいる?
そもそも彼女たちとの間に個人的な因縁は無い。
碌に言葉を交わしたことも無い生徒たちが楽しそうにしているだけで、何を怒ることがある?
そうなった経緯が、あるのか無いのか、彼は覚えていない。
思い出すこともない。
興味もない。
しようとすら思わない。
ついでに一連の“犯人探し”が全くの無駄骨であることも知らない。
もうじき失脚する彼にとっては、何もかもが無意味なデータとなり果てることも。
彼は悪役 (ヴィラン) 。
問題を起こすことしかできない。
何処かの誰かにそのように定められてしまったという意味で、子供たち以上に可哀想な舞台装置は、無邪気に己が職務にまい進していた。
目が覚めた時、彼はおむすびのようにコロコロと坂道を転がり始めていた。
◇
終わりの始まりは一発の銃弾だった。
タァンという狙撃銃クラスの甲高い銃声とほぼ同時に、戦闘ヘリの一機が殴られたように姿勢を崩した。
コックピットを撃ち抜かれたのだと、周囲が認識して退避する最中、制御を失った機体がクルクルと回りながら高度を下げてゆく。
凶器の辿り着く先が、頭の中をお花畑にしている上司であることを察知した護衛のオートマタが「理事!」と叫びながら身を挺して庇うものの、直に無意味な行動であることが判明する。
ヘリの墜落に合わせて、戦闘エリアの方々で爆発が起きた。
何時の間に仕掛けられていたのか。
炸裂する対戦車地雷に跳ね上げられたクルセイダーの巨体が空を舞う。
PMCが展開する通りに立っていたビルが、支柱をC4爆弾によって破壊されたことで次々と崩落した。
計算された角度で次々と傾いてゆく箱物は、退避しようとする車両と兵士を容赦なく下敷きにする。
噴煙と破片が荒れ狂い、辛うじて生き埋めから逃れた人員たちの目を塞ぐ。
視界不良のなか安息の地を求めてさまよう傭兵たちを、獣じみた俊敏性で動く何者かが片っ端から殴りつけ、昏倒させてゆく。
約束された勝利を目前に弛緩した空気が対応の遅れを招いた。
侵攻ルートがそこかしこで寸断されたことで、カイザーPMCの社員たちは浮足立つ。
彼らを一喝して統括するべき立場にある理事は、ヘリと部下の残骸から這いずり出ることに成功してはいたものの、酷く平静を欠いていた。
部下たちが不可解に感じる程度には、子供たちに悪意を向ける行為に没頭していた為に、本来の統率力を失っていた。
「――全く、大人しく聞いていれば泣き言ばかり……」
コツコツと踵を鳴らし、一人の少女が騒乱の最中を悠然と歩み出る。
ワインレッドの長髪と、一張羅の毛皮コートをなびかせながら。
こういうシチュエーションを夢見て習得した不敵な笑みを浮かべながら。
ソロモン72柱が序列68番ベリアルと目される強力な神性と、真面目にコツコツと積み上げてきた研鑽を用いて、戦闘用のヘリコプターを対人兵器の一当てで撃墜するという小さな軌跡を為しながら。
「覆面水着団のモットーはどうしたの? 目には目を、歯には歯を。無慈悲に、孤高に我が道の如く魔境を行くのでしょう?」
『あ、あなたは……』
陸八魔アルが力を発揮する瞬間はやってきた。
「小鳥遊ホシノを助けたいんでしょう? 学校を守りたいんでしょう? だったら泣くのは後にしなさい。パーティの時間よ」
『……でも、もう戦っても』
「だから何なのよ!」
「え――?」
「どうしようもないから、だから黙って奪われるのを眺めているわけ? 冗談じゃないわ! 戦いなさい! 意味なんて考えなくていい! 勝率なんてくそくらえよ! そうでしょう!?」
「まあまあ、アルちゃん、その辺で勘弁してあげなよ。眼鏡っ子ちゃんは繊細なんだから――」
周囲を取り囲む機甲師団の存在は完全に捨て置かれた。
自尊心を必要以上に強化された理事が憤慨してがなりたてるものの、もう誰の耳にも届かない。
軽口を交えつつ、悪魔たちが神々を諭し、叱咤し、激励する。
観る者によっては、信仰対象が異教の悪性に侵されているようで不安を覚える光景かもしれないが、そのものではない彼女たちには関わりの無い事だ。
悪人が善人――?――を追い詰めて、別の悪人が善人を諭して奮起させる。
自力か他力かの違いこそあれ、風紀委員会の時と同じ流れでアビドスは士気を取り戻してゆく。
「この駄犬が! 私に盾突くとはいい度胸だな!」
「うるさいわね! 貴方よりも先生たちの方が信用できるのよ!」
「あはっ、裏切られただけで騒いじゃって、可愛いーーっ♪」
理不尽な状況の推移を感知できない大人が、必死に子供たちを脅しつけようとして、ガキュンという金属の塊が引き千切れる音に驚いて口を噤む。
傍らに控えていた重装兵が、上半身を失っていた。
下半身を失ったと言うべきなのか。
腰の切断面からオイルをボタボタと零れさせて、僅かに残った電力で痙攣しながら倒れ伏す。
これもまた通常のアサルトライフルによる銃撃で起きる現象ではなかった。
「そう、ホシノ先輩を助ける。今大事なのはそれだけ」
「おかげで目が覚めました」
「非公認でも非常識でも構わない! 兎に角、先輩を助けるのよ!」
硝煙の漂う愛銃を構えたシロコが据わった目つきで呟く。
同じように腹を括ったノノミ達も相棒を構え直す。
それぞれの神性が活力を取り戻し、これまで以上の暴力性を銃器に付与する。
「――ホシノを返してもらうよ」
先生も活動を再開する。
彼はあくまで生徒の意志を汲んだ上で行動する。
彼女たちが立ち止まれば、同じように足を止める。
決して焚き付けて戦わせるようなことはしない。
良きにつけ悪しきにつけ、子供たちを信頼する姿勢を堅持することで、彼は事件の解決に貢献してゆく。
基本的には、それでよいのだろう。
我々の考える先生からは、理想的なようでかけ離れた思考回路。
しかし“彼女”のいう「捩じれて歪んだ終着点」へ辿り着く未来を変えるために、先生という特異点は必要不可欠だ。
そうでなければブルーアーカイブという物語を救えない。
だから「情けない」と言われればその通りであると共に、仕方のないことなのだろう。
「どいつもこいつも訳の分からないことを! いいか!? カイザーグループは法令を遵守している! 正義はこちらにあるのだぞ!? 抵抗は無意味だ!」
流れが変わる。
先生という特殊な因子が、生徒の意志を受けて、不可視にして不可解な化学反応を起こす。
物語のあらすじが強制的に軌道を修正される。
法律上の問題も、絶望的な戦力差も、あらゆる現実を超越して「子供たちが勝利してハッピーエンドを迎える」という結論へ向けて走り出す。
「聞けよ、馬鹿! もう許さん! 覚悟しておけ! 連邦生徒会へ抗議してやる!」
「理事、早く撤退命令を! このままでは全滅します!」
今度は悪い大人が悲痛な叫びをあげる番だった。
応える者は居ない。
大人は自分で何とかするしかない。
そして何ともならない彼らは、ただ生徒たちの爆発する感情と銃弾の嵐に吹き散らされる一方だった。
高い練度と最新鋭の兵器で満たされていたはずのPMC勢力が、みるみるうちに溶け出した。
強化されたミニガンによる掃射を受けた巡行戦車が、段ボールのように引き裂かれる。
非科学的な速度で吹き飛んだ砲塔が思考戦車の胴体を貫き、モズの早贄のように無残な最期を迎えさせる。
先のオートマタと同じく泣き別れの憂き目に遭ったパワーローダーが、ギショギショと無様なステップを踏んだ後に沈黙する。
癇癪を起こした子供が玩具を蹴散らしていく様だった。
鋼鉄の巨兵たちが粉砕される、その周囲で右往左往する兵士たちも同様の末路を辿った。
丘の黒船は一瞬にして泥舟へと置換された。
「覚えておれっ!!」
混乱を極めた理事の電子頭脳が、自分でも驚くほどに陳腐な捨て台詞を出力していた。
ようやく退却命令を下しながら、逃げるわけではなく戦略的撤退だ、と自分自身に信じ込ませた。
こんな下らない戦いで甚大な被害を出してしまった。
このままでは終わらない。
終われない。
著しく肥大化したプライドが、子どもたちから逃げ出す自分を許さなかった。
近衛兵らと共に兵員輸送車へ乗り込みつつ、彼は次の一手を練る。
ありったけの金と権力を活用して、戦力をかき集めることを誓った。
出し惜しみはしない。
敵性体らの攻撃能力は計測不能なレベルにまで跳ね上がっている。
作戦は単純だった。
アビドス生徒らの目的が小鳥遊ホシノにあることは論じるまでも無い。
彼女は今、クライアントの要望で実験施設へと改築されたアビドス高等学校本館に監禁されている。
こちらから攻め込まずとも、守りを固めておけば、嫌でも正面から突撃してくる。
今のように破壊工作を受ける可能性は残るが、それはどのような作戦でも起こり得るトラブルだ。
であれば、無為に考え込んで神経をすり減らす行為こそ愚かである。
悲観的に思考した後は、楽観的に行動するのみだった。
子どもたちの戦闘能力は計測不能なレベルにまで上昇しているように見えた。
念には念を入れて、今度も自分自身が陣頭指揮にあたる。
更にはゴリアテのコックピットに収まる道を選択する。
つい先ほど自身が晒した失態を忘れて、専門家たる指揮官とパイロットを押し退けていた。
非合理的な判断だった。
月一投稿とか何とか抜かしていたな。
あれは嘘だ。
いや、ほんとすんません。
気が付いたら3か月過ぎてました。
同じような言い訳を繰り返すのもアレなので、もう遅筆については敢えて触れずに、とにかく書かせていただこうと思う所存です。
アビドス編1~2章のクライマックスは、風紀委員会のように2~3分割でお送りする予定です。
よろしくお願いいたします。