初めて会った彼女は、どこか人形めいた無機質な雰囲気を纏っていた。
腰まで伸びた艶やかな黒髪に、バランスの取れた目鼻立ち。
均整の取れた肢体に、ミレニアムサイエンススクールの制服を綺麗に着こなしていた。
そしてキチンと着こんでいるのにもかかわらず、そこそこの盛り上がりを見せる胸部や臀部が静かな色気を放っていた。
同時に出会った七神リンをはじめとした美女軍団の中にあっては、目立たないレベルなのかもしれないが、地味だからといってその美貌が損なわれるわけではない。
男としては、目のやり場に困る存在であることに変わりは無かった。
「宮東ガンジュ、ミレニアムの1年生。好きなものはユウカ先輩のふともも」
「…ウチの後輩です。性格はちょっとアレですが、腕は確かなので連れてきました」
お淑やかな見た目とは裏腹に、言動は中々にフリーダムだった。
誰だい?彼女のことを人形とか言ったのは。
こめかみをストレスでピクピクと痙攣させるユウカの姿を、心なしか嬉しそうな表情で眺めていた。
あとガンジュの発言を受けて、その場にいた全員の視線がユウカの大腿部に吸い込まれていたような気がした。
気のせいだろう。
第一次シャーレ奪還作戦のさい、私は初めて――初めて?――キヴォトスの生徒たちが戦う姿を網膜に焼き付けた。
その光景は『圧巻』の一言に尽きた。
頭の上に光輪を浮かべた美しい少女たちが、人間を超えたスピードで走り回る。
大小様々な銃器を軽々と振り回し、容赦なく発砲する。
針の穴を通すような狙撃を、km単位の距離で観測手も無しに当然のごとく成功させる。
半透明の壁を虚空に発生させて、敵の銃弾を鮮やかに弾きつつ進軍する。
何なら生身で受けても『痛い』の一言で済ませる。
衣服や肉体が損傷することも無いし、不思議と長い髪や爪を引っ掛けることも無い。
ユウカたちは私の指揮も褒め称えてくれたが、自分が居なくても今回は問題なかっただろう。
ただ『先生』の存在価値を認めてもらうために、敢えて指揮を執らせてもらったが。
偶然なのか必然なのか、或いはキヴォトスを訪れた人間に対する洗礼 (チュートリアル) なのか。
作戦に参加してくれた生徒たちは、例外なく人の形をした戦車と言える領域に達していた。
そう、全員だ。
ガンジュもまた、間違いなくチート染みた戦力だった。
彼女は『ミレニアムの魔女』と呼ばれていた。
異名よりも先に理由を知ることになった。
とにかく弾が当たらない。
最小限の動きで弾幕を『前進して』かわす。
銃弾が彼女を避けていくのだと錯覚してしまう。
敵を沈黙させるたびに、『一つ、二つ』と呟くその姿は、確かに魔法使いが矢避けの呪文を唱えているようにも見えてしまう。
まるで綿密に打ち合わせを済ませた一発撮りのスタントシーンを見ているようだった。
音速で迫りくる弾雨の合間隙間を縫うように走り抜け、スルスルと暴徒の中へ飛び込んでいく。
当然、飛び込まれた側は堪ったものではない。
こちらの攻撃は当たらなくて、反撃でほぼ確実に味方が減っていく。
理不尽が服を着て歩いているような存在が、自分たちの抵抗を無視して陣地の奥深くまで浸透してくるのだから。
暴徒たちは自ら陣形を崩さざるを得なくなった。
連携を欠いてしまえば、あとは一人ずつ刈り取られていく運命だった。
後日。
事務作業の片手間に、ユウカからガンジュについての話を聞くことができた。
シャーレの部員第一号ないし二号となる彼女の特徴を、差し障りの無い範囲で教えてもらった。
「性格についてはご存知の通りです。遠慮なくこき使ってやってください」
「アッハイ」
若干、据わった目つきだった。
見た目は穏やか、行動は健やかという理解でよさそうだ。
後ほど間もなく、大半の生徒が“そう”であることを知ることになるのだが。
「地元では魔女とか呼ばれていますけど、別にオカルト的な意味はありません。ただの暴れん坊です。魔法だなんて、科学の徒には使ってほしくない言葉なんですが」
口では文句を垂れるユウカの様子からは、言うほどの不快感は伝わってこない。
その様子から『仲良しなんだね』と評すると、『仲良しではありません!』と即答された。
「仲良くしてほしかったら人の身体的特徴をネタにしないでほしいです!……失礼しました」
一度、太ももネタを止めるよう率直に伝えてみたことはあるらしい。
――『FXで有り金を全て溶かしたような表情』をされてしまったとのことだった。
そこまでして拘る理由は最早、本人にしか分からないのだろう。
「大丈夫、ユウカは綺麗だよ。ガンジュもきっと、君のことが好きなんだと思う」
「それはまあ、そうなんでしょうが…」
慰めでもお世辞でもなく、率直な感想を伝えておいた。
どうでもいい人や嫌いな人に、あんな絡み方はしないだろう。
それに、言うほど太くないと思うよ?
彼女の能力についても、部分的に情報を開示してもらうことができた。
「詳しいことは私も知りません。ただ並外れた洞察力と動体視力、そして反射神経を持っているのは間違いないでしょう」
銃の種類と性能、銃口の向き、射手の視線と体勢、引き金にかけた指の動き、
それらを以て射線と発砲の瞬間を予測して攻撃の範囲外へ退避する。
言葉にするだけなら簡単だが、私の知る人間の大半は、その理論を実践することができない。
身体能力が絶対的に足りないからだ。
キヴォトスの住人だからこそ実現できる芸当だ。
更にユウカによれば、生徒であっても、できるのは一部の精鋭だけらしい。
拳銃のポーズを取らせた指を、自分の額に付けながらユウカは断言する。
「例えこの距離から撃っても、彼女に当てるのは極めて困難です」
なるほど。まだ呑み込み切れてはいないけど、大したものだ。
ユウカもそうだが、そんな大物を派遣してくれるとは。
ミレニアムは随分と私のことを評価してくれているようだ。
或いはユウカともども私に対する監視を兼ねているのだろう。
だが、警戒心はそこで留めておく。
生徒に対して壁を作っていては、先生は務まらない。
2回目に顔を合わせたのは、深夜のアビドスの住宅街だった。
暗闇の中、道に迷って右往左往する私の視界に、一筋の光が差した。
光は見る見るうちに近づいてきた。
そして、
ズシャア
私の眼前で砂塵を巻き上げながら、ダイナミックなドリフト停車をキメた。
「先生、見つけた」
やたらとパワフルな電動スクーターから降りた彼女が、私に汗を拭くタオルと水を手渡しながら、呑気に話しかけてきた。
第一印象と同じく、物静かな佇まいと、それとは対照的にアグレッシブな立ち回りだった。
遅れて出発したガンジュは、一直線に私の下までやってきた。
その一切の迷いが見られない素早さには驚いた。
まるで私が遭難する未来と、その位置まで初めから把握していたようにも見えた。
知っていたのかと尋ねると、彼女は首をかしげて『知らない』と答えた。
「先生がいきなり死にそうだったから、急いできた」
嘘を付いているようには見えなかった。
付かれたところでどうということはないが、気にはなった。
気にはなったが、追求は止めておいた。
考えないわけではないが、先生が生徒のことを、初めから疑っていては話にならない。
それよりも助けてくれたことを率直に感謝する。
実際、問題なのは自分の行動の稚拙さだった。
我ながらどうかしていた。
碌に準備もせずに治安の悪い地域へ単身で、しかも徒歩で繰り出すというのは正気の沙汰ではなかったと反省はする。
ただ後悔は無い。
あの手紙を読んだ瞬間、飛び出さずにはいられなかった。
彼女たちはまだ無事なのか?
もう限界なのか?
その思考だけで頭の中が満たされていた。
理由は自分でもよく分からない。
ただ、何度繰り返しても自分は同じように行動するという、奇妙な確信があった。
野宿が決まると、ガンジュはさっさと手近な廃屋に押し入って寝床を整えた。
廃屋と言っても、住人が去ってから比較的に時間は経っていない物件だったのだろう。
経年劣化による崩壊は起きておらず、雨風を凌ぐだけなら十分すぎる状態だった。
「先生はお休み」
私を寝袋に押し込むと、彼女は寝ずの番を始めた。
彼女にも休んでほしかったが、『危ないから駄目』と突っぱねられた。
確かにアビドスの治安は悪い。
アロナから聞いていた以上に管理の行き届いていない地域が多く、ゴロツキのたまり場になっているようだ。
郊外ではまず人に会うこと自体が少ないものの、いざ出くわしてしまった際には揉め事になる可能性が高い。
彼女の言う通りにするのが良いのだろう。
ただ、寝ないなら寝ないで、ガンジュと言葉を交わしたいと思った。
一人の生徒と落ち着いて向き合える機会だった。
キヴォトスで目覚めてからこちら、大勢の生徒と出会いこそすれ、シャーレの顧問に就任する手続きやら何やらで、彼女たち一人一人のことを理解する余裕が無かった。
ユウカとは事務のサポートを受ける傍ら、話す機会こそ多かったが、彼女も結構な要人だ。
シャーレの業務が終わり次第、早々に母校へ戻らなければならなかったから、深く話す暇はなかった。
それでもユウカが、世話好きの情に厚い人物であることを察することはできたが。
だからまずは、ガンジュの為人を知りたい。
もう少し彼女と言葉を交わしたかった。
彼女も興味は持ってくれていたようだ。
割とあっさり折れて、いそいそと寄ってきた。
LEDランタンに照らされた部屋の中、キヴォトスに赴任してから第1回目の二者面談が始まった。
何だか蝋燭の火を頼りに会議をする時代劇のワンシーンのようだった。
まずはシャーレ奪還作戦に引き続き、協力してくれていることに感謝した。
「私はユウカ先輩の太ももにくっ付いてただけだから」
「そんなことはないよ」
発言の一部については敢えてスルーして、彼女の健闘を褒め称えた。
実際、他の面子に負けず劣らずの働きぶりだった。
「流石は“ミレニアムの魔女”とい」
「それ止めて」
――遮られた。
『恥ずかしいから止めて』と、ジト目で抗議してきた。
彼女が初めて感情を明確に表した。
余程、辟易しているのだろう。
「魔女と呼ばれるのは嫌かい?私はカッコいいと思うけど」
要するに特殊な技術を持つ人を表す記号であり、必ずしも悪辣な存在の代名詞とは限らない。
大昔の話だが、薬剤師と助産師を兼ねた土着の医療従事者を指す場合もある。
シンデレラにドレスと化粧と、そして南瓜の馬車を送ってくれた魔法使いもそうだ。
ガンジュの場合も同様に、純粋に戦場のエースに与えられた称号のようなものだ。
「微妙」
決して否定的な意味が込められているわけではないことは、本人も理解していた。
魔女というネタ元に対しても思うところは無い。
舐められるよりはマシだし、注目してもらえるのは嬉しかったりする。
ただ日常で使いたい単語ではない。
ぶっちゃけ“魔獣キャスパリーグ”並みに恥ずかしいとのこと。
キャスパリーグが誰を指すのかは未だ知らなかったけれど、私は彼女の意見も肯定する。
確かに『私は魔女です』と真顔で名乗ってしまう人は、ちょっとアレかもしれない。
個人的にはむしろ好奇心を掻き立てられてしまうのだが。
ガンジュは個人的な理由から、魔女という呼び名を嫌っていることを了解した。
それからはお互いの身の回りについて、当たり障りのない範囲で雑談に興じた。
「帰宅部だったっけ?正直、意外だったよ」
シャーレ奪還の際に出会った生徒の大半は、治安維持を目的とする団体に所属していた。
その彼女たちから例外なく称賛あるいは警戒される程の腕前であれば、ガンジュもまた同様の組織に所属していると思い込んでいたからだ。
それとなく突っ込んでみると、彼女は少し首をユラユラと振ってから目を逸らして、
「タイミング逃した」
入部したい部活は山ほどあったが、迷っているうちに入部ラッシュのシーズンが終わってしまい、今更1人だけ入部するのが気まずいとのことだった。
その辺は、俗に言う陰キャ的な性質が表に出てしまったらしい。
「大丈夫さ。むしろズルズル先延ばしすると余計に辛くなってしまう。今度、私が付いていこうか?」
これはリップサービスではなく本心だ。
連邦生徒会のリンちゃんの方から、シャーレの活動内容については私の一存で決定してよいというお墨付きを頂戴している。
部活動に入り損ねた生徒の“就活”をサポートしても全く構わないだろう。
問題ない、私がそう判断した。
「考えておく」
ガンジュは気持ち困っているようにも見えた。
その理由を私が知るのは、しばらく後のことだった。
「ご趣味は?」
少しだけふざけてお見合い風に尋ねてみたりもした。
「自分磨き。化粧とかファッションとか」
なるほど。
「射撃訓練とか体力作りとか」
なるほど?
「しばらくやれてないけど、アー〇ードコアとかメタル〇アソリッドとか」
男の子だね。身体が性欲を持て余すあまり闘争を求めると。
「ユウカとは仲良しなんだね」
「仲良し。向こうがどう思ってるかは知らないけど、私は好き」
自分が実は嫌われている可能性も考えているのか。
自己評価が低いのは、腕っぷしに限った話ではなさそうだな。
「先生は外の世界の、何処から来たの?」
「外の世界から来たらしい、としか言えないかな」
自分でも何故か説明できない。
外の世界とは何なのか。
キヴォトスとは何か。
連邦生徒会長とどのような関係なのか。
ただ『先生をやる』という目的だけは、確かに自分自身の意志で決定したと断言できる。
そこは安心してほしい。
「何処に行くの?」
「哲学的だね」
具体的なビジョンは未だ無い。
ただ生徒のための先生でありたい。
ガンジュを含めたすべての子どもたちに、幸せを掴んでほしい。
そのために必要な道を選択して進む。
結果として、自分自身がどのような未来へ辿り着こうとも構わない。
ちょっと大袈裟な物言いになってしまったが、そんな感じかな。
「巨乳 (ダイナミック) 派か貧乳 (コンパクト) 派か」
「どっちもアリだ」
「眼鏡はバフかデバフか」
「みんな違って、みんないい」
「髪はロングかショートか」
「特に拘りは無いね」
彼女は割と“むっつり”さんだった。
ひとしきり話し終わる頃には、日付が変わっていた。
丁度いい区切りだったので、私は携帯トイレで――もちろん一時的に別の部屋へ移動した上で――用を足してから就寝した。
彼女は再び哨戒任務に就いた。
眠る体勢を整えながら、ふと、暗闇に慣れてきた瞳で一つの風景を密かに眺める。
窓から月の光が差し込んでいる。
月と太陽の関係はキヴォトスでも変わらない。
つまりキヴォトスは地球なのだろうか。
誰からも太陽系に関わる単語を聞かない。
月明かりに照らされて、ガンジュの姿が闇の中に浮かび上がる。
濡れ羽色の御髪と瞳を持つ美しい少女が、窓の外を眺めながら無音で佇む姿は、幻想的だった。
こんな神秘的な容貌を誇るうら若き女性が、山のようにひしめいているのがキヴォトスだ。
改めて自分が異世界に入り込んでしまったことを実感する。
これから足を踏み入れるアビドス校について思いを馳せながら、
頼もしい相方についても考えを取りまとめる。
ガンジュは真面目で、比較的ルールやモラルを守る気持ちが強い子だ。
それは魔女だ暴れん坊だと言われつつも、とっさに要人の護衛に駆り出される程度には、公的機関からの信頼を得ていることからも間違いない。
今のところ深刻な問題を抱えているようには見えなかった。
強いて言うなら自己評価が奇妙に低いことと、部活動の件か。
いずれも今すぐどうこうできる事案ではないし、緊急性も高くはない。
どのような事情があったとしても、現にガンジュが心強い味方であることは明らかだ。
今は素直に彼女の尽力に感謝しよう。
そしてアビドスの子供たちに意識を集中させよう。
そう結論付けて、私はちょっと不思議な魔女に見守られながら眠りについた。
この時、もう少しガンジュの部活動について気にかけていたら、どうなっていただろうか。
もう少し早く、『実は既に入部していた』ガンジュの部活探しに付き添う。
意図的に入部を勧め続けることで、彼女の『保護者』でもあるリオが接触してくれるかもしれない。
リオとも対話を重ねることで、彼女の不安を少しでも解きほぐして――否、そうはならない。
この時点では、上手くいったとしても接点を持つことができるだけだろう。
それは相手がビッグシスターでなくとも同じだ。
実績も信頼も無い私が、幾ら言葉を重ねたところで説得力が足りない。
仮に強権を振りかざしてミレニアムの人事に介入すれば、別の問題が起きていた。
だからきっと、起きるべくして起きたのだ。
天童アリスの処遇を巡り、ミレニアムの主要戦力を根こそぎ投入する羽目になった大事件。
全ての生徒の味方であるという行動原理を失念して、あろうことか一人の生徒を完全な悪役にして責め立てた。
大人として無様な姿を晒し、関わった生徒全員に多大な負担をかけることになった。
エリドゥ事変は。
そろそろ書き方が固まってきた(気がする)し、アビドス編は弄るところも少ない(はず)なので巻いてい(けたらい)きます。