宮東ガンジュの悲喜こもごも   作:みのやき

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風紀を乱す委員会との戦闘回です。
小説を書く練習と実験を兼ねて三人称を選択してみました。

そのけっかとてもくるしいということがわかりました。

死にそう、吐きそう、泣きそう (ナグサ風味) 。
アビドス編はあっさり進めるという話は何処…?ここ…?…タス…ケテ…シテ…コロ…。

相変わらずグダグダで申し訳ございません。


アビドス編4 風紀を乱す委員会1 (三人称)

キヴォトス某日の昼下がり。

宮東ガンジュはアビドス市街地を散策していた。

特定の人物を探し出して観察するためだった。

“筋書き通り”であれば、銀行強盗体験ツアー (実戦) から間もなく発生するはずで、何日も張り込む必要は無い見込みだった。

護衛としては先生の傍にいるべきだが、センセイオンナタラシに篭絡されつつある覆面水着団の精鋭たちが居れば、問題は無いだろう。

少しの間、単独行動を願い出た。

碌に理由も聞かず快諾してくれる先生に対して、ガンジュは感謝の念に堪えなかった。

 

アビドス自治区の市街地は寂れつつあったが、中心部には未だ活気を残している。

色とりどりのオフィスビルや商店が、砂に纏わりつかれながら辛抱強く営業を続けていた。

残った住民たちが景気の悪い話をぼそぼそと囁き合う。

不思議と目や口に砂を入れて苦しむことは無い。

肌を焼く日光に悩まされることも無い。

ただ砂の大河に飲み込まれようとしているだけの人里が穏やかに広がっている。

 

当分の間はどうすることもできない光景から目を逸らして、ガンジュは周囲の状況を探る。

サラサラと舞う砂と風の音に乗って、人の営みが聞こえてくる。

アビドスに残る物好きな、或いは他に行くアテの無い住人達の声。

その中からお目当ての人物を探し出す。

 

チワワおばさんと店をたたむ話をするパグおじさん。

 

(違う)

 

水の出が悪くなったことを嘆くアライグマのおばさん。

 

(違う)

 

便利屋68の面々。

ウンウンと唸る陸八魔アルを引きずるように社員たちがのんびりと歩いている。

進行方向とお昼時な頃合いであることから察して、柴関ラーメンへ向かうのだろう。

挨拶したい気持ちを抑えて社長たちの視界から姿を消す。

彼女たちの知り合いだと認識されて、相手の関心を惹いてしまう可能性がある。

(社長たちを見張っている筈)

風紀委員会から逃げてきた便利屋以外のゲヘナ生徒。

 

(惜しい)

 

ゲヘナ ヘナヘナ シロシロモップという鳴き声を上げるスケバン。

 

(いた)

 

ガンジュの耳にはそのように聞こえた。

いくら自由奔放なキヴォトスの住民であっても、そんな行動を取ることは不自然だったが、彼女は疑問を感じなかった。

特徴的な鳴き声に、標的を中心とした周辺をつぶさに観察する視線の運び方。

ゲヘナの風紀委員会が放った斥候であることを、本人としては論理的な観点から確信した。

不良に扮してチンタラと歩きながら、アビドス校区にたむろする便利屋の様子を監視している。

ランダムに時間を空けながらスマホを弄り、おそらくは委員会の幹部陣に連絡を入れていた。

 

ガンジュは斥候の後をつける。

気取られないように距離と視線を離して、自分自身が尾行されていないか注意を払いながら。

ついでに閉まりかけのガンショップを冷やかして、うち捨てられたオートマタから使える部品を漁っていく。

…廃品回収に熱中する間に、目標は完全に視界から消えてしまった。

おそらくはkm単位で距離も離れてしまっただろう。

それでもガンジュは慌てず騒がず、お構いなしに捕捉し続けた。

索敵用の電子機器を使わないまま、密偵の居場所と動向を正確に把握していた。

それは彼女にとってはごく普通の現象だった。

 

 

とあるビッグシスター曰く、ガンジュは『特異的に発達した空間認識能力』を持っているらしい。

何処に何が存在しているのか、そしてどのように動くのかを正確に予測できる。

その精度は最早、未来予知や透視能力といったオカルトの領域に踏み込んでいるらしい。

『らしい』と言うのは、当の本人にその自覚が薄いからだ。

これでも昔に比べれば、認知の歪みは矯正されていた。

自動販売機をくり抜いて詰め込まれたIED (Improvised Explosive Device 即席爆発装置) の存在を一目で看破するなんて大した技術ではないし、亜音速でUFOのように飛び回る“雷ちゃんフライトタイプ”の動きを読み切って低速のロケットランチャーを当てることも難しい作業ではない。

今のように、群衆に紛れる他校のスパイを視認せずに追跡する行為も、自分だけの特技ではない。

全てはお勉強と実践訓練と、ついでに原作知識という降って湧いたチート能力のおかげだという認識を持っていた。

 

観れば解る。

見なくても見える。

聞かなくても聞こえる。

撃てば当たる。

避ければ当たらない。

失敗するのは、身体の反応が追い付かないからだ。

何も不思議はない。

自分よりも優れている人は山ほどいるのに、どうして皆こんなことで驚くのだろう?

そんな、天賦の才能を持つ者ならではの思い違いをしていた。

 

“前”の彼女は無才の人物だったのかもしれない。

“今”との落差が、認識の齟齬を加速させていた。

そしてそれは彼女の能力全体に影響を及ぼしていて、本人は未だ自覚していなかった。

 

 

サクサクと砂を踏みしめながら追跡を続ける。

時折、見覚えのあるヘルメット頭とすれ違う。

彼女たちはガンジュの顔を見るなり、目を逸らして足早に去っていく。

ちょっかいをかける者はいない。

この、トリニティで習い事に勤しんでいそうな黒髪のお嬢様が、外見からは想像もつかない獰猛な生き物である事実を、多額の弾薬費と治療費を支払うことで理解していたからだ。

 

ミレニアムからの珍客は恐ろしい“魔女”だった。

今は捕らえられて離れ離れになった仲間の一人が、彼女の異名を知っていた。

脅威は大人の力で息を吹き返したアビドス校の生徒だけではなかった。

大勢の姉妹たちが、身ぐるみ剥がされ“収穫”されていった。

――なけなしのお小遣いで仕入れたカ〇リーメイトだけは勘弁してもらった――

ジャガイモやニンジンのようにトラックへ詰め込まれて、今頃はヴァルキューレの留置場だろう。

襲撃を繰り返した結果、人と物資を徒に消耗した。

はした金で自分たちを雇い入れた依頼人も、『塵も積もれば』の諺に倣って膨れ上がる必要経費に眉をひそめて、遂に財布の紐を締めるようになった。

当分の間は大人しくするしかない。

金目当てに手を出せば、逆に自分たちの生活が成り立たなくなるから。

 

そんな彼女たちなりの苦悩を漠然と察しつつも、『どうしようもないから』と諦めて、ガンジュは自分の意思で作り出した仕事に集中する。

 

いつの間にか柴関ラーメンの店舗が見える距離までやってきた。

ちょうど便利屋が暖簾をくぐるところだった。

偵察兵は手近な、廃墟と化した雑居ビルに身を潜める。

ガンジュはそれとなくアルたちの後に続こうとして、足を止めた。

 

風紀委員が、より綿密に本部と連絡を取り合っている。

視線を向けないようにその姿を観て、

「今日なのかな」

呟いたガンジュの耳に、見知らぬ生徒たちの“合唱”が聞こえてきた。

これもまた同様に、聞こえるはずの無い歌声だった。

 

ゲヘナ ヘナヘナ ツヨツヨモップ

ゲヘナ ヘナヘナ シナシナモップ

ゲヘナ ヘナヘナ ヌレヌレモップ

ゲヘナ ヘナヘナ キラキラモップ

 

「来た」

 

元気な歌声が近づいてくる。

空気が変わる。

大勢の力強い息遣いが、市街地に浸透してくる気配を感じる。

ゲヘナの校章を付けた車両の大群が、アビドス自治区に雪崩れ込んでくる光景を容易に想像することができた。

距離は未だ離れている。

朝から空気が張り詰めているような気はしていたけれど、偶然にも今日だった。

何日も張り込む必要がなくなったことに胸をなでおろす。

こんなにハッキリと“聞こえる”なら、見張り役を探し出す必要は無かった。

適当な理由を付けて柴関に入り浸ればよかった。

無用な文字数 (じかん) を費やしてしまったことを反省しながら、ガンジュはラーメン屋の敷居をまたいだ。

 

この度の小さな作戦がクライマックスを迎える。

情報通りであれば、柴関ラーメンが吹き飛ぶイベントは、アルたちの入店から間もなく発生するはずだった。

 

「おっ、魔女ちゃんヤッホー☆」

「ヤッホー。魔女は止めて」

「いいじゃん、面白いんだから♪」

「むー」

 

店内には大将と便利屋しかいなかった。

豚骨ラーメンを注文してカウンター席に陣取る。

果たして、店舗が吹き飛ぶ前に完食できるか否か。

目的とは別の部分にも緊張感を覚えながら、姦しく騒ぎ立てる便利屋の寸劇を眺めていた。

 

「友達なんかじゃないわよぉ―――!」

「ひっ…!」

「うわ、びっくりした!」

「どうしたの、社長?」

「分かった!分かったわ!何が引っかかってたのか!悪いのはこのお店よ!」

「はあ…?」

「どゆこと?」

「私たちは仕事で来ているの!ハードボイルドにアウトローっぽく!なのにどうしてこんなくつろいじゃってるわけ!?お腹いっぱい食べられるし!大将もアビドスの生徒たちもあったかくて親切で!これじゃ皆仲良しになっちゃうじゃない!」

「別に、いーんじゃない?私もこの前、眼鏡っ子ちゃんとお喋りしたし」

「問題ある?っていうか、それ言ったらスグそこに敵いるけど」

「ぐっ…」

 

陸八魔アルが本人にしか分からない理由で絶叫して、社員たちからツッコミを受けていた。

今まで散々、大将らの厚意に甘えておきながら酷い言い草だった。

彼女も恩を忘れたわけではないし、本当に柴関を潰そうとしたわけでもない。

『馴れ合いを止めよう』という趣旨で、咄嗟にこのような言い回しを選択してしまっただけだ。

室長と課長は、慣れ親しんだ社長の“持病”に対して特に感情を動かすことなく、適当に宥めようとした。

 

しかし、平社員は言葉通りに受け取ってしまった。

 

「――つまり、このお店がアル様の邪魔をしているのですね?」

「へ?う、うん、そうよ!」

 

如何にキヴォトスであっても、真に受けたからといって普通そんなことはしないのだが、キヴォトスだから仕方が無かった。

 

「分かりました。よかった、準備しておいて。これでアル様のお役に立てます」

「は?」

「ちょっとハルカ――」

 

ハルカが満面の笑みを浮かべながら起爆装置を取り出す。

爆弾魔と苦労人が、爆弾魔2号の意図を察して血相を変える。

社長は自分が平社員を焚きつけてしまった事実を理解できずにキョトンとしている。

柴犬の大将は何やら不穏な空気を感じて調理の手を止めた。

 

誰かが止める隙も与えないまま、ハルカは起爆スイッチを力強く押し込んだ。

 

発破のタイミングを見計らっていた魔「女って言うな」ガンジュは、慌てず騒がず大将を庇って床に伏せる。

(豚骨ラーメン、食べられなかった)

心残りを振り払うように、板前の格好をした柴犬に覆いかぶさり、柔らかい毛並みの感触を堪能しながら身を『かたくした』。

 

かたくなる

かたくなる

かたくなる

 

どこぞの怪物を洗脳調教して戦わせるゲームに登場する技の名前を呟きながら、全身の筋肉を緊張させる。

“前”の感覚としては無意味な、気が狂ったとしか思えない行動だったが、キヴォトスの生徒であれば話は違った。

 

神秘の力。

生徒が内包する人知を越えたエネルギーが、宿主の意思に反応して奇跡を起こした。

ガンジュの頭上に浮かぶヘイローが“展開”した。

金属質の白い輪が上下に割れた。

割れ目の奥から、エメラルドにも似た鮮やかな緑色の光が零れ出た。

物理的な指向性を持ったソレが、ガンジュの身体を包み込む不可視の障壁を強化する。

文字通りに身を固めた。

 

便利屋の面々も同様に、各々の由来となった神性が無意識のうちに防御態勢を取り、襲い来る衝撃に備えた。

全ては刹那の出来事だった。

 

柴関ラーメンの店舗を中心に仕掛けられたC4爆弾が、連鎖的に起爆した。

それは『ドカン』や『バアン』という陳腐な擬音では表現できない現象だった。

圧倒的な光と轟音が全てを包み込んだ。

木材や鉄筋コンクリートの破片が飛び交い、砂塵がクレイモアのように吹き荒れる。

嵐の中で輝きを放つ生徒たちは、人工的に生み出された災害が過ぎ去るまで耐え忍ぶ。

ある者は静かに、またある者はケラケラと笑いながら、更にアル者は『ちょっと誰か説明して!』『何がどうなってるのよーっ!?』と騒がしく、こんな時でも個性を発揮させていた。

 

 

要するに、タイミングを見計らって大将を守るだけの話だ。

ガンジュはそう単純に考えていた。

 

大将以外に、柴関周辺の住人が居ないことは確認済みだった。

もしくはカイザーの息がどっぷりとかかった生き物しかいない。

だから守るのは柴犬だけでいい。

 

シールド発生装置の方が確実に守れたのだが、予算不足と『当たらない女に盾は必要ない』という理由から貸し出し許可が下りなかった。

ガンジュは断固として抗議したが、セミナー会計士の堅牢な大腿部装甲を貫き、彼女の心を震わせるには至らなかった。

 

店舗については諦めてもらう必要がある。

どの道、カイザーコンストラクションに撤去されてしまう建物だし、爆発四散する理由がハルカの勇気爆発 (物理) か、風紀委員会による砲撃かの違いでしかない。

むしろ更地になることで、元凶たる便利屋から見舞金をもらい、再出発を果たすことができる。

アビドス校の生徒にとっても、おそらく大将自身にとっても、柴関ラーメンは大切な場所なのだろう。

彼?自身のためにも、筋書き通りに進んでほしいところだった。

 

そんな些細な打算の下に行動するガンジュに対して、現実は目下のところ厳しくも甘くも無く、無関心であるように見受けられた。

それは自由に行動できるという意味で、彼女にとってありがたいことだった。

 

 

巻き上がった土煙が、次第に収まっていく。

身体に打ち付ける飛散物が撃ち止めになる。

遅れて飛んでくる物体に気を付けながら、ガンジュは身を起こした。

身体に降り積もった砂埃を払いながら、周囲の状況を把握する。

 

アビドス市街地の一角に、半径50m程度の“解体現場”が出来上がっていた。

爆心地は瓦礫の山と化していた。

その外側に位置する建物も爆風を浴びて半壊しており、雨風を凌ぐ機能すら失われていた。

一体いつの間に、どれほどの爆薬を仕込んでいたのか。

被害総額がどれほどのものになるのか、ガンジュには想像がつかないし、つけようとも思わない。

キヴォトスの住人であれば見慣れた光景だったが、“前”の或いは“外”の感覚も併せ持つ彼女にとっては、何度みても若干の衝撃を受けざるを得ない光景だった。

 

頭を切り替えて大将の様子を診た。

怪我は無い。

心の中で小さくガッツポーズを取りながら、彼?の身を起こして差し上げる。

 

「大将、大丈夫?」

「あ、ああ…何とか、な。ありがとよ、お嬢ちゃん。…ところで、そろそろ離してくれねえかい?」

「ん?」

 

――無意識に大将の全身をワシワシと撫でまわしていた。

謝罪して、近場のシェルターへ避難を促した。

彼は気を悪くした様子もなく、再び礼を告げてから小走りで去っていった。

走り方にも患部を庇う様子は無い。

本当に無傷なのだろう。

ガンジュは意外と頑丈な自身の神秘に感謝した。

自身が設定したサブミッションをクリアしたことを確信して、少しだけ口元を綻ばせた。

 

「う、うああ……」

「わーお、アルちゃんやるぅー♪」

「え……え?」

「情に絆されるからって、あんなに優しくしてくれたラーメン屋さんを吹っ飛ばすなんて、やるじゃーん!

 これぞまさに、血も涙もない大悪党!そんじょそこらの雑魚には真似できない鬼畜の所業!悪人中の悪人じゃん!

「え、う?……あ?」

「これがハードボイルドなアウトローってやつだね!凄いよ、アルちゃん!見直したよ!」

「へ、あ、え、はっ―――あ、ははははははは!と、当然よ!これが便利屋68!冷酷無比!情け無用!金さえ貰えれば何でもオッケー!それがモットーよ!『お友達』だなんて冗談じゃない!獲物と仲良しこよしなんて御免被るわ!」

 

背後では便利屋が飽きずに即興劇を続けていた。

浅黄ムツキが面白おかしくリーダーを煽り立て、引っ込みの付かなくなったアルが自棄気味に“わたしのかんがえたさいきょうのあうとろー”を演じる。

社長以外は悪びれた様子も無い。

実際キヴォトスでは、建物を一つや二つ無断で解体した程度では大きな罪に問われない。

必要な流れだと理解はしていても、馬鹿げた理由で物を壊す姿を目の当たりにする度に、何とも言えない感情が沸き上がってくる。

しかし今となっては、自分も同じようなものだから大きなことは言えない。

ガンジュはため息をつきながら、懐に入れたスマホをノールックで操作して先生とアヤネに一報を入れた。

お手製のオートマタ小隊にも呼び出しをかけた。

そして、ステアーAUGに酷似したブルパップライフルの安全装置を解除した。

カチリ

小さな音を鳴らした瞬間、便利屋のお喋りが止んだ。

キヴォトスの住人であれば誰もが聞きなれている音を耳聡く聞きつけて、アウトローたちの視線がガンジュを向いた。

 

更地の中心で一人と四人が対峙した。

アルはガンジュに冷たい瞳で射竦められた…と解釈してヤケクソスマイルを引きつらせる。

ムツキは愉しそうに、伊草ハルカは青褪めた表情でブツブツと何事か呟きながら、それぞれの愛銃を構える。

鬼方カヨコはスマホで雇い入れた傭兵に呼びかける。

コールが早すぎるとは思わない。

今のところ敵は一人だが、四人がかりでも容易に倒せる存在ではない。

科学信奉の地に住みながら、“魔女”というオカルティックな二つ名を持つ変わり者。

アビドスの生徒ほど派手な跳躍こそしないが、骨の折れる相手であることに変わりはない。

更には敵地のお膝元で大きな花火を上げてしまった。

直に件の生徒たちが駆けつけてくることは疑いようがない。

傭兵が到着するのが早いか、アビドスか、はたまたその前に魔女が仕掛けてくるか。

カヨコは超然とした態度を崩さぬよう気を遣いながら、今後の段取りについて思索を巡らせていた。

 

(無理)

 

一方、ガンジュはガンジュで負けず劣らず戦々恐々としていた。

緊張から目を細めて、真正面に立つ社長を睨むような形になっていた。

予想よりも“姐さん方”の到着が遅いため、一人で戦うような流れになってしまっている。

いざとなればやるしかないが、ソロで便利屋を相手取るのは厳しい。

とはいえ『一人ずつどうぞ』などと情けないことを正直に言うわけにもいかない。

下手をすれば今この瞬間、ゲヘナ風紀委員会が乱入してくる可能性もある。

 

――実際この時、先行する一個中隊は仕掛ける気満々だったが、横乳を晒していることで有名な上司に止められていた。彼女は“本命”である先生の来訪を待っていた。更に言えば本作戦には1000人単位の風紀委員が投入されており、彼女の指揮能力をもってしても、二重三重の布陣を密やかに構築するためには時間を必要としていた――

 

どうにかして、増援が到着するまで便利屋の逃亡を防ぐ。

知的な戦い方で切り抜けたいところだった。

 

そこでとりあえず『誰か来てくれ!アオーン!』と声に出せない救援要請を上げながら突っ込むことにした。

ノープランBだった。

 

 

別にお馬鹿さんの祈りが天に通じたわけではないが、先に現場入りしたのは正史通り先生とアビドス廃校対策委員会だった。

 

「アンタたち、よくもやってくれたわ、ね…!?」

『ええと…』

「どうしたんでしょう…?」

 

黒見セリカが便利屋を怒鳴りつけようとして、途中で止めた。

アル達が別の案件に気を取られていることを一目で理解したからだ。

全員が目の前で繰り広げられている茶番に気勢を削がれた。

 

「お願い、返して!それ一張羅なのよぉっ!」

「はあ…」

「あはははは、何これもう訳わかんなーい!?」

「返せ!アル様のコート、返せぇーーーーー!」

 

柴関ラーメンだった更地の中心で、見覚えのあるワインレッドの毛皮付きコートを剥ぎ取った黒髪の少女が、『テッテケテー』と元気に走り回っている。

狼というよりは、それこそ柴犬のように小回りを利かせた動きでドッグランを駆け巡る彼女に対して、便利屋の面々が各々のテンションで追いかけ回していた。

アビドス陣営の感知するところではないが、『コートを傷つける』という理由で発砲禁止の社長命令が下っていたため、社員たちは素手で追いかける羽目になっていた。

 

「社長、アビドスの連中」

「分かってる!ちょっと待ってもらって頂戴!」

「ええと……ごめん!そういうことだから!ちょっと待ってもらえる!?」

「はあ…?」

「ガンジュ、ハウス」

「わんっ」

 

砂狼シロコが呼びかけると、ガンジュは一目散に姉貴分の下へ駆け寄った。

頼りになる姐さん方の姿を認めて、ガンジュは本日2回目のガッツポーズを脳内でキメた。

鬼ごっこに割と熱中していたことと、大将を助けた時より力強いポージングだったのは本人だけの秘密だ。

大切なコートは汚さないように気を付けながら、元の持ち主へ丸めてスローイング。

 

「ん、よしよし」

「はーい、お帰りなさーい☆」

「…やらないわよ!」

「私も今は遠慮しておこうかな…」

 

シロコと十六夜ノノミに頭を撫でてもらい、駄狼ないし駄犬はご満悦だった。

どうでもいいことだった。

 

 

お互いに気を取り直し、アビドスと便利屋は睨み合った。

 

「……何で柴関ラーメンを!?どういうつもりよ!?」

「はあっ、はあっ……ふ、ふんっ、見ての通りよ!頭の中お花畑なラーメン屋を吹き飛ばしてあげたのよ!」

「信じらんない!あれだけサービスしてあげたのに!」

「これでわかったでしょう!私たちは悪党よ!」

「この…っ!」

「アオーン (待ってた) 」

「ワオーん (お待たせ) 」

「「『「二人とも、ちょっと黙って (ください☆) !」』」」

「「ん?」」

 

本意ではないとはいえ、便利屋は身勝手な言い分を繰り返す。

彼女らの態度が火に油を注ぎ、大切な憩いの場を破壊されたアビドス廃校対策委員会は怒り心頭に発した。

若干ノイズ混じりではあったが、その程度で揺らぐ彼女たちではなかった。多分。

先生もまた、彼女たちの情熱を抑えることはせず、粛々と指揮を執る。

互いに戦力の集結を待つことなく、戦端が開かれようとしていた。

 

また社長狙いだろうか。

ガンジュも頭を切り替えて思考を巡らせる。

アビドス側にはSRを主兵装にする生徒が居ない。

そのため狙撃手という存在を“ほんの少しだけ”苦手としていた。

一騎当千の廃校対策委員会が抱える小さな穴を塞ぐために、先生はしばしばガンジュをスナイパーの排除にあてていた。

そして便利屋を相手取る以上、必然的にガンジュの攻撃対象は一人に絞られた。

(強いんだよな、社長も)

陸八魔アルはキャアキャアと騒ぎながら、どんな状況でも見事な射撃術を披露する。

偶然か必然か、こちらの動きを正確に読み切ってくる。

一発でも受けてしまえば、ヘイローのシールドをごっそりと削られて行動に支障をきたすようになる。

逆にこちらの攻撃は当たることは当たるものの、彼女の意識を奪うことは叶わない。

社長の愉快なリアクション芸を拝めるのはありがたいが、それだけだ。

まるで自分が組み上げたオートマタの使用目的と同じように、嫌がらせをすることしかできていなかった。

それでも今更、逃げ出すわけにもいかない。

 

憂鬱な気持ちを振り払い、自分の持ち場に展開しようとしたガンジュの耳に、バスンという音が聞こえてきた。

「あっ」

それは50mm軽迫撃砲の榴弾が砲身から放たれる際に発する音だった。

誰が誰に対して投射したのかは、“あらすじ”を知る者であれば考える必要は無い。

ただし、3km先からは届くはずの無い音だった。

しかしガンジュは『どうして聞こえるのか?』よりも『少し早い』という疑問に気を取られた。

可能性は0ではないものの、彼女たちが仕掛けてくるのは、アビドスと便利屋が青春の汗を流した後のはずだった。

攻撃を早める理由が生じた可能性を考えたものの、他校区に突入している時点で遅いも早いも無いだろうと却下する。

むしろ獲物が密集しているタイミングで砲撃を加えるのは当然の判断だった。

だからこれは異常というほどの異常ではないと、ガンジュは結論付けた。

「迫撃砲!」

余計な思考を切り捨てて叫んだ。

はじめに反応したのはシロコだった。

数瞬遅れて、砲弾が風を切る音に気が付いた面々が動き出した。

 

便利屋とアビドスの一行に対して、榴弾の雨が容赦なく浴びせられた。

既に瓦礫の山と化していた柴関ラーメン周辺に、再び爆風と轟音を伴う突風が吹き荒れた。

先生と生徒以外の何もかもが、更に細かな破片へと変貌していった。

 

 

硝煙が晴れた先に、“彼女たち”が待ち構えていた。

黒を基調とした軍服を思わせる制服に身を包み、“風紀”の腕章をつけた生徒たち。

ゲヘナ風紀委員会の一個中隊。

数はおよそ100名。

迫撃砲の一斉射で全員が動きを鈍らせた、ものの数秒間に驚異的な展開速度で包囲網を完成させていた。

 

「ゲヘナ風紀委員会だ!さっさとお縄につけ、規則違反者ども!」

 

隊列の先頭に立つ銀鏡イオリが、拡声器を必要としない声量で降伏を勧告してきた。

便利屋68の方を一直線に睨み付け、先生たちには目もくれない。

引き締まった褐色の肢体に、腰まで届く艶やかな銀髪をツインテールの形にまとめ上げている少女の姿に、ガンジュは一瞬だけ見惚れた。

美人揃いのキヴォトスで暮らす彼女の習慣だった。

 

イオリの傍らに立つ火宮チナツが、表情を殺した顔で先生を一瞬だけ見やる。

ついでにガンジュのことも。

黒縁眼鏡の奥から覗く冷たい瞳を見て、この人も不安気だとガンジュは解釈した。

秩序を守るべき風紀委員が、他校区に無断で踏み入る不法行為に対する忌避感。

ただそこに在るだけでも生徒たちの力を増幅させる『先生』という不可思議な脅威に挑む蛮勇。

シャーレに銃口を向けることで、アビドスのみならず連邦生徒会とも事を構えてしまう可能性。

この場に居る風紀委員の中では彼女だけが、先生と敵対することのデメリットを理解していた。

発足して間もないシャーレの知名度は低く、そこまで思い至る者は少なかった。

おそらく原作通り、先述した理由を述べてイオリを静止したが、振り切られたのだろう。

既に攻撃を加えてしまった以上、話し合いの余地は少なかった。

イオリに次ぐ指揮権限を持つ者として、部下に動揺を見せるわけにはいかない。

緩く三つ編みに整えたベージュの髪を握ることで、平静を保とうとしているように見受けられた。

 

「ゲヘナの風紀委員が、便利屋を捕まえに?だからって何でアビドスの土地に上がり込んでくるのよ!?」

「しかも私たちまで砲撃に巻き込んだ。やる気?」

「冗談じゃないわ!便利屋は私たちの獲物よ!引っ込んでなさい!」

「待ってください!風紀委員会は、ヘルメット団や便利屋とは違います!ゲヘナ学園の治安維持を正式に担っている存在です!衝突すれば、学園間の紛争に発展しかねません!アヤネちゃん、ホシノ先輩には?」

「まだ連絡が付かないんです!いつもは必ず出てくれるのに…!」

「これは…どうしましょう…?」

 

アビドス廃校対策委員会は浮足立つ。

個人としては、一人一人が風紀委員会の幹部クラスか、それ以上の戦闘能力を誇るだろう。

しかし集団として、キヴォトス三大マンモス校の一角を占めるゲヘナ学園との体力差は、比べるまでも無い。

仮に校区同士の戦争に発展すれば、結果についても語る必要は無かった。

かといって、このまま相手の自由にさせておけば、自治区としての体裁を捨てることになる。

便利屋の処遇を巡り、シロコたちは冷徹な二者択一を迫られていた。

 

「どうする?大人しく便利屋を引き渡すかい?」

「それは、でも…彼女たちと戦うわけには…」

 

狼狽える生徒たちに、先生が問いかける。

彼女たちの選択に耳を傾けるために。

彼は子供たちの意思を尊重する。

あらゆる誹りを覚悟して、ギリギリまで生徒主導で物事を進めるのが彼のスタンスだった。

そのような境地へ至った経緯については、未だ誰も知らない。

創造主ですら明確には定めていないのかもしれない。

 

「――戦おう」

 

シロコから決断した。

もとよりアビドス自治区の復興という目的が無謀な挑戦なのだ。

どのような選択をしようとも、地雷原が延々と続いていくことに違いはない。

 

「学園の規模は関係ありません!他校区における無許可の戦闘行為には、断固として対応します!」

「アビドスで騒ぎを起こした以上、便利屋は私たちが裁く!邪魔をするならまとめてお縄に付いてもらうわ!」

 

だから、感情の赴くままに行動する。

自分たちが思い描く学校を、矜持を守ると決めた。

――銀行強盗については、今はノーコメントで――

 

「わかった」

 

先生は生徒たちの決断に敬意を表した。

シッテムの箱を起動。

ディスプレイに現れたアロナと談笑しながら、淀みなく画面をタップしてスクロール。

戦闘指揮統制プログラムを起動。

それから、どこか自分と同じように生徒たちを見守っていると感じる少女にも号令をかけた。

 

「ガンジュも、やるよ!」

「わん」

「そろそろ人間に戻ろうか!」

「Oh,yeah」

 

 

順調だな、と。

戦闘開始からおよそ5分が経過。

『安全な弾幕の隙間』に身体を滑り込ませながら、ガンジュは密かに胸をなでおろしていた。

 

事態は概ね彼女が持つ知識の通りに進行していた。

先生率いる対策委員会+αは、風紀委員会の第一ウェーブを大過なく凌いでいる。

直に幹部クラスを残して全滅し、本イベントの主催者であるゲヘナヨコチチハミデヤンこと天雨アコが自慢の横乳を揺らしながら登場するだろう。

彼女と先生たちの舌戦を拝聴した後は、空崎ヒナ委員長の来訪まで耐久レースを繰り広げることになる。

便利屋ともつつがなく協力できるだろう。

アル社長はなかまになりたそうにこちらをみている。

誰が見てもはっきりとわかるくらい顔に書いてあったので、戦力に不安は無い。

後は先生の指揮に従い、如何に風紀委員会の大群を捌ききるか。

この場ではそれだけを考えていればいい。

 

ガンジュは無造作に上体を逸らす。

頭部が存在するはずだった空間を7.92×57mmモーゼル弾が通り過ぎていく。

旧式の弾薬とは思えない運動エネルギーを纏ったソレは、掠っただけでも標的に深刻な衝撃を与えるだろう。

アビドスの生徒たちは何発でも耐えられるだろうが、自分の場合は一発で終わりだと理解して回避に努める。

当たらなければどうということはない。

当たれば終わりだが。

 

目の前にはKar98Kの形をしたボルトアクション式スナイパーライフルをバトンのように振り回すイオリが居た。

彼女は俗に凸スナと呼ばれるスタイルで戦場を駆けていた。

普通の人間が知る戦場で実践しても自殺行為にしかならない戦い方を、神秘の力が実現させる。

多少の被弾をものともせず、音速に迫る勢いで戦場を縦横無尽に飛び跳ねている。

 

彼女の由来は、ソロモン72柱の序列9位パイモンだったか、或いはユダヤ教の堕天使アザゼルだったか。

何でもいい。

由来はただのモチーフに過ぎず、彼女の本性を見抜く材料になるわけでもない。

ガンジュは雑念を振り払うように引き金を引く。

命中。

目下、一番の脅威である狙撃手のおみ足に5.56mm高速徹甲弾を突き立てた。

強大な神秘に守られた生徒には大したダメージとならない。

ただ顔をしかめさせ、意識と動作をわずかに鈍らせる程度の影響力だった。

 

返礼として脳天を狙った銃弾が放たれる。

スコープを付けず、視線すら向けず無造作に放たれた銃弾が、距離や射角に関係なく致命的な精度を以て迫りくる。

ガンジュは遮蔽物を使わず、フラフラと不規則な軌道で走りながらクルリと回る。

フィギュアスケートのスピンを思わせる動きで狙撃をかわしながら同時に照準、発砲、命中。

効果は微弱。

辛抱強く『全く同じ場所に』攻撃を当て続けることでダメージを蓄積させる算段を立てる。

 

イオリのやや直線的な動作を守るように、いわゆるモブと形容される立場に分類される風紀委員たちが、多彩な火器を用いて支援を行う。

 

高い練度を誇る彼女たちが形成する弾幕は、幹部の動きを阻害することなく、それ以外の空間を均一に満たしてくる。

仏頂面をした糸目の艦長が、密度の偏りを叱咤する必要もない。

入り込む隙間は少なかった。

 

しかし、逆に言えば規則正しく隙間ができるということだと、正確な射撃はむしろ避けやすいと、平気で可笑しな自論を展開する“変質者”が、キヴォトスにもしばしば存在した。

その変人に自分も含まれるという事実を、ガンジュが理解するまでには今しばらくの時間を擁していた。

 

『いい加減に理解してほしいものだけれど』

 

意識の片隅で、“おっかない”けれど信頼できる上司のイメージが呆れ顔でため息をついていた。

 

そんな誰かさんの嘆きはさておき。

アビドス陣営の生徒たちは、イオリと同等かそれ以上に獣じみた運動能力をもって、風紀委員会の陣形をズタズタに引き裂く行為に没頭していた。

ガンジュもまた、幹部クラスの相手をする片手間に、モブ委員たちの“蛍光灯”を一時的に消灯させて回る。

既に一回戦目の勝敗は決しつつあった。

 

大丈夫だ。

当てられるし、避けられる。

冷静に行動を選択していけば、この場では問題が起きない。

 

容易い行為でないことはガンジュも承知していた。

目の前の一個中隊は氷山の一角に過ぎず、周囲にはアコ行政官が用意した伏兵が大量に潜んでいるのを感知することができた。

70℃の熱湯に平然と浸かるゲヘナ生徒の強靭な肉体と、統率の取れた動きは大きな脅威となる。

ただ一通り戦った感じ、付け入る隙は十分にあった。

更には便利屋68にアビドス廃校対策委員会という戦略兵器に匹敵する陣営が味方してくれる。

ゲヘナシロモップが到着するまで、先生を守りながら消耗戦を継続することは可能だと踏んでいた。

シロモップ委員長が来てくれれば、彼女と、遅れて到着した“おじさん”がこの場を収めてくれる。

後はモップに怒られてシナシナになったハミデテルヤン以下、撤退していく風紀委員会の面々を見送って本日の任務は終了だ。

 

勝った!第三部、完!

 

――と、ガンジュは少しだけ気を緩めてしまった。

戦いという水物を軽んじてはいなかったが、自分自身の立場については疎かにしていた。

身構えている間、死神はこない。

遠い宙 (そら) の彼方で、閃光のように瞬いて消えたテロリストが口にした至言。

それは兵役のような生命を懸ける業界に限った話ではない。

気を抜いた時に限って、しばしば妙なトラブルが起きてしまう。

 

ガンジュは死神の大きな横乳で張り倒される羽目になった。

 




後編に続きます。

早くしないとブルアカのサービスが終了するまでに拙作が終わらなさそう。
いやマジで。
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