ブラックギルド会社員、うっかり会社用回線でS級モンスターを相手に無双するところを全国配信してしまう 〜社畜剣聖、配信者になる〜   作:熊乃げん骨

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第25話 田中、人気者になる

「う~ん、おいし~♡」

 

 幸せそうな顔をしながら、星乃は次々と肉を腹の中に収めていく。

 その速度といったら大人顔負け。しかも速いのに食べ方が綺麗で口元も汚れていない。

 せめて速度だけは負けんと俺も次々と肉を胃に放り込んでいく。

 

「私焼肉なんて久しぶりです。こんないいお店は初めてですし……家族にも食べさせてあげたかったなあ……」

「だったらお弁当でも買って帰るといい。確かメニューに載っていたぞ」

「え!? そ、そんなことをしていいんですか!?」

「当たり前だ。いいだろ足立?」

 

 俺が尋ねると、足立はやけくそ気味に「弁当を頼んだところで誤差だしいいよ……」と返す。確かにもう何人前食べたか覚えていない。最初に注文した分は食べ尽くし、三回ほど追加注文してるしな。

 

「だってよ。ほら、この一番いいやつを頼もう。多めに持って帰っていいぞ」

「うう……本当にありがとうございまず……」

 

 今にも泣き出しそうな声で星乃はそう言う。

 喜んでもらえたみたいでなによりだ。

 

「あ。すみませーん」

 

 店員さんを呼び止めて、俺は弁当を追加注文する。

 すると注文を聞き終えた店員の若い女性が、おずおずと俺に尋ねてくる。

 

「あ、あの……シャチケンさん、ですよね?」

「はい。そうですけど」

 

 そう答えると、その店員さんはパッと顔を明るくする。

 

「やっぱり! 私ファンなんですよ! まさかこんなところで会えるなんて驚きました! あの、あ、握手とかしてもいいですか!?」

「は、はい。構いませんけど」

 

 店員さんに押されて、俺は握手をする。

 まさか握手を求められる日が来るなんて思わなかった……。店員さんも嬉しそうだし、俺って本当に有名になったんだな。

 

「あの。よければ写真とかもよろしいですか……?」

 

 そう頼まれ、俺は困ったように足立を見る。

 どこまでファンサービスをしていいかという話はまだしていなかった。こういうのは足立の指示を仰ぐのが丸いだろう。

 

「写真なんていくらでも撮っていいぞ。そうだ、店にサイン置いてもらえよ。今はガンガン知名度を上げる時だぜ」

「サインって……そんなもの欲しいか?」

 

 そう疑問を呈すと、店員の女性が「ほ、欲しいですっ!」と大きな声で割り込んでくる。

 ま、マジか。サインなんて考えてないぞ。

 

「あ、足立」

「どうせサインのデザインを考えてないんだろ? おしゃれなサインなんて求められてないから安心しろ。お前は署名みたいにクソ丁寧に『田中誠』って書けばいいんだよ」

「そんなんでいいのか……?」

「ああ、完璧だ。彼女も待ってるし行ってこい」

 

 足立に促され、俺は席を立つ。

 それにしてもこの前まで他人から罵倒されることしかなかった俺が、握手にサインか……人生というのは何が起きるか本当に分からないな。

 

◇ ◇ ◇

 

 ――――田中が出ていった個室内。

 そこには星乃と足立の二人が残されていた。

 

「…………」

 

 声を出さず、もぐもぐと肉を頬張る星乃。

 田中がいた時はリラックスしていたが、足立を二人になるとそうはいかない。明るく社交的な彼女も、あまり面識のない成人男性と二人だと流石に気まずかった。

 

 それを紛らわすためにひたすら肉を口に運び、もきゅもきゅと食べ続けていると、唐突に足立が口を開く。

 

「で、唯ちゃんは田中《あいつ》のこと、どこまで本気なの?」

「ぶふっ!?」

 

 足立の思わぬ言葉に星乃は驚く。

 危うく口の中の物を吹き出すところだったが、女子力でそれはこらえる。

 

「な、なんのことですか!?」

「俺は田中《どんかん》じゃないんだ。配信を見ていれば君が少なからず田中《あいつ》のことを想っているのは分かる。だから正直なところを教えてほしい」

「…………」

 

 星乃はしばらく悩んだ後、ゆっくりと口を開く。

 

「えっと……今はまだ、本当に分かりません。ですけど……今よりもっと仲良くなりたいとは、思っています。少しでも特別に思えてもらえるようになったら、嬉しいなって……」

 

 頬を紅潮させながらそういう星乃を見て、足立は「そっか」とどこか嬉しそうに言う。

 

「まあ唯ちゃんみたいないい子だったら俺も安心だ。ただあいつは手強いから頑張ってくれよ? 長い社畜生活で自己肯定力がどん底まで下がってるからな。長く働いていたせいで自分のことをおっさんだと思ってるしな。ガンガンアタックしないと好意にすら気が付かない」

「は、はい。頑張りますっ」

 

 真剣な表情で星乃は言う。

 それを見た足立は満足そうに笑うと、手にしたジョッキの中身をぐいと飲み干し、空にする。

 

「あいつには幸せになってほしいんだ。だけど俺は男だし強くもないから、側で支えることも背中を守ることもできない。だけど君ならそのどちらもできる。正直羨ましいよ」

 

 足立の言葉を聞いた星乃は、驚いたように目を見開く。

 

「足立さん、もしかして……」

「勘違いしないでくれよ? 別に田中をそういう目で見ているわけじゃない。ただ疲れ切ったあいつを見ると、そう思うこともあったってだけだ」

「そう……ですか。足立さんは友達思いなんですね」

「だろう? あ、今言ったことは田中には言わないでくれよ?」

 

 その言葉に星乃は頷く。

 するとちょうどいいタイミングで田中が個室に戻ってくる。

 

「めっちゃくちゃサイン書いたわ……」

「お、人気者のお帰りだ。ほら残りをさっさと食えよ。なんなら唯ちゃんに食べさせてもらえよ」

「なに馬鹿なことを言って……って星乃、本当にやらんでいいぞ!?」

「い、いえ! 遠慮なさらず!!」

「ははっ、いいねえ。お前らは見てて飽きないよ」

 

 こうして三人の楽しい食事会は、夜遅くまで続いたのだった。

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