ブラックギルド会社員、うっかり会社用回線でS級モンスターを相手に無双するところを全国配信してしまう 〜社畜剣聖、配信者になる〜   作:熊乃げん骨

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第9話 田中、退職しようとする

「た、田中……っ」

 

 もう退職の意志は伝えたし帰ろうと思っていたら、須田が立ち上がる。

 腐っても元探索者、頑丈《タフ》だな。

 

「許さねえぞ田中……俺に恥をかかせやがって……!」

 

 須田の目にはまだ強い怒りが浮かんでいる。

 立っているのもつらそうなのに、まだ心が折れてないみたいだ。山のように高い自尊心《プライド》が、倒れていることを許さないんだろうな。

 

 これ以上攻撃したら命に関わるかもしれないし、やりづらいな。

 

「お前ら! なにしてやがる! 俺に手を上げたあの犯罪者を殺せっ!」

 

 どっちが犯罪者か分からない形相で須田は叫ぶ。

 当然社員たちは困惑。どうしたらいいんだとあたふたする。

 

「本当に使えねえ社員《クズ》共だな! お前! いいからあいつを止めろ! 減給するぞ!」

「ひいっ!」

 

 一人の社員に目をつけた須田は、その社員に「今給料が止まったら困るよなあ」とか「この業界で働けなくするぞ」などと鮮やかなブラック話術で心を掌握する。

 するとその社員はあっという間に須田の傀儡になってしまう。

 

「す、すみません。押さえるだけで痛いことはしませんので……」

 

 脅しに屈した社員は、素手で俺に向かい合う。

 確かこの社員は去年入社の社員で、若手の中の有力株《ホープ》だったか。

 

 一緒にダンジョンに潜ったことはないから実力は未知数だな。

 

「いいよ。かかってこい」

「はい……」

 

 その社員は前傾姿勢を取ると、一気に踏み込み突進《タックル》してくる。

 足を取って転ばせて、マウントを取るつもりだろう。

 

 確かに相手を取り押さえるならいい手だ。

 だけど動きが直線的過ぎるし、何より遅い(・・)

 

 俺はタックルをギリギリまで引き付けて……俺に剥き出しになっている首の後ろめがけてトン、と手刀を放つ。

 するとその社員は一瞬にして意識を失ってその場にガクリと倒れた。きっと何が起きたのかも理解してないはずだ。

 

 俺はその社員が巻き込まれないよう横にどかすと、再び須田に視線を移す。

 すると須田は俺を見て「ぐ、ぎぎ……」と悔しそうに歯ぎしりする。

 

「使えない奴め……減給だけじゃ済まさねえからな……」

「もう諦めろ須田。この様子も全部配信されている。終わったんだよ、お前も、この会社も」

「うるせえ! 俺のおかげでこの会社はここまでデカくなったんだ! それを潰させてたまるか! おい郷田、てめえがやれ!」

 

 須田が叫ぶと、社員の中から大柄の男が前に出てくる。

 

 黒犬《ブラックドッグ》ギルド所属の探索者、郷田《ごうだ》将人《まさと》。

 190cmという長身に、筋骨隆々の肉体。髪は短く揃っていて、顔は厳《いか》つい。

 さっきの若手社員とは違い、A級探索者ライセンスを持っているちゃんと強い(・・)探索者だ。須田も郷田を頼りにしている。

 

「郷田ァ! そいつを殺せ!」

「……」

 

 郷田は黙って俺の前に立つ。

 こいつは後輩だけど、何度も一緒にダンジョンに潜ったことがある。さっきのように簡単に倒せはしないだろう。

 どう攻略したものか……と思っていると、郷田は突然ガシッと俺の手を握ってくる。

 

「田中さん、とうとう辞められるのですね。応援してます」

「……へ?」

 

 郷田は低くおっかない声で、俺を祝福する。

 どうなってんだ?

 

「俺は前から思ってました。田中さんはこんなギルドに収まる器じゃないと。貴方はもっと大きな舞台で戦うべき人だ」

「あー、えーと。ありがとう?」

 

 一緒にダンジョンに潜った時、無口で全然話してくれないから嫌われていると思ってたんだけど、そうじゃなかったみたいだ。

 郷田は心底嬉しそうに俺を祝福してくれた。当然須田はその態度が気に入らず、

 

「てめえ郷田ァ! なにそんなカスに尻尾振ってやがる!」

「田中さんは俺に探索者のイロハを教えてくれた大先輩です、いくら社長の命令でも聞くことは出来ません。それに……俺が本気で襲いかかったところで返り討ちに遭うだけです。社長も本当は分かっているんじゃないですか?」

「ぐ、う……!」

 

 郷田の言葉に須田は黙り込む。

 俺はそんなことないと思うんだけどなあ。郷田とならいい勝負が出来ると思う。

 

「田中さん。社長は俺が止めます。行って下さい」

「本当か? 助かる、ありがとな」

 

 俺は郷田の背をぽんと叩くと、会社から去ろうとする。

 後ろから須田のうるさい声が聞こえてくるが、気にしない。

 

 ようやくこの会社《ギルド》からおさらば出来る。そう思った次の瞬間……突然会社の扉が勢いよく開かれる。

 

「全員止まって下さい。協会運営局監査課です。通報があり来ました」

 

 入ってきたのはスーツに身を包んだ集団。

 彼らが名乗った協会運営局は、魔物対策省の内部部局、つまり政府の組織だ。きっと配信している視聴者からの通報があったんだろう。あんだけ派手にやったらそりゃ通報されるか。

 

「はは! こっちに風が向いて来たな田中ァ! 役人ども! その犯罪者を捕まえろ! そいつは俺に手を上げた犯罪者だぞ!」

 

 嬉しそうに叫ぶ須田。

 しかし役人たちは俺を素通りすると、須田を捕まえて拘束する。

 

「……へ?」

 

 素っ頓狂な声を上げる須田。

 状況を理解できずにいると、一人のスーツの女性役人が須田の前に立って言い放つ。

 

「須田明博、探索者労働基準及び覚醒者特別法違反で貴方を拘束します」

 

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