黒い兎   作:森の狐

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第十一話

「・・・・・・・・・・・・・せ・・・・・・・・・」

 

「先生」という声は、震え声にならない。

目の前には、ジワジワと赤い花を咲かせつつあるハバキリ、口からは赤いものが伝い落ちる。

ヨロヨロと近づこうとするくろうさぎを、震える手で制止するハバキリ。

 

「来ては、だめ、逃げ、なさい・・」

 

「そいつは、もう、おしまいだよ、矢に呪を篭めた・・仮に傷を塞いでも、呪が、召喚式を蝕んで、おしまいさ」

 

くろうさぎは逃げない、今しも膝を折ろうとするハバキリを支え肩を貸し踵を返す。

 

「聞こえなかった?おしまいだよ、いずれ消える、ともだちの作り方、を、教えてくれた人が、くれた、呪だ、式姫では耐えられない、陰陽師の式姫達も、学校の式姫たちも、あの時のハバキリも、ぼくをうらぎった、天邪鬼も、これで消えた、でも、時間稼ぎには、なって、それで、封じられて」

 

くろうさぎは答えない、聞きたくもないしそんな事よりハバキリをどうにかしないと。

震える足で、ハバキリをしっかりと支え一歩、また一歩と歩き出す・・こんな時、力を封じ人とほぼ同じ身で人里に身を投じた身が恨めしい。

 

(式姫の力を警戒する人多いから、人と同じ力になったけど・・・ああ、こんな事なら対妖の資格と訓練とっとくんだったよ)

 

「だから、もうぼくと君と二人だけ、一人は、さみしいだろ?ぼくとともだちに、なったら、さみしくないよ」

 

(うるさい、だまれ、誰がお前なんかと・・・ハバキリ先生を傷つけてボクを閉じ込めた理由が、友達になりたい?しかもこれまで一度もそういう事、言わなかった、追いかけて捕まえて、いたぶり殺して・・・歪んでる、壊れすぎてる、怖い・・)

 

背筋に冷たいものを感じながら、歩を早めるくろうさぎ・・・その態度に、神経質な憤怒の形相になるクロウサギ。

 

「ねえ?聞いてる?聞こえてるよねなんで無視するかな?そういう態度良くないよくないよ?ねえ?・・・・・良くないから!話を聞けっていってるだろああもう!!!」

 

クロウサギに闇が集約していく・・・が、先ほどまでの周囲一体を覆い尽くすほどではない。

その闇は、一つ一つが人の姿を模していた。

ゲートルを巻いた学生服の少年、セーラー服にもんぺ姿の少女、国民服を着た成人男女・・おそらく教師だろうか。

それらは、ありとあらゆる負の表情を浮かべながら、クロウサギに吸いつけられるように集約し・・・

 

 

ギャアアああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

 

あの絶叫がこだまする。

 

「ジュッ」

 

クロウサギが歩を進める。

 

「ジュッ」

 

闇から無数の腕が迸る。

 

それらは、ハバキリを引き剥がしくろうさぎを捕えようとして。

 

「スッ」

 

閃く無音の刃!

ハバキリの振るうそれは、一瞬でくろうさぎに向けられた全ての腕を裁断する!・・しかし・・

 

「おまえはいらない」

 

ハバキリに掴みかかった腕はさらに数を増やし、空高くに持ち上げる。

 

「や、やめろ・・・やめろ・・・・・!!!」

 

虚空のような闇の一角に渦巻く場所、そこが一瞬赤く染まる。

 

「あはは!!丁度良いタイミングじゃないか!消えろ消えろ!!永遠に居なく成れ!!」

 

くろうさぎの懇願空しく、渾身の力で屋上から投げ飛ばされるハバキリ!

まるでミミズがのたくったような亀裂が走り、ハバキリは呑まれていった。

 

「う・・・・ああ・・・うわあああああ!!!ハバキリ先生ーーーー!!!」

「あはハハはははははハハあははははは!!!」

 

くろうさぎの絶叫とクロウサギの哄笑、それでも守ろうとするかのように、空からハバキリの愛刀が二人の間に落ち、突き刺さる。

 

「・・・・・。」

膝から崩れ落ち、頭を抱え込むように蹲るくろうさぎ。

それを闇の中から、先ほどのテンションは何処へやらな無表情で眺めるクロウサギ。

 

「ジュッ」

 

一歩、歩を進める、くろうさぎがゆっくり立ち上がる。

 

「ジュッ」

ゆらりを腕が伸び上がってくる。

 

ハバキリの刀を掴み引き抜くくろうさぎ、それを青眼に構える・・刀身が小刻みに震える。

しかし今出来る唯一の拒絶の意思だ。

クロウサギの歩が止まる。

次の瞬間!一気に駆け出すくろうさぎ、そのまま屋上入り口に飛び込み・・・見えなくなる。

 

「はは、また追いかけっこか・・・いいさ、何度でも付き合うよ・・・「ともだちだからね」」

 

 

 

 

 

 

 

ドゥルンドドッ!!ギュイッ!!

無茶苦茶な速度でカッ飛ばし、目的地でアクセルターン!黒い車輪跡の残し停車する超大型バイク。

 

「・・・・んっ・・・えっご・・・・う・・おあ・・・・・」

 

完全に凍りついた黒兎を軽く揺さぶる天邪鬼。

 

「あ・・えっと・・・ちょっと、激しかったかな?あっちじゃ割とこういうの普通なんだけど」

「あ、メリカの!荒野と一緒に、しないで!事故とか、おきたらどうするんだよっ!」

「あ~~・・・まあ、それに関しては大丈夫・・いやほんとだって。」

 

そういえば不思議なことに、信号にも捕まらなかったし警察にも見つからない・・・無謀な突撃と見せて一台の接触も急ブレーキを踏ませる事もなし。

天邪鬼の襟元からヌッと顔を出したみーちゃんが、まるで安心しろとでも言うようにシュルシュル舌を出し入れする。

 

二人は「第二次大戦、N県戦没者慰霊記念館」に来ていた。

「なあ、ここで何か調べるのか?」

「うん、多分ね・・・ここに今回の犯人を、どうにかする方法が・・」

「あるの!?」

「あ・・・ると、いいなあ・・・って」

「お、おう・・・・・」

 

一先ず中に入る。

黒兎は真っ先に向かったのは戦没者名簿、そこには調べうるだけの氏名と当時の住所、そしてどういった者であったかが記されている。

 

「ええっと・・・陰陽師・・・陰陽師は・・・・・あった」

 

N県は寺社仏閣が多く、本土空爆時も攻撃対象からは外されていた区域だ。

それが、超大国ゆえの余裕なのかそれ以外の理由があったかは定かではないが、それゆえ都心などよりは比較的戦没者は少なく、目的の人物を見つけるのにそれほど時間はかからなかった。

戦没者の陰陽師は只一人「弓剃義之(ゆげのよしゆき)」・・・どうも、1943年5月、アッツ島で戦死しているようだ。

 

「た・・ぶんこの人、今回の犯人の・・・元主の陰陽師。」

「え?もしかして、犯人・・式姫なの?」

「うん、多分・・闇式姫になってる・・・そ、そういえばさ、天邪鬼は何でこの事件調べてるの?」

 

んんっ・・・と言葉を濁す天邪鬼。

 

「あ・・えと・・・言いたくないなら、別に・・・」

「ええっとな、アタシもつい最近知ったんだけども・・・

その、アタシが中学生の頃の友人が、事件に巻き込まれて。

それでその事件の鍵が貴常月村封土記て本だって知って。

まあ、あれよ・・要するに、仇討ちだ目的は。」

 

苦渋と憤怒を滲ませ、絞るような声色で告げる天邪鬼・・・どう声をかけて良いか分からず「アウアウ」とうめき声を漏らす黒兎。

 

「まあ、そんな所・・・お前は、学校の教師がこの案件で居なくなったんだったか?巫女さんに聞いたけど・・・ハバキリ先生か、当時も居たな・・・まあ、別人だろうけど。」

「い、いや・・・多分・・君の頃のと同じ人・・・あの本読んだ人を取り込むとかそういうのみたいで、僕が読んだ事を知って、顔色変えて、それで本没収して、行方不明に、多分、理由は君と同じ・・・」

「そっ・・・・か・・・・・生きてたら良いな・・・」

「うん、生きてる・・生きてて欲しい」

 

しばし沈黙が支配する、館内の利用者は二人しかおらずシンッと静まり返った。

それを打ち消すように、提案する黒兎。

 

「後は・・・この人の遺留品とか、ないかな・・・僕が遭遇した感じじゃ、なんかもう理性とか知性とかそういうの無い感じ、昔の主の事思い出せば・・何か進展あるかもって、ほら、ゲームとかでもそういうのあるし・・」

 

「ゲームとか良く分からないけど、でも仮に展示されてたとして、貸してくれると思うか?」

 

「う、う~~ん・・・・」

 

と、そこで声をかけてくる者が居た。

 

「おや、若い子達が当時の事に興味をもってくれるのか・・・ありがたい事だ」

 

振り返ると、もはや齢100は行くんじゃないかという老人、背こそくの字に折れ曲がってはいるが杖を突き自力で歩いている所を見ると、若かりし頃は相当に鍛えていたのだろうと想像される。

初対面の人物と話すスキルに乏しい二人がまごまごしていると、老人は勝手に話しだす。

 

「君達は式姫か、当時なあ・・あやつ・・・陰陽師で兵隊にとられてものが居てな、当時では陰陽師が兵隊に取られるというのは有り得ん事態でな、そりゃあもう近所中大騒ぎじゃった」

 

「へ、へえ・・・・そ、それはど、どうして・・・?陰陽師は式姫を呼んで、戦場で活躍できたんじゃ・・?」

 

「当時は戦争の影響で、妖怪が蔓延り始めての・・陰陽師と式姫はそれの対応に追われて居たんじゃ、当時陰陽師はそれほど多くなくての、あやつ・・陰陽師が兵隊に行くで大騒ぎになったのもこの地域を妖怪から守る者が居なくなるからじゃった・・・それに、当時は式姫は日本から出る事は叶わんかった。

今は、世界中に居るが・・・それは何故かしっておるかの?」

 

「あ、アタシ知ってる・・確か大正時代に大式盤計画てので日本そのものを陰陽師に見立てて、式姫の一斉召喚したんだよな?護国の為とか言って人間の陰陽師は式姫を制御する子機みたいな立場だったとか。

・・・で、二次大戦中にそれを警戒したアメリカが原爆を落とした、大式盤のエネルギーである龍脈の急所に二発。

それで、大式盤が停止どころか大暴走を引き起こして・・・龍脈に乗ってそれが世界中に広がって、世界各地で式姫が一斉召喚された、んだよな?」

 

「そうじゃそうじゃ!若いのによく勉強してなさる・・・そんなで今は世界中に式姫がいるが、当時は日本でのみ居たのじゃ」

 

「あ、あの・・・お爺さん・・・その陰陽師なんだ、けど・・・だれか遺族とか・・子孫の方とか・・知らないかな・・その、遺留品とか、あれば・・・貸して欲しいんだけど・・・」

 

「おや?・・・・それはどう言った理由でかな?」

 

「えっ・・と・・・その陰陽師が、残した式姫が・・いるはずなんだ・・・その子が事件を起こして、それで・・・今回も関わってて・・・貴常月封土記って本で・・・その・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・。」

 

たどたどしく説明する黒兎に、軽く髭をひねりつつ「ふぅむ・・」と唸る老人。

老人も暫く考え込み、再度館内は静寂に支配される。

 

「あ、えっと!知らないんなら良いんだ!い、色々話を聞かせてくれ・・」

天邪鬼の言葉を遮るように。

 

「うむ、少しついてきなさい」

 

老人が向かったのは・・「資料保存室」

資料室の鍵を開けながら老人は独り言のように呟く。

 

「あの事件はワシも知っておるよ・・・哀しい・・寂しい事件じゃった・・あやつが無事帰国して、顛末を知れば・・おそらく闇堕ちしてたろう、信じて残した式姫がああいう末路ではな・・・」

 

資料室の一つの戸棚を開け、一冊の手帳を持ってくる老人。

 

「あやつがな、戦地に行く前にワシに託したものじゃ・・余程、式姫を大事に想っていたのじゃろうな。

あやつと式姫の事ばかり書かれておるよ・・・持って行きなさい、もし可能ならあやつの式姫も救ってやってほしい。」

 

顔を見合わせる黒兎と天邪鬼。

 

「ええと・・・」

「あ、ああ・・・可能なら・・そうする」

 

くの字の腰をさらに折り曲げて、頭を下げる老人に対して二人はそう言うしかなかった。

 

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