「スッ」
抜刀音も、刀を振るう風切り音も、骨肉を立つ音も一切聞こえない無音の刃。
ただ確固たる殺意の圧のみが、夜の校舎の一角を満たす。
まさに暗殺の為の刃は、闇から迸った無数の腕を難なく切り飛ばした。
「ギアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
闇の中から絶叫が響き、凄まじい突風が迸る・・・が、吹き飛ばすべき標的はすでにそこには居ない。
まるでそこが地面であるかのように天井に着地し、闇に向かい何かを放り投げる。
「姿を現しなさい」
ハバキリはそういうと、手の甲で自分の視界を覆いながら今度こそ廊下に着地。
瞬間、凄まじい騒音と閃光が闇を内部から吹き飛ばす!所謂スタングレネードというやつだ。
・・・・・・・アアアアアアアアアアアアアアア・・・・・・・・・・・
そこには膝を折りロップイヤーを全力で折りたたみ、顔を両の掌で多い呻く一人の式姫、驚いたのはハバキリだ。
「く、くろうさぎちゃん!?・・・ど、どうして・・・・」
それには答えず、呻いていたが轟音と閃光の余波が薄まったのだろう、ふらりと立ち上がる。
掌を下げ顔を晒す、しばらくハバキリの顔をジッと見つめる、そして。
「ハバキリさん・・・?」
「ああ、ああ!くろうさぎちゃんなのね!・・・良かった、無事だったのね!良かった・・・」
駆け寄り抱きしめるハバキリ、それに答えるように抱きしめ返す・・もう二度と離さないというように。
「あ、あの・・・ボク・・・さっきまで、あの、妖にされてて・・・でも、元に戻れて・・・」
「そうだったのね・・・御免なさいね、腕斬っちゃったわね・・まだ痛む?」
「ううん、あれボクの腕じゃないから・・・・ねえ、ハバキリさん・・・外、出たい」
ハバキリさんという呼び方に少し寂しくなるハバキリ、しかし無理も無い、当時からもう三十数年以上経過している・・それにもしかしたら、別の自分と思ってるのかもしれない。
「そうね、まずはくろうさぎちゃんの身の安全を確保しないと・・・あのね、私の事覚えてる?担任だったハバキリよ。」
「え・・・・あう・・・・うん、もちろん、そうか・・・担任、うん、もちろん。」
たどたどしく頷く、それに安堵の表情を浮かべたハバキリはハグから開放し周囲を見渡す。
「さて、まずはどうやって出ようかしらね・・・えっとね、また当時と同じことが起こってて別の黒兎ちゃんが狙われててね、あの時の事もあったし私が解決してやろうとあの本を読んだのだけど、うーん・・まずは帰り道を探さないとね。」
子供関係になると、少々冷静さを欠く彼女・・・そんな彼女にぎこちない笑みを浮かべる。
「あの、出口は分かる・・・んだ・・・でも、妖にされてて心も、獣みたいになったみたいで・・・でも、もう大丈夫、だから、案内する、よ」
「そうだったのね、なら安心だわ・・・じゃあ、案内してくれる?」
そう言い、先導して歩き出すハバキリ。
ギイイィ・・・・その様子を見やり、クロウサギは道化師の面のような、逆さ三日月の笑みを浮かべる。
「うん、じゃ、じゃあ・・・ボクの言うとおり、歩いて・・・・「ハバキリ先生」」
タタタタタッ!ガララララ!!
勢いよく図書室の扉を開く黒兎、昼休みも半ばいつにない様子の彼女に常連組の生徒達は何事か?と一瞬見やるが、また視線を戻し書の世界に没頭し始める。
「せ・・・・先生・・・・いる・・・?」
貸し出し受付の奥を覗く黒兎、案の定そこでのんびり本の虫を決め込む50代半ばくらいの男性教諭。
本を閉じ、いつもと様子が違う黒兎に「ああ、やはり来たんだね」というような顔で迎える。
「やあ、黒兎くん・・・ハバキリ先生から多少の事情は聞いてるよ、貴常月村封土記の事だろう?」
これは話が早い、激しくガクガク首を縦に振る黒兎。
「本当言うと、聞かれても黙っていて欲しいと念押されてるんだけど・・・肝心のハバキリ先生が一週間も未帰還じゃね。
ただし、君が解決しようとしないようにね?陰陽師とちゃんとそういうの専門の式姫に任せなさい、それを守れるなら話すよ」
「あ・・・うお・・・ん・・・・僕・・戦える・・・から・・・」
「戦えるかどうかは問題じゃないんだ、君は妖に狙われてるんだろう?なら君がこの件に関わることは、事態をより悪化させる可能性が高いし、君自身の危険度も通常の討伐より跳ね上がる・・・教師としてそれは看過出来ない。」
「う・・・あう・・・・・」
「重ねて、君の現状の反応から察するに情報を得られれば動いてしまうだろう?・・・残念ながら話せないね、この案件が解決したら、その時はちゃんと教えてあげるよ。」
これは会話の選択肢をミスッた、元よりこの教諭が人として真っ当な性格だからハバキリも事情と顛末を話したのだろう。
と、ここで昼休み終了のチャイムが鳴る。
「さあ、そろそろ教室に戻りなさい・・・そして、ちゃんと下校時刻は守るんだよ?」
ペイッといった感じで図書室を追い出される黒兎、さてはてどうしたものか。
町の図書館で調べるか・・・ハバキリと同じくらい長く居る式姫に聞き出すか・・・もしくはあの廃神社の関係者か・・陰陽師に事情を話すのも良いが、ハバキリが先んじて釘を刺していた場合今より動きにくくなるかもしれない。
「うーん・・・・出来れば、資料とかそういう系統で情報集めしたいけど・・いや待てよ、そうだネットだ!」
思い立ったが何とやら、下校のチャイムと同時に黒兎は自らの家に一直線に駆けて行った。
自宅に駆け込み部屋着に着替え、各種調べ始める黒兎・・・と、事の顛末事態は調べることが出来た。
要約すると、こういう感じだった・
[昭和18年、識媛中学にて闇式姫の襲撃があり、生徒の約半数がかくりよ化した校舎に囚われる事件が発生、闇式姫は封印するものの生徒全員未帰還、死亡したものと思われる。
当時は第二次世界大戦の真っ只中で、全てにおいて余裕がなく封印という表面的な事態の収拾が関の山だった事が伺える]
[昭和60年、N県貴常月村にて一人の女子生徒が行方不明になる事件が発生、女子生徒は式姫で夜19時頃までは図書室に居たのを当時の用務員が目撃したとの証言が残っている。
妖が関わっている可能性がり、陰陽師や式姫も動員されたものの未解決、女子生徒も行方不明のままである。]
[貴常月村風土記、昭和55年に生神神社より発刊、著者は当神社の禰宜「戸来 耶代居」
貴常月と言われた地域一体の主に式姫に関する民話伝承を纏めた物だが、発行部数自体非常に少ない上に昭和61年に増刷が取りやめになっており、一種の稀覯本となっている]
そういった事件があった事は知れた・・・しかし、肝心要のあの本がどう関わってるのかまでは、黒兎の検索能力ではいくら調べても出てこなかった。
「あの神社が本の作成してたんだ、そういや本には著者のプロフィールとか何も書いてなかったな。
そっか、じゃああそこも調べようかな・・・巫女さんとは少し慣れてるし、初対面の人より話しやすいし・・」
幸いな事に明日は土曜、学校は休みだ・・・土日をフルに使えばもしかしたら。
問題は、黒兎がどれだけ他者と自ら関わっていけるかだが・・・。
「ぼ・・僕だってやれる・・・ひ、人と話す事くらいなんてことない・・・うん・・・たぶん・・・え、笑顔の練習よりは上手く、行く、はず・・・・」
正直な所、自分から話しかける・・それを想像しただけで心臓がバクバク言い出す。
それを振り払うように、ペシペシと自分の頬を叩き・・・明日に備え早めに休むことにした。
くろうさぎがその現象を見つけたのは、本当に偶然だった。
追跡を撒いた教室での出来事、自分の隣のクラスのだ。
何故か何時まで立っても再度追ってこない・・・なのでしばらくそこで身を潜めつつ、壊されにくそうな光源を探す。
一つに机に、誰かが忘れたのだろう修学旅行の記念アルバムが残されていた。
やはり溢れ出るリア充ワールドに目が眩みそうだ、しかし自分も覚えている・・いつもクラスで班分けなどをする時は、あぶれ組だった。
林間学校の時も、一人班を離れ単独行動を決め込みドヤされた事もあった、正直学校での集団行動なぞ苦痛でしかなかった。
しかし、転校してきたある一人の生徒。
「なあ、あたしと一緒の班にならないか?い、いや別にお前と友達になりたいとかそういんじゃなくて!古来から、黒兎と天邪鬼は一緒にいるもんだしっ!勘違いすんなよ!?バーカバーカ!」
何かいきなりバカとか言われたが、不思議と嫌にならない。
自身も、まあ仕方ないから付き合ってやるよ的な態度で当日もつるんで行動したが、これが事の他楽しかった。
それから二人はいつも共に行動するようになった、傍から見ればライバル同士か?と思えなくも無いぎこちなさ全開、しかしもはや無二とも言える関係。
しかし、残念な事に三年に上がる頃に彼女は転校していってしまう、あの時は正直号泣した。
「ああ、何で忘れてたんだろう・・・そうだ、ぼくにも・・・天邪鬼、どうしてるかな・・・会いたいなぁ」
その瞬間、教室に明かりが灯る。
蛍光灯のぼんやりした光だけではない、まるで真昼の校舎のような、陽光が差し込んでくるような。
自身の心にも光明が差した様な。
「そうか・・これか、明かりって光源とかじゃなくて・・・そうか・・・それか。」
他の、場所も見て回る・・・一先ず、学校の楽しい記録的なものを見つけたのは音楽室、生徒会室その二点。
やはり、明るく輝いていた。
「よし、よし!希望が見えてきたぞ!きっと、全部明るくすれば・・・・え・・・?」
彼女が聴覚に優れた式姫でなければ確実に聞き逃してたであろう、この声は良く覚えている。
そっけなくも何かと気にかけてくれ、入学直後にいじめられそうになった時も、他の教師みたいに見てみぬ振りをせず、真っ向から助けてくれた恩師の声。
「は・・ハバキリ先生!?」
思わず、声がした方に向かい駆け出していく。
彼女が去った後、暗闇が物質化していく・・・そこに佇むのは一匹の獣。
『ヌハハ、随分明るくしたもんだ・・・善哉善哉、もうひとふん張りだぞぉ?ヌハハ!・・・さて、それでは次なるステップに以降するかね?かね?』
演劇を舞台裏から見る監督のような口ぶりで、その獣・・アシモノヌシはズブズブと泥に溶ける様に校舎に沈んでいった。