<Infinite Dendrogram> その妖精は慈愛深く   作:そらからり

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前からちょこちょこ書いてたのを投降
他のが詰まった時にでも書きます


プロローグ 目覚め

■???

 

 朧気であった視界が明確になる。

 眠かったわけではない。

 何か、他からの力が加わって視界がぼやけていたようだ。

 

「……ここは」

 

 書斎のようであると感じた。

 だが、書物の置かれた棚以外にもティーセットや菓子が置かれているテーブルがあったり、見たことの無いボードゲームがあったりと、特徴のつかめない部屋であった。

 

 いや、まるで好きなものだけ集めた遊び場のようだ。

 

「やあやあー。ようこそようこそー」

 

 テーブルに備え付けられるように置かれていた木製チェアには猫が座っていた。

 牙の士族の1人なのだろうか。

 そう言われてみれば、この部屋はどこかの妖精の長にも似た――妖精?

 

 何故、妖精などという言葉が思い浮かんだのだろう。

 何故、妖精が存在していると思ってしまったのだろう。

 

 ここにそんなものはいない。

 ここにそんなものはいてはいけない。

 

 妖精の住む地に人間を置くことは出来ても。

 人間が棲む地に妖精は居られないのだから。

 

「まだ混乱しているのかなー?」

 

 猫がこちらを覗き込むように尋ねる。

 人語を介する獣。

 既視感がある。

 始めて見たわけではないと、記憶が告げている。

 

「……大丈夫よ」

 

 笑顔を作り出す。

 果たして、その笑顔が引き攣っていたかは確認できない。

 部屋に鏡は一つも置かれていない。

 誰をも映すことは許さないとばかりに、自身を省みることは許可しないとばかりに、何かを反射するものはこの部屋に存在しなかった。

 

「大丈夫。話があるのでしょう? 続けて頂戴」

 

 何が大丈夫なのか。

 それすら分からないまま、相手に話を続けさせる。

 

 こちらから問いたいことは数多くあるが、どこから聞けばいいのかまだ整理が付いていない。

 ならば、相手の話を聞き、現状を理解してからでも遅くは無いだろう。

 それくらいの余裕はあるはずだ。

 時間的にも、自身の精神的にも。

 

「そうー? 君が何処から来たのか、僕達にも把握できないのだけれど、それは後回しでもいいかー」

「ええ。貴方が分からないことを今お互いに話し合っても仕方ないわ。まずは貴方が知っていることを教えて欲しいわね」

「うんうんー。それなら、定型的なチュートリアルから始めようかー。ちなみに僕の名前はチェシャだよー」

 

 視界が切り替わる。

 そこには知らない姿をした人間が可愛らしかったり、屈強であったり、やけに人間味を帯びていたり……兎に角様々な様相で映っていた。

 

「どれがいいー?」

「どれ、とは。私が何かを選ぶのかしら」

「君が今見えていた映像のうち、これから君が見る景色をどれにするか選べるんだよー」

 

 視界模様の変更。

 そのような技術は知らない。

 土の士族でもそこまでの技術は……土とは何だろう。

 また、知らないはずの言葉が自身の中に浮かんできていた。

 

「……今と同じでいいわ」

「おっけーおっけー。んー、その反応だと、ある程度はこっちでサポートしないと話が進まなさそうだねー。デフォルト設定をこっちで勝手に決めちゃうから、後で何かあったら他の人に教えてもらってねー」

 

 そう言うと、猫はああでもないこうでもないと呟きながら手元を弄る。

 何か手に握っているのだろうかと注視してみるも、そこには何も無かった。

 

「それじゃあ、名前はどうするー?」

「名前は――」

 

 それはすぐに出た。

 記憶のほとんどを失っているのに、それだけは覚えていたようだ。

 

「綺麗な名前だねー。次は容姿だけど……君はこのままでもいいかな。その翅はどうする? 特別に残しておくことも出来るけどー」

 

 翅……?

 背に手を当てると、そこに薄い膜のようなものが触れた。

 こんなものがあったのか。

 ならば私は本当に妖精のようではないか。

 

「大丈夫大丈夫。動物や巨人、小人を選ぶ人もいるからー。君のその容姿だって埋もれるはずさー」

 

 それからはいくつかの道具を手渡された。

 小さなカバンは見た目以上に物が入るようだ。

 他人の物は入れられないらしいが、それは問題無い。

 自身の以外の物を勝手に仕舞うなど、泥棒ではあるまいし。

 

「あ、《窃盗》スキルには気を付けてねー。それに入れてても盗られちゃうことあるからー」

「ええ。分かったわ」

 

 同時に、スキルについて教えられた。

 私の知る神秘とは異なる理屈で動いている力のようだ。

 ならば、一定以上の価値の物を手にした時、どこに仕舞えばいいのだろう。

 いっそのこと、ダミー用にいくつか持ち歩くべきなのだろうか。

 気軽に私に配るくらいだ。

 このカバンは有り触れていると思っていいのだろう。

 

 次に武器をどうするかと尋ねられた。

 武器術の心得は無い。

 争いごととは無縁であったはずだし、もしそういった局面に対峙した時は任せていた。

 外敵は全て小さなあの子に――

 

「ッ!?」

 

 頭痛が走った。

 何かを思い出そうと記憶を辿ると同時に、邪魔するかのように頭が割れるような感覚に陥る。

 

「……」

 

 猫は無言でこちらを見ている。

 それが少しだけ気に食わなかった。

 まるでこの頭痛の正体を知っているかのような顔だ。

 

 みっともなく笑顔を取り繕う。

 何事も無かったかのように、猫に短槍を貰う。

 何故それを選んだのかは分からない。

 ただ、直感的にそれが良いと思っただけだ。

 

 次いで、そのまま硬貨を受け取る。

 見たことも無い貨幣であったが、それを集めればより高価な品物を買えるらしい。

 受け取っただけでもそれなりの額であるとか。

 

「ではいよいよエンブリオの移植だけどー……君、エンブリオって何か知っているー?」

「……ええ」

 

 エンブリオ。

 その言葉は知っている。

 誰に聞いたか、どこで見たかは分からない。

 

 だが、それが自身を守る唯一であることだけは理解していた。

 

「そっかー。随分と偏った知識を入れられているんだねー」

「進化……していくのでしょう? エンブリオが強くなることで私も力を増していく」

「概ね合っているかなー。多分だけど、君のパーソナリティならガードナーになりそうだしねー」

 

 いくつかあるエンブリオのカテゴリー。

 その中でも自身を守らせる枠にあるTYPE:ガードナーは確かに私向きであろう。

 

「でも、選べないのでしょう?」

「うん。でも、きっと君が満足しない結果にはならないさ。君を守るガードナーか、君を中心として広がる結界型のテリトリー、君が動かないのならキャッスルでもいいね……あれ、結構何でも当てはまりそうだなー」

 

 猫は笑う。

 その笑みはどこか懐かしく、気味の悪いものだった。

 

「レアカテゴリーもあるけど、君はメイデンが出るような人間でも無さそうだしねー」

「メイデン……?」

「うんー。まあ、それは後のお楽しみさー。さ、移植も終わったことだし、最後は所属する国かなー」

 

 気づけば、左手の甲に卵のような宝石が埋め込まれていた。

 これが私のエンブリオ。

 これが私の力。

 どこか愛おしくなり、優しく擦る。

 卵……つまりは孵化するまでは何の力も持たない無力な存在。

 

 猫が映像をいくつか流す。

 自然豊かな国、鉄臭そうな国、堅苦しそうな国、殺伐とした国……全部で6つの国が紹介される。

 

「レジェンダリアかしら」

「僕もそれが良いと思うねー。君の容姿は特にこの国に多いからー」

 

 レジェンダリアを映した映像には妖精らしき姿も見えた。

 もし私が妖精と同じ姿をしているのなら、仲間は多い方が良いだろう。

 

「他に質問はあるかなー?」 

「これが孵化するまでは安易に動かない方がいいのかしら?」

 

 エンブリオが私を守ってくれるのならば、今の私を守るものは何も無いということ。

 

「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるねー。それは君の選択次第だ」

「私の選択」

「力が無くたって誰かを守ろうと走る人間はいる。力があるからこそ悪事を働く人間もいる。力の有無じゃなく、結局君がどうしたいかでしか君は動けないんだよ。そして、それに君のエンブリオは反応する」

 

 左手の宝石が煌めく。

 まるで私の心に反応したかのように。

 

「快適な旅を。君が自分を見つけられるかは君の冒険に掛かっている。僕らは君の来訪を歓迎しよう」

 

 再び、全てが消える。

 猫も、ティーセットも、テーブルも何もかもが。

 

 ただの空中に私は放り出されていた。

 

「……え」

 

 翅を拡げるも、自在に飛べることも出来ず落下していく。

 悲鳴は出ない。

 出す余裕も無かった。

 

「行ってらっしゃい。迷える妖精……オーロラ」

 

 落下していく中で、猫の言葉が聞こえたような気がした。

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