<Infinite Dendrogram> その妖精は慈愛深く   作:そらからり

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1話 護衛1

【???】オーロラ

 

「……ここは」

 

 落下の衝撃は無かった。

 気が付けば、森林を思わせる深い緑一色の街の中にいた。

 人工的な建造物は一切排除しているとばかりに、人の住居は木々の洞に作られているようだ。

 

「……」

 

 吸い込んだ空気はこれまで味わったどれよりも美味しく、澄んでいた。

 映像通りに望んだとおりの場所だ。

 比較的自然を好む身としては、この場所は鉄臭い街や規律性に五月蠅そうな街に比べて好印象であった。

 

 だが、

 

「人が、多いわね」

 

 自然の中に自然で無い者が多かった。不自然なほどに。

 それも、私にとって比較的好みでは無い者が。

 

「おーい、そっちに行ったぞ!」

「くそっ、小さくてすばしっこいぞ!」

 

 走り回る人間。

 

「さあさ! 寄ってらっしゃい!」

「おっと、今日採れたての新鮮な果実ばかりだぜ」

 

 声を張り上げる人間。

 

「誰……?」

『俺は怪しい者ではないですぞー』

 

 幼子に声をかけている酸素マスクの大人。

 

「ここがレジェンダリア――人の街なのね」

 

 猫にある程度の説明は聞いていた。

 〈マスター〉と呼ばれるプレイヤーと、〈ティアン〉と呼ばれる原住民……非プレイヤー。

 私は〈マスター〉側の人間。

 命が何度でも復活できる、取り返しのつく側……らしい。

 それが本当のことなのか不明だ。

 そもそも、ここ以外の世界というのが分からない。

 

「困ったわ。見分けが付かない」

 

 どれが〈ティアン〉なのか、見分けることが出来ない。

 自身と同様に左手にエンブリオの紋章があれば〈マスター〉であることは確実なのだろうけれど、それ以外全てが〈ティアン〉であるかは疑わしい。

 

「――まあ、いいでしょう。どちらでも」

 

 見分けが付くかどうか。

 〈マスター〉であるか〈ティアン〉であるか。

 それは私には関係ない。

 

「それよりも、私の良き隣人になってくれる人を探しましょう」

 

 今の私は無力だ。

 猫の言う、モンスターに襲われればまず間違いなく死んでしまうだろう。

 それは好ましくない。

 

「死ぬのなんて一度で十分……?」

 

 死が一度だけで十分。

 それは体験したことがある者が言える言葉。

 もしくは、死を間近に知っている者が言える言葉。

 

 私は違う。

 私は死んでなんていない。

 

「私は守られているのだから。私は小さな騎士に……。ッ!?」

 

 痛い。

 頭が割れるように、軋むように、唸りを上げている。

 今すぐに蹲って悲鳴を上げて泣き叫びたいくらいに。

 

 実際にあと1秒続いていればそうしていた。

 だが、私に行動を選ばせないとばかりに、行動に移そうとした瞬間に痛みは消失していた。

 

「一体、何なのかしら……」

 

 何かを思い出しそうになる度に。

 何かを想う度に頭は痛む。

 

 それはまるで呪いのよう。

 

「……良いわ。まずはジョブに就きましょう」

 

 想起を許さないのならば、現在を見るだけだ。

 

 ジョブに就くにはジョブクリスタルに触れれば良いらしい。

 

「……どこにあるのかしら」

 

 街は広い。

 加えて、木々が乱雑に生えているため、現在地を見失いそうになる。

 

「ちょっといいかしら?」

 

 分からなかったので尋ねることにした。

 幼子に声をかけていた――憲兵らしき男たちに連れて行かれそうになっている1人の〈マスター〉に。

 

『俺ですか?』

「ええ、そう。そこの貴方。尋ねたいことがあるのだけどいいかしら」

『俺は構わないですが……この状況だと周りが黙っていないのでは?』

 

 酸素マスクをした〈マスター〉を取り囲んでいた男たちが何かを言いたそうにこちらを見ている。

 

「……?」

『えっと……すぐに答えられそうならぱっと終わらせますぞ。それでよろしいですかな?』

 

 酸素マスクは憲兵の男たちを手で制する。

 

「ジョブクリスタルの場所を教えて欲しいのだけど」

『ああ。それならここをこうして、あっちをこうして――』

 

 意外にもというべきか。

 酸素マスクの教え方は親切丁寧で分かりやすかった。

 アイテムボックスからこの街の簡易地図を取り出し渡してくれる。

 

『こんなこともあろうかと。子供でも分かりやすい俺特性の地図ですぞ』

「おい。どんなことを想定して作ったんだ」

『ふっふっふ。迷子の子供の手を繋いでおうちまで案内することを想定しましたぞ』

「……言っていることは正しいし、良い奴ではあるんだよなぁ」

 

 憲兵たちは額に手を当てている。

 酸素マスクは善人なのだろう。

 善人であるが、出で立ちや言動が誤解を招いているのか。

 

『あ、憲兵さん。こちらの子も迷子みたいなので案内よろしくですぞ』

「ああ! 分かったよ!」

「もういい! 行っちまえ!」

 

 投げやりにその場で解放された酸素マスクは

 

『バイバーイですぞー。また迷子の際は俺の手を握って欲しいですな』

 

 憲兵に連れて行かれる子供へ手を振っていた。

 

『……さて。こうして無事に誤解も解けたところで。こちらからも礼を言いたいですぞ』

「礼?」

『誤認逮捕される寸前の俺を助けてくれましたからな。それに、彼らも誤認逮捕したとなれば何らかの罰は受けてしまいます。国家権力は信用できませぬが、あの憲兵達は個人的に信用している者でしてな。何せ、俺を怪しいと思って捕まえに来るくらいですから。』

「あら。怪しい人だったの?」

『疑わしきは罰せよという言葉がある通り、子供を守るために少しでも怪しげな人物がいたら声をかける。それが出来る彼らは憲兵としては優秀ですぞ』

 

 なるほど。

 酸素マスクはこの街の治安を考慮している人物。

 ならば信用できるだろう。

 

「この地図、本当に貰っていいのかしら?」

『勿論』

 

 ならば有難く貰っておこう。

 この地図は非情に分かりやすい。

 何故か、菓子屋や玩具屋といった子供の導線ばかり記されているが、それでも街のおおよその全域を見ることが出来る。

 

『お姉さん……でいいんですよな?』

「他の何かに見えるかしら」

『ううむ……子供のような純粋さ……汚い大人では無い……』

 

 酸素マスクは何やら呟いているが、小さな声ではマスクでくぐもって聞こえない。

 変わった人間だ。

 見たことの無い人種。

 きっとあの國でも――いや、止めておこう。

 また頭痛が鳴り響く。

 

「また、どこかでね。ジョブにも就いていないし、この子もまだ眠ったままだけど、どこかでまた会ったらお礼はしなきゃね」

『気にしなくてもいいですぞー』

 

 酸素マスクと別れ、彼に教えて貰ったジョブクリスタルを目指す。

 

 猫が言っていた通り、背の翅はそう珍しくないのだろう。

 時折、振り返る者はいるが、指を立てて話す者はいない。

 まだ同じ姿をした者はいないが、歩いていればどこかで会えるはず。

 

「これがジョブクリスタルね」

 

 大きな結晶を前にして考える。

 私に合っているジョブは何か。

 

 特に決まっていなかったので【魔術師】にした。

 

 そもそも前衛で戦う気は無かった。

 その技術も技能も、才能も私には無い。

 

「次は……どうすればいいのかしら」

 

 街の外に行くのがいいかもしれない。

 街の中を散策してみるのもいいかもしれない。

 

 どっちにしても楽しいだろう。

 

「あ、あの……」

 

 と、足元から声が聞こえた。

 幼い、少女の声だ。

 

「何かしら?」

 

 見覚えがあった。

 先ほど、酸素マスクが声をかけていた幼子だ。

 

「お姉さんって〈マスター〉さんですよね……?」

「ええ。そうよ」

 

 左手の紋章を見せると、少女は安堵したように笑顔を見せる。

 

「良かったぁ。あの! お母さんが病気なんです! だから……街の外にある薬草を採りに行かなきゃならなくて……」

「そう。大変なのね」

「〈マスター〉ってことはお姉さんは強いんですよね!? 一緒に薬草取りに付いて来てくれませんか?」

 

 

【クエスト【薬草採取・護衛――アルカ 難易度:三】が発生しました】

【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

 

 

「勿論。良いわよ」

 

 幼子を連れての薬草採取。

 【魔術師】の力がどの程度かは分からないが、ここで否とは言えない。

 少女の必死な声に、街中の多くがこちらを見ていた。

 

「さあ。行きましょう? 薬草は何処で採れるのかしら」

「こっちだよ!」

 

 少女の駆け足に追いつくのは少しだけ苦労した。

 

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