<Infinite Dendrogram> その妖精は慈愛深く 作:そらからり
【魔術師】オーロラ
「それでね! お母さんの作るご飯はとっても美味しくて――」
道すがら、新たな力である魔法スキルを試す。
小さな火球を生み出す《ファイアーボール》と拘束用の《マッドクラップ》。
幾つかのスキルがステータス欄に書き加えられていたが、使えそうなのはこの2つだろう
「そう。それは良かったわね。私はまだこの世界の食事について知らないことが多いから、機会があれば招待してくれるかしら?」
「うん。勿論!」
いつからか、私に対しての距離が近づいていた。
少女――アルカはジョブに就いていないため戦う力は全くないらしい。
それでここ数日街に溢れかえるようになった〈マスター〉――戦える人間に薬草採取の手伝いを頼もうとしたようだ。
その矢先にガスマスクの〈マスター〉に絡まれたのは災難だったのだろう。
「……悪い人ではないみたいだけどね」
自分の欲望に素直、裏表の無い人物に思えた。
それだけで好印象と言っても良いだろう。
「うん? 何か言った?」
「いいえ。大したことでは無いわ」
アルカに依頼された内容は護衛任務。
薬草採取の知識は無いが、そこはアルカが自分でどうにかするらしい。
「お姉ちゃん。あの薬草は少しだけど体力を回復してくれるんだ。こっちは臭い消しになるし――」
報酬では無いが、アルカが森に生えている薬草の知識を伝えてくる。
話半分で聞いていたはずだが、いつの間にか《薬草知識》のスキルが芽生えていた。
……なるほど、こうやってスキルを増やすことも出来るのか。
「他にもあるのかしら? 薬草とか……毒草も」
今の私には力も金も地位も無い。
集められるものは集めておいて損は無いだろう。
そのためのアイテムも与えられているのだから。
「……うん! こっち!」
走り出すアルカの後を追いかける。
頼られたのが嬉しかったのか、それとも知識をひけらかす機会が余り無かったのか。
……どちらにせよ、あまり離れられたくはない。
護衛任務中だということを忘れて欲しくない。
「待って。あまり先に――」
私とアルカの足の速さは同程度。
先にアルカが走り出してしまえば追いつくのはアルカが止まるまでは難しい。
「キ……キャァァァァァ――」
だから、見失う前で助かったというべきか。
森中に響くかのような高い悲鳴。
少女特有の、アルカのものだ。
「Guruuuuuuuuuuuuu」
現れたのは〈フォレスト・ウルフ〉という緑色の狼であった。
3匹という群れにしては少ない数だが、今の私達にとっては脅威に違いない。
「……」
狼は3匹共にアルカを睨む。
それもそうだろう。
私はまだ彼らの前に姿を現してはいないのだから。
臭い消しの薬草は十分役に立つようだ。
久しぶりの獲物なのか、口から涎を垂らしながら狼たちはゆっくりとアルカを取り囲む。
今にも牙をむき、アルカの細い首を噛み切ってしまいそうだ。
ここは慎重に。
間違っても気づかれないように。
狙いを定め、魔法スキルを2度、放った。
「《マッドクラップ》」
「Guru――……!?」
まさにアルカの頬をざらついた舌で舐めようとした時。
狼の足元が融解するように溶け、彼らの足を絡めとる。
3匹のうち2匹が拘束され、身動きが取れなくなった。
以て数秒だろうか。
だけど、その数秒間でも今は稼げれば十分だ。
「アルカ。離れられるかしら?」
アルカはふるふると首を横に振る。
腰が抜け動くことが出来なくなっているようだ。
……巻き込みかねないけど仕方ない。
きっと火傷に効く薬草もあるだろう。
《ファイアーボール》」
3度目の魔法スキル。
MPはもう半分程になった。
拘束された狼2匹の中間地点に火球を放つ。
下級魔法といえど、生物にとって火は明らかに生命を脅かすもの。
それに、名にフォレストとついているのだから、火は弱点なのだろう。
瞬く間に狼2匹を燃やし尽くす。
「……ふう」
「Gi――ッ!」
一息ついた私を、油断と捉えたのだろう。
残った狼は私に向かって駆けだす。
後衛職である【魔術師】が接近戦でモンスターに敵うわけはない。
このまま近づかれれば私はアルカを残して先に死ぬ。
「――無事で良かったわ。アルカ」
尤も、それは接近を許せばであるけど。
1度目に使った私と狼達との中間地点に置いた《マッドクラップ》が上手く作動していたようだ。
魔法自体は解けかけており、狼の足止めの時間もそう長くは無い。
だけど、その時間で私は最後の狼も屍に変えた。
「う、うん……」
アルカには傷一つ無い。
運が良かったみたいだ。
「す――」
狼達から得た経験値とドロップ品。
その良し悪しは分からないけど、MPを回復するアイテムが落ちたのは幸いであった。
戦士と違い、MPが無くなっては私に戦う術は無い。
これでひとまず護衛任務を続けることが出来るだろう。
「すっごいねお姉ちゃん!」
「……っ」
アルカが飛び込んできた。
危うくこちらが転びそうになるほどの勢い。
HPを確認するが、減ってはいなかった。
「そう、かしら?」
「うん! あっという間にモンスター3匹を倒しちゃうなんてやっぱり〈マスター〉は強いんだ」
それは無いだろう。
成りたての【魔術師】でこれほどなのだから、私達〈マスター〉が来る以前よりもジョブに就いていた〈ティアン〉はより高レベルで高火力を持っているはず。
「ふふ。私よりも強い人はたくさんいると思うわ。もし次に依頼を頼む機会があれば、慎重に選んだ方がいいと思うわね」
「えー? お姉ちゃんがいい」
その場合はまた私がこの少女と2人で森の中を歩かねばならないのだろうか。
「お小遣いを溜めれば強い人に依頼出来ると思うわよ」
「そういうことじゃないよ」
「……意地悪が過ぎたかしら? でも、私は【魔術師】だから守る力かと言われればあまり得意では無いと返さなくちゃならないの」
今の戦闘で私もアルカも傷一つ無かったが、それは狼に攻撃をさせなかったから。
攻撃されていれば、一撃で死んでいた可能性だってある。
「もしまた同じような状況があれば、貴女が死んでしまうかもしれないわ」
「うーん……じゃあ、お姉ちゃんが強い仲間を見つければいいんだよ!」
そういうことでは無い……が、それもまた正論だ。
私もいつまでも一人ではいられない。
というか、前衛は見つけるべきだ。
「そうね。その通り」
「だよね! 良し、街に戻ったらお姉ちゃんの仲間も探さなくちゃ!」
おー、と右手を掲げ、アルカは私からようやく離れた。
私は彼女の乱れた髪を整えながら、
「さぁ。早くここを離れましょうか。アルカの悲鳴を聞いたモンスターが来てしまうかもしれないわ」
ここに留まっても薬草が見つかるわけでもない。
アルカを促し先に進むのであった。
「これで全部! こんなにあればお母さんも元気になるよ!」
両手いっぱいに薬草を抱えたアルカが笑顔を見せる。
これまで何度か見せてきたがその中でも一番輝いていた。
「良かったわ。おかげで私も薬草の知識が身に付いたし」
《薬草知識》もレベルが上がり、今の私には薬草、毒草の違いが色となって分かるようになっていた。
薬草が青、毒草が赤。
とりあえず拾えるだけ拾い、アイテムボックスに入れてある。
「あとはこれを森奥にある精霊様に捧げてお薬に変えれば……!」
「……」
森奥。
精霊様。
「そう……ええと、今は森のどの程度の深さまで来ているか分かるかしら?」
「半分くらいかな。もう少しだね!」
「……そうね」
確か、この依頼の報酬は1000リルだったか。
3匹の狼からのドロップアイテムを売ればどのくらいの価値になるか分からないけど、1日の報酬として釣り合うかどうか。
「行こう!」
またも先を進むアルカ。
果たして彼女が森奥の精霊様とやらに辿り着くのが先か、彼女がモンスターに襲われるのが先か。
「依頼の失敗ってどんなデメリットがあるのかしら……」
ふとそんなことを考えるのであった。