もしよろしければ感想お聞かせください。
励みになります。
『……!』
『…………!!』
……誰?
誰かが僕に対して語りかけてくる。
『……せ!』
懐かしい。
この声を、ずっと前にどこかで、聞いていたような気がする。
『せん……!!』
君は……
『先生!』
「これ! 遊戯!」
『ジリリリリリリリリリリリリン!!』
「……!」
ガバッ!
「ほらいつまで寝ておるんじゃ。さっさと起きんか!」
飛び起きると、いつも通りの、高校生の時から何も変わっていない自室の風景。
目覚まし時計が喧しい音を鳴らし、爺ちゃんがドアを開けて立っている。
「お、おはよう爺ちゃん。」
僕は挨拶をしながら目覚まし時計を止める。時刻はそろそろ準備をしないと、開店時間に間に合わないくらいになっていた。
「全く昨日の夜も寝るのが遅かったんじゃな。店のこともあるんじゃから、早めに寝とけと言ったろうに……」
「あはは……ごめん」
爺ちゃんが僕の部屋のカーテンを開けてくれた。
朝日が差し込んできて、僕の視界を光で埋め尽くす。
僕は一度伸びをし、スリッパを履こうとベッドから出ようとした。
すると、爺ちゃんが僕の顔を見て怪訝な顔をしているのに気づいた。
「遊戯……なぜ泣いておるんじゃ?」
「え……?」
僕が頰を触ると、確かに濡れていた。
「怖い夢でもみたかの? とにかく、起きるんじゃ。早く朝ごはん食べないと開店の時間に間に合わなくなるぞい。」
「う、うん……」
爺ちゃんが下に降りていく。
「……どんな、夢だったっけ?」
夢の内容はもう覚えていない。
覚えているのは、一言だけ。
『先生』
……ツゥ
「……あ」
また、涙が溢れてきた。
何故
僕にとって、特別な意味でもなんでもない言葉のはず。
でも、なにか、大切なことを忘れているような気がする。
その言葉を聞くと、なぜ胸がこんなに締め付けられるんだ。
思い出せない。
心の中に穴が空いたような。
"彼"がいなくなった後も、こんな感じだった。
何か、大切なものを失ってしまった。
そんな感覚がした。
「遊戯様、そろそろ目的地に到着します。着陸の際揺れますので、ご注意ください。」
「わかりました。ありがとうございます。」
僕は今、童実野町から遥か遠く離れた空の上を、海馬コーポレーションのジェット機で飛行している。
もちろん操縦しているのは僕じゃなくて、海馬コーポレーション専属のパイロット。
窓の方に目を向けると、遠くの方に目的地が見えてきた。
童実野町から遥か遠くに位置する人工島。そしてその中心に位置する建造物と、天高く、宇宙まで続いている、宇宙エレベーター。
海馬コーポレーションの宇宙ステーション支部。
僕が童実野高校を卒業して4年。僕の作ったゲームがドイツのゲームコンテストで入賞を果たし、世界で認められて、海馬くんと共同開発をすることになった。
これから行われるのは、そのゲームに僕と海馬くんが改良に改良を重ねて開発した球体型対戦ゲーム=スフィアリウムⅡの試作機の初の試運転。
僕と海馬くんが実際に使用して、戦う。それがなんと宇宙空間を舞台として行われる。
施設の中に入ると、100人を超える従業員が、モニターを見ながら作業をしていた。
奥まで進み宇宙エレベーターの扉の前まで進むと、1人の青年が僕のことを待っていた。
「よう遊戯! 来たな!」
「久しぶりだねモクバくん。」
海馬くんの弟、モクバくん。
彼ももう立派な高校生になった。海馬コーポレーションの副社長という肩書きは変わらず、兄様と慕う海馬くんのために働いている。
背はもうすでに僕を抜かしていて、すっかり見上げるくらいの身長差に。
「遅いぞ! 兄様はもう上に行っちまったぞ! 遊戯も早くエレベーターに乗りな!」
「え、そうなの? わ、わかった。」
僕は急いでエレベーター内の座席に座り、シートベルトで体をしっかりと固定する。
『重力波の安定を確認。システムオールグリーンチェック』
「……へっ! 準備完了したみたいだな。じゃあ頑張ってこいよ。まぁきっと勝つのは兄様だろうけどな!」
「うん! でも僕も負けないよ!」
「あぁ! 行ってこい!」
扉が閉まり、宇宙エレベーターは、超スピードで宇宙空間に向けて上がっていく。
僕も一応開発者だから、このエレベーターに乗るのは今日で5回目。
最初は驚きもしたけど、何度も体験しているうちにもう慣れた。
かなりのGがかかる中、あっという間に宇宙ステーションに到着。
宇宙ステーションの中は全体的に薄暗いけど、結構広い。
ガラスの外に広がる宇宙空間、そして真下に広がる青い地球を見ながら、水平エスカレーターで目的の部屋まで進む。
こんな施設を、最初は千年パズルを短時間で組み立てるためだけに作ったって言うんだから……
まぁ海馬くんらしいと言えばらしいけど。
僕はベルトに手をやり、デッキケースからカードを取り出した。
「……」
M&Wのカード。
最近は肌身離さず身に付けている。
なんだか、彼が見てくれている気がして。
「見ていて……もう1人の……」
そしてついに、目的地の部屋の前へ到着した。一回だけ深呼吸をして、僕は扉を開けた。
「……来たか。」
部屋では、もうすでに彼が席についていた。
「待たせてごめん、海馬くん。」
「ふん。」
その席の先に僕たちが心血を注いで完成させた対戦型ゲーム、スフィアリウムⅡが組み込まれてある。
「すごい……本当に完成してる……」
開発者の僕でも、完成した実物を見るのは初めてだった。
セッティング等は全て海馬コーポレーションの技術者たちがやってくれたから。
「スフィアリウムⅠの時から、大幅に改良したシステム、そして宇宙空間を利用したバーチャルスペースプログラム。俺と貴様が考案したシステムは、全て海馬コーポレーションのエンジニアに組み込ませた。」
「流石だね。」
「世辞はいい。さっさと始めるぞ。」
僕は海馬くんの向かい側の席へと移動する。
「遊戯……あの時の決着がまだついていなかったな。」
「……うん。」
4年前。新型デュエルディスクの発表会で行われた僕と海馬くんのデュエル。
僕たちは激戦を繰り広げ、彼のライフはあと100ポイントとなったところで、デュエルは中断されてしまった。
僕たちの決闘は、まだ決着がついていない。
「その決着……今ここでつけてやる!」
「僕も開発者としてのプライドを賭けて、君と戦うよ!」
あの時の激戦よりも、これから始まる戦いはさらに激しさを増すだろう。
胸が高鳴る。
身体が熱くなっていくのを感じる。
「さぁ! 席につけ遊戯! 俺と貴様の新たな戦いの幕開けだ!」
「うん!」
ワクワクするということがこういう事なのだと、改めて実感した。
試作機のテストなんてどうでもいい。
今はただ、この瞬間を
全力で楽しもう。
「「スフィアリウムⅡ!起動!」」
スフィアリウムの起動ボタンをボタンを押そうとした。
その瞬間。
ブツンッ!!
「「ッ!!」」
突如として宇宙センターの電源が全て落とされた。
『ヴーーーーー!!! ヴーーーーー!!!』
「なんだ!? いったいなにが起こっている!」
そして、その後すぐに宇宙センター全体に、非常事態の時に鳴らされる警告音、エマージェンシーアラートが響き渡った。
「どうした!モクバ!」
『大変だ兄様! 何者かが宇宙ステーションの管理システムをハッキングしようとしている!』
「何!?」
背後で慌ただしく社員達が動いているのがわかる。
『電源を落としてもダメだ……! にいさ…いま…そこから……だ……しゅ……』
『ブツン』
「モクバ!」
モクバくんの通信が途切れた。
「バカな……我が社の防衛プログラムを突破するなど……だが一体なんの目的で……!」
「海馬君マズイよ! もし宇宙エレベーターまでハッキングされたら、僕たちはここに閉じ込められてしまう!」
「く……いいだろう! 勝負は預ける! 急いで脱出するぞ!」
「うん!」
僕たちは急いで部屋の出口へと向かい、海馬くんが扉を開け、外に出る。
僕も海馬くんに続いて部屋の外に出ようとした時。
「……!?」
さっきまでモクバくんが写っていたモニター画面に、文字が浮かんでいたことに気づいた。
【Connecting to the Crate of Shittim...】
「クレートオブ……シッテム……?」
「なにをしている遊戯! 急げ!」
「……う、うん!」
この言葉が何の意味を持つかわからないが、今はそれどころではない。僕は部屋を後にした。
赤いランプが点滅する通路の中を、海馬くんと僕は宇宙エレベーターを目指して駆け抜ける。
『ガグンッ!』
「何!」
ハッキングの影響なのだろうか、宇宙ステーション自体が大きく揺れた。
「うわぁ!」
「遊戯!」
ドサッ!
よろめいた僕は、その拍子に通路の途中にある部屋に倒れながら入ってしまった。
「い……っ! 海馬君!」
『プシュー』
慌てて立ち上がった時には、もう遅かった。僕が入ってしまった部屋の扉が閉まり、隔離されてしまった。
開閉スイッチを押してみたがまるで反応がない。
「く……このままじゃ……!」
なにかこの扉を開けられるものはないか。非常事態の赤いランプが点滅した部屋を見渡す。
「……? ここはいったい……」
僕が閉じ込められた部屋には、中央にまるで、電脳世界に潜り込めるフルダイブ型のゲームのような機械が置かれている。
「……ッ! これは……!」
そこで僕は、驚くべきものを見つけた。
それは機械の横に置かれたキューブ。
かつて、藍神と名乗る青年が所有していたもの。
人間を別の次元に送ることができる、次元領域の扉。
『量子キューブ』と呼ばれるキューブだった。
「どうしてこれがこんな所に……」
僕が手を伸ばすと、そのキューブが光を放ち始めた。
「ウソ……これはまさか!」
その光にまるで呼応するように、僕の身体が淡い光に包まれていく。
「まずい! これは、次元を越える時の……!」
このままでは、僕は……!
そう思った瞬間、僕の視界が眩い光に包まれた。
「うわぁあああああああああああああああああ!!!!!!!!」
別の……世界……へ……
『ジャラララララララララ!!!!』
『ピコピコ』
「……!!」
ガバッ!
騒音で目を覚まして、僕は跳ね起きる。あたりの景色が先ほどとはまるで変わっていた。
周りに響くゲーム音や、大量のメダルが落ちる音。
「ここは……ゲームセンター?」
しかし、ただ空間を移動したというわけではないということは僕にはわかっていた。
量子キューブの力で、僕は別の次元に飛ばされてしまったのだ。
「……」
あまりの出来事に僕は立ち上がれず、頭を抱えた。
「いったい、どうしてこんなことに……」
今日は記念すべき日だった。
長年の夢だったゲーム開発。
僕1人の力では、完成することは到底不可能だった。
いろんな人の力を借り、この4年間の努力の結晶を全てを注いできた僕のゲーム。
その最高傑作が、完成するはずだった。
そのはずだったのに……
「……」
やめよう。
悲観している場合ではない。
このまま元の世界に戻れなければ、命に関わる。
それに、城之内くんや杏子、大切な人たちとは2度と会えない。
それだけは嫌だ。
とりあえず状況と謎を整理しなければならない。
おそらくここは僕が住んでいた世界とは違う世界。
そこまではわかる。
しかし謎なのは、海馬コーポレーションをハッキングしてきたのは、何者だったのか。
量子キューブの力が発動したのは、ハッキングした者の意思なのか、それとも偶然なのか。
僕だけを狙ってきたのか?
モニターに出ていた『Crate of Shittim』とはなんなのか?
「……」
ダメだ、考えてもわからない。今のところ謎が多すぎる。
「とにかく……元の世界に戻る方法を探さないと」
この状況で僕がやること、それは意思疎通が図れる人間を見つけ、この世界の情報を聞き出すこと。
僕は立ち上がって、周囲を見渡した。辺りにゲーム音のみが響き渡り、人は全然いない。
すると視界の端に、何か小さなものが動くのが見えた。
「……?」
両替機の後ろで、何か生き物が動いている。でも大きさ的に人ではなさそうだ。
僕は恐る恐るその物体に近づく。
「……ゑ?」
それを見た時、僕は素っ頓狂な声をあげてしまった。
「ん? なんだね君は?」
犬だ。
でもただの犬じゃない。
二足歩行で
スーツを着て
人間の言葉を喋っている犬。
自分の世界では考えられない出来事に呆然としてしまった。
「なにかな? 私は急いでるんだが」
「す、すいません!」
僕はハッとして即座に謝って道を開けた。
犬が怪訝な顔をしながら去っていった後、意思疎通が取れるのであれば話を聞けばよかったと後悔した。
「……しっかりしよう!」
ここは、別の次元だ。
自分の世界の常識は一旦捨てたほうがいい。
この世界では犬は歩くし喋るし服を着るのが当たり前のようだ。
気を引き締めて、ゲームセンターの中を散策する。
UFOキャッチャーやメダルゲーム、シューティングゲーム、レーシングゲーム。
僕の世界のものとほとんど変わらないらしい。
「くそ!どうなってんだこいつの強さは!」
突如耳に入ってきた、苛立ちを含んだ大きな声。
声の元へと足を運ぶと、今度は喋る犬じゃない。
「ふざけんじゃねーぞ! チート使ってんじゃねーのか!?」
「おいまた挑戦してきたぞ!」
「なめやがってこの野郎……クソがぁ!」
人間だ。人間を見つけた。
この世界にも人間がいることに、僕は安堵する。
3人組の女子高生だ。金髪の子とポニーテールの子とショートカットの子。
全員✖️マークがついた黒いマスクをつけている。いかにもスケバンといった感じの女子高生たち。
サラシを巻いていたり、おへそが丸見えだったり、かなり目のやり場に困る格好をしている。
しかし、そんな派手な服装よりも、さらに目を引く箇所が2箇所あった。
(……輪っか?)
3人の頭上に、まるで死んだ人や天使がつけているような、輝いた輪っかがついていた。
つまりここは、死者達の空間、冥界のような場所なのだろうか?
(もし、ここが死後の世界なら、僕も……!)
「……!」
慌てて僕は自分の頭の上を見る。幸いな事に、僕の頭に輪っかはついていなかった。
自分が死んだわけではなさそうという事にひとまず安心する。
問題なのはもう一箇所の方だ。
それは彼女たちの座っている台の隣の台に立てかけられているもの。
(……あれって、ガトリング銃……だよね……)
どう見てもモデルガンではなさそうな重量のガトリング銃が立てかけられていた。
金髪の女の子の肩にウエストポーチのように巻かれているガトリング銃の弾が、あれが本物だという何よりの証拠だった。
(ここでは銃を持つのが一般的なのか……?それくらい治安が悪いのか……)
とにかく、犬ではない自分と同じ人間を見つけたのだ。
まずはこの世界の情報と、ここはどこなのかを聞かないと。
(この子達が親切に教えてくれるといいんだけど……)
どうやら格闘ゲームで勝てなくて怒っているようだ。
気が立っているみたいだが、それでも臆してはいられない。
(流石に持っている銃でいきなり撃ってくることはないと思うけど……)
僕は彼女たちに内心ビクつきながら近づいた。
「どうする? このままじゃまた負けちまうぞ。」
「いや、いざとなったらチートを使ってでも……」
「あの、すいません」
「あぁ!? なんだようっせーな!」
あぁ……やはり怒られた。
でもどうにかして話を聞いてもらわないといけない。
「こっちは今大事な……」
もう一度声をかけようとした時、振り返って僕の顔を見た彼女たちの表情が、みるみると変化していった。
「せ、先生じゃねーか!」
「……え?」
先生?
彼女たちは僕を見てそう叫んだ。
困惑したが、すぐに僕を別の誰かと勘違いしているのがわかった。
「ゆ、行方不明じゃなかったのかよ……な、なんだよ! あたしら別に今は悪いことして……」
「おいやめろ! せ、先生はゲーム好きだったよな? 私たちの代わりにやってくんねーか? あ、あたしら用事思い出したからよ!」
「い、いや、それより聞きたいことが……」
「いいから座れよ! おい! さっさとズラかるぞ!」
「あ、ちょ、ちょっと!」
金髪のスケバンに強引に座らせられ、3人はそそくさと去ってしまった。
「……どうしよう」
話を聞いてもらうはずが、いきなりゲームを押し付けられてしまった。
この格闘ゲームはどうやらオンラインゲームで、相手はちゃんとした人間のようだ。
『……??? オロオロ……ピョンピョン!』
全く動かない僕のキャラクターに困惑して、相手のキャラが行ったり来たりジャンプしたりしてる。
(……せっかくだし、やってみようか)
このまま放置してしまうと、相手が可哀想だ。
(ゲームは僕の世界とほぼ同じ、レバーとボタンを操作するタイプの格闘ゲーム。でもどのボタンでどんなコマンドになるのかわからない……申し訳ないけど、相手が困惑してる今のうちに……)
『タタタタタタタタタタッ!!』
『!?』
ボタンをとりあえず高速で適当に押す。急に奇妙な動きをし出した僕のキャラクターに、相手も驚いている。
(なるほど、大体の基本的な動きは把握できた。でもコンボコマンドとかは戦いながら覚えていくしかない……)
初めてやるゲームとはいえ、元の世界にも似たようなゲームはいっぱいある。
やるのは相当久しぶりだが、コツは熟知しているつもりだ。
(端の方でしゃがみながら待機……相手が仕掛けてきた瞬間、ジャンプをして背後へ!)
そして振り返ってジャブを放とうとした。
『……!』
しかし相手はすぐさましゃがまれて回避する。僕は追撃するが相手は完璧なタイミングでガードしてくる。
(この対戦相手……強い……!)
僕の動きを読んでいるかのような動き。
攻撃のタイミングもガードするタイミングも、まるで機械みたいに正確だ。
『……』
しかし、所々妙なところで対戦相手の手が止まる。
まるで、ゲームに集中していないような。
その隙をついて、僕は攻撃する。
それから幾度となく激しい攻防を繰り返し、お互いの体力ゲージが赤になっていた。あと数発で決着がつくところまで来た。
相手のキャラクターがハイキックを繰り出してくる。
僕がしゃがんで下蹴りを繰り出し、相手の足払いをする。
(あと一撃喰らわせれば僕の勝ちだ。)
ダウンしている間に距離をとって遠距離攻撃の準備を……!
僕がコマンドを入力し、遠距離攻撃を連発する。
(この攻撃は難なくガードされる……でもその間に距離を詰めて一気に……!)
しかし、その通りにはならなかった。
何故なら遠距離攻撃が当たる直前、
相手がガードを解いたからだ。
「……え?」
『バシュ!』
『ぐわぁあああああ……!』
相手のキャラクターが悲鳴を上げながら倒れる。
画面には『YOU WIN!』の文字がデカデカと写し出された。
「か、勝った……」
何故ガードすれば防げたはずの攻撃を受けたのか。
相手はあまりゲームに集中できていないようだったし、入力ミスでもしたのだろう。
最初にほぼ不意打ちのような形でスタートしたため、相手が動揺してしまったのだろうか。
でも、それがなかったら、きっとやられていた。
少し卑怯な勝ち方をしてしまい申し訳ない……
(……いや、何をやってるんだ僕は。ゲームしている場合じゃないのに……)
僕が席を立とうとすると。
『ピコン』
「……?」
どうやら対戦相手にメッセージを送れる機能がついていたらしい。今の対戦相手からメッセージが来たのだ。
(そっか、お礼を言うのが礼儀かな)
僕もメッセージを打とうと、席に座り直す。
しかし、相手のメッセージを見た瞬間、僕は固まった。
【先生ですか?】
「……え?」
『先生』
さっきのスケバンの子たちも言っていたワード。
僕を他の誰かと間違えていたようだけど、まさか画面の奥にいる、お互いに顔すら合わせていない人物からも言われるとは思ってもいなかった。
僕が放心していると、さらに相手からメッセージが来た。
【いまどこ!? どこのゲームセンターにいるの!?】
口調が変わった。それほど焦っているのか、それとも近くに他の人間がいて、変わってもらったのか。
ここで居場所を言うべきか否か少し悩んだが、結局僕はここがどこなのか知らない。
答えようにも答えられない状況だった。するとまた相手からのメッセージ。
【ちょっとそこで待ってて! すぐ行くから! 絶対待ってて先生!!】
「この対戦相手は、いったい……」
対戦相手の名前を見る。
「ARIS……アリス……?」
それを最後に、時間切れになってしまったようだ。タイトル画面へと戻ってしまった。
この世界に来て、また一つ謎ができた。
今のARISという対戦相手。
そして先生という人物。
「……ARIS……そして先生……」
ここでARISを待てば、少しは謎が解けるかもしれない。
その期待を胸に、僕はこのゲームセンターの中で待つことにした。
『勝者! UZQueen!』
「うわーん! また負けたー!」
ミレニアム自治区にあるゲームセンター。格闘ゲームスペースの一角で、モモイの泣き声が響き渡った。
「なんでなんで!? とっておきのコンボ決まったのに何で負けるの!? もうイヤ!」
「う、うん。すごいコンボだったね。でも決まった後に気を抜いちゃったから……あと焦ったときのレバガチャをやめないと……」
「もう一回!」
「え、い、いや、でも……」
「お願いユズ! これで最後にするから! ほんとのほんとに最……」
困り顔をするユズに必死でおねだりをするモモイ。
あまりにも必死だから、モモイは自身の背後でめちゃくちゃ怒った顔をしているミドリの存在に気づかなかった。
「おーねーえーちゃーんー?」
「ヒッ! ど、どうしたの、ミドリ……そんな怖い顔して……」
「どうしたもこうしたもないよ! お姉ちゃんの誘いでゲームセンターに来たのはいいけど、かれこれ1時間くらいずっとユズちゃんと対戦してるじゃん!」
「い、いやだって全然勝てなくて……」
「悔しいのはわかるよ! でも2人とも、本来の目的を忘れてない?って言いたいの!」
「うぅ……わかってるよ……」
「ご、ごめんね……ミドリ……」
ゲーム開発部である4人がここに来た理由は2つ。
1つはゲーム制作に行き詰まったので、気分転換に来たということ。
でもそれはほぼ建前。行き詰まってるのは残念ながら本当だけど。
3人はこのゲームセンターに遊びに来た理由の大元へ目を向ける。
今は通路を挟んで反対側の格闘ゲームの台に座っている女の子。
「……」
「アリス……」
本当の理由。それはアリスを元気付けるためだ。
アリスは3ヶ月前から、とある事情でずっと元気がなかった。
いや、同じ事情で元気がなくなっていたのはアリスだけじゃなく、ゲーム開発部4人ともなのだが、その中でもアリスの元気のなさがダントツだった。
周りの3人が心配になるくらいに。
だから3人はゲームセンターにアリスを連れ出して、元気付けようとしたのだ。
「2人が遊んでる間、アリスちゃんはほぼずっと同じ格闘ゲームやってたんだよ。」
「え!? そうなの?」
「うん、最初は私といろんなゲームをやっていたんだけど、途中からフラフラと格闘ゲームの方に向かっていって……今はずっと同じ相手に無双しちゃってて……それも無表情のまま。」
「な、なるほど……多分作業みたいになってるのかな……?」
「わかんない……それでストレス発散できてるならいいけど、流石に相手が可哀想というか……」
「ね、ねぇアリス! ちょっと向こうでプリクラ撮ろうよ! せっかく来た記念にさ!」
「……」
「あ、アリスちゃん……?」
モモイが声をかけても返事がない。ユズが恐る恐る顔を覗き込む。
アリスは画面を見ながら放心していた。口をぽかんと開け、目を見開き、驚きの表情で固まっている。
3人が画面を見ると『YOU LOSE!』の文字。
「あ、あー……あ、アリスちゃん負け、ちゃったの……?」
「負けることなんていっぱいあるよ! 元気出してアリス!」
「そうだよ! 一度負けたくらいでそんなに落ち込んでたら、ユズちゃんに数十連敗したお姉ちゃんが恥ずかしいよ!」
「み、ミドリ……? 流石にそれは言い過ぎかなぁってお姉ちゃん思うんだけど……」
3人の声は、アリスの耳には届いていないみたい。
ずっと画面を注視して、驚きの表情が変わらない。
「あ、アリスちゃん、ほらもう終わりにして、次のところへ行こ……? 対戦相手にありがとうのメッセージを打って……」
ユズの声に、アリスはようやく両手を動かした。
おそるおそる、レバーとボタンを操作し、文字を入力していく。
しかし、アリスが打ちこんだ文は、ありがとうではなかった。
アリスが送信した文を見て、3人は驚愕した。
【先生ですか?】
「え……」
「……先……生?」
「あ、アリスちゃん……? いったいどういう……」
「間違いありません……今のアリスの対戦相手は先生でした!」
アリスのこんな大きな声を、久しぶりに聞いた。この3ヶ月間、ずっと元気がなかったアリスの顔が、生気を帯びている。
「で、でも先生は……3ヶ月前に行方不明に……」
そう。なぜアリスがこの3ヶ月間元気がなかったのか。
それはシャーレの先生が3ヶ月前に、忽然と行方を暗ませたからだ。
ゲーム開発部の恩人であり、共に過ごしてきた、大切な存在。
その先生が、何の手がかりも無しに消えてしまったのだ。
「それはわかっています! でもアリスが間違えるはずありません! 今までに1000を越える回数先生と戦ってきたからわかります! 今アリスと戦っていたのは絶対に先生です!」
「あ、アリスちゃん……」
ユズはアリスがこんなに必死なのは、今まで見たことなかった。
「あ、アリスちゃんがここまで言うなんて……ひょっとして本当に……」
「アリス! ちょっと貸して!」
モモイがレバーとボタンを急いで操作する。
【いまどこ!? どこのゲームセンターにいるの!?】
少し待つが、返事がない。メッセージを見ずに行ってしまったのか、逃げられたのか、文字を打つのに悩んでいるのか、はたまた打てない状況なのか。
「ダメだ! 返事がない!」
「お姉ちゃん! すぐにヴェリタスに電話して!」
「え!? なんで!?」
「そっか……ヴェリタスにこのゲームセンターをハッキングして貰えば、対戦記録のデータベースから、先生がどの店舗でゲームしているかわかるかも……」
「な、なるほど……でもその前に……!」
そろそろメッセージを打てる時間が終わってしまう。モモイは急いでメッセージを送った。
【ちょっとそこで待ってて! すぐ行くから! 絶対待ってて先生!!】
『うーん……事情はわかった。ゲームセンターをハッキングして、対戦相手の店舗を割り出すことは可能だよ。』
4人はヴェリタスのハレ先輩に電話をかけ、事情を説明した。
『でも君たち、そのゲームの対戦相手を見た訳でもないし、声すら聞いていないんでしょ? それで相手が先生ってわかるものなの?』
「そ、それはアリスが先生だって……」
『それにもし仮に先生だとして、どうして3ヶ月間も行方不明だった先生がゲームセンターで格闘ゲームなんかやってるの?』
「う、うぅ……それは……」
「ごもっとも……」
ハレ先輩のど正論に、モモイとユズが唸る。
『それだと色々と辻褄が合わないよ。こんなことあまり言いたくないけど……期待しないほうが……』
「アリスは行きます。」
『……アリス』
「アリスには確信があります。それにもし違ったとしても、僅かでも可能性があるなら行きたいです。」
『でも……』
「もう一度先生に会える可能性が、僅かでもあるなら。」
ハレは映像越しのアリスの瞳を見る。
アリスとは、先生が行方不明になった後も何回か会った。
でも、目に光がなくて、いろんな表情をしていた以前のアリスとは、まるで別人みたいに表情が死んでいた。
そのアリスが、瞳に僅かな光を灯しているのが、映像越しに伝わってきた。
『……わかった。それじゃあすぐに調べて位置データを送るよ。』
通話を切ると、すぐにハレからモモトークが送られてきた。
「場所は、ミレニアムの自治区の外みたい。ここから結構距離あるね。」
「うん……でも行こう。」
「ミドリ?」
「私も……先生に会いたいよ。」
「……うん。」
ミドリの表情が少し泣きそうな顔になってる。
先生が行方不明になった時、アリスを除けば1番取り乱していたのはミドリだった。
3ヶ月たった今では、無理やり感情を押し留めて、平静を装っていたけど。
かなり無理をしていたのかもしれない。
モモイはミドリを抱きしめて、頭をヨシヨシと撫でてあげる。
「そうだね……あたしも、会いたいよ。妹にこんな顔をさせる先生に、一言言いたいし。」
「……うん。」
「……よし! じゃあユズ部長!」
「う、うん! みんな行こう! 先生に会いに!」
「「「うん!(はい!)」」」
ゲーム開発部の4人は、微かな希望を胸にもち、ゲームセンターを後にした。