『ただ記憶力がいいだけ。』
心の奥底で、きっと私は、自分のことをそう評価していたのかもしれない。
他を圧倒するような戦闘力も
常に合理的な判断を下せるリーダー性も
誰もが羨むような天才的な頭脳も
私にはないから。
私よりも優れた人は、周りにはたくさんいる。
『常に冷静に大局を見ることができ、状況を分析して周りをサポートする。ノアは、凄いやつだ。』
だから、あんなにも嬉しかったのだ。
他でもない先生に、そう評価してもらったのが。
だから今回、身の丈から外れた事をしてしまった。
先生がいない今、不安なはずの皆さんを、私が支えなければと思い上がってしまった。
私の提案した作戦が失敗した時、どうしても思ってしまった。
『ヒマリ部長なら、もっと良い案を思いつけたんじゃないか』
『リオ会長がこの場にいれば、もっと合理的な解決策を導き出したのではないか』
そうすれば、もしかしたら今頃、ケセドもケテルも討伐できていたのでは
先生を、見つけることができていたのでは
ユウカちゃんも、倒れることはなかったでは
……
ユウカちゃん
そうだ。
作戦も全て、最初からヒマリ部長に任せて、裏方に徹するべきだった。
そうすれば、私の心にはもっと余裕が生まれた。
ユウカちゃんが、過労で倒れる前に気づけたはずだ。
そばにいたはずの、1番大切な人の存在を疎かにした。
ユウカちゃんが倒れたのは、私の責任。
たった1人の親友も、助けることができない。
私は、無力だ
「せん……せい……」
自らの発した彼を呼ぶ声で、私は目を覚ました。
私は知らないベッドの上にいた。
いや、何度か見たことはある。
ここはシャーレ居住区の休憩室。
先生が仕事でお疲れになった時に、よく使用していた。
そのベッドで、自分は見なれないパジャマを身に纏って寝ていた。
「「「「スー……スー……」」」」
「……?」
上半身だけ起き上がると、この部屋に複数人の寝息が聞こえるのに気がついた。
電気が消された暗い休憩室の床や、私の寝ているベッドに体を預けるようにして眠っている、小さな影たち。
「んへぇ……そこだぁ……ももいとるねーどぉ……」
「……えへへ……せんせぇ……だめです……ふふ……」
ゲーム開発部の皆さんだ。
寝言を言っているのはモモイちゃんとミドリちゃんで、ユズちゃんとアリスちゃんもいる。
「……えっ……と……」
ヘイローが消えているところから見ると、4人とも眠っている。
「……」
私は自らの置かれた状況を整理しようとした。
私はシャーレに到着して、気を失った。
だから、こうして休憩室のベッドに運ばれたのだろう。
でも、なぜゲーム開発部の皆さんがここに?
キィ……
「……!」
「あ、起きた?」
男性の声。
ゆっくりと戸を開け、部屋へ入ってきた。
ゲーム開発部の皆さんを起こさないように、少し小声で私に語りかける。
ドアの奥の部屋の光で、彼の顔が薄く照らされていた。
「……! せんせ……あ……」
暗がりの部屋では、おそらく誰もが見間違うであろうその容姿。
でも、違う。
声色も、立ち振る舞いも、その身から発せられている雰囲気も、何もかも違っていた。
この人も、私が自分のことではなく、アテム先生のことを呼んだことに気づいたのだろう。
彼は少し、困った顔をして笑った。
「ごめんね、『彼』じゃなくて。」
「し、失礼しました……え、えっと……」
「その様子を見ると、熱は少し下がったかな?」
「……熱……ですか……?」
「覚えてない? 君がここにふらふらの状態で来た時、すごい高熱だったんだよ。」
「……」
覚えていない。
覚えているのは、気を失う前に見た、この人の姿だけ。
でも、私の額に貼られている冷却シートと、身体にじっとりとまとわりついた汗が、何よりの証拠だった。
「はい、一応熱を測っておこう。」
「あ、ありがとうございます。」
「うん。お水もしっかり飲んでね。たくさん汗かいたと思うから。」
コップを受け取り、中の水を一気に飲み干す。
汗をかいたせいか、喉が渇いていた。
水を飲み終わると同時に体温計が鳴る。
体温を見ると、36.5℃だった。
「よかった。熱は下がったね。でも一時的なものかもしれないし、『今日』はもうこのまま寝よう。」
「……!」
彼の言葉に、私はハッとする。
『今日』
今の時刻は?
朝の7時には作戦が決行される。
まだ窓の外は暗いし、朝ではないことは確かだが。
私は壁にかけてあった時計を見る。
時刻は3時になろうとしているところだった。
「……」
作戦決行まで、後4時間。
「あ、でも汗かいてるか。今、着替えとタオル持ってくるね。」
『クィッ』
部屋の外へ出ようとする彼の服の袖を、私は掴んだ。
「……? ど、どうしたの?」
「……先生。こんな夜分遅くに訪ねてしまった無礼、深く謝罪すると共に、介抱していただいた恩、本当に感謝申し上げます。私がここに来たのは、先生に……お頼みしたいことがあったからです。」
先生ははじめこそは驚きこそしていたが、私の瞳をじっと見つめると、徐々に顔つきが真剣なものに変わってきた。
「……わかった。事情を説明してくれるかな?」
先生が頷き、私たちはゲーム開発部の皆さんを起こさないように、休憩室を後にした。
案内された、シャーレの執務室
私はソファに座り、先生は椅子を持ってきて対面に座った。
軽く自己紹介を交わした後
私は全てを話した。
今現在ミレニアムで起こっている出来事について。
全てのことを。
「……そっか……ミレニアムではそんな事態になっていたんだね。」
話が長くなってしまったが、先生は黙って聞いてくれた。
「今僕の元にいろんな学校から『一度訪ねて欲しい』ってメールが来ててね。たしかミレニアムからも来ていたよ。」
「……! そう、だったのですね……」
「うん、確か内容は……」
先生は席を立ち、パソコンの前へ移動して操作する。
机の上を見ると、書類の山が高く積み上げられて置かれていた。
どうみても1人でこなせる量の仕事ではない。
「……」
アテム先生がいなくなった後の書類を、1人で……
「差出人は、『明星ヒマリ』さんだね。」
「……やはりそうですか……ヒマリ部長が……」
「うん。でもいまノアが話してくれたような詳しいことは何も書かれていないな……ただ時間ができたらミレニアムに来て欲しいというだけで……多分気を使ってくれたのかな? 僕がこのキヴォトスに来てまだ1週間も経ってないから、ゴタゴタしてるって思って……机の上もこんな感じだし……」
確かに、それはありえる。
ヒマリ先輩の実力なら、先生のパソコンにハッキングすることなど造作もないだろう。
そこで遊戯先生の業務内容や、今の仕事の溜まり具合を確認し、ほとんど諦め気味で、メールを送ったのかもしれない。
「……」
でも、幸いにも今、私は先生にメールではなく、直接お願いすることできる。
どれだけ頭を下げようとも
絶対に、シャーレの先生の助けが欲しい。
「ノアがここに訪ねて来なかったら、今日の早朝にそんな大きな戦闘が行われるなんて知り得なかったよ。」
「……はい、ですので先生、どう、か……」
『断られたら?』
「……ぁ、」
「……? ノア?」
「あ……は、え、と……す、すいませ……」
言いようのない不安が、私の心を襲った。
どうした?
こういったお願い事や交渉は、得意なはずではなかったか?
なぜ、言葉がうまく出てこない
『断られたらどうする?』
心の中で、誰かが囁いた。
決まってる
交渉するんだ
『あなたが?』
そう
こういう交渉は得意だから
相手の心理を読んで
推し量って
『親友の体調の変化にも気付けなかったくせに?』
「ぁ……」
『今回の件で、学んだでしょう。あなたには、先生が言っていたような力は無い。』
『ここでシャーレの先生の力を借りれなければ、ミレニアムの力のみで解決するしかない。』
『でも、解決できるのでしょうか? ミレニアムの皆さんはまだ、あなたの提案した作戦を進めているけれど……』
『シャーレや連邦生徒会が協力してくれさえすれば、どうにかなるかもしれませんね。でも……』
『断られたら、もう終わり。』
終わり
「ハッ……! ハァッ……!」
「……! ノア!? 大丈夫!?」
断られたら
もう終わり
ユウカちゃんも
先生も
戻ってこない
「ハッ! ハッ! ハァ! ァッ!」
頭痛
吐き気
眩暈
胸が痛い
一人
嫌だ
イヤ
いやいやいや
もう、耐えきれない
「お、お願いします……」
「……!!」
気付けば、私の膝と、両手と、額は、床についていた。
「私にできる事は、なんでもします……だ、だから……」
もう、なんでもいい……
この苦しみから
解放されたい
「助けてください……」
「……」
身体が、震える。
背中に彼の視線が突き刺さる。
何秒か何分か
何時間か
死刑執行を待つ罪人のような
永遠の時に感じる時間が流れた。
「ノア。」
『ビグッ!!』
身体が跳ねる。
やめて
お願い
お願いお願いお願いお願いお願い
彼の手が、丸まった私の背中に触れた。
「ここでは、もう、無理をしなくていいんだよ?」
「……ぇ……?」
彼の言葉に私は、顔を上げた。
「ここには今、僕と君しかいない。」
彼は、慈しむように、安心させるように、私に向かって、微笑んだ。
「強くあろうとしなくていいんだ。」
彼の瞳は、信じられないくらいの、優しさで溢れていた。
「わた、しは……」
「甘えていいんだ。君はまだ生徒で、子どもで、僕は先生で、大人なんだから。」
その優しさに触れると
心のうちにあった、不安や恐怖が、消え去っていった。
「一所懸命頑張ったね。」
「……ぁ」
その一言で
私の心の中で、張りつめていたものが
一気に、解けた。
「う、うあぁああああ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーー!!!!!!!!!」
私は、先生の胸に縋り付いた。
辛かったものが、苦しかったものが
胸の中に溜まって、濁って、渦を巻いていたものを
全て、吐き出した。
「わた、し、だって……ひっひっしに、がんばったんです……! あのじっ、じかん、取りもどぉ、もどしたくて……!」
「うん。」
先生はちゃんと話せない私を安心させるように、そっと背中を撫でてくれた。
「先生に、言われたから、ノアは、すごいって、だからわた、わたし、いっぱッ、いっぱいッがんばろうと、したんです……!」
「そっか……とってもえらいね。アテムの期待に応えたくて、たくさん頑張ったんだね。」
がんばったんだ
わたしは、自分の全てをかけて戦った。
「でも、ダメだっ、たんです……」
でも、私は、間違えてしまった。
私の力なんて、信用してはダメだった。
「先生が言ってたような力は、私にはない……私には……な、なにも……」
「それは違うよ。」
「……!」
『なにも、できなかった。』
その言葉を言わせまいと
彼は言葉を発した。
「ユウカが倒れるまで頑張っていたのは、そして、ミレニアムにいる子たちが、ノアが提案した作戦を今なお続けているのは、『君の作戦に可能性を感じている』からだ。それは紛れもない、ノア自身の力だよ。」
「……!」
「わかるだろう、ミレニアムにいる子達は、それだけ君のことを評価しているんだ。だからきっと、アテムが君に下した評価も、間違いじゃないと思うんだ。」
「で、でも……その作戦が成功しなければ……ミレニアムも、皆さんも……」
「……そうだよね。だから……」
「僕が力になるよ。」
「……ぁ」
その言葉で
「アテムが君に言ったことは間違いなんかじゃない。君が今まで頑張ってきたことも、決して無意味なんかじゃない。」
胸の奥のなにかが、溶けていくのを感じた。
「アテムが君に下した評価が間違いじゃなかったって、証明しよう。」
「……」
私は、アテム先生の言葉を思い出していた。
『俺の優しさは、ある奴の受け売りだ。』
この人だ
彼が言っていたのは
『太陽』のような光
あったかい……
私は、もう一度彼の胸で泣いた。
雨は、いつの間にか上がっていた。
お久しぶりです
ノア編が終わるまで、6時間毎に最新話投稿していきます。
次の話は6時です。少々お待ちを〜