「ごめんね、せっかく寝ていたのに起こしちゃって。」
「全然! この時間帯に起きてることなんてザラにあるし! ゲーム開発部を舐めちゃいけないよ!」
「徹夜でゲームしてることをそんな威張ってもしょうがないよお姉ちゃん……ふぁ……」
ゲーム開発部のみんなは、そうは言っているが、少し眠そうな顔を擦っている。
「でもミレニアムが今大変ってことは知ってたけど……まさかユウカが倒れて、ノア先輩まであんな状態だったなんて……」
「みんなも、やっぱり多少は知ってたんだ。」
「うん、だからさっき先生がどこの学園を尋ねようか悩んでいるって言ってた時、チャンスだって思ったの。先生なら、今大変なミレニアムを助けられるんじゃないかって。」
「……そっか。モモイはいい子だね。」
「え、えへへ……」
モモイの頭を撫でると、嬉しそうに笑う。
『ガチャ』
「せんせー! 言われた通り、着替えをシャワー室の前へ置いてきたよ!」
「ありがとうミカ。」
ノアには今シャワーを浴びてもらっている。
汗をかいた体を洗い流すために。
しかし、ノアの制服は雨でずぶ濡れで、今乾かしている最中なため、ミカのパジャマを貸してあげることになった。
先ほどノアが着ていたパジャマも、ミカのものだ。
ノアの制服はここを出る頃には、おそらく乾いているだろう。
「……」
ゲーム開発部とミカには、今ノアから聞いた話を全て伝えた。
でも、『先程のノアの様子』については話していない。
ノアが高熱でうなされていた時、ゲーム開発部の子達から、ノアがどんな子なのか、話は聞いていた。
『頼れる優しいお姉さんって感じ!』
『でも、その……少し悪戯好きで、時々先生を困らせたりしてたこともありますけど……』
『ど、どんな時も余裕があって、笑顔で、よく周りを見ていてくれてます!』
『……とっても、いい方です。アリスも、なんども助けていただきました。』
アテムが残してくれた生徒要録にも、同じようなことが書いてあった。
なんとなく想像できる、普段のノアの姿を。
周りの人から信頼され、頼りにされ
常に笑顔で他人をサポートし、自らの仕事をこなす。
そんな『彼女の心』が、あれだけ衰弱していた。
土下座し
怯え
震え
縋りつき
泣き喚いた。
事情も何も知らぬ心無い者が見れば、醜態にも見て取れる行動。
恥も、尊厳も
何もかもを捨てて
僕に助けを求め
その心は、痛いくらいに叫んでいた。
「……」
それくらい、彼女にとっては辛かったんだ。
アテムと、親友と、共に過ごした時間を失ったこと。
親友の体調に気が付かなかったこと。
そのほか様々な要素がノアの身体に降り注ぎ。
耐えきれなくなってしまったんだ。
「ねぇ、みんな。」
ノアは自分の全てを曝け出して、僕に助けを求めた。
だからこそ
「僕は、ノアの力になりたい。でも僕だけの力じゃ、きっとミレニアムの問題を解決できないと思う。だから、君たちにも力を貸して欲しいんだ。お願いしてもいいかな?」
「もちろん! 私たちも頑張るよッ! ミレニアムは私たちの学校だもん!」
元気よく頷いてくれたモモイの横で、ユズとミドリが顔を見合わせた。
「わ、私たちも……で、でも……」
「一つだけ、ほんの少し気になることが……」
「……」
ユズとミドリがアリスに目を向ける。
アリスは、俯いて少し困った顔をしていた。
さっきから、ノアが来たときから、アリスの様子がおかしい。
どこか、元気がないような。
というより、少し後ろめたさを感じているような。
そんな感じだ。
「え? アリスどうしたの? なんかあったっけ?」
「ほらお姉ちゃん、その作戦ってもちろんC&Cも参加してるから……」
「あ、あー……」
「……? どういうこと?」
「C&Cって、ミレニアムの武力組織だよね? それがアリスちゃんとなにかあったの?」
僕とミカの問いにミドリが答える。
「えっと、そのC&Cにネル先輩っていう先輩がいるんですけど、その方とアリスちゃん、ちょっと喧嘩中で……」
「け、喧嘩?」
「け、喧嘩というか……ね、ネル先輩が一方的に怒ってるというか……」
「そうそう。先生もミカも『たかが喧嘩』って思うかもしれないけど、一回周りを巻き込むような激しいものがあって……」
「えっと、アリスちゃん、先生たちに話していい?」
「……いいえ、ありがとうございます。大丈夫ですミドリ。アリスが、自分で話します。」
アリスは僕とミカに向き直った。
「……ずっと前から、アリスはネル先輩に作戦に参加してほしいと頼まれていたんです。でも、アリスはずっと拒み続けてました。」
その日は久々に、ゲーム開発部の中で、アリスだけ授業がない時間だった。
ユズは部室でリモート授業を受けていて。
モモイとミドリの2人は授業が終わった後、購買へ向かうために廊下を歩いていた。
ゲーム開発部の部室で食べるお昼ご飯を買うためだ。
『いやーようやく終わったねー……お腹ぺこぺこだよー!』
『お姉ちゃんほとんど寝てたじゃん……アリスちゃんにはもう連絡した?』
『うん、先に購買行ってユズと自分のご飯買っててってモモトーク送ったけ……ど……?』
ザワザワ
あと数メートル先にある購買の入り口に目を向けて、モモイの言葉が詰まる。
購買の入り口に、人だかり
まるで何か中で事件があって、入りたくても入れないような。
そんな感じ。
『な、なんか購買の方が騒がしいけど、大丈夫かな?』
『お、お姉ちゃん……なんか嫌な予感が……』
ドガァアアアアアアンッ!!!!
突如として、購買の入り口横の壁が破壊された。
『うわぁ!!』
『な、なに!?』
ガシャンッ!!
購買の壁とは廊下を挟んで対面にあるガラス窓に何かがぶつかり、ヒビが入る。
『……』
『……って!? あ、アリス!?』
『アリスちゃん!?』
吹き飛んできた物体はアリスだった。
口の中が切れたのか、端から血を流して
でも何も感じていないのか
その瞳は虚空を見つめていた。
『あ、アリス!? いったいどうしたの!?』
『お、お姉ちゃん……あれ……』
そんな中、壁が破壊されたことによって発生した粉塵の中から、小さな影がこちらに歩いてきた。
『……』
『ね、ネル先輩!?』
周りのミレニアム生の悲鳴が聞こえる。
『C&Cの美甘ネルが暴れてるッ!』
『誰か止めなよッ!』
『いや無理だよあんなの止めるなんて!』
『誰かセミナーかC&Cの他の部員を呼んできてッ!』
悲鳴と喧騒の中、吹き飛ばされた無表情なアリスを、瓦礫の上に立つネルが見据えた。
『おいチビ。』
『……』
無言のままのアリスに、ネルが近づく。
『ね、ネル先輩……!? ちょ、ちょっと待って!』
『いったいどうしたんですか!?』
『どけ』
『『……!!』』
止めに入ったモモイとミドリに、たった一言だけ。
しかし、今にも誰かを殺してしまいそうな瞳は、2人を震え上がらせるには十分だった。
ネルは止める2人を無視して、今もまだガラス窓に寄りかかって座っているアリスの前に立つ。
『何だその面は?』
『……』
ネルを見ているようで、見ていない。
まるで、アリスの心の中にいる『もう一つの魂』のような
そんな表情。
『……てめぇ……!』
響かない。
打っても叩いても
吹き飛ばしても
ずっと変わらないアリスの表情
そんなアリスに、ネルは怒りを露わにし
アリスの胸ぐらを掴んだ。
『いつまで塞ぎ込んでやがんだ!!』
ずっとずっと、アテムがいなくなってから、アリスは塞ぎ込んでいた。
『もうやめて下さい! ネル先輩ッ!』
『そ、そうだよ! アリスだって……アリスだってッ! 先生がいなくなって辛いんだよッ!』
『あたしだってそうだッ!』
『……!』
『ならなんで探さねぇ!! どうして見つけ出そうとしねぇんだ!!』
『そ、それは……』
『今、お前の力が必要だって言ってんだよッ!』
そんなアリスに、ネルはずっと作戦に参加することを薦めていた。
『先生がいなくなって、もうだいぶ日数が経っちまった。他の奴らも、ウチの部の奴らも、みんなみんな、先生を心配して、探してんだよ……!!』
アテムがいなくなったことと、ケテルとケセドの力の増幅。
この2つには何かしらの因果関係があると、作戦に参加していた誰もが予想していたから。
もしかしたら、アテムは廃墟にいるかもしれない。
その思いで、ネルたちは今頑張っている。
『つれぇのがテメェ1人だけだと思ってんじゃねぇぞッ!! 気持ちはみんな同じなんだッ!!』
『アリスも、探しに行きたいです……』
『……!』
久しぶりに、アリスの声を聞いたような気がした。
ネルはもちろん
モモイも、ミドリも
ネルの言葉が、アリスの心の内に、少しだけ響いた。
『なら……!』
『でも……』
ずっと、無表情だったアリスの表情が、変わった。
『でも、でも……身体が、動かないんです……』
悲しみの表情。
『廃墟に、先生がいるかもしれない……でも、もし、発見できなかったら……』
瞳からは涙が滲み
『そう考えると、アリスの身体は、真実を知ることを拒否してしまうんです……』
唇は静かに震えていた。
『大切な人を失って……それでも前に進むということが、こんなにも耐え難いことだったなんて、アリスは知りませんでした。』
ネルに胸ぐらを掴まれながら、アリスは項垂れるように俯いた。
『アリスには……前に進む勇気が、ありません……』
『お前……!』
ネルが思わず、アリスの前で拳を固めた、その時
アリスが発した呟きを、ネルは耳にした。
『……先生がいない……』
こんな、世界なんて
【王女】
『……!』
ネルがアリスを離して距離をとり、アリスは、ハッとしたように首を左右に振った。
目の前のアリスに変化は何もないが、ネルはアリスの心のうちの黒い何かを感じ取った。
『だから、ここで腐っていようってか……?』
それでも、ネルは臆さずアリスに呼びかける。
『ふざけんじゃねぇぞッ!! そんなに先生が大切なら、自分の全てを賭けてでも見つけようとしてみやがれッ!!』
『……』
『部長ッ!』
駆けつけたアカネが、ネルを抱きしめるようにして止める。
それと同時に、アスナとカリンも騒ぎを聞いて駆けつけてきた。
『……ッ! クソがッ!』
ネルはアカネを振り解き、その場を後にした。
『……ごめんなさい……』
アリスの声は、ネルの耳には届かなかった。
「……そっか……そんなことがあったんだね。」
「はい……でも、大丈夫です。少し、ネル先輩と会った時に、どんな顔をすれば良いかわからなくなってしまっただけで……もちろんアリスも、作戦に参加します。」
「アリス……」
「アリスは、長い間いろんな人に心配かけてしまいました。ゲーム開発部の仲間にも、ヴェリタスにも、エンジニア部にも、そして……ネル先輩にも。だから、今度はアリスが皆さんを助ける番です。」
顔を上げて、僕にそう宣言したアリス。でもその顔にはまだ少しだけ、不安の色が残っていた。
「わかるよ。」
「……!」
ミカの声に、アリスは顔を向けた。
「そのネル先輩って人、友達なんでしょ?」
「はい……」
「友達と喧嘩したあとだと、会うのがとっても辛いよね。よく、わかるよ。」
ミカはアリスのことをそっと抱きしめてあげた。
母が娘を安心させるように、頭を優しく撫でながらミカは語りかける。
「仲直りしようと思っても、うまくいかないかもしれないよね。ほら、人間って精神的にちょっと不安定な時とかあるからさ? そういう時だとちょっとまた嫌なこと言われたり、逆に言っちゃったりとかしちゃってさ……」
ミカは思い出すように目をつぶり、少しだけ笑った。
「でもね、会って話さなきゃ、始まらないんだよ。アリスちゃんが元の関係に戻りたいって願うなら、会って話さなきゃ。アリスちゃんの気持ちを。」
「アリスの、気持ちを……」
「うん、アリスちゃんは、どうしたいの?」
「ど、どうって……」
「ネル先輩と、この先どうなりたいの?」
「……アリスは……」
最初は、怖かった。
いきなり勝負を申し込まれて
痛い思いもした。
でも、一緒にゲームをするようになって
少しずつ
恐る恐る
気持ちを通わせていった。
アリスは忘れない
アリスがリオ会長に連れ去られた時
心の中で見ていた、要塞都市エリドゥの戦い。
その中で傷だらけになって、立ち上がれないほどボロボロになってまで、アリスを助け出すために戦い抜いた、その姿。
アリスのために、文字通り命がけで、助けてくれた。
「仲直りしたいです……」
大切な、友達。
「今までのことをちゃんと謝って、また、ネル先輩と笑顔でゲームしたいです!」
「うん。そうだよね。」
ミカはアリスの顔を両手で包み込み、その瞳に浮かぶ涙を指で拭ってあげた。
「不安かもしれないけど、アリスちゃんは私と違って心がキレイだからさ。心の底から気持ちを伝えれば、きっとうまくいくよ。」
「ミカ……」
「ミレニアムを救うことも大切だけど、大事な友達と仲直りするのも同じくらいの大切だから、その2つがクエストだよ。勇者のアリスちゃんなら、きっとクリアできるよ。私が保証するから。だから、頑張っておいで」
「……はい……!」
ミカの激励の言葉に、アリスは強く頷いた。
その瞳からは不安は消え
強い光が宿っていた。
「お待たせしました。」
シャワーを浴び終わったノアが戻ってきた。
「ありがとうございます、ミカさん。パジャマをもう1着貸していただいて……」
「そんな気にしないでよ! ツクヨたちと一緒に写真撮った仲じゃん!」
意外だったことに、ノアとミカは前から交友関係があったようだ。
ともに他校の生徒と写真を撮ったことがあるらしい。
「ゲーム開発部の皆さんも……ありがとうございます。私の看病をしてくださったんですよね?」
「ううん! 大丈夫だよ!」
「こちらこそすいません……今までミレニアムが大変な時に、作戦に参加できなくて……」
「わ、私たちも、あ、朝の作戦に参加しますから……!」
「……! でも、アリスちゃんは、もう大丈夫なのですか?」
「はい。もう、アリスは大丈夫です。ごめんなさい、ノア先輩にも、心配をかけてしまって……」
「……わかりました。強いですね♪アリスちゃんは……皆さんが力を貸してくださるのであれば、百人力です。」
ノアは時計を見る。時刻は4時を過ぎていた。
「時間はありません。残された時間は後3時間……しかし、色々と準備もしたいので、ここで話せる時間は残り1時間とみていいでしょう。この1時間が勝負です。」
ノアは僕に向き直った。
「遊戯先生、あなたはアテム先生と同じように、M&Wのカードの力を使えるのですよね?」
「うん、そうだよ。」
「少しだけ、デッキのカードを私に見せていただけませんか? どのような能力なのか把握したいので」
「え? う、うん。わかった。」
僕がデッキをノアに渡すと、ノアはデッキの束を手元で開き、全てのカードをすごい速さで確認していった。
「……ありがとうございます。把握できました。」
「……え!? 今ので!?」
ノアにデッキを返される。
カードを見ていた時間はおよそ10秒ほど。
その時間で40枚以上のカードを効果も含めて全て記憶した……?
「……我々も含めたこちらの戦力、ケセド、ケテル、先生のカード……」
ノアは少しの間目を瞑り、ゆっくりと、目を開いた。
「……できました。私の考えている作戦を、全てお話しいたします。」