「これは……」
僕は眩暈がしていた。
初めて訪れたシャーレのオフィス。
本日からここで先生として仕事をするのだと意気揚々とオフィスの扉を開けた。
しかし、僕を待っていたのは、机に積まれた山だった。
書類の山。
それも凄まじい量の。
まさかと思って何枚か確認してみると、どれもこれもシャーレが処理しなければならない文書のようだった。
「ウソでしょ……? この量を1人で……?」
もう1人の僕がいなくなってから、連邦生徒会が手分けして書類や依頼を片付けてくれていたそうだが。
それでもやはり、捌ききれない書類が少しずつ溜まっていき、今のこのオフィスの惨状となっている。
こんな量の書類を、以前はもう1人の僕が1人でやっていたとは……
ひょっとしてだけど、すごいブラックなんじゃないか? シャーレって……
『もう1人の僕が失踪した理由が、実はシャーレの仕事から逃げ出したかったからです。』って言われても、少しだけ納得するレベルだ。
いや、もう1人の僕を知る人間からしたら、そんな理由で彼が失踪することはあり得ないとわかるけれど。
「どうしよう……」
『ピコン』
「……?」
突如震える携帯電話。
『勇者よ……このモモトークを見たら『今日は暇だなー』と返信するのだ……』
「……? モモイ?」
モモイからの意味不明なモモトークだ。
いきなりなんだろう?
とりあえずモモイの言う通り返事をしてみた。
『今日は暇だなー』
『おお! 素直だね!』
『いきなりどうしたの?』
『いや、もし先生が暇だったら、キヴォトスを案内してあげようってゲーム開発部で話し合ってたの!』
「……なるほど。」
携帯の画面から目を離し、現実へと目を向ける。
変わらず積まれている書類の山。
暇か暇じゃないかと言われれば間違いなく暇じゃない。
しかし、呆然としていたところへ来たゲーム開発部からのお誘い。
絶望の中で囁かれた甘い誘惑。
「……これもゲーム開発部からの依頼という事で、うん、そうしよう。」
僕は半ば現実から目を背け、返事をした。
『ぜひ行こう!』
『やった!』
『すぐにゲーム開発部の部室に向かうね。』
『あ、ううん! 実は私たち、ちょっと用事があってシャーレの近くまで来てるの! だから私たちが迎えに行くよ!』
『そうなの? じゃあ申し訳ないけどお願いしようかな。』
『うん! 少し待っててね!』
「さて……」
僕は携帯電話をポケットにしまい、書類の山を尻目にオフィスを出ようとした時
「……ん?」
机の上の、表紙に付箋が貼ってある一冊のノートが目に入った。
『アテム先生がいなくなる前に、貴方に残していたものです。きっと、今後キヴォトスで活動する中でお役に立つはずですので、ぜひ目を通してください。七神リン』
もう1人の僕が……?
僕はノートの表紙を開く。
「これは……」
僕は結局ゲーム開発部が迎えに来るまで、ずっとそのノートを読んでいた。
「今日はありがと! 先生! いきなり誘ったのに時間つくってもらっちゃって!」
僕は今、ゲーム開発部のみんなと、シャーレのオフィスの前から出ているバスに乗り、最寄りの地下鉄へと向かっていた。
「僕のほうこそ、案内してもらうのに、わざわざ迎えに来てもらってごめんね。」
「い、いいえ……こ、ここからミレニアムまで行くのも、案内のうち、ですから。」
「その通りです。先生はまだキヴォトスにおいてビギナーも同然です。ここはプロであるアリスたちが優しく教えてあげます!」
「プロって言ってもミレニアム自治区くらいしか詳しく案内できないけど……」
「ううん、それでもありがたいよ。今日はよろしくね。」
「はい! アリスたちに任せてください!」
(本当は遊んでいる場合じゃないんだけど……)
ゲーム開発部の誘いに乗ったはいいものの、結局後回しにしていることには変わりない。
「うーん……」
「?? どうしました? 先生。」
「あ、ううん、なんでもないよ。気にしないでミドリ。」
「?? はい……」
いけない。
この子達の前で難しい顔をしていたら心配させてしまう。
とりあえずあの書類のことは一旦忘れよう。
今日はせっかく生徒たちが僕のために案内してくれるというのだ。
精一杯楽しもう。
「それにしても……」
僕は少女たちが大事そうに背負っているものに目を向ける。
「本当に武器を持っていくんだね。」
それは、彼女たちが持っている銃。
それぞれ個性が出るように、可愛くデコレーションされてはいるけど、それでも質感が明らかにモデルガンとは違う。
ライフルやグレネードランチャー。
実物を見るのは初めての代物ばかりだ。
「それはそうだよ! いざという時に自分の身を守らなきゃいけないからね!」
「不良生徒が銃を乱射して暴れるなんて、キヴォトスでは日常茶飯事ですから。そういう時のためです。」
「……そっかぁ。」
リンから聞いていたけど、本当にすごい場所だなここは……
童実野町も治安が良いわけじゃなかったけど。
「安心してください。ミレニアムの自治区は他のところよりもまだ平和な方ですから。」
「それにもし何かクエストが発生しましたら、アリスたちが先生を守ってみせます。」
……心強い。
リンから聞いた話だと、このキヴォトスの生徒たちは銃で撃たれても多少怪我をする程度で、致命傷にはならないそうだ。
でも僕は1発当たるだけでも命に関わる。
成人男性が女子高生に守ってもらう図はなんとも情けないような気がするが、実際に戦いになったら、そうも言ってられない。
「いや、まぁモモイとミドリの銃とか、ユズのグレネードランチャーはまだわかるんだけど……」
僕は4人の武器で明らかに異彩を放っている物に目を向ける。
「アリスのそれは……」
「ほほぉ、アリスの武器に目をつけるとは、其方はお目が高いな。」
アリスが嬉しそうに笑う。
いや、目をつけると言うか目を引くだけど……
「これはミレニアムのエンジニア部が宇宙戦艦に搭載すべくロマンをかけて作り上げた、勇者の証……」
「違う世界観だね急に。」
「光の剣! スーパーノヴァです!」
「れ、レールガンと呼ばれるものです。ご、ご存知ですか?」
「レールガン……」
名前は聞いたことある。詳しくは知らないけど凄い威力のビーム砲みたいなものかな……?
「威力はどのくらいなの?」
「攻撃力ですか……あ、このスーパーノヴァの力で、一度だけシャーレのオフィスの屋根が吹き飛んだことがあります。」
「……へ、へぇ。」
決めた。
これからアリスだけは怒らせないようにしよう。
味方でいる分にはとてつもなく頼もしいのは事実だ。
「それで、まだアリスたちは最初の目的地を決めていません。どこにいきますか?」
「え、えっと、そうだね……そういえばまだ、話し合ってなかったね……」
「あ、じゃあゲームショップに行こう! 最近新作が出たし、ちょうど買いたかったんだ!」
「もう、お姉ちゃん。今日は遊戯先生の案内でしょ? まずは遊戯先生にどんなところに行きたいか聞かないと。」
「うーん……でも僕はこの世界に何があるか知らないし、ゲームショップで大丈夫だよ。この世界にどんなゲームが置いてあるか気になるしね。」
残念ながらお金はないから買えないけれど
「やったー! じゃあさ! 先生も含めてみんなでできそうなゲームを買おうよ!」
「アリスも賛成です! 先生はどんなゲームが好きなのですか?」
「ゲームなら全部好きだよ。レトロゲームももちろん、ボードゲーム、アナログゲーム……でも一番好きなゲームはカードゲームかな」
「カードゲーム……? あ! それってもしかして『M&W』でしょ?」
「……! 知ってるの?」
モモイの口からM&Wの名が出てきて驚いた。
「はい。アテム先生がいつも大切そうに持っていましたから。」
「……そっか。」
「き、キヴォトスにはないカードでしたけど……よく見せてもらったりしたよね……?」
「はい! アリスは『カオス・ソルジャー』が勇者っぽくて一番好きです! 遊戯先生も持ってるんですか?」
「うん、今も持ってるよ。ほら。」
僕は腰のベルトのデッキケースからカードを取り出し、みんなに見せた。
「すごい! 見てもいい!?」
「もちろんいいよ。」
「あ! ブラックマジシャンです!」
「わーほんとだ! 久しぶりに見たけどかっこいい!」
「でもアテム先生のと、絵柄が違うね。色も……」
「……」
僕は自然と笑みが溢れた。
それは大好きなM&Wで盛り上がってくれているからということもあるけど。
なにより
(彼は、この世界に来てもまだ、大切に持っていたんだ。)
その事実が何より嬉しかった。
僕と彼と、たくさんの仲間の大切な思い出が詰まったカードゲームだったから。
カードを見て喜んでいる少女たちを微笑ましく見守りながら
僕は視線を窓の外へと移した。
「……?」
そして僕は、窓の奥の歩道に立っている女性に目を奪われた。
天使。
一目見た感想はそれだった。
白い衣装を見に纏い、背に翼を靡かせた少女。
腰まで靡かせた桃色の髪
そして彼女の髪と一部同じ色をしたヘイローが渦を巻いている。
彼女はこっちに向かって口を動かした。
声は聞こえないけど、
何故か、意味がわかった。
(見ーつけた)
彼女は銃を構えていた。