命をォォォォオ燃やせェェェェェエ!!!(ガチ) 作:ツーカーさん
さぁて、大変なことになったな。
精々見知らぬ女が出歩いていると噂になるくらいだと思っていたが…俺の妻にまで話が昇華するとは思いもしなかった。
アホだな俺。
「俺の夫の認識を誤っていた…」
ナターシャ程薬師の事を話した人物もいなかったので話が飛躍したんだろう。
薬師が金髪だと他の子達にも言っておけば良かった…そうすれば間違った情報も多少は食い止められただろう。図体が俺よりもデカイという情報だけなぜ広まったのか…尻に敷かれるタイプだと揶揄されてその先入観が先走った結果か?
まあ、広まってしまったものは仕方ない。誤解を解くのは簡単とはいえ、一々性転換を見せるのも手間だし、見せてる間に噂が変な形で歪になりそうだ。余計な事をして副次的な惨事を増やすよりは、噂が広まり切るのを待ち、全く新しい噂に上書きする方が良いだろう。
例えば、2週間後に俺が男の状態で妻は既に帰った。と言えば、ベロブルグの人々は信じてくれるだろう。短命種の感覚に合わせるのはまだ不慣れだが本当に2週間ほどで良いだろうか……まあ、その時になったら考えよう。
あれからナターシャは目覚めており、今もまだ俺の家で過ごしている。混乱は大分治ったようだが、少し俺との距離感を測りかねているようだ。無理もない。今はゆっくり彼女との対話をしていこう。
「蚩尤先生、一つ質問してもよろしいですか?」
「ああ、いいぞ」
「何故、私に女である事を隠していたのですか?」
「隠していたわけではない。単に言う必要がなかった。俺は性転換をせずこのベロブルグで滞在する気だった」
「…どうして、性転換をしないで過ごすつもりだったんですか?」
「これも薬師の所為だとでも言うべきか…俺と薬師は500年単位で雌雄を交代して過ごしている。これはアイツからの提案でどちらの姿の俺も愛したいと言っていた。だが、たった数年では愛が満たされない為500年の期限がついた。まあ、ここ1500年の間は薬師と別れていたので随分とアバウトな基準なって、長期間のスパンで入れ替わったり、短期間の間に何度も変わることもあった。まあ、要するに気分だ。この星では、余計な混乱を齎さないというのもあったが…まあ、それも君の質問から瓦解した」
「私を言い訳にされたら堪ったものじゃないですよ…神様との約束を破って大丈夫なんですか?」
「心配ない。元々、俺と薬師が愛し合うために設けた期間に過ぎないし、今の俺と薬師は離れている。どの状態でいようが俺の勝手だろう。それに、再会する時にもう一度女に戻ればいいしな」
「…そうですか。薬師さんは何故蚩尤先生を男に?」
「さあな、そればっかりは分からん。『愛』と一言に語っていた…恐らく、どんな姿の俺も愛したかったのだろう。歪んだ愛情だ」
「それすらも貴女は許すんですね」
「…アイツの『伴侶』だからな。どんな歪んだ愛でも受け止め、愛すのが俺のやり方だ」
「因みに、『俺』という一人称は女の時からですか?」
「そうだな。
「たしか?覚えていないんですか?」
「まあ、薬師に触れる前までのことは流石に覚えとらん」
一通り話すとナターシャは額に手を当て、なにかを悩みながら考えているようだ。
俺はその間、ゆっくりと視線を外し、外の様子を眺めていた。
人通りは少なく、下層部らしいと言えば良いか…とろんとした時間が流れている。地下であるが故の暗さが時間の流れを錯覚させているのかもしれない。
秒針の刻む音を数えるのも億劫になる程時間が経った頃。
淹れたコーヒーの湯気は消え去り、唇に感じる熱さも気にしなくなった。
苦味と酸味、そして少量の甘味を交え小さな至福を味わっていると、唐突にナターシャの口が動いた。
「蚩尤先生、好きです」
……今か。
茶化す訳にもいかず、そっとコーヒーカップを置き、ナターシャの目を見る。覚悟が決まった目だ。好ましいと感じる。
彼女が何故、どういった考えを持って今告白したのかは分からない。だが、その時が来たんだろう。
「驚かないんですね。こちらは谷に身投げする覚悟で言ったのに」
「十分、驚いているさ」
「そうは見えませんね。…どうせ、蚩尤先生のことですから、私の心を見たんでしょう?」
「見るというよりも、読むと言ったほうが正しい」
「否定しないんですね」
「ここで偽ると君は納得しないだろう。君のその心に誠心誠意応えるのがこちらの筋だ」
「それで、お返事は?」
「駄目に決まっているだろう」
「……ッ…!。……なぜか、お話を聞いてもよろしいですか?」
「理由その一。俺は既に薬師と結婚している。理由その二。君と俺は教師と生徒だ。例え、君が卒業しようとも、それが事実だった事は変わらない。理由その三。君を置いて行きたくない」
「………ッッ」
三つ目の理由が一番響いていそうだ。ナターシャ自身、それを一番分かっているだろう。
「分かってはいたんです…。私は精々生きて80年。どう頑張ってもそれ以上の長生きは出来ない…。私は貴女を置いて逝ってしまう。例え、私のこの気持ちを望む形で叶えられたとしても、貴女に深い傷を残してしまう。貴女は、優しい人だから」
悲痛な表情でそう言い淀むナターシャ。
追撃をかけるわけではないが…いや、いずれにしろ酷な話だ。
もう一つの理由…最も懸念している事を話そうと声をかけた。
「……もう一つ理由があるが、聞きたいか?」
「…聞かせてください」
「君の存在が薬師にバレれば、薬師は君を試すだろう。果たして自分の伴侶に相応しい存在かどうか。…その過程で君は長命種になる。試練の時間は人の身で終わらない。勿論、その間に君の知人や友人は皆寿命を迎える。別れの言葉すら伝えられないだろう。だが代償として…もしクリアすれば、向こう数千年は俺と一緒に過ごせるようになるだろうな。だが…魔陰の身は少なからず君を襲う」
「魔陰の身?」
「長命種の成れの果てとでも言うべきか…単に言ってしまえば、理性のない破壊を繰り返す化け物になる。……過去の事は全て忘れる。例え自分の親だろうが、夫だろうが、親友だろうが…本当に全てだ。抑え込む方法はあるが、堪え難い苦しみが君を襲うだろう。もし、君が耐えられなくなった時……その時、誰が君を止める?……俺だ。君をそんな運命に狂わせてしまった俺の責務だろう。……これは、悪い女…いや男の我儘だ。己がそんな別れをしたくないというな」
「………そう、ですか。ありがとうございます」
「感謝を言われる筋合いはないだろう。君は俺に罵詈雑言をぶつけても良いんだ。どれだけ激しく罵られたって受け入れよう」
「素直に言ってくれましたから…」
「……すまない」
「ですが、それなら私の我儘を聞いてください。これは…罪深い女のどうしようもない最低な我儘です」
ナターシャは先程とは打って変わって、酷く辛いそうな表情で何かを言おうとしている。だが、先に最低な自分の我儘を通したのは俺だ。どんな我儘でも聞こう。そして、応えよう。
「…お願いします蚩尤先生。この星に居る間だけでいいですから…っ。貴女の側に居させてください…。ただ…それだけでいいんです…」
「………分かった」
彼女の我儘は先程言った、三つ目の理由と等しいが……その傷は受け入れよう。最初に彼女に大きな傷を残したのは俺なのだから。
「ありがとう、ございます。…ごめんなさい」
そう言い終わると、少しずつ涙を滲ませ、声を漏らしていった。あまり見なかった…彼女の弱った姿だ。
読心を使うのは無粋だろう。暗い感情は本能的に隠したがる己の痴情だ。
…だが、寄り添うことぐらいは許されるだろう。女体の身ではあるが、彼女を抱き締め頭を愛でた。
きっと、それが、少しでも彼女に対しての贖罪になるから。
「本当に…母みたいでした」
「まあ、お婆ちゃんと言われるくらい長く生きたしな、風格はあるだろう?」
「それ以前に、撫でるのが上手いですよ…五万年の間に何度人を撫でたんですか?」
「数え切れないくらいにはやったな」
「あら、全ての記憶を覚えているんじゃなかったんですか?」
「思い出すまでに時間がかかるんだよ。いちいち人を撫でた感触を思い出すのは疲れるぞ。何しろ5万年分だからな」
「ふふっ、そうですか」
ひとしきり抱き締め合って、暫くの時間が流れた頃、ナターシャは何時ものような対応に戻って、落ち着いたようだ。
「一応、理由には出さなかったが……君もどんな姿でも愛すタイプか?」
「はい。勿論です。貴女の妻になるつもりでしたから」
「そうか……えっと、なら、少し協力してくれないか?君の眠ってる間に、とある噂が広まってしまった」
「噂?」
ナターシャが眠っている間に外を出歩き、蚩尤の妻がベロブルグに訪れていると言う噂が広まっていることを伝えると、ナターシャは「何やってんですか」と呆れた視線を向けながらこちらを見ている。
「はぁ…何故女性の姿で出かけようとしたんですか?」
「性転換をすると倦怠感が酷くてな。多少の運動をして気を紛らわそうとした」
「……ベロブルグでは見慣れない女性で通常とは逸脱した容貌の持ち主に紐付ける最近の人物といえば?」
「俺だな…」
「長生きしているのに、自分に関する評価が低いんですね貴女は。いえ長生きしているからでしょうか?」
「…すまない」
「取り敢えず、私が合わせますから、暫くの間は切り替えながら過ごして下さい」
「ありがとう…今度は俺が泣きついてもいいか?」
「何いってるんですかお婆ちゃん…それに私は蚩尤先生の頭を物理的に撫でられません」
「それもそうだな。忘れてくれ。…取り敢えず今は男の状態になって、皆が思ってる疑問に終止符を打ってくるとしよう」
「分かってるとは思いますが…」
「あぁ、神を騙るのは恐れ多いが、ちゃんと俺の妻だと言うことにしておく」
「それじゃあ、いってらっしゃい。蚩尤」
先生とは付けなくなったんだな…ちょっと寂しいが、彼女との関係性がより親密になったのを感じる。悪い気分ではない。
「あぁ、行ってくるよ。ナターシャ」
着替えを取るついでに、性転換を行ってから外へと駆り出た。
「ナタと呼んでくれても良いのに…」
外へ出ると自然と視線が集まるのを感じる。噂が広まっている証拠だろう。
ちらほらと、『蚩尤先生の嫁』というワードが其処彼処で聞こえてくる。
ベロブルグが小さい都市である事はこの二年で知っているつもりだったが、まだ浅い認識だったらしい。
この様子だと城内にいるグレーシャにも噂が届くのも時間の問題だろう。
この世界を束ねる唯一の最高権力者が外からやってきた者をそのままのさばらせておくのは如何なものか。あと一日か二日、それか今日中にでも事情を説明するよう『2人で来い』と要求されるだろう。
本当の事情を知った時、グレーシャはどんな顔を……とその前にカカリアとも出会うかもしれんな。
あと1ヶ月もすればグレーシャは引退し…カカリアが台頭してこの世界を治めるだろう。
あの時の彼女の誓いは嘘ではなかったと…その活躍を楽しみにしている。
まあそれはそうと、皆が思っている噂に終止符を打たねばならない。
本人からの証言がこの手の噂に限っては良く効くだろう。
丁度良い具合に人が群がっているので、その機会を存分に使わせてもらおう。
「お!誰かと思えば蚩尤先生じゃないか!丁度アンタの嫁さんについて噂してた所だよ!」
「あぁ、俺も聞き及んでいる」
「ベロブルグで全く知らない女性がいて、みんなで誰だろうって言い合ってたんだ。えらく別嬪さんだもんで、一度見かけたら忘れないくらいだったから、きっと蚩尤先生の嫁さんに違いないって若い子が言い出して…」
「それは事実だ。俺の妻ならベロブルグに来ているぞ」
キャー!やっぱりそうだったんだ!早くみんなに知らせなきゃ!
道理であんな美人さんなわけだ。
私ちょっとだけ見かけたんだけど、本当に背が高かったわ。
宇宙の技術ってすげぇなそんな簡単に星の間を旅行できるのか。
蚩尤先生よりも長生きなんだろ?一体どんな人なんだ?
「その辺をほっつき歩いているようだから、好きに声をかけてくれて構わない。2週間はいるそうだ」
納得したのか噂の事実を知るやいなや解散し他の者に噂の真偽を教える者や、未だに俺の妻についてどんな人だったかを話す人々と大きく二分化された。
俺もいくつか質問され、どうして妻が来たのか。どうやって来たのか。どんな人なのか。など、様々な質問をされ、俺は一つずつ丁寧に答えていった。勿論、嘘も交えている。その答えに満足した者、満足せず質問を続ける者など長い時間が過ぎた。
やがてその人集りも消え、恐らく噂は情報となり広がった事だろう。俺もこれから性転換を切り替えながら過ごして行かなくてはいけない大変な日々を送る。まあ、完全に自分の失態なので甘んじて受け入れよう。
目標も達成した事だし、あとは勝手に広がるだろう。
ナターシャの元へと帰るか。
恋人以上夫婦未満みたいなイメージだけど、実態はもっと複雑。
男版の蚩尤先生のCVがさっぱり思い浮かばないのに、女版の蚩尤先生のCVは(一人称を『私』か『吾』に変換すると)『榊原良子』様かなとすぐに思い浮かびました。
皆様の解釈はどうでしょうか?