子供の頃から不思議だった。愛しているとは何なのか。
親が子供に向ける愛情。友人に向ける愛情。想い人に向ける愛情。
どれも愛で、それを伝える時に愛していると言う。
あれは何なのだろうか?
友愛、敬愛、慈愛、恋愛、親愛、そのどれでもないだろうしその言葉が本当だとは思えなかった。
だから俺は知りたかった、愛してるとは何だろうか?
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「はぁ~~~」
背伸びをする。少し音が鳴る。
昨日小説を読み耽っていたせいでおかしな体勢のまま寝てしまっていたようだ。
一階に降り、鏡台の前に立つ。鏡をじっと見つめる。
少しつかれた顔をしている。やはり夜更かしは良くないな。
「あら、起きたの?紅陽」
「おはよう、叔母さん」
叔母は俺に何気無く挨拶を交わす。
そう、母ではなく叔母だ。
俺引き取られた、いわゆる養子だ。親が早くに死に、そのせいで孤児院に入れられた。約二年経った時に彼らが引き取りに来た。
十三の頃だった。
叔父は俺と面識があった、と言っても赤子の俺の顔を見に来たことある程度だったが、何を思ったのかそんな俺を引き取ったらしい。
俺は一般的ではない人生を歩んでいる。
親は俺が十一歳の頃に死に、孤児院に入れられ、ずっと孤独だった。
小、中学校には通ったが、そこで友人と呼べるものを作れなかった。当時は理由が分からなかったが、今なら分かる。
親の影響か、それとも孤児の影響か、それとも孤独の影響か。
二つの能力と、拗れた性格。
見抜く能力と記憶力。嘘を見抜くという一点においては、恐らく唯一無二だろうと思うほど高い。
叔父曰く俺の母親は医者だったらしいので記憶力についてはその影響かもしれない。
「もう高校生かぁ、時の流れは早いわね」
「なに年寄り見たいな事言ってるんだよ。まだ若いでしょ」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。お母さんを口説くつもり?」
「まさか。叔父さんに殺されるよ」
「朝ごはんはもう出来てるわ」
叔母はそう言って洗面所を去る。
俺には先天的な能力が二つと後天的な能力が二つある。
先天的な方はさっき言った記憶力と見抜く能力。後天的な能力の一つが演技力だ。
俺は小さい頃から周囲の気持ちを汲み取ることが苦手だった。
小、中学校で先生や同級生が吐いた必要な嘘に対して俺はよく
❰それ嘘だよね❱
と言っていた。
それだけではなく、ただの冗談にもそんなことを言うものだから孤立していくのは必然だった。
今考えても、あの時の自分は少しおかしかったと思う。孤児院に居た事が俺を歪めたのかもしれないが。
とにかく俺は、気を配れている演技、気づいていない演技、優秀に見せる演技、そう言ったものを培っていった。
叔父と叔母に対してもそうだ。
さも本当の息子であるかのような演技。頼りにしていると言う演技。
俺は演じることで事が円滑に進むこと、嘘が生きていく上で必要なことだと強く理解した。
「おう、おはよう。まったくお前はよく毎日同じ時間に起きられるよな」
「普通は起きられると思うけど?」
俺は椅子に座る。今日の朝は目玉焼きと味噌汁だ。
テーブルは木製のオーダーメイド製品だ。この家は華美な装飾がなされていない。
金など吐いて捨てるほどあるだろうに、俺は叔父達がそれをどこかに使っているところを見たことがない。
金持ちには一定数、自分の財力を誇示するかのように華美な装飾やアクセサリーをつけている人がいる。
そう言った見栄を張らないということは、叔父たちには心の余裕というものがあるのだろう。
「いただきます」
叔母は料理が上手い。主観で見ても、俯瞰で考えても恐らく主婦の中でも上位の腕を持っている、と思う。
他の主婦の料理を何回も食べたわけではないのでなんとも言えないが、上の方だという根拠の無い自信が沸いてくる程に美味しい。
だが、それ以上に料理が上手い人が居る。
叔父だ。叔父はとにかく料理が美味しい。
何せ本業がコックだ。それもかなりの名店の。
「今日から高校生か。早いな」
「それ、同じこと言ってる」
「ははは、そうなのか凛?」
凛は叔母の名前だ。叔母が空野凛。叔父が空野一。
叔母の旧姓までは知らないし、興味がない。
「ええ、同じことをさっき洗面所で言ったわ」
「そうか。それにしても、紅陽大丈夫なのか?」
「何が?」
「高校までの道のりとか、何組なのかとか……」
「高校生がそれぐらい分からなくてどうするんだよ」
「まぁ、それもそうか。何かあったら父さんに言うんだぞ」
「分かってるって」
俺は食事を済ませ、登校の準備をする。
俺が通う高校は、普通の高校。偏差値は40くらいだったか。その高校にした理由は特に無い。
高校受験の時の偏差値は60ほどで合ってはいないし、校風に惹かれた訳でも、部活に惹かれた訳でもない。
何とはなしに、なるべく中学校の知り合いが行かないところへ行った。
どうやら芸能科があるらしいが、俺が受けたのは一般化だった。
俺ぐらいの学力の人間学るのは珍しいらしく、面接のときかなり驚いていた。
人伝と言うか、調べた話によると偏差値70の超優秀な人がこの高校を受けたようだ。
それも一般で。形容できない謎の魅力があの高校の一般科にはあるのだろうか?
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普遍的な入学式を終えて、クラスに戻る。
ホームルームを終え多くの人が、近くの人ないしは友人と喋っている。
一般科は中高一貫なので、新しく入った俺が友人を作るのは骨が折れそうだ。
俺は誰とも話していない人を見つけ、その人に話しかける。
「初めまして」
「どうも」
「皆既にグループが出来てて入りづらいな。中高一貫なのに新しく入学したから、しょうがないんだけど」
「俺もそうだ」
「お、そうなんだ。名前は?」
「……アクア」
嘘だ。見抜く云々とかじゃなく、有り得ないだろう。芸能科なら芸名でもおかしくないが、ここは一般科だ。
だが、彼が冗談を言っているわけではないようだ。
それにコイツ面白い目をしている。真っ黒だ。生気がないとか、色の話じゃない。色の話をするなら彼の目は澄んだみ空色だろう。
だが、彼の目はそうではない。黒く、そして深い。
初対面のやつになんて事思ってるんだろうか。
「よろしく、アクア。俺は紅陽」
「よろしく」
「……いい目をしてるね」
それは意図せず溢れてきてしまった。言うつもりなんて無かった。
まずい、と思ったが彼の表情に変化はない。聞こえていなければいいが。
「目?初めて言われたよ」
当然の反応だった。初対面で目を褒められる人間はそう居ないだろうし、目を褒める人間もそう居ないだろう。
どう誤魔化そうかと思っていると、俺より先にアクアが口を開いた。
「どんな目に見えるんだ?」
いい目をしてる、と言う言葉が引き金になったようだ。
明らかに態度と言うか反応が違う。まぁ、言っても問題ないだろう。
「黒い目かな」
俺は偽らずにそう言った。
その返答がおかしかったのかようで、アクアは少し笑った。
「黒に見えるんだ。青色だと思うけど。それで言うなら、黒いのは紅陽の方じゃないか」
「はは、そうだね」
そう笑うアクアに、その時何となく興味が湧いた。
彼の瞳はおよそ高校生のする目ではない。このアクアと言う人間には何かある。
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その後は適当な雑談をして、家に帰った。
「ただいま~」
「おかえり。友人は出来た?」
「一人かな。まぁ、初日だしそんなものだよ」
「で、この前の約束忘れてないわよね」
この前の約束。それはおかしな約束だった。それには叔母の職業が関係していた。
叔父の職業はコックだ。では叔母は?
叔母は一言で表すのが非常に難しい。
投資家で、株主で、アドバイザーのような人だ。裏方のスペシャリスト的なものだと個人的には認識している。
叔母は多様な仮面を持っている。
一つは、莫大な資産を有しており、名がしれている投資家。
一つは、アイドル、声優、役者、所謂演者のアドバイザー。
一つは、本の批評家。
そしてその他諸々。そんな叔母の立場は唯一無二だ。元女優と言うわけでもないが、色々な撮影の現場に言ってアドバイスをする。
台本や演技にもちょいちょい口を挟む。
そんなよく位置が分からない、現場の人間からすれば、自社の関係者でもない人間にアドバイスを求める人が居るのか?と俺は最初思った。
だが、叔母には俺の母親によく似た長所が一つあった。
慧眼。その慧眼は、アドバイスを求めて日夜依頼が殺到するほどである。
俺は俺の親族が異常だと思う。
亡き俺の両親は、父母ともに医者。叔父がコック、叔母が裏方のスペシャリスト。父方の祖父が社長。母方の祖父が元教授、祖母が元銀行員。
エリートと言うか、経歴が一般的ではない。
その中でも叔母は特筆すべき人物だ。
彼女という人間は、優秀な投資家兼生粋のアドバイザーである。
出来すぎた経歴、優秀すぎる家系だと心底思う。恵まれているとは思わない。
そして、俺はこの家系を好ましく思ったことは一度もない。
「撮影の視察?に行っても良いけど、俺が行く意味は無いと思うよ」
「紅陽は自分の事分かってないわね。その目、見透す目。私以上よ。それを私が気付かないと思う?」
「親バカなだけだと思う」
叔母の言う約束とは、今度ドラマの撮影を一緒に見に行って欲しい。というものだった。
理由は特に無い、とのこと。何の意図があるのか見当がつかない。役者の選定でもさせるつもりだろうか?
確かに人を見抜く能力には多少の自負がある。
見て、会話を交わした人の性格とか、今の精神状況とかを何となく理解するだけ。
精神状況と格好つけても、怒っているかとか楽しんでいるとかそんな所だ。
そもそも、一度会話を交わした程度でその人の全てが分かる方がおかしい。常識的に考えて有り得ない。
だが、その発言が嘘かどうかを見極めるのは得意だ。これには自信がある。これだけは抜きん出ていると自負している。
でもそれだけだ。おおよその事には役立たない。
俺は自身の才能として、見抜く能力を挙げたがあれは人より幾らか上というだけで飛び抜けているわけではない。
「行っても良いけどどんな撮影に行くのかすら聞いていないし、そもそも俺が行く許可は取ってるの?」
「許可は取ってる。見に行くのは、恋愛漫画の今日あまの実写化よ」
恋愛ドラマ。そして漫画の実写化。その二つの要素で俺の意欲がゴリッと削がれる音がした。
それを叔母も感じ取ったらしく、急に慌て出した。
「あ、いや、今日あまってほら、高校が舞台だから同年代の子が演技するじゃない?その、少しはこう、参考というか、何と言うか。それに、実写化って言っても正確には今日あまが原作ってだけで──」
「大丈夫だよ、まだ興味はあるから。意欲が削れただけで」
叔母がホッとする。叔母は知っている。自覚している俺の致命的な欠点の一つ。
興味がないことに対して、排他的すぎる。俺は興味がないことが一切出来ない。
実例を挙げよう。学生らしいものを挙げるなら地理だ。
一切の興味がなかった。土地がどうだの、作物がどうだの微塵の興味もない。
故に勉強できなかった。点数が低すぎる、と呼び出されたこともあった。
それ以外の特に数学は面白く毎度引かれる程勉強をして、学年一位を取っていた。他も高得点だ。
そんな生徒が、地理だけ十数点。何か言わない方がおかしい。
これは多分何かの病名の無い病気だと思う。やらないのではなく、出来ないのだ。病的なまでに。
「この前プロの演技はビデオで見させてもらった。今まで売れた俳優、声優、芸人、ジャンル、演出、今流行のそれら。この話はめちゃめちゃ面白かったし、興味をそそられた。子役についても少しだけど教えてもらった。まだ全部覚えた訳じゃないが」
叔母の話は驚く程に面白く、興味を惹かれてやまないものだった。何せ視点が唯一無二だからだ。
演者、プロデューサー、監督、音響、照明、原作者、脚本家、ファン。
その全てのようでどれも違う。
自伝やあの○○の裏側!!、誕生秘話のような本がある。
どれも視点という意味では、既出のものだ。
アドバイザーも勿論本を出版している。
だが叔母は違う。ただのアイドバイザーではない。叔母の慧眼ははっきり言って気味が悪い。
「けど恋愛かぁ~、めちゃめちゃ興味ないんだよなぁ」
「出演者を言う必要はあるかしら?」
「無い。対してアテになら無い、が………」
面白い作品、優れた作品。
そう言ったものは、有名な人が演じていれば、著名作家ぎ脚本を書いていれば絶対的になる、というものではない。
ド素人の脚本でも、緻密に描かれた心理描写にその道のプロが感嘆の声を漏らすこともある。
一年目の役者でも、作風、台本とマッチしてその人以外にはあり無いと思うような演技に見えることがある。
滅多に無いことだろう。しかし、あり得ないわけではない。ネームバリューばかりを気にしていては見えるものも見えない。と、いつかに叔母さんが言っていた。
「少し位は無いの?異性に対するそういうのが」
叔母さんは何気無くそう言う。
俺にとってそれが何気無くはない事知っている上で、そう言う。
好きはまだ辛うじて分かる。異性の話と形は違うが、俺はクラシックが好きだ。特にエリック・サティのジムノペディ。
聞いているときは落ち着ける。これは好んでいると言って良いだろう。
だが、愛している。一体何だ?
恋愛、愛かぁ。愛情って何だろうか?
「……凛さん、コーヒー煎れてくれ」
「──分かったわ。良い?約束は約束よ。それを曲げるなんて事言わないわよね」
「分かってる。じゃあ一応、台本、出演者、見に行く現場の監督の過去作品、ここ三ヶ月のトレンドの資料を置いておいて」
「そう都合よく……って、持ってるのよねぇ、これが。ここに置いとくわ」
ドサッとかなりの量に資料が目の前に置かれる。
叔父絶賛、そして俺も信じられないくらい美味いと思っているコーヒーを啜ってそれらを見る。
俺は部屋に戻り、資料を読みながら寝た。
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俺は朝早くに起き、車にのって現場に向かった。
今日は雨だ。豪雨という程ではないが、そんな中一話を取るのか?と道中疑問に思った。
それにあまりにも早い。このままだと撮影の4時間前に着く。俺たちがそこまで早く行く必要があるのだろうか。
まぁ、現場に詳しくない俺が疑問に思ったところで意味はない。
少し荒めの運転に付き合わされ、撮影数時間前に現場についた。
「は?」
現場について、叔母が監督の話をしにいった。かなりの時間が経った後、少し不機嫌な顔で帰ってきた。
何となく嫌な予感がした。そして俺は信じられない事を言われた。
「俺の聞き間違いかもしれないからさ。もう一回言ってもらって良いかな」
「はぁ、良い?何回でも言ってあげるわ。これが今日あまの最終回でこの場所を1日しか取れていない」
「????」
最終回?何を言ってるんだ?
そんな事聞いていないし、書いてなかった。
アドバイザーが仕事に行く現場の状況を把握してないなんて事あるのか?
それに1日って、どういう事だ。予算が足りないのか?
「今からその理由を全て話すわけには行かないわ。ただ、最終回と知らなかったのは私の不手際よ。最近忙がしかったのよ、異常に」
「まさか最終回だけに呼ばれるとは思ってなかった、と」
「そう言うことよ。許してくれない」
叔母はそう言うと、手をあわせ謝罪をする。
別に俺に謝る必要な無いだろう。
「そんな状況下でアドバイスすることなんかあるのか?」
「いやー、はっきり言って無いわね。出演者の演技に少し口を出すくらいなら、今からでも出来るでしょうけど……これそう言うドラマじゃないのよね。まだかなり時間があるから放映されている分の[今日あま]を見てきなさい。そうすれば意味が分かると思うわ」
俺は今日あまのビデオを渡された。
車内に戻って、ビデオを見る。原作は昨日読み終えた。
今回撮影する最終回は、ストーカーから守られて少女が愛を知るファンの間で名シーンと呼ばれている話だ。
俺は原作を思いだし、時には原作を見ながらドラマを観賞した。
感想を言わせてもらうのなら
「酷いな…」
というのが率直な感想だった。
比較対象が著名な作品ばかりなので仕方ないのかもしれないが、演技のレベルは低い。ストーリーも酷いものだ。原作の改変、それももっとも行ってはいけない方向の改変だ。原作を軽んじている。
実写化に良い印象を持つ人間が少ないのは、原作を軽んじると言う禁忌をやすやすと犯す人間が大量にいるからだ。
評価点と言うか数少ない良い所は演出のしかたと、ヒロイン役の有馬かなの演技の二つだ。
この二つによってこの作品は辛うじて作品という体裁を保てている。
原作の良し悪しは恋愛作品だからよく分からないが、このドラマが酷いのは分かる。
これは売れさせるための魂を込めた作品と言うわけではない。
顔の良い役者を使った、宣伝じみたものだ。
風化して、雨漏りしている現場で俺はこの作品について真剣に考えた。
どうすれば良くできるか?最終話にアドバイザーの息子としてか変わっている俺が、何をすれば面白くなる?
原作に思い入れは1ミリもないし、監督、出演者に興味があるわけでもない。
興味があるのはこの状況下、ただの宣伝に使われていくドラマの最終話を面白くする方法だ。
ネットの反応、批評家の批評、今日あまに反応している番組のコメント、原作者の反応。
これは駄作だ。だからこそ面白い。負け戦ほど面白いとはよく言ったものだ。
それにここまで[今日あま]について状況整理をした。
そこで疑問が一つ。叔母つまり空野凛を呼ぶ必要があったのだろうか。
叔母は多忙で、無料で売れていない作品をアドバイスするほど善人ではない。つまり相手側もそれなりの金を叔母に対して支払っている。
どう考えても叔母を呼ぶ意味がない。あるとすれば…………
「成る程。いや、考えすぎか?」
少しこもった車上の空気を包まれながら見つけた解答は恐らく杞憂だ。
叔母のネームバリューを傷付けるため、なんて考えすぎだろう。
そもそも叔母は表舞台に立つ人ではない。テレビの出演も全て断っているし、SNSもやっていない。
完全な裏方だ。それに叔母の収入が、アドバイザーだけでないことは関わったことのない人でも演者関係の仕事の人なら知っている。
仮にこの職を失ったとしても、彼女に金銭面の打撃はない。
「そう言えば、凛さんがこの仕事を語るときめちゃめちゃ楽しそうだったなぁ」
この仕事を語っているときの彼女は非常に生き生きとしていた。
まるで同年代の少女のようだった。
これを失えば、鬱とはいかずともかなり落ち込むだろう。だが、一度のミスでそこまでやられるものだろうか。
それに与えられるダメージが子供の嫌がらせだ。
この一件で業界から追放など有り得るわけがない。
俺は一度自分を落ち着かせる。今までの全てが憶測の域を出ていない。
そもそも叔母は有用な人材で替えが効かない。メリットがないのだ。
まぁ、大人の事情があるのだろう。
俺は車を出て、叔母の元へ向かう。
その現場に着くと、一人出演者が来ていた。かなり早い。
有馬かなだった。子役としての演技が魅力的で、売り文句は「十秒で泣ける天才子役」だ。
子役時代を謳歌した後、しばらくテレビの露出は減っていった。
何となく予想はつく。子供は変なプライドを持っている。天才子役と持て囃されれば尚更だ。
どの業界でも必要なのはコミュニケーション能力。それが彼女には足りなかったのだろう。
これは予想だが、十中八九当たっているだろう。彼女の出ている作品を見れば分かる。
テレビの露出が減った彼女だが、同年代に比べれば比較的良い役者だ。歌も上手くなっていてるし、気を配れている。演技も相変わらず上手い。
何故こんなに知っているのか。簡単な話だ。叔母が有馬かなのファンだ。それもかなりの。
俺は叔母が有馬かなのファンだと言うことを思い出し、叔母が此処に来た理由に何となく察しがついた。
「初めまして、有馬かなさん。あそこにいる空野凛の息子の紅陽です」
「……よろしく」
最低限の礼節だと思って挨拶をしたが、邪魔だったようだ。
この作品の評価点の一つ。有馬かな。演技は子役からの経験でしっかりと出来ている。
周りが周りだから、演技を抑えているのが惜しいところだがそれは必要な手加減だ。
「お邪魔しましたね、済みません。それでは」
「ねぇ」
踵を返し、叔母のところへ向かおうとするとその声に服を引っ張られる。
威圧的な声ではない。咄嗟に出たわけでもないだろう。
「どうかしましたか?」
「貴方から見て、私はどう見える?」
想定外だった。質問されることも、その内容も。アドバイザーとしての空野凛を知っているのだろうか。
だから多少なり才能を受け継いでいるであろう俺の助言を聞いてみたいのだろう。
もしかすると、見極めようとしているのかもしれない。
なんと答えれば良いだろうか。世辞の一つでも言うべきか?
“子役の頃から演技が素晴らしく、今も尚研鑽を重ねていて尊敬する素晴らしい役者だと思っています”
それともズバリと言うか?
“天才子役と持て囃されたのは今は昔。テレビで見かける機会も減ってきています。順調かと言われればそうではないでしょうね”
絶対駄目だ。最悪殺される。
どうする適当に流すか?
返答を決めあぐねている俺を見て、有馬は口を開いた。
「質問を変えるわ。あたしの目、どう見える」
俺は呆気にとられると同時に、その一言で完璧に理解した。
何故空野凛がこんな現場に来たのか。
有馬かなと接点が合ったことを隠していたな、あの叔母。
人に目がどう見える?なんて聞く人間はいない。叔母の入れ知恵ない限りは。
「自分のファンであり尊敬しているアドバイザー。その人が口を開けば褒めている息子を見ている複雑な目ですね」
目を大きく見開き、口を開けて驚いている。
本当にこう言う驚きかたをする人間がいるんだな、と何故か感慨深く思ってしまった。
「有馬かなさん、空野凛が貴女のファンであることは私も既知の事です。この現場に彼女を呼んだのも、貴女なのでしょう。それに彼女が応えた。そこまでは理解できます。しかし、何故私を呼んだのでしょうか?」
「─────」
未だ唖然としている彼女を尻目に俺は話を続ける。
「作品を拝見させていただきました。正直に言うと見れたものではありません。演技も脚本も酷い。演技に置いてまともなのは貴女だけだ。分かりますよ。なるべく良い作品にしたいという一心であの人を呼んだのでしょう。良い作品にしたい理由は、プライドかそれともここに来た原作者への罪悪感か。どちらなのか私に知る術はありませんが、どちらにせよ私を呼ぶ理由が一切見当たりません。なるべく簡潔に教えて頂きたいのですか、宜しいでしょうか?」
そう良い終えると同時に、頭を叩かれる。
そこそこ痛い。振り向くと叔母がいた。表情こそ落ち着いているが、これは怒っている。
目がこちらを鋭く穿っている。
「どうかした?今ちょっと、役者さんへの挨拶を……」
「どういう挨拶をすれば、彼女が放心状態になるのかしら?」
「いや、放心状態になるようなことは何も……」
「私、聞いていたわよさっきの会話。紅陽は自分が畳み掛けて喋る癖があるの知ってる?そういう時って大抵面白がっているのよ、相手の反応を」
「…………反応が良すぎると言うのは演じる人間としてどうな痛ッ!」
二度目の打撃。台本を丸めて叩いている。普通に痛いからやめて欲しい。
「あ~分かった分かったよ。有馬さん?大丈夫?返事はできますか?」
「え?あ、ええ。大丈夫よ。大丈夫、焦ってなんかいないわ。想定以上だからって焦ってない。焦ってないから」
終始めちゃめちゃ早口で何を言っているのか分からない。
一体叔母からどう言った話を聞いたのだろうか。どうせ内容は九割誇張だ。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
一転して元気な返事だ。
ようやく状況整理できたのだろうか。
「良かったです。お詫び……そうですね、何か頼みごととかあります?飲料を買ってきてもらいたいとかでも構いませんよ」
有馬かなは一度深呼吸をする。
大きく、ゆっくり、目を閉じて。目を閉じて数秒彼女は止まる。
目を開く。先程の慌てていた目はそこにはない。
「この作品を良い作品にして欲しい」
ハキハキとした声。俺を見つめるその視線はあまりにも真っ直ぐだ。そして、淀みない。
俺は一つ誤解を大きなしていたと気づいた。
彼女は作品を良くすることだけを考えている。それに必要なのが叔母と俺だっただけの話だった。
俺は叔母を見る。表情は変わっていないが、その目が語っている。
“助けてあげなさい”と。
叔母にとってそこまで重要な作品ではないはずだ。
わざわざこんなことを仕込む必要はどこにもない。だが、頼まれたのなら応じよう。
俺には恐らくそれが出来るから。
そして、それはとても面白いから。
「分かりました。有馬さん。では、貴女の考えを包み隠さず教えてもらって良いでしょうか」
俺は有馬かなの話を聞き、質問をした。
何故良い作品にしたいのか。何故俺を呼んだのか。この作品のラスト。主役の評価。悪役の評価。
驚いたのは、悪役が星野アクアだと言う事だ。同姓同名なのだろうか?
彼女曰く協力的らしく、恐らく手伝ってくれるだろうとの事。
彼女に質問をしながら、星野アクアを待った。ずっと彼の深い瞳が想起される。
「有馬さんの話を念のためもう一度言ってもらって宜しいでしょうか?」
「だから、星野アクアは子役の時に共演したエキストラ的な人なの。演技は、子役の時は上手かったけど……今はどうかは知らないわ」
「彼の特徴を教えてもらっても?」
「教えてって言っても、そこまで知らない…あ、来た来た」
男は俺の知っている星野アクアだった。学校で見た彼そのもの。子役をやっていたのか。
なら何故一般科に?疑問が出てくる。が、それはアクアも同様だった。
「有馬と、空野?何で空野が居るんだ?」
「え?あんたら知り合いなの?」
「ええ、クラスが同じなんですよ。高校の」
「え!!あんたも同じ高校なの!?」
「あんたも?有馬さんって……」
「そうだ。俺達の一個上の先輩。それより本当にどうしてここに居るんだ?」
俺は事情を説明する。
話を聞いている最中驚くことも、動揺を見せることをなかった。
努めて冷静に、落ち着き払った様子で話を聞いていた。
それが、俺には少し不気味に思えた。
「成る程。空野凛か、知ってるよ。息子がいたとは知らなかった」
「一度君の演技を見せてもらって良いかな。アドバイザーを気取った、ませた同級生のごっこ遊びだと思ってくれて構わないから」
本心だった。そう期待されても、実力が無い。
謙遜でもなく、ただ事実を伝えただけだった。
「そんなこと思うわけないだろ。それより、良いのか俺で。主役じゃなくて悪役で。それも演技の経験はほぼ無いんだぞ」
「問題ないよ。ああ、有馬さんしばらく席を外してもらって宜しいですか?」
「分かったわ」
有馬が叔母のところへ行く。
叔母は有馬が来た瞬間、頬を緩めた。遠くで何を言っているのかは聞こえないが、どちらとも笑っている。
雰囲気が柔らかい。良い、交流関係のようだ
それにしても、いつから知り合ったんだあの二人は。
「紅陽?」
「ああ、すまない。これから演技を見せて欲しい。他の出演者の誰にも見られないように」
「何をするつもりだ?」
「物事はそう簡単に変わるものじゃない。主役の演技がドラマのシーズン中で劇的に変わることはほぼ無い。それは鳴島メルトも有馬かなも同じだ。この場を、“イケメン役を使った女性への宣伝”から変えるには変数が必要だ。今回はそれが、君だ」
「俺は演技に自信がないぞ」
「大丈夫、演技はそこまで問題じゃあない。勿論出来るに越したことはない、上手い演技が出来た方が都合が良い。まぁ、とにもかくにも一度演じてくれ」
俺に急かされ、アクアは演技を始める。
────悪くない。いや、良い。十分すぎる。発音、表情、役作り、そう言ったものに粗がない。
アクアのどことない不気味さがストーカー役と合っている。
もし問題があったとしても、一般人の俺を騙せている時点で問題ないだろう。
「上手いね。じゃあ、一つアドバイスを」
「何?」
俺は言うのを躊躇う。いきなりこんな事を言って理解するだろうか。相手も経験が少ないとはいえ、突拍子もないことを言っては駄目だ。
それに俺自身も俺の見解に自信を持っていない。
「大丈夫だよ。遠慮せず言ってくれ」
そんな俺の心を読むように彼はそう言った。
俺は一息ついて口を開く。
「……呑む事を意識してくれ」
「呑む?」
「君はこの作品初登場だ。最終回だから出るのは今回だけ。だから、君が出来うる最善策は呑む事だ。この場を、この作品を」
アクアは黙って聞いている。
「君は呑める。鳴神を煽ると良い、あの手の役者は煽って自我を出させるくらいがちょうど良い。この場を上手く使え、雨漏りと風化した場所。この作品は演出という一点においては優秀だ。君がこの作品を呑もうとすれば、小道具、照明、役者は君の踏み台に他ならない。全て呑むことが、君なら出来る」
「そんなこと一気に……いや、呑むために意識すべき点は?」
「第一に音、次いで演技の気味悪さだ。緊縛した状況、特にこのドラマのラストシーンなんかでは音が重要だ。例えば、誰かが説教を食らっていたりするとき、回りの人間は静かだろう?その時はドアを開ける音や足音でさえ、敏感に聞き取る筈だ。音で視線と雰囲気を君のものにする」
「次に演技の気味悪さについては今の時点でかなり良いと言えるだろう。故に意識するのはほんの僅かで良い。ストーカーに今まで会ったことは?」
突然の質問にアクアは少し戸惑う。
「いや、無いけど」
返答にほんの少しの違和感を覚えたがそれはどうでも良い。
「それが普通だ。君が意識すべきはストーカーの思考。要はストーカーそのものに成れって事なんだけれど」
「下手でも良いからどんな感じか演技してくれないか紅陽」
「それは、俺は演者ではないし。意味は無いと思うけど」
俺が演じられるのはキャラクターではない。
知っている、怒っている、悲しんでいる、恐れている、例を挙げるとそう言うものを演じることが出きるだけだ。
ストーカー、まして作品のキャラクターなんて無理難題過ぎる。
「凛さんでも良い?」
「え、良いけど」
俺は叔母を呼ぶ。
「有馬さんは?」
「ちょっと買い物してくるって行ってどっか行ったわ」
「悪いんだけど、ストーカーの演技をしてくれないか」
「あぁ、成る程ね。“今日あま”っぽくやった方が良いのかしら?アクア君」
「はい、それでお願いします。ちょっと良くまだ分かんなくて」
「まったく、紅陽がやれば良いのに勿体ないわね。最初のセリフと最後のセリフだけだけどそれで良いかしら」
「はい」
何が勿体無いんだ。俺の演技なんて見るに堪えない。何処まで親バカなんだろうか?
叔母は鞄を机において、少し体を動かす。
思えば、叔母の演技を見るのはこれが初めてだ。
アドバイザーだから“こう言う感じ”って少しは演技をするのよ、と言っていたから今まで何度か演技をしているのだろう。
俺は腕組みをしながらそれを見る。
叔母は、背伸びをした。そして、目を閉じて数秒。必要以上に緩やかにその目蓋を開く。
ゆっくりとあらわになるその瞳を見た瞬間、背筋を水が穿つ。
いつもの目ではなかった。いや、そんな程度の話じゃない。
──完全に他人の目だ。奥に何もない、何も見えない。目の動きもない。死んでいると言うより、わざと殺している。
身動きがとれない、背中に刃物を突きつけられているかのような緊迫が俺を襲った。
一言も、一動作もまだ行っていないにも関わらず目の前にストーカーが居るという恐怖が沸き上がってくる。
「──お前みたいなチャラついた男とは絶対に相容れない」
音が一つ一つはっきりと喋っているのに、ボソボソと喋っているように聞こえる。
感覚と状況が相容れない。
「お前なんて誰にも必要とされていない。身の程わきまえろよ……夢見てんじゃねぇよ……この先ろくなことはない」
「お前の人生は……真っ暗闇だ」
声を荒らげない。さっきのアクアの演技とはまるで違う。
まるで暗闇に落とされるような、体を引きずり込まれるような声。
突き飛ばし、ナイフで切り掛かるようような感情的なものじゃなかった。心を掴まれゆっくりと握りつぶされるような、そんな恐怖。
こう言う演技をするのか。こんな演技が出来たのか。
思わず息をのむ。冷や汗が腕に落ちる。
「こんな感じでどうかしら?最後のセリフは本当なら声を荒らげていた方がいいと思うけど、此処で私が大声だしちゃったらみんな驚いちゃうから落ち着いて引き込むように演じたわ。参考になっていると嬉しいわ」
「──参考になりました。ありがとうございます」
叔母の演技に呑まれたのか、ワンテンポ遅れて返事をする。
「そう?じゃあまた有馬ちゃんと話してるから、何か会ったら呼んで頂戴。ああ、そう言えば紅陽」
「何?」
「人にアドバイスを挙げるときは基本的に嘘ついちゃ駄目よ。特に相手が真面目な人ならね」
「……ああ、分かったよ」
叔母が戻る。
あれ程の演技が出来たのか?一流の役者とならんでも可笑しくない出来だった。
それに何故あんなことを言ったのだろうか。
「凄いな、紅陽の母さん」
「…………」
「紅陽?」
「ん。ああ、あれは俺も初めて見たよ。まぁ、あそこまでしなくても良い。上手くやってくれ。俺はちょっと席を外すよ」
俺は一度休憩するために適当なところに座る。
未だに気味悪さが肌に残っている。あれを見ていると、何故か医者だった母を思い出す。
演技にではない。終わったあとのこれで良い?と言う会話。あの雰囲気、小さい頃に見た母そのものだ。
親か。親は俺を愛していたんだろうか。親に関する事をあまり多く思い出せない。
亡くなったのは小学校の時だ。もう少し思い出せても良いはずなのに。
不意に机に缶コーヒーが置かれた。
横を見ると、有馬かなが居た。何故か横に座って、俺の方を見る。
微妙な表情だった。俺もきっと少し不自然だろう。
「どう?良い作品に出来そう?」
「どうでしょうか。アクアは演技は出来ています、が……まぁ、難しいかもしれません」
これは嘘だった。俺は確信していた。俺のアドバイスが無くとも彼はこの作品を変えられた。
まして叔母のあの演技を見たんだ。この作品の最終回は他の作品に勝らずとも劣らない出来にはなるだろう。
だがここでそれを言ってはいけない。アクアが呑む対象は俺と叔母を除くもの全てなのだから。
先にこいつは演技が出きると知っていると何か予期せぬことが起こるかもしれない。
今回のこれは星野アクアと言う素人の役者として出なければ出来ない。
予想外が必要なのだ。
「しかし、最善は尽くします。あの空野凛の息子ですからね」
「そう言えば何で敬語なの?気にしなくて良いよ」
「……そうかい。ならため口で喋るよ」
「ねぇ、一つ聞いて良い?」
「何?」
「有馬かなっていう役者について思っていることを教えて」
何故?俺はその質問を聞いて思った。
似たような質問をつい先程一度問われた。あの後どんな贔屓まみれの評価を叔母から吹き込まれたのだろうか。
彼女は缶コーヒーを両手で握っている。まるで余命を宣告されるかのような雰囲気。
ほんの少し手が震えている。
何と言うのが正解だろうか。彼女についてはこの前叔母に色々話をされたし、調べた。
表面上の彼女は人並み以上に知っていると言えるだろう。ここでは褒めておくのが無難だ。
持ち上げすぎず、尊敬していると言う旨を伝えれば事は簡単に運ぶだろう。
だが、彼女の目は真剣そのものだ。偽るべきではない。今この状況において嘘と沈黙は悪手だ。
俺はよく知っているはずだ。追い込まれた人間の危うさを。外からは一切そう見えないが、内面は軽く触れただけで壊れてしまうほどに脆い。
昔は売れた天才子役。有馬かなが追い込まれているとしても不思議ではない。
俺が彼女の深い精神状況を知るには面識が浅すぎる。俺に出きることは、偽らず伝えることだ。
「……子役の頃の活躍は他と一線を画すような素晴らしいものだった。演技も当時の年齢を考えれば、有り得ないほどに上手い」
「……だが、今有馬かなをテレビで見る機会は滅多にない。ネット、評論家など色々なところの話を見ても“子役で終わった役者”だ。別に君自信は卑下する必要はない。そう言う役者は非常に多い」
「……誰もが昔は演技できていて、良い子役だったと言う。歌も出していて、売れたね。昔はとても良い役者だったと思う。何処かプライドを感じるがその頑固さがマイナス方向に働いていない良い演技だった」
「そう…」
「……偏見を言われやすいだろうな、とも思ったよ」
「……例えば?」
「……そうだね。女王気取りで現場をしきってそうとか、手伝ってくれる人に対して平然と毒を吐いてそうとか、かな。俺はそう思わなかったけどね。年相応に分からないことがあって、年齢的に苦い野菜が食べられない。そんな可愛らしい一般的な子供そのもの。ああ、すまない。君はピーマンの歌を出していたね」
「別に良いわ」
「……昔は良い子役だった。これが君の評価の大半を占めるだろう」
「やっぱり──」
「だが」
俺は彼女の言葉を遮るように話を始める。
「……だが、君は努力を怠っていない。歌も売れてはいないが、他にも幾つか発表している。凛さんが君の歌をずっと聞いていてね。俺もそこで知った。上達していることが素人目でもしっかりと分かる。成り行きであそこまで歌は上手くならない」
「……君は子役で成功して、その後失敗した。だから今君はテレビに出ていない。だが、君は努力を継続している。それは誰にでも出来ることじゃない。君は失敗してなお努力を続けられているのだから。君は誇るべきだ、成功した過去ではなく努力している今を」
「────」
「……俺は、君を尊敬している。役者としての有馬かなも、今俺の前に居る有馬かなも。だが、俺は君のファンを名乗れない。君に関する情報は所詮、凛さんが俺に教えた事で俺自身が有馬かなを知ろうとしたことはない」
「……俺が言うことは全て二番煎じだろう。だが、少なくとも君のファンは世界に一人居る。君がよく知るアドバイザーのその人は君が死んでも、君と言う人物を忘れないと言っている。君がどんな問題を起こしても、君を正してファンとして応援したいと言っている。恐らく君を──愛しているのだろう。君を尊敬しているのだろう」
愛している。この使い方であっているのだろうか。
ああ、唯一言葉の選択を過ったかもしれない。
「……だから君には胸を張って欲しい。“何があっても応援してくれるファン”が君には一人居る」
「──ありがとう」
「ほとんど凛さんの話だ。俺の言葉は適当に聞き流してくれ。そして、出来ればこれからも、凛さんと仲良くしていてくれ」
有馬かなは目を会わせるどころか、顔を見せることもしない。
だが、それはどうでも良い。俺は最善だと思う行動した。偽らず、俺の思うことを語った。
俺は知らない。何故有馬かなを叔母が応援するのか。こんな番組に出る程ファンになったのか。
「そろそろ始まる。俺は最善を尽くす。だから……有馬も頑張ってくれ」
有馬かな、星野アクア、そして芸能界。
直感だ。これは本当に勘に過ぎない。だが強く感じている。付き合いが長くなると。
そして恐らく彼らが俺の知りたいことを教えてくれる。