第八話 緊急依頼。
雷鳴が轟き、所々で稲光のあと轟音と共に木々に落ちる。太陽は厚い黒い雲に隠され、太陽が頂点に達する時間だと言うのに、まるで夜のように闇に覆われていた。
木々を抜けると、草原に出る。その草原は円形の形をしており、その中心地には、この世の混沌を凝縮したような荘厳な城が建っていた。
魔王城《シュランク城》と呼ばれる城は、魔物と呼ばれる闇の住人達の主の居城だ。その最上階、玉座の間には今、玉座しかなかった。いや正確には玉座の背凭れの部分が折れ落ちており、座と脚の部分しかなかった。その前に美女が蹲っており、自分の手を見ていた。
「なっ…。」
何かつぶやいた。信じられないものを見たかのように、口をもごもごさせ、やがて決心がついたように口を開いた。
「何じゃっ、こりゃぁぁーーーーーー…!!?」
意を決して発した言葉は叫び声だった。
「うげほ、ぐほっ、ごっほ、何だこれはっ!?」
魔王メイズによって遥か彼方に飛ばされた女性化玉は、奇跡的に割れずに、勇者ウオイスが城を出るときに使った壁の穴に飛び込んだ。
女性化玉は、魔王(雑魚)がちょうど光になって消えていく瞬間に玉座にぶつかった。玉座の背凭れは、十数本の聖剣によってボロボロであり、ましてやメイズの全力で飛ばされた玉の威力を受け切る事が出来なかった。当然背凭れは、座から離れ後ろに倒れこむ。煙は座の部分で巻き散らかされ、ちょうど復活(リポップ)を果たした魔王(雑魚)が煙に巻かれる。何が何だか判らないまま、咽ていると煙がはれてきた。
「げほっ、あぁ~酷い目にあった。むっ、何故死なない。うん、おわっ…。」
聖剣に貫かれているはずの自分が何故か浄化されないことを疑問に思いながら、背凭れに凭れようと、後ろに体重を移動させた瞬間後ろにこけた。そして聖剣の持ち手側で背中を強打し、痛みに悶絶する。
「いっつ~~~~、そうか、背凭れが取れて、背凭れに刺さっていた聖剣が移動したため我は死ななくなったのか。」
慌てて、振り向き倒れた背凭れを見て、全ての疑問が解けた。
「むっ、誰だっ!?」
しかし、振り向いた瞬間、黒い影が視線の隅を横切った。勇者達に酷い目にあわされたと言っても、自分は魔王だ。完全に消滅していない以上、監視の一人でも居ると思っていた。その監視役が、自分の視界に入らないように、逃げているのだと最初は思った。
右に振り向けば右回りに逃げ、左に振り向けば左に逃げる。
「………、こうじゃっ!!」
腰から180度近く曲げて、股の間から反対側の景色を見る。壊された壁から外が見えただけであった。
「むっ、なかなか、やりおる。まさか我がこうも翻弄されるとは。」
魔王(雑魚)は感嘆の声を上げながら、起き上がる。視界に黒いブラインドが掛かった。
「なんじゃ、これは?」
黒く細い糸を纏めて握り、引っ張った。
「いたたたたたっ。」
頭がグイっと引っ張られ激痛が走る。
「はっはっはっ、なんだ、我が髪か。………髪ぃ!!」
自分の髪の毛であると気づき、自分の髪はこんなに長くない事に叫ぶ。
「ちょ、おま。どういうこったぁーーーー…。」
叫んで、少々冷静になったらしい魔王(雑魚)は、視界に入れながらも態と意識しなかった事柄に触れた。膨らんだ胸を触ってみたのだ。
「あん…。」
なんか変な声が出た。触った瞬間、電気が走ったようになって、力が抜けたのだ。思いついた現状に真っ青になりながら、股間を確かめる。感触がなかった。ロープの中を、恐る恐る確かめる。
その喪失感に思わず地面に手をついて蹲った。
「わっはははは、わぁーはははははは、我、完全復活ぅ」
荘厳な城の最上階、玉座の間に開いた壁に足を掛け、雷鳴轟く、真っ暗な草原に向かって叫ぶ魔王(雑魚)が居たとかなんとか。あれから数時間、女性化玉の効果が切れ、元気を取り戻した魔王(雑魚)。拳を握りしめ、暗黒の空に向かって宣言するように言った。
「今に見ておれよ勇者め。」
赤い絨毯の上で、片膝を立てて俯く。今勇者ウオイスとその一行はブレイブ城の玉座の間の王の前に居た。
「……異変、ですか。」
「うむ、近頃、魔の森の魔物共が強くなっているとの報告を受けてな。Cランカーの冒険者に調査を依頼しておったのだ。」
冒険者には、ランクと言うのが設定されている。このランクは依頼を受け、一定の難易度の物を一定数成功するとあがる。基本的にCランクの冒険者といえばそれなりの実力者であり、唯でさえ閉鎖された大陸の魔物勢は実力は高く無い。当然油断していたとしても、この程度の依頼で有れば、普通は短期間で成し遂げるものだ。ましてや国からの依頼である。手を抜いたりはしない。
「それで、その冒険者は……。」
もし成功させているのであれば、自分達はなんで呼ばれたんだろう。勇者一行は嫌な予感を感じながら、冒険者の安否を聞く。
「……帰ってはきたよ。」
王の言葉は、帰還したという物だ。緊張をとき、小さく息を吐いた。しかし王の言葉にはまだ続きがあった。
「……全員、亡骸となってな。」
その言葉の続きは最悪な物だった。
「それで、御三方に声が掛かったと。」
メイズの前には勇者ウオイス一行と、先代勇者ジャナサン、そしてこの最初の町の唯一のAランカー冒険者シャランがいた。
「ああ、そういうことだ。」
「いいんですか?国からの依頼なんでしょう。早めに出発しなくて。」
メイズの問いは当然の物だ。だが、この三組は宿屋《魔王城》に集まっていた。
「……形式なものだ。だが聞いておかなくてはならなくてな。」
「……ああ、僕はこの件に関わってませんよ。」
だろな。という言葉は誰の物だったか。入ってきた時にみた、一切の邪気のない笑顔と、今までの信頼が疑うと言う事を一切させなかった。
メイズはこの後、後悔することになる。何故付いて行かなかったのかと。雲が出てきて、雨が降りそうであった。「早く帰ってこないとずぶ濡れになりますよ。」という忠告と、「タオルを用意してお待ちしておりますね。」という御ふざけと信頼の混じった言葉で送り出したのだった。
ザーザーと雨が降っている。からっと晴れた青空もいいが、偶にはこんな天気もいいかもしれないとメイズは思う。ただ、三組の依頼の事があるから、素直に感傷に浸ることができない。宿の仕事をこなしながら、何度も窓の外を見ている。
無事に帰ってきてほしい。
そんな思いだけが頭の中をしめる。これじゃまるで乙女だなと思ったメイズ。そんな時、宿屋《魔王城》の玄関扉が開いた。
視界を埋め尽くす、雨粒を鬱陶しく思いながら、何とか足を進める。この町の名匠が打った唯一どの大陸に出しても恥ずかしくない愛刀を抜き身のまま杖の代わりにして、前へ前へと進む。
これじゃ、刀身が曲がってしまうな。下手すれば誰かを傷つけてしまうな。後で鞘を何とかしなければ。そんなどうでもいい事を考えながら、東通りの中央辺りまで来ると、暖かい光が漏れだす扉があった。
そこは宿屋《魔王城》。本当の魔王なのに、一切の邪気がない笑顔を振り撒き、寂れていたこの町を町興しで活気のある町にしたり、本当に魔王か?と言いたくなる良い奴がいる場所。
その扉を朦朧とする頭、揺れる視界、まともに動かない肉体で潜った。
「いらっしゃいませ。ようこそ、安らぎと安眠をお届けする宿屋《魔王城》へ。」
いつもの常套文句を聞きながら、玄関に前のめりに倒れてしまった。ああ、汚してしまう。どうでもいい事を考えながら意識がなくなる。最後に、自分を呼ぶ魔王の声を聴いた気がした。
「シャランさんっ!!」
扉が開き、誰かが入ってくる音がしたので、いつもの常套文句を口にし、振り返る。
二年前とは違い、伸ばし始めた金のサラサラな長髪が宙に舞った。遅れてドサッという何か重さのあるものが倒れる音がする。扉の前に雨に濡れ、彼方此方凹んだり傷ついたりしている防具をきた、血塗れで倒れるシャランがいた。
王都に何かが起きようとしていた。