第十三話 魔王誕生。
常に明かりが煌々と煌めくシャンデリアが天上から吊るされ、床には赤い毛の長い絨毯が引かれている。置かれている家具もまた、一目で高級品とわかる豪華な部屋。その中央に巨大なアンティーク調の天蓋ベットが置かれていた。
その巨大なベットに寝ているのは二人。一人は金のサラサラとした長髪の女性。パッチリした青眼に小さな鼻。幼い顔立ちにプルンとした赤い唇はむしゃぶりつきたくなる程だ。豊かな双丘に、芸術品と間違えるほどの括れは見るものを悩殺する。隣には彼女と同じ金髪に鼻立ちや口元は似ている、彼女がお腹を痛めて生んだ赤ん坊が寝ていた。
「…ねぇ、ランさん。やはり、ランさんがこの子の乳母になるのは間違っていると思うの。」
「まだ、気にしておられるのですか?メイズ様の魔力は魔王様すら超えています。もし魔力暴発を起こせばどうなるとお思いですか。」
彼女の名前はナイーシャ、魔王に見初められた唯の人であった。
因みにランは元々、現魔王の正妻であった。彼女の子供は、魔王の子にふさわしい魔力の持ち主であったが、生まれた瞬間から現魔王の魔力を超えていたメイズと比べるのは可哀想であった。
魔族には強者主義が基本の法則であった。それこそ遺伝子レベルで刷り込みされており、どんなにプライドの高い者でも、自身よりも強者であれば喜んで尻尾を振る。むしろ強者を探す事がステータスであった程だ。その為、次代の魔王にメイズが選ばれたのだ。そしてそのメイズの生みの母、多数存在する妾、いや、最下層の妾の一人であったナイーシャが正妻となり、正妻だったランがその地位から引きずり降ろされたのだ。
しかし、ランはそのことを恨んではいなかった。先ほども言ったが、魔族は強者主義だ。メイズ程の魔力の持ち主ならば仕方がないし、なによりその巨大すぎる魔力を暴走させた時、反らす事ができるものが居ないとと言う事でランがメイズの乳母として収まることができたのだ。魔族にとっては最高のご褒美であった。
「ふぇ、ふぐっ、うえぇえ。」
ランとナイーシャがいつもの問答をしていると、メイズの切れ目気味なパッチリとした赤い血の様な瞳が開き、途端に潤みだす。そして愚図りだした。他者を一方的に威圧するような巨大な魔力が途端に溢れ出す。。
「あらあら、しょうがないでちゅねぇ。」
ランは瞬時に溢れ出した魔力を自身の魔力で包み、城外へと開け放たれていた窓から放り投げてしまった。そしてメイズを抱き上げて、あやす。
「きゃっ、きゃ。…あうあ~。」
ランに抱かれたメイズは直ぐに泣き止んだ。メイズはナイーシャの方を向かされて、ナイーシャに渡される。
メイズはただ、意味のない声と呼んでいいのか判らない音を出しただけであったが、母親二人はそうは受け取らず。
「…聞いた、ラン。今メイズが私の事ママって。」
「あらあら、聞きましたよ。メイズ君はえらいでちゅねぇ~。」
何気に親馬鹿な二人であった。
「あらあら、メイズ様、いつまでもお部屋で本を読んでいてはいけませんよ。」
「うん、わかった。」
メイズが知識というものを理解できるようになった位からメイズは本を読むことに夢中になった。それこそ、朝起きて、夜眠るまで。お昼寝の時間は本を抱えたまま寝落ちしているし、ご飯もランが呼びに来るまで読み続けている事が多い。
今日はメイズの公園デビューと言う事を話していたのだが、案の定メイズは本を読み続けていた。ランにやさしく叱られ、本を片付けるメイズ。まだヨタヨタと歩くしかできないが、それでも自分でやろうとするメイズ。それをやさしく見守るランが居た。
メイズとナイーシャ、ランは数人の護衛を連れて、馬車に揺られていた。
「あれは、ナシカアリですね。小さな黒い実を付けます。赤い花弁と黄色い花弁が交互に生えるのが特徴です。」
車窓から見える景色に映った花の名前をナイーシャが聞いた。それに対してメイズはスラスラと本で身につけた知識で答える。
「メイズはさすがね。かわいい私の子。」
「そんな事ありません。凄いのは、本を書く人たちです。僕のこの知識だって本を読んだからですから。」
ナイーシャが褒めるとメイズが謙遜する。それがナイーシャには少々不満であった。もっと甘えてほしいのだ。
「ねぇ、ラン。なんでメイズはこう育ってしまったのかしら。」
「くすくす、そうですね。何故でしょう。」
小声でランに聞くナイーシャ。一歩離れて見ている事の多いランはそれに気付いていた。メイズが、甘えるとかではなく、かわいい親孝行をしていると。しかし、それに気付いていないナイーシャは不満がっているのだ。ランは可笑しくなってきて笑ってしまった。
「御着きになりました。」
外から、護衛の声が聞こえた。
「うわぁああ…。」
メイズが感嘆の声を上げる。メイズが車窓を開けて見たものそれは…。
生命の息吹が感じられる青々とした木々が周りを囲み、一切の汚れなき透き通った蒼い水面が光を反射する巨大な湖であった。
「お気を付けください。ここには湖竜が出ると聞き及んでいます。」
「あらあら、大丈夫ですよ。」
護衛の言葉を遮り、ランが一切の心配事など無いと、バスケットを手に答えた。
メイズはナイーシャの膝を枕に湖畔でお昼寝をしていた。着いた直後から普段は見られないメイズのはしゃぎ様は、ナイーシャを始めランや、護衛達にまでほんわかとした気持ちにさせる。御昼のバスケットに入れて持ってきたサンドイッチを食べ終えるとメイズはウトウトとして、こういう状況となった。
「ふぅい、ぐ……ふぇえ。」
ただ、何か怖い夢でも見たのだろうか、瞬時に巨大な魔力が荒れ狂い、吹き出した。
「あらあら、こういう所はまだ赤ちゃんですね。」
「…この子はまだ背伸びをしているだけですもの。」
ランがいつも通りに溢れ出した魔力を空に向かって打ち出す。ランとナイーシャの会話は、何事もなかったかのように続く。
「メイズ様に魔法を教えて見ます?」
「早くはないかしら?」
ナイーシャの意見は、周りが魔法を習う年齢で合わせて習った方が友達を作ったりするという面でメリットがある、というもの。まぁ、母親としての心配事の方が強かったが。
ランはランで、今の大きすぎる魔力は周りに危険を及ぼす。成長と共に魔力も成長する為、今はまだいいが、何時の日かランが受け流せない大きさにまで成長してからだと、魔力操作を覚えきれない可能性があった。
「まぁ、どちらにせよ、メイズが起きてからですね。」
「まぁまぁ、メイズ様が興味をを持てば止められませんからね。」
メイズのお昼寝は続く。
「見ててくださいね、メイズ様。」
「うん!」
ランがそういえば、元気一杯の返事が返ってくる。お昼寝から、目覚めたメイズに、ランが砲撃魔法を見せようとしていた。
ランが空に向かって腕を突き出すと、極太の魔力光が空を突き進んだ。
「うわぁ、凄い凄い。」
目がキラキラ輝きだしたメイズに、ランがやってみたいですか?と聞いた。
「やりたいっ!」
メイズの様子に判ってはいたが即答であった。
「では、簡単な魔法から始めましょうか。」
ランはそう言って、掌に炎を生み出す。
「魔力は何にでもなれます。これは掌に集めてから火に変えました。」
それを聞いたメイズは、真似をして掌に魔力を集め出す。初めて魔力に触れた筈なのにできているメイズを見て護衛達は汗を流していた。
「魔力が大きいからですね。そのままその魔力が熱を持つと考えてください。」
メイズの魔力は桁違いに大きい。他の子が魔力不足を克服する為に魔力操作を覚えるのに対し、メイズの場合はその巨大な魔力を制御するための物。多少の失敗は問題にならない。
メイズが魔力を扱える理由にランが納得しつつ、次の指示をメイズに与える。メイズは素直に頷くと、集めた魔力が炎に変化した。ランの予想を遥かに超えて無茶苦茶巨大な火の玉が生まれる。
「少し大きいですね。それは湖に捨てちゃってください。」
ランですら、此処まで巨大になるとは思っておらず、少し慌ててそう指示をする。
初めての魔法に目をキラキラさせたメイズは、只々それに従い、湖に炎を捨てた。