操られてから、ビックベアーに本能による追撃は無くなった。ただし、思考して攻撃を繰り出してくる。それこそまるで人のように。
「ふむ、何処にいる?」
シャランは小さく呟いた。木々の中に紛れ、左右を見渡す。どうも、使われたのはマリオネッターと呼ばれる魔法で、死体や人形を糸で操るように動かす魔法。ただこの魔法は、ある程度近づかないと、発動しない。つまりは術者はこの近くに潜んでいるはずだった。
「ふむ、奴の気配しかしない。」
シャランと言う実力者が本気で気配を探れば、それこそ自身よりも強者であり且つ、隠密系統に特化した存在でなければ隠すことなどできない。何故なら、シャランは冒険者という気配を探ることに特化した職業についている。その上で、冒険者随一と言われるまで鍛えてあるのだ。
そんなシャランが気配を感じられるのは、見下ろした先に居るどっしりと四肢で歩くビックベアー位なものだ。
今、シャランは一層高くなっている大木の枝に伏せる形で隠れていた。此処からなら見渡しやすく、またバレタ時は囮の代わりになる。だが、ビックベアーはキョロキョロと左右を見渡し、木々の中を行ったり来たりするだけ。それは、この場所に気付いていないだけと言えるのだが。
「…ふむ、試してみるか。」
シャランは少し思いついた事を試す事にした。シャランは無防備に枝の上で立ち上がる。この森を見渡せる木の上という場所に。森が見渡せると言う事は、逆に何処からでも見えると言う事。この側に術者が居るのなら、シャランを見つけ、ビックベアーを嗾ける筈である。
だが、ビックベアーはウロウロとするのみ。まだ見つけられていない事を考慮に入れて、その場で暫くじっと佇んだ後、その場から飛び降りた。知った気配が少し離れた場所で何かをしている事に気づいて、その場を目指した。
「…ふむ、お前は何をしているんだ?」
「お姉様!!」
ラーシャンは真っ二つに割れた金ダライを両手に持ち振り回していた。流石のシャランと言えど、割れた金ダライを両手に持って怪しい踊りを踊る義妹の様子に少々困惑した様子を見せる。
ラーシャンもラーシャンで何かバツの悪そうな顔で固まった。その場を静寂が支配した。
「それで、何をしていたんだ。」
「二刀流ができないかと…。」
シャランは、ラーシャンを問い詰めたことを後悔した。頭痛もしてきたかもしれない。シャランも、何も経験の浅い新人と言うわけではない。この世界に入って、もう自身の年齢の半分以上になる。
十代の時に、騎士団の訓練に着いて行く為にこっそりと背の低い大人の振りをして登録したのだ。それから様々な経験をしてきたが、金ダライを武器にする者等、しかも二刀流でなど居やしなかった。
それも、初めての者が義理とはいえ自分の妹なのだ。頭を抱えても仕方が無いのかもしれない。
「…ふむ、初めてだな、…こう、何といって良いのか判らないのは。」
「お姉様……。」
ラーシャンにとってはそれ程恥ずかしい事ではなかったが、シャランにここまで言われてやっと恥辱が湧き出てきたのだろう。ションボリしつつも、顔は真っ赤だ。いや、真赤になった顔を見られたくなくて俯いているのかもしれない。
「…まぁ、取り合えずは現状を何とかしないとな。」
シャランはこの話題を打ち切る事にした。自分だってまだまだ先は長いんだ。金ダライを武器にする冒険者が出てきたって可笑しくはない。と信じたい。それが最初の人間が自分の義理の妹だったってだけだ。と思いたい。
「はぁ…。」
「ううぅ…。」
しかし中々気持ちは切り替えられず、思わず溜息を吐いてしまった。それに反応して呻くラーシャンを見て、少しは常識を身に着けてくれとも思う。
「…取り合えずだ。あのビックベアーの中に人が居るぞ。」
「えええええぇぇぇぇぇ……!」
突拍子もない事を言い出すシャラン。行動か言動かの違いがあるが、突拍子も無く行動するあたり、やはり姉妹の様であった。
シャランの説明によれば、あのビックベアーを操っている術者は、ビックベアーの中に居るとの事だった。確かに、あの巨体なのだ。中に、着ぐるみのように中に人が居ても可笑しくはないのかと考えるラーシャン。しかも、気配があのビックベアーからしかしないのもそれで説明が付いた。
今、シャランは、ラーシャンとは少々離れた開けた場所でビックベアーと相対していた。シャランの見たてた通りにビックベアーの視界を利用して外界の情報を得ているようだ。シャランが後方へ、木々の影を利用して回り込むと、キョロキョロと辺りを見回しシャランを探す。シャランが視界に入り、視界からほんの少し外れるだけで顔をシャランの方へと向けた。
「ふむ、そんなに広くはないようだ。」
視界は、ビックベアーのモノよりも狭い。これは、操者が中に入っている為、操者本来の視界と、ビックベアーの視界が合って居ない為である。
シャランはそれを確認次第、後方へ回り込み、頭の部分が此方を向いた瞬間を狙って武器を振り下ろす。ガツンッと鈍い音がして、手の感触は確実に仕留めていると感じさせる。しかし、やはり操られているだけなので、全く動じずにシャランに反撃してきた。
「ぐぅ、……この!」
振り下ろされた前足の攻撃を、大剣の腹で受け、そのまま押し合いの形になる。流石の体格差に押し込まれそうになるものの、身体強化の魔法を駆使して、逆に弾き飛ばした。
「当たるが、ダメージとまで行かないか。」
相手は死体なのだ。こちらの攻撃は幾ら当てたところで、ダメージとはならない。後は、ラーシャンに授けた策が成功するのを祈って、ビックベアーを此処に縛り付けるのみ。
ラーシャンは今、必死で蔦等を掻き集めていた。一本では必要な長さまで足りないのなら、数本を纏めればいい。
「長さはどうにかなりましたが、道具が足りない。ああ、もう、どうしろっていうんですか。」
蔦の方は如何にかなった。他の材料も彼方此方に散乱している。しかし、この作戦を完遂するために一番必要な物が見つからないのだ。思わず叫んでしまい、慌てて口を塞ぐ。何かないかと周りを見渡した時、真っ二つに折れた自身の武器が目に入った。
「これです!」
天の采配かと思わず思ってしまったほど、ぴったりの大きさと数であった。
「待っていてください、お姉様。」
囮となっているシャランの事を思いラーシャンは急いで必要な物を作成していくのであった。