西地区はもっとも魔の森に近い場所だ。しかし、この西地区に存在する門には騎士団が配属されていない。この門は王宮や、重要な施設からもっとも離れている事もあるが、何より市民によって新設された冒険者ギルドが特別許可を取ってしまっていた。
その為、緊急時に騎士団を派遣しようとも、この特別許可が邪魔をし、派遣までに時間が掛かっていた。だから西地区の門を守るのは、冒険者ギルドに所属する冒険者達がギルドからの依頼で守っていた。
本来なら問題が起こるようなものだが、冒険者ギルドに所属する冒険者は、元は職に溢れた戦闘職の浮浪人ばかりだ。それ故、安全な後方の戦闘支援に含まれ、更に下手をすれば何もしなくても給金が貰える門番は人気であった。
しかも、手に職を就けたくても就く事が出来ない者達ばかりだ。門番の職を全うしようと真面目に取り組むし、時々起る命のやり取りに怠けたり不真面目になっていくことは少なかった。
その為、問題と言えるようなことが起こらず、王宮としてはこの特別許可を何とかしたくても何もできなかったのだ。
「…ここか。」
目の前にある真新しいレンガ作りの二階建ての建物の前で足を止めたシャラン。シャランはやや斜めに見上げる様に顔を向ける。一階と二階の間にあるレンガに、牛の様な角を持つ魔物の角と剣が交差した冒険者のマークが掘られているのを確認し、その左右に開く扉の右側だけを押し開いた。
店内には、大きな木のテーブルに十数脚の椅子が置かれており、その奥に四脚の椅子と同じく木のテーブル。その奥には棚に酒の類が入った棚が置かれていた。
視線をそのまま横にずらしていくと、何か所かに天上から看板が吊るされ、L字型のカウンターによって囲まれた場所があった。そのカウンターの一か所に、メガネを掛けた細身の男が座っている。
上の看板には登録所と書かれている。流石に冒険者という荒くれ者をイメージさせる場所にも、お役所仕事はそうでもないのかと思い直し、シャランは男の前まで歩いて行った。
「すまんが、登録をしたいのだが。」
「ああ、はいはい。そこの紙に必要事項書いてね。」
その受付の男は、シャランの方を見ずに、受付前に設置された紙束を指す。その紙束の横にペンが備え付けられていた。そのペンを取り、インクを付け必要事項を素早く記入していくシャラン。名前の欄には苗字を書かず、名前だけにした。
年は16とした。シャランの発育は良く、背が小さいとしたのならば成人でも通ってしまう。それゆえ成人したばっかりの年齢を書いても怪しまれることはない。
スラスラと書き進めているシャランだが、職業と書かれた欄で手が止まった。果たして白職と書いて良いモノだろうか。シャランはしばらく頭を抱えた。
受付に入っていた副ギルド長のレオロ=リスキーは、サラサラと滑るように書かれていく必要事項に少々驚いていた。冒険者というのは荒くれ者や浮浪者の集まりである。当然文字が書けると言うのが珍しいと言うのもあったが、何よりその文字を書いている手が白く若い女性の手だったからだ。
いやいや、手だけでその人物像が判る訳じゃないと思い直し、顔を上げ、今度こそはっきりと驚いた。声こそ上げなかったが、その目は見開き誰の目にも驚愕していると受け取れる間抜け面を晒していた。
スラスラと書いていた手が止まる。再び書類に視線を向けた。書き終わったのかとレオロは思ったが、ペンが空中をフラフラと揺れている事から、何か書けない事があったのだろうと推測した。
それも仕方あるまい。レオロは職業柄、王宮に連絡員として派遣されることが多いことから、目の前の人物。シャラン=ブレイブの顔を知っていたのだ。
そのシャランが書けない事、つまりこの国の姫君という職業欄の所だろう。思わずレオロは職業欄は空白でも大丈夫という言葉を飲み込んだ。
良いのだろうか?目の前の相手は、この国の王族だ。そんな人物を荒事である冒険者の仕事に就けて。
確かに、貴族の坊ちゃん達が面白半分に、登録していくこともある。だが、それは後々家を出ることになる三男坊や四男坊だ。
幾ら王宮に特別措置をもらい、冒険者の登録と活動は自己責任とされていても、それでも姫君が冒険者になっても良いモノなのだろうか。思わず頭を抱え、ウンウン悩み出したレオロの前に紙が差し出された。
「職業が白職なのだが、これでいいだろうか?」
「ああ、はい。」
尋ねられた事を、思わず素直に答えてしまった。シャランは、その言葉を聞き、ホッとした様で嬉しそうに微笑んだ。ええい、もう如何にでもなれ。目の前の姫君が白職だと言う事にも驚いたが、もうそんな事は如何でもいい。そんな心情でレオロはシャランの登録を進めていく。
「…登録は完了しました。こちらが、ギルドカードになります。」
登録が終わってしまった。思わず溜息を吐きたくなるレオロ。シャランに、登録内容の一部が書かれたカードが渡す。
「次に、実力検査ですね。如何します?後日にしますか?」
「いや、急いでいるのだが、今からできるか?」
そして、次にその登録した人の実力を測る検査を行う。これは、まだ規模が小さいこの冒険者ギルドでは必須であった。
依頼は危険なものが多い。もし、実力以上の依頼を受けて自滅されると、このギルドまで影響が出かねないからだ。
レオロが、どうかお嬢様の御遊びでありますように。そう願いながら、実力検査を後日行う様、さり気無く勧めるもシャランは直ぐに出来ないかと尋ねてきた。
実力検査はそこそこ実力のある冒険者に、ギルドからの依頼として頼むのが通例となっていた。そして、ギルド職員が審判と判定を行う。しかし、今、このギルド内には冒険者が居ない。魔の森の繁殖期に備える為、西門に出払っているのだ。だが、検査が出来ないわけではなかった。
「はぁ、準備がありますので、声を掛けたらそこの訓練所に続く扉を開け、お入りください。」
「うむ。」
レオロは、一つ溜息を吐いて、カウンターの横にある扉を指しながら、奥へと準備しに行くのだった。