「いらっしゃいませ。安らぎと安眠を提供する宿屋《魔王城》へようこそ。」
「いろいろと物騒過ぎるっ!!」
太陽も完全に隠れた夜の始まり、扉を開けて入ってきたのは勇者ウオイスであった。メイズは笑顔を振りまきながらいつもの常套文句を口にする。しっかりとウオイスにツッコまれたのだった。
「ほんと、メイズ君。その格好、似合ってるね。」
「リナさん、……やめてください。」
メイズはまだ女装中であった。それもメイド服を違和感なく着こなす。胸こそないが、線が細く背が小さいメイズは、何処から見ても美少女であった。店内には優勝者に贈られるトロフィーが飾られている。確りと二年連続優勝を果たしたメイズであった。
優勝したものは、百歩譲って、まぁいい。だが、何故まだこんな格好で接待しなければいけないのか。それは、あれだけ人気を博した白いワンピースのメイズちゃんを客寄せに使わない手はない!と、この宿屋《魔王城》の支配者女将の一言で決まったのだった。
メイズの今の格好は、金髪のカツラを着け、黒いミニスカートタイプのメイド服の上から宿屋のロゴが入った黄色いエプロンを着用している。
「…失礼しました。お泊りですか、お食事ですか?」
これ以上は自分がダメージを受け続けると判断したメイズは仕事を再開させる。
「泊まりたいんだが、食事もできるかな?」
「はい、可能ですよ。お食事はお部屋にお持ちしましょうか?それともお食事処でなさいますか?」
「後で、降りてくるよ。」
勇者が代表して答え、鍵を受け取る。鍵番は二階の部屋を指しており、後で食事処まで降りてくる事を告げた。
「ほんとうに此処のお肉は美味しいわね。」
「ふむ、マジで美味いし。魔物の肉と聞かされた時はどんなゲテモノ料理が出てくるのかと心配したが、名物になるわけだ。」
リナルールは肉に齧り付き、勇者は感心していた。流石に食事処は人が混雑しており、ウオイス一行は別れて別の人と相席していた。ウオイスはジャナサンのテーブルに厄介になっていた。
「ああ、そうだ。メイズ君、明日休みだって聞いたんだが、よかったら町を案内してくれないかな?これだけあちこち変わっていると迷いそうで…。」
「あっ、はい。いいですよ。」
ウオイスがメイズに町案内を頼み、メイズが快く笑顔で引き受けた。一瞬で食事処の音が無くなり、無数の視線がウオイスとメイズを射抜く。
「ど、どうしました?」
ウオイスがその視線に気圧されながら聞く。
「……デートか。デートなのか。メイズちゃんとデートなんだなっ!!」
「うぇ、ちょっ、ちがっ!!」
ジャナサンが血の涙を流しながら、ウオイスに詰め寄り、いやジャナサンだけではなく、食事処に居た男共が詰め寄ってきていた。あちらこちらで、女性の黄色い悲鳴が上がる。
メイズが商店街等の町興しの中心人物の為、町の案内人としても間違ってはいないのだが、如何せん今のメイズの格好は美少女だ。そういう邪推も仕方がないだろう。
メイズも女性陣に捕まり、明日の服装をあれやこれや勝手に選ばれる。全て女性物というのが哀愁を誘うが似合いそうでもある。
この騒ぎは一向に冷めず、ウオイスは殴り掛かってきた男共を必死で捌く。メイズは女性用の下着まで着用させられそうになり、必死で逃げだす。そんな騒動は食事処を閉店しに来た女将さんによって強制的に終了させられるまで続いたという。
漆黒の闇を切り裂き、太陽が顔を出す。宿屋《魔王城》にも朝が来た。瞬間、ドタバタと複数の人が駆ける音がする。腐腐腐なお姉様方だ。今日はメイズがウオイスに町を案内する日だ。当然お姉様方はメイズを女装させようと待ち構えていたのだ。
ここは宿屋である。朝も開けた瞬間からこんなに騒いで、泊まっている客の迷惑にならないのだろうか?
答えはならない。何故なら女性陣は全員メイズを着替えさせようと起きており、男性陣の一部はメイズが行動するのを阻止しようと待ち構え、残りはメイズの女装姿を見ようと起きていたからだ。客は全員起きていることになる。
「あああぁ~~~~~!!」
女性陣の叫び声が聞こえた、緊急性のあるものではなく、どちらかといえば残念とか、やられたという意味の方が強い叫びだった。女性陣がメイズの部屋の扉を開けて見たものは、蛻の殻になったベットであった。
「わるいっ、待たせたか!?」
「いえ、今来たとこですよ。」
このやり取りだけ見ると、カップルのデート待ち合わせのようだが、実際はウオイスとメイズ、どちらも男である。例え片方が女装コンテストで優勝していようとも、そこに邪な物等は入ってはいない。
何処かで盛大に舌打ちした女性陣がいたり、何故かメイズの背中が寒くなったりしたが気のせいであろう。
「でも、なんでこんなに朝早いんだ。」
ウオイスの疑問にメイズは遠くを見てフッと笑った。
「だって、いつまでもあそこに居ればどんな格好をさせられたか…。」
「……すまん。」
哀愁漂うメイズの言葉に、謝ることしかできないウオイスであった。
「何時までもこうしては居られませんからね。さぁ行きましょうか。」
気まずくなった空気を変える様に、メイズが誘う。
「ふっ、そうだな。道案内宜しく頼む。」
「ええ、任せてください。」
ウオイスもまたそれに同意すると、二人は往年の友人のように、待ち合わせ場所だった中央広場を歩き出すのだった。