「ふむ、完成じゃわいのう」
ここは、ティダード王国に密集している島の一つ。同時に拳魔邪神シルクァッド・ジュナザードの根城でもある。元々はジュナザードの偉業を讃える為に建設された神殿であったが、今では弟子育成の場として使用されており建物の中身はそれを行うに相応しい場所として魔改造されている。
そして今この場で邪神の作品が一つ、完成を迎えた。
夥しい程の屍の数を量産しながらも創り上げられた一つの武人の完成系。ジュナザードが過去の実験から得た成果によって効率良く作り上げた弟子。
その名は
今現在、存在する邪神の弟子達の中で最高傑作と言える
「パルマサンよ、よくぞわれの試練を乗り越え妙手の殻を破り達人の領域に到達した。われからすればまだ未熟ではあるが、とりあえずは見事じゃわいのう」
「ありがとうございます、
ジュナザードの言葉に応えるのは未だ幼さの面影が残る青年であった。しかし170程の背丈に細身ながらしっかりとした筋骨を纏った体は見た目以上に油断ならない印象を人に与えるだろう。
彼こそ邪神であるジュナザードが施す数多の試練を乗り越え、ついには10代で妙手クラスから達人に至った天才の中の天才。
「パルマサン、お前であればそう時間を掛けずとも特A級の達人にも至れるであろう。故に今の領域で満足せず進歩し続けるのだわいのう。その歩みを止めるか、われを失望させた時こそお前の命日と知れ」
「はい、師匠」
「カッカッカ、分かっていればよいわい。さて、それはそれとして達人に至った我が弟子を祝わねばのう。あ奴を連れてまいれ!」
ジュナザードがそう言葉を発すると彼の傍に控えていた武人の一人が立ち上がり、奥の部屋に待機させている者を呼びに行く。ほどなくしてジュナザードたちの場所までとある人物が歩いてきた。
その者は一人ではなく、左右から侍女に支えられながら不規則な足取りでバルー・パルマサンの前に辿り着く。そして侍女たちが一礼してその場を去ると真っ直ぐに立たずふらふらと頭を揺らしながらパルマサンと対峙する。
顔の中心に向かって渦を巻く独特の仮面を付け、そこから覗く瞳は焦点が合っておらずどこを見ているのか定かではない。また仮面から露出している口元はだらしなく弧を描いており、少しだけ開いた唇からは涎が零れ落ちようとしていた。
全体的な印象から夢遊病患者のような儚さをパルマサンは感じ取った。
「こやつの名は
”ぷろとたいぷ”と言う奴じゃわい、とそのようにパルマサンに言葉を続けるジュナザード。
プロトタイプ?と疑問を抱くパルマサンにジュナザードはさらに言葉を続ける。
「こやつも見事われの試練を乗り越え死を克服した武人の一人。その後に正式にわれの弟子にしたまでは良かったのだが・・・、悪癖に目覚めてしまいおった」
「悪癖、ですか?」
「死を恐れず技に怯まず前へ前へと出る武人でありわれも期待していたが、
改めてパルマサンは目の前にいるマラガイヤを見る。師であるジュナザードを前にして跪くでも敬うでもなく鷹揚なく左右に揺れて立ちすくむ様は礼を著しく欠いているとも言える。最初はそれを許されるほどの存在かと思っていたが、ジュナザードの言い分を聞く限り礼節を求めるには過剰な相手と判断されているようだ。
人がペットを対等だとは思わないように、マラガイヤは邪神から人扱いされていないのだ。
(なるほど。だから壊れた、か)
ジュナザードは自分に対する無礼は決して許さぬ邪神であるが、同時に分別ある武人でもある。故に壊れて廃人寸前の人間に対してはそれなりに寛容になる。それは同情や優しさなどではなく眼中に無いと言う意味でだが。
問題はなぜそんな
「こやつは失敗の成れの果て。もう一人のお前。お前が辿ったかもしれない那由多の内の1つ。故に数多の実験物を糧に完成し成功したお前がこの最後の遺物を食らう事で過去を洗礼するのだわいのう!」
「はい、師匠」
そういう事か、とパルマサンは納得する。ジュナザードの言を信じるなら彼は己の前任者だ。だがジュナザードの期待には応えられず失敗作となってしまったのだろう。
だからこそ同じ道を通り踏破した自分が彼を下すことにより、その可能性や汚点を消す事をジュナザードは望んでいるのだ。
ジュナザードはそんな科学的ではない精神論を尊重する傾向があった。
是非もなし。自分と同じ道を歩んできた者に多少の同族意識が芽生えども、ジュナザードの命令は絶対である。パルマサンは跪いた状態から立ち上がり、左腕を前へ置き右腕を頭を守るように側頭部付近に添えるプンチャック・シラット独特の構えを取る。
しかし――――
「・・・」
「どうしたわいのう。無抵抗の者を手に掛けるのは嫌かいのう?」
「いいえ、緊張感の無さに戸惑っただけです。すぐにやります」
パルマサンが構えを取り殺気を出しているにも関わらずマラガイヤは戦闘準備にすら入らず、変わらず立ち尽くすだけ。その瞳はこちらを認識しているのかさえも怪しい。
そのことに憐れみを覚えどもジュナザードの言葉により湧いた情は己の中から消す。
ここでこれ以上戸惑えば処分されるのは自分である。
(せめてもの情けだ。一撃で仕留める!)
”猛獣跳撃”
パルマサンは静の気を掌握しながらその場から跳躍し、そのままマラガイヤの体に押しかかる。そして地面に倒すとの同時に体重を利用して首の骨を折ろうとする。
抵抗らしい抵抗を見せぬまま押し倒されるマラガイヤであったが、体に衝撃が走った事によって彼の中でスイッチが入った。
「ぉぉおおおおお!!!」
「なッなんだと!?」
パルマサンはマラガイヤが解放した動の気とその影響による身体のバルクアップのみで、組み付いていた状態から弾き飛ばされてしまう。
「何を驚いておる?そやつは壊れてしまったとは言え、われの古株の弟子で達人にまで至った武人。いずれは追い抜くであろうが今に限れば間違いなくお前より格上の相手だわいのう!」
「ぬううぅぅん」
「ッ何という激しい動の気!」
「それ、あまり時間を掛け過ぎるとお前でも手に負えなくなるぞ?」
パルマサンはマラガイヤの発する動の気の圧力の大きさに驚く。しっかりと踏ん張っていなければ達人である己であっても気圧されてしまいそうだ。
(これが先程まで吹けば飛ぶような廃人と同一人物なのか!?)
油断した。その風貌のせいで意識できなかったがこの男は自分より歴の長い達人なのだ。苦しまずにと安易に首の骨をへし折ろうと飛び掛かった己が愚かだったのだ。
「ならば必殺の技にて葬る!!」
パルマサンはいつの間にか焦点の合わぬ目からこちらを見つめ始めたマラガイヤに向かって駆けだす。
”必殺のジュルス”
ジュルスとはシラットに置いての型である。そこに必殺が付けば文字通り、相手の急所に向けて自分の得意技を繰り出す意味となる。パルマサンが得意としているのは関節やあまり筋肉に覆われていない部位への連撃であった。
それがいまマラガイヤの体に吸い込まれるように次々と繰り出されていく。
「ぶ、ぼ、げへぇ」
「ぐっ、手ごたえがあるのかないのか分からぬ反応を!」
パルマサンの連撃技は余す事なくすべてマラガイヤの体に打ち込まれた。しかしそのことごとくが、鋼のような手応えがするマラガイヤの体の芯を打ち抜けなかった。
(おそらくは外効を徹底的に鍛えこんでいるのであろう。そこに動の気が加わることによって鉄壁の耐久力となっている。だが!)
「シャア!!」
裂ぱくの掛け声とともにパルマサンは決めのハイキックを放つ。まともに当たれば達人と言えども頭は潰れ首はくの字に折れ曲がるほどの風を引き裂く強烈な蹴り。
それがマラガイヤの顔面にまともにぶち当たる、のと同時にマラガイヤの上体が蹴りの進行方向と一緒に回転する。
”地転蹴り”
「ジャアアアアァァ!!」
「ガフッ」
蹴り足の勢いに逆らわず体を倒したマラガイヤは、地面に手を付け逆立ちの体勢のまま蹴りを繰り出す。予想外の反撃技にパルマサンはカウンター気味にその一撃を貰ってしまった。
再び吹き飛んでしまったパルマサンは慌てて体勢を整えようとするが、その彼に向ってマラガイヤは猛追する。
”千鳥追い”
じたばたどたどた、と安定しない歩幅で尚且つ上半身を反らせながらも左右に激しく揺れ動く独特の歩行でパルマサンへと迫るマラガイヤを彼は迎え打つ。
「ええい、気色悪い歩法をするなぁ!」
「アババババババ」
”小鬼の独楽回り”
”跳ねる嘴”
両者はお互いに拳の射程圏内に相手が入ると同時に練り上げた技を繰り出す。
マラガイヤが子供のように体全体で回転しながら迫るのに対して、パルマサンは一瞬の溜めの後に筋肉のバネを利用して跳ね上がる強力な抜き手を放った。
二人はほぼ同時に技を繰り出したが、円軌道の技を使うマラガイヤより直線の抜き手であるパルマサンの攻撃の方が早く相手に到達する。
しかしパルマサンの強力な抜き手は空を切る。
マラガイヤが前後左右に揺れながらぐるぐると体を回転させていたが故に狙いがズレて攻撃が当たらなかったのだ。
そして技を外したパルマサンの横っ面にマラガイヤの裏拳がヒットする。
「ぐぅ」
「おおおおオオオ!」
ぐるぐるくるくる狂々と、一撃を当てただけでとどまらず気が狂ったかのようにぐるぐるパンチを続けるマラガイヤ。パルマサンはその勢いをいなせず、頭・顔・胴体に好きなだけ拳を叩き込まれてしまう。
だが彼もただやられ続けていた訳ではない。抜き手を外してからも返す刃で正拳・肘打ち・蹴りなどを繰り出して応戦をしていた。
しかしことごとくその攻め手は空を切る。
マラガイヤが常に上半身を揺れ動かしているために、パルマサンはその不規則な動きを捉えられずいるのだ。またマラガイヤの攻撃も当てることに重点を置いているためか酷く軌道が読みずらい。結果的にパルマサンはマラガイヤから一方的に殴られた続けてしまう。
「ええい、鬱陶しい!」
埒が明かぬと判断したパルマサンは一度大きく後ろに跳躍して距離を取る。
(落ち着け。確かに奴の技は読みずらく捉えずらいがその分、動きに注力し過ぎていて重心の配分がむちゃくちゃだ。見た目以上のダメージはない!)
パルマサンの予測通り、マラガイヤの”小鬼の独楽回り”には絶対的な破壊力がない。その本質は手打ちによる高速連打と上半身の撹乱である。
これを達人の身体能力で繰り出すからこそ恐ろしい暴力となるのだ。
(典型的な格下殺しの技。だが近しい実力の相手には気勢を削ぐ嫌がらせの技にしかならん!)
「仕切り直しだ。来い、マラガイヤ・モノリマ!」
「はあああ・・・ゥプ」
次で仕留める。そう覚悟を決めるパルマサンに再び迫るマラガイヤは一歩目を踏み出すのと同時に反対の足を引っかけてすっころんだ。
「え?」
思わぬマラガイヤの失態に目が点になり集中力を切らすパルマサン。彼の知らぬことであるがマラガイヤは何か狙いがあって転んだのではなく、単純に技を使い過ぎて目を回し足を引っかけてしまったのだ。
ともすればそれは明確な隙であったが、パルマサンは突然の事に動けず逆に意識の綻びが生まれてしまう。
そこをマラガイヤは逃さなかった。
”前進する鞠”
「バババババババ!」
マラガイヤは立ち上がらず、そのまま顔面を地面にぶつけながら前転を始める。
高速で回転しながらされども顔が地面に当たるたびに上下にバウンドを繰り返す球体となってマラガイヤはパルマサンに迫る。
「う、おお。き、気持ち悪い!」
スキを突かれたパルマサンは慌てて迎撃に入るが、それは悪手の一手であった。地を薙ぎ払うように蹴りを繰り出すがそれが当たる直前でマラガイヤはバウンドしてちょうどパルマサンの真上へと躍り出る。
「しまっ」
「ズオオオオ!」
”樹上落とし”
真上から掌底を繰り出しながら落ちて来るマラガイヤを十字受けにてギリギリで受け止め防御に成功するパルマサン。
だがそこからマラガイヤは流れを止めず締めに移行する。掌底を受け止めた両腕を下方に流して体ごと両足で拘束。そして空いた手でパルマサンの首を締め上げる。
「っ、ぅ・・・!」
「ヌウウン」
ぎゅっとしまる首。抵抗が出来ず息と血流が遮断される。絶体絶命のピンチだ。
ここに到り、パルマサンは
「カア!!!」
「ごふぅ」
「まさかこれを使わされるとは・・・、分かってはいたが油断ならん」
(阿呆め。下手に出し惜しみするから手古摺るんだわいのう)
”戦神降臨”
バルー・パルマサンの切り札。それの本質は脳内麻薬の精密な分泌による痛覚と疲労両方の極限なまでの軽減である。
脳内麻薬を過剰に分泌するのでなく、戦うに支障をきたさないぎりぎりまで痛覚を遮断する精密な配分のコントロールこそがこの技の売りだ。さらにこの技には気付け効果もあり、先ほどまでマラガイヤに削がれていた気勢をパルマサンは取り戻すことが出来た。
今のパルマサンは心を保ったまま痛みにひるまず疲れを忌避せず、また気圧される事もない。そこに静の気も混ざることにより機械の如き精密な動きも可能となっていた。
まさしく戦神となった今のパルマサンに死角はない。
”小鬼の独楽回り”
「ウおオオオ!!」
「無駄だ」
纏う空気が変わる。
それほどまでの変化を遂げたパルマサンにマラガイヤは再び有利を取れた”小鬼の独楽回り”で仕掛ける。
しかしその攻撃は全ていなされ、逆に反撃に講じたパルマサンの拳は全て彼の体の芯を捉えた。
「か、ふ、ぅ」
「いかに不規則な動きと言えど目が慣れれば単純な振り子運動と同義!もはや貴様の動きには惑わされんぞ!!」
パルマサンは宣言道理に縦横無尽に動くマラガイヤの体を正確に捉え攻撃を当てて行く。
脳内麻薬の分泌によって極限まで上がったパルマサンの集中力はあらゆる動きを見切り逃さない。
次第に彼は大技でマラガイヤを仕留めに掛かる。
”眼つきのジュルス”
”頭を落とす石斧”
”追撃の落雷”
戦神状態のパルマサンから繰り出された正確な眼つきはクリーンヒットせずともマラガイヤの体を反らし怯ませた。これにより彼の不規則な動きが一瞬止まる。さらにその止まった胴体に向かって刺さる突き蹴り放たれ、それをまともに食らったマラガイヤの体はくの字に折れ曲がってしまう。同時にパルマサンは上体を捻って回転。体が折れ曲がり頭が下がったマラガイヤの後頭部に容赦なく踵を振り落として地面に踏み潰す。
そして止めと言わんばかりにうつ伏せに倒れたマラガイヤの背骨を狙って追撃の踏みつぶしをお見舞いした。
轟音と共にパルマサンの足裏と地面にサンドされたマラガイヤは大量の血反吐をまき散らす。
「ぶひゅ」
終わった。そう思い技を出し終わったパルマサンは倒れ伏したマラガイヤの近くに着地し背を向ける。そこにカッと目を見開いたマラガイヤが襲い掛かるが―――
”後背総攻”
それを読んでいたかの如く、パルマサンは背後に諸手の突きを繰り出し迫りくるマラガイヤを撃退する。だがマラガイヤは再び立ち上がる。はじめと同じくふらふらと胴体を揺れ動かしながら。
変わらぬマラガイヤのその姿は見る者によっては、不死身の化身にも映るだろう。
しかし集中力が極限までに引き上げられたパルマサンには、確実に限界が近づいているのを見切られていた。
「無駄だ。貴様の動きは全て見切った。もう当たることはない」
「・・・と」
「?、武人ならば潔く負けを認め散るがいい」
「と・・・・っと」
マラガイヤへ諭すように語り掛けるパルマサンに対して、彼はぶつぶつと何事かを呟く。
(ダメージの蓄積で正気を失ったか?いやそれは元々だったな・・・)
「も・・っと、もっと・・・もっと!もっともっともっともっとッ、俺を攻め立ててくれぇぇ!!!!!」
「!」
突然の大声にパルマサンは目を見開く。マラガイヤは口から血と唾液が混じった液体をまき散らしながら、パルマサンに向かってさらなる動の気を発して獣欲に染まった瞳で彼をねめつける。
「なるほど。貴様が
「ぁぁあああああ!気持ちいいイイィ!!↑」
脳内麻薬の分泌による身体能力の向上は非常に有用な反面、それは強力な快楽と依存症を引き起こす。もしそれにはまってしまえば人は快楽を得るためだけの獣となってしまうだろう。
「痛みが貴様の脳内麻薬のトリガーならば・・・そうなるのは必然か」
「はあ、はぁ、ハアァァァ!」
初めて会った時のマラガイヤの異様な状態はジュナザードの試練を乗り越えられなかったのではなく、脳内麻薬の分泌による負の側面から抜け出すことが出来なかったせいであろう。
これにより必要以上にダメージを貰いたがってしまう悪癖ができてしまったマラガイヤは、達人の耐久力を以てしても無視できない程の後遺症を体に蓄積してしまっているのだ。
「もっと、もっと、もっとおぉぉぉ!!」
「いいだろう。望み通り貴様に引導を渡してやる!」
脳内麻薬の過剰摂取はあらゆる痛みと恐怖を忘れさせてくれるが、同時に動きの繊細さを大きく欠くようになる。
そんな雑な攻め手はパルマサンからすれば隙でしかない。
「アアアアァァァ!」
「シィッ」
ただ快楽を求め付き込むだけのマラガイヤに、パルマサンは冷静に決めの一撃を打ち込み続ける。ドスゴス、と重撃と呼べる攻撃が次々とマラガイヤの体に突き刺さる。
流石にダメージの許容量が限界を超えたのか、マラガイヤの膝は笑いはじめその足の歩みが止まる。
「いくら達人の肉体と言えど、攻撃を受け過ぎれば壊れるのは必然!」
「あ・・・う、う」
「ダメージの限界を確認。
「うえ、お・・・おおおおお」
度重なる打撃により肉体の限界に到達したマラガイヤに止めの一撃を放つべく、パルマサンは渾身の肘打ち下しを繰り出す。
限界を迎えたマラガイヤにその一手を避ける事はできない。
絶体絶命、逃れられぬ死の運命。過去、マラガイヤが何度も見て来た光景だ。
だからこそ、それに晒された時マラガイヤ・モノリマは
「ぉぉおおああああ嗚呼嗚呼ぁぁぁぁ!!!!!」
「!?」
「はあ、パルマサンめ。追い詰め過ぎたわいのう」
”絶頂モード”
奥義の発動。これこそマラガイヤの第二形態。パルマサンの”戦神降臨”が脳内麻薬の繊細なコントロール技術だとするならば、マラガイヤのそれはまさしく対極。脳内麻薬の超々過剰生成・分泌である。
常人の数百倍の脳内麻薬を瞬間的に生成することによってマラガイヤは生物としてのリミッターを全て取り払うことが出来るのだ。
それによってブーストされたマラガイヤの動の気は武人の上澄みである特A級の達人にすら匹敵する。
故に―――
「う、ああ・・・」
「・・・」
戦神状態のパルマサンであったとしても、不意打ち気味に次元の違うレベルの気当たりに晒されれば怯んでしまうのはしかたのないことであった。
そんなパルマサンの姿を邪神は片眉を上げながら見つめる。
「ふううぅぅぅッ」
そしてマラガイヤは彼らを尻目に、二足の直立状態からおもむろに四つん這いへと移行する。”絶頂モード”の時に真価を発揮するマラガイヤのもう一つの奥義。
”のた打ち回る兇鬼”
「おおおおおオオオオ!!!」
その動きをなんと表現したら良いだろうか。人体の限界を鼻で笑うかのような柔軟性を見せつつ。雄たけびを上げ手足をバタつかせ這いながら接近してきたかと思えば陸上に打ち上げられた魚の如く、その場に留まり意味もなく飛び跳ねる。
常に頭をデスメタルのパフォーマンスのように上下に振り、体はブレイクダンスより激しく動かし続ける。よくよく見れば体を動かすたびにマラガイヤは痙攣していて明らかに無理な負担を己に掛けている事が分かる。
かと思えば自分の体を壁や地面に受け身も無しに叩きつけ自傷行為を躊躇いなく実行する。当然の如く彼の口からは血の泡が流れ続ける。驚くべきことに、その無駄な動きの数々には何の意味も持ち合わせていない。
その姿はまさしく地面をのた打ち回る狂った鬼だ。
そんな意味不明な動きをする
「う、わああああ。きもい!気色悪い!!」
「ラッテェェェェ!!」
達人となって日が浅いパルマサンが戦意を喪失して逃げてしまうのは仕方の無いことだった。
「こっちに来るな、変態がああぁぁ!」
「オロロロロロロ!!!!!」
既にパルマサンの心境は逃げの一色に染まっており半ばパニックになりながらマラガイヤに背を向け走り続けている。その影響で彼はせっかくの戦神状態が解けてしまい冷静な判断が出来なくなってしまっている。
とは言え、逃げの一手に夢中のパルマサンにマラガイヤは追いつくことができないでいた。なぜなら”のた打ち回る兇鬼”は無駄な動きが多すぎるからだ。
己の中の爆発するエネルギーに感化されてがむしゃらに動かし続ける姿は相手に異様な印象を植え付けて戦意を削ぐには十分な効果を発揮する。しかしその反面、相手を追い詰める効率的な動き方としては無駄な動き多過ぎて落第点だ。
さらに今のマラガイヤは限界に達していた肉体にさらなる負担を強いて動いているのだ。
本質的にこの技は長続きはしない。
一見、臆して逃げ回ると言うのは悪手に思えるが今回に限って言えば間違った選択肢ではない。パルマサンはある意味で無意識のうちに最適解を選んでいたのだ。
しかしそれが邪神の許容を超えないかは別問題である。
ふと、パルマサンは逃げ回り続けている中で思い出す。自分が一体誰の前でこんな情けない姿をさらし続けているのかを。
慌てて師であるジュナザードに意識を向けた彼の耳に邪神の声が届く。
「はあ。期待外れだわいのう」
「あ・・・」
案の定、逃げ回るパルマサンを見たジュナザードの瞳には失望の色が濃く出ていた。
パルマサンは余りのショックに思わず足を止めてしまう。
「ち、違う。違うんです。師匠!」
「情けない姿を見せおってからに。そのような痴れ者に我がシラットを極められる道理などないわいのう」
「お慈悲を!お願いします、師匠。まだ私は負けていません!!」
「一度折り目が付いた武人は逃げ癖が出来る。特にお前にはそれが致命的だわい。もうわれはお前に何の期待もできんわいのう」
「そ、そんな・・・」
このティダード王国に置いて邪神に見限られるのは死と同意義である。特に弟子クラスの頃からジュナザードに目を掛けられて成長してきたパルマサンにとってその事実は死ぬ事よりも重い。
その姿は偉大な父に見捨てられた子供の如し。
「あ、あ・・・師匠」
「バルー・パルマサン。われの気を引く暇が今のお前にあるのかわいのう?ほうれ、
「え?」
ジュナザードの言葉に正気に戻ったパルマサンは背後に迫っている気配に気付き、慌てて振り返る。
背後を見たパルマサンの目に映った最後の光景は、狂気に染まった鬼が、否、接吻さえ出来るドアップの距離にまで迫り来たマラガイヤ・モノリマの顔であった。
「オルラァ!」
「ご・・・」
パルマサンに飛び掛かったマラガイヤはそのまま体に組んで極めて押し倒し身動きを封じた後、一撃で急所に渾身の打撃を浴びせて部位を破壊した。
抵抗すら許されなかったパルマサンは、先程の激しい攻防が嘘のようにあっさりと絶命した。
「はあ、はあ・・・」
マラガイヤは己に迫りくる死の脅威を排除するのと同時に今まで必要以上に発していた動の気が霧散する。
”絶頂モード”は脳内麻薬の大量分泌にって生物の枷を外し、際限なく気の開放を行う技である。実力以上の気を扱える用になるのがメリットであり、同時にブレーキが無くなってしまうのがデメリットでもある。
本来であれば一度使えば多くの未熟な動の気の武人が辿ったように、廃人になるまで気の開放を止める事が出来なくなってしまうのだがマラガイヤは精を吐き出すことによって強制的に技を解く事ができるのだ。
これがマラガイヤの第三形態。
”鎮魂モード”
己に掛けたあらゆる
「まったく、今まで掛けた時間が無駄になったわいのう」
そう言葉を漏らすジュナザードはおもむろにマラガイヤに視線を向ける。ジュナザードの実験を生き延び、数多の死の運命を乗り越えついには何も成せずに壊れてしまった武人であるマラガイヤ・モノリマ。
しかし、何時までもしつこくのた打ち回り意地汚く生を掴み続けてきた来たこの弟子にある種の愛着をジュナザードは持ち合わせていた。
あくまで
「マラガイヤよ、此度はよく生き残ったものだ。また用が出来るまで体を休めると良いわいのう。連れ行けい!」
ジュナザードの言葉と共にマラガイヤをこの場まで連れて来た侍女の二人が彼の傍まで駆け寄ってくる。
「思うた結末とは違ごうたが・・・まあ、良いわい。あの程度の武人などまた作ればいいだけだわいのう」
ジュナザードが次なる弟子育成の構想を練るのを尻目に、マラガイヤは侍女の二人に支えられながら奥に有る自分の部屋へと消えて行くのであった。
――――――――――
―――――
―――
(ここは・・・どこだ?)
”鎮魂モード”に入ったマラガイヤは一時的にだが正気を取り戻す。この技はあらゆる強化を解き体に掛かる負担を無くすため、実験や死闘によって心の奥に沈んでしまっていた彼の自我を呼び戻す事ができるのだ。
(ああ、いつもの事か)
マラガイヤは、否、アンドリーは自分の下に転がる死体と邪神が見下ろしている状況を把握し己が死闘を制したのだと理解する。一体自分がどれほどぶりに意識を取り戻したのかを考えようとして―――
無駄な事だと止めてしまう。
(どうせまたすぐに分からなくなってしまう)
”鎮魂モード”によって保たれる正気の時間は僅かでしかない。故にアンドリーはまた意識に靄が掛かり何も考えられなくなると諦めてしまった。終いには、侍女たちが己の体を支え運び始めた。また狭い牢獄のような部屋で眠るような日々が始める。
だが、
「それでも、今日を生き伸びることが出来た」
そんな確かな実感から零れ落ちた言葉を、侍女の二人だけが聞いていた。
バトル描写を入れたら文字数が跳ね上がって草
後、1~2話くらいで終わると思います。