――己は死ぬかも知れない。
「それで状況はどうなっておる?」
「はい。以前として彼奴等は押しては引いてを繰り返しており、本格的な侵略には至っておりません」
「なるほどのう」
――己は殺されるかも知れない。
「にしても鬱陶しい限りじゃのう」
「…正直、彼奴等の目的は兎も角、狙いが理解出来ません。何を仕掛けてくるにしても中途半端です」
「先に拳を振り上げたのは向こう。それがこの体たらく。単純に引っ込みが付かなくなっておるのだわい」
――己は今からきっととても愚かな事をする。
「事がここまで至ってしまえば、闇の連中の話もバカに出来なくなって来たわいのう」
「例の提案をお受けになられるのですか?」
「くだらん馴れ合いは不要と思うておったが一考の価値があるわい」
――これから訪れるであろう末路を想像すると心と体が怖れで震えてしまう。
「闇には話を聞くと返事を送っておけい」
「御意」
――いや、真に恐ろしいのは己の大切な者にも不幸が降りかかってしまう事だ。それも己の浅はかな選択のせいで。
「しっかし、本当に余計な事しかせんわいのう。武器組の連中は」
「正しく、仰る通りです」
――それでも/だけれども、己は示さなければならない。
「まあ、良いわい。落とし前はいずれ付けさせるとして今は――」
「拳魔邪神様。お願い申したい儀が御座います」
「……」
――神に物申すなど万死に値する無礼だったとしても。
「この痴れ者が!許可も無く声を発し、あまつさえ侍女の分際でジュナザード様に嘆願するなど何様か!!」
「…」
「貴様、何を黙って「良いわいのう」ジュナザード様!?」
「偶には身の程を知らぬ者の言葉を聞いてみるのも一興。言ってみるわいのう」
「はい、ありがとうございます」
神がこちらを見ている。血に染まったかのような赤い目で。それが恐ろしくて畏ろしくて体が震えてしまう。それでも気が遠くなりそうな意識を隣にいる
「拳魔邪神シルクァッド・ジュナザード様。どうか、どうかお願いします。貴方様のお弟子の一人であり此度の出陣で戦死してしまった彼。マラガイヤ・モノリマ様の魂の鎮魂のお役目を私たちに与えて下さい」
――きっとそれが、人が通すべき意地なのだろうから・・・
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第二次世界大戦が終わったティダード王国では内外問わず、手広く軍門の扉が開かれていた。表向きは富国強兵による国力の強化であったが真の目的は、ジュナザードの野望を叶える為の贄を効率良く集めるためであった。
当日、まだ未成年であったマラガイヤ・モノリマことアンドリーもこの計画に巻き込まれてしまった者の一人だ。
しかし、これによって集められてしまった者達が全員人体実験に等しい目にあったかと言うとそうでは無い。
当然の事ではあるが、組織が大きくなればなるほど日々の雑用等のやらなければいけない事は増える。短期間の内に一気に人員が増えてしまったティダード軍も例外ではない。
故に、実際にはモルモットに選ばれた彼等やジュナザードの弟子として選別された武才のある者達より、縁の下の人間が多いのは当然の事であった。
アリナとキャロンの双子の姉妹もそんな多くいる雑用係の内の一員であった。
彼女達がティダード軍に所属した理由は単純で、家が貧しかったからである。十人姉弟の長女と次女として産まれて来た彼女達は、物心が付いた幼い内から家の中で働いていた。
幼い自分達よりさらに小さな弟と妹の世話に始まり、家族の食事の準備や洗濯物などの雑用を1日掛けて遂行する。毎日、朝早くに起きては暗くなるまで内職をして眠りに付く日々。
子供ながらしんどいと思う生活ではあったが、彼女達は半ば仕方のない事だと諦めていた。
誰のせいでもない、全てはこの貧しさが悪い。むしろ家があり少ないとは言えご飯がちゃんと食べられる自分達はまだマシな方だと慰めながら・・・。
そんな日常が唐突に終わりを迎えたのはアリナ達が十代の半ばに差し掛かった頃だ。
ある日、自分達の家の前に軍用の大型車が停まると着の身きのままその車に双子の片割れと一緒に彼女たちは押し込まれてしまった。突然の事に泣き叫ぶ弟妹を抑える母を尻目に父が宣う。
『お前たちはもう家の子供ではない』、と。
事実上の縁切りだ。これによりアリナたちの両親は国に貢献したことが認められ、いくらかの給金と一定期間の税金の免除と言う恩恵をを受け取る事が出来たのだ。
こうしてアリナ達は車の中で自分達と同じ様に身売りされた人間と一緒にティダード軍へと運ばれて行った。
軍属の人間となったアリナとキャロンは侍女としての教育を受ける事になる。容姿が良くまた幼いころから働いてきたこともあり要領が良かった二人は、侍女の中でも重要視されている拳魔邪神の直弟子たちの世話係として働く事となった。
拳魔邪神の弟子の世話係ともなれば、ほぼほぼ弟子一人に対する専属である。ここまで来れば十重二十重の他の下働きたちのように雑に扱われる事もない。
給金こそ奉公のため無いが衣・食・住が保証されている。後は己達の主人になる方が出来うる限りマトモな武人である事を願うだけだ。
そんなアリナとキャロンの願いはある意味では叶いある意味では外れてしまう。
アリナ達が初めて自分達の主人に出会ったのは、彼女たちが一人前と認められて直ぐの事であった。マラガイヤ・モノリマと名乗った青年を前に彼女達は少しの間彼の容姿に見惚れてしまう。
武力によって国を救ったティダード王国内での武人の扱いは、他の国と比べて一線を課す。故にアリナもキャロンも武人と言う存在に対してそれなりに畏怖の念を抱いていた。
自分達はてっきり鬼の様な益荒男に使える事になると覚悟していた二人の前に現れたのは、自分達よりいくばか年上の端正な青年であった。
あまり同年代の異性との思い出が無い彼女達にとって、若く外面の良いマラガイヤは中々に刺激的な相手であったのだ。
マラガイヤ・モノリマだ。今日から世話になる。その様にまともに挨拶を交わしてくれた彼に、当初、彼女達は当たりを引いたと喜んでいた。
まあすぐに彼の外面が剥がれてその本性を知り、やはり武人にまともな奴はいないと分からされるのだが。
ともあれマラガイヤと彼女達はそれなりに良い関係を築けていた。十年以上の時を過ごす中でパートナーと思える位にはお互いに信頼関係を持ち合わせていた。
武人の中には世話役等変えのきく消耗品費のような扱いをする者もいる。だが、マラガイヤは邪神の弟子になったその経緯から他者に対して乱雑な行為を強いる事は決して無かった。
彼女達も一緒に過ごすうちにマラガイヤの特異性には慣れていき、次第に彼の奇行にいちいち驚かず目を伏せて流せる様になって行った。
二人の姉妹は何となくこんな生活が続いていくのだろうなと漠然とした想いを胸に月日が流れて行った。そんな保証など何処にもありはしなかったと言うのに・・・。
変化はある日、突然訪れた。それは最初、ほんの小さな出来事であった。
最初は意見の食い違いが起こった。確かに伝えたであろう言葉が何故かマラガイヤは知らず、また持ち物の紛失や必要な事を忘れてしまう等。一つ一つは些細な事で月に一度あるかないかの頻度であった。
アリナたちもこんな小さな事で目くじらを立てる必要も無いと判断して気にも止めていなかった。
しかしその判断が間違いであった。月に一度のミスが半月に一度になり、半月に一度の失敗が数日に何回も起きる様になる。
流石におかしいと考えたアリナ達は改めてマラガイヤに確認を取ろうとした時、既に手遅れになってしまっていた。
何故なら様々な問題が多発した頃、マラガイヤの意識は酷く曖昧な状態になっていたのだ。どんなに話し掛けても返答が数テンポ遅れ、さらには返事をしたとしても要領の得ない呻き声のような言葉ばかり。
マラガイヤとの意思疎通は非常に困難な状況になっていた。
終いには自身の部屋の床に一日中寝転がり、ろくに動かなくなってしまう。ここに至って漸く双子の姉妹は、マラガイヤが取り返しの付かない状態になってしまったのだと悟った。
そう、マラガイヤは心身をやつし壊れてしまったのだ。
既にマラガイヤの意識は手遅れと言えるほどにる。その者たちは皆一応に手に武器を持ち、ティダード軍の本領であるジャングルファイトの最中で一進一退の攻防を繰り広げていた。
互いに譲らぬ戦いは次第にティダード軍が優勢に成りつつあるが、その戦況は泥沼といって差し支えがない程に混迷していた。そんな中で貴重な達人を遊ばせて置く余裕などティダード王国にあるはずも無く、壊れてしまっているとは言え戦闘に支障は無いマラガイヤは否応にも戦場へと駆り出されてしまったのだ。
そんな遠ざかるマラガイヤの背中をアリナとキャロンの双子の姉妹は見送る。せめてどうか無事に帰ってくる事を願いながら・・・