「クソ…」
武器組の
「クソ、クソ、クソッ」
今現在、彼はティダード王国に攻め入る勢力の一員にしてその勢力の指揮を取る最高責任者であった。元々はジャックより上位の武人もいたのだが、ティダード王国の軍勢力と戦っている内に戦死し彼にその役目が回ってきたのだ。
当初は手柄を立てる機会が訪れたと高揚していたジャックであったが、それも泥沼と表現してもよい現状の前に消え失せた。今はただこのどうしようもない状態に焦燥感が募るばかりだ。
「クソ!クソ!クソ!クソッタレが!!」
声を荒げながらジャックは思う。こんな筈では無かったと。
「いったい何処からケチが着き始めやがった!」
ジャックたちは今回の侵略戦に置いて十分な戦力を用意していた。元より無手の武人が収める国など武器組の達人たちからすれば目の上のたんこぶだ。
戦場を素手で駆け回る気に食わない連中に圧倒的格差を見せ付け勝利する。そうなる筈であった。
「何で俺がこんな貧乏クジを引かなきゃいけねぇんだ…」
ジャックは嘆きの言葉を溢しながらここに至ってしまった要因を思い出す。
――――――――――
―――――
―――
第二次世界大戦が終戦した際、幾つもの勢力が戦争の影響で衰退をしてしまっていた。だがそれとは違い逆に頭角を表す組織も存在する。マフィアやヤクザ。粗暴も知れぬ乱雑な者ども。そして"闇"。
闇は元々はそれなりに力はあれど数ある裏組織の一つであった。しかし第二次世界大戦のいく末を読み切り、力を蓄えて終戦後の弱った組織勢力を次々に取り込み強大な裏の勢力として弾頭し始める。
歯向かうものは文字通り消し去りながら…
そんな闇が取り分け力を注いでいたのは武人の、それも
無論、彼等の確保は容易ではなかった。己を鍛え上げ自分の決めた信条を貫く武人という存在は兎に角我が強い。むしろ闇と言う怪しい勢力に就くのを良しとしない者の方が多かった。
しかし、それも時流が闇に味方した。
端的に言えば武人の界隈は深刻な人材難に陥っていたのだ。自尊心の強い彼等の大半は戦争時に置いても伏して黙する事を良しとせず、進んで戦いに赴いて行った。結果多くの戦死者を出し起こった人手不足。
ある武人は後継者を失い、ある武門の家系は当主が亡くなり、ある武術家は己の命以外の全てを戦火に焼かれてしまった。にっともさっちも行かなくなった彼らの隙を闇は突いてきたのだ。
闇の加入に渋っていた武人もこのまま受け継いできたものを失伝するくらいならばと徐々に闇へと参入して行く。並みの人間の数十倍の働きをする達人。達人に及ばずとも近しい実力を持ち合わせる妙手クラスの武人。そして達人の中でも武を極めその戦闘力は数個師団に匹敵するとされる存在。特A級の達人たち。
彼らを取り入れる事が出来た闇はあらゆる国に巣くう強大な、唯一の裏組織として君臨することができるようになったのである。
とは言え、順調に成長した闇も全てが上手く行った訳ではない。より正確に言うならば上手く行きす過ぎたとも言える。
組織の急速な拡大により外様の派閥がいくつか出来てしまったのだ。大抵は大本の闇の陣営の力で押さえ付ける事が出来るが、そうするのが難しい派閥もあった。それが武人同士が集まりでき上ったコミュニティ。”武器組”である。
武器組の武人は無手の武術家に比べて身内同士の結束力が高い傾向にあった。同時に外の、特に無手の武人に対しては辟易とした態度を隠さない。彼らは闇に対しても似たような感情を抱いていた。今は組織に属する者として従うが何れは闇を掌握して自分たちの物とする。
そんな野望がひしひしと伝わってくる相手であったのだ。
さらに闇には無視できない国があった。それは列強諸国の重圧を撥ね退けた東南アジアに現存する邪神が住まう場所。ティダード王国である。闇は特A級の達人さえ下段に置く超人と言う存在の脅威を正しく理解していた。
しかも厄介なことにティダード王国の全住民はもれなくジュナザードに心酔している。その熱狂は闇の入り込む余地を完全に遮断していた。加えて東南アジア限ってみれば一番多くの達人を抱えた国である。
国を味方に付けた超人とそれに従う数多の達人たち。このまま野放しにしておけば間違いなく闇とっての癌となる。故に闇は何としてもティダード王国に、否、ジュナザードに首輪を掛けたかった。それが無理にしても監視下には入れたい。
そう思い何度も闇からティダード王国に打診を送っているが結果は芳しくなく未だに門前払いである。ジュナザードとしては弟子の育成に忙しかったのと自国で十分完結しているのにくだらない条約をしてまで闇に属するメリットがなかったからであるが、その選択は闇の面子を大いに傷つた。
かと言って闇側は強硬策を取る訳にもいかない。各国に根を張り強大な組織となった闇が全勢力を次ぎこめばいかに超人が住まうティダード王国とて敗戦は免れないだろう。だがその選択は闇の力を大きく削ぐものでもあった。
そうなったが最後、闇は必ずこれまで行って来たように他の勢力に飲み込まれるだろう。まさしく漁夫の利である。
無視できない
無手の超人であるジュナザードが率いる達人の軍勢がどれだけ強力であるか。放っておけば将来、どれほどの脅威と成り得るのか。また仮にこの国を制圧できれば闇にとってどれだけの貢献になるのかを。
そしてその情報は武器組の武人たちの自尊心を大いに刺激した。彼らは意の一番に名乗り上げ、闇からティダード王国の属国化計画を引き継ぐととなった。
武器組からすれば降って湧いた儲け話だ。元よりいけ好かない無手組の武人の勢力を制圧できる名分を手に入れることが出来る上に、ティダード王国の属国化が成功すればその手柄で闇の中でも抜きん出た派閥と成り得る。そうなれば闇を掌握するのも時間の問題だ。
こうして武器組はおざなりに交渉の使者を一度出し、それがいつもの如く蹴られると知ると嬉々としてティダード王国に侵略を開始した。
特A級の達人が3人。それに迫る実力を持つ10人の達人と、並みの達人を30人。加えて妙手クラスの武人と闇から借り受けた戦力、合わせて1200名の軍勢を以てティダード王国に攻め入ったのだ。速攻でもって短期間の内に終わらせる。如何に超人のいるティダード王国とてこの戦力を前には頭を垂れるしかないだろうと彼らは考えていた。
特A級の達人と幾人かの実力者であった達人がジュナザードによって殺されるまでは。
悲しいかな、彼らは超人のことを情報でしか知りえていなかった。後に闇へと加わる精霊の如き超人がいればまた結果は変わっていたかもしれないが、このことによって武器組は大打撃を受ける。
そしてあらかた興味の引く武器組の達人を食らったジュナザードはそれに満足し、後の戦いを弟子の武人や軍人に明け渡す。自分が育てた弟子たちにさらなる戦闘経験を積ませようとしたのだ。敵の
普通ならばジュナザードが思い描く通り武器組は撤退していただろう。戦力の大きな低下と敵国内での不利な戦闘。ここまで形勢が悪くなれば勝てる見込みもほとんどなくなる。
しかしここで1つジュナザードは予想を外す。武器組では責任者や指揮者倒れればその次に実力があるものがそれを引き継ぐ。特A級の達人たちが倒れその役回りが回ってきたのが達人であり残存戦力の中で一番の強者であったジャック・ジャガーである。
彼はここで1つの思い違いと溢れ出た欲に飲まれ、ティダード王国への侵略を続行する判断を下す。
これにより武器組とティダード王国の戦いは泥沼の戦況へと進んで行くととなるのであった。
――――――――――
―――――
―――
「チクショウ・・・」
全ては己の選択の結果とは言えジャック・ジャガーは嘆けかずにはいられなかった。一応彼には彼なりの勝算があったのだ。味方の特A級の
冷静に考えてみれば特A級の達人とそれに迫る実力を持つ達人と戦って無事でいられるはずがない。特に彼らは先の大戦を生き延びた古強者だ。敵の
そのジャック考えを後押しするように前線から拳摩邪神シルクァッド・ジュナザードの姿が消えた。そしてティダード軍の足並みが酷く乱れたのだ。今なら勝てる。そう確信したジャックは渋る仲間を無理矢理説き伏せて賭けに出た。
結果から言えばジュナザードは普通に生きており、ティダード軍の士気が乱れたのもジュナザードが指揮権を弟子や部下たちに丸投げしてしまったせいであったためジャックの博打は盛大に失敗してしまう。
そこからの転落は言うまでもない。まがいなりにも武器組の精鋭を選出してティダード軍に攻め入ったため極端に押されることはなかったものの、戦況は好転もしなかった。戦況は泥沼に陥り、そして徐々にだが形勢は相手に傾き始める。そして武器組率いる武人の軍勢は既に当初の三分の一にまで人数を減らしていた。
撤退すべきである。しかし後がないジャックにはその選択肢を取る事が出来ずいたずらに戦力を消費する事しかできなかった。
彼には野望があった。並外れた上昇志向とそれを可能とする才覚。いずれは闇の組織でのし上がり幹部に出世する。今回の作戦が成功すれば十分にあり得た未来であった。
ただ彼には運がなかった。それだけの話である。
「クソ、ここまでして何の成果も無しに帰れば俺は闇に消される!どうすればいいんだよ!!」
武器組がいくら身内には甘いとは言えそれも限度がある。特にジャックは功を焦って貴重な戦力を無駄に消費してしまった。このまま帰れば確実に処分される。
普通に死ねれば御の字。十中八九見せしめとされる。そうなれば饒舌に尽くしがたい最後がジャックを待っているであろう。
「もううんざりだ。蒸し暑いこのふざけた気候も、毎日毎晩やかましい気色悪い羽虫共も、ネズミのように駆け回ってくるティダードのクソ武人共もッ。うんざりだ!!」
ジャックは苛立ちをぶつけるようにテントの中で叫ぶ。もはや彼は半ば自棄になっていた。
「ジャック、声を抑えろ。外にまで響いているぞ」
「!?、ショウッ、入ってくるなと言ったろ!」
そんなジャックに声を掛けたのは外からテントに入って来た武器組の武人である。ショウと呼ばれた彼は腰に刀を差した達人だ。今残っている戦力の中ではジャックに次ぐ実力者である。彼の発言力は高くジャックを除けばこの勢力の中で一番だ。故にジャックもショウの事は無下には扱えなかった。
「落ち着きたいから一人にしてくれと言う言葉に従ったんだ。それなのに怒号が聞こえてくればそうもいくまい」
「く・・・、分かった。静かにするからよぉ、出て行ってくれ」
「・・・」
「ショウ。出て行けと言ったんだ。
己の指示に従わないショウにジャックは苛立ち、再び激高する。そんなジャックの姿を半ば冷めた目で見つめながらショウは言葉を発する。
「もう終わりだジャック」
「何を言ってるんだ」
「ティダード軍相手に勝ち目は薄く、士気も低い。オレたち以外の人員ももう限界に近い。他の達人だって顔に出さないだけで今の状況にはうんざりしている」
「それをどうにかするために今、作戦を考えてるんだろぉうが!」
「ここからどうにか出来ると本当に思っているのか?」
「っ」
ジャックは図星を付かれたことにより思わず言葉に詰まる。だがここで諦めの言葉を口には出せない。出したくない。それは己の命の灯を消すのと同義なのだから。
「・・・。無手組の連中にぃ何もできずむざむざ負ける事なんてできるかよ。明日、今ある残存戦力で総攻撃を仕掛ける。わかったら明日に備えろ!」
「・・・、飽きれた、それがお前の選択か。悪いがジャック、
何を、そうジャックが疑問を口にする前にショウはテントの入り口の布を手で押し上げる。
「お、お前らいつからそこに・・・」
「聞かせて貰ったぞ、リーダー」
「こんなズタボロの状態で特攻ですって?貴方は正気なのですか」
「ふざけたことを抜かすなよ。クソ野郎」
ショウが入り口を開けた先にいたのは、ショウとジャックを除く他の達人たちだ。それぞれが己の武器である長剣を、槍を、トンファーを、抜き身で装備しテントの外に立っていた。彼らはこの期に及んでまだ撤退を選ばないジャックの姿に失望し彼を厳しく睨みつける。
「じゃあ何か。このまま無様に惨敗して帰って、他の連中に嘲笑われてもいいってお前たちは言うのか!?」
「お前は自分が笑われたくないだけだろうがよ!」
「違う!そんなことはない!!」
「リーダー。もう出来る出来ないだとかやるかやらないかだとかの区分は過ぎてるんだ」
「先ほどショウさんが時間切れだと言いましたよね。その意味、我々の口から直接言う前に察して貰えませんか?」
ジャックに嫌な予感が走る。
「まさかお前ら」
「ジャック。お前を除いた他の達人全員と話し合って決めたんだ。もし撤退を選ばずにこれ以上戦闘を望むのであれば、ジャックには
「何だと!?お前ら裏切るつもりか!!」
「裏切るだぁ?今日にいたるまでお前の無謀な命令に従い、お前の事を信じて戦ってきた
武器組の勢力に置いては最も強いものが全体の指揮を取る傾向がある。だからジャックも今までに無茶な命令を出して他の者たちを従わせることができた。だが逆に言えばそれはジャックさえいなくなればショウが勢力の諸々を引き継ぐことができると言う事なのだ。
戦場に置いて恨みを買い過ぎたものは後ろから撃たれると言う。ジャックにとってショウたちの言葉は事実上の
「・・・俺に勝てると思っているのか。俺はこの中では一番の強者だぞ」
「逆に聞きましょう。いくら貴方が私たちより強いからと言ってここにいる達人全員と戦って勝てるつもりですか?」
「・・・」
「往生際が悪いぞ、リーダー」
「どちらにしろ、僕たちの意見は変わりません。だから最後に一度だけ聞く。ティダード軍の相手を諦めて撤退するのか?」
ジャックは口ごもる。もしここで侵略の続行の意思を見せれば彼らは宣言通り、ジャックに襲い掛かってくるだろう。しかし、このまま闇に帰ったところでジャックに未来はない。
要するに、今死ぬか後で死ぬかの違いである。
「ちくしょう」
「ジャック」
「・・・分かった。わかったよ。これ以上の戦闘は諦める。この国から撤退するぞ」
そう言葉を漏らしたジャックに一同はどこかホッとした安堵のため息を吐いた。
いくら味方の戦力をむちゃくちゃにしてくれた元凶とは言えやはり仲間を手に掛ける事には抵抗を感じていたのだ。ジャックとしても味方から裏切り者として処理されるのだけは嫌だった。
「ジャック、よくぞ正しい選択してくれた。ありがとう」
「うるせえよ。俺はもう終わりだ」
「リーダー・・・」
「クソ。残った人員を集めて5部隊に別けるぞ。そこから夜明けと共にそれぞれ別のルートから撤退だ」
「了解いたしました」
「トップのお前は一番安全な逃走ルートを選べよ、ジャック」
「言われなくても分かってる」
これは別に優しさや自分より上位の地位のジャックに気を使って出た発言ではない。単純に闇に帰った後、責任を取る者がいなければそれがこちらに降りかかってくるが故の発言であった。
そして彼らはそれぞれ明日の撤退戦に備えるために寝床へ戻って行くのであった。
――――――――――
―――――
―――
あくる日の朝、ジャックたちは計画の通りに夜明けと共に部隊を5つに別けてティダード王国の領地から撤退を開始していた。ジャック以外の幾人かの
だがジャックの顔は暗く曇ったままであった。そんなジャックに同じ逃走ルートとになったショウが声を掛ける。
「ジャック。そう落ち込んだ顔をするな」
「ふざけんじゃねぇぞ。俺はもう助からねぇ。今回の作戦のリーダーとして責任を負わされる」
「・・・」
「そうなりゃ俺は確実に闇に始末される。まあ、お前や他の部隊に別かれた連中からすればいい気味なんだろうけどな!」
既に先の無いジャックはショウに向かって皮肉を飛ばす。
「そんな事にはならない。いや、させない」
「ハッ、どうやってだよ?てめぇの無能さらけ出した挙句、何の成果も持ち帰らなかった奴を闇の連中が許すとでも?それともお前が俺を庇ってくれるのかよ!」
「ああ、そうだ。オレも・・・いやオレ達も責任を負う。ジャック一人にそれを背負わせたりなどしない」
「は、はぁ?」
どうせ毒にも薬にもなりはしない慰めの言葉しか返って来ないと高を括っていたジャックは、ショウから返って来た言葉に驚く。思わず目を丸くしてショウの顔をまじまじと見つめるジャックに彼は困ったように口元を緩めた。
そんなショウの表情にジャックは顔を歪める。
「そもそもジャック一人に責任を負わせてオレたち残りの達人に何の罰もないなんて論は同義に反する。ジャックを止め切れなかったオレたちにだって負うべき責はある」
「・・・」
「オレたち全員が責任を取れば命までは取られないはずだ」
「そんなのあいつらが納得するはずがねぇ」
「既にお前以外の達人とは話を付けてる。皆、納得してくれたよ」
「な!」
ショウの言葉を聞いたジャックは己の体の内から何かが溢れ出そうになる。しかしそれを知られたくないジャックは思わず反射的にショウに対して反論する。
「それでも無理だ。闇は身内同士で出来た俺たち武器組と違って甘くはない。最悪、俺たち全員が殺されるぞ」
「例えそうだとしても時間を稼げる」
「始末されるのに多少の時間が出来たところで何だってんだよ!!」
「
「何?」
超人。それは特A級の達人より上の次元の武人だ。今現在闇が把握している超人の存在は僅か2名。拳摩邪神シルクァッド・ジュナザード。そして無敵超人風林寺隼人。
「今回の件で痛感した。超人と戦えるのは同格の超人だけだ。だからオレたちの手でフリーの超人を味方に付ける」
「どうやってだ?闇が把握してる超人はここの首魁とクソったれな活人拳側の武人だぞ。どうやったって取り込める訳ねぇだろ!」
「だから探すんだ。武器組に味方をしてくれて且こっち側の超人を」
「そんな都合の良い存在が見つかる訳ないだろう!二人だぞ、闇と言う馬鹿デケぇ組織でさえたった二人しか超人の存在を観測できてない!!」
「希望はある。必ず見つかる」
「だからどうやってそいつを探すんだよ!」
ジャックはショウの語るあまりにも荒唐無稽の話の全容に眩暈を覚えた。この地球上に存在するかも分からない3人目の超人を探すなんて完全に狂人の戯言だ。
「ジャック。お前も裏の世界にいて長いならあの伝説の噂話くらいは聞いたことはあるだろう」
「ああ?どれだよ」
「二刀の刃を携えた精霊の武人の話だ」
「あんなもん、ただの誇張しきったくだらねぇデマだろ」
「オレはそうは思わない。むしろティダード王国の邪神をこの目で見て確信した。伝説は実在する。そしてそいつは超人か限りなくそれに近い存在のはずだ」
ショウは思い出す。この国に来て生まれて初めて見た、音に聞く超人の存在を。そしてこちらの特A級の達人を葬り去り他の達人を羽虫の如く蹴散らした邪神の姿を。
「伝説の存在が超人だと仮定してそれをこちら側に引き込めさえすれば今回の負責を帳消しにできる」
「さっきから聞いてれば、いるかもしれないだのあるかもしれないだの不確定要素が多すぎんだろ!」
「そうだ。だがオレたちにはもうそれしか残されていない」
「9分9厘無駄な徒労に終わるぞ」
「それでも成功すればジャックは生きる事ができる。大丈夫だ。お前を死なせはしない!」
「ショウ・・・」
こいつには、ショウにはこう言う所があった。闇の武人にしては珍しく自分より他者を気遣い支えようとする心持ち。
支配者には向いていないのかもしれない。しかし最後まで人に希望を見せる事が出来る存在だ。現に全てを諦めていたジャックに生きる活力を与えて来るのだから。
思わずジャックは先程から込み上げてきたものを瞳から溢す。しかし同時に失敗し撤退を迫られた時からずっと感じ、今も尚急速に膨れ上がっている罪悪感からは目を逸らした。今だけはそれに目を向けたくはない。でなければ自分は一体どうやってまだ生きてる彼らの顔を見ればいいのか。欲に負けたな自分のせいで散って行った仲間たちにどう向き合えばいいと言うのか。
ジャックはこの感情の処理の仕方を知らない。故に覚悟を決める。この国を脱出した後は必ず超人を見つけ出し生き残って見せると。贖罪はその後にいくらでも受けると。
そんなジャックの表情の変化をみてショウは安堵する。もう諦めて自害でもしそうな顔付きから戦士のそれに戻ったジャックを見て。
後はこの国から脱出するだけである。しかし、人生とはそう都合よく上手くはいかない。ジャックが覚悟を決めるのと同時に、撤退をする彼らの部隊の横っ面をティダード軍が率いる武人の集団が強襲したからだ。
「ッ、ジャック!先に行け!!ここはオレが受け持つ」
「ああ!?てめぇ一人に任せるより二人で掛かった方が確実だろ!」
「お前はオレたちの頭だ。危険を冒す必要ない。それに体力を消耗してるオレたちを上回る達人が敵にいるかもしれん」
「あークソ分かったよ。だが命令だ。必ず追いつけよ!言い出しっぺのお前には俺の超人探しに付き合う義務があるんだからよ」
「ふ、ああ。了解だ
こうして彼らは二手に別れた。ジャックをそのまま国境を目指しショウは残った部隊の兵士と共にティダード軍の足止めに向かう。
(大丈夫だ。ショウの奴は強ぇ。今は俺の実力が上とは言えそれも僅差だ。また必ず会えるさ・・・)
一抹の不安を覚えるジャックは自分にそう言い聞かせ駆け出す。次にショウと会うのはティダードの国境を越えてからだと考えながら。
そんなジャックの背中に
ジャックは走り出していた足を止め恐る恐る後方を振り返る。
「あ・・・」
そんなジャックの目に映ったのはティダード軍を足止めするために駆け出し戦っていたショウが、ティダードの武人に押し倒され首の骨をへし折られる姿であった。
――――――――――
―――――
―――
「シッ」
ジャックと別れたショウは腰に携えていた刀を抜き放ち、静の気を以てティダード軍に切り掛かる。
「ぬぅ、強い!この気当たり、間違いなく達人。マラガイヤよ出番だ!!」
「オオゥ・・・」
「むぅ、なんだこの異様な気当たりは?」
ショウの反撃の歩みを止めたのはティダード軍の一人の達人だ。顔の中心に向かって渦を巻く独特の仮面を付けた武人がショウの前に進み出る。体はふらふらゆらゆらと揺れ足取りも怪しい。しかし仮面から覗く瞳はショウをしっかりと捉えており、また体から発する異様な気当たりが彼の警戒心を刺激した。
「武器組所属のショウだ。貴様は?」
「ロロロロォ」
「・・・・そのもの名はマラガイヤ・モノリマだ」
「なるほど」
ショウは自分の質問を他の者が答えるのと同時に刀を鞘に納め居合の構えを取る。
(この男の雰囲気は異様だ。嫌な予感がする。まともに付き合うべきではないな)
そう考えたショウは短期決戦にて勝負を終わらせることを選択する。そのため居合の構えから制空圏を作り出しジリジリとマラガイヤとの間合いを狭める。武器が生み出す制空圏は素手のそれよりはるかに広く、高まったこの場の緊張感はマラガイヤ以外のティダードの武人を寄せ付けない。
勝負は一瞬で決まる。そう判断した彼等であったが、それは敵に横やりを入れる隙を生み出す結果になってしまった。
「うおー!」
「どりゃー!」
「ショウ殿。我々が彼奴に組み付き隙を作ります!」
「な、止せ!!」
動いたのはショウ以外の武器組の味方だ。彼らは訓練を受け鍛え上げられた兵士であったがその実力は妙手クラスの武人と比べれば遥かに劣り、闇の勢力の中でも下級の戦闘員だ。いくらでも替えが聞くごく有り触れた裏の存在。自分たちの命の価値などそれこそ才能のある武人の弟子クラスにさえ見劣りする。
だからこそ彼らはそんな自分たちを尊重してくれるショウの事を尊敬していた。闇の中でさえ見下され続けていた彼らが、背中を預ける仲間だからと常に励まし勇気づけてきてくれたショウに特別な感情を抱くのは不思議な事ではなかった。
仮にショウが味方事切り捨てる事が出来る武人であったならば彼らの一手も有効に働いたであろう。だがショウは躊躇してしまい動けなかった。そうなれば彼らの頑張りなど達人相手に無謀にも突っ込んでくる雑兵でしかない。
”小鬼の独楽回り”
「オロロロロォ!!」
「ごべ」
「ブッ」
「がへ」
マラガイヤは本来であればスロースターターな武人であるのだが、今回に限って言えば初手から
マラガイヤはその場で体を軸に回転すると両手を勢いに任せて振り回す。遠心力こそあれど腰の入っていない手打ちのグルグルパンチ。
しかし達人の身体能力を以て繰り出されたそれは兵士程度の実力しかない彼らにとって死の暴力となった。
正面から突っ込んだ者は顔面を潰され、飛び掛かった者は内臓ごと胴体を破壊され、回り込んだものは首をへし折られた。
それを見届ける事しかできなかったショウは我を忘れ激高した。
「マラガイヤ・モノリマァ!!」
叫び声を上げたショウは全身に力を込めてマラガイヤに迫ろうとした。だがそんな冷静さ失ったショウの頭に、ティダードの武人が投げた石がガツンと命中する。
ティダード側の武人も達人の一対一の戦いに水を差すつもりはなかったが、向こうがその気ならば付き合うつもりは無い。
「がッ」
普段であればショウもこんな不意打など食らうことなく避けるなり迎撃すなりできたであろう。だがティダード王国での泥沼の戦いは彼の体力と気力をそれなりに消耗させていた。そこに一瞬とは言え我を忘れてしまったのだ。敵の横やりを食らうのは仕方の無いことであった。
そしてショウは頭に食らった石の投擲のせいで意識を飛ばす。それは一秒にも満たない程の僅かな間でしかなかったが、マラガイヤからすれば十分過ぎるほどの隙であった。
”猛獣跳撃”
「しまっ」
「ガオオォォ!」
マラガイヤはその場からショウに飛び掛かり彼の首に手を掛け押し倒す。ショウは刀を居合のため鞘にしまっていたことが災いし碌な抵抗もできないまま、マラガイヤに倒されるのと同時にその勢いで首を圧し折られてしまった。
「ジャアアア!」
「よし、よくやったマラガイヤ!者共、このまま侵略者どもを殲滅するぞ!!」
マラガイヤが勝利の雄たけびを上げ、勢い付いたティダード軍は残りの敵勢力を倒していく。次々と残りの敵兵を始末していく中、とうとうティダードの武人は立ったまま呆然と固まっているジャック・ジャガーに追いつく。
「武器組の達人の首魁。ジャック・ジャガーだな?追い詰めたぞ、武人ならば潔く降伏するがよい」
「・・・よ」
「時間を稼ごうとしても無駄だ。この場にいる敵兵は貴様を除いて全員始末した。貴様を除く残りの4部隊も我々の仲間が一つ残らず殲滅し、敗走した」
「・・・だよ」
「?、故に貴様らにはもう万に一つの勝ち目もない。我らのティダード王国をここまで荒らしてくれたのだ、覚悟してもらおうか」
「何なんだよ!お前らはよおおおおぉォォォ!!嗚呼ああああああああああ!!!!!」
「!?」
ショウが死んだ。仲間を常に気に掛け、自分のような身勝手な男を最後まで救おうとしてくれ良い奴が
長剣使いの達人が死んだ。奴は誰に対しても乱雑な態度を崩さずたびたびその姿勢が問題を引き起こし仲間に迷惑を掛ける馬鹿野郎であったが、誰に対しても真っ直ぐな武人だった。
槍使いの達人が死んだ。奴はどんな時でも丁寧な言葉使いを崩さない。闇人の武人にしては珍しい穏やかな性格の持ち主で、自分の近くにいる人間を自然と安心させる暖かい女だった。
トンファー使いの達人が死んだ。奴は俺たち達人の中で一番歳下の若者であり実家は資産家の坊々。達人とは言えこんな奴が修羅場の多い闇で本当に役に立つのかと思っていたが、経験が浅い分誰よりも働く真面目な努力家であった。
だがみんな死んだ。あいつら以外の達人や仲間もみんなこいつらに殺された。どの口が被害者面しているんだと言う自覚はある。俺が欲に駆られずもっと早くティダードから撤退をしていればこんなにも犠牲を払うことはなかった。
それに所詮あいつらとは今回の侵略戦でたまたま一緒になっただけだ。共に過ごした期間など半年もない。まとも会話した時間は半分以下だろう。
俺はあいつらの事をほとんど知らない。友達も異性の趣味も兄弟がいるかもどんな人生を歩んできたかもさえ分からない。
あいつらは俺のことを知らない。友達も異性の趣味も兄弟がいるかもどんな人生を歩んできたかもさえも伝える前に皆死んでしまった。
俺とあいつらの関係は所詮同じ組織に属する程度の顔見知りの他人。生来の仲間などとは口が裂けても言うことはできない。
それが死んだ。殺された!このゴミのような連中に!!
「本当に何なんだよ!何でお前らは俺のやりたいようにやらせてくれねぇんだ!?嗚呼ああああ、くそくそくそくそくそくそォォおおおおお!!!!!」
ジャックは頭を掻き毟り血走った眼で敵を睨みつける。そんな姿を見たティダードの武人たちは思わず怯む。戦場で正気を失う者は珍しくないがそれが達人ともなると迫力が段違いであった。
「くそくそくそ!もういい。全てがどうでもいい。いいぜ、後の事なんざ知った事か!てめえら全員ぶっ殺してやるよ!!」
「ッ来るぞ」
ジャックは切れた。自分に降りかかるあらゆる理不尽を切り捨てるため、懐にしまっていた二刀の大振りのナイフを引き抜く。同時に動の気を爆発。己の体の中で煽れ狂うそれを掌握したジャックは手短にいた複数のティダードの兵士の喉を切り裂き瞬殺する。
「まずい強いぞ!」
「オロロロロ!」
反応することもできずに倒れた味方を尻目にマラガイヤはジャックに向かって飛び出す。互いに動の気を扱う達人同士。呼応するかのように二人の武人はぶつかり合う。
”小鬼の独楽回り”
”四肢斬”
「ジャアアアアァァァ!!」
「くたばれ
衝突した二つの動の気と技。しかし打ち勝ったのは、ジャック・ジャガーであった。
「ガハ」
マラガイヤはジャックのナイフの刃によって撫でられた傷口を抑える。四肢に付けられた怪我は致命傷ではない。手足も動く。だが決して浅い傷ではない。打撃に置いては無類のタフネスを誇るマラガイヤの肉体も刃物が相手では分が悪るかった。
「今までは格下相手にいい気になってたみたいだがよぉ、俺には通じねぇよ。格の差を思い知りやがれ!!」
「グぅ」
色々と選択を間違え多くのものを失ってしまったジャックではあるが、彼は紛れもない強者である。広義的に見れば特A級の達人に近い実力に加えて数多くの死闘を制してきた経験豊富な達人。何よりマラガイヤのタフネスを半ば無力化できる武器使い。
そんな彼の異名”
その戦い方は神速のナイフ捌きによって敵の体を撫でつけるように切り裂き削り殺すと言う恐ろしいものだ。そして今この場においてマラガイヤ凌駕する最強の達人である。
心・技・体の全てが上で尚且つナイフを扱う達人、ジャック・ジャガー。文字通り、マラガイヤ・モノリマにとっての天敵である。
故にマラガイヤは明確に感じる事が出来る死の気配を前に覚醒する。
”絶頂モード・のた打ち回り兇鬼”
「ブおおオオオォォぉぉぉ!!!!!」
マラガイヤは生物としてのリミッターを解き放ちあらゆる動きが内包された状態で狂ったように暴れ出す。さらに特A級の達人に匹敵する埒外の動の気を際限無く垂れ流す。まさしく今のマラガイヤの動きは狂気の極みだ。
だがジャックはそんな
「くだらねぇ」
”腹裂き魔”
ジャックは静かに構えを取った後、冷静にマラガイヤの動きを見極め彼が飛び上がった瞬間に踏み込む。彼の俊足の踏み込みはマラガイヤの制空権を一瞬で制圧した。そしてまんまとマラガイヤの懐に飛び込んだジャックは、体の前に平行に構えていた二刀の大振りのナイフを振り抜く。
ずぶり、とマラガイヤのどてっぱらを深く突き刺さったナイフは見事に彼の体を切り裂いた。
「そんなに踊りたきゃあ、地獄に落ちて一人で舞ってろ、クソ野郎」
切り裂かれた胴体。止まらず流れ出る血液。そして溢れ落ちる臓物。腹を切られたマラガイヤはそのまま地に膝を付いた。そして再び立ち上がることは出来ず、頭は力なく項垂る。
マラガイヤ・モノリマはジャック・ジャガーに敗北した。