史上最恐の弟子 クソマゾ!   作:流々毎々

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壊れた達人の末路・下

 

「マラガイヤが敗北した!?、何という事だっ」

「ハ、こんな木偶がぁ俺にヤラれるのがそんなに意外だったか?」

 

 武器組の達人(マスタークラス)、ジャック・ジャガーの手によって腹を裂かれ地に付したマラガイヤ・モノリマのその姿はティダード軍の武人たちにかなりの衝撃を与えた。と言うのもマラガイヤは此度の侵略戦争においてかなりの活躍をしていたからだ。

 

 もはや泥沼としか言い表せない今回の戦いにおいて、いくらホームグラウンドで迎え撃てるティダード軍とてこの戦いに嫌気が挿していた。すでにこちらの勝ちはほぼ確定しているのにも関わらず往生際悪く攻めて来る侵略者たち。彼らが諦めない限り命のやり取りは止むことはない。

 

 邪神によって戦いと命の危機が割と身近になるように鍛え上げられた武人たちであっても、こんな消耗戦が長期間続いたとあればそのストレスは尋常なものではない。

 いつ終わるかも分からない闘争に身を置き続ける中、そんな彼らの支柱となったのが曖昧ながらも敵対相手に容赦なく躍り掛かって行くマラガイヤであった。

 

 平時においては役に立たないマラガイヤ・モノリマも戦地のこの場に置いては英雄になり得たのだ。だがそんなマラガイヤも敗北を喫した。敵の首魁、達人のジャック・ジャガーの手によって。

 

「こっから先はぁ蹂躙だ。お前ら、俺にタダじゃすまないって言ってたよなぁ。上等だよ、縊り殺しにしてやらぁ!」

「ぐ、来るぞ!!」

 

 ジャックの目は血走る。彼は神速のナイフ捌きによって敵を削り殺すその姿から残酷な性格の持ち主だと勘違いされがちである。しかし彼の生涯において相手の尊厳を傷付けるために敵を嬲り殺した事は一度もない。

 いくら闇に属する存在とは言えど武人としてのプライドをしっかりと持ち合わせていたからだ。

 

 しかし今の色んな意味で理性が弾けてしまった彼にそんな高尚な信念は宿っていない。とにかく目の前にいるゴミクソ共(ティダードの武人)を一人でも多く地獄に叩き落とす事しか頭になかった。

 そして今この場においてジャックに比肩しうる達人はティダード軍の武人たちの中にはいない。

 

 追い詰められたもの(ジャック・ジャガー)追い詰めたもの(ティダード軍)、先ほど出来上がっていた構図は見事に逆転していた。ジャックの暴風の如き殺気による気当たりが当りがティダード軍を襲い、その心を萎縮させる。先ほどまでこちらが持っていた勝機の流れは今、完全にジャックのものとなっていた。

 このままジャックとぶつかればティダード軍には夥しい被害が出るだろう。

 

 何かを考えなければならない。何かをしなければならない。

 

 だが現実は残酷で、ティダード軍が何か具体的な方針を決める前にジャックは動き出す。

 

「さあ、ショウタイムだ!首を並べて列を作れ、ゴミムシ共!!」

「怯むな、迎え撃て!」

 

 ――惨劇が始まる。

 

 ジャックがその両手に持った大振りのナイフでティダード軍の武人たちを血祭りに上げようと動き出した瞬間、ジャックの背に再び悪寒が先走った(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「!?」

 

 一体なんだ!まさかこの場に自分を凌駕する達人が駆け付けたのか!?、そう考え慌てて周りを見渡したジャックの視界にソレは映った。

 

「・・・、ありえねぇ、お前は確かに殺したはずだぞ」

 

 ゆらりと陽炎のように、ふらりと幽鬼のように腹から血と臓物を垂れ流しながら立ち上がるマラガイヤ・モノリマの姿を。

 

――――――――――

―――――

―――

 

 ふと、水面から顔を出すようにマラガイヤは正気を取り戻す。ジャックに腹を裂かれ、地に付し項垂れいるマラガイヤの視界に最初に映ったのは臓物が溢れ出た己の姿であった。

 しばしその姿を呆然と眺めていた彼は特に驚くこともなく納得する。とうとう自分の番が来たのかと。

 

 拳摩邪神シルクァッド・ジュナザードの弟子になり幾数年。自分は他者の命をいくつも奪い続けて来た。そうしなけば己の命が失われていたのだから仕方がない、などと言い訳をするつもりは無い。ただ彼は邪神の命に逆らわなかった。その結果、精神が壊れるまで戦い続け数多くの死闘を制して今日まで生き延びた。それだけの話だ。

 

 後に双子の姉妹(アリナとキャロン)と出会い、仲良くなったことで毎日の生活に多少の彩が出来たものを彼の中に生まれていた諦観を覆すことはなかった。今はまだ自分が運よく勝ち、生き延びているだけ。いずれは己があちら側に立つ日が必ず来ると。

 

 そしてとうとうその日がマラガイヤ・モノリマにも訪れた。臓物が零れ落ちているどうしようもない現実。そして止める事が出来ない流れ出る血液。幸いなことに痛みは感じなかった。後は微睡む衝動に身を任せ、このまま瞳を閉じて常闇の終わりが来るのを待つだけでいい。

 

 思い返せば己の人生は碌なものではなかった。全人類の中で一番の不幸者とまで言わないが、それで下から数えた方が早いような生き様だ。

 戦争で両親を亡くし、ストリートチルドレンとして生きた結果がティダード王国の人体実験へのご案内だ。こんな場所で死んで堪るかと地獄を抜け出した先に待っていたのは永遠に戦いが続く阿修羅の世界。何かしらの罪の罰を受けるにしたって酷過ぎる人生だ。

 

 日々の戦いですり減る心と体。そんな生綿で首を絞めらる生活が嫌で嫌でたまらなくて、次第に脳内麻薬の依存症とそれによってハイになれる世界に逃げた。

 死闘を制する度に人を殺し生まれる罪悪感に慣れる事はなかったけど、回数を重ねる度にそれは小さくなって行く。そんな自分の人間性の消失に目を向けたくないから意識が混濁する暗闇の世界へ逃げた。

 

 自分は何もできなくなる。何も考える事が出来なくなる。でも辛い現実を直視しなくて良くなった。たまに意識が目覚める事もあるけれどもそれも僅かな間だけ。それ位なら気に止める必要はなかった。

 あらゆることから逃げて逃げて逃げ続けて、俺は考える事を、頑張る事を放棄した。

 

 死にたい訳じゃなかった。自分はただしんどいばかりの嫌な現実を見たくなかっただけなんだ。

 だからただ、自分は瞳を閉じて流されるがままに生きていく。

 しかしそんな人生もやっと終わる。楽になれる。だからマラガイヤはそのまま瞳を閉じようとした。

 

 そんなマラガイヤに誰かの声が語り掛ける。

 

――本当にそれでいいのか。このまま終わってしまっていいのか?――

 

 マラガイヤは閉じかけていた瞳を見開き驚く。一体誰だ。今の自分に声を掛けれる存在などいないはずだ。故にマラガイヤの中で沈んでいた意識がその声に引っ張られ起き上がる。

 

――確かに辛い事ばかりだった。けどそれだけじゃなかったはずだ――

 

 自分の人生に一体何が残っているのと言うのだろうか。何度も奪い、何度も奪われ何も成せなかった自分に。

 

――それでも俺は(・・)親に愛されて生まれ来た――

 

 辛い現実ばかりだ。何も見たくない、何も考えたくない。どうして俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだ。そんな我武者羅な思いがマラガイヤの心にこびり付いている。

 

――それでも双子の姉妹に出会えた。彼女たちとは穏やかで確かな愛情を育めた――

 

 ずっと戦ってばかりだ。生きている限り無限の死闘と修羅場が待っている。ティダードの武人でいる限り、逃れる事のできない血の輪廻だ。

 

――それでも彼ら共に戦った。一人ではなくこの戦場で助けて助けられた――

 

 辛い事ばかりの人生だったけど、それだけじゃなかった。わずかながらでも良い事もあった。だから俺は何もかもから逃げ出しても命を投げ捨てる事だけはなかった。

 

――俺が死んだら、双子の姉妹は悲しんでくれるかな。俺がこのまま眠りについたらこの場にいる味方は生きて帰れるのかな――

 

「スー、ハァ・・・」

 

 マラガイヤ・モノリマは息を吸う。体に残った血液を操作し活力の息吹を魂に送る。手足は鉛のように重く沼に沈んでいるようだ。しかし頭はどこまでも冴え渡っている。

 

(全身のチェックだ。体の中で動く個所は・・・駄目だ、ほとんどが機能停止寸前だ。これじゃロクに動かせない)

 

 口惜しい事に、死に体となった体は気合や根性ではどうしようもなかった。マラガイヤはもはや仲間が敵の達人(マスタークラス)に惨殺される姿を黙って見ているしかできない。それが致命傷を負った生物の理だ。人が変える事ができない定めである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ならばそんな道理、踏み越えてしまえ!!――

 

「俺は、あらゆるもの受け入れ踏み越えるッ・・・・・マラガイヤ・モノリマ(受け入れる者)だ!」

 

 俺は気合を入れて目を見開く。同時に大量の脳汁を分泌し体に津波の如く命の息吹を流し込む。その量、およそ常人の数千倍。

 

 もはやこれで終わりで良い、だからありったけを!

 

 こんなことをすればいかに達人の肉体と言え、脳内麻薬のオーバードーズで即死しても可笑しくはない。だが今のマラガイヤの肉体はしにたいだ。だからこそ彼の体は甦る。過剰な活力を流し込まれた肉体はまだ己は死んでいないと錯覚を起こしたのだ。

 

「ふぅ、ううぉおお!」

 

 ぎちぎちと悲鳴を上げる肉体。しかしそれを無視して手足を絡みついた鈍りを振り払う。

 今、敵は味方に向かって進み出ようとしている。マラガイヤの目の前で、惨劇が始まろうとしている!ならば俺はここで立たねばならぬ。味方を!皆を!!救はなければならない!!!

 さあ立て。反撃の時間だ。これがマラガイヤ・モノリマの人生最後の戦いだ!

 

 そして息を吹き返したマラガイヤは、立ち上がるのと同時に動の気を開放した。

 

――――――――――

―――――

―――

 

「・・・、ありえねぇ、お前は確かに殺したはずだぞ」

「ふぅ、ふうぅぅぅ」

「ゾンビか何かか?気色わりぃ」

 

 再び立ち上がったマラガイヤの姿を見たジャックの心は大いに乱れた。確かに己のナイフを突き入れ腹を掻っ捌いた。奴の命の灯はかき消したはずである。

 だがジャックの目の前でマラガイヤはまだ息をしている。大量の血を流しながら、その腹からは臓物を溢れさせて。しかしその瞳は切り裂く前より強くはっきりと輝きジャックを捉える。

 

 異常だ。ジャックの長い達人(マスタークラス)の生活の中でこんなふざけた存在は見た事がない。意味の分からさとその理不尽なありようは恐怖さえ覚える。

 

(死の神だ。死神が地獄から俺を殺しに来たんだ・・・)

 

 あるいは、マラガイヤの姿からジャックは神話の神を幻視する。もちろんそれはジャックの妄想だ。冷静に見ればマラガイヤの姿は燃え尽きる寸前の蝋燭の火そのものだ。どれだけ火の勢いを増そうとも数舜後に消え去ってしまう未来に変わりはない。

 だがそんな合理的判断は今のジャックにはできなかった。

 

 戦友を目の前で失い、己の指示で仲間を死に追いやり、慣れぬティダードの地で戦い続けて来たジャックの精神は限界であった。そして死を踏み越えたマラガイアを見てそれがパンクしてしまったのだ。

 だからこそジャックにはマラガイヤが己を殺しに来た死神にしか見えなかった。

 

「俺を罰しに来たか。そおだよなぁ・・・、俺はそれだけの事をしたもんなぁ」

 

 ジャックは半ば放心しつつ自分の妄想が現実だと錯覚する。今の彼の目には死んでいった仲間たちの非難するような視線さえ感じるような気がした。

 お前も早くこっちに来いと・・・。

 

「ああ、そうだよ。俺はお前らに殺されたって文句を言えない事をしたさ。今更命惜しさに助かろうとは思わねぇ。お前らが惨たらしく死ねと言うなら死ぬさ、罰を受けろと言うなら受けるさ。けどなぁ――」

 

 お前じゃねぇんだ(・・・・・・・・)

 

「俺の死を望むのも、俺の罪を罰するのも、俺の命を刈り取ろうとするのも、お前じゃねぇんだよ!死神!!」

 

 もう全部を投げ出したくなろうとも、仲間の死の要因を作り罪悪感で溺れようとも、気力を限界まで削られて頭がパンクしようとも、それだけは認められない。

 

「このどうしようもないクソ以下の命だったとしても、てめぇにだけはくれてやる訳にはいかねぇんだよ!」

 

 この意地こそが、全てを失ったジャックに残った最後の譲れないものでありそして最後の心の支えだ。

 

「地獄から這い出て来ただぁ?上等だよ。もう一度そこに叩き落としてやるよ、クソ野郎が!!」

「来い、決着を付けるぞ。名も知らぬ達人よ」

 

 ジャックはその場から飛び上がり、動の気を発しながらマラガイヤの真上まで到達する。そこから重力に任せて落下するのと同時に制空圏を発動。そして真下にいる死神を滅するために奥義を放つ。

 

”連続刺突裂き斬”

 

「カァ!!!」

 

 裂ぱくの叫びと共にジャックは残像さえ置き去りにする神速のナイフ捌きで幾重もの刺突を繰り出す。さらに気当たりによる残像を加える事によってナイフの見える数が実際の倍になる。上空と言う圧倒的優位に立てる場所からの一方的な攻撃。

 流星群を思もわせる高速の刺突がマラガイヤに降り掛かった。

 

 動の気を扱う武人に相応しい激しい動きで迫るジャックに対しマラガイヤは静かに合唱の構えを取る。それはまるで祈りにも似たジュルス。菩薩の如き穏やかな表情を携えたマラガイヤは奥義を放つ。

 

”戦王の晩餐”

 

 高速で迫るジャックのナイフに対してマラガイヤの動きは酷く緩やかだ。ゆらりゆらり無防備に突き出されたマラガイヤの手はしかしジャックのナイフの腹を撫でるように払った。

 マラガイヤに向かって繰り出される数多の刺突は彼の体を侵すことが出来ない。

 

(どうなってやがる!?俺のナイフが当たらねぇ!そんな筈はないのにまるでアイツの防御手に吸い込まれて行くみたいだ!!)

 

 もちろん、吸い込まれて行くように見えるのは錯覚だ。ただマラガイヤはジャックのナイフ群の軌道を完全に見切りタイミングよく素手で払い続ける。その姿が相手からすれば勘違いを起こすほどの違和感を与えるのだ。

 

 本来であればマラガイヤにはここまで繊細な捌きの技術はない。加えて彼の体は既に死に体。尋常ではない量の脳内麻薬を分泌することによって生まれた活力で体を無理矢理動かしている状態だ。ではなぜマラガイヤは未だにジャックのナイフを捌き切れているのか。

 答えは単純で、今のマラガイヤは正気を失っていない。

 

 脳内麻薬の過剰生成はあらゆる恐怖と疲労感を忘れさせてくれる。だがその反面、ハイになって飛んだ意識は人から正気を奪う。その動きは繊細に欠け達人とは思えないほどの乱雑な動きしかできなくなるだろう。

 今のマラガイヤは常人の数千倍の脳汁を垂れ流しかろうじて命を繋ぎ止めている状態である。通常であれば意識を保てる筈もなくそのまま倒れてしまっても可笑しくはない。

 

 それを可能にしているのは極度の出血状態にあるからだ。マラガイヤの身体は今、注ぎ込まれた活力のお陰でマグマの如き熱を発しているがその反面、血圧が極端に下がったせいで頭は冷え切っている。この摩訶不思議な状態が、絶頂モードを超える脳内麻薬を生成しても正気を失わせずにいるカラクリである。

 

 脳内麻薬の過剰摂取による負の面を削ぎ落し本来の実力で戦えるマラガイヤは、達人として特A級の達人に近い強者のジャックにも見劣りはしない。

 爆発的に上がった完璧な集中力とそれを処理できる冷静な頭。そこから見えてくるのはジャックの振るう本見のナイフ。ここまでくればおのずと二刀のナイフの技撃の軌道が見えて来る。

 

 故に速度は必要ない。気当たりにコーティングされた偽の軌道とナイフに騙されぬのだから。故に力は必要ない。見切った本見のナイフの軌道に手を添えて軽く押し流すだけで良いのだから。故に焦る必要はない。このまま捌き続ければジャックのナイフがマラガイヤを侵す事はないのだから。

 

 これがマラガイヤが死の淵で手に入れた生涯最後の奥義。”戦王の晩餐”である。

 

「グオオおお!いい加減くたばりやがれよぉ、死神ィィィ!!」

「コォぉぉ・・・」

 

 ジャックは腕が悲鳴を上げるのを無視してさらにナイフの刺突の速度を上げる。それによって増えたナイフの残像は3倍。並みの達人では目で追う事すらできない。しかし速度を上げただけでは完璧な集中力を習得したマラガイヤの守りを崩す事は出来ない。

 

 びきり、と無茶をした付けが回ったのかジャックの腕が一瞬痙攣する。それによりジャックが作り上げた 制空圏に綻びが出る。マラガイヤはその隙を逃さず、踏み込むようにジャックの制空圏を侵すと片手で2つのナイフを跳ね上げる。

 

「しまっ」

「終わりだ」

 

 制空権を破壊されたジャックは飛来してくるマラガイヤの抜き手を避ける事が出来ず、水月(みぞおち)に突き刺されれ奥にある心臓ごと貫けれた。この一撃によってジャックは即死し絶命した。

 

「ゴ、ッブ」

「ハア、ハア・・・」

 

 二人の達人が死力を尽くしぶつけ合った奥義の一撃。これを制したのはマラガイヤ・モノリマであった。

 

「や、やった。やりあがったぞ!マラガイヤが敵将を討ち取ったぞぉ――!!」

「うおおおおおおおお!!」

「これで我らティダード王国の勝利だ!」

 

 マラガイヤ・モノリマとジャック・ジャガーの決着が付くいた瞬間、ティダード軍は爆発の歓喜を上げた。これでようやく泥沼の侵略戦争が終わったのだ。しかも最後は邪神の力に頼り切らず、自分たちの力で収めた勝利と言う事実がより彼らの喜びを誘発した。

 

 しかし、マラガイヤには彼らの歓喜の雄たけびは聞こえていなかった。既に死んでいた命に活力を送り込み、無理矢理延命していた限界がとうとう来たのだ。

 もはやマラガイヤの耳には何も聞こえることはない。その瞳は何も映すことはない。かろうじて息をし動いていた心臓も後数秒も立てば止まるだろう。マラガイヤは文字通り全力を出し切った。

 

 そんな燃え尽きた今際の際の彼に残った最後のものとは――

 

――と・・う、さん。かあ・・さん・・・・・。いま、いく・・・よ・・・・・――

 

 達人マラガイヤ・モノリマ。両親から貰った本名はアンドリュー。戦争孤児からティダード王国の達人として返り咲いた彼は享年32歳と言う人生に幕を閉じた。

 

――――――――――

―――――

―――

 

「・・・」

 

 アリナはここ数日、ずっとマラガイヤが使用していた部屋で何をする訳でもなくぼうっと過ごしていた。本来であれば彼女は侍女として働かなければならないのだが、どうにもマラガイヤの凶報を知ってから何もする気が起きなかった。

 彼女の役割からして仕事を投げ出すことなど許される事ではないのだが、双子の妹のキャロンが上手くそのあたりの事を誤魔化していた。

 

 いつかこんな日が来るとは思っていた。ボロボロになった体をさらに酷使して生き続けたマラガイヤ・モノリマを見て長生きできる方ではないと感じていた。

 しかし―――

 

「あまりにもとうとつ過ぎるではありませんか。マラガイヤ様・・・」

 

 アリナたちがマラガイヤを戦場に見送ったのは随分と前の事だ。ふらふらと危ない彼であったが逆境にはめっぽう強い男だった。だからきっと今回も生き残り、また戻って来てくれると彼女たちは信じていた。

 だが彼は帰らぬ人となった。それもアリナやキャロンのまったく知らない戦場で。

 

「お別れの言葉を言う事すらできなかった。こんなのあんまりだわ」

 

 アリナの気持ちは日を追うごとにどんどん沈で行く。もういっそ、このまま死んでしまおうか。そんな得にもならないことさえ考え始めていた。

 

「姉さん」

「キャロン・・・」

 

 そんなアリナの元へやって来たのは双子の妹のキャロンである。彼女は今、姉とそっくりな容姿を利用してあたかも二人とも通常通りに働いているように見せて周囲を欺いていた。

 

「お疲様。ごめんね、私が吹っ切れないせいで貴女に苦労を掛けて」

「ううん、それは大丈夫。けどそろそろ怪しまれるかも」

「そっか・・・」

 

 キャロンの擬態は今のところは成功しているが、彼女たちは達人のように優れた身体能力は持ち合わせてはいない。このままアリナが塞ぎ込んで部屋に閉じ籠っていればいずれはボロがでるだろう。

 

「私も、いい加減戻らないとね」

「・・・」

「どうしたのキャロン?」

 

 アリナとキャロンは双子の姉妹であるがその性根は真反対だ。アリナは社交的で人と関わるのを苦としない性格であるが、逆にキャロンは身内意外とはあまり喋りたがらない。また、何か言いづらい事があると自分の下唇を軽く噛む癖があった。

 

「やっぱり私の分まで仕事の処理するは無理があったのかしら?その件は本当にごめんなさい。私ももう復帰するから」

「・・・違う」

「じゃあ一体何なの?」

「・・・・・・。マラガイヤ様のご遺体、捨てられちゃうんだって」

「・・・はあ?どういうことよ!?」

 

 妹から告げられた衝撃的な一言はアリナの頭を殴りつけ数舜の間、思考能力を奪った。しかし、すぐさまその状態から復活したアリナはキャロンに詰め寄る。そんな姉に対してしどろもどろになりながらもキャロンは彼女に事情を話す。

 

 詳しくはこうだ。此度の戦争は確かにティダード王国の勝利に終わったが、犠牲者もまた多く出た。ついては疫病などの危険性を素早く取り除くために戦死者の死体は一か所に集め火葬する。さらに戦死者一人一人に作る墓や土地と労力を用意するのが厳しいためこれも一つの骨壺にまとめて埋葬する。並びに戦闘によって傷付いたティダード王国の国力を一刻も早く取り戻すために、これらの決め事に具体的な質問をすることを禁ずる。

 

「・・・。ふざけないでよ、何よこれ!」

「ね、姉さん。落ち着いて」

「落ち着ける訳なでしょっ。こっちが散々マラガイヤ様のご遺体に合わせてほしいと頼み込んだのを無下にしたくせに、こんなのあんまりだわ!!」

 

 国力を一刻も早く取り戻すのは重要な事だ。納得は出来る。疫病をはやらせないために戦死者の体をまとめて焼き払うのも、納得はできないが我慢はする。色々な事情がありマラガイヤの遺体に合わせて貰えないのも所詮侍女と言う立場の私たちにはどうすることもできない。

 

「でも、これはいくら何でもないでしょう」

「・・・」

「あれほど頑張って生きて来たマラガイヤ様が、活躍をしたマラガイヤ様が!一山いくらにもならない葬られ方をするなんて!!」

「姉さん・・・」

 

 では他の人間なら良いのかと言われればそんなことはない。人が二度と目覚めぬ眠りに着いたら、平等に手厚く葬られるべきなのだ。少なくともアリナとキャロンはそう考えている。

 だが彼女たちが深く関わって来たのはマラガイヤなのだ。故に彼の事を他人より優先するのは仕方の無い事であった。

 

 アリナはどうにかしてマラガイヤの埋葬の仕方を変えたかった。しかし彼女はただの侍女である。例え誰かにこの不条理を訴えたとしても何も変える事はできない。

 

(悔しい。わたしじゃあどうすることもできない。マラガイヤ様を救えない!)

 

 彼女は唇を噛み締め手の平をぎゅうっと握りしめる。そして悔しさのあまり全身が震える。

 しかし次第にアリナは項垂れていく。この状況をどうしようもできない己の無力を噛み締めながら。そんな姉にキャロンは声を掛ける。

 

「姉さん。行こう」

「そうね。もうどうしようもないものね。いっそこれからは心を捨てて生きようかしら。・・・なんてね、ハハハ」

「姉さん。行こう」

「?ええ。仕事に戻りましょうか」

「違う。姉さん、行こう」

「キャロン。さっきから何を言っているの?」

「姉さん、直談判しに行こうよ。マラガイヤ様の体を返してくださいって」

「な!?」

 

 そのキャロンの提案はアリナには決して浮かばなかった考えである。自分たちがいくら声を上げようが何の価値もない侍女の言葉など誰も聞きやしないのだから。

 

「直談判って誰に頼るつもり。上役につながるコネなんて私たちにはないわよ?」

「拳摩邪神様にお願いする」

「ひゅ」

 

 思わずアリナは妹の一言に驚き、喉を曳きつかせる。よもやこの妹には恐怖心と言うものがないのか?

 

「ありえない。ありえないわ!それだけは、あの方にだけは言ってはいけないわ!!」

「そんなことない」

「貴女のその自信はどこからくるの!?あのお方にそんな嘆願をしてみなさい。私たちは二人とも殺されるわよ!」

「でも・・・」

「もう無理なのよ。何の力も持たない私たちじゃ何もできないの!諦めるしかないの!!」

「それでも、このままじゃマラガイヤ様が可哀そうだよ。それに姉さんもずっと苦しい思いをする。そんなのわたしは嫌だ」

「貴女・・・」

 

 キャロンにはこう言う一面があった。普段の生活であればアリナが彼女を引っ張って行くのであるが、いざアリナが落ち込みその歩みを止めるとそっと背中を押して勇気付けてくれるのだ。

 

「行こう、姉さん」

「すー、はぁ。十中八九死ぬわよ。それでもいいの?」

「その時は一緒にマラガイヤ様のところに行こ」

「本っ当に貴女って娘は・・・」

 

 アリナは盛大にため息を吐く。どうやら妹は姉なんぞ置いてとうの昔に覚悟を決め切っていたらしい。妹がここまで覚悟を見せたのだ。ならば姉である自分が躊躇する訳にはいかない。

 

「行くわよキャロン。今から仕事内容を調整して拳摩邪神様の近くへ行けるようにしなきゃ」

「もうやったよ。明日、拳摩邪神様のお屋敷でお仕事」

「・・・、失敗しても恨まないでよね!」

「うん!」

 

 明日、アリナは人生最大の博打を打つ。それも99%負ける最悪の博打だ。それでもこの命を懸けるだけの意義がる。なんの価値も力もない侍女風情であったとしても――

 

「人間の意地、見せてやるんだから!」

「おー!」

 

――――――――――

―――――

―――

 

「よろしかったのでしょうか?」

「何が?」

「い、いえ。あの侍女共の願いを聞き入れるなど・・・」

「我が女子供に甘いと言いたいのかわいのう」

「そのような事はありません!」

「下らん勘繰りを入れる暇があるのなら、お前はお前の役目を果たすといいわいのう」

「御意!」

 

 ジュナザードに諭された側近の武人の一人は慌てて彼から与えられた使いを果たすために走り出す。そんな部下の姿を見送りながらこの根城の中にある部屋でジュナザードは独り、物思いに耽る。

 思い出すのは先程無謀にもジュナザードに嘆願を申し込んできた女どもである。才能が有りお気に入りの弟子が相手であれば彼も気まぐれを起こすこともあるが、凡人が命を懸けて何かを請うたところでジュナザードの心は動きはしない。

 

「マラガイヤ・モノリマか・・・」

 

 彼女たちから出て来たジュナザードの弟子の名前。正直言ってジュナザードはマラガイヤのことなど既に過去のものとしてしまっていた。

 アリナたちからその名を聞いてようやく、そう言えばあやつも死んでいたなと思い出したところである。

 

 死者の埋葬をしたいなどと至極どうでもいい願い。気まぐれを起こしたとは言えこんなことで己の時間を無駄にされたことに失望したジュナザードは口を開いた。

 

―どうでもいい、好きにするといいわいのう―

 

 しかし、ジュナザードの口から出たのは肯定の言葉であった。アリナたちはその言葉にひどく驚いたが、慌てて邪神に跪き礼の姿勢を取った後引き下がって行った。

 

 ジュナザードがなぜあのような慈悲を見せたのかは本人にしか知り得ない。だがマラガイヤの名前を聞いた時、何とも言えない思いがジュナザードの胸をよぎったのだ。

 それは決して哀愁でも嘆きでも悲しみでも怒りでも虚しさでもない。ただ邪神に気まぐれを起こさせる何かではあった。

 

「ふ、我が死者の命に未練とはのう・・・。マラガイヤよせいぜい大人しく眠るがよいわい」

 

 そう呟くジュナザードはゆっくりとその瞳を閉じた。それは黙祷ためか、それとも別の何かのためか。それは邪神にしか分からない・・・

 

――――――――――

―――――

―――

 

 ティダード王国で起こった武器組による侵略戦争はひとまず、ティダード王国の勝利に終わった。しかしジュナザードはまだ国内に残っている敗走兵の生き残りの処分と、また他所の勢力からの茶々入れを嫌い裏組織である”闇”に参入する事となる。

 両者の交渉はジュナザードにいくつかの枷を嵌める結果となったが、同時に闇の同盟国となったティダードに何かを仕掛けてくるものはいなくなる。またジュナザードは今回の戦争で損失したものを全て賠償金として闇側に払わせた。これにより両者ともにおおよそ得をする形で交渉は終わった。

 

 ちなみに闇がティダード王国に払った賠償金は、全て”武器組”からの横流しである。武器組は今回の失態を埋める形を取らざる負えなくなり、派閥内の人材、資金、技術を好きなだけ持っていかれてしまった。

 

 故に今回の件で一番得をしたのは闇である。外の勢力の無視できないジュナザードを監視下に置くことができるようになり、また油断ならない内の派閥の弱体化に成功したからだ。

 

 まさしく闇の一人勝ちであった。

 まあ闇に属する事になったジュナザードが大人しくなったかと言えばそんなことはなく、いくら枷を嵌めようとも猛獣は猛獣である事に変わりないのを思い知らされることになるのだが・・・

 

――――――――――

―――――

―――

 

 ここはティダード王国の島々の一つにある建設された慰霊碑だ。過去、第二次世界大戦以後に起こった侵略戦争で戦い戦死した者たちの魂の鎮魂を願い生み出された場所だ。ただ島の要所にポツンと慰霊碑がおかれいるだけであるが、そこから少し離れた場所に小さな石造りの墓が一つだけあった。

 そしてその墓の前に佇む二人の女性。

 

 墓の主はマラガイヤ・モノリマ。そして彼に鎮魂の祈りを捧げているのはアリナとキャロンの双子の姉妹だ。あれからアリナたちは何とかマラガイヤの遺体を確保しこの場所に彼だけのお墓を作った。

 それと同時に彼女たちはティダード軍から除隊。以来、この島に移り住んで細々と暮らしている。マラガイヤの、彼の安息を願いながら。

 

 マラガイヤ・モノリマことアンドリーは奪われ続けるだけの人生であった。体と精神をボロボロになるまですり減らし壊れ、ついには何も成せずに死んでしまった彼であるがそれでも最後に、こうして祈りを送り届けてくれる相手に出会えた。

 であれば彼が歩んで来た人生にもきっと意義はあった。そう信じたい。

 

 こうして世界のどこかで起こった一つの誰かの物語は幕を閉じたのであった。




これにてマラガイヤの物語は完結です。ここまで読んで下さいました方には感謝いたします。
ありがとうございました。
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