サキュバス・クエスト~私の淫魔のヤバイやつ~ 作:マキシマムとと
「こんど、こそ…ッ!」
荒い吐息。
熱に浮かされたような頼りない口調。
省エネ背景と思わしき真っ白な空間を、一人のサキュバス見習いがよろよろと歩む。
まだ若く、未熟な個体。
服装こそ際どく、かつギリギリで厭らしさを抑えて男の視線を惹き付ける、ここ『淫・天原サキュバス学園』伝統の魔女装束なのだが、それを纏う彼女は見間違えようもないほどに細く、要所の肉が薄かった。
サキュバスが男を狂わせるような色香も無く。
ネームプレートに書かれた『ちゅう♡等部1ねん・おしゃべり組♡』の文字が彼女のおおまかな年齢を教えてくれる。
それでも彼女はサキュバスの、天原学園の生徒としての高みを目指していた。
「今日こそ、クリアして…やるんだ」
彼女が目指すのは、この省エネ空間にある唯一の物体。
【クエストボード・僕ヤバ】
樫の木で作られたクエストボード。
『僕ヤバ』クエストは在籍している何億もの恐ろしきサキュバスの魔の手をはね除けてきた禁断のクエスト。彼女以外に生徒の姿が見えない事が、その証明となるだろう。
乗り越えた者はいない。
勝ちを得た者はいない。
それでも、だからこそ。
ーーーいや…違う。
勝つとか越えるとか、ここに他人は介在しない。
「あきらめない」
ただ好きだ。
純粋に、ひたすらに。
子宮が痙攣するほど好きだから。
まだ男を知らない未熟なサキュバスは頬を染め、桃色の吐息垂れながら新たなクエストに手を伸ばした。
【Karte.112♡市川くん憑依コース♡】
『クリア条件☆最後まで勃起禁止☆』
「む…り………」
無理だと思う。
これは…例え天使でも、無理だと思う。
「カルテ112ってアレでしょ? 修学旅行の、ある意味お約束的なファンタジーイベントでしょ? それをただ『僕ヤバ』の世界で再現した程度のリアリティーに欠けるウルトラうっふんイベントでしょ?」
ハイライトを無くした瞳でサキュバス見習いが、その場に崩れ落ちながら高速で呟く。
ゆっくりと、その足元から青い光が広がり。
座り込んだ彼女を同じ光の粒に変える。
「普通なら余裕よ余裕。んな薄っぺらな20年前の同人誌みたいな展開でこのアタシが堕ちるわけない。けどね? ここが『僕ヤバ』のヤバイ所なのよね? このドチャクソにシコイ2人をあんなうっふんイベントにブチ込んで、その上市川くん憑依コースで勃禁? うふ、うふはっ………ふざけんなぉ!! 学園長のクーーー」
シュン!
粒子が加速し、転送の完了を音が知らせた。
後に残るのはただ白い世界とたった1つのクエストボード。
ここは淫・天原サキュバス学園。
サキュバスを目指す若者へ課せられる『試練の間』。
数多ある試練の間の中でも、最難関と云われる伝説の空間。
この扉を開くことさえ、常人には不可能な。
ーーー時間の加速か、そもそも『時間』という概念すら無いのか。
青い光の粒が再結合して少女の姿を形作る。
「あ…は、う」
膝から崩れ、そのまま前のめりに床に倒れた。
背中には大きく『もっとがんばれ♡』と書かれた張り紙。
僕ヤバに魅せられた1人のサキュバス見習い。
彼女の名は今鹿。
今の鹿と書いてナウシカと読む。
「山田…それは、むり」
幸せを垂れ流すように口からヨダレが溢れてやまず、焦点の定まらない瞳にはしっかりと♡マークが浮かんでいた。
これはキラキラな名前の女の子が立派なサキュバスを目指して奮闘する学園物語ーーーなのかもしれない。
◆
「最初から変らったの…むぐむぐ、よね!」
あんまんは美味だ。
適温魔法を発動し、熱くて飲めないちょい下の温度ギリギリに調整し続けているサイコーホットミルクで、歯に付いたあんこを溶かしながら飲み込むのが至高。
「うみゃい!」
「お昼ごはんソレなの?」
学園の中央部。
人工池のほとりにあるベンチに腰掛け、2人のサキュバス見習いがモグモグペチャクチャと口を動かしていた。
あんまんにかぶり付く小柄な魔女は今鹿。
最近ショートボブから伸ばし始めた黒髪が、陽光を弾き白い光のリングを魅せる。
その今鹿に付き合うのはワニと女体が合体したようなサキュバス見習いで、名前はフラフシュという。
見た目はアゴの太い巨大なワニが直立して、その腹の部分に白い女体が浮き出ているような異形。
髪はなく、突き出た胸にはポイントだけをガードする赤い布切れが巻かれ、腰にも同色の布がスカートの役割として存在している。
「めっちゃ美味しいよ! 食べる!?」
妖艶さの欠片もない今鹿の爛漫な提案に、おっとりと目を細めたフラフシュが頬へのキスで返答を済ませた。
「ありがとうシーちゃん、今日はお肉の気分だからまた今度頂くわね」
今鹿は忙しなくあんまんを口に運び、フラフシュはゆっくりとしかし豪快に白いソースをかけた骨付き肉を咀嚼した。
穏やかな日だまりの下。
ゆったりと時が過ぎる。
「ーーーそう言えば、最初の話は聞いてなかったかしら?」
昼食の終わり際にフラフシュが呟く。
今鹿は既にあんまんを食べ終わりデザートの準備に入っていた。
『ねるねるねるね』である。
これも今鹿の最近のブームだ。
魔法で生み出した聖水、そして食用の重曹と酸。
それが小さな容器の中で化学反応を起こしねっとりと膨らむ。
「むふふ~」
「ねぇ、シーちゃん?」
「はた!? な、なに!? ねるねはダメだよ?」
エサを守ろうとする野良猫のような反応にフラフシュが目を細める。
「ケチね」
「だってーーーあ、このトッピングなら、あげても良いけど…?」
ラムネの粒をひとつまみ。
ベロで受け取るような卑猥な食べかたを見せ付けて、フラフシュが続けた。
「シーちゃんが今お熱の『僕ヤバ』クエスト、最初はどんな風だったの?」
自分が沼っているクエストの話を聞いてもらえる喜び。
そして同時にサキュバス見習いとしての失態を語る悔しさ。
相反する思いを乗せた顔面が奇妙に歪む様を楽しげに眺めながら、フラフシュは今鹿の言葉を待った。
「最初はーーー『参加形・モブ美』でクエスト達成条件は『2時間目の開始までにクラスの男子全員を勃起させる』だったよ」
参加、という事は【僕ヤバ】の世界にサキュバス見習いである今鹿がそのまま入り込む、と言うことだろう。
今鹿は確かに、一般的なサキュバスと比べれば胸やお尻の肉が薄く、また魅力的な魔力の扱いや男の煩悩をくすぐるような所作もなってない。
しかし、だからこそ際立つ愛くるしさや整った顔立ち、天然物特有の美しさがある。
そんな魔女が、自らサキュバスとして男に挑むのだ。
「あの世界の中学生ってインポばっかりなのかしら?」
頬に人差し指を添えて小首を傾げる。
そんなフラフシュにチッチと指を振り、楽しげに今鹿が応えた。
「クエストの開始時期が小学4年だったのよ」
「ーーー?」
「アタシも楽勝だと思ってたよ? そもそも【僕ヤバ】の世界に挑む為の条件が特殊過ぎるから挑戦するサキュバス見習いの絶対数が少ない、だから未だにクリア者が居ないってだけで、挑んでみれば大したこと無いんだな~って。今思えばあのクエストは原作開始前の回想的なワンシーンから再現された世界だったし、やり方次第では行けた気もするんだけどね………はむ」
口に入れたねるねが溶ける。
あまずっぱいような、雑味の強い独特な菓子の味の暴力を楽しんで。
「無理だった」
今鹿は今でこそ落ちこぼれの烙印を押されているが、初等部時代には神童と謳われた逸材だ。その彼女の諦観にフラフシュは惹かれた。
「杏奈ちゃん…あの世界のヒロインなんだけどね?」
「うん」
「小学4年生なんだけどね?」
「うんうん」
「水着で登校してきやがったの」
「うーーーうん…?」
「スク水よスク水。4年だったし? まだギリで発育前だったから胸部ロケット砲は搭載前だったんだけど、杏奈ちゃんか教室のドア開けた瞬間に終わったもの。こぅね? 男子の視線…いやガン見出来るような度胸のあるガキは居なかったんだけど、魂かな? 視覚以外の意識の全てが杏奈ちゃんにLOCK ON! てな感じでね? アタシなんてもぉそれこそ完全モブ美として配役が固定されちゃったんだ」
ーーーシュ。
小石を投げる。
今鹿の放った薄い石が、1度だけ水面で跳ねてすぐに沈んだ。
「ーーーそっか」
悲しげに応えるフラフシュ。
だが、彼女のもう1つのワニの頭は人の顔色のようにわかりやすく動揺して、瞳を揺らしていた。
(ちょっと理解できない)
普通のサキュバス・クエストと違いすぎる。
一般的なクエストは簡単に言えばゴブリン一匹の討伐(♡)とかそのような物がほとんどで、難しいとされるクエストもゴブリンがドラゴンに変わる程度の話だ。
(スク水………?)
理解できない。
ともすれば一生理解など出来ないのかもしれない。
ーーーだが。
「アタシ、杏奈ちゃんも…ちゅきなの」
「ーーーそっか」
この可愛くも奇っ怪なイキモノを一秒でも多く眺めていたい。
彼女の喜びも絶望も。
自分には届かない場所で過ごしている時間も。
そのすべてが、フラフシュには愛おしかったのだ。
僕ヤバを知ったのは5日前。
暇が過ぎたからDmmで無料書籍を検索。なんとなく読んだ作品が4巻まで無料で読めたのだが、読んでいるうちに脳をヤられた。
翌日には仕事終わりに本屋に直行。全巻購入して家に帰宅。
推しの子の放送時間までに5.6.7.8巻を叫びながら読破して、まだ時間があったからまた1巻から8巻まで読み漁る。
(9巻の発売が10月予定だと? 発狂させる気…か?)
さらに翌日。
どうにかして僕ヤバの世界に触れていたくて2次創作の構想に入るも原作のあまりに高く、異常とすら言える完成度の前に挫折する。
pixivやTwitterで昂る心。
諦められず執筆し、至る、ナウ。
僕ヤバのヤバイと思う所を語り尽くすまでは書くと思う。
アニメもフールーで追加課金して二話までみた。
良すぎて死にそう。
多くは作中で語る。
語って魅せるともぉぉぉおおおおお!!
手前ら! 全力でついて来やがれォラァ!!