サキュバス・クエスト~私の淫魔のヤバイやつ~ 作:マキシマムとと
大切なのは間合い。
そして引かぬ心。
師匠の教えを思い出し、アタシは魂を奮い立たせた。
「ん…んしょ、ん? うん…?」
病人の介護について。
相手に発汗がある場合には上着を脱がせ、一度濡れたタオルで身体を拭き、その後に乾いたタオルで拭いてあげると良いでしょう。
「よ…よしっ!」
介護経験に乏しかったんだろうね。
乾いたタオルのみで汗を拭き取り、ボタンを掛け違いながらも頑張って服を着せ終えた杏奈ちゃんに対して正解の暴力を振りかざすのは間違い。
そのくらいの分別はあるよ。
だけどさ?
そのドヤ顔はどうなの?
いや可愛いんだけどね?
「ふんす」の鼻息すらキュートなのですけれども、ね?
推しが推しの体液を懸命に拭き取る後ろ姿に悶えながら、それでもアタシは意識を正常に保った。
正直、フリフリと揺れてはアタシを誘う邪悪なプリケツには参ったわ。何度となく嗅覚をこの世界に適合させる魔法の使用を検討して、何度も何度も残り魔力残量から断念する事を繰り返して。
師匠の教えがなかったらきっと耐えられなかったと思う。
ありがとうゲファッヒャー様。
「ふふ~ん」
汗を拭われ、新しい服に袖を通した影響からか。
随分と呼吸が安定した京太郎の頬を優しく撫でて、聖母のように微笑んだ杏奈ちゃんが立ち上がった。
手には使用済みのタオル。
向かう先は一階、脱衣所と断定しても良いはず。
ーーーさぁ。
ここからが、本番よ。
がんばれ、今鹿…!!
◆
「【顕幻】我が魂を震いて世の運命を欺け」
今回、今鹿に与えられた配役は『イマジナリー杏奈』だ。
つまりイメージ、虚像、ゆめまぼろし。
故に今回選択した【顕幻】魔法には時空間からの支援が入る。
つまり、彼女の少ない魔力量でも、多少の会話時間は捻出できる。
もっとも、【顕幻】魔法は特定の対象にのみ作用して己を目視させる能力しか持たないというデメリットはあるのだが。
ーーーだけど、それで良い。
そのように今鹿は考えた。
自身のサキュバスとしての進退を賭けるのであれば、魔力に任せた都合の良い魔法ではなく、純粋な心と言葉で推しに挑むべきだと思っていたから。
「アタシの名はイマジナリー杏奈ッ!」
ビシリ!
安っぽい効果音を背景に、指を突き付けて啖呵を切った。
突如として脱衣所に現れた女の子を前に杏奈の思考がぐるぐると乱れる。
「え、へ? はれ!?」
幽霊ではない。
向こう側が透けて見えるから、イキモノでもない。
『まぼろし』だと言う確信があって。
だけど何故そう断言出来るのかがわからない。
混乱した杏奈へ畳み掛けるように今鹿が口を開いた。
「杏奈ちゃん、貴女は今悩んでいるのよッ!」
「え? へ!? 私どうしちゃったの!?」
幻覚だけならまだ、百歩譲れば理解できる。
だが幻聴までこうもハッキリ聞こえるモノなのか…?
「落ち着いて杏奈ちゃん、アタシはイマジナリー杏奈…つまり貴女の中に居る抑圧された貴女の心」
落ち着けと言った口で混乱させる今鹿。
だがそれもやむ無し。
今鹿に許された時間は短いのだから。
「そのタオル、どうするつもり?」
今鹿の問いに、小首を傾げて杏奈が返した。
「そうよね。杏奈ちゃんは真面目で、清楚で…『お子ちゃま』だもの、洗濯機にポイする意外に選択肢があるだなんて、考えもしないわよね?」
まるで意味がわからない。
この状況にも、言葉の意味にもついて行けず、ただポカンと口を開ける杏奈へ今鹿が歩み寄った。
「欲しい…」
いや、正確には杏奈の手にしたタオルへと。
「な、なに? なに!?」
あえて無視し、ひくひくと鼻を動かして。
「良い匂い。京太郎の匂い」
「ーーー!?」
「ほんの1日だけ、間違えて持って帰ろうよ。明日返せば良いんだ。話しかけるきっかけにもなるよ? お家で、お部屋で、一人の時間で」
ドクン。
杏奈の心臓が跳ねた。
「京太郎はアタシのせいで風邪を引いたんだよ? 可哀想な京太郎。可愛くてたまらない京太郎。それなのに格好良い京太郎」
ドクン…ドクン!!
杏奈の心に、淫魔が囁く。
触れられない指を、彼女の豊満な胸に伸ばして。
「タオルをくんくんしたら風邪が移るよね? ねぇ知ってる? 風邪って人に移せば治るんだよ? クンクンしようよ、ね? 杏奈ちゃん。クンクンして、頭の中をピンク色にして、一緒に京太郎を感じようよ? それで、それで京太郎とひとーーー」
ーーー切れた。
時間切れ。
魔法は終わり、夢と消え。
「えーーー?」
一人取り残された杏奈は、しばらくその場で立ちすくんで。
「タオル…」
(アタシはイマジナリー杏奈…つまり貴女の中に居る抑圧された貴女の心)
「なんだったの…かな?」
心臓がうるさい。
顔が熱い。
手にもったタオルが、怖い。
(違う…怖いのは、私のーーー)
一瞬だけ鼻にタオルを近付けて。
「だッ!!」
杏奈は、それを洗濯機に投げた。
「バカ、私…バカ………どうしちゃったんだろ」
わからない。
ただ、今は一刻も早くこの場から離れたかった。
京太郎の寝顔を見ることも叶わず。
杏奈は逃げるように市川家の玄関を抜けた。
◆
(ん…何かしら?)
息子の通う学校の制服。
スカートの短い女の子が、家の前でうろうろしていた。
「あ」
目が合う。
「あ~~~~」
驚くような早さで駆け寄る美人さん。
良く見ればそれは、そう。
「あら~えっと…山田さん…同じクラスの」
そう。
ついこの間の三者面談で話しをした可愛らしいお嬢さん。
聞けばこの近所に住んでいるらしい。
ちょうど京太郎が風邪で休んでいたから話題に困らずに助かった。
若い子と合う話なんてわからないもの。
「ーーーひと晩寝ればよくなるけど」
もっと丈夫に生んであげられたら。
ふと心を飛ばした一瞬の空白で。
「そうなんですか…」
……………え?
「え、なん…ど、どうしたの?」
美人が泣いた。
うわー。
美少女が泣くとここまで絵になるのねぇ~て、違うわ!!
えと、ほら、拭くもの!!
「ほらほら、どうしたのかしら? こんな可愛らしい女の子が…ほら、涙を拭いて? おばさんで良ければ話し聞くわよ?」
事案になってしまうわ!
違うのよ、私は無実!!
「ごめんなさい、私、迷惑…を」
ひぃーんと可愛らしく泣く山田ちゃん。
その裏表のない真っ直ぐな感情が温かくて、眩しくて。
「…なにがあったのかはわからないけど、少なくとも私は迷惑だなんて思ってないわよ」
この子を助けてあげたい。
元気付けてあげたい。
その気持ちが、私の古ぼけた脳ミソを動かした。
「職業見学」
「ーーーえ?」
「そう…山田って言ってたかしら、もしかして京太郎と一緒に行ってくれた?」
私の問い掛けに、彼女がコクコクと首を振る。
「あぁやっぱり! あの子ったらよほど楽しかったのかしら、何度も私にその話を聞かせてくれたの。特に山田ってヤツが~なんて悪ぶってたから、てっきり仲の良い男友達が出来たんだと思ってたのに、こんな素敵で可愛らしいお嬢さんの事だったなんて」
あら、照れた顔はまた一段と破壊力が高いわねぇ。
これは京太郎くん、大丈夫なのかしら??
「私のこと…」
「ありがとう。最近楽しそうで。もしかして山田さんのおかげなのかしらね?」
まぁ無いでしょうけれど。
流石にこれだけ顔面偏差値の高い美少女が京太郎と懇意にってのは。
夢は、夢だから良いのよねぇ。
「あの、あの!」
「はいはい?」
「私も、楽しい…です!」
…まぁ。
そんな感じはするわよね?
「えへ、えへへ」
急に機嫌直る子ね。
「そ、それじゃ…えへ、えへへぎゃ」
あ、ほら前見ないから!
電柱ーーーぶつかったけど…大丈夫かしらこの子。
◇
「ーーー変な子だったわね」
山田、の名前に反応する息子。
…やはりラブなのか?
道は険しいぞ息子。
………あ。
「そう言えばタオル」
「あ?」
「いやねぇ? 山田ちゃん? なんでか急に泣き出したからタオルを貸してあげたんだけど、あの子そのまま持って行っちゃって」
「ハァ!? なんでタオル? そこはせめてハンカチとか!」
「だってぇ、手持ちにそれしかなかったんだもの」
「ぐッ!」
「別に構わないんだけど、向こうも迷惑かもしれないからそれとなく聞いといてくれるかしら?」
なんで、僕が!
ーーーなんて、嬉しそうなのが見え見えなのよねぇ。
やっぱお父さんの子だわ。
せめて、青春だけは美しく。
頑張んなさい、少年。
◆◆◆
【Karte.39♡イマジナリー杏奈コース♡】
クリア条件☆タオルお持ち帰り☆
審議ーーーーーー通過。
クエスト達成により残留決定。
サキュバスポイントが加算されます。
※高難度クエストの達成確認。
・サキュバスポイントが追加加算されます。
・クエストリストの閲覧及び選択権が限定付与されます。
・長期滞在型クエストが解放されます。
・クエスト失敗により蓄積した経験値プールを解放します。
・サキュバスポイントの使用範囲が拡大します。
・職業スキルツリーが解放されます。
・サキュバス・クエストの設定が一部変更されます。
・僕ヤバの9巻はまだですか? 全裸待機も限界です。
・早く、早く、早く、手元に、本が、欲しいです。
・ファンレターを送ってみては如何でしょうか。
・神はお手紙をご所望です。
・皆様の感謝を文字にして、さぁ讃美歌を歌いなさい。