――ルビーちゃんは知っています。
ルビーちゃんのお兄ちゃん。その前世が、ルビーちゃんの初恋の人物、雨宮吾郎である事を知っています。
理由は至極単純です。天才美少女のルビーちゃんによる名推理と観察眼による結果――とはとてもとても言えず、単に携帯端末の検索履歴を見てしまっただけです。
なんということでしょうか。お兄ちゃんの使った後の、大好きなママぁのスマートフォンには前世のルビーちゃんの入院していた病院名と、雨宮吾郎に"死亡"や"行方不明"等の単語を付けて検索されているじゃありませんか。
賢いルビーちゃんには分かります。
当初よりお兄ちゃんに覚えていた既視感の正体は、なんと初恋のゴローせんせーだったのです。心臓が跳ねました。ルビーちゃんの頬が赤くなり、でも同時に背が冷えました。
初恋の人が死んでしまっていたことが悲しかったのでしょうか?それとも、初恋の人が実兄になってしまったからでしょうか?
自分の気持ちが分かりません。きっと、お兄ちゃんにもママぁにも分からないのでしょう。本来なら起きえない出来事だからこそ、前例のない不安に駆られるのです。
そして、ルビーちゃんは決めました。この気持ちが――冷える背に寄りかかる感情の名前が分かるまでは、自分の正体をお兄ちゃんには内緒にしようと決めたのです。
きっと怖かったのでしょう。お兄ちゃんが隣に居ることを嬉しいと感じた瞬間、ルビーちゃんはゴローせんせーの死を容易く、息をするように受け入れてしまう事が心底怖かったのでしょう。
ルビーちゃんの中でゴローせんせーへの死の哀しみが喜びに変わってしまうのは、耐えられません。ルビーちゃんが"天童寺さりな"であった過去を封印したように、大好きなゴローせんせーが亡くなった事実を飲み込むことなんて到底出来ませんでした。
だから、ルビーちゃんはそっとママぁの携帯端末を操作します。検索履歴の欄を長押しして、履歴を真っ白に消してしまうのです。お兄ちゃんへの配慮なのか、それともお兄ちゃんへの独占欲なのか。こればっかりは、その両方なのだと認めざるを得ないのでしょう。
ルビーちゃんは"雨宮吾郎"が好きです。ゴローせんせーが大好きで、冷めない恋心を抱いているのです。なので、この溜め込んだ感情もまた、全てお兄ちゃんに向いてしまうのも仕方がないのでしょう。
得意の演技で燻る気持ちを抑えこみ、ルビーちゃんは今日も今日とてキャッキャとママぁに甘えるのです。お兄ちゃんはさておいて、これはルビーちゃんにとっては必須重要事項なのですから。
ルビーちゃんは知ってます。
お兄ちゃんはルビーちゃんを妹としか見ていないという事実を知っています。悔しいと感じる反面、ちょっとだけ嬉しいとも思います。
今のルビーちゃんは、控えめに言っても幼いです。歳なんて片手でも数え切れるくらいです。成人男性なら恋愛対象にしないくらいで、しかしお兄ちゃんがペドフィリアだったらと思うと背が凍ります。でもお兄ちゃんは可愛い可愛いルビーちゃんを恋愛対象として見てはいません。それを含めて、お兄ちゃんが正常な恋愛観を持っていることを嬉しく思うのです。
でも、ルビーちゃんは知ってます。このままでは、ルビーちゃんは生涯をかけたとしても、お兄ちゃんに一人の女の子として見て貰えません。心配性でシスコン気味ではありますが、お兄ちゃんの愛は――同じ言葉でも指すのは飽くまでも家族愛であり、最後まで家族愛にしか発展しないでしょう。
こればっかりは、お兄ちゃんの通常の感性を恨みました。せめて過激なシスコンであったのであれば、ルビーちゃんも大満足だったのでしょう。
困りました。ルビーちゃんは困り果ててしまいました。
相手は正常な感性の持ち主です。それが示すのは、ルビーちゃんの負けフラグです。それを覆せるだけの作戦も、知能も、魅力すらも今のルビーちゃんにはありません。
更に言えば、お兄ちゃんはママぁの虜です。お兄ちゃんが前世の時からアイドルのママぁ推しなのは既に知っています。だからこそ、心配なのです。
もしもルビーちゃんが家族間での恋愛を認めさせてしまえば、お兄ちゃんは間違いなくママぁに引き寄せられます。
間違いなく、ルビーちゃんよりもママぁを選ぶことでしょう。ルビーちゃんのママぁは、年の差があったとしても魅力を感じることでしょう。
そもそも、です。
お兄ちゃんの精神年齢はルビーちゃんよりもよっぽど上です。更に言うならママぁよりも上で、精神年齢が肉体にやや引っ張られたとしても。もしかしたら、数年後にはママぁの方が好みドンピシャになってしまう可能性だってあります。
またまた困りました。人生初の恋ライバルは、大好きなママぁになりそうです。
でも、ルビーちゃんは知っています。
お兄ちゃんは
言うなれば、同じ土俵を目指せば良いのです。この場合の"同じ土俵"とは『アイドル』です。つまり、
ルビーちゃんはママぁの実子です。なので当然、"ちょうぜつぷりてぃ"なお顔になるでしょう。お兄ちゃんと同様に、ルビーちゃんもまたママぁの虜です。だからこそ、そのママぁの娘であるルビーちゃんが"ちょうぜつぷりてぃ"であるのは世界の理とも言えます。
つまり、アイドルを目指す上で圧倒的なアドバンテージは既に手の内にあるのです。あとは完璧で最強なアイドルのママぁを越えれるのか、です。
ルビーちゃんは知っています。
ママぁを越えるのは、努力だけでは足りません。あの瞳に、誰もが惹き付けられるのです。あの笑顔に、みんなが騙されるのです。もちろんルビーちゃんも例外ではありません。
でも、ルビーちゃんがお兄ちゃんに見てもらうには、アイドルとしてママぁを越えないといけません。努力をして、知恵を絞って、才能も利用してコネクションも作って。
それでも届くのか、ルビーちゃんには分かりません。予想もつきません。それでも、
きっと、愚直な後追いは"大成"するでしょうが、ルビーちゃんの目指す"成功"とは程遠くなることでしょう。
だからこそ、悩むのです。ルビーちゃんはお兄ちゃんほど聡くはありません。なので、もうアイドル以外の道は思い浮かびません。憧れはアイドルのママぁです、欲しいのはゴローせんせーの愛です。
アイドルで
そもそも、根本的なお話です。お兄ちゃんの目に映るルビーちゃんには『妹フィルター』が常にかかっています。
お兄ちゃんは妹に恋慕を抱く質ではありません。ええ、前世からゴローせんせーと仲良しだったルビーちゃんには分かります。分かりますとも。
だからこそ悔しいのです。勝ち目がないと感じてしまうルビーちゃん自身が、酷く情けないのです。相手がママぁでなければもっともっと楽観視出来たのでしょう。逆説的に言うなら、相手がママぁだからこそ焦りに駆られるのです。
でも、どうでしょう。ママぁであることでの"安心感"もあります。ルビーちゃんは漫画やアニメ、小説等の創作物が好きです。そのいずれも、妹がメインヒロインの物はあれども母親が恋愛対象になり得る作品は、少なくともルビーちゃんの記憶にはありません。
その程度のことに僅かな安心感を得ながら、ルビーちゃんは今日もママぁの膝の上できゃっきゃとします。ライバル云々は置いといて、これはルビーちゃんにとって必須重要事項なのです。
ルビーちゃんは知っています。
お兄ちゃんが――ゴローせんせーが変わってしまった事を。
アレから、色々とありました。お兄ちゃんが監督さんに弟子入りしたり、ルビーちゃんとお兄ちゃんがミヤえもんの養子になったり。
沢山泣いて、慟哭して、でも抱き締められて。数年が経ち、ルビーちゃんもやっと現実を受け入れられ――いや、嘘です。ルビーちゃんにとってママぁは星だったのです。
それが消えてしまって、受け入れられる訳もありません。だからきっと、この気持ちは偽りです。いつからでしょう。無意識に周りが望むような演技をする癖がついたのは。嫌われたくないです。重荷になりたくないです。見捨てられたくないのです。
だからルビーちゃんは、さも"母親の死も受け入れて前に進める明るい少女"を演じるのです。ええ、決して難しいモノではありません。体に染み付いてるのですから。
――ママぁの最後の言葉は、脳裏に刻み込まれています。
ママぁはルビーちゃんの内面を見透かしていたのでしょうか。真偽は不明ですが、ママぁは最期まで、ルビーちゃんがアイドルになることを望んでくれていました。
この喪失感には覚えがありました。お兄ちゃんの前世を知り、ゴローせんせーの死を知った時と同じです。感情の歩幅はありますが、同色であるのには間違いありません。
瞳の奥に涙を隠して、やっとルビーちゃんは歩み出します。受け入れず、ルビーちゃんが生涯を全うする、その時まで引き摺ります。
ママぁを心にしまって、ルビーちゃんはママぁを越えます。もう揺らぎません。また、ルビーちゃんがアイドルを目指す理由が見つかりました。
トップアイドルになって、心の中で叫んでやるのです。ネットでママぁを散々言ってた野郎どもめ、ママぁはトップアイドルになった私よりももっともっと凄いんだぞ、と。心の中でほくそ笑み、ママぁのお墓の前で無垢な笑顔を零すのです。
これは小さな復讐劇であり、世間への報復です。お兄ちゃんの『推しの子』になり、ママぁを越えるトップアイドルになる。
簡単なお話ではないのでしょう。ルビーちゃんには分かります。ですが、それも諦める道理にはなり得ません。先人の名言を借りるのであれば、これは茨の道です。ですが、『道』は繋がっているのです。ならばルビーちゃんにも歩けます。整備された道でも、茨の道でも。同じ『道』なのですから。
故に、ルビーちゃんはアイドルへの道を辿るのです。大好きなママぁを全力で肯定して、あのお兄ちゃんを射止めるために。
――ルビーちゃんは歩み始めました。