ルビーちゃんは知っています。
"コレ"は
ルビーちゃんと『私』は乖離した意識です。ですが、いついかなる瞬間も同一です。言わば、『私』が作り出したのがルビーちゃんであり、いつの間にか剥がれない仮面となった何かなのでしょう。
同一の二面性という矛盾を孕みますが、ルビーちゃんと『私』の精神は"そう"と"そうじゃない"だけで説明できるほど単純でもありません。
だから、『私』が知らないこともルビーちゃんは知っています。ルビーちゃんが知っていることを『私』は知りません。だってルビーちゃんは『私』と違って見て見ぬふりはしませんし、現実を受け入れた末に形成されたのがルビーちゃんなのです。
真っ白い空間で佇む『私』と、それを傍から眺めるルビーちゃん。
『私』には顔がありません。のっぺらぼーさんです。嘘をつく口も、嘘で飾る表情も、真実を見る瞳も、なんにも『私』にはありません。
だって、それを担うのはルビーちゃんなのです。嘘が大っ嫌いな『私』の代わりに、ルビーちゃんが皆を――『私』をも欺きます。
ルビーちゃんにとって、『私』も他人も同じです。嘘で騙す対象でしかありません。これは決して悲しい話ではなく、本当に誰にでも備わっている一面でしょう。
嫌なことから目を逸らしたい。
衝動的に口から嘘が漏れる。
無意識の同調圧力で偽笑を浮かべる。
心地好い妄想に浸りたい。
それはきっと、『私』特有の思考ではないハズです。小さな子供からご老人まで、みーんな当てはまります。星座占いとかの診断結果にも使える程度には、フォアラー効果やバーナム効果と言える、有り触れた思考回路です。
そうです、『私』も例外ではないのです。ルビーちゃんが俯瞰する『私』は人間らしく浅はかな範囲内で息をしています。
『……嘘は、嫌い』
――『私』が呟きました。
おかしな話です。あののっぺらぼーさんには喋る口なんてないのに、しかし明確に言葉で意識を伝えてくるのです。
そして同じく、無いハズの瞳でルビーちゃんを嫌悪の対象であるかのように睨みます。そんな『私』を茶化すように、ルビーちゃんは口を開きます。
これは『私』が望んだのでしょう?本当はルビーちゃんなんていなくて、ぜーんぶ『私』の妄想なのかも。精神の乖離なんて最初からなくて、ただの醜い一人相撲で独りよがり、寂しい寂しい一人芝居だったのかもしれませんね、と。
そう答えると、『私』は言葉に詰まります。
ええ、分かっていますとも。だって
そんな我儘な無知の赤ん坊が、どうして物事を理解できる道理があるのでしょう。表でも裏でもなく、『私』とルビーちゃんは同一であるハズなのに。
でも『私』は、ママぁがお星様になった日から何一つ成長出来てやいなくて、ルビーちゃんはそんな『私』の嘘で紡いだ演技をします。
『………みんな、嘘つき。ママも、アクアも、私自身も……ねえ、この愛おしい気持ちも…嘘で騙されて、欺かれて、その末に形成されたモノなの…?そんなのって…ッ、本当に愛なの…?』
さて、またまた『私』がおかしな事を呟いています。本当の嘘つきは果たして、どちらなのでしょう。世間を華麗に欺くママぁなのか、ずっと『私』に隠し事をしているお兄ちゃんなのか、それか――
知っているハズなのに、目を逸らします。『私』は酷く臆病なのです。そして同時に両極端な不器用者でもあります。
傷付きたくないから、また見て見ぬふりをする。傷付きたくないから、真実を追求しない。傷付きたくないから、ぜーんぶをルビーちゃんに押し付けてしまいます。
ええ、ルビーちゃんは知っています。
このやり取りも、結局は夢であり『星野ルビー』の頭の中で繰り広げられるだけの、所謂無駄な時間なのです。
何の意味も孕まない。何も答えを出さないし、一度だってルビーちゃんと『私』の会話が成立した試しもありませんとも。
起きてから憂鬱な気分になる以外は、何の問題もない"日常"です。一銭の得にもなりませんが、ルビーちゃんの日常とはそーゆーモノです。
ボンヤリとしたルビーちゃんと『私』が不明瞭に空気に溶け、混ざり、また同一となって――はい、朝が来ます。うるさい目覚まし時計にチョップをかまして、ルビーちゃんは起き上がるのです。
ルビーちゃんは知っています。
どうやらミヤえもんはとっっても善人らしいです。昔はママぁのリーク情報を売ろうとした事もありましたが、今にして思えば、アレも他人の子を育児させられていた事へのストレスや反発心が彼女の精神を不安定にさせていたのでしょう。
ルビーちゃんだって、いきなり他人の子供を育てろと言われたら困ります。
ですが、ミヤえもんも今はもう立派な義母です。ルビーちゃんもミヤえもんを慕っていますし、ミヤえもんもルビーちゃんを実子のように可愛がってくれます。
ママぁとは異なる母感ではありますが。と言うよりも、実の所ママぁにはあんまり母感がありませんでしたが。本当に、ママぁの子供がお兄ちゃんとルビーちゃんで良かったです。
当時のママぁはまだ子供でした。だからルビーちゃんとお兄ちゃんへの接し方も愛おしい実子へのものではありましたが、それが純然たる母のモノであったのかと聞かれれば答えに詰まります。
と言いますが、ルビーちゃんも正しい母親というのを知っている訳ではありません。自分に無関心な母親、愛情だけを持ってる母親、厳しくも優しい義母。
どれが世間的に"正しい母親"なのでしょう?
ルビーちゃんには理解の届かないところではありますが、でもママぁと同様にミヤえもんを母親だとは思えます。もう既に、ママぁよりもミヤえもんと過ごした時間の方が多いのですから、きっとお互いの理解は出来ています。
ミヤえもんが表裏のない人物であったのもありますが、結局、ルビーちゃんは最期までママぁの内面が見えませんでした。
――いえ、違いますね。これも『私』がそう思いたいだけで、ルビーちゃんは知っています。
ママぁは酷く臆病だったんです。自分が嘘つきだと知っていて、だから息子娘に向ける言葉にも嘘が含まれていたら、と思うと本心を覆い隠してしまうのです。ママぁは亀さんです。直ぐに嘘で構成された殻に篭ってしまって、
完璧で究極のアイドルだったママぁの素顔は、臆病な人間性を強く纏う女の子だったんです。
ミヤえもんが母親ならば、ママぁはずっと母親になろうとしていた女の子です。
ルビーちゃんはママぁの幼さと魅惑の狭間に演出される魔性の瞳が大好きでした。あの瞳が纏う儚さ、しかし硬く取り繕われる力強さはママぁの無二のモノです。
ルビーちゃんには真似することしか出来ません。ママぁが自分自身をも騙して、嘘だと錯覚していた瞳は天然モノです。
ええ、きっと。ママぁはルビーちゃんには眩しかったのです。別にミヤえもんがママぁに劣るとか、そーゆー話でもありませんとも。
単にルビーちゃんの問題です。ルビーちゃんはアイドルのママぁを見続けてきたから、星野アイに対する第一印象が母ではなくアイドルなのです。
お兄ちゃんも同じなのでしょう。全く、こればっかりはルビーちゃんとお兄ちゃんの問題でしかありません。だってママぁはミヤえもんと同じくらい母親として振舞ってくれましたし、ルビーちゃんもそれに答えるように甘え続けてきたのですから。
『心の底では絶対、母は子供を愛するものなんだから』
――胸の中で盲目的な『私』が呟きます。
きっと思い出してしまったのでしょう。ママぁでも、ミヤえもんでもない
そして、『私』はもっともっとルビーちゃんに縋るのです。ルビーちゃんを盾にして、自覚してもなお盲目的であり続ける様は、言葉にも出来ません。
こんな姿は、絶対にお兄ちゃんには見せられません。幻滅されたら、それこそ死にたくなりますから。
だからルビーちゃんもまた、自分を騙します。もう忘れてしまった、もう気になんてしていない、と。
ルビーちゃんは知っています。
お兄ちゃんの部屋には意外と漫画が多いことを知っています。
今となってはクール気取りでスカしてるお兄ちゃんですが、アレでも正真正銘のアイドルオタクです。そしてルビーちゃんの経験から語るのであれば、どのジャンルのオタクでも必ず漫画にはハマります。
いえ、これはオタクでなくとも当てはまります。漫画は人類の英智であり、ルビーちゃんの生活に潤いを与えてくれる神器です。
ルビーちゃんが合法的にお兄ちゃんの部屋に入り浸れるのもまた、漫画のおかげです。家族なので法律も何も関係はないのですが。
ともかく。
ルビーちゃんは毎夜毎夜お兄ちゃんの部屋に入り浸っています。漫画を理由にはしていますが、その実は単にお兄ちゃんと一緒の空間に居たいだけです。このいじらしさは、一種の様式美です。悩殺されないお兄ちゃんはとても大人なのでしょう。
ですが不思議なものです。お兄ちゃんは沢山の漫画を持っていますが、でもどう考えてもお兄ちゃんのお小遣いでは買えないハズです。
ミヤえもんがお兄ちゃんを甘やかしているワケでもありません。世界一お兄ちゃんに詳しいルビーちゃんが言うのだから、間違いありません。
結論から言うと、監督さんです。監督さんがお兄ちゃんに漫画を与えているようです。
もしや、監督さんはお兄ちゃんを物で誘惑しているのでしょうか。お兄ちゃんは中性的なイケメンです。ルビーちゃん情報によると、雄々しい男はお兄ちゃんのような少しだけ幼い男の子を好むらしいです。クラスのお友達が熱弁していました。
監督さんはお兄ちゃんを狙っているのでしょう。ルビーちゃんは確信しました。なんと末恐ろしい男なのでしょう。人類の
しかも恐ろしい事に、監督さんはタダでお兄ちゃんに漫画を提供している訳ではないようです。ルビーちゃん調査によると――不自然でないように、自分のお仕事の報酬として渡しているらしいです。
自分は楽をしながら、尚且つ増え積もる漫画を消費してお兄ちゃんの好感度を上げる。そして、サラッと善人性を主張しているんです。
なんと策士なのでしょう。震えが止まりません。ルビーちゃんの最たるライバルは監督さんだったのです。
ですがルビーちゃんのお兄ちゃんはボーイのLoveには興味無いハズです。
だから、ルビーちゃんは人生最大のライバルに同情を向けます。監督さんは確実に、ルビーちゃんよりも格上の策士でした。お兄ちゃんが腐男子だったら危なかった事でしょう。
敬意と慄きを込めて、ルビーちゃんは敬礼します。そして監督さんがお兄ちゃんに贈った漫画はルビーちゃんが有効活用します。
そう、ルビーちゃんがお兄ちゃんの部屋に入り浸る理由として、有効活用しますとも。
ルビーちゃんはニヒルに笑い、お兄ちゃんからドン引きされました。解せません。
(〇ᴗ✪ )>☆