――私は知らない。
何も知らない。『ルビーちゃん』みたいに"演じる"術も、ママみたいに振る舞う方法も、アクアみたいな生き方も。ましてや"愛"だなんて、私は――私
生きるのは難しい。だって、私は思う。ただ息をして、意味の無い会話をしながら無駄に時間を過ごすだけだなんて、生きているとは言えない。
昔に夢見た『ルビーちゃん』はもっとキラキラしていた。クラスのみんなから人気で、文武両道で非の打ち所もなくて――
ただの憧れだった。私がまだ"天童寺さりな"だった頃、夢を見ていた。
最初は普通に立てて、苦しくない体で生活出来るだけでも十分だった。大好きなアイドルがママで、同じくらい大好きだった病院の先生がお兄ちゃんで。
幸せだった。この世界が、前世とはまるで別世界たったから。少しだけ大袈裟になってしまうけれども、幼い頃の星野ルビーの周りには大好きなモノしかなかった。
でも時間が経ち、その大好きなモノは欠ける。ママが死んだ。殺された。アクアが変わった。まるで別人になった。
きっと
だからこそ『
前世では母を待つ健気な娘に成りきっていた。今世ではママの死を乗り越えた少女を演出している。
私に出来るのは、この程度だった。
何がアイドルだ。何が演技だ。憧憬と妄想だけで為せる夢ではないのに、でも一番近くでママを見ていて。いつの間にか私にも出来ると盲信していた。
きっと、ずっと――私の盲信は続く。完璧で最強のアイドルを自分に重ねて、愚直に可能性を追い続けるのだろう。
――だって、
ルビーちゃんは知っています。
本当のライバルはやはり監督さんだった事を知っています。ええ、なんと憎たらしい事でしょう。
あの男…いつの間にかお兄ちゃんとルビーちゃんのママぁがママぁだった事を知っていました。ミヤえもんとルビーちゃんとお兄ちゃんしか知らない筈でした。
分かります、お兄ちゃんが話したのです。
嘆きが零れ落ちました。どうして、ルビーちゃんのライバルは年上ばかりなのでしょう?ママぁ然り、監督然り、ルビーちゃんよりも確実に年上です。
これは困りました。いくらルビーちゃんの精神年齢が肉体年齢よりもやや上だからといって、まだ大人の色気は醸し出せません。ルビーちゃんが『あっは〜ん♡』『うっふ〜ん♡』と"のーさつぽーず"をとったとしても、無視か鼻で笑われる程度です。
そんなの、ルビーちゃんの乙女度が下がってしまいます。ルビーちゃんの乙女度はお兄ちゃんへの愛とお兄ちゃんからの親愛で構成されていますので。
よって、現状は由々しき事態なのです。
手っ取り早いのは監督さんを未成年なんちゃら罪で訴えることですが、あの監督さんは知恵だけは回るようです。
お兄ちゃんが十八歳を超えるまでは地道な好感度稼ぎに勤しむつもりです。なんと憎たらしい事か。
ルビーちゃんはお兄ちゃんを信用していますが、しかし監督さんはルビーちゃん以上の知恵者で悪巧みが大得意な様子。知らない間に恐ろしい手段を用いられて、お兄ちゃんが監督さんに釘付けになる可能性だってあります。
と、言いますか。ママぁに似て"すーぱーきゅーと"なルビーちゃんの誘惑にまけないのですから、お兄ちゃんの
でも多分年上好きです。て言いますか、三十代くらいがどストライクな気がします。
よって、対するルビーちゃんは妖艶な美少女を目指すことにしました。でも一つだけ問題があります。ルビーちゃんは妖艶な女性について詳しくはないのです。
ミヤえもんは妖艶って言うよりも母性的な感じがしますし、ママぁも魅惑的ではありますが健全でした。なので妖艶ではありません、多分。
ルビーちゃんは考えます。
妖艶、妖艶、妖艶――
………
参りました。ルビーちゃんの"ちょーぜつすいり"によると、お兄ちゃんの好みは監督さんでもルビーちゃんでもなく、魑魅魍魎だったのです。道理で"すーぱーびゅーてぃー"なルビーちゃんでも興味を惹けないハズです。
艶――つまりは光沢です。お兄ちゃんはツルピカりな妖怪が大好物なご様子。とんだ変態さんです。でも、受け入れましょう。ルビーちゃんは寛大ですので、お兄ちゃんの特殊性癖だって両腕で受け止めてみせます。
それはそれとして。
さてさて、困りました。
お兄ちゃんが永遠に監督さんに靡かない事実は嬉しいのですが、だからと言ってルビーちゃんが勝利したわけでもありません。
でも、ルビーちゃんは知っています。
あんな今となってはクール気取りのお兄ちゃんですが、未だにママぁを最推しにしてる程のアイドルオタクです。それが示すのはつまり、女の子には興味あるという事です。
ええ、これは大きな進歩です。ママぁは女の子で、ルビーちゃんも女の子。つまりお兄ちゃんはルビーちゃんを大好きと言っても過言ではありません。
まあ、この理論が通用するのであれば、お兄ちゃんは他の女の子にも興味津々な最低ヤローに成り下がってしまいますが。
それでも、ルビーちゃんにも可能性が残っているのは朗報に他なりませんとも。
取り敢えず、今はお兄ちゃんが他の女の子に靡かないように監視を続けます。 ルビーちゃんは極秘ルートで手に入れた
ルビーちゃんは知っています。
そろそろ高校受験が近いことを知っています。と言うか、知らないとヤバいです。
受験するのは陽東高校です。ルビーちゃんも詳しくはありませんが、中高一貫で日本でも数少ない"芸能科"のある高等学校らしいです。
どうやら芸能科と一般科があるようで、ルビーちゃんは芸能科、お兄ちゃんは一般科を受験します。お兄ちゃんはルビーちゃんが心配らしく、なので同じ高校に通ってくれると言っていました。
ええ、控えめに言っても愛してます。抱き付いてコアラ状態になりました。もしや、お兄ちゃんは世界で一番尊い生き物なのでは?いえ、疑問の余地などありませんとも。
またまた惚れ直してしまいました。これはもう、実質的なプロポーズだった気さえもしてきます。お兄ちゃんの期待に応えて、必ずお兄ちゃんをオトしてみせます。
陽東高校の芸能科を受験するにあたって、超絶的重要事項があります。
――事務所へ所属している証明書が必要なのです。
未だ、ルビーちゃんは何処の事務所にも所属していません。いえ、正確には
色んなアイドル事務所に応募しているのですが、尽くをお兄ちゃんに邪魔されています。お兄ちゃんが勝手に応募取り消しの連絡をして、しかもルビーちゃんには変な声真似を使って落選連絡の電話をしてきます。
お兄ちゃんの意図を汲んで騙されたフリはしていますが、お兄ちゃんはルビーちゃんをナメすぎです。お兄ちゃんを世界一愛しているルビーちゃんがお兄ちゃんの声を聞き間違える訳がありませんのに。
ですが、ルビーちゃんは"てんさい"ルビーちゃんです。もう無事解決しましたとも。既に芸能科の受験も決まっていますし、だからこそ前記の通りお兄ちゃんも陽東高校に通うことになっているんです。
ルビーちゃんがしたこと。
簡単に言うなら、
つまり、です。
まずルビーちゃんの狙いは事務所に所属することです。どの事務所でも良いところですが、必ずと言って良いほどお兄ちゃんは妨害するでしょう。ミヤえもんもママぁの事件を知っているから、お兄ちゃんに情報を流しているのは簡単に想像出来ますので。
保護者の承諾もなく事務所への所属は出来ません。なので、"てんさい"ルビーちゃんは考えました。
そうです、
ですがもう苺プロにはアイドルグループがありません。ママぁが居なくなってから徐々に衰退して、完全に無くなってしまいました。
なのでルビーちゃんは考えました。そう、ミヤえもんとお兄ちゃんに『究極の二択』を出すのです。
まずルビーちゃんが"きゅうきょくぷりてぃー"な外見を使ってスカウトを受けてきます。駅前ら辺を八周する頃にはやっと名刺を貰えました。膝がぷるぷるになりましたが、安い犠牲です。
次に、
駄々を捏ねて、絶対にスカウト先の事務所に所属すると言い張ります。すると、どうでしょう。数日後にはミヤえもんがアイドルグループの立ち上げを宣言するではありせんか。
ええ、もちろん計算通りです。ルビーちゃんには分かります。
きっと、この数日でルビーちゃんが契約を結ぼうとしている事務所をお兄ちゃんが調べたのでしょう。そして結果はご覧の通りです。
変な事務所に所属されるよりは、苺プロで様子を見た方が何百倍もマシなのだと結論付いたようです。これにはルビーちゃんもニッコリ笑顔。
あとはルビーちゃん以外のメンバーを探すだけです。それはそれで、陽東高校に通ってる最中にでも探せば良いだけですし。
以上のルビーちゃんの策略により、ルビーちゃんは念願の苺プロ所属となり、証明書も手に入れたので受験も受けれます。
…………あとは、そうですね。ちょっとだけ勉強を頑張る必要がありそうです。面接練習は学校でも褒められました。
でも幸い、芸能科を受ける学生は一般科に比べれば少ない方です。なので、超猛勉強をすれば間に合うハズです。この際なのでお兄ちゃんに一日付きっきりで勉強を教えてもらうことにしまいた。
ルビーちゃんのコミュ力を面接で活かし、お兄ちゃんの頭脳でルビーちゃんの頭脳を底上げすれば、鬼に金棒です。合格は既に決定事項も同然です。
慢心ではありません。断じて違います。
ルビーちゃんは自分を俯瞰するのが得意です。なので、これは自信ではなく事実なのだと胸を張って言います。
これでもルビーちゃんはお兄ちゃんの妹ですので、地頭は悪くありません。勉強中に無性に眠くはなってしまいますが。
とにかく。
ルビーちゃんにとって、これは人生を大きく左右する出来事です。一切の妥協は許されませんし、お兄ちゃんの妹でママぁの娘であるルビーちゃんが、こんなところで落ちこぼれて良いわけがありません。
大好きな家族の顔を汚さないために、今日も今日とてルビーちゃんはエナジードリンクを片手にハチマキを装備して、夜中に出てくる鍋焼きうどんに心を踊らせながらテキストに齧り付きます。
そしてとうとう、受験日を迎えました――
次回、重曹を舐める"元"天才子役が――