「いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせた後、いつものように朝食を食べ始める。何のことはない日常。だが私にとっては非日常だったはずのもの。それが入れ替わったのはいつからだったのか。本当に慣れというものは恐ろしい。
「うん、合格だね。前よりも美味しくなってるよ」
「……作ってもらっておいて何様なのよ」
どこか満足げによくできましたとばかりに褒めてくるヒンメルに呆れるしかない。そもそもそれは褒めているのか、煽っているのか。目の前のテーブルには二人分の朝食が並んでいる。パンに野菜スープ、バターに牛乳。違うのはパンは私の分だけアップルパンであること。批評してくれたのは恐らく野菜スープのことなのだろう。
「料理も焦がさなくなったからね。それにこの野菜は君が作った物だし、新鮮なのがいいのかもね」
「それはどうも。半年もやらされたら嫌でもそうなるわよ」
「それもそうかな。でもまだ料理の腕で負けるつもりはないからね」
うんうん、と何故かこっちに対抗意識を燃やしているヒンメル。相変わらずこいつの思考回路はどうなっているのか。シュトロよりも子供なのではないかと思うことが多々ある。
(それにしても、もう半年なのね……)
自分で作ったスープを飲みながらそう改めて実感する。この村に監禁、拘束されてから半年が経ってしまっている。もう、なのかやっと、なのかは分からない。分かるのは間違いなく自分の人生において一番濃密な半年だったということだけ。悩む暇もない、理解不能の人間社会の価値観に振り回される毎日。きっと魔族で自分ほど人間社会に精通した者はいないと言っても過言ではないかもしれない。もっとも何の自慢にもなりはしないだろうが。
「? どうかしたのかい? いらないならもらってもいいけど」
「結構よ。さっさと自分の分だけ食べてなさい」
腐っても勇者なのだろう。自分が考え事をしていたのを察したらしい。本当に癪でめざとい奴。こいつは本当に変わらない。あれこれ理由をつけてはこっちに構ってくる。暇なのだろう。しかも最初の頃よりも悪化しているような気がする。きっかけが何だったかは分からないが、こっちとしてはたまったものではない。
私自身の生活も変わりつつある。まずは家事分担。一日交替でヒンメルと家事を分担することになってしまった。その結果が目の前の光景。作ってやっているのに文句を言われるというある意味拷問のようなイベント。それ以外では仕事が増えたこと。畑仕事だけでなく、他の仕事も行うようになっている。主に魔法を使った肉体労働。木材の切り出しや運搬に始まり、村の清掃まで何でもあり。雑用といってもいいかもしれない。ある意味奴隷らしいと言えば奴隷らしいのかもしれないが。
「そういえばアウラ、今日の予定は?」
「今日は休みよ。何をしようと私の勝手じゃない」
二人分の食器を片付けながら片手間にそう返事する。変わったことといえばこれもそうだろうか。曖昧であった休日の設定。不定期ではあるがおおよそ三日働いて一日休みが基本的な私の生活サイクル。休みの日にはもっぱら読書と魔法の鍛錬を行っている。誰にも邪魔されずに過ごせる貴重な時間。もっともその半分ほどはシュトロたちに潰されてしまうのだが。そういえばそろそろやってくる頃だろうか。そんなことを考えていると
「そうか、奇遇だね。僕も今日は休みなんだ」
ヒンメルはそう、どうでもいい独り言を呟いていた。
「…………」
「ああ、本当に珍しいんだけど今日僕は休みなんだ」
こっちが無視を決め込んでいるのに、知ったことではないとこれ見よがしに休みを強調してくるヒンメル。ちらちらとこちらを窺っているその姿は鬱陶しいことこの上ない。だがここで乗ってしまえば半日どころか一日無駄にすることになるのは目に見えている。なので
「そう……じゃあさっさと職でも見つけてきたらどう? いつまでも勇者が無職じゃ格好付かないでしょ」
ヒンメルにとって致命傷となる部分を責め立てることにする。
「っ!? 何を言ってるんだ、アウラ。前にも言っただろう? 僕は勇者という誰にもできない仕事を」
「勇者は仕事じゃなくて称号でしょ? いつまでもそんなだから番の一人もいないんじゃない?」
「ゔっ……」
私の口撃によって自称勇者は苦悶の声を上げている。服従の魔法を食らった時以上に惨めな声かもしれない。勇者というのが仕事ではなく称号であるというのは既に書物で学習済み。魔王様を倒してしまっている今、ヒンメルは無職の勇者ということになるのだろう。この村では色々な手伝いなどをしているが定職に就いているわけではないので結局無職でしかない。加えて女性関係の問題。最初から分かっていたことだが、ヒンメルには女性の影がない。そのことを村人たちに心配されているのも何度も見ている。この二つが奴隷である私が主人を刺すことができる武器だった。
「……それは違うよ、アウラ。王都に帰れば僕にはちゃんとした仕事があるんだ。それに女性からも引っ張りだこでね。イケメンすぎる僕にみんな夢中なのさ」
「女も知らないくせに」
「そ、それは関係ないだろう? それに僕には小さい頃から心に決めていた女性がいてね。あれはそう、ある日一人で森に」
「あっそう。良かったわね。それと私は今日魔法の鍛錬をするから邪魔しないで頂戴ね」
聞いてもいないのに一人で妄想を喋っているヒンメルを無視しながらそう宣言する。有無を言わさぬ速攻。ある意味ヒンメルの十八番なのだがこの半年でこっちも鍛えられている。主従関係は覆りはしないが抵抗をあきらめたわけではない。今日は私に軍配が上がったと見ていい。しかし
「おはよう、勇者様! お姉ちゃん!」
全ての勝負を無効にしてしまう存在がやってくる。もっともヒンメルにとっては遅すぎる救世主だったのかもしれないが。
「? どうしたの勇者様? またけんかしちゃったの?」
「いいや……違うんだ、シュトロ。おはよう、今日も元気そうだね」
「気にしなくていいわよ、シュトロ。いつものことだから」
妄想から帰ってきたのか、ヒンメルは一度大きく深呼吸してから通常運転に戻っている。対して事情が分からないシュトロはきょとんとしている。子供には悪影響しかないのでそれ以上関わらないように忠告しておく。だが
「…………シュトロ?」
シュトロは返事をすることなく洗い物をしている私の後ろにくっついたまま。一体何なのか。問いかけるよりも早く
「――えいっ!」
私のスカートはシュトロによって勢いよく捲られてしまった。
「――――」
瞬間、時間が止まる。無防備のまま、私の下着が露わになってしまう。完全に油断してしまっていた私の落ち度。振り返った先には何故か楽しそうにしているシュトロと目を見開いたまま固まってしまっているヒンメルの姿。だが二人はそのまま無言のまま動かない。
「……で? これは一体何なのシュトロ?」
仕方なく淡々とシュトロに問いかけることにする。
「え……? え、えっと……お姉ちゃんを驚かせようと思って……お姉ちゃん、怒らないの……?」
「ええ。別に気にすることでもないし。昨日の遊びの続きってわけね」
何故か自分が全く怒っていないことに戸惑っているシュトロ。なるほど、自分を怒らせる、驚かすための遊びだったらしい。そういえば昨日そんな遊びに付き合った気がする。何でも私が何をしても全然驚いたりしないからとか何とか。それでスカート捲りになるのは如何なものか。悪戯好きなのは確かに村長からも聞いた気がする。そういえばあのエルフも捲られたとか何とか。こんなことに何の意味があるのか。そう呆れるよりも早く
「何やっとんじゃシュトロォォッ!!」
これまで見たことのない剣幕で怒り狂うヒンメルによってシュトロは叱られてしまった。
「ぶっ殺してやる!! 僕だってやってみたかったのに!!」
「ご、ごめんなさい!?」
そのままヒンメルは烈火のごとくシュトロを追いかけまわしている。対してシュトロは思ってもいなかったのか、それとも思い当たる節でもあったのか。本気で謝りながら逃げ回っている。大の大人が子供を追いかけまわしているという地獄絵図。その理由が自分もしたかったからという本気でしょうもない理由。勇者の称号を返上どころでは済まない大惨事。それを前にして
「――――五月蠅いわよ、二人とも」
知らず、自分でも恐ろしいほど冷たい声が出た。スカートを捲られたことも、下着を見られたこともどうでもいい。ただこのふざけた状況がいつまでも続くことに耐えられない。こんなにも、
「――――悪い子たちにはお仕置きが必要ねぇ?」
いつかと同じ言葉を告げながら、魔法ではない、言葉の
作者です。
いつもより短くなってしまっていますが切りが良いので投稿させていただきました。その分、次話は早めに投稿できると思います。それでは。