ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第百話 「誤算」

「申し訳ありません。このような高価なものを……」

「いや、気にする必要はない。先程の非礼を詫びるには足りぬぐらいだ」

 

 

贈られたワインを手にしながらそう心にもないことを口にする。ワインは自分にとって美味くも不味くもない、気を紛らわせるための物でしかない。今は食人欲求を抑える意味合いはあるが。これは言わば献上品のようなものだろう。人類の外交戦術の一つ。単純で原始的な物だが、それに倣うとしよう。これは言わば今回の交渉の成果と言ってもいいのだから。

 

 

(やはりあの方は、我々魔族を超えた存在なのかもしれぬな)

 

 

リーニエの動きは誤算だったが、結果的に上手くいった。アウラ様の采配とも言えるだろう。それに加えて先程まで行っていた交渉内容も素晴らしかった。

 

中立地帯を設け、そこでグラナト側の人間との交流、交易を行う。恐らくは中立地帯で人間共を油断させ、最終的に防護結界を解除、無実化させるおつもりなのだろう。本当なら服従の魔法ですぐにでも解除させることができるにも関わらず。

 

アウラ様はよく仰っていた。人間は忘れる生き物なのだと。その通りだろう。つい五十年前に戦争をしていた相手と和睦を結んでしまうのだから。交流や、交易を始めればものの数十年でやつらは私たちが魔族であることも忘れてしまうに違いない。もしかしたら数年でそうなるかもしれない。

 

何にせよ、今回の交渉で使者を招き入れることで一時的に防護結界は解除できることを確認できた。中立地帯が上手くいけば、今度はグラナト領内に、フリージアの大使館を設けさせる。そこから徐々に使者と言う名の刺客を紛れ込ませ、支配していく。後は待つだけ。力押しよりも遥かに優れた方法。暴力は最後までとっておくことが重要なのだろう。使わずに脅しとすることで相手を騙し、従わせることができる。普通の魔族ではできない方法。それを私も学習できた。だがこれでは足りない。アウラ様の意を汲めるよう、もっと学ばなければ。

 

 

「アウラ……いや、アウラ卿にも一度会っておくべきかもしれんな」

 

 

グラナト卿の発言に、思わず違う意味での笑みを零しそうになってしまう。何故ならそれは、アウラ様を一国の領主、国王として認める発言に他ならなかったのだから。だがそんな逸る自分を抑え込む。まだそれには早い。

 

 

「是非……と言いたいところですが、それはできないのです。アウラ様の持つ天秤、服従の魔法はご存知でしょう? それ故に、民や信徒以外の者とはアウラ様は直接お会いすることができないのです」

 

 

偽ることなく、本当なら隠しておくべきことをあえて明かす。先のリーニエに倣うわけではないが。欺かないことで、相手を欺くために。ようやくその意味が理解できた形。

 

本当なら敵国の王を操った時点で私たちの勝利、それを断る理由などないのだが。それはフリージアの、アウラ様の方針でもある。服従の魔法を持つアウラ様と会った人間はそれだけで操られてしまっている疑いをかけられてしまうからだ。そうなってしまえば、その人間には利用価値がなくなってしまう。最善はアウラ様と会ったことが他の人間に悟られないようにすることだが、そう上手くはいかない。すなわちアウラ様と謁見するということは、支配されても構わない、アウラ様に魂を売る、捧げるということ。遠からずそうなっても構わないという国すら出てくるだろう。

 

 

「そのために私たちがお仕えしています。アウラ様の手足としてだけでなく、目と耳にもなるために」

 

 

それが私たちの為すべきこと、役割だ。私とリーニエはフリージアでは両天秤と呼ばれているらしい。アウラ様を天秤として、それを支える両端として。リーニエと一緒にされることに思うところはあるが仕方ない。いずれ私一人でもそれを為し遂げるために────

 

 

 

「お待ちしておりました、グラナト卿。至急お伝えしたいことが」

「何があった?」

 

 

応接室へと戻るなり、執事と思われる人間がそこにはいた。どうやら急ぎの要件らしい。だがその内容は私に無関係な物ではなかった、むしろ私への報告と言っても間違いではない。それはあの葬送のフリーレンを捕らえたという報告だったのだから。

 

 

「まさか本当にやってくるとはな。今はどうしている?」

「拘留しています。城門では衛兵に抵抗していたようですが、今は大人しくしていると」

 

 

どうやら今、フリーレンは拘留されているらしい。だが驚くしかない。まさかあのフリーレンが大人しく捕まるなど。あの女は魔族に強い恨みを抱いている。葬送と忌み嫌われるまで魔族を悉く狩り尽くしてきた、人間のように命乞いで騙すことができない存在。それが人間相手とはいえあっさり捕まるとは。自分が出した要請で。やはりソリテール様は慧眼だったのだろう。こうなることが分かっていたのだ。やはりあの方もアウラ様に近い域におられるに違いない。

 

 

「ご配慮感謝致します。グラナト卿。おかげで無事、交渉を進めることができました」

「うむ。だが勇者一行には恩がある。あまり手荒なことはしたくなかったのだが……」

 

 

ただ嘘をつきながらそう告げる。やはり私はこちらの方がしっくりくる。欺かないというのは性に合わない。どうやらグラナト卿は今回の件に思うところがあるらしい。それは正しい。何故なら本当なら自分たちを助けに来たはずのフリーレンを自ら捕らえてしまっているのだから。私たちに騙されたことで。愚かなことこの上ない。

 

 

「仕方がありません。相手はあの葬送のフリーレンなのですから。話し合いが通じるかも分かりません。かつては魔族殺しの英雄でしたが、今は時代が違います。少なくとも、我々が手を取り合う今の時代とは」

 

 

それに気づかれないよう、さらなる嘘を重ねる。時代という、私たちにはそぐわない概念で。どんなに時間が経とうが私たちは変わらない。魔族も人間も。その本質は変わらない。なのに自分たちは違うのだと、人間たちは勘違いしている。本当に愚かな種族だ。だからいつも我々に騙されてしまうのだろう。

 

だが油断はできない。我々もまた騙されてしまうことがある。それを今回思い知ったのだから。足元を掬われないようにしなければ。

 

 

「ひとまず我々の交渉が落ち着くまでは捕らえておくのが賢明かと」

 

 

ひとまずはこれでいいだろう。ソリテール様の予測通りに事が進んでいく。本来ならすぐさま刺客を送り込みたいところだが、それは悪手だろう。最善手は同じように人間を利用して追い詰めること。向こうに手を出させれば、脱獄させればフリーレンを討伐する大義名分が得られる。何にせよ、ソリテール様の指示を仰いでからだ。フリーレンを捕らえ、無力化した、討ち取ったとなればアウラ様もお喜びになるはず。そう思わぬ成果に浮足立つも

 

 

「そういえば、リーニエ嬢の姿が見えぬようだが」

 

 

それはグラナト卿の、いやここにはいない誰かのせいで台無しになってしまう。

 

 

「はい。先の件を伝えたところ、確認してくると言って出て行かれてしまったのですが」

 

 

瞬間、顔が引きつるのを抑えることができなかった。グラナト卿らに見られていなかったのが唯一の救いだろう。何とか平静を装いながらも、内心はそうではなかった。そう、私は忘れてしまっていた。見誤ってしまっていたのだ。彼女がいかなる存在か。

 

 

(リ、リーニエ……!?)

 

 

彼女が魔族側にとっても例外であり、誤算でもあるのだと────

 

 

 

(さて、どうするかな……)

 

 

静寂に満ちた、私以外に囚人がいない冷たい留置場。そこで足をぶらぶらさせながらこれからのことを考える。あの後、尋問を受けて今の状況は理解できた。まさかこの国が和睦交渉中だったとは。魔族を招き入れるなんて本来なら悪手だが、相手がアウラなら無理もないのかもしれない。その手練手管はまさに人間のそれだ。

 

 

(私が来るのも知ってたんだろうね。交渉の邪魔をされたくなかったのか、それとも私個人を狙ったのかは分からないけど)

 

 

私がここにやってくるのも織り込み済みだったのだろう。拘束命令を出していた理由は国としてか、それともアウラ個人としてなのか。そのどちらもあり得る。だがどちらにせよ状況は変わらない。アウラにしてやられたことは事実なのだから。

 

 

(反逆罪か……数年は出られないだろうね)

 

 

個人的には短いぐらいだ。私としてはフリージアに行くまでの時間が延びるので構わないのだが、流石にフェルンが怖い。というか心配だ。あの子は思い込みが激しく、見た目とは裏腹に血の気が多いところがある。今もこの瞬間、助けに来ましたとやってくるのではないかと心配してしまうほど。下手をしたら二人揃ってここで反省する羽目になりかねない。頼りはシュタルクだけか。魔導書の差し入れでも頼みたいところだが、面会もすぐには難しいだろう。

 

 

(最悪脱獄するしかないけど、今じゃないかな……)

 

 

そのまま天井を見上げながらそう結論を出す。性急に動きすぎては先の二の舞だろう。本当に反逆者に、お尋ね者になってしまう。今は待ち、相手の出方を見た方がいい。自分を囮にして、誘き出すように。こうして拘束された以上、アウラも何らかの動きを見せるはず。

 

そのまま思考を続ける。これまでに得られた情報の整理を。そこから導き出される推論。それに至る道筋。

 

まず、ここにアウラはいない。魔力探知にも引っかからない。大魔族の絶大な魔力なら数キロ先にいても気づける。魔族は魔力を包み隠さないし、包み隠せない。いくらあいつが人間社会で暮らしていたとしてもそこは変わらない。日記での記述からも確認済み。使者と言うからには、他の魔族が来ているのだろう。大人数ではない。防護結界があるからだ。師匠(せんせい)の遺した結界は完璧だ。私でも解析には時間がかかるほど。

 

恐らく使者は数名。そこから刺客が送られてくる可能性が高い。だが人間を使われるのが一番厄介だ。今のアウラがかつてと最も違うのがそこだろう。魔法でなくとも、人間を従え操ることができる。常に人質に狙われているようなものだ。そしてどちらにせよ、手を出せば自分は詰んでしまう。本当に良くできている。初めから私は詰んでしまっていたのだろう。

 

 

(ともかく、今は待ちだね……)

 

 

それを覆すために今は耐えること。相手の目的が何なのか。少なくともそれを確認しなければ。そんな、いつもの私らしくない結論。杖と共に没収されてしまった物のせいだろう。それを渡しに来ただけなんて、衛兵に言っても信じてもらえなかっただろう。フェルンにも言われたが、何もなくそれを渡すことは難しそうだ。そんなことを考えていると

 

 

気配もなく、足音だけが留置場に響いてきた。思わず耳が動いてしまう。瞬時に思考を切り替える。魔力を体に巡らせる。何故なら

 

 

「……誰? 私に何か用?」

 

 

それは看守ではなかったから。看守はその身に鎧を纏っていた。ならその音がしないのはあり得ない。だとすれば看守以外の何者かがやってきたということ。魔力探知にも反応はない。だが魔族も隠匿のためなら一時的に魔力を隠すことは珍しくない。それでもここまで完璧に魔力を隠匿できるとすればかなりの手練れだ。そう認識したうえで、牢の間からようやくその刺客が見えた瞬間

 

 

「────」

 

 

私は、死を覚悟した。

 

 

まさにそれは死神だった。息が止まり、背筋が凍る。こんな風になるのは何十年振りだろう。刺客には似つかわしくない、赤いローブを纏っている小柄な人物。だがそれはどうでもよかった。問題はその手にある剣だった。それを見て全てを察する。何故ならそれを見間違うことなどあり得ない。かつて勇者が使っていた、魔王を倒した偽物の剣を。

 

一度大きく息を飲む。ことここに至ってようやく悟る。己の誤算を。一体どうしてしまったのか。ここに来てから私の葬送としての経験が、戦い方が全く意味をなさない。

 

例外のリーニエ。

 

それが目の前にいる、今の自分にとってはまさに死神であり、天敵。その存在を知っていたが、まさかここにいるとは思っていなかった。それは日記のせい。なまじ、生半可に知っているせいで見誤ってしまった。こいつが交渉には向いていない魔族であると。アウラの側近であり護衛であると。そんな奴がまさか使者としてグラナトに来ているなんて。

 

かつてアイゼンが言っていたことを思い出す。リーニエは魔族における葬送(わたし)なのだと。生まれてからずっと魔力を制限し、己すら騙し続けている。暗殺者としての側面をもつ魔族。帝国において、暗殺などを生業としている影なる戦士に近い存在だったのだと。初めから交渉としての使者ではなく、私を殺すための刺客として送り込まれていたのなら納得できる。

 

 

(これは……詰みだね)

 

 

内の動揺を悟られぬように平静を装いながら、相手との距離を目算する。だがヒンメルと同じ間合いだとすればもう手遅れ。戦士、剣士を相手にする恐ろしさ。近接戦という一点において、魔法使いは戦士にほとんど太刀打ちできない。ゼーリエですら例外ではない。加えてこの閉鎖された空間。魔法を使う間もなく、首を落とされてしまうだろう。かつてのあいつがそうしていたように。

 

赤い死神がその歩みを止める。それまでの所作だけでも十分だった。ローブの内からその視線が交差する。魔族らしい、感情が見て取れない少女の顔。それに比べてもこいつは際立っている。まるで人形のようだ。きっと魔族からは、私はこんな風に見えているに違いない。

 

私にできるのは時間を少しでも稼ぎ、隙を作ることだけ。まさに命乞いだ。分かり合うための言葉ではなく、欺くための言葉を必死に考える。信じられない。まさか自分が魔族の真似事をする日が来るとは。

 

 

(こんなことなら師匠(せんせい)に土下座の仕方も教えてもらうんだったかな……)

 

 

思い浮かぶのは何度も私に土下座をしていた師の姿。まるで走馬灯だ。魔族に土下座が通じるわけもないが、やり方を覚えておくべきだったか。逃げる。隠れる。不意打ちする。それが師匠(せんせい)から学んだ葬送の私の戦い方。一縷の望みをかけて、絶体絶命の危機を乗り越えんとするもそれは

 

 

 

「やっぱり! ほんとにフリーレンだ!!」

 

 

 

まるで憧れの人に会えた子供のように、ローブを脱ぎながら目を輝かせているリーニエの姿によって、完全に吹き飛ばされてしまった。まるでさっきまでの人形のような姿が、嘘であったかのように。

 

 

「………………え?」

 

 

ただ呆然とするしかない。命乞いの言葉も忘れてしまった。言葉が出てこない。意味が分からない。一体何がどうなっているのか。そんな中、走馬灯の続きのように、かつての記憶が蘇る。走馬灯にしては、最近の出来事。その言葉。それは

 

 

『リーニエに出会うことがあれば気を付けることだ。あいつは厄介だぞ。間違いなくお前の天敵だ』

 

 

かつてのアイゼンの言葉。その本当の意味を、これからフリーレンは身を以て知ることになるのだった────

 

 

 

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