ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第百二話 「道標」

「え? フェルンとシュタルクもここに来てるの!?」

 

 

身を乗り出し、目と鼻の先で興奮しているリーニエに思わずのけ反ってしまう。もう私たちの間にあった格子はなくなってしまっている。正確に言えばリーニエが衛兵から奪った鍵で牢を開けて、そのままここまで押しかけて来た形。衛兵はリーニエによって気絶させられ、しばらくは目覚めることはないらしい。この辺りの強引さ、ずさんさは魔族だからなのか、それともこの子の性格なのか。恐らくは後者だろう。どうしたものかと悩んでいる間も、リーニエはこちらを質問攻めにしてくる。そんな中で出た二人の話題にリーニエはそれまで以上に反応している。それもそうか。

 

 

「そういえばリーニエも会ったことがあるんだったね」

 

 

あの二人はこの子とも面識があったのだから。いや、付き合いで言えば私よりも遥かに長い。この子の話題になると私は完全に置いてけぼりになってしまっていたのだから。ようやくそれに追いつくことができたということか。代償はあまりに大きかったが。まだそれから立ち直れていないが、何とか平静を装うしかない。真偽のほどは定かではないが、一応私に憧れのようなものを持ってくれている相手なのだから。

 

 

「そうだよ! フェルンとは何年振りかなー。真面目で頑張り屋さんだったよ。きっと大きくなってるんだろうね。リリーやシュトロもそうだったっけ。あっという間に追い抜かれちゃって」

「そうだね。私もあっという間に追い抜かれちゃったよ」

 

 

長命種特有の感覚に思わず頷いてしまう。本当に人間の成長は早い。いつの間にか背も追い抜かれてしまった。それ以外の部分も追い抜かれてしまったがそれはともかく。私の中ではまだまだフェルンは子供なのだが、きっとそうではないのだろう。昔はあんなに素直だったのに。頭もすぐに撫でられなくなってしまった。似たような経験がこの子にもあるのだろう。いや、同い年の人間と一緒に育ってきたのだから、私以上か。

 

 

「そういえば、フェルンが言ってたよ。お姉ちゃんって恥ずかしくて呼べなかったんだって」

「ほんと!? やった! じゃあ今度は呼んでくれるかな? フェルン」

 

 

お姉ちゃん、という言葉にそれまで以上に喜んでいるリーニエ。フェルンにお姉ちゃんと呼んでほしくて奮闘していたと言うのは本当だったのだろう。それを確かめるため、というより思い出したことをそのまま喋っただけなのだが。

 

 

(余計なこと言っちゃったかな……)

 

 

すぐにそれを後悔するも後の祭り。そういえば今度は自分からそれを言うのだとフェルンが意気込んでいた。なのにそれを先に明かしてしまった。完全に失態だ。こんなではまた人の心が分からないとフェルンに言われかねない。思わず体が震えてしまう。やっぱりもう少しここに閉じ籠りたいと本気で考えてしまうほど。

 

 

「あとシュタルクを叱らないと。アイゼンと喧嘩して、仲直りしないままずっと家出してるんだから」

「そう……お手柔らかにね。あの子もアイゼンに似て臆病者だから」

「うん。そっくりだよね。ドワーフと人間なのに。やっぱり師匠と弟子は似るのかな?」

「どうだろうね」

 

 

そんな私に気づくこともなく、今度はシュタルクのことを語り出すリーニエ。だがその姿は本当にお姉ちゃんのようだった。家出してしまった弟を心配し、叱る姉のように。今ならシュタルクの気持ちも分かる気がする。きっとこの調子だったのだろう。流石に崖から落とされることはないだろうが、修行でしごかれるぐらいは覚悟しないといけないかもしれない。師弟に関しては今の私に言えることは何もない。藪蛇になりかねない。

 

 

「それにちゃんと面倒見てあげなきゃ。私がいないとちゃんと水浴びもできないんだよ?」

 

 

どうやらリーニエの中でも、シュタルクは小さな弟のままらしい。それはシュタルクがフェルンからふしだら認定を受けていた事案についてだった。どうやらシュタルクの冤罪だったらしい。もっとも疑っていたのはフェルンだけだったのだが。あの子は見た目よりもずっとふしだらだからだ。本人には怖くて言えないが。

 

 

「それは……うん、もうそろそろ一緒に水浴びするのは止めた方がいいかもね。シュタルクももうすぐ大人だし」

「? 何で? 弟とは一緒にしてもいいんじゃないの? それに私、そんなに胸も大きくないし」

 

 

ここは長命種としての大人のお姉さんとして教えてあげなくては。情操教育の一環として。一番はフェルンにふしだら認定されないために。確かに小さい頃には弟と一緒に水浴びすることもあるだろう。でももうシュタルクは十八になろうとしている。人間では成人だ。何よりも一番大きな勘違いを。それは

 

 

「リーニエ。女性らしさは胸の大きさでは決まらないんだよ?」

 

 

胸の大きさでは、女性らしさは決まらないのだということを。自らの胸を張りながら、リーニエの胸を凝視する。うん、私よりも、ではなくて私と同じぐらいの大きさだろうか。決して慎ましいわけではない、立派な女性の証。これを小さいと言うなんてとんでもない。そんな私の主張は

 

 

「何でそんな嘘つくの?」

「────」

 

これ以上ない、純粋な問いかけによって覆されてしまう。悪意のない、だからこそ無慈悲な疑問。氷のように脆い、私の心を粉々にして余りあるもの。

 

 

「…………フェルンならきっとそう言うからね。フェルンの胸は大きいから。空が半分見えないぐらい」

「そうなんだ。フェルンがそう言うんならそうなのかな。私たちよりも女性らしいってことだもんね」

「ソウダネ」

 

 

それに耐えられず、ここにはいないフェルンの胸を借りることにする。嘘は言っていない。きっと私たちの中で一番肉体的に女性らしいのはフェルンだ。なら、この話題ではそれが正しいはず。ふしだらです、と怒られてしまうのが目に見えているが背に腹は代えられない。それを真に受けてしまっているリーニエ。何だろう。凄く罪悪感を、後ろめたさを感じてしまう。

 

 

「そういえば……私が話を聞かずに手を出したらどうする気だったの?」

 

 

このままではいけないということで強引に話題を変える。本当ならもっと早く確かめたかったこと。何で私に会いに来たのか。下手をすれば殺されてしまうかもしれないのに。ヒンメルの剣があるとはいえ、私がそれに気づかずに手を出すことだってあり得たはず。それには考えが及ばなかったのだろうか。それに

 

 

「? 別に何ともないよ。だって今は私の方が強いもん」

 

 

まるで何でもないことのように、淡々とリーニエはそう答えてくる。瞬間、息を飲んだ。それは垣間見えたからだ。その瞳に、表情に。それはこの子の魔族の顔。フードの中に見えた、人形のような無表情。そう、この子には分かっていたのだ。ここでは自分の方が強い、優位なのだと。今もそれは続いている。まるで天真爛漫な、純粋無垢のように振舞いながらも、冷徹さを併せ持っている。もし私が今、手を出そうとものなら次の瞬間にはこの子は私の首を落とすのだろう。無慈悲なのではない。そもそも慈悲がない。悪意がない。親しい相手であっても敵だと認定すれば一切の容赦がない。私が自分を葬送として切り替えているのに対して、この子は魔族の自分を偽り、リーニエという自分に切り替えている。まるっきり真逆なのだ。私とは似て非なる物。魔族の葬送。

 

 

「フリーレンは何で捕まってるの?」

 

 

そんな本当に今更の質問に思わず目を丸くしてしまう。それすらも知らなかったのか。てっきりそれを確かめるためにここに来たのかと思っていたのに。私からすれば、触れたくない話題。そう、目の前にいるリーニエという魔族の習性を理解したが故に。

 

 

「フリージアに行こうと思って……」

「フリージアに? 何で?」

 

 

まるで薄氷を踏むように、確かめるようにそう告げる。一歩間違えれば、全てが終わる。先の出会いの再現。勘違いしていた。この子は未だに死神のままなのだ。その竜の逆鱗に触れれば、その瞬間、首を齧り取られてしまう。

 

そう、これは言わば裁判、審判だったのだ。アウラにとって敵か否か。それがこの子の判断基準。それが有罪であれば、この子は相手が誰であれ断頭台になるのだろう。天秤に倣うように。それが目の前の魔族、例外のリーニエの在り方。それを理解しながらも

 

 

「アウラに会いに、かな……」

 

 

私は偽ることなくその答えを告げる。欺くことなく、今の私の心の内を。それはただの直感だった。葬送としての経験も何もかも放り捨てた。いつもの私ならあり得ない選択。私にはゼーリエのような直感なんてないのに。だがそれは

 

 

「そうなんだ! アウラ様に何か用?」

 

 

この場においては正解だったらしい。まるで何事もなかったかのように話しかけてくるリーニエ。私の考えすぎだったのではと思えるほどに。

 

 

「……私が嘘をついてるとは思わないの?」

 

 

思わずそう尋ねてしまった。嘘をついているとは思わないのかと。葬送の私がただアウラに会いに来るなんてあり得ない。そんなのは誰にだって分かる。子供だって分かるだろう。なのにどうして。それに

 

 

「うん。だって嘘をついてるかなんて見れば分かるもん」

「え?」

 

 

リーニエは明かしてくる。その真実を。この子には嘘を見抜くことができるのだと。魔力を見抜く瞳。それがこの子の力。それによって人間が相手であれば嘘をついているか分かるのだと。逆に魔族の嘘は見抜けないらしい。何でも魔族は嘘をつくのが当たり前で魔力も乱れないらしい。俄かには信じられない話だが、本当なのだろう。この魔族は嘘をつかない。嘘をつかないことで相手を騙している。魔族を知っている者であればあるほど、この子には騙されてしまう。まさに私にとっては天敵だ。

 

なら今のやり取りは本当に一触即発、綱渡りだったのだろう。もし私が嘘をついていたらどうなっていたのか。知らず自分の首元をさすってしまう。それがまだ繋がっているのを確かめるように。そんな中

 

 

「私、アウラ様が嘘をついてるのは分かるんだ! すごいでしょ?」

 

 

まるで自慢するようにリーニエはそう明かしてくる。魔族でもアウラの嘘は分かるのだと。まるで親のことを理解しているのを喜ぶ娘のように。だが

 

 

「それは……」

 

 

その本当の意味を、この子は理解していないのだろう。さっき自分が言っていたこと。魔族の嘘を見抜くことはできないと。なら、それを見抜くことができるということが、何を意味しているのか。アウラにとって、嘘をつくことが当たり前ではなくなっているということ。それはまさに、アウラが魔族では

 

 

「でも最近、アウラ様は嘘ばっかりついてるの……」

 

 

そのあり得ない結論に至る前に、リーニエはそんなよく分からないことを口にしている。まるでそれに困っているかのように。

 

 

「何がおかしいの? 魔族なら普通のことでしょ?」

 

 

その理由が私には分からない。魔族であれ、人間であれ嘘をつくのは当たり前だ。私だってそうだ。魔族であるはずのアウラならなおのこと。なのに一体何を気にしているのか。それは

 

 

「ううん、そうじゃなくて。自分に嘘をついてるの。嘘をついちゃダメだっていつも言ってたのに。ヒンメルがいなくなってからかなー」

 

 

まるで人間のような嘘をついているから。自分で自分に嘘をついている。自分で自分を服従させるように。かつて村で出会ったリリーが憂いていたように。嘘をついては駄目だとリーニエに諭しておきながら。ヒンメルがいなくなってから、か。知らず嫌悪してしまう。そんな風になっているあいつに。いや、自分自身にか。そんな自分でも理解し切れない感情に振り回されていると

 

 

「でもフリーレンが来てくれたなら大丈夫かな」

 

 

それは理解できないリーニエの言葉によって、完全に吹き飛ばされてしまった。

 

 

「……何で?」

「だってフリーレンはアウラ様と友達になってくれるんでしょ? ヒンメルが言ってたよ」

 

 

その言葉に思わず呆然としてしまう。一体自分が今、どんな顔をしているのか分からない。友達という、この場において、私とあいつに限っては天地がひっくり返ってもあり得ない言葉によって。

 

いや、それ自体は知っていた。あの日、他ならぬヒンメル自身から聞かされたのだから。私からすればあり得ない御伽噺。ヒンメルが勝手にそう言っていただけのもの。それをこの子も知っていたのだろう。それを子供のように信じている。私がアウラと友達になるためにここに来たのだと。

 

 

「…………」

 

 

それに返事ができなかった。それはこの子には嘘を見抜かれてしまうから。いや、それも嘘だ。本当は、私自身が分かっていないから。私がこの地に来た理由を。約束を果たすためだけではない、私自身の答えを。

 

 

「じゃあ行こうか。私が案内してあげる。私、フリージアでは偉いんだよ? 神官なんだから!」

 

 

それを問い質すことなく、リーニエはそう私を誘ってくる。まるでヒンメルのように。あの日、全てをあきらめて自堕落に生きていた私を連れ出してくれた時のように。その手を差し出しながら。

 

 

「そんなことをしていいの? 和睦の使者なのに」

「ゔっ……大丈夫! リュグナーには怒られるかもしれないけど……アウラ様のためだし、ヒンメルならそうするもん!」

 

 

困った顔をしながらも、リーニエはそう告げてくる。アウラのために。それがこの子の行動原理。でもそれだけではない。勇者の真似をするように、私たちもそうするように。きっと、それがこの子の中には息づいているのだろう。魔族としてだけではない、この子の自我が。

 

 

「そう。ならお願いしようかな」

「っ! うん、任せて! 私は頼りになるんだから!」

 

 

何かが琴線に触れたのか。リーニエはこれまでで一番の笑みを浮かべながら、差し出した私の手を握ってくる。生まれて初めて魔族と手を繋ぐ。だというのに、それが懐かしかった。何故なら私は知っていたから。それが戦士の手であることを────

 

 

 

 

「…………あ」

「どうしたの?」

「……ううん。早くフェルンたちと合流したいと思って」

「何でそんな嘘つくの?」

「…………会ったら色々フェルンに怒られそうだなって」

「そっか。私もよく怒られるから一緒だね」

「……うん」

 

 

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