ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第百三話 「入国」

「何の問題なく出国できましたね……どうしたんでしょうか」

 

 

拍子抜け、逆に何かあるのではないか。そう思えるほどに何事もなく私たちはグラナト領を出国することができた。振り返るとそのまま衛兵と目が合ってしまう。その視線は鋭いまま。どうやら私たちを警戒しているのは変わっていないらしい。てっきり通行を許可されないと思っていたのに。それに

 

 

「厄介払いしたかったんだろうな。多分、もう入国はできないと思うぜ」

 

 

隣にいるシュタルク様が答えてくれる。なるほど。そういうことか。ようするに私たちは国外追放されたということなのだろう。以前から思っていたが、シュタルク様はそういった冒険をする上での必要な知識や、機敏をよく知っている。アイゼン様に教えてもらっているのだろうか。

 

 

「とりあえず強行突破にならなくて良かったぜ」

「……何でそこで私を見るんですか、シュタルク様」

 

 

本当に安堵しているのか。何か言いたげな視線を私に向けてくるシュタルク様。それに思わず目を逸らすしかない。まるで嘘をついた時のフリーレン様のように。身に覚えがあるからこそ。今になって思えば私も冷静ではなかったのだろう。留置場を襲撃しようだなんて。これではフリーレン様のことも叱れない。もっとも、出国できなかった時には結局強行突破するしかなかったので今更かもしれないが。ともかく荒事にならないならそれに越したことはない。

 

 

「流石にあの城壁をよじ登るのは手間だからな。その間に見つかっちまうし」

「何でよじ登る前提なんですか。それに登れても降りれないじゃないですか」

 

 

どうやらシュタルク様はいざとなったら城壁をよじ登って突破するつもりだったらしい。いくらなんでも力技すぎる。私のことも言えないだろう。そもそもそんなことをする必要もない。グラナト領の防護結界は魔族の侵入を防ぐことはできるが、魔法を防ぐ類の物ではない。フリーレン様に倣うわけではないが、飛行魔法で突破は可能だ。戦士のシュタルク様にはその発想がなかったのかもしれないが。仮に登れたとしても降りれないのでは意味がない。だがそんな常識は

 

 

「城壁から飛び降りるぐらいなら問題ないぜ。姉ちゃんに崖から落とされるのに比べたらな」

 

 

目の間にいるシュタルク様には通用しなかったらしい。改めて城壁を見つめる。あそこから飛び降りる。あり得ない。人間として、いや生き物として。それに全く気付いていないシュタルク様。どうやら冗談でもないらしい。

 

 

「…………」

「何だよ、言いたいことがあるなら聞くぜ」

「……何なのこいつ」

 

 

ただドン引きしながら本音を告げる。思わず敬語も何もないタメ口、素の私のままで。今なら分かる。ハイター様がアイゼン様の戦士としての非常識さに呆れていた理由が。フリーレン様がシュタルク様が崖から落とされても大丈夫だと思っていたわけが。ようするにこいつは、戦士はおかしいのだ。

 

 

「何だよそれ!? 戦士ならそのぐらいできて当然だっつーの!? もっと優しくしてくれよ」

面倒臭いなこいつ

「今面倒臭いって言った!?」

 

 

冷たくされたのに傷ついたのか。シュタルク様はいつものようにへこんでしまう。肉体的には化け物でも、精神はそうはいかないらしい。面倒臭いことこの上ない。

 

 

「とにかく今は先を急ぎましょう。フリーレン様が脱獄してしまう前に」

「……お前ら、本当に師弟だよな」

「シュタルク様に言われたくありません」

 

 

いつまでもここで道草を食っているわけにはいかないのでそう強引に進める。こんなことをしている間にフリーレン様が脱獄してしまいかねない。そのことをまたからかわれてしまう。ようするに私とフリーレン様が似ていると言いたいのだろう。失礼だ。そもそもシュタルク様にだけは言われたくない。

 

 

「……ん」

「何だよ? 俺、何も持ってないぜ?」

 

 

しばらく悩むも、仕方なく手を差し出す。背に腹は代えられない。だというのにシュタルク様は首を傾げているだけ。どころか何かをせがんでいると思っている。本当に鈍い方だ。いちいち言わないと伝わらないなんて。

 

 

「掴まって下さい。飛行魔法で一緒に行きますから」

 

 

目を合わせないようにしながら、杖を持ちながらもう一度手を差し出す。これからフリージアに向かうために。このまま徒歩で行けば日が暮れてしまいかねない。飛行魔法を使えばそれを短縮できる。ただそれだけ。なのに

 

 

「え? だってそんなことしたらまたえっちだの何だの」

「言いませんから早くして下さい。置いて行きますよ」

 

 

わざわざこっちが気にしていることを口にしてくるシュタルク様。やっぱりこいつは面倒臭い。それではまるで私がふしだらみたいではないか。やっぱりここに置いて行くべきだったか。でも今更手を引っ込めることもできない。しかし

 

 

「…………」

「どうしたんですか?」

 

 

いつまで経ってもシュタルク様は手を握ってこない。どころか俯いて震え出してしまう。いつものように。そんなに私が怖かったのだろうか。確かに少し言い過ぎてしまったかもしれないが、そんなに怯えなくても。そんな心配は

 

 

「怖いんだよ!? 小さい頃、姉ちゃんと一緒に飛んだことがあったんだけど落とされかけて……絶対に落とさないでくれよ!?」

 

 

泣きながら私に縋りついてくる臆病者を前にして呆れに変わってしまう。どうやら崖から落とされるだけではなく、空から落とされるトラウマもあったらしい。リーニエ様は一体どれだけシュタルク様のトラウマを生み出しているのか。もっともこの臆病さは生まれついての、アイゼン様の弟子であるからに違いないが。

 

 

「……えっち」

「何でだよ!?」

 

 

とりあえず私なりの気遣いをしながらシュタルク様を抱えて空に舞い上がる。今までは眠ってしまったフリーレン様を抱える以外ではしたことのないこと。そもそも男の子とこんなに密着したことなんて初めて。魔力操作を間違えないように、気持ちを整えながらシュタルク様と一緒にフリージアへと向かうのだった────

 

 

 

「すげえな。あっという間だ。大丈夫か、フェルン? 重いんじゃないか?」

「問題ありません。体が軽くなる魔法をシュタルク様にはかけているので」

 

 

慣れてきたのか、それともトラウマを克服できたのか。まるで子供のようにシュタルク様ははしゃいでいる。そういえば、私も初めてフリーレン様に抱かれて空を飛んだ時には同じだったかもしれない。ようするにシュタルク様はまだまだお子様なのだろう。でも体はそうではない。私たち女性とは違う、筋肉質な体。それは別としても、流石にそのままでは重いので体が軽くなる魔法をかけている。斧の重さもあるが、フリージアに着くぐらいまでなら問題ないだろう。問題なのは

 

 

「でもこんなに便利なのに、どうして旅では使わないんだ? やっぱり俺がいるからか?」

「何でそうなるんですか。飛行魔法は魔力の消費が激しいからです。よっぽどのことがなければ使いません」

 

 

飛行魔法の魔力消費の大きさにある。長時間の飛行は難しい。フリーレン様のような大魔法使いならまだしも、私にはできない。それを使った後に、魔物などに襲われてしまえばひとたまりもない。シュタルク様は変な勘違いをしているようだが。

 

 

「そうなのか。姉ちゃんやアウラは普通に使ってたから簡単な魔法なのかと思ってたぜ」

「お二人は魔族ですから。フリーレン様曰く、魔族は私たちが歩くのと同じように飛行魔法を使うんだそうです」

「……なら俺は歩いてる途中で落とされたってわけか」

「リーニエ様らしいですね」

 

 

どうやらシュタルク様の勘違いはそこにもあったらしい。あの二人を基準に魔法使いを考えてしまっているのだろう。大きな間違いだ。そもそも人間と魔族には魔法使いとして大きな差がある。私はそれを嫌になるほどフリーレン様に叩き込まれている。人類が飛行魔法を使えるようになったのも、数十年ほど前から。魔族にとっては飛行魔法は魔法ですらないのだろう。だというのにその途中で落とされてしまうなんて。リーニエ様らしいと言えるのかもしれない。

 

 

そのまま順調に空の旅を続け、ようやく目的地が見えてくる。グラナトと同じように、城壁に囲まれた国。だがその前に

 

 

「……フェルン。あれは」

「……はい。竜です。降りますよ、シュタルク様」

 

 

あり得ない存在が上空にいた。見間違えるはずがない。何故なら私たちはその実物をついこの間、目にしたばかりなのだから。シュタルク様からすれば見慣れているだろう。

 

竜だった。何でこんなところに竜が。そんな疑問を抱く暇もなく、そのまま地上に着地する。竜と空中で戦うなんて自殺行為でしかない。いくら飛行魔法が使えるとしても、そもそも生き物としての次元が違う。竜も既にこちらに気づいている。いつ襲い掛かって来てもおかしくない状況。

 

すぐさま杖を構え直す。だが以前ほどは恐怖は感じなかった。いや、恐怖はある。それでもそれを上回る安心感が今の私にはあった。何故なら

 

 

「フェルン、前には出るなよ」

「はい」

 

 

私の前には戦士シュタルクがいたから。その背中がこんなにも頼もしく、大きく見える。フリーレン様に教えてもらったことを実感する。戦士と魔法使い。前衛と後衛。魔法使いには強力な前衛が必要なのだと。その意味が、ようやく理解できた。あの時と同じように、シュタルク様の手は震えている。でも、シュタルク様が決して逃げない戦士であることを私は知っている。この方は、戦士アイゼンの一番弟子なのだから。

 

そのまま戦闘態勢で臨む。いつでも撤退できるように用意もしながら。だが

 

 

「……襲ってこねえな」

「ですね。こちらを警戒しているんでしょうか……?」

 

 

いつまでたっても竜は動きを見せなかった。その場を旋回しながらも、こっちに向かってくる素振りもない。どころかそのまま違う方向へ飛び去ってしまう。竜は賢い生き物。強い相手に無暗に喧嘩を売ったりしないというのはフリーレン様の話だったが、今回もそうだったのだろうか。だがそうではないことを私たちはすぐ知ることになる。それは

 

 

「シュタルク様、あれを」

「もしかして、魔物が城壁を守ってるのか……?」

 

 

城壁の周りを、多くの魔物が守っている光景だった。竜だけではない。様々な魔物がいる。その例外は城門まで伸びている街道だけ。その道を多くの人たちが進んでいるが、魔物は襲ったりはしていない。まるでそう躾けられているかのように。野生ではない。あり得ない光景。魔物を飼い慣らすことなどできないはずなのに。魔族ならもしかしてそれができるのだろうか。

 

それに呆気にとられながら、そのまま徒歩で流れに従って城門へと向かう。ヴァールの関所や、グラナトで見た物と同じ。フリージアに救いを求めて多くの人々がやってきている。その目的地、終着点。私たちにとってもそれは同じ。フリーレン様より一足先に到着してしまったが仕方がない。一刻も早く入国し、アウラ様にお会いしなければ。そんな私の願いは

 

 

「申し訳ありません。現在フリージアは戦時体制になっていまして。許可されている方以外の入国は禁止されているのです」

 

 

受付の女性の言葉によって閉ざされてしまう。グラナトとは対照的な、強面の衛兵ではない柔和そうな女性。だがそれに並び立っているのは屈強な肉体を持った衛兵。違うのは、その頭に二本の角が生えていること。人間ではない、魔族の証。人間と魔族が並んで共にいる。あり得ない光景。それがここがフリージアの城門であることを意味している。なのに、そこに踏み入ることができない。それは私だけではない。

 

 

(やっぱり……あれは入国できなかった人たちの集まりだったんですね)

 

 

振り返った先には、小さな集落のようになっている一画がある。恐らくは自分たちと同じように入国ができず、やむを得ず留まるしかなかった人たちだろう。見ればフリージア側の人だろうか。配給のようなことをしている。それがあるだけでもありがたいだろう。だが私たちもすぐにあきらめることはできない。

 

 

「あの……伝言をお願いすることはできませんか。司祭のシュトロ様に。奥様のリリー様から言伝を預かっているのですが……」

 

 

アイゼン様から提案してもらった方法で、何とか活路を見出そうとあがく。入国ができなかった場合を想定していた問答。きっとそれは上手くいっていたのだろう。

 

 

「申し訳ありません……そういった類のこともお断りをしています」

 

 

それが平時の状態であれば。戦時体制。ようするに戦争状態のようなものだろう。確かフリージアはグラナトとは休戦状態だったはずだが、何かあったのだろうか。何にせよ、私たちはまた最悪のタイミングでやってきてしまったということなのだろう。

 

 

「あの、それなら」

「フェルン。一旦下がろう」

 

 

何とか食い下がろうとする私の肩をシュタルク様が掴んで止める。その力に思わず怖いと思ってしまうほど。でもそれでようやく我に返る。見れば衛兵が集まりかけている。これではグラナトの二の舞になってしまう。ここはシュタルク様の言うように一旦下がるのが正解だろう。でも、それからどうすればいいのか。他の人たちと同じようにここで戦時体制が解かれるまで待つしかないのか。グラナトにも戻れない。八方塞がりだ。そう俯きかけた時

 

 

「フェルン……もしかして三級魔法使いのフェルン様ですか?」

 

思いがけない問いかけに、すぐに反応することができなかった。

 

 

「? ……はい。確かに私がそうですけど、どうしてそれを」

「やはりそうなのですね。資格証はお持ちですか?」

「えっと、これですが」

「間違いありませんね。フェルン様には通行許可が下りています。失礼しました。どうぞお通り下さい」

 

 

あれよあれよという間に、私は通行を許可されてしまう。予想していなかった事態にただ流されるしかない。でもようやく理解する。それは

 

 

(……アウラ様は、私がここに来るのを分かってらっしゃったんですね)

 

 

アウラ様のおかげだったのだと。きっとアウラ様は分かっていたのだろう。いつか私がここフリージアを訪れることを。もしかしたら待っていて下さったのかもしれない。知らず胸が熱くなる。私が三級魔法使いになっていることも知っていらっしゃったのだから。もしかしたら魔法協会とも何か繋がりをお持ちなのかもしれない。何にせよ、その心遣いのおかげで私は入国することができるのだから。ただ

 

 

「あの……俺は?」

「お名前は?」

「シュタルクです」

「……申し訳ありません。名簿には載っていませんね」

「…………」

 

 

隣にいるシュタルク様はその恩恵には預かれなかった。ただのミスなのか。それとも何か理由があるのか。それはアウラ様のみぞ知ることだろう。ただそのままお互いに見つめ合うことしかできない。シュタルク様はまるで捨てられた子犬のように、立ち尽くしたまま。私にはかける言葉が見つからない。

 

 

「……シュタルク様」

「行って来いよ、フェルン。俺はここで待ってるから」

 

 

まるで悟りを開いたように、シュタルク様はそう私に言ってくださる。それを無下にはできない。一応シュタルク様も同行できないか聞いてみるがやはり無理らしい。こればっかりはどうしようもない。リーニエ様にお会いできたら、シュタルク様が来ていると伝えればきっと大丈夫だろう。

 

 

「では行ってきます、シュタルク様」

「気をつけてな。あと、できるだけ早くお願いします。俺、待ってるから。忘れないでね」

 

 

意気消沈し、置いて行かれながらも飼い主を待ち続ける子犬のような表情のシュタルク様に後ろ髪を引かれながらも、私はようやくフリージアへと足を踏み入れることになるのだった────

 

 

 

「────」

 

 

そこはまさに楽園だった。

 

 

その門をくぐった瞬間に、視界から溢れるほどの花畑に目を奪われた。その鮮やかさに、彩に心を奪われる。入国した者がこれを目にすればきっとすぐに悟るのだろう。この国、フリージアがその噂に違わないものであることを。何よりも私にとってはかつての記憶を蘇らせるもの。

 

 

(────やはりここは、アウラ様の国なのですね)

 

 

花畑を出す魔法。

 

アウラ様の魔法によって目の前の花畑が生み出されているのが一目で分かったのだから。あの時とは、規模も全く違う。でも、変わらないものがあった。花畑の中でも一際綺麗な、青い蒼月草。きっとアウラ様と私、今はフリーレン様を含めた三人しか咲かすことができない物。その魔導書を、今も私は持っている。私にとっては誰かに贈ってもらえた宝物の一つ。

 

 

(っ! いけない。早くアウラ様に会いに行かなくては……!)

 

 

思わずその光景にしばらく目を奪われてしまっていたが、すぐに気を取り直す。見蕩れるのは後だ。今は一刻も早くアウラ様にお会いしなくては。でも知らずこの国に、光景に気が緩んでしまう。それはきっと懐かしさ、いや安心感だろう。その街並みも、空気も。私にとってはどこか慣れ親しんだものだった。それは聖都のようだった。教会のような建物も多く見られる。きっとアウラ様もそれを模してこの国を興されたのだろう。

 

花の香りだけではない。この街の匂いも原因だ。神父や僧侶の方が纏っている香の匂い。私にとってはハイター様の匂いでもある。知らずそれにあてられてしまう。郷愁というのだろうか。まだそんなことを言える歳ではないのだが。

 

とにもかくにも行動しなくては。どうするべきか。アウラ様にどうやって会えばいいのか。どこに行けばいいのか。誰かに道を聞くべきか。いや、魔力探知をすればすぐに見つけられるのでは。そんなあたふたしている私に

 

 

 

「────もしかしてここは初めてかしら? 良ければ私が案内するわよ?」

 

 

 

一人の女性が声をかけて下さった。水色の長い髪に、特徴的な垂れた目をした女性。柔和な雰囲気と同時に見る者を魅了してしまうような空気を持ち、甘い蜜のような香りを纏っている。でも彼女は人間ではなかった。その証拠にその額には二本の角がある。彼女が魔族である証。ここフリージアでは当たり前の存在。

 

 

 

「初めまして。私はソリテール。君の名前も教えてもらえると嬉しいわ」

 

 

 

フェルンは知らなかった。目の前の魔族が、ここフリージアでも例外であることを────

 

 

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