ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第百七話 「本音」

「それで? あいつに恩返しはできたわけ?」

 

 

閑話休題。シュトロ様がいなくなり、二人きりになった庭園。ようやく目的を果たすことができた安堵感と、何かを忘れてしまっているような違和感を覚えている中、アウラ様はそう尋ねてこられる。思わずそれに反応するのが遅れてしまう。今まではシュトロ様が間に入って下さっていたこともある。今更気恥ずかしさが増してきた。もしかしたらそんな私を気遣ってのことだったのかもしれない。

 

 

「はい。恩は返しきれませんでしたが、あの一番岩を打ち抜くことはできました」

 

 

一度息を整えた後、そう自信をもって答える。ハイター様への恩返し。それが私の小さい頃の目標であり、生きる意味だった。魔法使いでもなんでもいい。私は一人でも生きていけるのだと、ハイター様に安心していただきたかった。かつてアウラ様にも聞かれたことでもある。それを覚えて下さっていたのだろう。やはり優しいお方だ。ハイター様のことをあいつ呼ばわりできるのはきっとアウラ様と勇者一行の皆様ぐらいだろう。

 

 

「そう。良かったわね。あいつは無駄に長生きだったから。何度別れの挨拶をされたかしら」

「ハイター様らしいですね」

 

 

まるで幼子を褒めるように私を労って下さりながら、どこか懐かしむように、呆れるようにアウラ様はそう吐露されている。確かにそうかもしれない。ハイター様は人間で考えるなら長寿であり、大往生だったといわれるほど。そういえばアウラ様もハイター様に会われた時にまだ生きているのかとからかわれていた気がする。本当にハイター様らしい。

 

それに合わせて思い出す。そう、あの時にはできなかったことをするのが私がここにやってきたもう一つの理由でもあったのだから。

 

 

「あの、アウラ様……たくさんの魔導書を贈って頂いてありがとうございました。今はこれしか持っていませんが、他の本も家で大切にさせてもらっています」

 

 

鞄から一冊の本を取り出しながら、そうアウラ様にお礼を言う。七年前からずっと、伝えたかった感謝の言葉。そんなことをする必要はないとさっき言われてしまったばかりだけど、これだけは伝えたかった。私にとっては大事な人から贈ってもらえた大切な物。あの時の私を支えてくれた道標でもあったのだから。ヒンメル様からアウラ様へ、そして私へと託された花畑を出す魔法の魔導書。それだけではない。たくさんの魔導書も贈って頂いた。

 

 

「まだそんな物を持ち歩いているのね。もう覚えてるでしょうに」

「はい。アウラ様と一緒ですね」

「……あんた、言うようになったわね」

「日頃鍛えられていますから」

 

 

若干呆れ気味のアウラ様だったが、私の言葉に目を丸くしている。きっとかつての自分を思い出されているに違いない。そう、今の私はまさにその頃のアウラ様と同じだ。もう覚えているのに、その魔導書を一冊だけ持ち歩いている。それは、記されている魔法ではなく、その魔導書自体が大切だということ。誰かに贈ってもらえた、その思い出が。きっとハイター様ならそうするはず。そんなちょっとした悪戯心。その意を汲み取ったのか、アウラ様は息を大きく吐きながら呆れ顔。フリーレン様と一緒に旅をするならこれぐらいできないと話にならない。そういう意味では私の成長でもあるかもしれない。

 

 

「まったく……そういえば思い出したわ。間違えて役に立たない本も送ってたでしょう?」

「シロップを出す魔法ですね。大丈夫です。それはフリーレン様が喜んで……」

 

 

そんなやり取りの中で思い出したかのようにアウラ様はそう尋ねてくる。そこで私も思い出す。実用的な魔導書ばかりの中に、役に立たない……は言いすぎだが、変な魔導書が混じっていたことを。シロップを出す魔導書だったか。その有用性を今は理解しているが、やはりあれはアウラ様の手違いだったらしい。もっともそれはフリーレン様にとってはまさに伝説級の魔法だったのだが。思わずそれを口にしてしまう。咄嗟に止めるも時すでに遅し。そう、それは色々な意味でアウラ様にとっては失礼に、いや快く思わないことに違いないのだから。

 

 

「……まあいいわ。元々あれは私の物じゃなかったし、知ったことじゃないわね」

「…………」

 

 

その証拠に、明らかに不機嫌な様子を見せながらも、アウラ様はそう収めて下さる。どうやら逆鱗に触れるようなものではなかったらしい。そういえば日記でヒンメル様はフリーレン様に会った時のために魔導書を集められていたはず。その中の一冊だったのかもしれない。もっともアウラ様にとっては不快なのは変わらないのだろうが。

 

なのでそれ以外の魔導書もフリーレン様の手に渡っていることは口が裂けても言えない。どころか村の書庫にあった本まで持ち出しているなんて。やっぱりフリーレン様にはもっときつく言い聞かせるべきだったかもしれない。叱っておかなくては。

 

ふと気づくとアウラ様は私が手にしている魔導書を見つめておられる。その瞳はまるでここではないどこかを、誰かを見ているかのよう。それを見ながら思い出す。私にとってのこの魔導書の、花畑を出す魔法の意味を。

 

 

「でもこの魔法のおかげでハイター様のお墓に蒼月草を供えることできました。きっとハイター様も喜んでくれたと思います。あの花はハイター様の故郷の花でもあるので」

 

 

それは勇者ヒンメル様の、そしてハイター様の故郷の花である蒼月草を受け継いだことを意味しているのだから。それによって咲かせた蒼月草の花の冠をハイター様のお墓にも供えることができた。ハイター様も、この花がお好きだった。花畑を出す魔法が。旅でフリーレン様がそれを出すたびに、アイゼン様と一緒にはしゃいで走り回っていたのだと。きっとハイター様も天国で喜んでくれているに違いない。

 

 

「…………そうね」

 

 

なのに、アウラ様はどこか浮かない顔で目を伏せられている。私が見たことのないような姿。寂しげな、儚さを纏っている。何か気に障ったのだろうか。それともハイター様が亡くなったことを悲しんでおられるのか。

 

 

「アウラ様?」

「何でもないわ。あの飲んだくれのことよ。きっとお酒の方が喜ぶでしょうね」

「問題ありません。ちゃんとお酒も供えたので」

「そう。抜かりないわね」

 

 

でもそれはすぐになくなってしまう。いつものように。もしかしたら私以上にアウラ様はハイター様を知っておられるのかもしれない。聖都で一緒に暮らされている時もあったらしいのだから。その度にお酒の飲みすぎを叱られていたのだとハイター様は嬉しそうに語っていた。叱られているのに本当に困ったお方だ。なのでお墓にはお酒もきちんと供えてある。私と一緒に暮らしていた頃にはもうお酒は控えておられたので、きっと今頃天国ではその分、楽しまれているに違いない。酒は百薬の長なのだから。ハイター様が長生きできたのもきっとそのおかげなのだろう。

 

 

「それで? あのエルフはあいつの死に目に会えたわけ?」

 

 

何でもないことのように、アウラ様はそう私に尋ねてくる。話の流れからすれば何の違和感もない質問。私の方からはあえてその話題には触れていないが、もしかしたら私の方が気を遣いすぎているのかもしれない。さっきの魔導書の件のような不機嫌さは見られない。

 

 

「はい。私と二人で看取りました」

「……やっぱりあいつは死神だったわけね」

「え……?」

 

 

ぽつりと、アウラ様はそんなよく分からないことを口にされる。まるで独り言のように。死神、と言ったのだろうか。何でフリーレン様がそうなるのか。確かに魔族からすれば葬送の魔法使いであるフリーレン様は死神同然なのかもしれないが。

 

 

「こっちの話よ。それで思い出したわ。あんたがここに来たら聞きたいことがあったの」

 

 

そんな私の戸惑いをよそに、アウラ様はどこか改まったように私に向かい合ってくる。知らず私も背筋を伸ばしてしまうほど。その雰囲気から、今までのような類の話ではないのは明らかだったから。でも皆目見当がつかない。一体何のお話を。それは

 

 

「フェルン。あんた、ここで暮らす気はない?」

 

 

私からすれば全く予想すらしていなかった提案だったのだから。そう、およそ考え得る中で最も想像できないようなもの。

 

 

「私が……フリージアで、ですか?」

 

 

ただ呆然としながら、そう聞き返す事しかできない。その言葉の、提案の意味を反芻するように。もしかしたら、私の聞き違いなのか。

 

 

「そうよ。ソリテールの件はあったけど、本来ここは暴力のない国よ。下手な国よりよっぽど安全なの。南側のようなことにはならないわ」

 

 

でもそうではなかった。間違いなく、アウラ様はフリージアに、自分の国で暮らさないかと私を誘って下さっている。

 

それはここ、魔族国家フリージアの在り方だった。先のソリテール様の件が例外であったことは私も理解している。ここでは全ての住民が暴力を禁じられている。教義によって、祝福によって。それを破る者もまた、天秤であるアウラ様によって裁かれる。例外はない。それを守る限り、きっとここより安全な場所はないだろう。魔族を擁しているフリージアに手を出すことができる国も周辺には存在しない。南側諸国での戦争のようなことも起きないだろう。アウラ様がそう仰られるのはきっと、私が戦争で故郷も家族も失ったことを知っておられるからなのだろう。

 

 

「それと魔法の研究も行っているの。人間と魔族が共同でね。今は飛行魔法の解析に力を入れているわ。人間が魔族のようにそれが使えるようになれば、人間社会も大きく変わる。魔法協会の連中も興味を示しているわ。近いうちに合同で研究する話もある。そのためにも魔族だけじゃなくて、人間の優秀な魔法使いがほしいのよ」

 

 

そのままアウラ様はそう続けられる。ここフリージアの発展に関わる話。それはまさに魔法使いにとって、いや人類にとっても壮大な話だった。

 

人間と魔族が共同で魔法を研究する。ここフリージアでしかありえないこと。

 

それによって人類が魔族と同じように、歩くように飛行魔法を使えるようになればどうなるか。世界の情勢には疎い私でも、それがいかに偉大なことかは分かる。それはきっと世界の在り方を変えてしまうほどの発展となるのだろう。そんなことまで、そんな先まで見据えているなんて。このお方は本当に魔族の王なのだろう。それに私も寄与できると考えて下さっているのだ。さっきの天才云々も、本気でそう思っておられるのかもしれない。

 

 

「あとは精神魔法……特に魔族の欲求を抑える、変換できる魔法の研究も進めているわ。私の魔法の代替ね。それができれば私の負担も減るし、私が死んでもすぐに国が滅びることはないわ」

 

 

もう一つの明かされた研究もまた、私の想像を超えるものだった。それは言わば、アウラ様のいなくなったフリージアのことを考えた物。いや、何百年、何千年先の魔族の未来を考えてものだった。それは普通の魔族ならばあり得ないこと。フリーレン様からも、書物からも私は学んできた。魔族は自分が死んだ後のことなんて考えたりはしないのだと。ましてや自分の魔法の代替など。魔族にとって魔法は自らの誇り、魂なのだから。ならこのお方は一体何者になるのか。人類や、魔族を超えた領域にいらっしゃるのかもしれない。

 

でもその提案に心惹かれる自分がいる。そう、それは魔法の本来の形だったから。戦うためだけではない、誰かの役に立つためのもの。いつかフリーレン様も言っていた。

 

 

『戦うことだけが魔法じゃないからね。フェルンは戦いに特化した魔法使いになりたいの?』

 

『色んな魔法を使えた方が便利なんだよ。生活の役にも立つし、何より面白いからね』

 

 

戦うためではない、魔族からすれば取るに足らない、下らない民間魔法。でもそれは人々の生活を、心を豊かにするものだ。フリーレン様が好きなのも、そんな魔法だった。きっとここでなら、そんな魔法を生み出すことができるのかもしれない。広めることができるのかもしれない。それはきっと、誰もが魔法を使える、そんな御伽噺のような世界を目指すもの。

 

 

「何よりもフェルン。あんたは小さい頃から私たち魔族を知っているわ。これから生まれてからずっと魔族と一緒に暮らす人間の子供が出てくる。その逆もね。この国では第二世代と呼ばれているけど……きっと多くの問題が起きるわ。放っておけば国が割れるほどの」

 

 

それとは別に、もう一つの大きな夢をアウラ様は語られる。人類と魔族の共存。ここフリージアの存在意義。魔法の発展よりも遥かに難しい、夢物語。その果てしない苦難が、きっとこのお方には理解できているのだろう。見据えておられるのだろう。私には及びつかないもの。でもそれが素晴らしいものであることは分かる。それはきっと、今は亡き勇者様の夢でもあったのだから。

 

 

「だから人間と魔族。その両方に理解がある人材がほしいの。力を貸してくれないかしら?」

 

 

そのために力を貸してほしいと、アウラ様はそう私に仰られる。はっきり言えば、恐れ多いことこの上ない。私ではきっと、大した力にはなれないだろう。でも、アウラ様にとってはきっとそうではないのだろう。それ以上に

 

 

「……色々難しいことも言ったけど、ようするに七年前みたいに一緒に暮らしてみないかってことね。リーニエもきっと喜ぶわ」

 

 

言い直すように、本音を吐露するようにアウラ様は淡々とそう告げられる。それが嘘ではないことが私には分かる。アウラ様のような魔法がなくても。本当ならきっと、アウラ様も口にしないであろう本音。でもあえてアウラ様は伝えて下さったのだろう。かつてヒンメル様にそうしたように。言葉にしなければ伝わらないから。人間でも、魔族でもそれは変わらない。その意味を、価値を私はもう知っているのだから。

 

 

「ありがとうございます。アウラ様。こんな私を……本当に嬉しいです」

 

 

だからそれに私も正直に答える。嘘偽りなく。自らの心のままに。感謝の気持ちを。それでも

 

 

「でも……ごめんなさい。私はまだ、旅の途中なんです」

 

 

それに応えることができないことも。今の自分がまだ、旅の途中であることを。もしそれがなければ、きっと私はここに身を置いたのだろう。それは幼い私が夢見た生活だったに違いないのだから。それでも

 

 

「────私はフリーレン様の弟子ですから」

 

 

今の私は、フリーレン様の弟子なのだから。だらしがない、いつも世話が焼ける困った方。でも、それと同じぐらい私のことを想って下さっている不器用な師匠であり、もう一人のお母さん。あの方にとっては短い時間でも、もう少しそれに寄り添って生きていきたい。それが今の私の願いなのだから。

 

 

「そう……なら仕方ないわね。愛想が尽きたらいつでも来なさい」

 

 

そんな私の失礼にあたるような返事を前にしても、アウラ様は全く気にした素振りを見せられない。どころか、まるでそうなるのを知っていたかのような振る舞い。見間違いだろうか、ほんの少し、微笑んでいたように見えた。もしかしたら、こうなることがアウラ様は分かっていたのかもしれない。なのに、わざわざそれを聞いてくださったのか。何のために。

 

 

「はい。それにアウラ様と違って、フリーレン様は私が面倒を見ないといけないので」

「…………本当に大丈夫なわけ?」

「もう慣れているので。なので旅から帰ってきたら、私にできることがあればぜひ」

「あんたが子供らしくない理由が分かった気がするわ……まあいいわ。これで義理は果たせたし。いえ、恩になるのかしら」

 

 

それをあえて聞かず、もう一つの本音を明かす。私たちに合わせて下さるようにはなったが、まだまだフリーレン様は人の心が分かってらっしゃらない。アイゼン様にも頼まれてもいる。少なくともこの旅が終わるまでは一緒にいなくてはいけないだろう。ハイター様たちは十年かかった旅路。私たちもきっと同じぐらいかかるに違いない。それが終わったとしてもちゃんと手綱を握っておかなくては。また五十年後に、なんてことにならないように。

 

 

なので旅が終わったら、その時も私を必要として下さるなら。喜んでこの地に戻ってこよう。

 

 

アウラ様の零した言葉。恩返しのために。私はまだハイター様にも、アウラ様にもそれを返せていないのだから────

 

 

 

「そういえば、あんたたちの旅の目的は何なわけ? あのエルフの下らない魔法収集?」

 

 

先程までの空気とは変わり、いつものようにアウラ様はそんなことを尋ねてこられる。そういえばまだ言っていなかったか。最初はあてもない下らない魔法収集だったのは確かだが、今は違う。

 

 

「いえ、私たちは魂の眠る地(オレオール)という場所を目指していて……」

 

 

ハイター様とアイゼン様によりもたらされた、それが私たちの旅の目的。天国に行くこと。それをアウラ様にどう説明したものか思案するも

 

 

「……そうだったわね。あの生臭坊主が、あのエルフに伝えないわけないもの」

 

 

頬杖を突きながら、どこか憂鬱な雰囲気でアウラ様はそう零される。そこでようやく悟る。アウラ様もまたそれをご存知だったのだと。

 

 

「ではアウラ様もハイター様から……?」

「同じ話を聞かされたわ……ちょうどあんたが花畑の魔法を覚えた日の夜だったわね。私は断ったけど」

 

 

やはりハイター様から聞かされていたのだろう。それもそうだ。日記や伝聞でしか知らないが、アウラ様にとってそれがどんな意味を持つかなんて考えるまでもない。フリーレン様は当然として、アウラ様にも伝えないなんてあり得ない。でもそれをアウラ様は断られたらしい。考えられるとすれば

 

 

「それは……やはり天国を信じておられないからですか?」

 

 

天国を信じられていないからか。女神様を信じている私たちからすればそれは当然だが、魔族であるアウラ様からすればそうではないのかもしれない。私たち人間でも、死後は無に帰ると考えている人も多いのだ。無理もないかもしれない。でも

 

 

「そうね……天国なんて物は信じてないけど、死者と対話できる場所はあるんでしょうね」

「え?」

 

 

それは違っていた。いや、天国は信じていないのだと。でもそれとは別に、魂の眠る地(オレオール)はあるのだとアウラ様は信じておられる。一体どうして。それは

 

 

「あいつが調べ上げた上で伝えてくるってことはそういうことよ。あのエルフの師匠であるフランメの手記っていうのも理由ね」

 

 

アウラ様がハイター様を信じておられる、信頼されているからに他ならなかった。女神様や天国よりもきっとアウラ様にとってはハイター様の方が。それは私にとっても嬉しいことだった。でも、それなら一層分からなくなる。ハイター様の話を断った理由が。魂の眠る地(オレオール)へ向かわない理由が。

 

 

「アウラ様は……もう一度お会いしたくないのですか?」

 

 

意を決して、そうアウラ様に問いかける。そうすべきかどうか、迷った末に。誰に、というのをあえて口にはしないまま。それを口にするのは、私にはできなかった。アウラ様が会いに行かない理由も。私は深く入り込むことはできない。きっとそれはアウラ様にとっては侮辱に等しいものになる。

 

 

「ええ……今更会いたいとは思わないわ」

 

 

それにアウラ様はそう答えられる。私にではない、誰かに向かって。それが本当なのか、嘘なのか。それを確かめる術は私にはない。それでも、アウラ様にとってそれが大切なことであることは分かる。だとすれば

 

 

「アウラ様……でしたら」

 

 

私にもできることがあるかもしれない。余計なお世話かもしれない。怒らせてしまうかもしれない。それでも、アウラ様のために、日記を読んだ者の責任として、ヒンメル様のためにも。声を上げようとした瞬間

 

 

「ただいま! 今帰って来たよ、アウラ様!」

 

 

全ての空気を吹き飛ばすように、懐かしい、私にとっては待ちわびたもう一人の恩人が庭園へと飛び込んでこられたのだった────

 

 

 

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