「ただいま! 今帰って来たよ、アウラ様!」
ノックも何もなく、勢いよくその場にその方は現れた。その声も、姿も記憶のまま。アウラ様のような法衣ではない、コルセットドレスを身に纏ってる。きっとここフリージアでも、この方はリーニエ様のままなのだろう。天真爛漫が形になったような存在。そのままの勢いでリーニエ様は一直線にアウラ様の下へと駆け寄っていく。まるで子供が母親に飛びついていくように。私のことも目に入っていないらしい。
「リーニエ。思ったよりも随分早かったわね」
そんなリーニエ様の姿も見慣れた物なのだろう。どこか淡々としながらも、慣れた様子でアウラ様は迎え入れている。魔族には家族という概念がない。理解できない。このお二人は主従。でもきっとこれが魔族の家族の形なのだろう。その光景を見てるだけで、私も嬉しくなってしまう。七年前を思い出すことができるから。
「うん! 聞いて聞いてアウラ様! 私たちちゃんとグラナトとわぼくできたんだよ! リュグナーがたくさん難しい話をしてくれて、私も役に立ったんだから!」
矢継ぎ早に、褒めて褒めてとアウラ様に縋っていくリーニエ様。まるでお使いが終わった子供のように。いや、確かアウラ様のお話からするとリーニエ様はグラナトに使者として行かれていたのだから、あながち間違いではないのかもしれない。リーニエ様にとってはお使い気分だったに違いない。
「そう。よくやったわ。それで? リュグナーはどうしたわけ? 姿が見えないけど」
「…………」
「都合が悪くなるとすぐだんまりね。いい加減その癖を直しなさい。大方リュグナーを置いて先に帰ってきたってところでしょうけど」
「……ごめんなさい」
「謝るならリュグナーね。私はリュグナーじゃないわよ」
だが何か不手際があったのか。後ろめたいことがあったのだろう。リーニエ様はそのまま黙り込んでしまう。私も何度か見たことがある光景。リーニエ様は嘘がつけない。そうアウラ様に命令され、育てられたかららしい。そのせいでリーニエ様はアウラ様に叱られるようなことがあるとそのまま黙り込んでしまう。嘘がつけないからだ。もっともそれ自体がもう嘘をついているようなものなので、結局一緒なのだが。
「それはまた後にするとして……お客さんよ。ちゃんと挨拶なさい」
どうやらお叱りはそこまでだったらしい。もしかしたら私がいる手前、短く切り上げられたのかもしれない。そのままアウラ様は私へと視線を向ける。リーニエ様に促すように。
「? お客さん……? それって……」
そこでようやく気付かれたのか。きょとんとしながらリーニエ様は私へと目を向けてくる。
「あ、あの……」
それに思わず委縮してしまう。ついさっきまでお二人のやり取りに目を奪われてしまっていたのもあるが、それ以上にどうしたらいいのか分からなくなってしまったから。何を言えばいいのか。自分のことを覚えて下さっているのか。そんな不安。まるでリーニエ様に引っ張られて、私もあの頃に戻ってしまったかのよう。でもそんな不安は
「っ!? もしかして、フェルン!? やっぱりフェルンだ! やっぱり先にこっちに来てたんだね! 本当に大きくなってる! すごいすごい! 背もだけど胸もすっごく大きくなってる! 空が半分しか見えないって本当だったんだね!」
「え、えっと……」
全くの杞憂だったのだとすぐに思い知ることになる。もしかしたら、さっきのアウラ様の時以上の勢いと興奮のまま、リーニエ様は私へと向かってくる。違う意味で委縮してしまうほどに。目を輝かせて次々に話しかけて下さるも、全く対応できない。どうやら私の容姿が大きく変わっていることに驚かれているらしい。
確かにそうかもしれない。アウラ様にも同じことを言われたのだから。人間と魔族の成長の時間差。見た目だけで言えば、きっと私はリーニエ様よりも年上になってしまっているのだろう。でも背はともかく、胸も凝視されてしまう。そんなに大きくなっただろうか。空が云々は一体何のことかは分からないが、リーニエ様がそんなに変わったであろう私にすぐに気づいてくれたこと、覚えてくれていたことに比べれば些細なことだろう。
「どうしたの、フェルン? もしかして私のことを忘れちゃってる……?」
だが逆にリーニエ様は、そんな私を見て不安になったらしい。幼い頃のことで、私がリーニエ様のことを覚えていないのではないかと。
「そんなことはありません……! お久しぶりです、リ、リーニエ……」
慌ててそうではないことを伝え、改めて挨拶をしようとするも思わずそこで詰まってしまう。それは思い出したから。そう、七年前にはできなかったこと。アウラ様に魔導書のお礼を伝えることと同じぐらい、私にはリーニエ様に伝えたい言葉があったのだから。
「? ……っ!? もしかして!? ──っ! ~~!」
そんな私の姿に首を傾げていたリーニエ様だが、きっとその意味に気づいたのだろう。驚愕の表情を一瞬見せた後、一気に満面の期待の笑みを見せながら、そわそわし始めてしまう。まるでご褒美を今か今かと期待している子犬のように。本当にそのまま私の周りを走り出してしまいかねないほど。
それに思わず圧倒されながらも、何とかそれを伝えようとするも顔が赤くなるのを抑えられない。あんなにしたいと思っていたのに。いざそれを目の前にして尻込みしてしまうなんて。これではシュタルク様のことを言えない。それでも勇気をもって。
だがその瞬間、ふとアウラ様を目が合ってしまう。私とリーニエ様のやり取りをまるで母親のように見守っているアウラ様。それが限界だった。まるで恥ずかしいところを母に見られてしまったような感覚。
「リ……リーニエ、様……」
「…………むぅ」
「残念だったわね。呼んで欲しいならもう少しお淑やかになることね」
肩透かしだったからか、それともお預けを食らってしまったからなのか。リーニエ様はまるで拗ねてしまったかのように頬を膨らませてしまう。本当に申し訳ない。情けないが、もう少しだけ待ってほしい。そんな私の心境を見抜いているであろうアウラ様。やはり私はこの方の前では子供のようになってしまうのだろう。リーニエ様と一緒だと、余計にそうなのかもしれない。気を緩めすぎないようにしなければ。
「でも本当に凄いよ。やっぱり人間は成長が早いね。頑張り屋さんだったもんね、フェルン。立派な魔法使いになってるよ。魔力の制限も私とお揃いだね! フリーレンの弟子だもんね。あと数十年もすれば私やフリーレンも追い抜かれちゃうかも」
「そんなことは……でもありがとうございます。リーニエ様もお変わりないようで良かったです」
「うん! 私は魔族だもん! でもちゃんとあの頃より成長してるんだよ? あ、女性らしさじゃなくて魔法使いとしてね」
「そ、そうですか」
私のお姉さん呼びについては保留となったが、リーニエ様はそう私を褒めて下さる。それはお世辞ではない本当の賛辞だった。リーニエ様は嘘をつかれないのだから。お姉さんに褒められたかのように感じてしまう。同じように魔力の制限をしているという意味でも似た者同士、いや姉弟子と言えるのかもしれない。
もっともリーニエ様のそれは私とは比べ物にならないのだが。あれから少しは成長しているはずなのに、その揺らぎがほとんど見えない。魔力の制限ではリーニエ様はフリーレン様に近い域におられるのだろう。リーニエ様も私たちと同じように日々成長しておられるのだから。ハイター様のところに滞在されていた時も、欠かさず毎日鍛錬されているのを知っている。でもこんなにも女性らしさを気にする方だっただろうか。人間で言う、そういうお年頃なのだろうか。
「あ、そういえば忘れてた。アウラ様、私もお客さんを連れてきたんだよ! 何やってるの? 早くこっちに来なさい!」
そんな中、何かを思い出したかのようにリーニエ様はどこか自慢げに庭園の入り口に向かって声をかけている。まるでお姉さんのように。一体誰か。そう疑問に思うもそれは
「……どうも」
とぼとぼと、まるで首に巻かれた紐を引っ張られたかのように姿を見せた来客によって氷解する。それはまるで叱られてしおしおになってしまっているフリーレン様と同じ表情だった。
「あ」
シュタルク様だった。そういえばそうだった。そうか。何かが喉に引っかかっているような気がしていたがこれですっきりした。
「今、あって言った!? 酷いぜフェルン!? やっぱり俺のこと忘れてたんだろ!?」
「……そんなことはありません。ただ言い出す機会がなかっただけで」
「フェルン、何でそんな嘘つくの?」
「……ごめんなさい。すっかり忘れていました、シュタルク様」
「何で姉ちゃんには素直なんだよ!? 扱いの差が酷くねえ!?」
いつもように涙目になって騒いでいるシュタルク様。リーニエ様の言う通り、嘘をつくのは良くないのでそのまま本当のことを言ったのがまずかったらしい。でもちゃんと謝った。申し訳ないとは思っているが、でも仕方がない。このお二人に会うことに比べたらそうなってしまうのは許してほしい。
「相変わらずうるさい奴ね。久しぶりだけど、大きくなったのは図体だけみたいね」
「……悪かったな。どうせ俺は臆病者だよ。そっちこそ、その恰好全然似合ってないぜ。師匠もきっと同じことを言うぜ」
「そう。残念だったわね。あいつからはお墨付きをもらってるわ。世辞抜きでね」
「マジかよ……師匠の趣味ってわけか」
「────シュタルク。それ以上言ったらお仕置きだからね」
「……ごめん、姉ちゃん」
私とは違い、どこか慣れた、気安い様子でシュタルク様はアウラ様たちとやり取りされている。何だか羨ましくなってしまう。やはり人見知りの私との違いだろうか。フリーレン様だけでなく、私ももっとその辺りは努力しなければいけないかもしれない。それはそれとしてシュタルク様はやっぱりずるい。あんなにリーニエ様と仲良くしているなんて。
「崖から落とさない程度に稽古をつけてあげなさい、リーニエ」
「うん。任せてアウラ様!」
「勘弁してくれよアウラ!? ただでさえ姉ちゃんの修行は人の心がねえって知ってるだろ!?」
でもそれはシュタルク様にとってはそうでもないのかもしれない。どうやら恐れていた事態になってしまっているらしい。さっきから体が震えっぱなしになっている。この調子ではフリージアにいる間はずっとそうなりかねない。
「それはリーニエに言うのね。それはいいとして……あんたがどうしてここにいるのよ? 確かアイゼンと喧嘩別れして家出してるんじゃなかったの?」
「そ、それは……」
アウラ様からの質問にシュタルク様は言葉に詰まってしまっている。無理もない。それが後ろめたくてリーニエ様に会うのを嫌がっていたのだから。アウラ様もそこまでしか事情は知らないのだろう。なので仕方なく助け舟を出してあげることにする。
「今、シュタルク様は私たちのパーティの前衛、戦士になってもらっているんです。一緒に旅をしていて」
「こいつも一緒に……? 何? あのエルフは新しい勇者一行でも作ろうしてるわけ?」
「そういうわけではないのですが……」
アウラ様のある意味もっともな指摘に思わず私も詰まってしまう。そう言われればそうかもしれない。私もシュタルク様も勇者一行の弟子で、フリーレン様は勇者一行の魔法使い。端から見ればそう見えてもおかしくない。加えて
「なら私が
「残念ながら僧侶としてのお弟子さんはおられなかったかと……でもリーニエ様がいらっしゃればバランスはとれるかもしれません。僧侶はいませんが、魔法使いが二人いるので」
ここには勇者ヒンメルの一番弟子であるリーニエ様がいるのだから。いわば次世代の勇者一行になるのか。僧侶としてのハイター様のお弟子はおられないが、前世代のフリーレン様がいるので前衛と後衛のバランスは取れている。想像したら頼もしいことこの上ない。きっと竜の群れが相手でも易々と討伐できるに違いない。
「何で乗り気になってるんだよ。そもそももう魔王がいねえじゃねえか。魔王みたいなおっかないのはいるけど」
「あんたがその気ならいつでも相手になってやるわよ」
「冗談です」
もう倒されてしまった、いないはずの魔王に等しい存在であるアウラ様を煽ってまた怒られているシュタルク様。新しい勇者一行でも、新しい魔王様には敵わないのかもしれない。
「そもそも何でリーニエに連れてこられてるのよ。フェルンと一緒だったんじゃないの?」
「フェルンは入国許可されてたけど、俺はできなかったんだよ……」
「はぁ? あんたにも許可は出してたはずよ。リーニエ、あんたが手続きしてたでしょ?」
「…………」
「そう。忘れてたのね。私も甘かったわ」
「酷えよ、姉ちゃん!?」
そしてさらっと明かされるシュタルク様が入国できなかった理由。きっとリーニエ様は自分がしてみたかったのだろう。リーニエ様からすれば弟の面倒を見たかったのか、お姉さんぶりたかったのか。だがそれは上手くいかなかったらしい。黙り込んで目を逸らしている。やはりシュタルク様はリーニエ様に振り回される運命にあるらしい。
「はっはっはっ、本当に賑やかですな」
「シュトロ様……すみません」
「まるでヒンメル様たちがいた頃のようです。むしろお礼を言いたいぐらいですな」
いつの間にか戻って来られていたシュトロ様にそうお詫びするも、逆にお礼を言われてしまう。それは嘘ではないのだろう。その優しい眼差しが全てを物語っていた。そういえば、信書の準備をするだけだったのに、随分時間がかかっていたような気がする。もしかして私がアウラ様と二人きりになる時間を作って下さったのか。それとも何か他に理由があったのか。そう思案する暇もなく
「あ、そうだった! 一番大事なこと忘れてた! アウラ様、フリーレンが会いに来たんだよ!」
これまでのやり取りが全て吹き飛んでしまうような事実を、リーニエ様はその口から明かされてしまった────
瞬間、時間が止まったような気がした。息を飲んでしまう。いや、それはきっと私だけではない。リーニエ様以外の全ての人の総意に違いなかった。
「あのエルフが……? 誰によ……?」
それはアウラ様とて例外ではない。いや、もしかしたらこの場の誰よりも、それを感じ取っているのかもしれない。さっきまでとはまるで別人のように。まるで庭園で初めて会った時のように、どこか人間味を感じさせない雰囲気を纏いながらアウラ様はリーニエ様を問い質す。並みの魔法使いなら、その時点で平伏してしまいかねない魔力と共に。
「だからアウラ様にだよ? 大事な用があるんだって。でもグラナトで捕まっちゃってたから助けてきたんだ! リュグナーには怒られちゃうけど、きっとヒンメルならそうしたから!」
それを意に介することなく、普段通りにリーニエ様はそれに答えている。まるでシュトロ様のように。でもあり得ない。シュトロ様と違って、リーニエ様は魔族だ。魔力も、殺気も感じ取れているはず。なのにそれを感じさせない。
それよりも何よりも、私にとってはその報告の方が重要だった。それは
(フリーレン様がここに来られている……!?)
フリーレン様がここ、フリージアにもう来られているということ。信じられないが信じるしかない。他ならぬリーニエ様の言葉なのだから。魔族であるリーニエ様の言葉が何よりも信じられるなんて、フリーレン様だったらきっと卒倒しかねない。
でもそのリーニエ様によってフリーレン様はここまで連れてこられたらしい。確かにリーニエ様はフリージアの使者であり、神官の地位にあるお方。それによって釈放して下さったのだろう。本当ならお礼を言いたいところなのだが、今は状況が違う。フリーレン様とアウラ様がお会いすること。それ自体が、まさに火に油を注ぐに等しい行為なのだから。
だからこそ、それに細心の注意を私たちは払ってきた。ハイター様も、アイゼン様もそれを憂慮されていた。それがこんなにもあっさりと、この場で起きかねない。もしかしたらシュタルク様のように、そこの扉から姿を現すかもしれないのだから。
(いえ……でも、もしかしたら今がその絶好の機会なのでは……?)
そこでようやく気付く。そう、逆なのだ。今この瞬間こそが一番の好機なのだと。お二人が会うことは避けられない。問題は二人きりで会うこと。フリーレン様にも口酸っぱくそれを言い聞かせてきた。二人きりで会わないようにと。今なら何の問題もない。今ここには私が、シュタルク様が、リーニエ様が、シュトロ様がいる。考え得る限りで最高の環境になっている。ここでなら、大きな問題なく、穏便にとはいかないまでも再会できるかもしれない。ヒンメル様の日記を渡すという約束を果たすことも。だがそんな期待は
「…………あのエルフもここに連れてきたってこと?」
「うん。でもここにはいないよ? 一緒に入国しようとしたけど、フリーレンは入らないって。ただアウラ様に外で待ってるって伝えてってお願いされたの」
他ならぬフリーレン様によって、完膚なきまでに打ち砕かれてしまった────
(これは……フリーレン様の魔力!?)
それは魔力だった。こんなに離れていても感じ取れるほどの、絶大な魔力。魔力を感じ取れる者なら、その瞬間戦意を喪失してしまうほどの大魔法使いの魔力。
(間違いない……! これは、制限していない全力のフリーレン様の魔力だ……!)
それを弟子である私は誰よりも知っていた。そんな私でも数えるほどしか見たことのない、感じたことのない全力の葬送の魔法使いの真の魔力。エルフという種族だからこそ、いや大魔法使いだからこそ到達できる千年を超える鍛錬の結晶。
(らしくないです……フリーレン様……!)
だがそれはあまりにもフリーレン様らしくない。その魔力を、魔法使いとしての誇りを汚し、貶めながらあの方は生きてきた。魔族を騙すために。その生涯を。それを今、曝け出してしまっている。それだけではない。
それは魔力の波、揺らぎだった。魔力には波がある。魔法使いの実力に、精神状態に左右されるもの。それは魔法使いの感情を表わすものでもある。フリーレン様にはおよそそれがなかった。その名の通り、冷徹な葬送としての在り方のように。でも今は違う。そこには明らかな揺らぎが、敵意がある。挑発にも似た感情が。それが誰に向けられてのものなのか。もはや考えるまでもない。
「そう……私を馬鹿にしてるってわけね」
それに刺激されたように、誘われるようにアウラ様の魔力もまた揺らいでいく。先の庭園でのものなど、子供だましであったかのような魔力が。その瞳が見開いている。己の誇りを汚された魔法使いの憤怒が。長い間探し続けていた獲物をついに見つけたかのような愉悦が。天秤よりも遥か前、恐らくは断頭台と呼ばれていた、大魔族としてのアウラ様の貌。
「────アウラ様」
それとはまさに対照的に、まるで感情を感じさせない瞳と態度を見せているリーニエ様。まるで命令を待っているかのように。初めて見る、従者としての、魔族としてのリーニエ様の姿。一瞬呆然とするも、ようやく悟る。それが何を意味するのか。
「────必要ないわ。あんたは邪魔が入らないようにしなさい」
一瞬目を合わせながらアウラ様はそう告げる。助力は必要ないと。自分一人だけで赴くと。魔族の主従の在り方。それを目の当たりにすることで圧倒されるも、最悪の事態は避けられたことに安堵する。もし従者であるリーニエ様まで一緒に行かれては、フリーレン様といえどもどうなるか分からない。でもそれは最悪ではないだけ。それに近い事態になってしまっていることに違いはない。
「うん。任せてアウラ様!」
まるで元に戻ったかのような純粋無垢さでリーニエ様はそう従う。アウラ様以上の二面性。きっとそれがリーニエ様が例外と呼ばれる所以。
「シュトロ。戒厳令を出しなさい。いいわね」
「はい。もう指示しております。お気をつけて、姉さん」
アウラ様は纏っていた法衣を脱ぎ、そのままシュトロ様に預ける。その下には見たことのない装束があった。アウラ様の髪の色に合わせたような、どこか魅惑的な、鮮やかな色の衣装が。恐らくはアウラ様が戦う時の、大魔族の頃に纏っていた物なのだろう。
その意味を分かっている、それを止めてくれると思っていたのに、シュトロ様はそのままアウラ様を見送られてしまう。まるでそうなることを知っていたかのように。一体どうして。
「っ! 待ってください、アウラさ──」
目まぐるしく動いていく事態に翻弄されながらも、決死の思いでアウラ様に懇願する。このままアウラ様を行かせてしまっては、フリーレン様と再会させてしまってはいけない。きっと取り返しのつかないことになる。何も考えず、そのまま縋るように手を伸ばそうとするも
「────駄目だよ、フェルン。アウラ様の邪魔しちゃ。ちゃんと言うこと聞かないと」
それは他ならぬリーニエ様によって静止されてしまう。その前には剣があった。勇者の名を冠する偽物の剣が。いつの間に抜いたのかも分からない。それがこれ以上先に進むなら、アウラ様を妨げるなら容赦はしないと告げている。思わず息を飲み、背筋が寒くなる。間違いなく、リーニエ様が魔族なのだと実感する。主人の命令を遂行する従者。それが今のリーニエ様なのだと。それに例外はない。例え私であったとしても。
「リーニエ様……! ですが」
「止めとけ、フェルン。こうなった姉ちゃんには何を言っても無駄だぜ。俺たちにできることはここでじっとしてることだ。これはフリーレンの考えなんだ……」
「フリーレン様の……?」
いつかと同じように、私の肩を抑えながらシュタルク様がそう制して下さる。でも表情は今まで見たことのないような物だった。本当なら私と同じように慌てふためてもおかしくないのに、シュタルク様は落ち着いている。いや、何かを悟っているかのように。何よりもその言葉。これがフリーレン様の考え、望みなのだと。もしかしたら、シュタルク様はここに来る前に、フリーレン様に会っていたのか。シュトロ様もそうだったのかもしれない。だとしたら知らないのは私だけ。
(フリーレン様……一体何をするつもりですか?)
フェルンはただそのまま見送ることしかできない。己の無力さを痛感しながら。自らの恩人と、自らの師。そのどちらの身も案じながら。
残された庭園には、勇者が愛した青い花弁が舞っていた────
次話はフリーレン視点。百話以上長くお待たせしてしまいましたが、ようやくその瞬間になります。お楽しみに。