ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第百九話 『再会』

(らしくないことをしてるね……私も)

 

 

月明りが辺りを照らしている中、ただ一人城壁の外で佇んでいる自分。そう自嘲するしかない。この状況もそれに拍車をかけている。何も考えず、制限を解き放ち、魔力を放出している解放感、全能感。こんな感覚いつ以来だろうか。今の自分の魔力量を把握する上で短時間なら行うことはあったがこんなに長い時間なんて。およそ千年振りだろうか。久しぶりに強い魔法使いの気持ちを思い出せた。人類でも魔族でも、魔法使いなら逃れられない、今まで研鑽してきた自らの魔法に対する自信と信頼。

 

 

(クソみたいな驕りと油断、だったかな……本当に師匠(せんせい)は口が悪かったね)

 

 

そう師匠(せんせい)は愚弄していた。本当にその言葉遣いだけはいくら言っても変わらなかった。その教え。逃げる、隠れる、不意打ちする。その最たるものが魔力を欺くこと。誇り高き魔法を愚弄した卑怯で最低の戦い方。葬送の魔法使いである私の戦い方。なのに今、私は真逆のことをしている。

 

 

師匠(せんせい)なら何て言うかな……)

 

 

怒られるだろうか。いや、きっと呆れられるだろう。あの時のように。馬鹿な奴だと。あの人にとって、私はきっと今でも未熟な弟子のままなのだから。

 

でも何の理由もなくこんなことをしているわけではない。それは

 

 

(あいつには私の魔力の制限はバレてる。続けても効果は薄い)

 

 

アウラには魔力の偽装を知られてしまっている。他ならぬ勇者一行によって。本当に何の冗談なのか。こちらの命綱ともいえる情報を漏らすなんて。もっとも、遠からずそうなっていたのは間違いない。遅いか早いかの違いでしかなかっただろうが。私のおおよその魔力量も把握されていると考えた方がいい。なら制限に使っているリソースを他に回した方がいい。

 

 

(この魔力……間違いない。アウラだ。こっちに向かってきている)

 

 

もう一つがアウラを誘き出すため。魔族の誇りを刺激すること。そのためにあえて魔力に感情を、揺らぎを込めた。本来なら未熟者と怒られてしまうようなことを。そのまま入国するのは私にとってはリスクが大きすぎる。フリージアにいる多くの魔族を同時に相手しなくてはいけなくなるかもしれない。何よりも、住民の人間を利用されるのが一番厄介だ。それは先のグラナトの件からも明らかだ。それをしてくる可能性はわずかだが、それを考慮するのが私のやり方。

 

 

(リーニエはアウラに伝えてくれたみたいだね。魔族にお願い、か……ちょっと前の私なら考えられないな)

 

 

どうやらリーニエは無事に伝言をアウラに伝えてくれたらしい。本当に変な魔族だ。こっちの価値観も何もかも壊してくれる。

 

それは脱獄した後のこと。フェルンたちと合流しようとしたものの見つけられず、私よりも魔力探知に優れているリーニエでも発見できなかったため、私たちは先にフリージアに向かうこととなった。その道中

 

 

『アウラと二人きりで会いたいんだけど、お願いしてもいい?』

 

 

私はそう、リーニエにお願いした。それはずっとこの旅の中で考えていた、誰にも明かしたことのない私の考えだった。きっと今が、その時なのだろうと。それをまさか魔族に、アウラの従者にお願いすることになるなんて。本当に運命というのは面白い。

 

そんな断られて当たり前、どころか警戒されるであろうお願いをリーニエは快諾してくれる。何も疑うことなく、子供のように。思わずこっちが罪悪感を覚えてしまうほどに。

 

 

『本当にいいの? 私はフリーレンだよ』

 

 

改めて問うてしまった。自分はフリーレンだと。魔族に恐れられる、葬送の魔法使い。そんな自分をアウラと二人きりで会わせていいのかと。ヒンメルならそうしたからなのか。それとも本気で私がアウラと友達になりに来たと信じているのか。それに

 

 

『うん。だってフリーレン、嘘をついてないもん』

 

 

嘘を見通す瞳で私を映しながら、リーニエはそう告げる。それに応えることが私にはできなかった。私は嘘をついていないらしい。何に対しての嘘なのか。何の嘘なのか。私でも分からないことが、この子には分かるのだろう。

 

 

『それにきっと、アウラ様にも同じことをお願いされるから』

 

 

それはきっとアウラにも言えること。どうやらそうなることをリーニエは分かっていたらしい。まるで似た者同士だね、とでも言わんばかりの笑みと共に。なるほど。その一点においては私とアウラの思惑は一致していたのだろう。欠片も嬉しくはないが。

 

 

(きっとフェルンは怒ってるだろうね……)

 

 

今頃怒り心頭になっているであろう弟子の姿に思わず体が震える。一晩中叱られて、朝には怒りの三つ編みにされるのは避けられないだろう。

 

でもこればっかりは仕方ない。これは私とアウラの問題なのだから。それに巻き込んでしまっているのは申し訳ないが、やはり私たちだけで決着をつけなくてはいけない。上辺だけ繕っても、いずれ違う形でツケが回ってくるだろう。私はそれを嫌というほど、身を以て思い知らされたのだから。同じ間違いは犯さない。例えどんな結果になったとしても。

 

 

(八十年か……)

 

 

それだけの月日が流れた。私にとっては何でもない、僅かな時間。でもそれが他の人たちにとっては違うことをもう私は知っている。多くの人たちにとってそれは魔王が討伐されてから年月のことを指すもの。でも今の私には違う。それは最後にあいつと会ってからの時間。私の知らない時間。でも、日記によって、これまでの旅路で知ることになった時間でもあった。

 

 

────ただ静かに目を閉じ、それを思い返す。

 

 

『ヒンメルはその夢を彼女に託したのでしょう。彼女もそれを受け継いでいる。私たちやあなたと同じように』

 

『いつかあなた自身の目で確かめてきてほしいのです。ヒンメルの夢の続きがどうなっていたのかを』

 

『私もヒンメルと同じようにアウラのことを信じています。友人としてね』

 

 

それがハイターとあいつの関係だった。きっとヒンメルの次に、あいつと同じ時間を過ごしてきたハイターの言葉。最初はそれを信じられなかった。でも今は違う。そんな嘘をハイターがつかないことを、私は知っている。その答えが今、目の前にある。その夢の続きを形にした御伽の国が。

 

 

『なのでフリーレン。これを彼女に届けてあげてくれませんか。私からの最後のお願いです』

 

 

そうハイターに謀られてしまった。でもそれを無下にすることはできない。本当に最後まであいつは生臭坊主だった。

 

 

 

『アイゼンはあいつ……アウラのことをどう思ってるの?』

『今のお前なら言わなくても分かるだろう?』

『そうだね。あの生臭坊主と答えは一緒ってことでしょ』

『そういうことだ』

 

 

アイゼンもまたハイターと同じだった。まるで示し合わせたように。それに少しだけ嫉妬してしまうぐらい。まるで知らない間に、私の仲間が、友達が取られてしまったかのように。

 

 

『あいつは今、ヒンメルに囚われてしまっている。それはヒンメルが一番望んでいなかったことだ。フリーレン、お前なら分かるはずだ』

 

 

ただアイゼンは憂いていた。今のアウラの現状を。きっとアイゼンのことだ。素直に言葉にできずにいたのだろう。戦士なのは変わっていない。アイゼンが何を憂いているのか、私には分かる。分かってしまう。それはきっと、私だからこそ分かること。同族嫌悪なのだから。

 

 

『フリーレン。今度はお前がそれをあいつに伝えてやって欲しい。フリージアに行く気なんだろう?』

 

 

やっぱりアイゼンとハイターは仲が良いのだろう。示し合わせたように、同じことを私に頼んできた。言わなくても分かることを。あえて言葉にすることで。そんなことをしなくても、もう私には伝わっているのに。

 

 

 

『フリーレン様は、アウラ様を討伐されるおつもりですか……?』

 

 

心配そうに、不安げにリリーはそう尋ねてきた。日記でしか知らない、アウラと共に育った人間の女性。断頭台から天秤へと変わったアウラを知っている数少ない存在。それによって私は確信する。日記の内容が嘘ではないことを。御伽噺ではなく、本当にあったことなのだと。

 

 

『子供の頃の私にはそれが分かっていませんでした。でも大人たちは分かっていたんだと思います。この村もクヴァールに、魔族によって蹂躙されたのですから。きっとアウラ様によって犠牲になった人たちは決してアウラ様を赦しはしないだろうと』

 

『だからこそ、アウラ様はきっとフリージアを作られたんだと思います。本人はきっと認めはしないでしょうけど』

 

『私はアウラ様に生きてほしいと思っています。きっとヒンメル様もそう仰られるでしょうから』

 

『アウラ様のこと、宜しくお願いします。フリーレン様』

 

 

そう私は託された。本当にらしくない。魔族の大敵である私にそんなことを頼むなんて。それを請け負ってしまうなんて。これでは、あのお人好しの勇者のことも言えない。

 

 

 

『────アウラ、僕と友達になってほしい』

 

『────僕はね、本当に楽しかったんだ。あの時、君を手にかけないで本当に良かった』

 

 

それが私の知らない、聞いたことのないヒンメルの言葉だった。日記にだけに綴られている言葉と想い。

 

 

ヒンメルは日記の中で、生きていた。笑って、怒って、泣いて、悲しんで、また笑って。でもそこに私はいない。そこにいるのはあいつだった。それが悲しかった。辛かった。羨ましかった。悔しかった。なんでそこにいるのは私ではないのか、と。

 

でもそれがどんどん変わっていった。読み進めていくうちに、段々と。そう、それはあり得たかもしれない、私の姿だった。人の心をまだ知ろうとしていないまま、ヒンメルたちと一緒に過ごしていたらどうなっていたか。そんなもしも。だからこそ、その結末もまた決まっていた。

 

 

『…………アウラ、また会いに来てくれるかい?』

 

 

あいつも同じように、大きな過ちを犯すことが。それを責めることは私にはできない。私にだけは、決して。

 

 

『──フリーレン、実は君に紹介したい友達がいるんだ』

 

 

年老いても変わらない、いつもの眼差しでヒンメルはそう私に告げてきた。やっぱりヒンメルはヒンメルのままだったのだろう。いつも叶わない夢ばかり追い求めていた。でも、それを実現させるのだから余計に始末が悪い。だというのに、それだけは叶えられなかった。私たちを置いて、先に旅立ってしまった。そこまで忙しなくてもいいだろうに。本当に、罪な男だ。

 

 

知らず薬指にある指輪に触れる。ヒンメルが贈ってくれた、遺してくれた鏡蓮華の指輪。形見でもある。久遠の愛情。言葉にはしてくれなかった、ヒンメルの私への想い。

 

 

それを抱きながら、ふと空を見上げた。そこには綺麗な月があった。千年経っても変わらない月が。きっとこの先、ずっと変わることがないもの。それはきっとあの月か太陽ぐらいだろう。

 

 

だがそれでも時間は流れていく。人間にも、魔族にも。どんな生き物にとっても避けることができない、この世界で最も平等で、残酷で、優しいモノ。

 

 

変わらないものは存在しない。どんなに長い時間を生きることのできる生命でも。あるのはただそれを見送るものと、見送られるもの。その違いだけ。

 

 

 

月に浮かぶように、それは現れた。その絶大な魔力を放ちながら、私を見下ろしながら。逆光でその表情は見えない。

 

 

でも十分だった。その姿は何も変わっていない。八十年前と。私の容姿が千年経っても変わっていないように。違うのはただ一つ。

 

 

────その胸に輝く、銀色の親愛の花だけ。

 

 

 

「────久しぶりだね。アウラ」

「────そうね。八十年振りかしら、フリーレン」

 

 

 

あり得た未来でもあった『葬送』と『断頭台』の再会。その時と同じ言葉でありながら、全く異なる意味を込めながら。

 

 

月と太陽。鏡蓮華と親愛の花。エルフと魔族。何もかもが対照的な二人の魔法使い。

 

 

それが八十年の時を超え、『葬送』と『天秤』が再び(初めて)出会った瞬間だった────

 

 

 

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