ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第十一話 「親愛」

「どうだい、賑わっているだろう?」

 

 

まるで自分のおかげだとばかりに得意げにしているヒンメル。本当にさっきまで床に正座していた勇者と同一人物か疑わしくなる変わり身の早さだが何も言うまい。それよりも目の前に広がっている光景の方が新鮮だった。

 

見たことがないような人だかり。村総出のお祭りでも始まったような賑やかさ。それも間違いではないのかもしれない。違うのはこの半年で見たことのない人間が何人も混じっていることと見たことのない出店の数々。

 

 

「今日は年に数回ある行商人たちが村にやってくる日なんだ。せっかくだから君にも参加してほしくてね」

「そう……ならそう言えばいいじゃない」

「どうせなら驚かせたいと思っていたんだ。その様子だと上手くいったみたいだね」

「ええ、あんたの奇行には驚かされたわ」

 

 

何を勘違いしているのか、目論見が上手くいって満足げなヒンメルだがこっちはさっきの奇行の方が何倍も驚かされた。元々ない物だったが愛想が尽きるというのはこういう時に使うのだろう。いや、百年の恋も冷める、だったか。人間の書物も中々馬鹿にできない。

 

 

「そういえばシュトロは? いつの間にかいなくなってるけど」

「もう走って行ってしまったよ。子供たちにとってはちょっとしたお祭りみたいなものだろうしね」

 

 

気づけば一緒に来ていたはずのシュトロの姿がない。本当に人間の子供というのはじっとしていられないらしい。あんな様子でよく成人するまで生きていられるものだと感心する。魔族でなくとも、ちょっと目を離した隙に魔物にでも食われてしまいかねない。

 

そのまま何をするでなく、市場を回ることになる。活気とでもいうのか、いつもの村にはない空気を肌で感じる。それにあてられたわけではないが、少なからず興味は惹かれてしまう。まずは行商人。大きな声で村人たちを集めようとしている。それに惹かれるように村人たちも集まっていく。まるで蜜に集まっていく虫のようだ。そして人間たちにとっては蜜にあたるであろう品々が並べられている。珍しい果物、野菜から衣服、骨董品にいたるまで選り取り見取り。もっとも魔族の自分には価値が分からない物ばかり。物珍しさはあるが、村人たちのように騒ぐようなものはない。そう思っていたのだが

 

 

「…………」

 

 

ふとそれらに気づいて目を奪われてしまう。時間にすればほんの僅か。にもかかわらず

 

 

「何か気になる物でもあったかい?」

 

 

隣にいるヒンメルにすぐに気づかれてしまう。本当にこいつは一体どんな勘の良さをしているのか。本気で恐怖を覚えるほど。

 

 

「……何でもないわよ」

「そんなことはないだろう? どれどれ……なるほど、よし分かった! すまない店主さん。このあたりの本を見せてもらっても構わないかい?」

「いらっしゃい、構わないよ」

「ありがとう」

「ちょっと……!?」

 

 

こっちが否定してももはや後の祭り。あれよあれよという間にヒンメルは店の主に許可を得て売り出されている書物を漁り始める。行動力の化身のような存在。それが勇者だからなのか、ヒンメルだからなのか。恐らくは後者だろう。こちらの制止も完全に振り切り宝探しでもするように突っ込んでいってしまう。確かに書物に目を奪われたのは確かだが、それで何であんたが突っ込んでいくのか。そもそも見るにしても私が見なければ何の意味もない。そんなことも分からないのかと呆れながらも、数分後

 

 

「うん、こんなところかな。どうだい? 君が好きそうな本を選んでみたんだけど」

 

 

何でもないことのように、当然のようにヒンメルは私が興味があるであろう本を両手いっぱいに抱えてきたのだった。

 

 

「っ!? あんた、何でそんなことが分かるのよ……!?」

「? 当たり前だろう? 半年も一緒に暮らしてるんだから」

 

 

こっちの驚愕に何でもないことのように答えてくるヒンメル。だが明らかに普通ではない。魔導書はまだ分かる。元々ヒンメルが自分に無理やり読ませたのがきっかけだったのだから。しかしそれ以外は違う。女神の教典に関連した物に、法律、刑法に関する物。しかも売られている中には自分が読んだことがある物があるにもかかわらず、まだ読んだことがない物ばかりを選んでいる。一体どれだけ自分のことを見ているのか。魔族である自分からしてもそれが普通ではないことは分かる。

 

 

「そう……私はあんたのこと何も分からないわ」

「そんなことはないさ。でももっと知ってもらえるように頑張るとするかな」

 

 

一体何が琴線に触れたのか、自分のことが分からないと言われたにも関わらず何故かヒンメルは嬉しそうにしている。前言撤回。こいつを理解することは百年かけてもできないに違いない。そんなことを考えていると

 

 

「っ!? な、何でこんなところに魔族がいるんだ!?」

 

 

そう、どこか懐かしさを感じる人間の叫びが辺りに響き渡った――――

 

 

「本当に魔族だぞ!? 頭に角がある!」

「何でこんな人里に……!? 誰か、戦える奴はいないのか!?」

 

 

木霊する遠吠えのように、騒ぎは波及していく。商人たちは慌てながら、恐れ、離れていく。その様子をどこか他人事のように眺めている私。そう。これが当たり前。今の状況が異常なだけ。本当なら人間の前ではフードを被り、角を隠さなければならないのを怠った私のミス。それを忘れてしまうほど緩み切ってしまっていた自分。まるで自分が魔族であることを忘れてしまっていたかのように。

 

 

(――――馬鹿じゃない)

 

 

自嘲するしかない。これではヒンメルのことも言えない。人間から感じる恐怖と嫌悪の視線。何も感じることのない、魔族の日常。なのに、そのはずなのに微かに何かを感じてしまう。今まで感じたことのない感覚。これが何なのか分からない。それが何なのか、気づくよりも早くこの場を立ち去ろうとした時

 

 

「大丈夫だ、商人さん。そのアウラは人間を襲ったりしない、良い魔族なんだ」

 

 

そんな顔だけは知っている村人の声によって、私の足は止められてしまった。

 

 

「そうなのよ。ごめんなさいね、初めての人だと驚いちゃうわよね。この村に来てもう半年になるかしら」

「それに勇者様も一緒におられるから大丈夫さ。そうでしょう、勇者様?」

 

 

後に続くように村人たちはそんな風に騒ぎを収めようとしていく。私はそんな様子をただ茫然と眺めているだけ。意味が分からない。そう、正しいのは商人たち。村人たちがどうかしているだけ。その証拠に商人たちはまだ困惑している。なのに何故村人たちは自分を庇うような言動をするのか。どれだけ愚かなのか。たった半年、一緒に暮らしただけで絆されてしまっているのか。どうして

 

 

「――ああ、勇者として保証するよ。アウラはこの村の住人だってね」

 

 

そう言いながら私の頭を撫でてくるヒンメル。知らずされるがままの私。それをどこか呆気にとられた様子で見つめている商人たち。

 

 

「……頭を撫でるのを止めなさい。鬱陶しいわぁ」

「お気に召さなかったかな?」

 

 

ふと我に返り、勇者の手を振り払うも後の祭り。そのまま商人どころか村人からも、どこか生暖かい視線に晒されてしまう。さっきまでの空気も完全に消え去ってしまっていた。これを狙っていたのだとしたらとんだ策士だが、そうではないだろう。きっと無意識だったに違いない。そのぐらいは私にも分かる。

 

 

「悪かったよ。お詫びにこの本をプレゼントするから」

「あら、大丈夫なの? そんなにお金を浪費して。無理しなくてもいいのよ?」

「大丈夫さ。これでも勇者だからね。無職でも王様からもらった報奨金がたくさんあるのさ」

「あんた……根に持ってるわね」

 

 

とうとう開き直ったのか。無職であることを誇示しながら報奨金自慢を始めるヒンメルに呆れるしかない。もう市場は元の空気に戻ってしまっている。これがヒンメルが勇者である所以なのだろう。魔族の頂点であった魔王様とは違う、人間の頂点である勇者の在り方。もっとも今更それでヒンメルを見る目が変わるわけではないのだが。

 

それからはまさに嵐のような時間だった。珍しい食材巡りに付き合わされ、新しい服がいるだろうということで何故かコルセットドレスのような洋装を買ったり、剣技を見せてほしいという子供たちの要望に応えているヒンメルに巻き込まれて何故か新しく覚えた民間魔法を披露する羽目になったり。

 

 

「楽しかったな。たまにはこういうのも悪くない」

「そう……こっちはいい迷惑だったわ」

 

 

十分満喫できたからか、ヒンメルは上機嫌。対してこっちは疲労困憊。年数回しかないというのが救いかもしれない。こんなものが頻回にあればこっちの身が保たない。早く帰って休もうと考えているとヒンメルが唐突に足を止めてしまう。もう一通り見て回ったはずだがまだ何かあったのだろうか。

 

 

「……今度はなによ」

 

 

その視線の先には小さな出店があった。見ればそこには人間たちが身に着けているアクセサリ、装飾品が並べられている。なるほど、この村ではあまり目にかからない品物ではある。だが致命的に自分たちには縁のない代物だろう。なのに

 

 

「…………」

 

 

勇者はどこか真剣な表情でそれを見つめている。さっきまでの雰囲気ではない。考え事をしているのか、こっちに全く気付いていない。一体どうしたというのか。

 

 

「……? どうかしたの?」

「いや……うん、そうだな。アウラ、今日は僕に付き合ってもらったからね。一つプレゼントするよ」

「はぁ……? 何でそんなこと……もう本を買ってもらったし私は別に」

「いいからいいから。僕が贈りたいんだ。ちょっと選んでくるからここで待っててくれ!」

 

 

こっちの返事もなんのその。ヒンメルはそのまま風のように装飾店へと走って行ってしまう。一体何なのか。はっきり言って自分は装飾品には興味がない。魔術的に価値があるならともかく、あの店にあるのはただの装飾品。魔族の琴線に触れるものではない。個人的に興味があった書物はもう手に入れた。なので別にいらないのだが今更止めることもできず仕方なく言われるがまま待つことにする。

 

だが長かった。ひたすらに長かった。今日一日で一番長かった気がするほど待たされる。見れば百面相のように表情をころころ変えながら装飾品とにらめっこしているヒンメルの姿。それに困惑している店主。あれでは営業妨害と言われてもおかしくないだろう。そんなこんなで所在なさげにしていると

 

 

「――アウラ」

 

 

そんな自分の頭から、何かが掛けられる。それはネックレス、アクセサリだった。銀色の、花の意匠が添えられた何の変哲もない装飾品。

 

 

「うん、やっぱりよく似合っているね」

「そう、良かったわね」

 

 

そんな物を身に着けた私を見つめながら、ヒンメルは嬉しそうに笑みを浮かべている。子供のような、屈託のない笑顔。それを前にして待たされた文句をつい言い損ねてしまう。まあ、たまにはいいだろう。媚びるつもりは毛頭ないが、こんなことで機嫌を取れるなら安い物だ。そう考えていると

 

 

「勇者様、少しよろしいですか? 行商人の方々がぜひ挨拶をと……」

「そうか、分かった。アウラ悪いけど先に帰っていてくれ。少し長くなるかもしれないから」

「……ええ、分かったわ」

 

 

さっきまでの雰囲気はどこに行ったのか。すぐさま勇者の空気を纏いながらヒンメルは行商人たちの方へ向かっていく。きっと人間でいう外交に近いやり取りがあるのだろう。面倒なことこの上ない。自分にはかかわりのないことだが、その一点ではヒンメルに同情してやってもいいかもしれない。

 

そして一人残される自分。本当に嵐のような時間だった。言われた通り後は家路につくだけ。ただ何とはなしに胸元に輝いているアクセサリを手に取る。やはり何の変哲もない、ただの金属の塊でしかない。ヒンメルは何をそんなに選ぶのに手間取っていたのか。

 

 

「あ、お姉ちゃん! お姉ちゃんも来てたんだ……」

 

 

そんな中、不意に声が掛けられる。だがそれはシュトロではない。シュトロ同様、よく遊びにやってくる女の子供。

 

 

「リリーじゃない。あんたこそ何してるの?」

「お母さんと一緒に買い物に来てて……勇者様は一緒じゃないの?」

「ヒンメルなら商人の連中とどこかに行ったわ。しばらくは帰ってこないでしょうね」

 

 

そうなんだ、とどこか遠慮がちのリリー。女だからなのか、元々の性格か。同じ子供でもリリーはシュトロとは全く違う。もっともどっちにしろ自分の時間を奪っていく存在であることは変わらないのだが。

 

 

「……お姉ちゃん、それどうしたの?」

「ああ、これ? 何か変かしら?」

「ううん、とっても似合ってる。綺麗な花のアクセサリだもん」

「花、ね……花なんてどれでも同じじゃない」

 

 

何故か目を輝かせているリリーを見ながらもそう口にする。そう、花なんてどれも同じで見分けなんてつくはずがない。下手をしたら人間よりも難しいかもしれない。せいぜい分かるのは色の違いぐらいだろうか。もっとも銀色の金属であるアクセサリでは色ですら判別できないが。しかし

 

 

「同じじゃないよ! 花には色んな違いがあるの! 花言葉っていうのもあって、誰かに贈る時にはその花の種類で色んな意味があるんだから!」

「そう……相変わらず花には詳しいのね」

 

 

さっきまでの遠慮はどこに行ったのか。リリーは花について熱弁してくる。思わずこっちがのけ反ってしまうほど。そういえばこの子は花が好きだった。花畑の魔法を見せてと懇願してくるほど。だが気になることもあった。

 

 

「なら……この花は何の花なわけ?」

「え? えっと、花はきっとフリージアだと思う。でも……ご、ごめんなさい。花言葉まではちょっと分からないかも……」

「そう。フリージアね……」

「あ、でも村長さんに聞けば分かるかも。村長さん、色んな本を持っててあたしも花の本を借りたことがあるから」

「ふぅん……」

 

 

どこか申し訳なさげにしているリリーだが収穫はあった。どうやらこの花はフリージアと言うらしい。もっとも、あのヒンメルがそこまで考えてこれを贈っているとは考えづらいと思ったが、同時に思い出す。それはヒンメルもまた花好きだったということ。リリーではないが、花畑の魔法が一番好きな魔法だと豪語していたぐらいだ。花言葉とやらを知っていても不思議ではない。そう考えればあんなに店で悩んでいたのにも説明がつく。きっと自分が知らないのをいいことにいつものようにからかおうとしているのだろう。

 

 

 

「お邪魔するわよ、村長」

 

 

何度か玄関の扉をノックした後、家にお邪魔する。リリーとはあの後別れ、そのままここ村長宅までやってきた。どうせヒンメルはすぐには帰ってこない。なら先に調べて逆に驚かせてやろう。

 

 

「おや、貴方でしたかアウラ。てっきり市場に行っているとばかり思っていましたが」

「その帰りよ。ちょっと聞きたいことがあって来たの」

「聞きたいこと……?」

 

 

しばらくしてよろよろと村長が出てくる。自分にとっては見慣れた光景。自宅を除けば一番この村で過ごしている場所がこの村長の家なのだから。主に一人の時間を過ごすために。本を読み、借りることもできて一石二鳥、三鳥ともいえる。それはともかく今日の用事は別だ。

 

 

「ええ、この花の花言葉ってやつを教えてほしいの。フリージアって花らしいんだけど」

 

 

胸にかけられたアクセサリを見せながらそう問いかける。見かけは老いぼれてはいるが、目の前の人間が博識であることは私も理解している。リリーの見立ても間違っていないはず。

 

 

「ふむ……そのアクセサリは市場で買ったものですかな?」

「そうよ。ヒンメルが私にくれたの。それがどうかしたの?」

「なるほど、そうですか……」

「……?」

 

 

しかし、村長はそのまま黙り込んでしまう。一体何を考えこんでいるのか。やはり老化が進んでしまっているのか。

 

 

「……申し訳ない。花言葉までは分かりませんな。ですが、本を見れば分かるはずです。確か書斎の奥の棚に植物図鑑があったはず……自分で調べてもらってよいですか?」

「私が?」

「ええ、この後、私も用事があるので。いつものように書斎は自由に使ってもらって結構ですので。それでは」

 

 

こっちが制止する間もなく、村長は家を出て行ってしまう。あとには自分だけが残される。入り浸っておいて何だが、不用心すぎるのではと思ってしまう。だがどこか変だった。いつもなら一緒に探し物などには付き合ってくれるのにどういうことなのか。よほど急ぎの用だったのか。少し気にはなったがそのまま書斎へと向かう。さっさとしなければヒンメルが帰ってきてしまう。

 

 

「これね……」

 

 

それは村長の言う通りの棚にあった。植物図鑑。その名の通り花だけではなく、様々な植物の情報が載っている。これならフリージアの名前が載っていない、ということはないだろう。その予想通り、苦も無くその項目を見つけ出すことができた。だが

 

 

「フリージア……アヤメ科の球根植物……花言葉は」

 

 

その先を目にした瞬間、思わず目を見開いてしまう。ただただ呆れるしかない。思い出すのは半年前。あろうことか魔族である自分を見逃したヒンメルが口走っていた世迷言。

 

 

「…………馬鹿じゃないの」

 

 

それをどうやらあの人間はあきらめていないらしい。人間の子供ですら信じないであろう夢物語。それが叶うことを本気で信じているのだろう。それを花言葉を知らない自分に贈ってくるなんて本当に癪に障る奴。

 

 

静かに本を閉じ、本棚の一番奥に仕舞い込む。もしこれを持って帰りでもしたらどれだけからかわれるか分かったものではない。

 

 

アウラはそのまま家路につく。何もなかったかのように。だがその胸には確かに銀の親愛の花(フリージア)が輝いていた――――

 

 




作者です。第十一話を投稿させて頂きました、
この話は原作の鏡蓮華というエピソードのオマージュになっています。作者が特に好きなエピソードなのでSSとの違いを探してもらえれば嬉しいです。次話は現在のアウラ視点になる予定なので楽しみにしていて下さい。
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