ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第百十二話 「フリーレン」

「じゃあシュタルク様は、フリーレン様から話を聞いていたんですか?」

「ああ、アウラと二人きりで会いたいってな」

 

 

大聖堂にある庭園。そこで改めてシュタルク様から事情を聞かされる。いや聞き出す。もうこの場にはアウラ様はいない。先程出て行ってしまわれた。フリーレン様の挑発によって。シュトロ様もそれに続くように。残されたのは私たち二人とリーニエ様だけ。本当なら私もお二人の元に向かいたいが、それは叶わない。いわば今の私たちは籠の中の鳥なのだから。

 

 

「どうしてそんな……あのお二人だけで会ったらどうなるか……」

 

 

どうしてこんなことになってしまったのか。あれだけ二人だけでは会わないように言い聞かせていたのに。それを破るなんて。そんなことをしたらどうなるかなんて、フリーレン様が誰よりも分かっているはずなのに。

 

だからこそなのだろう。フリーレン様は自分の鞄をシュタルク様に預けていた。それを失くしてしまう、傷つけてしまうかもしれないからこそ。その中にある日記がその理由なのだろう。それはつまり、すぐにその日記をアウラ様に渡す気がないことを意味している。

 

なのに、どうしてシュタルク様はそれを承諾してしまったのか。いくら臆病者だとしてもほどがある。そう暗に訴えるも

 

 

「だって姉ちゃんが……」

 

 

罰が悪そうにもじもじしながら、シュタルク様はそんな言い訳を口にしている。傍から見れば情けないことこの上ない。戦士の風上にも置けない有様。そんな私の圧に耐えかねたのか。シュタルク様は助けを求めるように視線を向けている。そこには

 

 

「うん。私もフリーレンに頼まれたの。約束はちゃんと守らないとね」

 

 

まるで弟に頼られた姉のように、弟を振り回す姉のように振舞っているリーニエ様の姿があった。どこか自信満々に。その言葉が本当なら、フリーレン様はリーニエ様にもそれをお願いしていたのだろう。とても信じられない。伝聞で知っているとはいえ、あのフリーレン様が魔族であるリーニエ様を頼るなんて。一体何があったのか。それも気になるが今は

 

 

「リーニエ様は心配ではないんですか? お二人が争ってしまったら……」

 

 

フリーレン様とアウラ様。お二人の安否が心配だ。お二人の関係は一言では言い表せないほど複雑だ。出会った瞬間、争い初めても何もおかしくない。取っ組み合いなんて可愛いものでは済まないに違いない。大魔法使いと大魔族。最悪、ここフリージアが戦乱に巻き込まれてしまいかねない。だというのに

 

 

「大丈夫だよ。フリーレンは嘘ついてなかったし。それに喧嘩くらい友達になるんなら当たり前でしょ?」

 

 

まるでそれが当たり前のように、この場には似つかわしくない言葉をリーニエ様は告げられた。

 

 

「友達……? あのお二人がですか?」

 

 

友達という、考え得る限り、天地がひっくり返ってもあり得ないような言葉を。それに比べたら喧嘩なんて言葉は可愛いものだろう。どうしてそんなことになるのか。

 

 

「やっぱフェルンには分からねえかな。男同士なら喧嘩の後に仲直りするのは当たり前じゃねえか」

 

 

リーニエ様が味方になったからか。さっきまで狼狽していたとは思えないような変わり身で得意げにシュタルク様はそんな理解できないことを仰ってくる。意味が分からない。この方は頭まで筋肉でできているのではないか。

 

 

「私もお二人も女です。そんな野蛮なことはしません」

「私も女だよ?」

「留置場を襲撃しようとしてた女がよく言うぜ」

「何か言いましたか?」

「何でもありません」

 

 

理解できない男の理屈を押し付けられても困るだけ。そもそも私たちは女だというのに。本当に男の人というのは野蛮なのだろう。それに何やら言いたげにしているが黙らせる。加えて

 

 

「そこまで言うならシュタルク様もアイゼン様と仲直りしてきてください」

「……ごめん」

「フェルンはアイゼンじゃないよ、シュタルク」

 

 

その理屈が正しいというのなら、自分がそれを実践すればいい。喧嘩別れをして、家出しているシュタルク様が言っても何の説得力もない。その事実にようやく気付いたのか、叱られた犬のようにシュタルク様は意気消沈してしまう。それに無慈悲に追い打ちをかけているリーニエ様。シュタルク様がここに来たがらなかったのはそれが理由なのだろう。

 

 

「ですがアウラ様はともかく、フリーレン様は血の気が多いのでどうなるか……」

 

 

その与太話を信じるわけではないが、もはや争いは避けられないだろう。アウラ様ならともかく、フリーレン様が我慢できるとは思えない。その振る舞いや見た目とは違って、あの方は血の気が多いのだから。そういう意味では葬送の二つ名はまさに言い得て妙なのかもしれない。そう心配するも

 

 

「確かにな。師匠もフリーレンとヒンメルは血の気が多くて大変だったって言ってたぜ」

「え? ヒンメルはフリーレンとアイゼンがそうだって言ってたよ?」

「え?」

「え?」

 

 

シュタルク様とリーニエ様の間では見解が異なるらしい。揃って顔を見合わせている。いや、フリーレン様が血の気が多いことは共通認識のようだが。なら嘘をついているのはどっちなのか。この場合はヒンメル様とアイゼン様か。どちらにせよ、状況は全く変わらないのは間違いない。

 

 

「まあいっか。じゃあ私は行くね。二人はここで大人しくしてること」

 

 

それはリーニエ様も同じなのか。まるで散歩に行くような気軽さでリーニエ様はその場を後にしようとされてしまう。

 

 

「リーニエ様はどこに行かれるのですか?」

「二人の所だよ? 邪魔が入らないようにって命令されたからね」

 

 

思わずそれを引き留めてしまう。一瞬、また先程のように剣を向けられてしまうのではないかと戸惑いながら。でもリーニエ様はいつものようにそう正直に教えて下さる。二人の元へ行くのだと。フリーレン様とアウラ様。お二人から頼まれたお願いを、約束を守るために。それに

 

 

「リーニエ様……私も一緒に連れて行ってくださりませんか?」

 

 

一度大きく息をした後、そうお願いする。無理は承知の上で。でも決して顔は俯かずに。真っすぐにリーニエ様を見つめながら。

 

 

「どうして? 邪魔するならフェルンでも駄目だよ?」

 

 

その眼を見開きながら、魔族としての貌を見せながらリーニエ様は問うてくる。それはまるで神官そのものだった。きっとそれがフリージアにおけるリーニエ様の役割なのだろう。その真偽を問う、見抜くような瞳。

 

 

「もう邪魔はしません。ただ見守りたいだけなんです」

 

 

それを前にして、一切嘘偽りなく答える。私がそうしたい理由。それを止めることはもう私にはできない。そんな力は今の私にはない。そもそもこれはお二人の問題。私が口出しするべきではないことなのは分かっている。それでも、私は見守らなければいけない。見届けなくてはいけない。ここにはもういない、ハイター様。アイゼン様。そしてヒンメル様の代わりに。私はその想いを託された、今のフリーレン様の仲間なのだから。

 

 

「…………」

 

 

そんな私の姿を、リーニエ様は無言のまま見つめ続ける。ただ私はそれを待ち続けるしかない。その審判を。それが一体いつまで続いたのか。

 

 

「……うん。嘘じゃないね。じゃあ一緒に行こうか。その代わり私から離れないこと。いい?」

「! はい。ありがとうございます」

 

 

まるでそれまでの空気が嘘のように、リーニエ様はそう許して下さる。私の知っている、姉のような顔で。嘘をつかないこと。それがきっと、この方にとって大切なことなのだろう。魔族とは対極に位置する、例外の二つ名のように。

 

 

「あの……姉ちゃん、俺は……?」

 

 

完全に置いてけぼりになってしまっているシュタルク様は、おずおずとそうリーニエ様にお伺いを立てている。そういえばいたのをすっかり忘れてしまっていた。気配を全く感じなかった。魔力を消していたわけでもないだろうに。お姉さんの前では弟というのはこうなってしまうのだろうか。いや、きっとシュタルク様だからだろう。

 

 

「一緒に来なさい。当たり前でしょ? フェルンを守らないと。戦士でしょ?」

「……はい」

情けないなこいつ

「今情けないって言った!?」

 

 

思わず漏れてしまった本音にシュタルク様が騒いでいるが無視することにする。本当のことを言っただけなのだから。もっとしっかりしてくれないと困る。シュタルク様は私たちのパーティの前衛なのだから。

 

 

(フリーレン様……アウラ様……どうかご無事で)

 

 

急いでその場に向かいながら、ただ願う。師と恩人。私にとってはどちらも大切な人たちが、どうか無事でいますようにと────

 

 

 

 

「ハァッ……ハァッ……!!」

 

 

何とか息を整えようとするも、息切れをしてしまう。それを取り繕うこともできない。それほどまでに体力も、魔力も消費してしまっている。とりわけ酷いのが精神力の方だろう。自分でも分かる。今の自分がかつてないほどに消耗してしまっているのが。そう。これは消耗戦だった。そうなることは分かっていた。なのに、それに押しつぶされそうになってしまっている。

 

周囲の惨状がそれを何よりも物語っていた。大地は崩壊し、まるで雨のように黒い魔力の塵が舞っている。不死の軍勢の、魔物の成れの果て。それはまさに八十年前の人類と魔王軍との戦争の再現だった。違うのは今、不死の軍勢という軍を率いているのは私だということ。そして

 

 

「……辛そうだね、アウラ。そろそろ命乞いでもしてみる?」

 

 

それに対抗しているのはたった一人のエルフの魔法使いだということ。葬送のフリーレンは息一つ切らさず、平然としたままこちらを見据えている。その視線に思わず息を飲む。分かっていた。こいつが魔族の大敵であることを。歴史上もっとも多くの魔族を葬り去った魔法使いだということを。だが本当の意味で、私はそれを理解していなかったのだ。

 

その姿は満身創痍。先の攻防で負っていた深手はさらに悪化し、体力も消耗しているはず。なのに、全くその素振りを見せない。どころか魔法の精度もほとんど落ちていない。むしろ鋭くなっているのではないかと思うほど。

 

もう不死の軍勢はほとんど残っていない。そのほとんどがあの解除魔法によって無力化されてしまった。魔力の消費など度外視するような乱発によって。しかも解放した魔物のほとんどを狩り尽くす徹底ぶり。私が再び服従させるリスクをなくすためなのだろう。こちらが空恐ろしくなるほどに、容赦がない。

 

 

(こいつは本当に化け物……いや、怪物なのね)

 

 

流れ落ちてくる汗を拭いながら戦慄する。目の前のフリーレンという怪物に。もう私を守っていた盾の魔物たちも掃討されてしまった。防御魔法で何とか凌いでいるが、もう限界だろう。その攻撃を防ぎきれなくなってきた。後少しずれていれば致命傷になるような攻撃が増えてきた。私の魔法の精度も落ちてきているのだろう。魔力も二割まで削られてしまった。あり得ないような醜態だ。フリーレンという一つの駒によって私は持ち駒のほとんどを失ってしまった。あまりにも理不尽な存在。この三十年で集めた不死の軍勢を。本当ならとっくに撤退しなければならない損害。

 

 

「命乞い……? 冗談でしょ? それをするのはあんたの方よ、フリーレン。もう分かってるでしょうに」

 

 

そう。魔族なら本当なら命乞いをするべき場面だろう。

 

『ごめんなさい』『改心します』『死にたくない』

 

何一つ本音を含まない、欺くための言葉。それによって相手の隙を突くために。だがそんなものはこいつには通用しない。そんな慈悲はこいつにはない。そんなことをするぐらいなら、死んだ方がマシだ。

 

 

それでも、私はその全てを犠牲にして、ようやく辿り着いたのだ。

 

 

「私の魔力はあんたを上回った……もうあんたに勝ち目はないわ」

 

 

この戦いの勝利条件を、私は満たすことができたのだから。

 

 

その瞳で確かに見る。私の魔力が、あいつの魔力を上回っていることを。それを見間違えることなど、読み違えることなどあり得ない。この私が。私にとってそれはまさに命を秤にかける行為なのだから。

 

 

「命乞いしても無駄よ。今まで散々魔族の命乞いを無視して葬ってきたあんただもの」

「そうだね。魔族の命乞いは聞き飽きた。勝利を確信した魔族の言葉もね」

 

 

内心の興奮を、高揚感を抑えきれないままそう言い返すも、全くこいつには堪えていない。どころか冷徹に返されてしまう。これ以上にない侮辱と共に。あり得ない。本当にこいつは人類なのか。魔族よりも魔族らしいのではないか。本当ならこいつの方が命乞いをしなければいけない状況のはずだろうに。だとすればやはり

 

 

「言ってくれるじゃない。やっぱりまだ魔力を制限してたってこと?」

 

 

まだこいつは何か企んでいる。欺いているに違いない。それがこいつの戦い方。魔族よりも遥かに嘘つきなのだから。

 

 

「どうかな。そう思うなら服従の魔法(アゼリューゼ)を使ってみればいい。そんな度胸があればだけど」

「……っ!」

 

 

それを指摘されたにもかかわらず、フリーレンは眉一つ動かさず、静かにそう答えるだけ。その言葉に思わず反応してしまいそうになるのを必死に抑える。

 

騙されるな。これは罠だ。私に服従の魔法を使わせないための。躊躇わせるための。葬送の魔法使いの手口。本当に手慣れている。こうなるまでに一体どれだけの魔族を葬って来たのか。

 

 

「あんたこそ、私の魔力を信じていいの? あんたみたいに騙してるかもしれないのに」

「あり得ないね。魔族(お前)たちは魔力を包み隠さないし、隠せない。例外はあの子だけだ。仮にできたとしても、八十年程度じゃ揺らぎは消せない。それは私が誰よりも知っていることだ」

 

 

お返しとばかりそう揺さぶりをかけるも、全く通用しない。思わず舌打ちするしかない。それも当然だ。こいつは私たちよりも、遥かに魔族(わたし)たちのことを理解しているのだから。伊達に歳は取っていないということだろう。だが気に食わない。

 

 

「全てお見通しってわけ……女神にでもなったつもり?」

 

 

何よりもその眼が。全てを見通しているとでも言わんばかりの、感情を感じさせない冷たい瞳。私を見下すかのような、侮蔑の視線。本当に癪に障る。まるで自分が女神か何かだと勘違いしているのではないか。

 

 

「私はお前ほど悪趣味じゃない。そろそろ終わりにしよう、アウラ。ごっこ遊びはもうたくさんだ」

 

 

それはまさに最終通告だった。それほどの悪意が込められた言葉。それが今の私には分かる。分かってしまう。その意味を。それが、今までの私を全て否定する言葉であることを。

 

 

「────そう。ならお望み通り、この遊びを終わりにしてあげるわ!」

 

 

それに応える。天秤をかざすことで。もはや言葉は必要ない。そんなものは目の前のこいつには通じない。意味がない。人間が魔族に会話をするよりも。

 

それに呼応するように、残った全ての不死の軍勢が襲い掛かっていく。それが私とこいつ、下らないごっこの遊びの最後の攻防の合図だった────

 

 

 

(条件は整った。これからが正念場だね)

 

 

息を大きく吸い込み、杖を構える。同時に全身に痛みと疲労感が襲い掛かってくるも耐え忍ぶ。今までもそうしてきたように。それが私の戦い方。

 

これが最後の攻防。アウラもそれが分かっているのだろう。その証拠に、これまで決して前に出てこなかったアウラも不死の軍勢と共に前進してきている。ただアウラを、いやその手にある天秤を見据える。この戦いが始まってから一瞬も目を離すことが許されない物。そのせいでどれだけの精神を削られたか。

 

 

服従の魔法(アゼリューゼ)か……本当にとんでもない魔法だね)

 

 

人知も理も超える、大魔族の中でも七崩賢の称号を持つ者しか持ち得ない魔法。その魔法は全て呪いに近い。その原理を利用して解除できたとしてもその脅威度は何も変わらない。現に私は服従の魔法(アゼリューゼ)をかけられた者を解放できても、私自身にそれは適応できない。マハトの万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)の時のように片腕だけでも実際に魔法を受けていれば話は別だが、服従の魔法(アゼリューゼ)は受けた時点で終わりだ。

 

故にその対処法は至ってシンプルだ。一つはアウラの魔力を上回ること。これが一番単純だ。だがそれ故に困難でもある。その証拠にこの五百年、アウラは敵なしだった。大魔族であるアウラの魔力を超える存在など数えるほどしかいないのだから。いたとしても、不死の軍勢で魔力を削られてしまう。今の私のように。

 

二つ目は逃げること。今の私にとっての最適解だ。魔力を削られ、満身創痍の状態で戦う必要なんてない。逃げて身を隠し、再び挑めばいい。不死の軍勢もほぼ無力化できた。再びそれを再編するのは時間がかかる。ならその隙を狙えばいい。だがその選択肢を私は選べない。いや選ぶことはできない。この戦いだけは。なら残されたのは三つ目。

 

服従の魔法(アゼリューゼ)を発動させないこと。

 

奇しくもそれは八十年前と同じ攻略法。ヒンメルたちと共に初めてアウラと戦った時。あの時も、ヒンメルに気を取られていたアウラの隙を突いて、私は魔法でその天秤を打ち払った。服従の魔法(アゼリューゼ)は強力な魔法だが、万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)などとは違って発動条件が二つある。一つは相手と自分の魂を天秤に載せること。なら、その魂を載せる前に天秤を破壊すればいい。二つ目は

 

 

(どちらの魔法が先に届くか……早撃ち勝負だね)

 

 

その発動範囲。間合いにある。ある程度の距離に近づかなければ服従の魔法(アゼリューゼ)は発動できない。それはかつての戦いからも明らかだ。過去の戦いと今回の戦いでのアウラの動きから、おおよそは目算はついた。その証拠に、アウラ自らが間合いを詰めようとしている。それを見誤るわけにはいかない。アウラが服従の魔法(アゼリューゼ)を発動するよりも早く、その天秤を打ち抜く。どちらが早いか。単純な速さ勝負。

 

それを邪魔するように、残された不死の軍勢が私に襲い掛かってくる。全方位から、時間差をつけながら。私の魔法を妨害するために。服従の魔法(アゼリューゼ)の発動を邪魔させないために。これがアウラの魔法の強みだ。数の暴力。だがそれは既に分かっていたこと。

 

 

(────ここだ)

 

 

タイミングを見計らって、再び解放の魔法を解き放つ。それはアウラも分かっていただろう。これまでの攻防で数えきれないほど放ってきたのだから。だが今回のそれは大きく異なる。それは効果範囲だった。私の周囲、広範囲に解放の魔法が広がっていく。地上も空も例外はない。籠められた魔力の量の多寡の違い。今まではそれを一定に抑えてきた。この瞬間に備えて。欺くために。

 

もう一つが、この魔法にアウラを巻き込まないようにするために。最初からこの魔法をアウラに使っていればその時点で勝負はついていた。その瞬間、不死の軍勢を無力化できるのだから。だがもし解放の魔法にアウラを巻き込めば、フリージアにいる服従させられている魔族が解放されてしまうことになりかねない。いや、それは人間も同じか。そうなれば国そのものが滅んでしまいかねない。そうなれば実質私の負けだ。結果論なのだろうが、本当によくできている。アウラは常に国を人質にしているようなものなのだ。もしアウラが命を落とせば、その瞬間人類側は甚大な被害を被ってしまう。負けたに等しい被害を。

 

だからこそこれは私にとっても最終手段だった。追い詰められたが故の苦肉の策。細心の注意を、針の穴を通すような魔力のコントロールで、その効果範囲からアウラを除外する。生きた心地がしない、呼吸を忘れるほどの集中。

 

 

(何とか上手くいったか)

 

 

それによって、何とか難関を突破する。その魔法によって、残された不死の軍勢は全て無力化された。だが喜ぶのはまだ早い。勝負はこれからだ。これで正真正銘、自分とアウラの一騎打ち。邪魔する物はもうない。私は杖を、アウラは天秤を構える。分は私にある。アウラは大魔族だが、純粋な魔法使いとしては私の方が上回っている。先の攻防でそれは証明されている。負傷や疲労は私の方が大きいが、それでも戦力差は覆らない。だというのに。私は見逃さなかった。この追いつめられている状況で、アウラがわずかに口元を釣り上げたのを。

 

その刹那、アウラが後ろ手から何かを取り出す。私にとっての死角。何かをずっと隠し持っていたのか。この状況で一体何を。

 

 

(あれは……瓶……?)

 

 

それは瓶だった。人形のような物が入っている瓶。数は五つほど。それが何なのか思考するよりも早く

 

 

「言ったはずよね? 使える物は何でも使うって」

 

 

アウラは無造作にその瓶を地面に叩きつけて割った。

 

 

瞬間、煙と共にそれは現れた。それはゴーレムだった。人型の物が四体とまるで巨躯の戦士のような容姿をした物が一体。間違いない。魔道具だ。しかもただのゴーレムではない。一目で察する。それが恐ろしく高性能な代物だということが。瞬間、反応が遅れる。魔力探知もできなかった。アウラの戦力が不死の軍勢だけだと思っていた自分の油断。そう、他ならぬアウラ自身が言っていたこと。人類の魔法でも、使えるなら何でも使う。まさか、魔道具すら扱うとは。完全に私の想像を超える発想。

 

その隙を逃すまいと、人型のゴーレムたちが凄まじい速さで私へと迫ってくる。目にも止まらない速さで。私を制圧するために。ゴーレムには解放の魔法は通用しない。それぞれが独立し、使用者の命令に沿った動きをするだけの人形なのだから。一体一体を破壊するしかない。その性能は恐らくは並の魔法使いではない。どうしても一手、対処が遅れてしまう。何よりもそれらとは比較にならない巨大なゴーレムが一番の脅威だった。何故ならそのゴーレムはまるでアウラを守るように陣取ったのだから。その手には大きな盾がある。今のアウラにとって最も必要な護衛であり、私にとっては絶望を意味するに等しい障害。

 

 

「────服従の魔法(アゼリューゼ)

 

 

同時に、私にとっての死の宣告が告げられる。瞬間、私の魂が見えない力によって鷲掴みにされる。初めて自分の魂を目にする。今の人類の魔法技術では観測できない魂を。私にとっては死神に魂を取られようとしているに等しい事態。

 

 

(まだだ……まだ終わりじゃない……!)

 

 

それに追い縋るように、瞬時に杖に魔力を込める。普通の物ではない。高圧縮の、私が使える最大威力の魔法を放つために。それをさせんと向かってくるゴーレムに、無造作に片手を振るう。瞬間、ゴーレムたちはまるで見えない力に晒されたかのように吹き飛んでいく。それはただ無造作に、高密度の魔力をぶつけただけ。魔法とは呼べない、原始的な攻撃。もはや魔法を使う余裕すら今の私にはない。ただこの魔法に集中しなければ次はない。

 

 

「────魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)

 

 

その忌むべき名と共に、黒い魔力を解き放つ。人間ではなく、魔族を殺すために改良した私の魔法。高圧縮した、私が持ち得る最高の速射性を誇る一撃。狙いはアウラ。それを防御させ、服従の魔法(アゼリューゼ)を中断させるために。まだ私の魂は天秤に載せられていない。それは間に合っていただろう。アウラの前に、その守り手がいなければ。

 

盾のゴーレムはそのまま私の魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)を受け止める。驚くべきはその盾だった。それを構えた瞬間、そこには防御魔法が展開される。まるで熟練の魔法使いのそれのように。ただの魔道具では、いやゴーレムではあり得ない挙動。

 

────フリーレンは知らなかった。それを造り出したのが、人間の魔法使いの最高峰。最初の一級魔法使いであることを。そのゴーレムが、彼が亡くなってもなお、師を守る役目を与えられた試作品(プロトタイプ)だったことを。

 

その守り手が主を守る。例えそれが仮初の主であったとしても。既に黒い砲撃によって防御魔法は突破され、体が崩壊し土に還っていく。それでも決して倒れることはない。まるで(キング)を守る城塞(ルーク)のように。

 

凄まじい衝撃によって辺りが粉塵に包まれるも、それが徐々に晴れていく。目を細めながらその光景を目にする。原型を残していない、ゴーレムであった物。そして

 

 

それを前にして、その天秤に、私と自らの魂を載せているアウラの姿。

 

 

「────」

 

 

そのまま、互いに向かい合ったまま。まるで鏡合わせのように見つめ合う。時間が止まってしまったかのように。それがいつまで続いたのか。

 

 

「……ふ、ふふ。あは、あははははは!!」

 

 

堰を切ったかのように、今まで我慢していたかのように、耳障りな高笑いが辺りに響き渡る。もし戦いの場でなかったのなら、両手で両耳を塞いでいたに違いない。

 

 

「嬉しそうだね、アウラ。勝利を確信しているの?」

「今に分かるわ。私の勝ちよ、フリーレン」

 

 

そう煽るも、アウラには全く通じていない。いや、聞こえていないのか。その顔は歓喜に染まっている。獲物を前にした猛獣のように。いや、勝利を確信した魔族のように。やはりこいつもそれには抗えなかったらしい。その精神性が異端であったとしても、やはり魔族の性には逆らえない。だからこそ、こいつは気づけなかったのだ。

 

 

「私の魂を天秤に載せたな、アウラ」

 

 

私の勝利条件もまた、服従の魔法(アゼリューゼ)を使わせることだったことを。

 

 

「お前の言う通り、私は魔力を制限していた。お前は見誤ったんだ。アウラ」

 

 

それを明かす。まるで手品の種を明かすように。詐欺師のように。違うのは、こいつもまたそれに気づいていたということ。

 

 

「……そんなことはあり得ないわ。私はあんたが最初から魔力を隠していることは分かっていた。それも計算に入れたもの」

 

 

それにアウラは反論する。それを見抜いていたのだと。最初から私が全力の魔力を晒していないのだと。だからこそそれを計算に入れていたのだと。慎重で臆病な、こいつらしい狡猾さで。こちらの思惑通りに。

 

 

「そこまで見抜いていたのか。流石だね。やっぱりこのやり方は正解だったみたいだ」

「……どういうこと?」

 

 

やはりこのやり方で正解だった。そう、分かっていた。こいつが私の魔力の偽装を知っていると分かった時から。こいつなら、そう考えるだろうと。疑ってくるだろうと。騙されまいと。

 

なのに、天秤が震えていた。載せられた私たちの魂の、魔力の重さによるものではない。その手の震えによって。その表情にも僅かな不安が見える。あり得ないと思っているのに、その可能性を捨てきれない、そんな恐れ。

 

騙されているかもしれないと分かっていても、自分の魔法に頼るしかない。己の魔法に対する絶対の自信、執着。人類の魔法を、道具を使ったとしても、それは変わらない。魔族を超えているかもしれないこいつでさえ、それには抗えない。本当に哀れだ。

 

いや、本当に哀れなのは、愚かなのは私なのだろう。魔法に何の誇りも持たず、それすらも囮にして相手を欺く。そんなことができるのはきっと私と師匠(せんせい)ぐらいだろう。

 

 

「私は解除魔法を使う度に魔力を制限していた。魔法で魔力を消費したように見せかけて」

 

 

その悪行を曝け出す。そう、たったそれだけ。魔力の消費を欺くこと。それが私の仕掛けた罠。体外に放出する魔力量を欺くことができないのなら、それ以外の部分で欺けばいい。

 

解放の魔法もそのための布石だった。ゾルトラークや防御魔法の魔力の消費量はアウラも知っている。その消費を増やせば怪しまれてしまう。だがこの魔法は違う。その魔力消費を知っているのはこの世界で私一人だけ。だからこそ、この策は成立した。強力な解除魔法なのは偽りではないのだから。

 

最初から全魔力を晒していたのも、それから目を逸らせるため。解除の魔法を連発したのも。必要以上に煽ったのも。こいつから平静さを奪うためのもの。魔族が言葉で人間を動揺させるのと同じ、葬送の私のやり方。

 

 

「馬鹿じゃないの……? そんな、何の役にも立たない技術……」

 

 

徐々に天秤が傾いていく。その動揺に比例するように。アウラはそれに必死に抗っている。それに縋るように。みっともなく。

 

その通りだ。これは魔力の偽装よりも遥かに無駄な技術。無駄そのもの。これは、こいつ相手だから成立する物。それ以外の魔族にも、人間にも大した効果がない。でも私はそれにこの七年間を捧げてきた。永遠に近い寿命を持つエルフであってもあり得ないもの。ただ

 

 

「そうだね。馬鹿みたいだ。でもお前に勝てる」

 

 

断頭台のアウラに勝つために。ただそれだけのために。葬送として。こいつに勝つために。みっともない、卑怯者になってでも。

 

 

────覚えている。その顔を。声も。眼差しも。

 

 

あの人の顔を覚えているのは多分私だけだ。それでも

 

 

『フリーレン。魔族が言葉で人を欺くように、お前は魔力で魔族を欺くんだ』

 

 

それを忘れることは決してない。それは私が師匠()から受け継いだ生き方なのだから。何もかも欺いてきた私に残った、たった一つの下らない誇り。

 

 

それが私、葬送のフリーレンなのだから。

 

 

 

「────私の勝ちだ。アウラ」

 

 

 

審判の宣言と同時に、葬送に服従の天秤が傾く。その重さによって。公平な天秤が。持ち主であっても例外はない。それに抗う術はない。それが『葬送』が『断頭台』に勝利した瞬間だった────

 

 

 

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