ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第百十三話 「アウラ」

「あり得ない……この私が……」

 

まるで拘束魔法にかかってしまったように、人形のように微動だにできなくなってしまっているアウラ。その理由はその手にある天秤だ。服従の天秤。その名の通り、相手を永遠に服従させる、忌むべき魔法。今までと違うのは、それが術者である己自身にかかってしまっているということ。

 

 

「終わりだね、アウラ」

 

 

その秤が私に傾いているのを確かめる。魂という、魔法の世界においても解明し切れていない神秘。それを縛ることができる。まさに人知も理も超える魔法。だがそれ故にリスクも存在する。その結果がこれだ。もし服従の魔法に拘らなけば、あのまま物量による圧殺に徹していれば結果は分からなかった。魔族は生まれながらに己の魔法に縛られている。それに抗うことはできない。

 

ゆっくりと歩きながら。服従させられ、傀儡となり果てた大魔族の前に立つ。その表情も、何の感情も感じさせない物。まるで鏡を見ているようだ。きっと本物の鏡であれば、もっと冷徹な顔をしている私がいるのだろう。

 

 

『────自害しろ。アウラ』

 

 

そう脳裏に浮かんでくる。かつての私なら何の躊躇いもなく命じたもの。因果応報。こいつがかつて弄んできた英傑たちの魂。その無念。それを思えば当然の報い。断頭台の二つ名の通り、その首を落とすべき。

 

なのに今何故、私はそれを命じないのか。ヒンメルたちならそうしたからか。リリーに言われたからか。

 

それでは駄目だ。誰かではない。私自身が、私の中の天秤でアウラを量らなければならない。そのためにこの状況を作り出した。そのためにここに来た。そのために私は、こいつに勝ったのだから。

 

 

「────アウラ。お前はヒンメルのことをどう思っている?」

 

 

それは先と同じ問い。だがあえてその名を告げながら。

 

こいつは嘘つきだ。自分ですらそれに気づけていない。嘘をつき続けて、何が本当なのか分からなくなってしまうほど。それを暴くことができるのは服従の魔法(こいつ自身)だけ。悪魔の、いや魔族の証明か。偽ることは許さない。許されない。

 

 

「ヒンメルはもういないのに、どうしてこんなことをしている?」

 

 

人の心がない。そう罵られても構わない。それでも葬送として。勇者一行として。何よりも、ヒンメルとの約束を果たすために。呪いという名の祝福を。

 

 

「私、は…………」

 

 

それにアウラは口を開く。命じられるままに。服従させられたままに。その心の内を。かつて勇者も命じなかった命令によって────

 

 

 

 

『やっぱりここの銅像が一番だね』

『そう。良かったわね』

 

 

うんうんと頷き、ご満悦な勇者様。ただどうでもよくそれに相槌を打つしかない。目の前には私にとってはろくでもない物でしかない、勇者一行の銅像がある。王都の広場にある物。何度見せられたかも分からない。何でもここの銅像が一番のお気に入りらしい。

 

だが違う意味ではしゃいでいるのがもう一人。リーニエははしゃぎながら銅像に纏わりついている。叩いたり、登ったりやりたい放題。本当なら止めるべきなのだろうが、当の勇者本人が許しているのなら構わないだろう。慌てながらリーニエを宥めている姿は情けないことこの上ない。通行人からは笑われてしまっている。もはや日常茶飯事。珍しくもなくなってしまっている。

 

 

『ねえ、アウラ様。このフリーレンってどんなエルフなの?』

『知らないわ。ヒンメルにでも聞きなさい』

 

 

ようやく満足したのか。息も絶え絶えのヒンメルをよそに、リーニエはそんなことを私に聞いてくる。悪意も何もない、ただの純粋な疑問。それも当たり前か。目の前の銅像の内、あのエルフだけには会ったことがないのだから。だがそれに答える気も起きない。そもそも私はあのエルフのことなんてほとんど知らない。嘘か本当か分からない、下らない自慢話ばかり聞かされてきたのだから。なのでその当人に丸投げする。

 

 

『しょうがないな。僕にフリーレンを語らせたら一晩じゃ足りないよ?』

『じゃあいい。そんなに起きてられない』

『え? ひどくない?』

『いつものことでしょ』

 

 

だがどうやら自慢話をすることは叶わなかったらしい。リーニエは既に興味を失ってしまっている。きっとどうでもいいことだったのだろう。そんなリーニエの移り気に振り回されているヒンメル。いい加減学習したらどうなのか。

 

 

『それにしても、何でこんなあちこちに銅像を建ててるのよ? 同じ物ばっかりじゃない』

 

 

広場を走り回っているリーニエを視界の端に収めながらも、改めてそう尋ねる。そう、銅像はここだけではない。あちこちにあった。意味が分からない。どうして同じ物をこんなにも建てる必要があるのか。無駄でしかない。本当に暇な連中だ。

 

 

『そんなことはないさ。どれもポーズが違っててね。僕のイケメンぶりを後世に伝えるためさ』

『そう。聞いた私が馬鹿だったわ』

 

 

その答えもまた下らない物だった。その無駄なポーズをとりながら勇者は醜態を晒している。きっと後世の連中とやらはこの勇者の本性を知ることはないのだろう。羨ましいことだ。

 

そんな中、ふと気づく。さっきまであんなにも騒いでいたヒンメルが、その銅像に目を奪われていたことに。飽きるほど見ているだろうに。今更何を。

 

だがすぐ気づいた。こいつが何を見ているのか。私は知っている。こいつがこんな風に何かに心を奪われている時に、何を考えているかなんて。

 

 

『何よ。偉そうなこと言って、あんたがあのエルフを忘れないためじゃないの』

 

 

こいつが、あのエルフに目を奪われていることを。銅像だというのに、そんなことも分からないのか。いつもあんなに偉そうに覚えてもらうためだの何だの言っているくせに。自分も覚えている自信がないのか。人間というのは本当に愚かだ。いや、こいつに限ってかもしれないが。

 

 

『────』

 

 

なのに当のヒンメルは何か驚いたように、目を見開いたまま固まってしまう。どうしたのか。私は当たり前のことを言っただけ。何か変なことを言っただろうか。

 

 

『────そうだね。そうかもしれない。ありがとう。アウラ』

『? 何のことよ?』

『いや、君らしいと思ってね』

 

 

それもほんの短い間。すぐにいつもの顔に戻りながら、いつもように意味の分からないことを口走ってくるヒンメル。本当に忙しい奴だ。もう少し落ち着けないのか。リーニエといい勝負だろう。

 

 

『なら今度は村に僕たちの銅像を作ってもらおうか。君も本当は作ってほしかったんだろう?』

『はぁ? お断りよ。やりたいならあんただけでやりなさい』

 

 

今度はまたとんでもない方向に話が飛び火してしまう。いや、もしかしたら最初からそれが狙いだったのかもしれない。こんなに作っているのに、まだ足りないというのか。それに巻き込まれるなんて御免だ。

 

 

『そんな銅像よりもさっさと本物を捕まえてくるのね。そうしたら私が封印してあげるわ。もう逃げられることもないわよ』

 

 

そんな暇があるなら本物のエルフを捕まえて来ればいい。それができたのなら、私が直々に封印してやってもいい。そうすればもう逃げられることもないだろう。目の前の銅像のようになったあのエルフを、クヴァールの隣に並べてやればいい。きっと似合うに違いない。

 

 

『君が言うと説得力が違うね。でもフリーレンを捕まえる、か。そんな魔法があるとしたら、きっと伝説級だろうね』

『何の役にも立たない魔法ね。まだあんたが集めてくる下らない魔法の方がマシよ』

『それは良かった。ならまた集めてくるとするかな』

『いい迷惑ね』

 

 

どうやらヒンメルにとってあのエルフを捕まるのは魔法に頼らなければいけない案件だったらしい。そんな魔法、何の役にも立ちはしないだろう。だというのに、私の言葉をどう解釈したのか。明後日の方向に話が行ってしまう。もはや突っ込む気も起きない。遠からず、書斎は一杯になってしまうだろう。どこか別の場所も考えなければいけない。迷惑でしかない。

 

 

『アウラ様、お腹空いた』

『よし! なら今日は外で食べようか。ちょうど美味しいパフェを出すお店があってね。今度アイゼンを誘おうと思ってたんだ』

『あんた……普通逆じゃないの?』

『アイゼンは頼りになるからね!』

『あれ? 僕は?』

 

 

 

 

それは何でもない日常。下らない思い出ばかり。

 

生きるのにも、魔法の探求にも必要ない。無駄な物。

 

なのにそれが変わってしまったのはいつだったか。

 

 

『────アウラ。僕と友達になってほしい』

 

 

今も私の胸に輝く、銀の親愛の花。

 

 

『────いいわ。あんたと友達になってあげる。あんたが飽きるまでね』

 

 

それが私にとってのヒンメル。

 

でも、ヒンメルはもういない。なのに何故私はこんなことをしているのか。かつてのアイゼンにも問われたこと。

 

 

『アウラ。それは本当にお前がしたいことなのか? ヒンメルならそうしたから、そうしているだけじゃないのか』

 

 

あの時、私はそれに答えることができなかった。だが今は違う。

 

魔族としての誇りも、矜持も。魔法も。魂さえも。何もかもかなぐり捨てても、まだ私の中に残っているもの。

 

『信頼』

 

信じて、頼ること。

 

あいつはずっと私を信じてくれていた。嘘つきの私を。私が会いに来るのを。ずっと。

 

それはきっとあのエルフとは違うもの。久遠の愛情。それがあの指輪、鏡蓮華の花言葉。その意味も、ヒンメルがあいつを待ち続けた五十年も知っている。

 

それでも。確かにあったのだ。例えいつか私が忘れても、思い出せなくなっても。親愛の国(あいつの夢)が遺り続けるように。

 

 

だから。この親愛の花は。あいつとの五十年の時間だけは、私の物だ。誰にも渡さない。だから────

 

 

「────あんたに教えることなんて、何もないわ!!」

 

 

「────っ!?」

 

 

瞬間、その顔を驚愕に染めてしまう。先の戦いでも見せなかった物。当然だ。服従しているはずのアウラが抵抗してきたのだから。しかしすぐにその可能性に至る。精神力による一時的な反抗。事実、英傑と呼ばれる者たちはその精神力によって一時的に支配に抵抗したという。だからこそアウラはその二つ名の通り、その首を落としてきた。その意思が邪魔だったからこそ。魔族であるアウラにもそれが可能だったのか。

 

しかし、その瞳で確かに捉える。服従の天秤が変わらず自らの方に傾いたままであることに。揺らぎはない。変わらず魂はそこにある。なのに、何かが違う。何か致命的な間違いを犯しているかのような。

 

 

(まさか、これは────服従の魔法(アゼリューゼ)使っていない(・・・・・・)!?)

 

 

ようやく気付く。あり得ない、あってはいけない油断に。そう、そもそもが間違いだったのだ。つまり、服従の魔法(アゼリューゼ)が発動したあの瞬間から、アウラはずっと服従させられた振りをしていたのだと。

 

 

私は忘れてしまっていたのだ。分かっていなかったのだ。アウラが私と同じ魔族(嘘つき)であることを。

 

 

今のアウラの状態。その仕組みを私も理解していた。自らに服従という枷をかけ、食人欲求を抑えている。その代償として、服従の魔法(アゼリューゼ)が使用できなくなる。自らの命と魔法を他者に預けるという異常性にばかりに目が行って、可能性すら思い浮かばなかった。

 

まさか、あのアウラがこの戦いにおいてもその枷をしたまま臨んでいるなどと。まるで魔族が魔力の偽装に思い至れないように。アウラが魔法を制限していたなど。それは私が、誰よりも魔族を知り尽くしているからこそ。

 

自らが魔族に欺かれることはないという、葬送の千年による油断と驕りによって。

 

 

────それを生み出すために、作り出すために、アウラは全てを懸けた(捨てた)。魔族の誇りも、矜持も。魔法も。魂さえも。

 

八十年前から。全てはこの時。葬送のフリーレンを欺くために。それが『天秤』のアウラ。

 

 

瞬間。刹那。隙が生まれてしまう。騙されたことで、欺かれたことで。魔族が、魔力の偽装に嵌ってしまったように。それでも咄嗟に目を閉じるように、寒さに体を縮こませるように。反射で体を魔力で守る。回避も魔法も使う間がない。それでも、致命傷さえ避ければ。まだ反撃の目はある。だがそんな私の悪あがきは

 

たった一つの魔法によって無意味となってしまった。

 

それは攻撃魔法ではなかった。恐らくは拘束魔法の類。この絶好の機会に、アウラがそんな魔法を使ってくるなんて。悉く私の予測が、経験が役に立たない。まるでリーニエを相手にしていた時のよう。だが問題はない。私には拘束魔法や精神魔法への耐性がある。それなのに

 

私は全く身動きができなかった。指一本動かすどころか、魔力さえ一切出すことができない。耐性があるにも関わらず。全くそれが意味を為していない。

 

 

(これは、まさか────)

 

 

ようやく悟った。その魔法の正体に。もし私以外の魔法使いなら、苦も無くそれを防ぐことができただろう。だが私にはこの魔法を解くことが、抗うことができない。私にだけは。

 

それは特権だった。勇者に魔王を止める特権があるように。『天秤』にもそれがあった。フリーレンは知らなかった。それがかつて自分が譲渡されるのを断った権利、生きた魔導書から譲られたものであることを。それは

 

 

「────ようやく捕まえたわよ。フリーレン」

 

 

エルフ(フリーレン)を捕まえる魔法』

 

 

何の役にも立たない、下らない魔法。そして、今は亡き勇者が願っていた、たった一つの魔法。

 

 

それが勇者を巡る二人の八十年の因縁の決着。そして『天秤』が『葬送』に勝利した瞬間だった────

 

 




今話はアウラの名前回でもあり、実質この作品の最終回にもあたります。

『アウラがフリーレンを欺いて勝利する』

それがこの作品のコンセプトであり、これまでの話も今回の話に辿り着くためのものでした。同時にフリーレンと同じように、読者の皆様を騙すことができるかどうかというテーマでもありました。その答え合わせのようなエピソードです。具体的には

・第三十話『模倣』
アウラがフリーレンとの再戦を想定しているシーン。その最後の『どうすればあのエルフを――――』の後には『欺くことができるのか』が続いていました。

・第三十五話『告白』
冒頭でアウラが天秤に自分の魂を載せているシーン。これは服従させられている状態でも魂を載せることができることを示唆するシーンでした。

・第五十八話『忘却』
ゼーリエとの特権譲渡の際のやり取り。アウラが望んだのが『エルフを捕まえる魔法』であることを示唆するシーン。それを踏まえて読み返してもらえば、ゼーリエの反応も至極当然だと分かると思います。ゼーリエからすれば自分の特権を無下にしたフリーレンへの嫌がらせだったりします。

・第八十七話『故郷』
アウラがフリーレンと再会してしまった時を想定しているシーン。まさに今回の展開をそのまま明かしているシーンでもあります。

・第百八話『挑発』
リーニエがアウラに確認を取るシーン。実はあれは服従の解除、枷を外すかどうかを確認していました。それに対してアウラは『必要ない』と答えていました。事情を知らないフェルンからすれば違う意味に聞こえたわけです。リーニエは最初からアウラが自分を連れて行かないことを分かっていたというのもあります。

・服従の魔法の仕様。
服従させられる前に行っていた命令は有効のまま。つまり不死の軍勢はリーニエに枷を嵌められた後でも、アウラは操ることができたわけです。これを知らなかったため、フリーレンはアウラは枷が外されている状態であると思い込んでしまっていたわけです。アゼリューゼ自体が呪いに近い魔法であるため、その発動を感じ取れなかったのもその理由の一つです。


大きなところではこの辺りが伏線になっていました。答え合わせのようなものになりますが、楽しんでもらえていれば嬉しいです。二人の争いについては一つの決着がつきましたが、まだ物語は終わっていません。もう少しだけお付き合い下さい。では。

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