ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第百十七話 『勇者』

(一体何が起こっている……!?)

 

 

ただ苛立ちと共に空を駆ける。優雅さの欠片もない、愚かな行為。それでもただ急ぐ。己が国へと。その主の元へと。いや、正確には無能な同僚の尻拭いのため。

 

 

(リーニエの能無しめ……! 何故私がこんな目に……!)

 

 

それもこれも全てはリーニエのせいだ。グラナトとの和睦交渉も上手くいき、あとは晩餐会で親交を深め、こちらへの信用を万全とする手筈だったというのに。まさか勝手に捕らえた葬送のフリーレンに接触し、連れ出してしまうなど。一体何を考えているのか。いくら使者とはいえ、言い訳できない愚挙でしかない。まだその場でフリーレンに討伐された方が言い訳できただろう。なのにどういうわけか連れ立ってグラナトを出国し、フリージアへと向かったらしい。理解できない。まさかフリーレンに騙されてしまっているのか。魔族であるにも関わらず。いや、リーニエならあり得る。あれは疑うということを知らないのだから。

 

その蛮行をひたすらに詫び、頭を下げるしかなかった屈辱。ひとまずは処分などを保留してもらい、その後を追うように私はグラナトを発つしかなくなった。和睦協定が破棄されなかっただけまだマシだろう。とにもかくにも今はあの能無しを捕まえなくては。そう急いでいたのだが、それすらも超える、理解できない事態が起きている。それは

 

 

(何なのだ……この魔力は……!?)

 

 

それは魔力だった。魔力探知を使わずとも感じ取れる絶大な魔力。それがぶつかり合っていた。間違いなく、戦闘が起きている。その片方はアウラ様だ。それを間違えることなどあり得ない。だがそれと争っている魔力には覚えがない。その大きさはアウラ様のおよそ倍。あり得ない。大魔族であるアウラ様を遥かに超える魔力。あり得るとすればソリテール様だが、魔力の波長は異なる。しかし、その波長に、魔力に、かつての記憶が蘇る。そう、思い出す事すら躊躇う、屈辱の記憶。

 

 

(まさか……葬送のフリーレン……!?)

 

 

それはかつて自らが敗北し、逃走した相手。魔族にとっての大敵である葬送のフリーレンの魔力だった。その魔力の大きさが全く異なるが、間違いない。なら魔力を偽装していたと言うのか。一体何のために。まるでリーニエのように。だがそれも束の間。ようやくフリージアの城壁が見え始めた時にはもうその争いは終わっていた。その魔力からはどちらが勝ったのかは分からない。いずれにせよ、早く馳せ参じなくては。

 

だというのに、事態はさらなる混迷を極める。それは魔力だった。アウラ様でも、フリーレンでもない。第三の存在。その絶大な魔力に、思わず体が震える。それが誰であるかなど、もはや考えるまでもない。ようやくその光景を目で捉える。

 

荒廃した大地。舞っている魔力の塵。その中にいる、満身創痍になっている主であるアウラ様。その隣で伏している、同じく満身創痍の葬送のフリーレン。それに敵対するように向かい合っている大魔族のソリテール様。それに息を飲む。そう、あそこには化け物しかいない。私の嫌いな天才たちしか。だというのに、そこに異物がいた。その場にはあまりにも不釣り合いな存在が。それは

 

 

(あれは……リーニエ……!?)

 

 

私にとっての例外。それは取るに足らない魔力しかない愚か者が、その剣を手に大魔族へと斬りかかっていく瞬間だった。何もかもが理解できない事態の連続。ただこれだけは分かる。それは、間違いなく今日が自分にとって最悪の日になるであろうことだけだった────

 

 

 

 

それはまさに舞踏だった。無名の大魔族であるソリテールは優雅に宙を舞いながらその手に魔力を込める。その瞬間、虚空に剣が生まれていく。魔族ではない、人類の魔法。無名が好んで使う魔法。実験対象を傷つけ、反応を見るのに最適な無慈悲な刃たち。その指の合図とともに、無数の剣の雨が降り注ぐ。どれか一つでも浴びれば、串刺しになってしまう死の雨。

 

だがその雨の中を、まるで舞うように、紙一重で躱し、捌いている。それが舞踏の相手、例外のリーニエ。怯むことも、臆することもなく。表情一つ変えず、ひたすらに冷静に、その嵐を凌いでいる。

 

笑みを浮かべ、空から見下ろしているソリテールと、無表情で地からそれを見上げているリーニエ。まさに今の二人の関係を表わすような光景。一進一退の攻防。それが無名の大魔族と例外の魔族の戦いだった────

 

 

(思ったより冷静ね……あの時みたいに強引に攻めてくるかと思っていたのに)

 

 

宙を舞いながら、観察し、状況を分析する。目の前の魔族。リーニエの戦力を。それはかつてのアウラとの謁見の続きだった。あの時は不意打ちだったが、今は正面切っての戦い。その時点でもう勝敗は決まっているようなものだが、油断は禁物だ。

 

それは速さ。リーニエが私に勝っている唯一の要素だ。その証拠に私の魔法、剣は悉く避けられてしまっている。その手にある武器はかつてと変わらず勇者の剣。魔法使いではあるが、この子は剣で戦う剣士。魔族で言うなら武を極めんとする将軍に近い。だがその力は彼らには及ばない。積み重ねた年月の差。魔族においては生きてきた年月が強さに直結する。生まれ持った才覚でもなければ、それが覆ることはない。そういう意味では、この子の特筆すべきはその魔力制限だ。しかし今は行っていない。何故なら

 

 

「魔力の偽装は止めてしまったの? そうよね。私には知られてしまっているもの。残念だったわね」

 

 

私はそれを既に知っているのだから。もしそれを知らなければ、私でも危険だっただろう。その危険性は他ならぬ、今も尚アウラによって拘束されている葬送のフリーレンが証明している。まさにその二つ名の通り、初見であれば大魔族であっても油断と驕りから不覚を取りかねない。臆病で卑怯な戦法。しかしそれは私の前では意味を為さない。

 

故に問題は近接戦のみ。本来魔法使いにとっては近接戦は弱点となる。だがそれは人類に限ってのこと。魔族はその身体能力も人類の比ではない。何よりも

 

 

「何度やっても同じよ。貴方の剣は私には届かない。無駄なことはするべきじゃないわ」

 

 

私は魔力の鎧によってそれを克服しているのだから。

 

 

私の攻撃の合間を縫って、一瞬で間合いを詰めながらリーニエが剣を振るってくるも、それは私には届かない。身を守る動作すら必要ない。立ち昇る膨大な魔力の壁。それによって剣撃を防ぐ。火花が、魔力光が辺りを照らすもその刃は壁を越えられない。魔法も、技術も、培ってきた鍛錬も、強大な魔力で理不尽にねじ伏せる。単純であるが故の強さ。それが私の戦い方であり、魔族としての在り方。

 

いくらその剣が速くとも、届かなければ意味がない。有効打にはならない。なのに何故それを続けているのか。いくらこの子が異端であれ、魔族であることは変わらない。ならこの行動には意味が、理由がある。それは

 

 

(アウラ……いえ、服従の魔法(アゼリューゼ)が狙いなのね)

 

 

こちらから距離を取りながら、いや、リーニエによって引き離されてしまっているのか。アウラのその手には天秤がある。それを発動させることが狙いなのだろう。その発動条件を満たすために、私の魔力を削るのが目的。だがそれはあまりにも無謀、いや浅はかだ。

 

 

(アウラの今の魔力量は私の一割ほどしかない。そこまで私の魔力を削るなんて不可能よ)

 

 

アウラの魔力量はフリーレンとの戦いによって消費され、今は私の一割ほどしか残されていない。つまり私を服従させるためには、私の魔力を九割以上削る必要がある。そこまで体力と魔力が保つはずもない。現実的ではない、不可能なこと。それでも己の魔法に、主の魔法に縋るしかない。魔族の性。いや、それすら劣っている。そもそもこの状況で逃げずに戦うこと自体が間違いなのだから。主従揃って愚かでしかない。

 

 

「前にも言ったでしょう? 貴方は勇者ヒンメルには遠く及ばないわ。いくら魔法で真似したところでそれは変わらない。所詮はただの真似事よ」

 

 

ただ事実を告げる。確かにその動きはかつての勇者ヒンメルを彷彿とさせるものだ。だがそれだけ。その速さも、重さも、強さも劣っている。いくら動きを模倣できても、それを扱うのは本人でしかない。その身体能力や経験まで再現できるわけではない。そういう意味では、何の意味もない魔法。この子はまだ気づいていないのだろう。知らないのだろう。魔族が生涯を懸けて探求する己の魔法が、何の価値もない物であることを知った時のことを。

 

 

「…………」

 

 

己の誇りを侮辱されたにも関わらず、目の前の魔族は何の反応も示さない。いくら魔族であってもあり得ない。まるで言葉を理解できない獣のよう。やはりこの子は魔族ですらないのだろう。かつて人間の大魔法使いフランメは言葉を話す魔物を魔族と定義づけた。それすらもできないのなら、まさに魔物でしかない。私にとっては何の興味も湧かない。

 

 

「そう。もう少し貴方とお話ししたかったけれど残念ね」

 

 

私もまたらしくなかったのだろう。魔族、魔物相手に言葉なんて意味がない。人間ではないのだから。お話ししても何の意味もないのだから。

 

馬鹿の一つ覚えのように、再び剣を振るってくる。それをあえて受け止める。確かにその速さは脅威だ。だが、この瞬間だけは隙ができる。逃れられないタイミング。それを見越し、周囲を剣で取り囲む。もう逃げ場はない。

 

 

「────さようなら」

 

 

それを降らせようとした瞬間、一条の光が目の前に迫ってきていた。

 

 

「────っ!」

 

 

反射的にそれを左手で払うも、まるで火傷を負ってしまったかのような手傷を負ってしまう。思わずその手を凝視してしまう。

 

 

(これは、人を殺す魔法(ゾルトラーク)……?)

 

 

それはゾルトラークだった。だがただのゾルトラークではない。先の戦いで観察した、私たち魔族を殺すことに特化した魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)。しかもそれが高圧縮された物。それを放つことができるのは

 

 

「浅かったか」

 

 

葬送のフリーレンだけ。見れば、そこには杖を構えている彼女の姿があった。いつのまに拘束から抜け出したのか。リーニエの後ろに控えるように。いや、まるで守られているかのように陣取っている。理解できない。何故葬送のフリーレンが魔族の味方をしているのか。もしや服従の魔法(アゼリューゼ)で操られてしまっているのか。いや、それはない。今のアウラよりも、フリーレンの方が魔力が多いのは間違いない。なのに

 

 

「どうして貴方が魔族の味方をしているの? アウラに騙されてしまっているのかしら。できるかどうかは別として、一旦撤退するのが最善手だと思うのだけれども」

 

 

どうしてこんな理解できないことをしているのか。アウラに騙されて利用されているのか。それとも敵の敵は味方、ということなのか。かつての南側諸国のように。魔族という共通の敵がいたからこそ結束できた人間たちのように。だとすれば見通しが甘かったか。葬送を敵視しているアウラが手を組むとは考えもしなかった。やはり彼女もまた異端なのだ。学習しなくては。

 

それはともかくとしても、やはり向かってくるのは悪手でしかない。拘束から抜け出せたのなら、逃げ出すべきだろうに。もっともそれを許す気はないが。

 

 

「その通りだ。お前という“人類の敵”を逃がすわけにはいかない」

 

 

それを認めながらも、フリーレンはそう応えてくれる。さっき私が言ったことを真似ているのだろう。意趣返しと言う奴だ。やはりお話をしてくれるのは楽しい。興味深い。あの子を相手にするよりもずっと。

 

 

「随分な言い方ね。その子やアウラもそうでしょうに」

「言ったはずだ。アウラとこの子は他の魔族(お前たち)とは違う」

「そう。やっぱり騙されてしまっているのね。素敵だわ。まるで本当に友達みたい」

「そうだね。まるで悪い夢だ」

 

 

その一挙手一投足を見逃さず観察する。エルフはもっと魔族寄りの思考をするのかと思っていたが、そうでもなかったらしい。無駄なこともするのだろう。私たちよりも遥かに長寿だからこそか。彼女からすれば私たち魔族は、私たちが人間を見るような感覚なのかもしれない。

 

でも今までずっと魔族を騙してきた彼女すら騙すなんて。やっぱりアウラは素晴らしい。この感情がきっと友達というのだろう。どうやらフリーレンにとっては魔族と友達になるのは喜ばしいことではないようだが。

 

同時に思考する。今の状況を。想定外だったが問題ない。フリーレンは満身創痍。その魔力量も、偽装を想定したとしても私の二割ほど。アウラとの戦いでその戦い方も、強さも観測し把握している。リーニエも含めれば二対一だが問題ない。私の質は、数を大きく上回る。懸念としては連携か。確かに人類は魔族よりも遥かに連携に優れているが、目の前の二人はエルフと魔族。しかも今日あったばかり。逆に動きが悪くなってしまいかねない。付け焼刃の連携など何の意味もない。

 

 

そう、ソリテールは正しかった。例え人類であっても、今出会ったばかりの者同士でまともな連携が取れるはずもない。

 

 

────だが、ここに例外が存在する。

 

 

ソリテールは知らなかった。二人の関係を。何故人類において魔法使いに前衛が必要とされるのか。そして

 

 

「好きに動いていいよ、リーニエ。合わせるから」

「うん! 頼りにするね、フリーレン!」

 

 

リーニエが勇者ヒンメルの一番弟子である。その本当の意味を────

 

 

 

(これは……!?)

 

 

ただ圧倒される。それまでとは明らかに違う。何も変わってはいない。その魔力量が増えたわけでも、負傷が回復したわけでもない。ただ増えただけ。二人揃っただけ。なのにそれによって全てが一変する。まるで違う生物になってしまったかのように。私は追い立てられてしまう。

 

 

縦横無尽に、まるで踊るように。剣が、魔法が、私に襲い掛かってくる。そこには一部の無駄も、隙も無い。ある種の美しさすら感じるほど。

 

 

(あり得ない……どうしてこんなことが?)

 

 

理解できない。それはリーニエの動きをまるで予知しているかのように援護してくるフリーレン。合図も、言葉による意思疎通もしていないのに。一体どうやって。少しでも狙いが、タイミングがズレれば同士討ち、巻き込まれてしまいかねないのに。

 

フリーレンだけではない。あの子にも、リーニエにも全く恐れがない。狂気の沙汰だ。他人に命を預けているも同然。魔族どころか、生き物としてあり得ない思考。

 

それだけではない。私にとって有効となり得るフリーレンの魔法を防ごうとするも、それを邪魔するように剣を振るい、こちらを揺さぶり、視界を遮り、タイミングを狂わせてくる。互いが互いを補っている。

 

知識としては知っていた。剣士と魔法使い。前衛と後衛。人類の知恵であり、強さ。だがそれをここまで体現している存在を私は知らなかった。

 

魔法使い(フリーレン)を倒すには剣士(リーニエ)が。剣士(リーニエ)を倒そうとすれば魔法使い(フリーレン)が。逃れられない二律背反。二者択一。それを強いられてしまう。それによって攻めきれず、防ぎきれない。鬱陶しいぐらい連携が取れている。

 

何より厄介なのがフリーレンだ。魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)の中でも高圧縮である物とそうでない物を織り交ぜてきている。リーニエの剣戟に晒されながらそれを判別することは困難を極める。どうしてもその全てに意識を割かざるを得ない。決定打にはならないものの、確実に無駄に魔力は削られてしまう。

 

 

(確かに鬱陶しいけど……形勢は変わらない。二人揃うと面倒なら────)

 

 

二者択一。なら答えは一つ。自分を傷つけられるのはフリーレンのみ。ならそれを先に排除する。その魔法の剣の矛先を、意識をフリーレンに割こうとした瞬間

 

 

勇者(ヒンメル)の剣が私の首を切り裂いた────

 

 

「────」

 

 

ただ本能のまま、反射的に身をよじった。それは本当に紙一重だった。もし刹那それが遅れていれば、私の首は落とされていただろう。すぐさま上空に逃れ、その首筋に手を触れる。そこには紛れもない私の血があった。首の皮一枚。そう表現するしかない。

 

魔力の鎧を解いたわけではない。決して油断していたわけでもない。でも、意識を割いてしまっていた分僅かに、思考した分、魔力の流れが乱れた。その隙間を通すように、針の穴を通すようにリーニエは剣を差し込み、切り裂いてきた。まさに絶技だ。

 

 

────それが『例外』のリーニエ。勇者ヒンメルがアウラを守るために鍛え上げた、その()を受け継ぐ者。

 

 

それによって初めて背筋が寒くなる。覚えている。この感覚を。本当に久方ぶりに感じる、自らの命に指がかけられた恐怖。

 

 

『勇者』ヒンメル。

 

 

グラオザームの幻影すらも打ち破り、人間でありながら、魔族の王すらも打倒した勇者の剣閃。身を隠していても、恐怖で体が震えてしまうほどに。思わず、脅しという命乞いをしたほどに。その姿が、リーニエに重なる。姿形も、性別も、種族すらも異なるというのに。まるで幻影を見せられているかのように。

 

 

「素晴らしいわ。リーニエ。貴方は本当に勇者ヒンメルの弟子なのね」

 

 

ようやく理解した。目の前の魔族が、勇者ヒンメルの弟子なのだということを。これは、あの時の続き。見逃され、逃げていた私に、八十年の時を超えて、その偽物の剣が追い縋って来たのだと────

 

 

 

(やっぱりあの子はヒンメルの……いえ、勇者一行の弟子なのね)

 

 

まるで観戦するように、離れた場所からそれを見守る。その後ろ姿を。私を守る勇者の姿を。まるで生き写しのようだ。それがあの子の魔族としての、魔法の探求の果て。模倣から、それを自らの血肉、技へと昇華している。他ならぬ、本物である師匠(ヒンメル)の教えによって。本当に癪な奴だ。きっと、こうなることも見越していたのだろう。間違いなく、あの子はヒンメルの忘れ形見だ。あの子がいる限り、きっと私はあいつのことを忘れられないに違いない。

 

それはあいつも、フリーレンも同じだろう。もしかしたら私以上に。今日初めて会ったはずのリーニエに完璧に合わせているのがその理由だ。やはりあいつは勇者一行の魔法使いなのだ。その勇者一行の十年が、仲間への信頼がここにある。合わせられて当然だ。何故なら今あいつは、勇者と共に戦っているのだから。

 

 

(本当に癪に障る奴ね……)

 

 

変わらず無表情、平静を装っているが、私の目は誤魔化せない。私には手に取るように分かる。あいつが今、歓喜していることが。高揚していることが。魔法使いとして。自らの魔法使いとしての真価を発揮できることが。仲間と共に戦うことができる喜びが。その動きから、魔力から伝わってくる。あいつが葬送ではなく、勇者一行の魔法使いであること。

 

思わずそれに嫉妬してしまうほどだ。私では、そこまで至れない。あの子を高みまで導けない。私の五十年と同じ、あいつの十年の旅路の為せる技。

 

 

「貴方もよ。フリーレン。とても興味深いわ。死んでしまった勇者の弟子と一緒に戦えるなんて。それも魔族と。ぜひ今の心境を教えて」

 

 

それを前にして、本当に楽しそうにソリテールは喋りはじめる。まるで新しい、興味深い観察対象が見つかったかのように。つい先ほど殺されかけたはずだというのに。全くそれを感じさせない。こいつにとっては、自分の命さえも観察の、実験の道具に過ぎないのかもしれない。

 

 

「余裕だね。そんなことより、命乞いでも考えたらどう?」

 

 

動じることなく、淡々とそれに応じるフリーレン。本当にこいつも油断ならない。既にもう罠をしかけているのだから。この状況こそが、既にこいつの掌の上。葬送の魔法使いの。魔族を殺すためなら、魔族すら利用する。魔族を騙すために、自分が騙された策すら利用する。思わず自分の手にある天秤を見る。それが答えだ。それにソリテールは気づけない。魔族であるが故に。本当に癪な奴。

 

 

「それも素敵ね。でもまだ早いわ。未来は確定されていない。私はまだ彼らの掌の上で踊っているだけだもの」

 

 

それもまた、こいつにとっては一興なのだろう。踊らされている、踊っている自覚はあったらしい。もっともそれは葬送の掌ではなかったようだが。魔王様か、シュラハトか。今はもういなくなってしまったもの。その意志が、まだ残っているのか。人間の意志のように。魔族にもそれがあるのか。未来という、魔族にとっては見通せないものが。

 

 

「前言を撤回するわ。そして魔族としての油断と驕りも。さあ、殺し合いを始めましょう」

 

 

祈るように、相手よりも上位であることを示すように。その手を胸の前で合わせながらソリテールは宣誓する。魔族には似つかわしくない行為。それが嘘かどうか、誰にも分からない。ただ分かるのは、無名の大魔族が殺し合いを始めようとしていることだけ。

 

だがソリテールは気づかない。気づけていない。私たちは魔族なのだと。自分が口にしていながら。自分が今、誰と戦っているのか。戦いがとうに始まっているのだと。奇しくもこれは先の私とフリーレンの戦いの再現。

 

 

これは殺し合いではなく、騙し合いなのだということに。ここには嘘つきしかいないのだから────

 

 

 

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