ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第百十八話 『模倣』

(上出来だね……)

 

 

改めて杖を構え直しながら自分の前にいるリーニエの後姿を見つめる。疑っていたわけではないが、やはり実際に目の当たりにすると思い知らされる。この子が間違いなくヒンメルの一番弟子なのだと。らしくなく、戦いが楽しいと思ってしまうほどには。これはきっと郷愁だ。八十年前を、十年の旅路を思い出すから。そんな少し前のことを懐かしく思えるぐらいには、私も変わってきているのだろう。

 

 

(でも本番はここからだね。相手は無名の大魔族だ。このまま終わるわけがない)

 

 

瞬時に思考を切り替える。葬送としての自分に。確かにリーニエとの連携によって拮抗していたものの、形勢はこちらが圧倒的に不利なのは変わらない。もし自分が万全とは言わずとも、半分の力でも残っていればいくらでもやりようがあっただろう。魔力と体力の消費。疲労による魔法の精度の低下。まともに動いていられるのもあとわずか。今の自分たちにとって最悪の事態は、ソリテールによって一気に攻め込まれること。そうなればひとたまりもない。

 

それ故に罠を仕掛けた。アウラの服従の魔法(アゼリューゼ)という罠を。それによってこちらの狙いが魔力を削る消耗戦にあるのだと見せかけ、欺くために。奇しくも先の戦いで私がアウラに騙されてしまった戦法でもある。最悪の気分だが、そのおかげもあって戦況は膠着している。

 

あとはいかにソリテールの隙を突くか。有効な攻撃手段は私のゾルトラーク。それをいかに当てることができるか。私たちに消耗戦は許されない。勝機があるのは短期決戦のみ。さらに言うなら、騙し討ち、不意打ちだ。

 

だが違和感がある。それをあの子が分かっていないわけがない。なのに何故単調な攻撃ばかり続けているのか。確かに本物のヒンメルほどの強さはないとしても、他にも戦い方は、やりようはあるはずなのに。もしやアウラに欺かないように命じられている影響なのか。そんな中、ふと蘇ってくる記憶。それは

 

 

『そんなことを言っていいのか? あいつはいわば魔族におけるお前なんだぞ』

 

 

リーニエのことを尋ねた私に、アイゼンが答えてきたこと。リーニエが魔族における私なのだと。

 

 

『あいつは魔族でありながら魔力を偽りながら生きている。そして人間を騙すため、魔族である自分を欺き続けている。生まれてからほぼずっとだ。お前と全く瓜二つだ』

 

 

私と同じように魔力を制限したまま過ごし、同じように相手を騙すために生涯を捧げている。その本当の意味。

 

そう。リーニエは勇者ヒンメルの弟子でありながら、勇者一行の弟子でもあるのだ。会ったこともないのに、リーニエは受け継いでいる。葬送としての私の在り方を。ヒンメルたちから。だとすれば、全てが繋がる。理解できる。手に取るように。アウラとは違う意味で、私とリーニエは鏡合わせの存在なのだから。

 

考えれば単純だ。リーニエは最初からソリテールと戦うことを想定していた。そこに私がいるなんて、味方になるなんて偶然は含まれていない。私なら勝ち目のない戦いは決してしない。それはただの無駄死に、犬死にだ。師匠(せんせい)の教えにも反する。この子もきっと同じだ。大切な主人であるアウラをそれに巻き込みはしない。それは即ち、リーニエには────

 

 

「本当はもっとゆっくりお話ししたかったけれども仕方がないわね。ここでの最善手は全力を以て君たちを殺すこと」

 

 

ようやくリーニエの真意に至ると同時に、ソリテールが動きを見せる。変わらず薄気味悪い笑みを浮かべながら、こちらをまるで実験動物のようにしか見ていない不気味さ。だがその周囲にはもう剣の群れはない。一体何をする気なのか。それに備えんとするも

 

 

(っ!? 魔力の流れが変わ)

 

 

それよりも早く感じ取る。魔力の流れを。その膨大な魔力からは考えられない、緻密な魔力コントロール。その流れが一気に変わる。恐ろしいほどの速さで。それが何を意味するかを悟るも

 

 

「リー……!」

「無駄よ」

 

 

それを伝える間もなく、私を守るように立っていたリーニエは魔力に飲み込まれてしまう。瞬きもできないような刹那。同時に凄まじい爆音が、衝撃が辺りを支配する。ただ掌をかざしただけで。何の術式も、予備動作もない。ただ純粋な破壊行為。

 

 

「これが私の使える最強の魔法。皮肉なものだと思わない? 様々な魔法を学んだ探求の果てが、魔力をぶつけるだけの単純な魔法だなんて」

 

 

魔力をぶつける魔法。いや、もはや魔法とすら呼べない代物。それがこいつの魔法だった。ふざけている。これだけ悪辣に人間を観察し、騙し続けているこいつの魔法が、そんな子供のような単純な物だなんて。それは魔法使いなら誰でもできる子供騙しのようなもの。だが、それは目の前の大魔族が扱うことによって、最強の攻撃魔法に姿を変える。

 

攻撃は単調だが、単純であるが故に防ぎようがない。これだけの高密度の魔力をぶつけられれば、防御魔法も紙屑のように貫通されてしまう。その速度も桁外れだ。その全てを躱し続けるのは至難の業。

 

 

「でも実験には不便なの。簡単に相手を殺してしまうから。今みたいにね」

 

 

だがこいつにとっては誇るべきものではないのだろう。その理由もふざけている。ようするに、相手を甚振れないから今まで使っていなかったのだ。魔族の中でも、さらに異端の存在。

 

それを前にして、身動きが取れない。その攻撃を見逃さないために。それでもその思考が目の前にいたはずのリーニエの安否に及んだ瞬間

 

 

土煙の中から、まるで鳥のようにリーニエがその剣を持ちながら、ソリテールへと飛び立っていった。

 

 

「んー? 何でかしら。確かに当てたはずなのに」

 

 

私よりも驚いているはずだろうに、それをおくびにも出さないままソリテールは冷静にそれを魔力の鎧で受け止める。その攻撃よりも、何故リーニエが生きているのか、無事なのかの方が気にかかっているのだろう。それは私も同じだ。間違いなく、あのタイミングでは当たっていたはず。なのに、リーニエは全くの無傷だった。魔法で防御したのか。いや、あり得ない。いくら防御魔法であっても無傷ではすまない。

 

 

「手元が狂ったかしら。でも今度は外さないわ」

 

 

それを確かめるように、実験するかのように再びソリテールはその手をかざす。今度は見逃すまいと。その無慈悲な魔力が放たれる。だが瞬間、確かに見た。あり得ないような光景を。

 

それは、ソリテールが魔法を放つ前に、既に回避動作を行っているリーニエの姿だった。

 

それによって魔法を紙一重で躱し、その隙を狙ってリーニエは斬りかかって行く。先のやり取りの再現。それを壊すためにソリテールは繰り返し、緩急も加えながら魔法を繰り出し続けるもその全てが空を切る。大地が抉られ、土煙が舞うも、獲物を捕らえることができない。

 

 

「まぐれじゃないわね……信じられないけど、私の動きを、魔法を先読みしているのかしら」

 

 

それがまぐれ、偶然ではないことをソリテールは確信している。己の動き、魔法が読まれているのだと。その理由までは思い至ってはいないのだろう。当然だ。私であっても、それは同じだろう。リーニエからその理由を聞かされていなければ。

 

 

(そうか……これはあの子の特別な眼の力……!)

 

 

それはリーニエが持つ、相手の体内の魔力の流れすら読み取る特別な眼のこと。相手が嘘をついているかどうかすら見分ける力を持つもの。それだけではない。こんなことをする奴に、私は心当たりがある。間違いなくヒンメルの仕業だ。グラオザームの幻影を打ち破った時のように。気配や感覚だけで先読みする。魔力を持たざる者の力。本当に勇者一行には化け物しかいない。それを弟子にまで受け継がせるなんて。一体何を考えているのか。

 

例外。それがあの子の二つ名。その本当の意味。リーニエは間違いなく、ソリテールにとっては天敵なのだ。どんな攻撃も当たらなければ意味がない。子供でも思いつくような絵空事。それを体現しているのが今のリーニエ。

 

だが同じようにリーニエの剣もソリテールには届かない。互いに手詰まり。千日手。決着がつかない。だが、それを覆し得るのが私だ。

 

その隙を突くように、リーニエを援護するように再びゾルトラークを放つ。高圧縮した、ソリテールの魔力の鎧を打ち抜ける密度を持った魔法。しかしそれは、それを遥かに上回る魔力の壁によって防がれてしまう。

 

 

「……魔力の盾か」

「ええ。もうそれは何度も見せてもらったわ。人類(あなた)たちほどではないけれど、解析は私も得意なの。対処もね」

 

 

その手にまるで盾のような魔力を生み出しながらソリテールはそう告げてくる。とんでもない魔力の密度だ。まさに盾か。鎧だけでなく、そんな物まで。それで直接私の魔法を防御したのか。信じられない反応速度だ。速射性の最も優れる魔法であるゾルトラークを。やはりこいつは怪物だ。こんな魔力の消費をしていれば、並みの魔法使いならすぐに魔力切れを起こすだろうに。その膨大な魔力と、別次元のような魔力コントロールでその矛盾を克服している。だから大魔族は嫌いなんだ。強い相手との戦いも。だから早く終わらせることにしよう。

 

 

「そう。私とばかり話をしていていいの。お前の相手はリーニエだよ」

「その子は私とはお話ししてくれないもの。それに君を無視できるほど私は愚かではないわ。一体何を企んでいるの?」

「お前を倒す方法に決まってる」

 

 

お話という名の時間稼ぎ。それによって呼吸を整える。こいつも気づいているだろう。次の攻防が最後になることを。リーニエに攻撃が当たらない以上、こいつは私を狙ってくるだろう。そうなれば長くは保たない。リーニエは剣士だ。前衛だが、戦士のように相手の攻撃を受け止める盾の役割は果たせない。もっとも、こいつの魔法を受け止められるのはアイゼンぐらいだろうが。

 

 

「素敵ね。不可能という点に目を瞑ればだけど。さっきみたいにリーニエの剣が届くのを期待しているのなら無駄よ。同じ手が二度通じるほど私は甘くないわ」

 

 

魔力の鎧はさらに堅牢になっている。剣どころか、魔法すら届かない。例外は高圧縮したゾルトラークぐらい。それすらも魔力の盾の前では無力化されてしまう。もっと速度があれば別だろうが、私にそれはない。フェルンならそれができるだろう。もっとも魔族との初戦闘で、大魔族のこいつ相手ではいくらフェルンでも無理だ。でもここにはリーニエがいる。私は一人ではない。

 

 

「やっぱり魔族は駄目だね。私はそうは思わない」

 

 

勇者の一番弟子でありながら、葬送の戦い方を受け継ぐ、もう一人の私が。鏡を見るように、その目を見る。間違いない。それは勝ちに行く目だ。魔族には、こいつにはそれが分からない。

 

 

「だから私はリーニエに背中を預けると決めた」

 

 

勇者ヒンメルならきっと最後まで信じて背中を預ける。他でもない、愛弟子なのだから。たまにはこんな賭けに出るのも悪くない。かつての不死なるベーゼとの戦いのように。

 

 

「勝つのは私達だ。ソリテール」

「素晴らしいわ。ぜひ君の死に際の言葉を教えて」

 

 

それが最後のやり取り。もう言葉は必要ない。それを告げるように、私達は無名の大魔族へと挑みかかった────

 

 

 

(悪あがき……いいえ、駄目ね。相手はあの葬送のフリーレン。油断は禁物よ)

 

 

距離を保ちながら消耗戦に徹する。それが私の最善手。危険を冒すことはない。時間が経てばたつほど私に有利になる。見れば変わらずアウラは天秤を手にしたまま。何か狙いがあるのは間違いない。無理に攻め込めばフリーレンの思う壺だろう。

 

ただ魔力を放ち続ける。一人遊びのように。地を這う蟻を踏み潰すように。決定打にはならないが、それは間違いなく相手を削り続けている。リーニエに当たらないのなら、狙いはフリーレン。距離があるせいで避けられてはしまうが、その余波までは防ぎきれない。じき躱し切れなくなるだろう。満身創痍に加えて疲労困憊。立っているのもやっとだろうに。その証拠に動きは鈍り、精彩を欠きつつある。少しでも私の魔法が掠れば致命傷になる。

 

そう分析した瞬間、リーニエの剣が襲い掛かってくる。私の首に届いたはずの剣は、それを再現できない。魔力によって防がれ、押し返され、リーニエはその場から離脱していく。もう何度目になるか分からない、無駄なやり取り。

 

 

(馬鹿の一つ覚えね。やっぱりこの子は魔物なのね。欺くということを知らない)

 

 

その速さは、技術は素晴らしいがそれだけだ。ただ魔物のように、獣のように愚直に攻めてくる。愚かでしかない。もう私の魔力の鎧に隙はない。その偽物の剣は私には届かない。もう飽きるほど繰り返したやり取り。ならその狙いは

 

 

「────魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)

 

 

葬送のフリーレンを援護するため。私に隙を生み出すため。

 

 

高圧縮の、極大の黒いゾルトラーク。先のアウラの戦いの最後に見せた、恐らくはフリーレンの切り札。私の魔力の鎧を打ち抜ける唯一の魔法。それが私に放たれる。思わず感嘆する。素晴らしい。大魔法使いである彼女の探求の果て。惜しむらくは

 

 

「残念だけど、それはもう見せてもらったわ」

 

 

それは既に私にとっては観測した後であるということ。

 

黒い魔力の砲撃を、魔力の盾で受け止める。それは私の反応速度、反射神経を超えるものではない。不意打ちでもない限り、それが通ることはない。その隙を作れるほどの力がリーニエにはない。ならフリーレンの敗因は明確だ。かつての仲間がいないこと。もし勇者一行の誰かがいれば、きっと結果は違っていた。私も戦うことではなく、逃げることを選択しただろう。

 

間違いなくこれが最後の攻防。フリーレンの魔力も残りわずか。これだけの魔法。放った後の隙も大きい。それを見逃すほど私は甘くはない。これを捌き切った後、魔力をぶつければいい。

 

 

「────」

 

 

そんな中、再びこちらに迫ってくるリーニエ。またそれか。剣は届かないとしても、少しでも意識を割かせ、邪魔したいのだろう。だがそんな愚は犯さない。葬送のフリーレンの最後の攻撃を前にそんな隙は晒せない。既に対策はした。もう魔力の流れに隙は生み出さない。そんなものができないほどの膨大な魔力を纏っている。そう判断し、意識を外しかけるも

 

 

「────模倣する魔法(エアファーゼン)

 

「──?」

 

 

その視界の端に捉える。リーニエの動きのリズムが変わったのを。一部の無駄もない、流麗な勇者の身のこなしではない。全く異質な物。そのままリーニエは大きくしゃがみ込む。まるで四足獣のように。力を溜めるように。自らの強みである速さとはかけ離れた動き。そのままリーニエは天高く飛び上がる。一体何を。

 

 

ソリテールは気づけなかった。知らなかった。それが何を意味するのか。だが二人は違っていた。フリーレンとアウラはその瞬間、全てを理解した。何故なら二人は知っていた、見たことがあったから。その動きを。それが誰を真似た物であるかを────

 

 

 

 

『ねえ、アイゼン。自分より強い奴に勝つにはどうしたらいいの?』

 

 

その手にヒンメルの剣を持ったまま尋ねた。あいつに、ソリテールに勝つにはどうすればいいのか。必死に鍛錬をしている。自分が強くなっているのは分かる。でもあいつには全然届かない。それが分かる。なら、私はどうすればいいのか。あいつの言う通り、逃げるしかないのか。でもそれは嫌だった。だからそれを聞きにアイゼンのところにやってきた。きっとアイゼンならそれを知っていると、頼りになると思ったから。でも

 

 

『決まっている。何度でも立ち上がって技を叩きこめばいい。戦士ってのは最後まで立っていた奴が勝つんだ』

 

 

アイゼンはそんなことを言ってくる。何を言っているのか分からない。アイゼンは時々こうなってしまう。決まって戦士のことを話す時。まるで私が人間になってしまったみたいに、理解できないことを。そもそも

 

 

『私は戦士じゃないよ』

 

 

私は戦士じゃない。魔法使いだ。剣士でもあるが、それは変わらない。ヒンメルの一番弟子だからだ。だからアイゼンのようにはなれない。私にそんなことできっこない。戦士じゃないのだから。

 

 

『そうだな。お前は魔族だ。ならお前はフリーレンの真似をすればいい』

 

 

でもアイゼンもそれは分かっていたのだろう。私が魔族だってことも忘れていない。うん。やっぱりアイゼンはアイゼンだ。それが嬉しい。だけど、もっと分からないことを言ってくる。その名前と一緒に。

 

 

『フリーレン? それって葬送のフリーレンのこと?』

 

 

フリーレン。それはきっと葬送のフリーレンのことだろう。私は一度も会ったことはないけど、いっぱい話は聞いている。特にヒンメルから。嫌になるほどに。アイゼンもそうなのだろうか。しかもその真似をすればいいと。何でそんなことを。会ったこともない相手の真似なんて、私でもできるわけがない。

 

 

『そうだ。あいつは魔族を騙すため、倒すために全てを捧げてきた。お前も続けている魔力の偽装がその証だ』

 

 

でもそれは、私の魔法とは違っていた。動きや強さではない。もっと違うことを、真似すればいいのだと。聞けば聞くほど、フリーレンは私とそっくりだった。まるでそうなるように決まっていたみたいに。きっとこれが運命という奴なのだろう。

 

 

『魔族にとっての弱点は油断と驕りだ。それは人間にも当てはまる。フォル爺という歴戦の老戦士がいてな。そいつも言っていた。戦闘での死因の多くは油断だと。魔族にも人にもそれが一番効くとな』

 

 

熟達した戦士でも防御を意識できなければ簡単に致命傷を負う。卑怯な戦法。それが葬送のフリーレンの戦い方。私が見倣うべき、模倣すべきもの。あいつに勝つための、唯一の方法。

 

 

『ヒンメルにはできない、魔族(お前)らしい戦い方だと思わんか』

 

 

相手を欺く、魔族(わたし)らしい戦い方。いつからか忘れてしまっていた、本当の私。

 

 

『……でもいいの? 嘘はついちゃいけないってアウラ様が言ってたのに』

 

 

でもそれはアウラ様の命令を破ることになってしまう。それがあったから私はアウラ様と一緒にいられる。今の私がある。なのに、それをなくしてしまったら意味がない。どうしたらいいのか。それに

 

 

『そうだな。だからこれは例外だ。俺が許す。あいつもそれには逆らえん』

『どうして?』

 

 

何も気にすることはないと、アイゼンは言ってくる。アイゼンが許してくれる。例外(わたし)だからと。アウラ様もそれには逆らえないのだと。何でそうなるのか。アイゼンはアウラ様を服従させているわけでもないのに。それに

 

 

『俺は『お父さん』だからだ。こういう時には一番偉い。もうヒンメルに嫉妬されることもないだろう。お前には戦士として俺のとっておきを教えてやる』

 

 

『お父さん』だからだと、アイゼンは自信満々に答えてくる。『お母さん』と対になる、私たち魔族にとっては理解できない言葉を。だけど、何となく分かった。それが、私にとってのアイゼンなのだと。人間とはきっと違うけど、私はアイゼンを頼りにしている。きっとそれが私にとっての『お父さん』なのだろう。

 

そのアイゼンはいつもよりも上機嫌だ。きっとあの時のヒンメルと同じだ。もしかしたら、ずっとヒンメルが羨ましかったのかもしれない。私に技を教えたかったのだろう。でもヒンメルなら嫉妬するに違いない。ヒンメルは焼きもち焼きだから。死んでもきっとそれは変わらない。

 

 

『私は戦士じゃないよ』

『その方が都合が良いからだ』

 

 

いつものように、そう嘘をつきながらアイゼンは笑っている。嘘をつくのはいけないことなのに。でもそれが嬉しかった。きっと、嘘にはいい嘘もあるのだ。

 

 

だから、私は嘘をつく。アウラ様と出会ってから初めて。アイゼンが模倣(わたし)を許してくれたから。認めてくれたから。魔族としての私を。

 

 

そう、全てはこの瞬間のため。

三十年、鍛錬を積んできたのも。

不意打ちして、こいつの力を確かめたのも。

アイゼンに頼ったのも。

フリーレンを頼ったのも。

同じ攻撃を繰り返したのも。

私の攻撃は無駄だと思わせたのも。

 

 

全部全部このため。こいつの油断を誘うため。こいつを騙すため。アウラ様の命令に逆らうことになっても。それでも私はこいつを許さない。その無念を晴らすために、仇を討つために。だってこいつは────

 

 

 

────私の友達(ヴィル)を奪った、私の敵なのだから。

 

 

 

 

その剣が振り落とされる。勇者の剣でありながら、戦士の斧を模したものが。始まりの模倣。最初に記憶した、最強の戦士の動きを模倣したもの。足りない物を、魔力と鍛錬で補った、武骨で泥臭いもの。ヒンメルと同じように、アイゼンが託したものがここにある。

 

ソリテールは知らなかった。リーニエが勇者であり、戦士であることを。そして、魔族(嘘つき)であることを。

 

それが彼女の間違い。自分が真に戦う相手が誰であったのか。それを見誤った。ただそれだけの、致命的な失態。油断と驕り。

 

 

「────閃天撃!!」

 

 

それを示すように、例外(リーニエ)の執念を込めた模倣(偽物)の一撃が、閃光と共に無名(本物)を切り裂いた────

 

 

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