ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第百二十話 「共存」

(何をしているのだ……私は?)

 

 

ただ理解できないまま、俯瞰した自分を見ているようだ。目の前の理解できない状況が私をそうさせているのか。

 

そこには一匹の大魔族がいた。かつての聡明さも、偉大さの欠片もない。醜悪な魔物そのものと化しているソリテール様。だがその脅威は、恐ろしさはそれまでの比ではない。魔力は多く失われてしまっているが、本能とでも言うべきものが告げている。逃げろと、従えと。にも関わらず、私はその身を晒してしまった。加えて手も出してしまう失態。そのまま静観しているのが最善手だったはずにも関わらず。一体何故。

 

その視線の先には一匹の魔族がいた。消耗し、満身創痍のままソリテール様に歯向かっているリーニエが。

 

愚かでしかない。魔族としてありえない行動。弱肉強食。魔力の高い方に従うのが私達の在り方。アウラ様の配下であってもそれは変わらない。自らの生存が最優先。従うのもそのため。勝ち目のない戦いを挑むなど。

 

それに知らず苛立つ自分がいた。らしくない。その根源。

 

それを覆す例外(リーニエ)を見てしまったからだ。葬送のフリーレンとの共闘であったとしても。ただの若輩の魔族が、大魔族に届くというあり得ない光景を。

 

それに目を奪われてしまった。見蕩れてしまった。あり得ない。この私が。

 

魔力の偽装という魔法使いの風上にも置けない、卑怯者の戦法。それを行うのがリーニエだ。才覚などない。魔力の量もコントロールも遥かに私の方が上。なのに私はリーニエに劣っている。何故なのか。

 

思い出すのはその武骨な掌の感触。怖気が走る。積み重ねの醜さ(美しさ)。それに得も知れない感情を抱いてしまう。まるでそう、これでは嫉妬だ。魔族の真理。それは魔法を究めること。その探求心が美しい。だとすれば、私はリーニエに、魔族としても劣っていることになってしまう。それを認めるわけにいかない。

 

何よりも、ここで退くわけにはいかなかった。目の前にいるソリテール様。魔物として振舞う、知性の欠片も見られない醜い有様。それこそが魔族なのだ。暴力こそが全て。それを前にしても抗い続けるリーニエ。逃げることもしない。アウラ様を庇うために。その忠誠心。人間の親子のようだと言われていた。その真似事。

 

 

『アウラ様はリュグナーのことをとっても頼りにしているんだから!』

 

 

ことあるごとにリーニエが伝えてきたこと。アウラ様が私に期待しているのだと。それを信じてこなかった。それはただの嘘だ。私を騙すための。利用するための。

 

私の中の私が囁く。騙せばいい。裏切ればいい。ソリテールにつけばいいだけ。そうすればこの場を生き延びれる。主の鞍替えなど珍しいことでもない。

 

だがそれを欺く。今ではなく、その先を見据えて。アウラ様がいつも、私が及びつかないような先まで見通すのを真似て。どちらの大魔族につけば、この先生き残れるのか。その先を。可能性を。先見の明。どちらが魔族として上なのか。

 

 

『頼りにしているわよ、リュグナー』

 

 

その言葉が脳裏に蘇る。それはただの言葉だ。何の意味もない。だがかつての魔王様とは違う、何かがある。

 

当然だ。その配下として、神官として、側近として。リーニエに後れを取るわけにはいかない。

 

 

私はアウラ様の神官なのだから────

 

 

「────遅いわよ、リュグナー」

「は。申し訳ありません」

 

 

頭を垂れながら嘘をつく。ずっと控えていたことも、叛意を抱いたことも。それすらもこのお方は見抜いているに違いない。その上で、私を試し、重用しているのだ。遥か高みから。私を高みに導くために。ならどちらに忠誠を誓うか(利用するか)など欺くまでもない。

 

立ち上がり、地面に落ちている、折れてしまった勇者の剣の刀身を拾い上げる。忌々しい、魔族にとっての魔剣、いや聖剣か。にも関わらず何の力もない、ただの鉄の塊。それで掌を貫く。己の血を塗り付けるために。

 

 

「リュグナー……?」

 

 

その意味が分からず、間抜けな表情で目を丸くしているリーニエ。年相応の幼さを感じさせる。先程までの冷徹さも、美しさもない。いつもの姿。それに向かって剣の刀身を放って投げる。されるがままにリーニエは慌ててそれを受け取っている。本当に愚かな娘だ。

 

 

「いつまでそうしているつもりだ、リーニエ。アウラ様の神官なら、それに相応しく振舞え。私まで一緒にされてしまう」

 

 

いつもなら使う敬語を省きながら、そう告げる。何度言っても直らない、同僚を窘めるための言葉。アウラ様だけではない。業腹だが、私はフリージアではこいつと一緒くたにされているのだ。両天秤などと揶揄されているほど。これ以上それに巻き込まれるのは御免だった。

 

 

「っ! うん! ありがとうリュグナー!」

 

 

その意味をようやく理解したのか。リーニエは目を輝かせながら、その刀身を、自分が持っている半身と合わせる。瞬間、私の血と魔力によってそれが繋ぎ合わさる。繋ぎ目の役割を果たすために。急造の代替品だが、今のリーニエにはちょうどいいだろう。精々足を引っ張らないようにすればいい。

 

 

 

(ようやく釣り合いが取れたってところかしら……)

 

 

自らの前に揃った二人を見ながらどこか安堵する。二人が出会ってから、フリージアの神官になってからおよそ二十年。魔族からすれば短かったのだろうが、随分長くかかってしまったように感じる。それでも、収まる所に収まったのだろう。私にとっても嬉しい誤算ではあったが。確率でいえば五分五分だと見立てていたが、グラナトとの和睦交渉に抜擢したのが上手く作用したのか。それとも別の要因か。何にせよ、リュグナーが一つ進歩したことは変わらない。

 

 

「リュグナー……? 君までここに? それはいいわ。自分が今何をしているのか分かっているのかしら。今の状況が分からないほど、君は愚かではなかったはずよ?」

 

 

だがそれを理解できないソリテールは困惑するしかない。当たり前だろう。私ですら驚いているのだから。しかも異端である私やリーニエではない。誰よりも魔族らしい、魔族の鑑と言えるリュグナーが魔族らしからぬ行動を取っているのだから。

 

 

「リーニエのように、人間の親子の真似をしているの? いいえ、違うわ。君はとても聡明な魔族だわ。従うべき相手が、逆らうべきではない相手が誰か分かっているはずよ。アウラが葬送のフリーレンを見逃そうとしているの。魔族として見過ごすことはできないわ。君からもアウラに」

 

 

まだ言葉、話し合いをする余裕はあったのか。それとも今の状態に慣れてきたのか。その容姿とは裏腹に、ソリテールはそう甘言を吐く。かつてと同じように。リュグナーを操るために。懐柔するために。だがそれは

 

 

「違います、ソリテール様。私にとって仕えるのはアウラ様唯一人です。それに仇なすと言うのなら、貴方は私にとっての敵なのです」

 

 

今のリュグナーには通用しなかった。いや、それが嘘なのかそうでないのか。ソリテールにも、私も判断できない。恐らくはリュグナー本人でさえも。かつての私がそうであったように。確かなのは

 

 

「駄目よ、リュグナー。君はアウラに騙されてしまっているわ。アウラは」

「これは私の忠誠、忠義です。ソリテール様。貴方こそ、こんなことはもうお止めください。貴方はとても聡明な大魔族。力押しなど似合いません。魔族(わたし)たちには言葉があります。どうかご再考のほどを」

 

 

リュグナーが、本当の意味での嘘つきになりつつあるということ。それは私が二十年間、リュグナーに伝え続けた嘘。魔族としてはそぐわない、言葉の使い方。力押しなど馬鹿のすること。暗に、魔族を皮肉った物。その本当の意味を解さぬまま、リュグナーはそれを利用している。人間が原理を理解できないまま、利用するように。まるで人間が魔族を騙すかのように。

 

 

忠義という、リュグナーにとっての嘘を貫き通すために。

 

 

「これは……信じられないわ。本当に、そうなのね。ようやく理解したわ。フリージアは魔族にとって危険すぎる。いいえ、アウラ。貴方こそが。もう貴方を生かしていくわけにはいかないわ。このままでは魔族(わたし)たちは貴方に滅ばされてしまう」

 

 

その瞬間、初めてソリテールから笑みが消えた。貼り付けられた嘘が。それは一瞬だけ。でもそれがいかに異常なことか。私には分かる。その視線が、殺気が私に向けられている。研究や実験ではない。明らかな敵意が。

 

 

「私が? かつての魔王様のように? そういえば似たようなことをゼーリエにも言われたわね」

 

 

それはかつて、ゼーリエにも言われたことだった。いや、似て非なるものか。人類の脅威になるだったが、今は魔族にとっての脅威か。どちらにせよ、過大評価だろう。私は魔王の器ではない。魔王様のようにはなれない。なる気もない。

 

 

「いいえ。魔王様とは全く違うわ。貴方は、魔族という種族その物を変えてしまいかねない。それはとてもとても恐ろしいことよ。種、そのものが滅んでしまう。あってはいけないこと」

 

 

だというのに、ソリテールは否定する。私という存在を。魔族という種族の上で。私がそれを変えてしまう、犯してしまうのだと。魔族としてはあり得ない、個ではない、種としての目線で。こいつだからこそできること。やはりこいつも異端なのだろう。

 

 

「魔族という種族の滅亡、ね。そんな大それたことはしてないわ。これはただの進化よ。私はそれを少し早めているだけ」

「進化……?」

「そう。収斂進化よ。あんたが私に教えてくれた言葉よ。もう忘れてしまったってわけ?」

 

それに答える。かつてこいつ自身に教えてもらった言葉、概念で。こいつもかつて魔王様から教わったもの。

 

かつて陸の上で生きていた生物が、海で生きるために、海で生きている生き物を真似て進化した。生き抜くために。生きていくために人間を真似て進化した魔族のように。

 

もしかしたら、私たち魔族は過渡期に入っているのかもしれない。魔王様もまた同じだったのだろう。こんな言葉をソリテールに教えるなんて。魔族には持ち得ない視点を持っていた。もしかしたら魔王様はそのことをソリテールに伝えたかったのかもしれない。だというのに、それに一番興味があるであろうソリテールはそれには気づけず、呆気に取られてしまっている。悪意に気づけない魔族そのままに。

 

 

「私たちは人間を捕食するために人間に近づいてきた。この姿形も、所作も、言葉も。でもそれでも人類との生存競争には勝てなかった。かつての魔王様がそれね。その結果がこの八十年。魔族は種族の滅亡寸前まで追い込まれた」

 

 

だからこそ、かつてのこいつに倣いながら、研究者のように告げる。この国を立ち上げてきてから、ずっと考え続けてきた、見続けてきた、私なりの答えを。人間に倣えば研究論文か。

 

収斂進化によって、私たちはさらに人間を捕食できるようになった。だがそれ故に、全面戦争となり多くの魔族は狩られてしまった。他ならぬ魔王様の間違いによって。それによって私たちは隠れて生きていくしかなくなった。個として生きていくことはできても、種としての繁栄はなくなった。

 

 

「だからこそ、私たちは違う方向に進化しなければいけなくなった。競争ではなく、共存という形に」

 

 

だからこそ、生き延びるために、生き残るために魔族は進化するしかなかった。

 

かつての私がまさにそうだった。生き残るために、人間に服従するしか。共存するしかなかった。

 

そこで私は知った。学んだ。共存とは何なのか。どうすれば魔族が人間に滅ぼされることなく、生き残ることができるのか。その身を以て。

 

そのきっかけが人間の勇者だったのはこれ以上にない皮肉でしかない。あの時、ヒンメルは本当の意味で、魔族に勝利したのだろう。

 

 

「それが勇者の夢(フリージア)の行きつく果て。かつてのエルフやドワーフのように。魔族はいずれ、人類という種族になるのよ」

 

 

それが私の魔族と人類の共存の答え。ヒンメルに言わせれば、友達になること。子供が抱くような、御伽噺。

 

 

継承。受け継がれる意志。魔族にはない、連続する概念。かつてゼーリエがフランメに、フランメがフリーレンに託し、魔王様を倒したように。

 

 

私がいなくなっても、きっとそれは受け継がれていくのだろう。何千年、何万年かけて。魔族も変わっていくのだ。人間に寄生する獣ではなく、寄り添い生きる者として。

 

 

これを聞いているリュグナーも、私が嘘をついているとしか思わないだろう。だがそれでいい。その結果こそが。真似ることが、欺くことこそが私たち魔族の本質なのだから。

 

 

「あり得ないわ。私たちは言葉の通じないただの猛獣よ。共存なんてことができるわけが」

「魔族はただの獣じゃないわ。探求心、好奇心がある。それを利用すればいいだけよ」

 

 

ソリテールは反論する。それは正しい。私たちは言葉の通じない猛獣だ。だがそれだけではない。魔族には好悪が、探求心が、好奇心がある。嗜好がある。

 

私には『天秤』ともいえる属性が。それによって、かつてヒンメルに問われた償うという意味に興味を引かれた。それを調べるうちに、何かが変わったのだ。

 

リーニエには『模倣』が。リュグナーには『忠誠』という名の嗜好がある。それを利用できれば、獣を脱することができるだろう。他ならぬ、目の前のソリテールにも言えること。こいつほどの好奇心を持つ魔族もいないだろう。それを伝えるための物。らしくないこいつの目を覚まさせるための。

 

 

「────貴方は本当に素晴らしいわ。アウラ。だからこそ残念ね。それは実現できない。私がいるもの。覚えているかしら? 私は貴方の人類との共存という夢物語の終わり、その悲劇的な結末を見たいと思っていたの」

「そういえばそうだったわね。今まで散々遊んでたくせに、気に入らなくなったから壊すなんて子供と変わらないわね」

 

 

だがそれはどうやら通じないらしい。冷静さを欠いているのか。それとも魔物に先祖返りしているのか。それでもこいつらしさは失われていない。今を刹那的に生きている。まるで小さな子供のように。これもまた、魔族の性なのかもしれない。

 

 

「ふふっ、貴方らしいわね。アウラ。もう命乞いはいい? フリーレンはもう逃がせたでしょう? それとも可愛いお弟子さんの援護を待っているの?」

 

 

その獣ゆえの感覚か。どうやらこいつはこっちの思惑をとっくに見抜いていたらしい。こいつの側からは見えないはずだが。本当に恐ろしい奴だ。魔力探知だけではない。その五感もまた研ぎ澄まされている。時間稼ぎという名の命乞いもここまでだろう。もっとも、命乞いをしている気は全くなかったのだが、こいつにとってはそう見えたのだろう。

 

 

「……気づいていたのね」

「ええ。貴方の考えそうなことだもの。それに魔族の命乞いはほとんど聞いたことがなかったから。とても興味深かったわ。やはり貴方は研究者。私の友達なのね」

「友達? 共犯者の間違いでしょ」

「そう。残念だわ」

 

友達、という私にとっては特別な意味を持つ言葉。それをこいつもまた口にしてくる。その意味を理解しないまま。ただ人間の真似をするように。それは魔族の間には成立し得ない関係だ。魔族に家族の概念がないように。あるとすればそれは────

 

 

「じゃあごっこ遊びの続きを始めましょう。貴方の今際の言葉を教えて」

「そうね。私もあんたの一人遊びには付き合いきれない。終わりにしてあげるわ」

 

 

────ソリテールは気づけない。アウラがその答えをとっくに口にしていることを。魔族であるが故に。

 

 

これは魔族の未来を決める戦いなどではなかった。共存とは程遠い、ただの二人の大魔族の喧嘩。近づく夜明けとともに、それに決着が訪れようとしていた────

 

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