ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第百二十一話 「共闘」

「よし。この辺りならもう大丈夫だろ」

 

 

そう言いながらシュタルクは担いでいた私をゆっくりと地面に降ろしてくれる。そこはフリージアの城壁の近く。ソリテールからは死角となる場所だ。アウラがソリテールの気を惹き、時間稼ぎをしている間にシュタルクはあっという間にここまで私を運んでくれた。示し合わせたわけでもないのに。フェルンほどではないにせよ、シュタルクもまたアウラを信頼しているのだろう。

 

 

「ごめん。シュタルク。重かったでしょ」

「いや、全然。子供みたいに軽かったぜ」

「子供みたいで悪かったね」

「それだけ言えるなら心配なさそうだな」

 

 

それが少し羨ましかったのでほんの少し悪態をつくことにする。年寄り扱いほどではないが、子供扱いも気にいらない。同時に自身の状態が心配には及ばないと伝えるために。どうやらそれは上手く通じたらしい。もっとも、悪態がつけるだけで体はまともに動かせないのは変わらないが。命に別状はない。

 

 

「二人には格好悪いところ見せちゃったね……」

「そんなことないだろ。フリーレンも姉ちゃんも格好良かったぜ。フェルンもきっと同じことを言うぞ?」

「……そうかな」

 

 

シュタルクはそう言ってくれるが、私としては失態もいいところだった。アウラには完敗し、その失態を取り戻すべく挑んだソリテールには敗れてしまった。思い入れがあるわけでもないが、葬送の二つ名を返上しなければならないほど。シュタルクだけではなく、フェルンにも見られてしまっていたに違いない。少しでも格好いいところを見せたかったが、ヒンメルのようにはいかない。私は私なのだろう。

 

 

「大魔族とは戦わずに逃げるように教えたんだけどね」

「フェルンはフリーレンに似て頑固だからな。終わったら叱ってやればいいさ。師匠なんだろ?」

「そうしようかな。ついでにシュタルクも叱ってあげるよ」

「そいつは楽しみだ。もう手が震えてやがる」

 

 

その言葉通り、シュタルクの手は震えてしまっている。恐ろしい相手を前にした時のアイゼンのように。それにどこか懐かしさを覚える。やはりシュタルクはアイゼンの弟子なのだ。竜と戦う前の日の夜、同じように震えていたっけ。無理もない。シュタルクにとっては初めての実戦が竜で、次が大魔族なのだから。震えない方がどうかしている。それはフェルンも同じだ。本当ならみんなで一緒に逃げるべき場面。でもそれは許されない。逃がしてくれる相手ではない。何よりも、二人はもうとっくに覚悟ができているのだろう。私が思っているよりも、二人はずっと一人前だったのだ。

 

 

「シュタルク。アイゼンの教えは覚えてるよね?」

「ああ。全く、師匠のやつ、脳みそ筋肉でできてるんじゃねえかな。じゃあ行ってくる。フリーレンこそもう動くんじゃねえぞ。フェルンに叱られたくなかったらな」

 

 

だから今の私にできることは、言葉を贈ることだけ。シュタルクにとって、最も勇気を与える言葉を。この場にはいない、アイゼンの代わりに。その一番弟子を預かった者として。

 

それが決め手になったのか。呆れながらも、頼もしい笑みを浮かべながらシュタルクは戦場へと戻っていく。その手はもう震えてはいなかった。

 

 

(たまにはこういうのも悪くないかな……)

 

 

大きく息を吐き、背中を城壁に預けながら戦場を見据える。いつもなら自分が立っている場所を。それを見守るしかない自分。らしくないが、悪くない。ちょっと前の自分なら考えもしなかっただろう。でもしょうがない。もう自分は役に立てない。満足に立つこともできないのだから。行っても邪魔になるだけだ。なら、後は託すしかない。

 

 

(ヒンメルならそうしただろうからね)

 

 

ヒンメルがリーニエに剣を託したように。アウラにその夢を託したように。思えば、誰かに託すのは初めてだった。いつも託される側だったから。仲間に、弟子に後を託す。かつてのフランメの言葉を思い出す。私に魔法を託して良かったと、安堵していた師匠(せんせい)の顔。ようやくその気持ちが分かった気がした。

 

 

「────頼んだよ。アウラ」

 

 

知らずそう呟いていた。魔族に後を託すという、過去の自分に言っても絶対に信じないような言葉を。今でも信じられないのだから。でもしょうがない。ヒンメルならきっとそうするだろう。そして私も。ハイターやアイゼンと同じように────

 

 

 

「────血を操る魔法(バルテーリエ)

 

 

その名と共に、リュグナーが血の雨を、槍を降らせてくる。避けることができない広範囲に渡って。だがそれを避ける必要はない。その雫一滴すら私には届かない。私が纏っている魔力の鎧の前では全くの無力。

 

 

(本当に愚かね……魔族としても、魔法使いとしても)

 

 

無意味な攻撃をしてくるリュグナーに呆れるしかない。あれだけ大見得を切ったというのに、無駄でしかない。だが無理もない。己の血液を操るという、何の変哲もない、平凡な魔法。何の興味もそそられない、下らない魔法でしかない。使い手同様、取るに足らないものでしかない。

 

魔族が愚かなのは当たり前だ。私の言葉によって踊らされていたように。だがこれは違う。魔族としての過ち。そうさせてしまう、変えてしまうフリージアの恐ろしさ。これ以上同じような魔族を増やすわけにはいかない。それは魔族という種に、致命的な滅びをもたらしかねない。

 

それに続くように、同じ愚かな魔族もどきが剣を振るってくる。例外のリーニエ。魔族の血で繋ぎ合わされた偽物の剣を持って。お似合いだろう。だがその動きには先程までの速さも、精彩さもない。アウラを庇って私の攻撃を受けた影響だろう。満身創痍なのは一目瞭然。もはや魔力の鎧で受けるまでもない。それに引導を渡すべく魔法を放とうとするも

 

 

それは血に足を引っ張られることで邪魔されてしまう。

 

 

(これは……?)

 

 

それは足止めだった。防いだリュグナーの攻撃によってできていた地面の血溜まりから蔓のような物が伸び、足に巻き付いている。魔力の鎧を破るのではなく、私の動きを鈍らせ、足止めするためのもの。本当なら何の意味もない、時間稼ぎ。他人の足を引っ張るしかない、能無しの悪あがき。命乞いでしかない。だがそれには意味がある。生まれてしまう。

 

天秤のアウラという、魔族の敵がいることで。

 

その隙を狙ってくるリーニエの剣撃を魔力で防ぐ。だがそれによって確実に魔力が消費させられてしまう。防御だけではない。攻撃によっても。魔力の鎧を膜とすることで流出を強引に食い止めたものの、魔力の大半を失ってしまった。私に残された魔力は二割を切ってしまっている。それはつまり、アウラの魔力に近づきつつあるということ。

 

 

(本当に貴方の魔法は厄介ね、アウラ。今まで気づけなかったわ)

 

 

それこそが服従の魔法の恐ろしさ。魔力の多寡という、もう一つの勝利条件。私にとっての敗北条件を押し付けてくる不条理、理不尽さ。

 

自分より魔力の劣るアウラの魔法など恐れることなどない。そう侮ってしまっていたかつて自分。だがそれを改めるしかなかった。先のフリーレンとの戦いによって。要は使い方なのだ。リュグナーの血を操る魔法のように。フリージアにおいて、魔法の研究が行われていく中で、それも発展していっている。人類の叡智すら利用するアウラの狡猾さ。

 

リーニエとリュグナー。それはまるで先のリーニエとフリーレンのよう。前衛と後衛。そのスタイルも、在り方も何もかも違うが、これが魔族の連携なのだろう。アウラとその従者の二人。天秤とその両天秤。三人が揃うことによって、これ以上にないほど厄介な存在へと姿を変える。まるでかつての勇者一行のように。

 

人間のような自分の命を他者に預けるような愚かな習性ではなく、自らの目的のために互いを利用し合う。私とアウラのような関係。アウラに言わせれば共犯関係か。

 

 

(でも同じ手は通用しないわ。貴方の戦い方に付き合う気もね)

 

 

だがこれは先のアウラとフリーレンの戦いの焼き回し。消耗戦に付き合う気は毛頭ない。同じ間違いはもう犯さない。どんなに攻撃をしようと、目の前の二人には私を傷つけることはできない。できるのは魔力を削ることだけ。それを無視しながら手に魔力を込める。狙いはアウラ。そうすればどちらかがそれを庇うだろう。そうなればもう詰みだ。アウラの勇者ごっこもここまで。そう掌をかざそうとするも

 

 

それは魔族を殺す光によって遮られてしまった────

 

 

まさに反射だった。本能による、思考よりも早い反応。それによって魔力の盾を生み出し、自らの胸を防御する。危なかった。あと一瞬遅ければ、心臓を打ち抜かれていた。それは

 

 

「防御しましたね。やはり心臓が弱点ですか」

 

 

月夜を背に空に漂う、葬送を継ぐ者によって放たれた魔法だった。

 

 

その姿に、所作に思わず目を奪われてしまう。ついさっき会った時とはまるで別人だ。大魔族である私に恐怖していた、可愛い弟子ではない。私を人ではない、言葉の通じない猛獣として見るような、冷徹な瞳。それが葬送のフリーレンに重なる。間違いなく、あの少女はフリーレンの弟子なのだろう。その証拠に

 

 

(これは魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)……フリーレンと同じね。でもそれだけじゃない……これは)

 

 

使ってくる魔法まで同じなのだから。私の魔力の鎧を打ち抜くことができる厄介な魔法。だがそれだけではない。私はあの少女の存在も意識していた。その不意打ちが来ることも。それでも反応し切れなかった。それは魔法の速さ。少女は私からは大きく距離を取っている。これだけの距離が離れていれば、魔法を放たれてもすぐに反応できるであろうと。

 

それを覆すほどの速度。間違いない。魔法の速度という一点において、あの少女は葬送のフリーレンすら凌駕する魔法使いなのだ。

 

それに思い至った瞬間、豪雨が降り注いだ。血の雨ではない。魔力光の雨が。それはまさに飽和攻撃だった。優雅さの欠片もない、力押し。少女はその速射性を活かし、絶え間なくゾルトラークを連射してくる。その中に、高圧縮の物を織り交ぜながら。

 

それに対して防戦一方になるしかない。ただのゾルトラークなら無視しても構わないが、あれだけは別だ。確実に躱すか、防御する必要がある。意識を割かざるを得ない。だがそうすればするほど、魔力は削り取られていく。このままでは消耗戦に引きずり込まれてしまう。こちらから反撃する手もあるが、これだけの距離があれば躱されてしまうだろう。威力も減退してしまう。それだけの長距離射撃。まず近づかなければ勝負にならない。だがそれは

 

 

「────余所見している暇がお前にあるの?」

 

 

再び私の首を落とすために、身を屈めようとしているリーニエによって邪魔されてしまう。

 

 

「っ!?」

 

 

それに思わず対応としようとするも、リーニエは瞬時に動きを戦士から勇者に切り替えて斬りかかってくる。戦士の動きを囮にしてくる。アウラが服従の魔法をそうしたように。本当に人間の親子のように、鬱陶しいぐらいに真似るのが上手い子だ。

 

 

「ソリテール様。お覚悟を」

 

 

そんなリーニエを援護するように、血の雨が、蔓が私を取り巻いていく。魔族としての誇り、傲慢さの塊だったはずの嘘つきによって。忠誠という名の嘘をつくために。私を陥れるために。

 

 

「────」

 

 

この場を支配しているのは間違いなくあの少女だ。まるで葬送のフリーレンのように。少しでも魔力コントロールを誤れば、二人を巻き込んでしまう攻撃を絶え間なく放ち続けている。私の動きを制限するように、二人の動きを援護するように。あの若さで。まさに天賦の才だ。やはりあの時殺しておくべきだった。私もまた甘かったのだろう。

 

だがこのまま為すがままにされるわけにはいかない。一瞬の気の緩みも、隙も許されない猛攻の中。それも微かな隙を見つけ、生み出す。大魔族としての、魔族としての私の力。生きてきた年月の差。それは決して覆せるものではない。

 

 

(────ここよ)

 

 

魔力を放つ。何の特別なこともない、純粋な魔法。私の研究の果て。魔力を込める時間が足りない、全力ではないものだが構わない。それによってこの均衡を崩すのが目的。誰かがこの攻撃を庇えば隙が、そうでなくともアウラに手傷を与えれば、魔力を消費させればいい。だがそれは

 

 

一人の赤い髪の少年によって防がれてしまった。

 

 

「痛ってえな、ちくしょう……! でも、思ったほどじゃねえな。これならまだ師匠の拳骨の方が痛かったぜ」

 

 

大きな斧を盾のように構えながら、少年はそう口にしている。五体満足のまま。あり得ない。いくら全力でなかったとしても、人間が耐えられるようなものではない。だがその存在が脳裏によぎる。

 

戦士と呼ばれる存在が。かつての勇者一行にも戦士がいた。だがそれはドワーフだった。人間ではない。だが認めるしかない。リーニエのような紛い物ではない。盾としての役割を持つ、人類における戦士。それがあの少年なのだと。

 

だがそれでも負傷は免れていない。体中に傷が、出血が見られる。それが続けば、戦闘に支障が生じるはず。何度も耐えられるはずもない。

 

しかしそれを覆すように、リュグナーの血が少年に纏わりついていく。まるでその身を守るように。血液は凝固し、鎧と化す。勇者の剣を繋ぎ合わせた時のように。それだけではない。止血の役割すら果たしている。血液を操る魔法だからこそ可能な汎用性。自らではなく他者にそれを用いる。それこそがその魔法の真価なのだと示すかのように。私の認識を覆すもの。

 

 

「助かるぜ、おっさん!」

「黙れ、小僧。そのままアウラ様をお守りしろ」

「頼んだよ、シュタルク」

 

 

その最たるものが目の前にある。人間と魔族。決して相容れない種族が、手を組み共に戦っている。あり得ない光景。敵の敵は味方、ということなのか。いや、違う。これはそんなものではない。それだけでこんなことはあり得ない。これは

 

 

「────」

 

 

それを見守るように、その手に天秤をかざしたまま玉座に君臨している魔王(アウラ)。自ら動くことなく、見下ろしている。いや、見下しているのか。それはまさに人間における国王のよう。いや、違う。もはやそれは女神だった。その信仰を集めるように。フリージアの住民にとってはアウラは紛れもない女神なのだろう。

 

服従の魔法ではなく、その言葉で、在り方だけで人間と魔族を騙し、利用し、従わせることができる。まさに支配という言葉こそが相応しい。かつての魔王様に匹敵、凌駕する存在。

 

それに知らず息を飲む。体が震える。魔力の大きさではない何か。そう、私は今挑んでいるのだ。挑むなんて、いつ以来だろう。もう忘れてしまった感覚。生物としての根源。

 

 

「────本当に貴方は恐ろしい(素晴らしい)わ、アウラ」

 

 

どうしてそれを魔族の繁栄のために使えないのか。貴方なら第二の魔王にすらなれるというのに。だからこそ。私は貴方を認めるわけにはいかない。魔族として。研究者として。ああ、本当に残念だ。もっと見てみたかったのに。遊びたかったのに。その時間が残されていない。

 

これでもうお互いに手札は晒した。駒は揃った。そう、これは遊び(ゲーム)なのだ。そういえば、あの時のチェスの決着がついていなかった。これはあの時の続き。勝っては負けてを繰り返していた、人間の下らない遊びの。

 

だが今回の遊びは違う。引き分けのない、命を懸けたもの。魔族では人間相手にチェスでは勝てない。でも、これは机上ではない。盤上ではない。だから

 

 

「────さっきの言葉をそのまま返すわ。らしくないことをすると、身を滅ぼすわよ、アウラ?」

 

 

魔族であることを捨てた貴方では、魔族(わたし)には勝てないということを────

 

 

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