(本当に紙一重だったわね……)
大きく溜息を吐きながら、ひとまずは安堵する。目の前には人形のようになってしまっているソリテール。服従させられ、身動き一つ取れず、喋ることすらできないでいる。
天秤に載せられた私たちの魂。その重さの差は僅かだった。傾ければすぐに逆転してしまいそうなものでしかない。それほどまで拮抗していた。私の魂の上乗せという名のズルはほんの少しでしかなかったのだ。綱渡りでしかない。こんなことはもう二度と御免だった。
(あいつみたいにはいかないってことね)
ヒンメルのようにはいかなかった。当然だ。私はあいつではないのだから。そもそも魔力を持っていないのに、万全の私の魔力を上回る方がどうかしている。やはりあいつは勇者だったのだろう。それを八十年近く真似してきて、ようやくこれだけ。らしくないことはするべきではない。
しかし、だからこそ、私は勝つことができたのだ。他者の力を借りることで。利用することで。リーニエの。リュグナーの。フェルンの。シュタルクの。そしてフリーレン。いつもヒンメルが言っていた言葉を思い出す。
『僕一人だけじゃできなかったことだからね。ハイターにアイゼン。そしてフリーレン。誰か一人でも欠ければ魔王は倒せなかった』
一人ではできないことでも、仲間がいればできる。人類の強みであり、種族としての答え。そうであるなら、ソリテールが勝てる道理は最初からなかったのだろう。魔族は人類には勝てない。八十年前に答えが出ている命題だったのだから。
そのまま天秤に載せられていた魂を肉体へと戻す。これで契約は、服従関係は確定された。もう覆ることはない。主人である私が認めない限り。物言わぬ人形になっているソリテールを見つめる。人間を擬態していた姿はもはやなく。見た者が一目で化け物だと分かるような、醜悪な姿。まさに魔物だろう。それでも、その顔には変わらず笑みが張り付けられている。いつもと変わらない笑みが。それに思わず目を奪われていると
「アウラ、大丈夫か!?」
「アウラ様、ご無事で?」
慌てた様子で仲間たちがやってくる。どうやら私の身を案じているらしい。だがその光景に思わず呆気に取られてしまう。シュタルクにリュグナー。どう考えてもあり得ない組み合わせの二人が共にこちらにやってきているのだから。自分が求めていた、あいつが夢見ていたはずの物のはずだが、やはり違和感は拭えない。
「ええ。おかげ様でね。もう終わったわ」
「そうか……でもマジでビビったぜ。いきなり服従の魔法を使うんだもんな。生きた心地がしなかったぜ」
「私もです。魔力は間違いなくソリテールの方が多かったのに、どうして大丈夫だったんですか?」
「二人とも心配性だね。アウラ様が負けるわけないのに」
二人に続いて、フェルンとリーニエもやってくる。きっとシュタルク以上に肝を冷やしたに違いない。魔力が見える者たちからすれば、自殺行為にしか見えなかったのだろうから。それはある意味間違いではない。捨て身ですらない。ただの賭け、博打に近いものだったのだから。それでも不思議と恐怖はなかった。どころか、どこか安堵すらあった。その答えを、私は手にしている。
奇しくもこれは、あの時の私とヒンメルの戦いの再現だったのだから。村長とシュトロを人質にするという魔族の戦法を取った私と、それに抗った人類のヒンメル。それに倣えば結果は見えていた。結局のところ、私はあいつに振り回される運命なのだ。あいつが生きていても、死んでいても。この贈り物を受け取ってしまった時点で。本当に、癪な奴。
「────いいえ。まだ終わってなかったわ。あんたたちは少し離れていなさい。私はこいつに用があるわ」
感傷はここまでだ。まだ自分にはやるべきことが残っているのだから。フリージアの国王として。魔族として。共犯として。こいつとの決着をつけることが。
「お二人だけで、ですか? いくらアウラ様といえどそれは危険なのでは。服従させられているとしても相手はソリテール様。すぐに処刑した方が宜しいのでは」
「心配ないわ。もう審判は下っている。覆ることはないわ。こいつが魔族である限りね」
リュグナーがそう進言してくる。至極当然だろう。いくら服従させたとはいえ、相手はあのソリテールだ。何よりも私自身が言い聞かせてきたことでもある。油断と驕り。それが魔族の、いや生物の致命的な隙なのだと。だがこれは油断でも驕りでもない。ただの事実。そして私の我儘でもある。こいつと二人きりで話がしたい、という我儘。
「……うん。じゃあアウラ様に任せよう。行くよ、シュタルク。フェルン」
「あ、待ってくれよ姉ちゃん!? まだ体中が痛いんだって!?」
「分かりました。アウラ様、お気をつけて」
私が嘘をついていないと察したのか。リーニエが二人を連れてこの場を去っていく。あの子からすれば面白くない、複雑な心境だろうに。それを表に出すことなく。私を信頼しているのだろう。ある意味あの子らしい。リュグナーもまた口を噤んだまま、一度礼をした後、それに続く。
後には私達だけが残された。大魔族同士。共犯同士。何もかも同じなのに、全く似ても似つかない。同じ種族であってもこうも違うのかと感嘆するほど。
そう。これは再現だ。あの時の私とヒンメルの。そして何度も私が経験したことの。問答という名の命乞い。違うのは
「……もういいわよ。『喋ることを許すわ』」
私が問い質す側であり、こいつが命乞いをする側であるということ。
「……あら? 本当に喋ることができるのね。素敵ね。これが
私が許可したことでソリテールは喋ることができるようになった。だがその態度は全く変わらない。自然体そのもの。本当にふざけた奴だ。さっきまで殺し合いをしていたというのに。まるでいつものように私と話をするように。どころかこの状況を楽しんでいるかのよう。嘘だとしてもやりすぎだろう。
「……随分余裕ね。あんた、自分の立場が分かってるの?」
「もちろんよ。私は奴隷で貴方は主人。とても分かり易い関係ね。人間の親子や家族よりもよっぽど合理的よ」
それでもこの状況を誰よりも理解しているらしい。何の抵抗もなく、自らが奴隷であると認めている。私はそれをずっと認めることができなかったというのに。あっさりと。何でもないかのように。やはりこいつは魔族なのだろう。だからこそ
「意外ね……泣いて命乞いをするんじゃなかったの?」
それが予想外だった。この状況なら魔族ならするであろう命乞いをする気配が見られなかったから。自らの生命の危機。それを前にして魔族が取る行動は決まっている。今、言葉以外の行動をこいつは奪われている。だというのに何故。それは
「してほしかったの? 貴方にそんなことしても無駄だもの。なら少しでもお話をした方が有意義でしょう?」
これ以上にない、こいつらしい理由だった。なるほど、こいつにとっては命乞いよりもそっちの方が興味深いのだろう。そもそも命乞いをするというのが嘘だったのかもしれない。
「そう。死んでもあんたは変わりそうにないわね」
「面白いことを言うのね、アウラ。まるで人間みたい」
きっとこいつは死んでも変わらないのだろう。筋金入りだ。それにいつものように返してくる。私とこいつの間だから成り立つ、皮肉という名のやり取り。
「それで? これはどんな催しなの? いいえ実験かしら? もしかして私を不死の軍勢に加えてくれるの? それはそれで興味深いわ。ごっこ遊びの人形になるのよね」
ようやく本題とばかり逆にソリテールが問いかけてくる。何故自分を処刑しないのか、と。喋ることができるようにしたのかと。思わずこっちがその内容に驚いてしまう。それはこいつを不死の軍勢に加える、という発想が私には全くなかったから。なるほど。考えれば当たり前だ。かつてヒンメルを服従させた時、私は狂喜乱舞した。最強の駒を手に入れたも同然だったのだから。目の前のソリテールもそれに勝るとも劣らない最強の駒だ。攻守において、並ぶことのない駒になるに違いない。だが
「こっちから願い下げよ。怖気が走るわ」
「そう。残念だわ。でも余計に分からないわ。なら何でこんな意味のないことを」
こいつを不死の軍勢に加えることは今の私にはあり得ない。手に余るのは目に見えている。何よりも、生理的に受け付けない。散々争っておいて、こいつを使って一人遊びしていたのでは本末転倒だ。それが最初から分かっていたのか。それとも本当にそう思っているのか。ソリテールはそんなことを口にしてくる。ならこの無駄なやり取りは、時間は何なのかと。
「意味ならあるわ。いつかあんたが言ってたでしょう。裁かれてみたいって。喜びなさい。私があんたを裁いてあげるわ」
それに魂の載っていない、空の天秤を晒すことで答える。これが裁判という名のごっこ遊びなのだと。私がこの八十年間、演じてきた、倣ってきた、本物に勝るとも劣らない偽物を見せてやろうというのだ。
「本当に? 素敵ね。貴方が直々に裁いてくれるなんて。とても興味深いわ。フリージアの法であれば、私は何の罪に当たるのかしら。マハトが聞いたらきっと羨ましがるでしょうね」
それを前にして子供のようにソリテールは笑みを浮かべている。本当に愉しんでいるのだろう。フリージアでさんざん見てきていたはずなのに。実際に自分が経験できるからだろうか。裁判の意味を、裁かれるというのがどういうことか。理解できないこいつではないだろうに。好奇心がそれを上回っている。自分が何の罪で裁かれるのか。必死に考えて楽しんでいる。期待している。魔族にしても理解できない精神構造。何故そこでマハトが出てくるのかは分からないが。
「────いいえ。あんたに罪なんてないわ」
結論から告げる。ソリテールには罪などないと。裁判としての根底が崩れてしまうであろう答えを。
「? 何を言ってるの? 私は数えきれないほどの人間を殺してきたわ。騙してもきた。これが罪でなくて何なの? 貴方と私が一緒に作った教典にもそう記してあるわ。矛盾しているわよ、アウラ?」
首を傾げながらそれに異論を唱えてくるソリテール。それは正しい。こいつは殺してきた。食べてきた。数えきれないほどの人間を。騙してきた。欺いてきた。貶めてきた。その尊厳を。魂を。それは紛れもない罪だ。フリージアの教典にも反している。だが違うのだ。前提からして間違っている。何故なら
「その通りよ。矛盾しているのはフリージア、私の方。フリージアは私の嘘でできているのよ」
この国は、あいつの夢は嘘でしか実現できない絵空事なのだから。
「
魔族に罪なんてものはない。それは他でもない、勇者から教えられたことでもある。ないものは贖えない。償えない。悪意がない、罪悪感がない魔族には。私にもそれはできない。それができるのは、きっと女神の奴だけだろう。
「その証拠を見せてあげる。『欺くことなく答えなさい。あんたはこれまで殺した人間のことをどう思ってる?』」
天秤をかざしながら、命令する。論より証拠。かつて勇者一行から散々問い質された、人間が魔族に一番に聞きたがる問いを。偽ることは許されない。その答えもまた、私にとっては聞くまでもないもの。
「『何とも思っていないわ。当たり前でしょう?』」
魔族である証。何も感じない。思わない。息をするのに、食べるのに何も考えないように。魔族にとってそれは当たり前のこと。それ故に分かり合えない。人類と魔族の相容れない、決定的な断絶。
「凄いわ。本当に嘘がつけないなんて。これが服従の魔法の力なのね。素晴らしいわ」
その事実にこいつは気づけていない。魔族であるが故に。それよりも嘘がつけなかった事のほうに驚いている。そういえば私もそうだったか。私はただ恐怖していたが。今、同じ問いをされたら、私は何と答えるのか。私でもそれは分からない。それはこの場においては無駄なことでしかない。
「だからあんたは無罪よ。ソリテール。魔族に罪なんてものはない。それは人間が勝手に作った物差しでしかないわ」
改めてそう告げる。こいつに罪などないのだと。どんなに悪逆の限りを尽くそうと、罪には問えない。こいつだけではない。魔族全てがそうなのだ。罪なんてものは、人間が勝手に作った物差し。目方でしかない。それを魔族に当て嵌めても何の意味もない。愚かでしかない。
「ますます理解できないわ。貴方は何を言っているの、アウラ? なら何でこんなことを」
ソリテールからすればますます理解できないのだろう。私が何を言っているのか。合理性からかけ離れた行動。不合理でしかない私の言動。その根源。
「だからこれは私の我儘よ。ただの独りよがり。私があんたに『祝福』をあげるわ」
それがただの私の我儘なのだということに。勝手。独りよがり。人間に当て嵌めるのなら独裁と言い換えてもいい。私はこいつを法で裁く気なんて毛頭ない。これはただの八つ当たり、いや、仕返し。喧嘩の延長線上のこと。
「祝福……? 私に枷を嵌めるつもりなの?」
「いいえ。あんたに枷を嵌める気はないわ。あんたを喜ばせるだけだもの。これはあんたの好きなお話よ」
祝福。ここフリージアでの私の魔法、枷を意味する物。他ならぬこいつが名付けた物でもある。だがそれを科すつもりはない。そんなことをしてもこいつを喜ばせるだけだろう。だからこれから私が突きつけるのは、暴くのはただの言葉だ。こいつの大好きなお話で、こいつ自身の矛盾を曝け出す。そのために、この場を設けたのだから。
私には二つ、手札があった。一つは魔族の未来のためという、こいつらしくない理由を問い質すこと。個人主義であるはずの魔族の習性に反するもの。今はもういない、魔王様やシュラハトの真似事とも言える矛盾。しかしそれでは不十分だ。恐らくこいつはそれでは追い詰められない。かつての私がそうであったように、もっともらしい理由をつけて嘘をつき、誤魔化すだろう。なら、もう一つの手札、罪状を。魔族であるが故に、言い逃れできない真実を。
「あんたはどうして自分の魔法ではないのに、人類の魔法を研究しているの?」
単刀直入に、そう問い質す。何の変哲もない、当たり前の質問。子供でも思いつくような疑問。
「? おかしなことを聞くのね? 興味があるからに決まってるでしょう? 魔法の探求は魔族の欲求だもの」
だからこそソリテールは理解できない。私の質問の意味が。意図が。先の問答と同じだ。当たり前すぎて、疑問にすら思っていない。気づけていない。己の致命的な矛盾。らしくないことがそこにあるのだということに。
「そうね。でもおかしいわ。私たちは生まれ落ちてから、生涯を懸けて己の魔法を探求する。なのに、どうしてあんたは自分の魔法ではない物を探求しているの? それだけじゃないわ。人間の研究なんて物にも手を出している。矛盾しているとは思わない?」
順を追って、追いつめていく。逃げ場をなくしていく。外堀を埋めるように。着実に。他でもない、こいつ自身が言っていたこと。魔族は己の魔法を探求する。その生涯を懸けて。なのに何故、下らない人類の魔法を学び、探求しているのか。どころか人間を使った研究という名の一人遊びまで。いくら魔族にも個人の嗜好があるにしても逸脱しすぎている。
「そうね。だから私は変わり者だって言われるわ。でもそれの何がおかしいの?」
それ故に異端。変わり者だとこいつは言われてきた。自称すらしている。そう誤魔化してきた。知らない振りをしてきた。嘘をついてきた。それが嘘だと気づけないほどに。まるでかつての私のように。
「……やっぱり気づいていないのね。質問を変えるわ。どうして
やはりまだ気づけないのだろう。なので核心を告げる。こいつにとっての心臓を。いや、私なりに辿り着いた、もう一つの魔族という種族にとっての真理を。
「? 質問の意味が分からないわ。そんな当たり前のこと──」
「当たり前じゃないわ。収斂進化よ。私たちは人間を騙して捕食するために進化してきた。そのためにこの姿を、言葉を身に着けた。でも魔法なんて必要ない。騙すためには何の役にも立たないわ。そうでしょう?」
疑問を、反論を許さないように畳みかける。収斂進化という、こいつ自身が私に教えた概念によって。それは人間を捕食するための進化だった。それ故に、私たちは言葉を手に入れた。獲物を誘うための鳴き真似を。でも魔法の探求はそうではない。そもそも魔物の延長である私たちに、何でそんな欲求が備わっているのか。魔物にはそんなものはなかったのに。私も疑問にすら思わなかった。当然だろう。息をするのに、歩くのに、食べるのに疑問を抱くことができないほどに。それは私達に根付いている本能なのだから。
「でも最近ようやくその答えを見つけたわ。エルフの生態を調べる中でね」
それを知ったのはただの偶然だった。その疑問を、私は逆説的に持つことになったのだ。
「エルフの生態……?」
「ええ。フリーレンと戦うのに備えて、弱点がないか書物を漁っていたの。結局そんな物は見つからなかったけど。代わりに面白い記述があったの」
それはただの気紛れだった。いずれ来るであろうフリーレンとの戦い。それに備えて、私は書物からエルフの情報を得ようとした。ヒンメルたちから得られる情報は主観が多すぎて役に立たない物ばかり。もっと正確な情報が欲しかったからだ。もっともエルフに関する書物は数が少なく、ほとんど役に立たなかった。だがその中で、興味深い記述を目にした。ある意味それは弱点ともいえるものだった。それは
「知っている? エルフは長い人生の中で何かを探求することが多いらしいわ。
エルフの習性だった。エルフという種族はその生涯で、何かを探求することが多いらしい。魔法に限った話ではないのだろうが、奇しくもフリーレンも、ゼーリエもそれに当て嵌まっている。それだけではない。それは魔族とも同じだった。種族も価値観も何もかもが違うのに、何故同じ習性を持っているのか。それは
「退屈を紛らわすためよ。好奇心。それがなければ、エルフは悠久にも似た寿命に耐えられない。肉体ではなく、精神が。生物として」
長命種であるが故の宿命だった。退屈。それがエルフにとっての死に至る病。それに抗うための物が好奇心なのだ。それがなければ、長すぎる寿命に、時間に耐えられない。体ではなく、心が。摩耗し、擦り切れてしまう。ヒンメルがいなくなってからの私がそうであったように。
かつてアイゼンが言っていたことがその答えだ。短命種が持ち得るもの。短い寿命であっても、暇があること。退屈であるという意味ではない。余裕があるということ。それこそが短命種が私達よりも優れている点なのだ。
「もし生涯を懸けて探求したものが、何の価値もない物だと知った時、
それがなければどうなるのか。己が探求し続けたものに意味がなかったとしたら。価値がなかったとしたどうなるのか。忘却してしまったらどうなるのか。かつてゼーリエが言っていたように。それがきっと、エルフの寿命なのだろう。違うのは自ら幕を引くのかどうかだけ。なら、それが魔族ならどうなるのか。
「それが今のあんたよ。ソリテール。様々な魔法を学んだ探求の果てが、魔力をぶつけるだけの下らない魔法だと認めることができずに、一人遊びをして誤魔化している。哀れな魔族」
その答えが目の前にいる魔族だ。誰よりも好奇心に満ち、学んできた魔法の探求の果てに裏切られ、それを認めることができず、自らに嘘をつき続けて、意味のない一人遊びで誤魔化し続けている成れの果て。
その真実を突きつける。喉元に、心臓にナイフを突き立てるように。私なりの、精一杯の悪意を込めて。かつて私に同じように、悪意のない
「────ああ、そうだったのね。あなたは本当に私のことを理解してくれているのね、アウラ。素敵だわ」
純粋な子供のような笑みを浮かべながら、ソリテールは喜んでいた。ようやく長い間、悩んでいた答えが見つかった。問題が解けたかのように。
本当なら激昂し、襲い掛かって来なければいけないような侮辱、辱めだというのに。それを感じ取れない。気づけない。悪意がないが故に。それを言葉通りに受け取ってしまう。哀れな獣。決して分かり合うことができない何かを感じてしまった。
きっと魔族は皆そうなのだろう。命乞いをしても。醜く生にしがみついても。最後にはきっと。ああ、そうかと思うだけなのだろう。
「でも本当に残念だわ。私では貴方の友達にはなれなかったのね。せっかく
そんな私の空気を感じ取ったのだろう。いや、自らにとっての最期の時を。もしかしたらそれは命乞いだったのかもしれない。こいつなりの。それに
「言ったはずよ。意味のない命令だって。あんたと私はとっくに
偽ることなく答えることにする。種明かしのように。自らの本心を曝け出す。魔族ではない私だからこそできること。
それこそが、私が天秤を覆すことができた、もう一つの理。もう叶っているお願いをされたからこそ、その隙を突くことができた。私たちにこそ相応しい。魔族の友達の形。
「────」
それを前にして、ソリテールはただ目を丸くしている。言葉にならないのか。まるで呆けてしまったかのように。
その姿を目に焼き付けながら、命令する。最後の命令を。本当ならする必要のない命令だろう。こいつには罪はない。枷をして、かつての魔族の将軍グロースのように解き放ってもよかった。だからこれは私の我儘だ。
これ以上、多くの人間の命が奪われないように。ヴィルの無念のために。そして、こいつの魔族としての尊厳を汚さないために。何故なら
「────『ソリテール。自害なさい』」
こいつは、私にとって、たった一人の魔族の友達なのだから。
言葉と共に、ソリテールは自らの下らない魔法によって胸を打ち抜く。呆気なく、何の感慨もなく。例外はない。魔力の鎧は霧散し、傷口から魔力が流出し、形を失っていく。無に還っていく。何も残ることはない、魔族の最期。その際であっても
「やっぱり貴方は嘘つきね……アウラ。そんな、分かり易い嘘を、つくなんて……」
こいつは気づけない。騙されてしまっている。私が嘘をついていると。どこまでも魔族らしい、こいつの在り方。でもお互い様だろう。私もこいつが言っていることが嘘か本当か分からないのだから。でもそれでいい。かつてヒンメルがしなかったように、私もこれ以上こいつの嘘を暴く気はない。何故なら
「ええ。私は
────私たちは魔族なのだから。
夜明けの光と共に、魔力の黒い塵が舞っていく。肉体が滅びても、魂は残り続ける。それがどこに行くのかは、もう私にも分からない。それでもそれを私は見送る。天国なんてものがあるとしても、私たちはそこには行けないだろう。あるとしたら地獄だろうか。なら
「────先に逝って待っていなさい。私もそこに行くわ」
遠からず、また会うことになるだろう。どんな形にせよ。
それがフリージアで最も長い一日の終わり。そしてアウラにとっての葬送の始まりだった────