ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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最終話 「花畑」

(少し街並みも変わったか……)

 

 

久方ぶりに訪れた王都の街並みと活気にあてられてしまう。何度も来ているはずだが、やはりその度に街並みが変わっている。人間の時間の流れの速さを表わすように。いや、自分が置いて行かれているのだろう。その証拠に体も衰えてしまった。昔なら道中も何の疲労もなかったというのに今は一苦労だ。何より、自分が勇者一行の戦士だと気づく者がほとんどいなくなった。数十年前なら、王都に来るたびに声をかけられていたのだが。無理もない。魔王を討伐してからもう八十年。何かを忘れるには十分すぎる時間だろう。

 

 

(変わらないのはこの銅像ぐらいか……)

 

 

知らず、広場にある銅像を前に足を止めてしまう。そこにはかつてと変わらない自分と仲間たちの姿があった。錆びついていても、姿形は失われていない。思い出すのはこれを作る時の騒動。ただでさえ銅像を作るのに時間がかかるヒンメルがここ王都でも銅像を作るなんて一大事、はしゃがないはずがない。結局ポーズを決めるのだけで数日かかってしまった。あの時間感覚がずれているフリーレンですら音を上げるほど。本当に下らない思い出。それでも、あいつを独りぼっちにしないために、ヒンメルの遺した道標。銅像とは違い、もう勇者一行は俺とあいつしか残っていない。本当に人間の寿命は短い。何度それを思い知らされたか分からない。きっとあいつはこれから何度もそれを経験していくのだろう。俺とは比べ物にならないほどに。

 

 

(フリーレンたちはシュタルクを連れ出してくれたようだな)

 

 

王都に来る前に、シュタルクが滞在していた村に寄ってきたが、あいつの姿はなかった。シュタルクは竜を倒した後、フリーレンたちと一緒に旅立ったらしい。ものぐさだが、約束は守る奴だ。心配はしてはいなかったが、一安心した。

 

 

(言葉で伝えればいい、か……これではあいつに何を言われるか分からんな)

 

 

思い出すのは、当たり前のようにそうヒンメルを諭していたアウラの姿。だがヒンメルだけではない。俺も、フリーレンも、もしかしたらハイターも。簡単にできることなのに、俺たちはそれが上手くできない。

 

 

シュタルクにも悪いことをした。俺の弱さのせいで、臆病さのせいで傷つけてしまった。一度村に様子を見に行ったことがある。だが声をかけることができなかった。何のことはない。俺もフリーレンと同じように不器用なのだ。たった一言謝ればいいだけだというのに。凄い戦士になると認めてやればいいのに。

 

 

(ヒンメルならそうした……か。俺もそうするとするか)

 

 

だがそれをヒンメルは乗り越えたのだ。いや、変えられたのだ。他でもない嘘つきの魔族の友達に。あれだけ頑固な勇者が、自分の想いを伝えるために。きっと、本当ならできなかったことなのだ。あいつ自身が言っていたこと。何でもいい。少しだけ誰かの人生を変えてあげればいい。誰よりも多くの人の人生を変えてきたあいつも、最後には誰かに自分を変えられた。なら俺もそれに倣うとしよう。

 

 

土産話を持って帰ってくるであろう一番弟子に。自分の気持ちを言葉で伝えるために。

 

 

リーニエのように嘘をつかずに。その方が都合がいいから。俺は戦士なのだから。

 

 

 

そのまま目的地を目指す。その手に酒瓶を持ちながら。ヒンメルの墓参り。それが王都にやってきた理由。シュタルクが無事に旅立ったのかを確認するための遠出だったが、ついでに寄っていくために。あいつに言わせれば冒険か。もう斧を振れるような歳ではないというのに。そう考えると力が湧いてくるのはやはり俺が勇者一行だからなのだろう。

 

手にあるのは葡萄酒だ。本当なら没収されかねないが、ここにはアウラはいない。バレることはないだろう。ハイターにも今度持って行ってやろう。今頃天国で酒盛りしているに違いないだろうが。

 

だがゆっくりとした足取りで、その場所に辿り着いた瞬間、目を奪われてしまった。

 

 

「────」

 

 

息を飲む。時間が止まってしまったかのように。それがいつまで続いたのか。思わず笑みがこぼれてしまう。危うくせっかくの葡萄酒を落としてしまうところだった。

 

 

「まったく……あいつらしいな」

 

 

呆れるしかない。ここにはいない、二人に対して。一人は魔族の友人。散々俺たちを心配させてくれたが、どうやら乗り越えたらしい。あいつはようやくヒンメルを葬送できたのだ。それに三十年かかったのは、きっと時間がかかった方なのだろう。長命種である魔族だとしても。あの時のやり取りを思い出す。あいつもまた、短命種の暇の素晴らしさに気づけたのだ。

 

もう一人は人間の友人。間違いない。これはヒンメルのお願いだろう。いや、遺言か。確かめなくても分かる。

 

何故ならそこには、墓が埋もれてしまうほどの一面の花畑が広がっていたのだから。あいつが一番好きだと豪語していた、蒼月草の花畑が。死んでもその目立ちたがりは治らないに違いない。本当に

 

 

「────本当に、罪な男だ」

 

 

そう愚痴りながら、酒を酌み交わす。天国に行く前に。ここには魂はなくとも。きっとあいつは俺たちを見ているのだから。なので俺はもう少しこっちに留まることにしよう。あいつらを見守るために────

 

 

 

 

「ふぅ……こんなところかしら」

 

 

思わずそう大きな息を吐きながら独り言を呟いてしまう。ひとまずはこれで大丈夫だろう。何のことはない。いつもの日課。家の掃除が終わっただけ。違うのは自分の家ではない、私にとっては家族同然の二人の家であること。

 

 

(歳には勝てないわね……これじゃあまたリーニエにからかわれてしまうわ)

 

 

ここにはいないリーニエの姿が目に浮かぶ。きっと腰をさすっている私を見れば、いつものように老いぼれたと言ってくるだろう。悪意なく、正直に、純粋に。それがあの子らしさ。いくつになっても変わらない私にとっての妹。

 

でもやはり歳には勝てそうにはない。年々、この家を維持することが難しくなりつつある。満足に体が動かせなくなってきた。当たり前だろう。もう八十歳を超えているのだから。リーニエからすればたった八十年なのだろうが。本当にこういう時には魔族が羨ましくなってしまう。どうやっても、背伸びしても私たちはあの二人には付いて行くことができない。

 

 

(どうして私たちはこんなにも違うのかしら……?)

 

 

リーニエの椅子を借りながら、ふと考える。どうして私たちは、人間と魔族はこんなにも違うのか。姿形も、言葉も、所作もこんなにも似ているのに。それに姉さんが何か難しいことを言っていた気がするが思い出せない。思い出せるのはそう、この家での懐かしい、賑やかな日々だけ。

 

姉さんがいて、ヒンメル様がいて、リーニエがいる。あの人がスカート捲りをしては二人を困らせていた。リーニエの奇行に振り回されていた二人はまるで夫婦のようだった。それを見ているのが好きだった。ハイター様やアイゼン様がやってきては賑やかになるこの家が。姉さんにせがんで見せてもらう花畑の魔法が。

 

もうそれを見ることはできないのかもしれない。でも姉さんから受け継いだものを守るのが私の役目だ。あの人やリーニエのように、姉さんの役には立てない私にできる唯一のこと。

 

それでも、一縷の望みを、願いをあの人に託した。勇者一行の最後の一人である、葬送の魔法使いに。きっと誰よりも、姉さんの気持ちを分かってくれるであろう方に。ならきっと大丈夫。小さな可愛らしいお弟子さんも一緒だった。だからもう少しだけ。そう自分に言い聞かせていると

 

 

「あ、やっぱりここにいたんだ大婆ちゃん!」

 

 

どこか懐かしさすら感じる賑やかさと共に小さな訪問者、ひ孫のアンナがやってくる。相変わらず元気な子だ。たまに帰ってくるリーニエとよく一緒に遊んでいる子でもある。流石にリーニエもこの子を妹にしようとは思わないらしい。いつになるかは分からないが、あの子もお母さんに憧れる時が来るのだろうか。そんなことを考えていると

 

 

「早く早く! こっちに来て!」

「どうしたの? そんなに慌てて……」

 

 

アンナはそのまま私の手を取って引っ張ってくる。確かに活発な女の子だが、いつもはここまでではない。何かあったのだろうか。そんな私の疑問に答えないまま、アンナに家から連れ出されてしまう。それに必死についていく。転びそうになりながらも。一体何をそんなに慌てているのか。一体どこに。だがそんな疑問は、すぐに吹き飛んでしまった。何故ならそこには

 

 

「これは…………」

「ね、すごいでしょ!? 朝起きたらいっぱい咲いてたの! これ、なんて花なの?」

 

 

青い花弁が舞っている、一面に広がる花畑があったのだから────

 

 

それは私が生業で育てている花だった。その植生のために。姉さんに見せてもらった花のおかげで始めた私の仕事。でも、その花だけはどうしても咲かすことができなかった。何度試しても、もう咲くことはないかのように。もう何十年も前に絶滅してしまった花。残っているのは種だけ。魔法で咲かすことはできても、自然に咲かすことができない。

 

まるであの日々が、姉さんがこの村に戻ってこないのと同じように。それでもあきらめきれなかった。もう叶うことがないと思っていた夢。

 

 

「────これはね、蒼月草っていうのよ。勇者ヒンメル様の故郷の花なの」

「勇者様の?」

 

 

それが現実になっている。まるでそう、誰よりもこの花を愛していた勇者の願いが形になったかのように。それを迎えるように。あの時、守ることができなかった約束を果たすかのように。

 

遠くから聞き慣れた元気な声と共に、変わらないドレス姿の妹が駆けてくる。天真爛漫が形になったような勇者様の一番弟子。それに続くように、見守るようにやってくる。帰ってくる。この場所に。昔のように。

 

知らず、目がぼやけていた。本当に歳には勝てない。いつからだろう。こんなに涙脆くなったのは。でも仕方ない。だって

 

 

「────おかえりなさい。姉さん」

「────ええ。ただいまリリー。遅くなったわ」

 

 

私たちの大好きな姉さんが、ようやく帰ってきてくれたのだから────

 

 

 

 

 

「…………はぁ」

 

 

何度目になる変わらない溜息をつく。でも何度繰り返しても気持ちは晴れない。どころか暗くなっていくばかり。足取りも重くなり続ける。まるでそんな魔法をかけられてしまったように。許されるなら、この場に座り込みたいほど。

 

 

「何をしているんですか、フリーレン様。置いて行きますよ」

「だって……」

「懐かしいな。そういえば前もそうだったか」

 

 

でもそれは許してもらえない。いつものようにフェルンに叱られてしまう。本当にお母さんみたいだ。私のことを誰よりも分かっている。だからこそ許してもらえない。昔はもっと優しい子だったのに。そんな私を見てシュタルクはどこか懐かしんでいる。他人の気も知らないで。

 

今私たちは旅の帰り道の途中。それは大きな問題ではない。何よりも、その行き先が問題だった。そこは私にとってはかつての魔王城に匹敵する場所なのだから。

 

 

「いい加減あきらめてください。ヒンメル様からの伝言を預かっているんですから」

「分かってるよ……でも私、フリージアを出禁になってるし。まだ百年経ってないし」

「駄目です。ただでさえ私たちのせいで遅くなってしまったんですから」

「本当に百年後に行く気だったのかよ……」

 

 

それは魔族国家フリージア。人間と魔族が共に暮らしている楽園。それ自体は構わない。むしろ楽しみでもある。魔族の連中は置いておくとしても、その魔法の発展と技術の進歩には目を見張るものがある。貴重な魔導書もきっと増えているに違いない。ただそれを上回る嫌悪の対象がいるだけ。きっと変わらず反吐が出るようなごっこ遊びをしているのだろう。

 

思い出すのはかつて同じようにフリージアに行くのを嫌がっていた記憶。何とかそれを引き延ばせないか悪あがきをしながら三人で旅をしていた。もしかしたらその時以上かもしれない。それは言うまでもなくヒンメルのせいだ。何で私がこんなことを。まるで精神魔法でもかけられてしまったようだ。

 

でもそれは違う、物理的な理由もあった。それは自分の胸の中にいる存在。そう、行きは三人だったが、今私たちは四人で旅をしているのだから。

 

 

「ばぁば! ばぁば!」

「ばーばって呼ばないでよぉ……あと髪引っ張らないで……」

 

 

私にとっては呪いに近い言葉を口にしながら、その子は私の髪を引っ張ってくる。それにされるがまま。できるのはしおしおになりながら涙を流すだけ。それが新たに加わった四人目の仲間。フェルンとシュタルクの子供である男の子、バルムだった。

 

 

「完全にお婆ちゃんだな。フリーレン」

「もうあきらめてるけど……覚えておきなよ、シュタルク」

「三日三晩泣かなくなったのは成長しましたね、フリーレン様」

「頭撫でないで……フェルンはお母さんみたいになったね」

「お母さんですから」

 

 

そういいながら胸を張っているフェルンには以前にはなかった貫禄がある。前そう言ったら怒られたので口には出せないが。元々お母さんみたいだったのに、本当にお母さんになってしまったのだから。オレオールからの帰り道、身重になったフェルンに無理をさせるわけにはいかないので、今まで動けないでいたのだがバルムが少し大きくなったので旅を再開したところ。私としてはあのままゆっくりして全然良かったのだがそうはいかなかったらしい。そこでお世話になったのがザインの住んでいた村だ。今頃戦士ゴリラと一緒にどこに冒険に行くか相談でもしているのだろう。いや、年上のお姉さんを探しにか。それはともかく

 

 

「あきらめるんだな、フリーレン。今のフェルンに逆らったらどうなるか……」

「あなた?」

「何でもありません」

 

 

私はもちろん、シュタルクもフェルンには逆らえない。いや、そもそもそれは最初からか。背も伸びて、戦士アイゼンの再来なんて言われるようになってもシュタルクはシュタルクなのだろう。普段は様付けなのに、こういう時にだけあなたと呼ばれて体を震わせている。流石はアイゼンの弟子だ。それに比べて私は格段に成長している。年寄り扱いされても三日三晩泣くのを我慢できるようになったのだから。慣れというのはやはり凄い。今は一晩で済むようになった。

 

 

「とにかく、次の半世紀(エーラ)流星を一緒に見るまではフリージアで一緒にいてもらいますからね」

「え? 次ってことは……十年以上も?」

「フリーレンとは思えない反応だな」

 

 

なのに今度は違う意味で泣きそうになる。それはつまり、今から十年以上フリージアに、いやあいつと一緒にいなければいけないことを意味するのだから。あり得ない。そんなに長い時間耐えられるはずがない。きっとまた追い出されてしまうに決まっている。もう外で寂しく野宿するのは御免だった。でも

 

 

「当たり前です。出て行ったらまた五十年帰ってこないかもしれませんから」

「もうそんなことしないよぉ……」

「あきらめろって、フリーレン」

 

 

私にとってはトラウマに等しい過ちを抉られて卒倒しそうになるも、この子を抱いているのでそれもできない。リーニエ顔負けの私だけを殺す魔法(ゾルトラーク)だ。でも前科がある私にはどうすることもできない。五十年はないにしても、十年ぐらいはあり得るのでそれ以上反論できない。

 

 

「それにフリーレン様……ちゃんとヒンメル様との約束を覚えていますか?」

「もちろん。ちゃんと伝言は伝えるから」

「そうじゃなくて、もう一つの約束の方です。ヒンメル様から頼まれて、約束してましたよね?」

「……………うん」

「こりゃ前途多難だな」

 

 

もう一つの頼みごとを思い出して憂鬱になるしかない。それもこれもヒンメルのせいだ。何で私がそんなこと。伝言だけでも十分だろうに。でもそれを聞いてしまった。頼まれてしまった。ハイターの口車に乗せられてしまったのもある。ようするに死んでも私はあの二人には勝てないのだ。お返しにスカートを捲って見せてやったが結果は引き分け。ヒンメルは昇天し、私はフェルンにお仕置きの雷を放つ魔法(ジュドラジルム)を落とされることになった。

 

 

「はぁ…………行きたくないなぁ……」

 

 

心の底から、そう本音を吐露する。嘘をつくこともできない。きっとあいつも同じことを言うだろう。同族嫌悪でしかない。ようするに、全部ヒンメルのせいなのだ。ヒンメルと友達になってしまったのが、あいつの運の尽きだったのだ。だから仕方ない。

 

 

そのまま歩みを進める。一歩一歩。ゆっくりでも、その歩幅を合わせながら。今の私には、そうしたいと思える相手が、仲間がいるのだから。

 

 

そして長い腐れ縁になるであろう、魔族と友達になるために。

 

 

段々とその城壁が見えてくる。以前と変わらない、あいつとヒンメルの夢の形。違うのは、その周りに青い花が咲き乱れていたこと。魔法で生み出されたのではない、本物の蒼月草の花畑が。

 

 

「やっぱり魔族(あいつ)は駄目だね。趣味が悪いんだから────」

 

 

勇者ヒンメルの死から三十八年後。

共存国家フリージアにて。

 

 

 

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