ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第三話 「女神」

「何やってるのよ、あんたたち……」

 

 

激しい既視感と共にそう問いかけるしかない。ついさっきも同じことを口にした気がする。何の冗談なのか。さっきからこんなことばかりだ。まるで時間があの頃に戻ってしまったかのよう。調子が狂ってしまう。いや、狂っていた調子が戻って来ているのか。何にせよ、面倒なことには変わりない。

 

 

「勘弁してくれよぉ、姉ちゃん……」

「戦士ならこのぐらい平気でしょ? 本当に頼りにならないんだから」

 

 

眼下にはリーニエに許しを乞いているシュタルクの姿がある。リーニエに馬乗りにされているその姿は情けないことこの上ない。傍から見れば年下の少女に良いようにされている男なのだから。人間で言えば姉に逆らうことができない弟か。ある意味主従に近いのかもしれない。序列だろうか。

 

 

「シュタルク、あんた重傷だったはずでしょう。何動き回ってるのよ」

「それは姉ちゃんが……」

「……リーニエ?」

「…………むぅ」

 

 

リーニエは置いておくとして、馬乗りは見過ごすことはできない。何故ならシュタルクは私達の中で一番の重症だったのだから。絶対安静だと言われるほど。それが歩き回っているなど何の冗談なのか。どうやらリーニエの仕業だったらしい。本当に困った子だ。シュタルクにお姉さんぶれるのが嬉しかったのだろう。それともいつものようにしているだけなのか。自分もシュタルクほどではないにしても負傷しているというのに。自覚はあったのか、いつものように黙り込んでしまう。そもそも何故馬乗りになっているのか。もしかしたらフリーレンがおぶられているのを見たので自分も真似してみたくなったかもしれない。

 

 

「えっと……でも本当に体は平気なんだぜ? ほら。戦士ならこのぐらいは当然だぜ」

 

 

リーニエが叱られているのが居たたまれなくなったのか、シュタルクはそう言いながらリーニエを乗せたまま腕立て伏せを始めてしまう。それに思わず目を丸くしてしまう。あり得ない。あれからまだ三日しか経っていないのに。しかもそれは嘘ではないのだろう。その動きもだが、何よりリーニエが反応していないのだから。それはつまり

 

 

「……やっぱりあんたも化け物ね」

「ひでぇよ!? 師匠と一緒にするなよ!?」

「そういえばアイゼンは怪我しても大岩を背負ってスクワットしててハイターがドン引きしてたっけ」

「どっちもおかしいと思います」

 

 

化け物の弟子は化け物なのだということ。フェルンだけではなく、シュタルクもまた間違いなく勇者一行の弟子なのだ。もっともフェルンとは違う意味、生物的な意味でだが。本当にこいつは人類なのか。その証拠にフェルンもドン引きしている。フリーレンはどこか懐かしいと言わんばかりにふざけたことを言っている。致命的にズレた奴だ。勇者一行の連中はどいつもこいつもこれだ。自分たちが化け物なのだと自覚がない分、余計に質が悪い。このままではフェルンたちにもそれが受け継がれてしまいかねない。もう手遅れかもしれないが。だが

 

 

「姉ちゃんは軽いからな。昔と全然変わってないぜ。フリーレンと同じぐらいだな。これならフェルンを乗せた方がリハビリに」

「……私の方が何ですか?」

「何でもありません」

「何でそんな嘘つくの?」

 

 

シュタルクは愚かにも禁忌を犯してしまう。年齢と並んで女性に触れてはいけない禁忌を。しっかり三人を見比べた後で。救いようがない。私であっても同じ審判を下すだろう。今この場で一番の権威を持つフェルンはまるでゴミを見るような目でシュタルクを見下している。この子もこんな目ができるのかと私ですら空恐ろしくなるほど。まるで葬送が魔族を見るような侮蔑。シュタルクはただ体を震わせている。きっとアイゼンでも同じようになってしまうに違いない。何とか誤魔化そうとするもリーニエがいるのでそれも許されない。悪意がない故の残酷な仕打ち。断頭台を前にしたも同然だった。違いがあるとすれば

 

 

「じゃあフェルンも一緒に乗る?」

「え?」

 

 

今のリーニエは神官ではなく、弟と、妹と一緒に遊びたいだけのお姉ちゃんだったということ。

 

 

「乗ったれ! 乗ったれ!」

「やめてっ! 何でフリーレンまで乗るんだよ!?」

 

 

さっきの言動の罰か、刑なのか。シュタルクは床に手足をついたまま、馬乗りにされてしまう。リーニエではなく、フェルンに加えて何故かフリーレンまで。フェルンは頬を膨らませてすねたまま。対してフリーレンはまるで遊具に乗った子供のようにはしゃいでいる。というか一番こいつが楽しんでいる。どれだけの醜態を晒しているのか。リーニエもそれは同じ。都合三人の女性の尻に敷かれながらシュタルクは悲鳴を上げている。とても知らない人には見せられない惨状。

 

 

「あんたたち、いい加減に……」

「まだまだ子供だね、リーニエ。男っていうのはね。こういうので喜ぶんだよ」

「それ、フランメ様の受け売りですよね。ふしだらです。リーニエ姉さんに変なことを教えないで下さい」

「うーん……どっちも嘘ついてないし……シュタルク、喜んでるの?」

「そんなわけねぇだろ!? いいから早くどいてくれよぉ……謝るからぁ」

 

 

いい加減それを治めようとするも、全く収拾がつかない。どころかますます手が付けられなくなっていく。その内容も低俗極まりない。それを前にして苛立ちと共に、在りし日の日常が蘇ってくる。同じように、子供のような下らない理由でスカート捲りをしては、制裁を食らっていたふしだらな勇者とクソガキの姿。違うのは、ここにはリリーはいないということ。なら答えは一つ。

 

 

「────悪い子たちにはお仕置きが必要ねぇ?」

 

 

その手に天秤を顕現させながら告げる。それが数十年振りに、私が『お母さん』の真似事をしなければいけなくなった瞬間だった────

 

 

 

「そういえば姉さん、ヒンメル様の剣はどうされたんですか?」

 

 

閑話休題。叱られた四人の子供は揃って正座している。リーニエに倣ったのだろう。この子は私に叱られるとこうなってしまう。リーニエからすればヒンメルとシュトロの真似なのだろうが。あのエルフは渋々それに従っている形。何か言いたげなオーラが漏れている。フェルンの手前それもできないのだろう。当のフェルンは申し訳なさそうにしながらもどこか嬉しそうだった。叱られたというのに。やはりこの子も変わっている。子供らしくしろとは言ったことがあるが、極端すぎる。そんなフェルンは話題を変える意味もあるのだろう。そんなことをリーニエに尋ねてくる。

 

 

「? 折れたままだよ。でも大丈夫。またアイゼンを頼りに行くから。それに私にはアイゼンの剣もあるんだよ!」

 

 

まるでおもちゃを見せびらかすように、リーニエはその手にある剣を掲げる。アイゼンの剣、か。言い得て妙かもしれない。偽物の偽物の剣。だがそれはきっとリーニエにとってはヒンメルの剣に勝るとも劣らない物なのだろう。こういう時のための予備でもあるのか。本当にあいつもヒンメルに負けず劣らず、抜かりがない奴だ。ヒンメルの剣もアイゼンに直してもらう気なのだろう。だがそれはシュタルクにとっては避けたい話題だったのだろう。さっきとは違う意味で、シュタルクは居心地が悪そうだ。それもそのはず

 

 

「ならシュタルクも一緒にいく? アイゼンに謝らないといけないでしょ。家出してるんだから」

「勘弁してくれよ、姉ちゃん……」

 

 

シュタルクは絶賛家出中だったのだから。フェルン曰く不良だったか。シュタルクからすればそれを叱られるのが怖くてここに来るのを嫌がっていたらしい。フリーレンとは違う意味で臆病な奴。結局叱られるのは変わらないというのに。流石にシュタルクもそれには従えないらしい。それもそうだ。来た道を戻らなければいけなくなるのだから。何よりも頑固、いや恥ずかしいのだろう。師弟揃って面倒なことだ。さっさと言葉で伝えればいいというのに。そう呆れながらもどこか安堵しかけるも

 

 

「そういえばちゃんと一人で水浴びできてる? 私がいないといつもそのままだったんだから」

 

 

それはリーニエの爆弾発言によって、粉々に砕け散ってしまった。

 

 

「……リーニエ、あんたシュタルクと一緒に水浴びしてたわけ?」

「? うん。お姉ちゃんなら当たり前だもん。あ、でもふしだらだからもう一緒にしちゃいけないってフリーレンに言われたんだった」

「…………そう。私が甘かったわ」

 

 

何の屈託もなく、嘘偽りなく白状する我が娘。頭が痛くなってくる。まさか今の今までそれが続いていたなんて。アイゼンの奴は一体何を。『お父さん』失格だろう。私と同じように気づいていなかっただけだろうがそれはそれ。情操教育上宜しくない。主にシュタルクにとって。リーニエに関しては半ばあきらめている。魔族であるのも理由だが、この子にはまだそれは早いのだろう。人前でスカートを捲らない程度の最低限の節度は身に着けさせている。最悪服従で矯正させることもできる。シュタルクについても姉と一緒に水浴びしているだけ。異性だとは思っていないのだろう。流石に人間だとしても子供すぎる気はするが。問題は

 

「やっぱり魔族(お前)は駄目だね。子育てなんて似合わないことするからだよ。私に感謝するんだね」

 

 

このふざけた千歳児に借りを作ってしまった、隙を見せてしまったこと。案の定それにつけこんでくる薄情者。暗に魔族である私には子育てはできないと煽っているのだろう。そんなことは言われるまでもないが、こいつにだけは言われる筋合いはない。

 

 

「日記でしか知らない奴が偉そうに言うんじゃないわよ」

「…………うぉぉん

 

 

それに見合うフリーレンだけを殺す魔法(ゾルトラーク)という名の言葉を突きつける。それによってフリーレンは人語とは思えない鳴き声を上げている。エルフの鳴き声なのか。魔族で言うなら魔物に先祖返りでもしたのだろう。

 

 

「えっと……あ、そういえばシュタルク様もヒンメル様の日記を読んでましたよね」

 

 

そんな師の醜態を見かねたのか。強引にフェルンが私の矛先をシュタルクに向けようとしてくる。この子も中々に強かだ。それに免じて、このぐらいで勘弁してやろう。このまま続ければ共倒れになるだけ。無駄でしかない。しかしその矛先にも碌なことはない。薄々分かっていたが、やはりシュタルクにもあの日記を読まれていたらしい。醜態でしかない。

 

「シュタルク、あんたね……」

「ちげぇよ!? あれはフェルンが無理やり……っていうかあれ読まないとこのパーティに入れないみたいで」

「どんなパーティよ。ふざけるのも大概にしなさい」

「…………まるで教典みたいだね。ここの教典にしたらどう? あの趣味が悪い教典よりずっと信者が増えるかも」

「一緒にするんじゃないわよ。大体持ち込んだのはあんたでしょ」

 

 

慌てながら意味が分からないことを口走っているシュタルク。脳味噌も筋肉でできているのか。女神の教典だとでもいうのか。聖都の連中からすれば最大限の侮辱だろう。もっともその司祭様は喜んで布教しそうだが。そしてそれに便乗してくるエルフもどき。どうやら言葉を喋れるようになったらしい。まだ魔族の方がマシだろう。もっと高圧縮のフリーレンだけを殺す魔法(ゾルトラーク)にするべきだったか。

 

 

「そうだ。久しぶりにあれやってくれよ、アウラ」

「? 何のことよ?」

 

 

そんな中、何かを思い出したかのようにそうシュタルクが懇願してくる。だがそれが何のことか皆目見当がつかない。久しぶりに、ということは私が以前やっていたことなのだろう。一体何のことなのか。

 

 

「痛み止めの魔法だよ。ガキの頃よくやってくれただろ?」

「私も私も! 私、あれ大好き!」

「ああ……そういえばそんなこともしてたわね。すっかり忘れてたわ」

「何のことですか?」

 

 

シュタルクの言葉で同時に思い出したのか、リーニエも便乗して懇願してくる。そういえばそうだったか。年月で言えば十年以上前になるが、随分昔のことのような気がする。言われるまで思い出せなかったのだから。加えて私にとっては喜ばしいことでもないのだから。事情を知らないフェルンは首を傾げている。それに説明しようとするも

 

 

「女神様の魔法のことだよ。回復魔法かな。そいつ、魔族のくせに使えるらしいから。女神様も目が悪くなったんだろうね」

 

 

代わりに何故か言葉を話すエルフが答えてくれる。本当に癪に障る奴だ。日記でしか知らない、ではない。日記で知っているからこそ厄介だ。こいつにはほとんど私のことを把握されているに等しいのだから。覗き魔のようなもの。

 

 

「余計なお世話よ。こっちもいい迷惑よ。どうせあの生臭坊主のおこぼれでしょ」

 

 

売り言葉に買い言葉。ようするにこいつと私は不倶戴天の敵なのは変わらないのだ。それはともかく、女神云々についてはこいつの言う通りだろう。私は魔族でありながら女神の魔法を扱うことができる。もっとも使えるのは簡単な回復魔法だけ。せいぜいかすり傷を直したり、痛みを和らげる程度でしかない。しかしその事実だけで大きな問題だった。魔族であり、天秤である私が女神の魔法まで扱うことができる。それが人間側に、特に聖都の連中にバレれば面倒事になるのは火を見るよりも明らか。そのためハイターにも人前では使用しないように厳命されたほど。面白半分で私に女神の魔法を使わせた張本人のくせに。おそらく女神の奴もあいつへのお目こぼしのように私に力を貸したのだろう。いい迷惑でしかない。

 

恩恵があったとすれば、リーニエとシュタルクの方だろう。もっともわずかだが。戦士の修行で傷ついた手を癒すのには役に立った。ただそれだけ。この子たちが小さい頃の話だ。忘れてしまっても仕方ない。その証拠に、もう十年以上使っていないのだから。シュタルクも怪我をして、私を前にしたことで思い出したのだろう。

 

 

「私がやってあげようか? 私も簡単な女神様の魔法なら」

「フリーレン様?」

「ごめんて……えっと、教典どこにやったっけ?」

「あんたね……」

 

 

全部わかってやっているのだろう。本当に癪に障るエルフだ。フェルンに叱られるまでがセットなのだろう。しかも私に貸そうとした女神の教典が見つからないのかあたふたしている。鞄の中をひっくり返したり、読み散らかっている本の山に、まるでミミックに食われたかのように頭から飲み込まれたりやりたい放題。いくら信徒ではないにしても女神の教典をそんな風に扱うなんて。いつか罰が当てられるだろう。

 

 

「結局こうなるのね……」

 

 

結局総出で部屋の掃除をすることに。何とか教典を確保する。これなら自分の物を持ってきた方が遥かに速かっただろう。そのまま教典を開き、魔法を使う。言い出したシュタルクよりも、その後ろでそわそわしているリーニエの方が待ち切れていない。そのまま久しぶりの異物感に襲われる。それは女神の魔法の感覚。自分の力ではない、教典を通して未知の存在から力を借り受けるような感覚。私にとっては違和感でしかない。それによって二人に女神の魔法をかけると同時に光が満ちる。今まで見たことのないような大きな光が。いつもなら手元が光る程度だったはずなのに。

 

 

「……? 間違えたかしら?」

 

 

それに首を傾げるしかない。手順は間違ってはいないはず。いくら十年振りだとしても、一度覚えた魔法を間違える私ではない。なのにどうして。それは

 

 

「あれ……? 嘘だろ? 痛みも怪我も全部治っちまってるぜ?」

「すごいね、アウラ様! 私も全部治っちゃってるよ! 流石だね!」

「────は?」

 

 

生臭坊主に騙されてしまった女神の、私へのこれ以上にない寵愛(嫌がらせ)だった────

 

 

 

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