ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第五話 「禁句」

(これは……間違いない。あの生臭坊主の仕業ね)

 

 

自らの掌と教典を見つめながらも目の前の現実を受け止めるしかない。私に与えられている女神の寵愛が本物であることを。その回復魔法の効果は以前の比ではない。恐らくは高位の僧侶を凌駕しかねないもの。他の僧侶が見れば卒倒しかねない。思い当たる節はあいつしかいない。得意顔をしているのが目に浮かぶようだ。女神すら騙してしまったというのか。あいつの口車のせいもあるだろうが、明らかに女神の奴もおかしい。この寵愛、祝福はある意味では女神からの返事、返信でもあるのだろう。そんなことのためにこんなことを。女神も女神でどこかおかしいのだろう。人間や魔族とはまた違う理で動いているのかもしれない。

 

 

「すげぇなアウラ! これならどれだけ修行しても平気だぜ!」

「うん! 崖から落ちても大丈夫だね!」

「それは勘弁してくれよ、姉ちゃん……」

 

 

そんな私の困惑をよそに、その恩恵を受けた姉弟は揃ってはしゃいでいる。その理由も体が治ったことではなく、それがあればもっと修行できるというふざけた理由で。揃いも揃って頭が筋肉でできているのではないか。戦士というのはどいつもこいつも。流石に崖から落とされるのは別らしいが。あと数年すれば、アイゼン同様にこいつには回復魔法なんて必要なくなりそうな気さえする。毒矢をくらっても平然としていたらしいアイゼンにはまだまだ及ばないだろうが。

 

 

「でもどうしてでしょうか? 女神様の魔法は敬虔な僧侶でなければ扱えないはずでは。アウラ様は女神様を信仰されているのですか?」

「そんなわけないでしょ。女神どころか天国だって信じちゃいないわ。そもそもあいつが敬虔な僧侶かどうかは疑問だけど」

 

 

そんな二人とは違って、フェルンは冷静にそう分析している。それは正しい。簡単な女神の魔法は別としても、基本的に女神の魔法はそれを信仰している者にしか扱えない。魔法とは違う意味で資質によるところが大きい。それに照らし合わせれば魔族に扱える道理はないのだが、それを捻じ曲げてしまうのがあいつの厄介さだろう。そもそもいつも飲んだくれて、天国があってもなくても構わないなんて口にしていた奴のどこが敬虔な僧侶だというのか。女神の寵愛も偏っている。この子にとってハイターは頼りがいのある、理想的な大人だったのだろう。フェルンの前では格好をつけて大人の振りをしていたせいだろう。仕方なく、それを明かす意味でも口を開こうとした瞬間

 

 

「きっとハイターの仕業だろうね」

 

 

淡々と、何でもないことのようにフリーレンは私の代わりにその答えを口にした。

 

 

「ハイター様の……?」

「大方天国で女神様を口説いたんでしょ。あいつ、口だけは回るから。女神様も騙されちゃったんだろうね。もしかしたらヒンメルもかも」

 

 

いつものことでしょ、とばかりに呆れているフリーレン。その内容はまさにそのままだった。まるで見てきたかのように見抜いてしまっている。ハイターに加えてヒンメルまで。確かにそうか。ハイターだけなわけがない。あの目立ちたがりが、焼きもち焼きが動かないなんてあり得ない。きっとハイターが行く前からうろちょろしていたに違いない。

 

 

(こいつもやっぱり勇者一行、あいつらの仲間なのね……)

 

 

今更ながらそれを実感する。伝聞だけでは分からないこと。こいつもまた勇者一行なのだ。以心伝心。気持ち悪いぐらい仲が良かったあいつらのように、薄情者であってもそこは同じなのだろう。ようするに全てお見通しというわけか。そう少し見直しかけるも

 

 

「でも調子には乗らないことだね。ハイターの女神様の魔法はこんなものじゃなかったからね。不死なるベーゼの時なんて私たちに無補給無酸素でも二か月生存できる魔法をかけてくれたんだから」

「マジかよ。僧侶ってすげぇんだな」

「あいつが化け物なだけよ。そもそも何であんたが偉そうにしてるのよ」

 

 

それはただの勘違いだったのだろう。騙されてしまった。やはりこいつはこいつだ。厄介者でしかない。まるで自分のことのようにハイターの化け物ぶりを自慢している。何の関係もないだろうに。どういう思考回路をしているのか。醜態を晒すことにかけては右に出る者はいないだろう。そして聞かされるハイターの怪物ぶり。やはり勇者一行は化け物しかいない。それを相手にすることになったベーゼには同情するしかない。シュタルクにはちゃんと常識を教えておかなくては。僧侶が全てそんな怪物だと思われてはいけない。

 

 

「でも流石はフリーレン様ですね。ハイター様のこともよく分かってらっしゃるんですね」

「まあね。私は十年一緒に旅した仲だからね。そこの魔族とは違うよ」

「え? でもアウラ様は五十年以上飴坊主たちと一緒だったよ?」

「……リーニエ。人との仲ってのは年月じゃないんだよ」

「どうしてそんな嘘つくの?」

「…………うぉぉん

「いい加減学習しなさいよ、あんた。馬鹿じゃないの」

 

 

だというのに、また自ら墓穴を掘って埋まっている薄情者のエルフ。一体何度同じ穴に嵌れば気が済むのか。こいつに学習能力はないのか。文字通り私に優位を取るために命を懸けているのだろう。命はおろか尊厳すら投げ捨てている気すらする。自らを葬送するかのように。あいつらとの年月で私に勝てるわけがないだろうに。勝てるのはダラダラ生きてきた年月だけだろう。こいつからすれば年寄り扱いになるのだろうが。どちらにせよ詰んでいる。そのうち人語も忘れてしまうに違いない。

 

 

「でも凄いです、アウラ様。女神様が認めて下さったんですよね。それが分かればフリージアも広く認められるかもしれません」

「…………そうね。ただ時期尚早ね。面倒事の方が多くなるわ。このことは他言無用よ。いいわね」

「分かった、アウラ様!」

「本当に意味分かってるのか、姉ちゃん?」

「いいの。それは私の仕事じゃないから」

「リーニエ姉さんらしいですね」

 

 

清々しいまでの割り切りを見せているリーニエに素直に感心するしかない。この子の美点だろう。それを周りが理解しているのが前提だが。それはともかく、女神の奴の寵愛については現状迷惑でしかない。これを公にすれば確かに一定の効果が得られるだろう。しかしそれ以上にリスクの方が大きい。かつてハイターが危惧した以上の混乱が起きかねない。それが人間の悪意でもある。今は切るべきではない手札だろう。女神の奴もそういう意味ではなく、ハイターからの伝言を受け取ったことを知らせる意味合いの方が大きかったはず。その真意については遠からず分かるだろう。フリーレン一行が直接あいつらに会いに行くというのだから。その返事を待てばいい。

 

そういう意味ではまだフリーレンの方が利用できるだろう。こいつとの停戦協定。こいつ自身は知らないが、それを利用させてもらうことの方が有用だ。勇者一行の魔法使い。それも葬送のフリーレンがこの国を認めたと広まれば他の国々との交渉も有利に進められる。もっともこいつに教える気はさらさらないが。迷惑をかけられた分、せいぜい利用させてもらう。

 

そんな中、ふと気づく。いつの間にかフリーレンが私の前に立っていることに。自分で立つことができたのかと感心するものの、そのままフリーレンは私を見つめたまま。もしやこちらの思惑に気づいたのかと思うもそうではない。何をするでもなく、ただ立ち尽くしている。まるで何かを待っているかのように。

 

 

「…………何よ。何か文句があるわけ?」

「違うよ。見て分からないの。察しが悪いね」

「はぁ?」

 

 

思わず目を疑ってしまう。こいつは一体何を言っているのか。察しが悪いだなんて、私を何だと思っているのか。およそ魔族に言うことではない。むしろ察しが悪いのはこいつだろう。ようするにこいつは私に何かを期待しているのだ。ますます理解できない。保護者であるフェルンもそれは同じらしい。そのまま呆気にとられるも

 

 

「もしかしてフリーレン。アウラ様に治してもらうのを待ってるの?」

 

 

ある意味、似た者同士である例外の言葉によってそれは明らかになる。あまりにも常識から外れた、子供だからこそ気づくことができるあり得ない答えに。

 

 

「流石リーニエだね。あとでリンゴをあげるよ」

「フリーレン大好き」

「やり口が生臭坊主と一緒じゃない」

 

 

ふふん、とない胸を張りながらフリーレンはそうリーニエを買収している。酷い収賄を目の当たりにした気がする。悪意の塊でしかない。在りし日のハイターとリーニエのやり取りを思い出させる物。

 

 

「馬鹿じゃないの。何で私があんたを治さなきゃいけないのよ」

「私に借りがあるのを忘れたの? これだから魔族は駄目だね」

「……あんた、グラオザームに記憶操作でもされてるわけ?」

 

 

こいつには本当に恥も外聞もないのか。どうやら私に魔法で怪我を治してもらおうとしていたらしい。信じられない。こいつは本当に人類なのか。これまでのやり取りがなかったことにされてしまっている。記憶の改竄でもされているのか。こいつの記憶を改竄できるのはグラオザームぐらいだろうが。あいつも死んだはずだが、もしかしたら自分が死んだと周りに思い込ませているのか。あいつならあり得る話だ。それはともかく

 

 

「駄目ですよ、フリーレン様。ちゃんとアウラ様にお願いしなくては。アウラ様はここでは国王様なんですよ」

「全くだぜ。国王っていうか魔王だな。魔族の連中を見たか? みんなビビって震えてたぜ?」

「シュタルク?」

「ごめん、姉ちゃん」

 

 

再びフェルンに叱られ、窘められている千歳児。そして余計なことを言ってリーニエに怒られているシュタルク。そういう意味ではこの四人の関係は似た者同士なのだろう。怯えて震えていた云々はシュタルクに言えることではない。魔族にとってはそれが支配の形なのだから。物理的に震えているのはこの子ぐらいだろうが。

 

 

「でも、もしかしたらフリージアの民にとってはアウラ様は女神様なのかもしれませんね。皆さん、アウラ様を拝んでましたから」

「本物の女神様からもお墨付きをもらったってわけか。俺も祈っておこうかな。加護がもらえるかもしれないぜ」

「私も私も! 聖都にいた頃からずっとアウラ様は頼りにされてきたんだから!」

「あんたたちね……」

 

 

その話題がさらに悪化して呆れるしかない。女神という、私にとっては違う意味で迷惑な称号に。魔王に匹敵するもの。それを名乗れば厄介ごとに巻き込まれるのは目に見えている。だというのに私はそれに振り回されている。聖都で神官の真似事をしている頃から。本当に人間は愚かなのだろう。それを利用している私が言えたことではないが。ある意味私たちは利用し合っているのだ。共存のために。利用できるものは何でも利用する。だが限度はある。シュタルクの言葉によって思い出すのは、かつて王都でふざけて私を祈ってきたヒンメルとアイゼンの姿。今思い出しても腹が立つ。だが

 

 

「魔族が女神様の真似事をするなんて、本当に悪趣味だね。みんな騙されてるなんて。流石だね、アウラ。いや、アウラ様って呼んだ方がいいかな。アウラ様の御心のままに、だっけ? お似合いだね」

 

 

やはりこいつはあいつらと同類なのだろう。同じように私を煽ってくる。しかしそれだけではない。思わず瞬間、天秤を顕現させそうになってしまう。そう、それは禁句(タブー)だった。教典にも記されていない。この数十年、ヒンメルが死んでから破られることのなかった、私にとっての禁忌。

 

 

「あ」

「え?」

 

 

それをこの場で唯一知るリーニエだけが口を開けたまま固まってしまう。条件反射のように。それ以外の者たちはその意味が理解できず置いてきぼりになってしまっている。無理もない。いくら日記で読んでいても、知っていても。実際に体験しなければ実感できないのだから。

 

 

「私、怪我も治ったからリュグナーの手伝いに行ってくる! じゃあね!」

 

 

嘘をつくことなく、事実だけを言い訳に風のような速さでリーニエはこの場を去っていく。魔族の本能に従うかのように。残された三人はそれを見送るしかない。だがフェルンとシュタルクの表情が固まっている。恐らくはその行動の意味を察したのだろう。魔族ではない人間であるが故に。察することができていないのは一匹だけ。

 

 

「────そう。いいわ。一週間ね」

 

 

先のフェルンがシュタルクに向けた侮蔑の視線に倣いながら、愚かなエルフに審判を下す。こいつのように私は猶予は与えない。一回は一回だからだ。宣告したまま、私も部屋を後にする。もうここには用はない。時間の無駄だった。さっさと戻るとしよう。

 

 

「…………え?」

 

 

後には何も知らないフリーレンだけが残された。フリーレンは知らなかった。いや理解していなかった。自分にとって年寄り扱いが禁忌(タブー)であるように、アウラにもそれがあったことを。悪意を持って様付けをされること。それがアウラにとっての禁忌(タブー)であることを。それがかつて勇者ヒンメルが数日で音を上げたアウラの癇癪であることを。

 

 

それから一週間。フリーレンはアウラの国王の権限によって魔導書を全て没収され、フェルンたちの介護も禁止されて絶対安静を強いられることになる。どんなに懇願しても耳を傾けてくれない、口をきいてくれないアウラによって。因果応報。三日三晩泣き喚いて収集がつかなくなった自分自身のように。

 

 

それから夜な夜な、エルフの声にならない夜泣きがフリージアに響き渡るようになったのだった────

 

 

 

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